2017/02/25

不時着する流星たち

不時着する流星たち
不時着する流星たち
posted with amazlet at 17.02.25
小川 洋子
KADOKAWA (2017-01-28)
売り上げランキング: 1,769
■小川洋子
とーーーっても綺麗でため息が出るほど美しい造本。私家版とかじゃなくてこのお値段でこれだけ美しかったら言う事ないわねえ、と惚れ惚れ本を撫でてしまう。
表紙・各話扉絵MARUU
装丁、鈴木成一デザイン室
カバーもいいんだけど、カバーを外した本体のこの形の美しさが……っ。
背表紙も、そこから折れる溝のラインも。
あああ、素敵~。
んでんで本文の紙の色合いも、活字のちょっと活版ぽいフォントも、ぜーんぶが
U・TSU・KU・SHI・I!!
おまけに10話それぞれに扉絵がある。
内容を読む前に見てくれだけでかなり興奮してしまった(変態)。

で、内容も、小川洋子の短篇集、ということで最初からハードル高めに設定されてるんだけどきっちりその期待に応えてくれる素晴らしさ。
最初の話の冒頭が結構気持ち悪い感じで第一話はもぞもぞしながら読む感じだったから大丈夫かな? ってなって、他の話も最初にさっくり通して読んだらあんまり頭に入ってこなくて、こちらの気持ちに余裕が無いんだなあと思って1週間寝かせてあった。

気持ちが立て直された休日にもう一回、気に入った第五話から始めて第十話まで読んだらやっぱり「先週はなんだったのかしら」っていうくらい心にすーっと入ってきて特に第七話が素晴らしく面白くて(外国に暮らす息子の部屋に遊びに来た母親視点で思わず実体験が元?とか想像しながら楽しんだ)、あらためて第二話に戻って第四話まで読んで、一応読了したあとにもう一回第一話に目をやってみたけどうーんこれは、なんか生理的に「気持ち悪い…」ってなってしまったので、どうも合わないようなのだった。なんか、お姉さんの距離間とか、「誘拐」の扱われ方とかが、ざわっ、としてしまうのだな。
小川洋子の書く描写に「気持ち悪さ」「生々しさ」はつきものであるが、そこが含まれていると了解済みでのファンなのであるが、まあ、こういうこともあるのね。他の九話はじっくり堪能できる話だった。

第七話のほかに特に好きなのは散歩と包装の描写が好きな第二話、「元」のエピソードが詩的に描かれた第四話、叔父さんとの交流と改造されて迷路のようになったりしている不思議な家の描写がツボな第十話。
第九話は別に小鳥好きでなくとも悲しくなるくらい身勝手な夫婦に腹が立つ。

内容紹介文によれば、【グレン・グールドにインスパイアされた短篇をはじめ、パトリシア・ハイスミス、エリザベス・テイラー、ローベルト・ヴァルザー等、かつて確かにこの世にあった人や事に端を発し、その記憶、手触り、痕跡を珠玉の物語に結晶化させた全十篇。】ということで――。

実在のひととか、事象とかをモチーフにしたとかインスパイアされてとか、そういう感じで書かれた十の短篇。連作ではなくて、それぞれ孤立している。通しタイトルである「不時着する流星たち」という話は無くて、つまりこの十話をそれに見立てているんだろう。とっても素敵なタイトルだよね!! ファンタジックで、想像力をかきたてる。

初出は「本の旅人」2016年2月号~11月号
各話の後に、「元」になったものの紹介文が短く記されている。
「元」を知っているもの、名前は知っててもそういう変わった側面に注目したことはなかったもの、全然知らなかったものなど、いろいろだったが、ほぼ全てのお話が「ソレが元でなんでこう展開するんだろう」「どんだけ発想飛んでくるくるダンスしてるんだろう」という感じで、「元」はあくまで「元」、作家・小川洋子の脳内凄いぜ世界を魅せてくれた。特に第七話とか、なんでそこからこの話になるんだって、最後の空港のところはまあわかるとして。
もし可能ならば、この「元」からどうしてその話になったのか、経緯を知りたいが、まあ、天才の脳内のことだからね…。

巻末に「参考文献」一覧が掲載されているのだけど、な、何故かエドワード・ゴーリー『むしのほん』が…(未読だからどこが使われているかわかんないのだけど文字の積み木のとこらへんかなあ?)。

目次と、@「元」を写す。

第一話 誘拐の女王 @ヘンリー・ダーガー
第二話 散歩同盟会長への手紙 @ローベルト・ヴァルザー
第三話 カタツムリの結婚式 @パトリシア・ハイスミス
第四話 臨時実験補助員 @放置手紙調査法(スタンレー・ミルグラム)
第五話 測量 @グレン・グールド
第六話 手違い @ヴィヴィアン・マイヤー
第七話 肉詰めピーマンとマットレス @バルセロナ・オリンピック・男子バレーボールアメリカ代表
第八話 若草クラブ @エリザベス・テイラー
第九話 さあ、いい子だ、おいで @世界最長のホットドッグ
第十話 十三人きょうだい @牧野富太郎

