2017/06/19

献灯使

献灯使
献灯使
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多和田 葉子
講談社
売り上げランキング: 271,402
kindle版
■多和田葉子
多和田葉子をまとめて読んでみよう週間を極私的に行う手始めとして短篇集『ゴットハルト鉄道』(1996年5月講談社刊/2005年4月講談社文芸文庫)の表題作と「隅田川の皺男」を読んでみたのだがあんまり理解できなくてとりあえず「昔の純文学って感じがする」とは思った、のでこれはまた後日多和田さんにもう少し馴染んでから再チャレンジするとして、近著の本作を読んでみることにした。『ゴットハルト』よりは随分読みやすくわかりやすかった気がする。

2014年10月単行本刊。初出は以下のとおり。
「献灯使」:「群像」2014年8月号
「韋駄天どこまでも」:「群像」2014年2月号
「不死の島」:『それでも三月は、また』講談社2012年
「彼岸」:「早稲田文学」2014年秋号
「動物たちのバベル」:「すばる」2013年8月号

中身について何も知らないでただ表紙のハシビロコウが良いなー、タイトルも「遣唐使」の音を「献灯使」とするなんてなんだか慎ましやかで深い物語が眠ってそうで良いなー、くらいの軽いノリで購入したのだけれど、途中くらいで「あれっこれってなんだかここ数年の日本のありかたみたいなのにモノ申してる?」とか気付きはじめ、Amazonの商品紹介文を見てみたら【原発事故後のいつかの「日本」を描いたデストピア文学の傑作!未曾有の“超現実”近未来小説集。】とか書いてあって、「あ、そういうこと…」そういう目で読むとああそういうことを云いたいのね、というのがどんどん強調されて目の前に流れてくる。
表題作「献灯使」はわりとそれが昇華されていて「物語」っぽさが強いんだけど、短篇のほうが結構露骨に書いてあったりする。最後まで読んで初出が表題作はけっこう後というのを見て成程なあと。

リアルに描いているだけじゃなくてところどころに言葉遊びみたいなのが混じってて、ユーモラスな表現が有ったり、ひょっと視点をずらしてあったりして、どこにどう転がるのか……先が読めなくてずいずい活字を追ってしまう面白さもある。
近未来の日本が舞台で、鎖国してて、外国の言葉を使うと罰せられる、とか江戸時代の鎖国よりもむしろ太平洋戦争の時のことを連想して不穏極まりないんだけど、でも何故かあんまりそういう「恐怖」みたいなのは書かれていない。むしろいろいろカタカナに漢字をあてて言葉遊びみたいになっていて次は何が来るだろうと面白く読んでしまう。
「主人公の義郎は百歳を越えているんだけどこの時代の日本においては若者が(おそらく環境の悪化のせいで)極端に弱体化しており、老人は「死ななく(または死ねなく)」なっていて、元気で、第一線の働き手。義郎も曾孫の「無名(という名前)」を助け、無名のことをいつも考えて生きていて、その弱さ脆さを心配し、胸を痛めている日々。しかし物語の調子は何故かどこか飄々としていて、それは当の無名が明るく無邪気で嬉しいことがあると「極楽!」と飛び跳ねていたりするからだと思う。
終盤でいきなり15歳に話が飛んでちょっとびっくりしたけどまあ元気で良かった。この「献灯使」はレイ・ブラッドベリ『ウは宇宙船のウ』の主人公みたいだなあと最後の方を読んで感じた。無名君には是非元気で長生きしてほしい。

本書は5つの話が入っているけれども、いずれもテーマが共通しており、連作とは違うだろうが、併せて読むことでいろいろ積み重なってくるものがある。
長さが結構違って、表題作の「献灯使」は中篇でこれだけで全体の62%を占める。残りの4割で4つの短篇。

韋駄天どこまでも」では震災の日の描写が出てくるし(漢字の部分を分解して言葉遊びみたいなのとか、登場人物の名前の漢字で遊ぶとかはブンガクしてて面白い、それとリアルな災害の描写と、主人公のもうひとりの女性への依存の気持ち悪い感じが混ざっているのが独特の雰囲気になっている)。
そこへきて「不死の島」だからもうタイトルからして「よし、そうきたか」と身構えて読んでみるといきなり冒頭からかなり衝撃的なことが書いてあって、これ本当? と一瞬思ってガクガク震えながら読み進むと「似てるけど、違う近未来の話」だとわかってちょっとだけ肩の力を抜く、だけど、だけど、現実にこういう展開にこれから先を考えるとならないとは言い切れなくて、やっぱり恐ろしい。
彼岸」に至ってはあまりの暗い突き放した展開に息を詰めて、うーん、これか、これが「ディストピア」ってことか。現実には某国が我が国の難民を快く引き受けてくれるとはとても、想像上ですら出来ないんだけど…。
動物たちのバベル」は戯曲のような作り。イヌとネコとリスとキツネとウサギとクマが出てくる。人間が滅んだあとの世界の設定。と思っていたら最後の方で生き残りが一人だけ出てくるんだけど発言は一切なし。とりあえず「人間ってどうしようもなくてごめんなさい」って云わせたいのかなあってことを動物たちが延々喋ってるんだけどでもちょっと変なことも言ってて、だから「そのまんまな話」じゃないのかな。そもそも動物だけど「人間が演じている」っていうのをわざわざ強調してあるト書きとか、これってつまり人間の話ってことでしょう。バベルの塔の話も人間の話だし、どっちにしろ、愚か。「なにも成長していない…by安西先生@スラムダンク」ってコトでしょうか。
難しーなー。
難しいけど、いっぺん読んだだけだとやっぱり消化不良だけど、この小説、この小説って多和田さん、日本に震災前も震災後もずっと住んでて日本のテレビとか観ててあの空気とか世論とか知っててそれでも書けますかねこんな話。ドイツに住んでて、そりゃ日本の福島とかも訪れて取材はしたみたいだけど、たとえば日本国の象徴の方たちが「大震災に備えて、という名目で」京都御所に移住、とかいやー……どうしてこんなことが書けるかなあ。

よくわからないので読了後ネットで著者の本作についての記事をいくつか見てみたが、ドイツでは「どうして逃げないのか」という疑問が一番多かったとか書いてある。日本の報道に問題があるってことかなあ。日本の社会とか。ドイツの人は例えばドイツで同じことが起きたら余所へ逃げるのだろうか。

講談社BOOK倶楽部/献灯使 多和田葉子
『献灯使』をめぐって(現代ビジネス)