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で
ジョン・M. マグレガー
作品社
売り上げランキング: 42,593
太陽がいっぱい (河出文庫)
パトリシア ハイスミス
河出書房新社 (2016-05-07)
売り上げランキング: 193,093
グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独 [DVD]
角川書店 (2012-06-08)
売り上げランキング: 39,059
Vivian Maier: Street Photographer
Vivian Maier: Street Photographer
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Vivian Maier
powerHouse Books (2011-11-16)
売り上げランキング: 255
牧野富太郎 なぜ花は匂うか (STANDARD BOOKS)
牧野 富太郎
平凡社
売り上げランキング: 42,668

2017/02/23

本屋さんに憩う 第7回

某月某日
会社最寄駅の小さい書店。
時間が10分くらいしか無かったのでざーっと店内平積みをチェックした程度。

気になった本。

そういう生き物
そういう生き物
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春見 朔子
集英社
売り上げランキング: 20,553
すごく素敵な表紙。
帯に、第40回すばる文学賞受賞作とある。角田光代が推薦コメントを帯に寄せていた。
んー…んー…恋愛モノか~恋愛ものはな~…。

とりあえず今回は購入は見送った。

怪しいシンドバッド

怪しいシンドバッド (集英社文庫)
集英社 (2014-06-05)
売り上げランキング: 19
kindle版
■高野秀行
本書は1997年7月朝日新聞出版より単行本刊、2004年11月集英社文庫刊の電子書籍版。
日替わりセールで購入。
「あとがき」に【十九歳から二十九歳にかけての十年間に経験した、旅や海外生活のエピソードを寄せ集めたもの】と書いてある。
高野さんは1966年生まれなので、だいたい1985年~1995年くらいということになる。
本書を読んでみると具体的な年数を書いていない記事もあるが、まあだいたい年代順に並んでいるようだ。
なお、第1部は短めの文章、第2部はやや長めのを、という区分だそう。

全体としての感想は、想像以上に面白かった。何より内容が生き生きしている。
「若さあふれる!」とはこのことか。
若いって、稚拙さを補って余りある面白さがあるなあとしみじみ思った。
文章も、「あとがき」でご本人は苦笑しておられるが、全然悪くない。
文中で(当然違法の)ヘロインをやる誘いに乗ったりして、『アヘン王国…』でも思ったけどやっぱりこのひとそーいうひとなんだねー。言い訳してるけど。ダメ!絶対!

で、そういう場なので当然騙されそうになったり殴られたりしてるんだけど、並の人間なら一気に戦意喪失となりそうなところが高野さんは飄々としている。まだこのときは若くてそんな場数踏んでるわけでもなさそうなのに。やっぱり度胸が据わってると言うか、こういうひとだから危ない土地ばっかり行って探検とか冒険とかして文章書いて生き残ってこられたんだなということがよくわかるエピソードであった。

そもそも最初のエピソードではインドで身ぐるみ剥がれた(パスポートやトラベラーズチェックや現金のほとんどを騙されて盗まれた)ところから始まるんだけど、大使館に泣きついてもどうにもならなかったところから日本に帰るのかと思いきや、ふつーにインドの友達(少年)の家に転がりこんでちゃっかり居座っている。その家というのが3畳くらいのところに父親と15歳を筆頭に3人の少年が住んでいるというのだからそこへさらに居候するとかもう次元が違いすぎて絶句(母親と娘は別の場所に住んでいる)。
他に頼れるひとはいなかったのか?
そんな奥ゆかしいこと言ってたらインドで生きていけないんだろうけど、所詮旅人じゃん! その時点で贅沢してる身分じゃん! って思っちゃうわたしには絶対に無理だ、この精神的なタフさ!

他の本はだいたい1冊で1つのテーマ、地域なことが多いが、本書は7つの章全部地域もテーマも違って、バラエティに富んでいる。そういう意味でも面白かった。

異国・幻獣・他国人との交流・言語マニア…高野さんの原点だよね。いろんな国の変わったところばっかり読めてすごくお得な1冊だ。
どれも面白かったけど、特に素晴らしかったのは「桃源郷の闇」かなあ……「梯田」とか描かれている景色がすごくきれいで、読んでいるだけでうっとり。「土楼」とか、著名人が客家からたくさん出てるとか、面白いなあ…。ネットでいま検索してみたけど、これをリアルで見たら感動するだろうなー!

昔、これの文庫が出たころにタイトルと表紙のイラストを見て「エッセイじゃなくて小説だろう」と誤解してしまっていたのだが、完全なエンタメ・ノンフィクション(エンタメノンフ)であり、エッセイ集だった。
何故「シンドバッド」なのかは「はじめに」に書いてある。表紙のイラストは……まあ、これはイメージでしょうな。こういうイラストのような内容ではアリマセン。

【目次】
はじめに
第一部 旅は災難、世は情け
第一章 私も彼の地で無一文【インド編】
・カルカッタの居候/グジャラートの別れ歌/ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ボバール
第二章 バイト、時々怪獣探し【アフリカ編】
・北朝鮮のバンザイ要員/『大日本帝国』は今も実在する/世界でたった一つの職業/外務大臣を怒鳴りつけた日/幻獣ムベンベを追え・非完結編
第三章 就職先はカオスの亜熱帯【タイ・ビルマ編】
・あなたがもしゾウに踏まれたら/五二八の愛と一五〇〇の愛/老将軍との対話
第四章 ほらふき西誘記【中国編】
・一路発財/塩山奇縁/「熱情」トライアスロン/ニセ札売ります、嫁も売ります/胎盤を食う/中国人を捨てた純血中国人
第二部 辺境の探し物
第五章 幻の幻覚剤を探せ【コロンビア編】
第六章 桃源郷の闇【客家編】
第七章 季節はずれの野人探し【神農架編】
あとがき/文庫版あとがき


2017/02/18

追悼 ディック・ブルーナ


おばちゃんたちのいるところ Where the Wild Ladies Are

おばちゃんたちのいるところ - Where the Wild Ladies Are
松田 青子
中央公論新社
売り上げランキング: 8,306
■松田青子
本屋で買ったサイン本。サインは、崩したりしていない、若い女性の書いた今時のといった感じ。
わー面白かったーもっと早く読んどけば良かったー!
落語や歌舞伎で有名なお話の世界をモチーフに、お化けの世界の住人が現代社会で元気いっぱいに活躍している、そんな変わった短いお話が17入っていて、世界が少しずつ重なっている、連作短篇集。
あ、全然怪談とかじゃアリマセン。怖さ一ミリも無し。
雑誌「アンデル」創刊号と第2号に収録されていたのは本書では第2話と第3話。

そのときはあんまりピンと来なかったのだが、こういうタイプの話をずっと続けて読んでいくと成程な~と。
休日にのんびり横になりながら、時々うとうとっとしながら夢と現の間をいききするような、不思議なお話達を連続して読んでいくと読めば読むほど面白くなっていって、あっ、次はこうきたか、とか、あの話のあのひとが、とか。
短篇2つを独立で読んでいた感想から予想したよりずっとずっと面白かった。

タイトルから「いったいどんな話?」って意味不明なのかもしれないが、全体の印象としてすっごく明るい。ポップ。
お化けとか、死んだ人が蘇ってたりとか、ふつーに会社で働いてたりとかするんだけど、ノリがライトで、さばさばしている。全然現世に執着してるとか誰かをうらんでるとかそういうマイナスの感情が無い。
1篇1篇はごく短いということもあって、さくっと、ひねくれる前に、真っ直ぐなまま、切り上げられているのがいいのだろう。
関西弁を話すひとがわりと出てくるからユーモラスな感じになっていたり。
「菊枝の青春」は姫路のモノレールの話が出てきたりしてやけに詳しいなと思ったら著者は姫路出身なのだった。

松田さんの作品らしいなーっていう、現代のいびつな雇用状況や女性・若者目線の怒りを込めた作品もあったりして、うむうむ、やはりそこは書いておかなきゃね、という感じなのだが、全体のなかに巧い具合に溶け込んでいて、いい塩梅。主張しすぎず、でもビシッと決まっている。共感し、うなずきながら読んだ。

小難しい純文学っぽさが無くて、「エンタメ?」っていうくらい読みやすくて、わかりやすい。
短篇としても読めるけど、続けて読むことでどんどん世界が膨らんでいくタイプのお話たちなので、ぜひずっぷりとこの独特の空気感にひたっていただきたい。
最初の話だけ掲載誌が「早稲田文学」で、他は全部「アンデル」。

小幡彩貴さんのイラストが作品の雰囲気とぴったりでとても楽しい。これはこのひとかなーとか文章と絵を交互に見たりして。
装丁は大久保伸子さん。
帯には岸本佐知子さんの推薦コメントが!

目次
みがきをかける
牡丹柄の灯籠
ひなちゃん
悋気しい
おばちゃんたちのいるところ
愛してた
クズハの一生
彼女ができること
燃えているのは心
私のスーパーパワー
最後のお迎え
「チーム・更科」
休戦日
楽しそう
エノキの一生
菊枝の青春
下りない

書店猫ハムレットの跳躍

書店猫ハムレットの跳躍 (創元推理文庫)
アリ・ブランドン
東京創元社
売り上げランキング: 70,523
kindle版
■アリ・ブランドン 翻訳:越智睦
日替わりセールで購入。
原書タイトルは"A Novel Way to Die"。

Amazonのアオリなどに「名探偵猫ハムレット登場の、コージー・ミステリ第一弾」と書いてあるから「シリーズ第1作なんだな」と安心して読みはじめたのにあれれ…? 違和感、どう考えても「前作を踏まえて」の記述が何度も出てくるのだ。「ほら、例のあれよ」的なのが。

読了後「翻訳者あとがき」を読んだら【本作はその二作目に当たります。日本で二作目からご紹介する運びになったのは、本作が最もハムレットの魅力をみなさまにお伝えできると判断してのことです。】ということで……なーんだ、やっぱりそうだったのかー。

翻訳書にはたまにあるこの現象。原書既刊は4冊ということだが、日本ではまだ2作(第2、第3)しか翻訳されておらず、来月もう1冊出るようだ。既に第1作も翻訳されていればそちらを先に読みたいところだがそれもかなわず…。

ミステリーとしては残念ながらコージーということを差し引いたとしてもかなり微妙……。
犯人はかなり最初のほうからあやしい言動があったり、話の構造上「このひとが犯人だろうなあ」というのがそのまんま正解だった。どんでん返しとかもなし。

しかし登場人物のキャラクターが結構よくて、エンタメ小説としては充分楽しめる。
猫のハムレットも愛らしいし(おとなしく愛玩されるタイプじゃなくてかなり強気の王様なところがまたイイ)。
肝心の主人公ダーラ(30代半ば・独身)があんまり聡明じゃなくてちょっとうぬぼれやさん(?)で警察のことをぺらぺら喋っちゃうところとかが残念だけど、まあ彼女も悪いひとじゃないし。

書店が舞台だけど、描写からするとインテリアなどにも配慮した結構オシャレな店内っぽいし、日本の書店とは随分雰囲気が違うなあ。
ジェイムズ・T・ジェイムズという「姓」と「名」が同じ店長さんは渋くて格好良いし、ロバートの今時の十代の素直さとあやうさが同居したキャラも見逃せない。ダーラの良きアドバイザー、お姉さんみたいな存在のジェイクも素敵。

それにしても名探偵猫ハムレットは、犯人を示すワードなどを含んだ本(店の本)を床に落とすことで愚かな人間たちに真実を教えようとするんだけど、本当に他の根拠も何もなくみんながそれをまるっと信じているのが(かろうじて、他人には奇異に映るという自覚はある)、なんだか最後まで違和感だった(しかもその割に最後に落とされた書物についてみんなスルーし過ぎ! と読みながら「ほらっ、そこにヒントがあるんでしょ」とハラハラしちゃったぜ)。
第1作から読んだらこのへんの違和感も登場人物と一緒に馴染んでいけたんじゃないかなあという気がするんだけど……。

2017/02/14

漂うままに島に着き

漂うままに島に着き
漂うままに島に着き
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内澤旬子
朝日新聞出版
売り上げランキング: 126,396
■内澤旬子
面白かったー。
初・内澤旬子本。
「本の雑誌」で連載されている「黒豚革の手帖」「着せ替えの手帖」は読んだことがあるのだが数回分だけだし。

その雑誌数回読んだだけの文章から受ける印象として、結構性格はキツめ、というか、ゆるゆるしてたら叱られそうな怖そうなバリキャリのお姉サマ、といった印象があったのだが(文章は面白いので読者としては何の問題もないけど実際に近くにいたらちょっと警戒しちゃうかな?というイメージ)、本書を読んでも基本的にはその印象はあって、なんでかなあー。
嫌いとかじゃなくてむしろ好きだし(じゃなかったら著作を買ったりしない)、苦手、というのとも違って、うーん、むしろすごく常識・良識のある頭の良い、行動力と決断力を伴ったカッコイイ先輩だと思うんだけど。
自分にないものばっかりだから気後れしちゃう、ってことかな?

本書では車の運転が久しぶり過ぎて最初のうちは島内だけ、しかも時速40キロくらいでしか走れなかったとか、引越しの日の段取りの失敗とか、そういういわゆる「ドジッ子キャラ」的なことも書いてあるんだけど、でも同時にヨガやバレエを都内のいろんな先生に習って体幹を鍛えたりだとか、世界のあちこちを自分で手配して旅行してきた自負だとかそういう具体的なエピソードだけでなく、本書の最初から文章によって着々と積み上げられていく「感じ」が、やっぱり内澤旬子は強いなーと思わせるんだと思う。

神奈川生まれで、24歳で上京して以来ずっと東京に住んでいた内澤さんが、「もう東京には住めない」と思って、どこに住むかいろいろ考えたり迷ったりした末に「漂い」「着いた」のが香川県の小豆島だった。

そもそもわたしが内澤旬子という名前を知った時点では南陀楼綾繁氏の配偶者だったのだがその後大病を患われ、断舎利をしたり、豚を飼ったり、離婚してしまったりといろんなことをされているなあとか、別に「ウォッチャー」していなくとも目に入ってくる書籍タイトルやネット記事などから情報は得ていた。本書が去年8月に出版されたのを書店で見かけて「へー、今度は"島への移住"かあ。いろいろやりはるなあ」と思った。

そう、わたしの中で内澤さんというのはご自分の生き様や生活を「作品」にしていく、なんというか「生きる純文学作家」みたいな、いやこのひとの書くのは小説じゃないのは百も承知だし、「エンタメノンフ」らしいのだが、でも同じグループの高野(秀行)さんとも、宮田(珠己)さんとも全然タイプが違うというか、それは彼女が女性だからという理由ではなくて。
なんていうか、たぶん自分の中のコンパスがあって、本能みたいなもの。それがキッパリしている度が高いような。高野さんも宮田さんも旅行とか非日常系が多いのに対して内澤さんは日常の生活系が多そうだし。

だから、ああ、内澤さんの「本能」がいま切実に求めているのが「移住」それも「島」なんだろうなーとすごくすとんと思っていて、それから半年以上経ってようやく実際に本書を読んで、「本能が求めているものを少しずつ着実に現実にしていく作業」を丁寧に追うことが出来て、とても興味深くて面白かったのだった。
その思考過程もそうだし、引っ越し業者数社の見積もりを取る過程とか、社長さんの人柄に信頼感や面白味を感じて決めるのとか、そういう移住までの具体的な段取り、1年住んでみての経験からのアドバイスとか、別に移住の計画は無いけど、こういう細々したの、面白いよなあ。

最後の方で、ちょっとだけ、「いまの三十代~四十代前半の独身女性」の「屈託なく地方を彷徨う彼女たち」についてチクリとやっている部分があり、おお、はじめてこういうのが出て来たな、本書ではそういう面はあえて書かないようにしているような、あえて「批判は封印」なのかなという印象を持っていたので、ふーん、内澤さんはそういうふうに見ているのね、と思った。なんか、そういうの、あるよなあ、社会の空気みたいのが。たぶん、彼女たちがそうなんじゃなくて、周囲の空気がそうさせるんですよ。

「田舎暮らし」と聞くとわたしも本書で内澤さんの周囲のなかにおられたように「人間関係の難しさ」を一番に危惧してしまうが、本書では(現在も小豆島に在住ということであまり正直には書けない部分もあるとはいえ)そういう面はほとんど感じない、それは住む地域や集落のひとの性質に拠るものが大きいという主旨のことが書かれていて意外だった。「あとがき」で(島内で)転居やむなしの事態になってしまったと悔しがられているが、これは女性ひとりで、名前と顔を知られている有名人がこういうふうに居住地がある程度確定できる書き方をしていて大丈夫かなとちらっと考えたりもしていたので、さもありなんという感じ、でも小豆島からは離れない、と言い切っておられて、なんだかほっとした。
現在の近況は著者のツイッターでうかがい知ることが出来るが、なんだか本書に出てきたよりも随分ヤギさんが増えているような……気のせい? 楽しそうだなあ。

【目次】
ムリかも、東京。
船も島も港も多すぎて。混乱の高松港を経て小豆島上陸
そして海が見える空き家巡礼の旅がいつのまにか始まっていた
入居を申し込んでみたものの…
空き家巡礼、ふたたび
いまやおもしろいことは、都市も地方も関係なく起きている
決め手は、月と海と暖かさと収納
引っ越し見積もりから見える見られる?移住事情
軽自動車とデロリアン 車選びは切なくて
さらば、東京。いよいよ引っ越し
流れ流れて流された(!)家に到着
一年住んで、わかってきたこと
飲んで食らうは、島の幸
不便で気楽な古家借り暮らし
ご近所さんとのお付き合い
島に暮らせど、お洒落は死なず?
高松は近いか遠いか
東京でなければ、手に入らないもの
つかずはなれずは可能か、人との距離
島暮らしが日常になる日
あとがき

2017/02/13

私なりに絶景 ニッポンわがまま観光記

私なりに絶景 ニッポンわがまま観光記
宮田珠己
廣済堂出版 (2017-02-02)
売り上げランキング: 35,746
■宮田珠己
本書は「廣済堂よみものWeb」に2015年9月から2016年8月まで掲載されたものに加筆修正した書籍である。
その連載タイトルはズバリ!
日本全国津々うりゃうりゃ〈休暇強奪編〉

つまり書籍タイトルでは何故か外されてしまったが、本書は「日本全国津々うりゃうりゃ」シリーズの第4弾なのである!
テレメンテイコ女史こと編集の川崎優子さんもお変わりなくクールにツッコミをキメておられる。

ネット連載は読む習慣がないので(読みにくいので)いまさっきこの記事を書くためにサイトを覗いたら「連載は終了しました」と書いてある。えええええ。それって第4弾分は、ってこと……じゃなくてまさか第5弾はもう無いってこと……?

いや、いいけどね! 別の形で宮田珠己の面白いエッセイが読めたらそれで。テレメンテイコ女史ともなんらかの形でまた再会できるかもだし。

「まえがき」にあるように、本書にはあんまり「役に立つ!」という情報は載っていないかもしれない。ふつうのガイドブックにあるような旅でもないし。興味ないひとには「そんなの見て何が面白いの?」ということの連続かもしれない。でもこういうちょっと王道から外れた、のほほん呑気なヘンチクリンなものがツボな方にはどんぴしゃ、何かしら心を捉えるものがある、かもしれない。

わたくし自体は宮田珠己を大兄として仰ぐファンなので、文章自体が好きだし、なんか全体的な行動パターンとか謙虚さとかが好きなので。

でもすべてが「わかる」わけではなく、例えば本書では大兄が「この石像はかわいい」と書いておられたので期待して写真を見てみたら「……うーんと?」と首を傾げた、ということがあったりなんだり。
まあでも「これを『かわいい』という視点なのかー、なるほどなあ」という発見につながっているからいーのだ。

そう、写真!
本書にはフルカラーの写真が実にたくさん惜しげも無く収録されていて、とても素晴らしい。やはり、一目瞭然なのだ。というか、読んでいて思ったけど、文章自体が写真ありきになっているから、これ例えば電子書籍化とかして「写真は割愛しました」とかなったら作品として成立しないレベル…まあ写真も2枚を除いては全部著者自身の撮影だから。
あと、宮田珠己ならではのいつものユニークな挿し絵?もちょこちょこある。

隠岐の章で、見出しに「崖を見て笑う」とあって、「笑う」というのは大笑いしてしまったとかそういうのを想定して、まあ凄いものを見たら人間笑うしかないからそういう話かと思って実際読んだら【ニヤニヤしている】とかいう笑い方だったので、一気に意味不明になってしまった。まあ、もともと大笑いするキャラじゃなさそうだし。

マニアックな視点で旅してるけど、NHKの「ブラタモリ」だって地形とか断層とか地面ばっかり(じゃないけど)見てる番組があれだけ面白いのだから、そういうファンたちは全国にたくさんいるはずだ。あ、っていうか「ブラタモリ」と宮田珠己のコラボとかあったら面白そう~無理か~そうだよね~…。しかし『見仏記』だって書籍版と映像版の両方あるんだから、我らがタマキング宮田大兄だってそういう方向でのお仕事があったって変じゃない…はず! ま、ご本人が「表に出たくない」って本書にも書かれてたくらいだから、無いだろうけど。ファンの妄想、戯言です。

目次
まえがき
隠岐
1.【常識】勤続20周年はリフレッシュ休暇の年/2.旅立ち―苦から楽へ/3.テレメンテイコ女史、崖を見て笑う 他3
津軽・男鹿
1.見応えのある霊場と、空飛ぶ車/2.鬼コを求めて三千里/3.ワンダバ五所川原
群馬・長野
1.星人&石仏VS埴輪/2.かわいくないほうがかわいいこと/3.忍者屋敷で参考になったり腹が立ったりした話 他2
京都
二条陣屋が私を呼ぶ
大阪
岩窟めぐりでパッとする人生を手に入れたのかもしれない話
四国横断
1.世界の終わりとハードボイルド・ビニール袋/2.おそるべき穴/3.純粋モノレール 他1
鹿児島
1.けけけけ仁王旅/2.ナイス放水路と、不気味で素敵な像たち/3.大隈半島には何があるのか 他1

2017/02/12

日時計

日時計
日時計
posted with amazlet at 17.02.12
シャーリイ・ジャクスン
文遊社
売り上げランキング: 397,304
■シャーリイ・ジャクスン 翻訳:渡辺庸子
本書はシャーリイ・ジャクスンの長篇第4作目、1958年に発表された"The Sundial"の全訳(2016年1月5日刊)である。
邦訳はこれが初めてで、2015年が著者の没後50年の節目にあたることなどから、刊行されたらしい(「訳者あとがき」より)。出た当時に買いそびれてそこらの書店では見つけられず、Amazonでポチった。

読み終えての感想は「長かったなー」ということで、ページ数でいうと330ページくらいの話で段組みもされていないので大した量ではないのだが、登場人物が嫌な人間ばっかりなもんであんまり読んでいて楽しくないというのが大きな理由かな。話がほぼ屋敷の中だけで展開する設定は好きだし、群像劇も好きなんだけど。

最初の方を何十ページか読んで、幼い少女ですら可愛げなく描かれていたのでうーんと思って先に「訳者あとがき」を読んだら【この物語には友達になりたいと思える人物がひとりも出てきません。】と書いてあったので「やっぱりそうかー」と。でも同時に、【この『日時計』に、この後に続く二作品の原点ともいうべき要素が描かれている】とも書かれていたので、「それは良いなあ」と思って腰を据えて続きを読んだのであった。家に置いて、ぼちぼち少しずつ読んだので日数がかかってしまったが。でもこういう話はストーリーがあるようで無いので、描写を楽しむタイプの話だからそういう読み方が合っていたと思う。

どういう話かざっくり云うと、ある屋敷に住んでいる一族がいて、その中のひとりが亡き父からお告げを聞いたと主張する、その内容が世界がもうすぐ終わるけど、この屋敷の中にいる限り安全だし生き残れる、というもので。

その予言の聞き方とかも読んでいたらなんだか妄想なんだか悪夢なんだか気が狂ってるんだかって感じに書かれているんだけど何故かお話のなかのみなさんはあっさり彼女の云う事を信じて真面目に対策とか練り始める。中には若いのもいて半信半疑で町に出ようとかするのもいるんだけど、結局なんのかんので屋敷に戻ってきたり留まったりする。

ノアの方舟、という言葉は直截には出てこないけどそれを踏まえた形で繁殖力のある若い男を町から連れてきたりして、そもそも屋敷には女主人をはじめとして圧倒的に女性率が高いんだけど、「まー随分露骨ねえ」って感じ。でもそれならもうちょっとまともなのをあと数名は選んでもいいような気がしないでもない。「女の人」を描くのが得意な作家さんならでは、の舞台装置なんだろうけど。
とりあえずみんな自己中心的で我儘で高慢で嘘つきで……ロクな人間がいないんだなあ。

確かに読んでいくと「おおっ、このエピソードは確かに『ずっとお城で暮らしてる』の原型っぽい!」という話があったり(こっちのは随分乱暴というかなるほど原石のままだなーって感じだけど、ジャクスンが見ていた方向が分かりやすいという特典がある)、いかにもシャーリイ・ジャクスンらしい妖しくて不確定な、でもどこかミステリアスな面白さがあったりして、何故か途中で放り出す気にはなれない。最後がやっぱりどうなるのか気になったしね。超自然的な感じとか、鏡で未来が見えるのだとか、そういうのがごく自然に日常の中に溶け込んでいる。

最後のところは「えっ、ここで終わるの」と思ったけどこの小説が書きたかったことは「以前」のことであって「その時」や「以後」じゃないってことかと納得。本書の肝は最後のオチのためにある小説ではなくて、その手前の、手前勝手な人間どもが織りなす群像劇のぐるんぐるんにあったってことだ。長い話に倦んで、最後まで読む気にならずにすっ飛ばして最後のほうだけ読んでも「なんのこっちゃ?」ってなると思う。

とりあえずなんにも事件が起きないままではなくて、一番のいらいらの原因がああなってくれたことで多少のストレスは解消されたかもしれない(ああ性格が悪くなっている)。最初と最後で呼応させているのかな。因果応報?

本書はシャーリイ・ジャクスンファンにはお薦めするが、最初に読むならメジャーな作品からの方が取っつき易いとは思う。

シャーリイ・ジャクスン感想

2017/02/08

怪魚ウモッカ格闘記 インドへの道

怪魚ウモッカ格闘記―インドへの道 (集英社文庫)
高野 秀行
集英社
売り上げランキング: 91,126
kindle版
■高野秀行
日替わりセールで購入。
本書は「小説すばる」2006年8月~2007年5月に連載され、集英社文庫から2007年9月20日に発行されたものの電子書籍版。
本書も【カラー版】とうたってあるけどモノクロしか表示されないkindle paperwhiteでは意味なし。

怪魚ウモッカ格闘記』だからまた幻の生物を探しに行った探検の顛末が書いてあるんだろうなーと思って読んだのだけど、まさかこういう展開が書かれているとは……そう思ってあらためてタイトルを見ると『インドへの道』ってちゃんと書いてあるんだよな。うーむ、成程…。

まあ、前半の濃密な計画の立て方や調査の下準備がかなり細かく書かれていてそこだけでも価値があるし、ある意味高野さんにしか書けない本で、面白かったけどね。

現地での探検、冒険にしか興味が無いという方には「がっがりするかも?」な内容なので、本書はおすすめしません。


以下、内容に触れます。
★★★白紙で読みたい方はスルーしてください。★★★

高野さんの他の著作でも出てくるのでこのひとが探検に行くときに取る手段が正規・正当・合法ルートばかりじゃないことは知っていた。インド入国出来んとか姓を変えるために奥さんと離婚して奥さんと再婚したらどうかというくだりも以前どっかで読んだ記憶があった(この本二回目じゃないよなあ…どこで読んだんだっけなあ…。あと腰痛の件、本書の空港のところで解決してるけど『腰痛探検家』のほうが文庫は後で出てるんだけど…)
まあでもインドだし、犯罪を犯したわけでもないからなんとかなるレベルの問題なんだろうとたかをくくっていた。
だから本書の中盤からの展開にびっくり。
えーまさか、「ウモッカ探しにインドに行くぜ!」と煽っておいて「インドに行ったら空港で足止めされて入国許可下りなかったぜ!」という展開になろうとは…。
いやそういうこともあろう。だがもっとびっくりなのはその展開がわかっていて、それでこういうタイトルで本にしちゃうとは…(2005年の暮れにインドに行って入国拒否されて帰国し、連載は2006年に開始している)。

詐欺、までは云わないけど、うーん、看板に偽り……っていうほどでも無いんだけど、なんていうか「そうくるか!」って感じ。まあ高野さんらしいけどね。ガチな感じでこれはこれで面白いし高野さんにしか書けないな~って思うけどね。

前半読んでるときに、「やけに丁寧に下準備期間を長く書くんだな」「さては実際探しに行ったら竜頭蛇尾であんまりパッとしない結果に終わっちゃったのかな」と危ぶんでいたんだけど、はははっ。

でも、大使館でビザを発行したのに空港のコンピュータで「入国不可」だったとか、そんなことあるんだねー。大使館どんな情報で仕事してんの? って感じ。
しかもその後の顛末でインド人は大使が入れ替わるときとかに引継をしない、そもそも個人主義のインド人は引継を嫌ってしないことが多いとか書いてあって驚いてしまった。それじゃあなおさら、データとかきっちり作り込んでおかないとねえ…他にもいろいろ問題が出てきそうな体制だなあ。

それにしても「入国不可」となったら普通は帰国してもう一回大使館に掛け合うとか人脈をたどってどうにか、という方法を考えるしかないと思うんだけど、同時に瞬時に非合法ルートで陸路からパソコンの無い国境から入国出来ないかとも考える高野さんはやっぱりかなり特殊なひと、のような気がする。それとも高野さんのほうが一般的なんだろうか。とりあえずわたしが高野さんの本は面白いけど全部読みたいとかまで至らない理由のひとつはこんなところにある、ということを再確認したのであった。

2017/02/03

本屋さんにいこう 第6回

某月某日
某中型書店。
宮田珠己の新刊を探したけど見つけられなかった。
タイトルと表紙が良いなあと思ったけど帯に書いてあった内容紹介が暗そうだったので躊躇し購入を見送った本。

ビニール傘
ビニール傘
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岸 政彦
新潮社
売り上げランキング: 4,078


某月某日
紀伊國屋書店
気になったけど買わなかった本。

電氣ホテル
電氣ホテル
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吉田 篤弘
文藝春秋
売り上げランキング: 93,477
クラフト・エヴィング商會はセンスが良い。

あひる
あひる
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今村 夏子
書肆侃侃房 (2016-11-18)
売り上げランキング: 8,840
紀伊國屋書店員さんの手書きポップが巧かった! 思わず買いそうになった(買えよ)。キョンキョンも絶賛なんだそうです。

日本の伝統行事 Japanese Traditional Events
村上 龍 はまの ゆか
講談社
売り上げランキング: 8,296
綾瀬はるかが何故文藝書コーナーにと驚いた。しかもかなりデカい本。

すきになったら
すきになったら
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ヒグチユウコ
ブロンズ新社
売り上げランキング: 7,965
おお、猫じゃないんだー。

私をくいとめて
私をくいとめて
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綿矢りさ
朝日新聞出版 (2017-01-06)
売り上げランキング: 3,157
わたせせいぞうはバブル時代のイメージだが…綿矢さんお若いのに。さっきググったら内容も面白そうだったのでぐらぐらしている。

購入したのは以下3点。

宮田珠己『私なりに絶景 ニッポンわがまま観光記』廣済堂出版/2017年2月2日発行

私なりに絶景 ニッポンわがまま観光記
宮田珠己
廣済堂出版 (2017-02-02)
売り上げランキング: 36,331

松田青子『おばちゃんたちのいるところ』中央公論新社/2016年12月7日発行 
以前、迷って買わなかった。サイン本だったので背中を押された。

おばちゃんたちのいるところ - Where the Wild Ladies Are
松田 青子
中央公論新社
売り上げランキング: 6,234

内澤旬子『漂うままに島に着き』朝日新聞出版/2016年8月19日発行

漂うままに島に着き
漂うままに島に着き
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内澤旬子
朝日新聞出版
売り上げランキング: 64,120

2017/02/01

春にして君を離れ

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ・クリスティー
早川書房
売り上げランキング: 6,190
kindle版
■アガサ・クリスティ 翻訳:中村妙子
本書は1944年にメアリ・ウェストマコット名義で発表された"Absent in the Spring"の全訳の電子書籍版である。
初読み。

本書はミステリでないし、タイトルもなんだかメロドラマっぽくて、高校生~二十代のときに著者の作品を読み漁っていたときには全然関心が向かなかった。
ずっと後になって本書がミステリではないが人間心理を描くのが巧いクリスティならではの傑作という噂をネットで見て興味をひかれ、Amazonでアラスジを見てみたりはした。

優しい夫、よき子供に恵まれ、女は理想の家庭を築き上げたことに満ち足りていた。が、娘の病気見舞いを終えてバグダッドからイギリスへ帰る途中で出会った友人との会話から、それまでの親子関係、夫婦の愛情に疑問を抱きはじめる…女の愛の迷いを冷たく見据え、繊細かつ流麗に描いたロマンチック・サスペンス。

この概要から、わたしはこの小説は「幸せだと思っていた専業主婦が自分の結婚生活に疑問を感じる“目覚め”“精神的な自立”の話」だと勘違いの予想をしてしまい、それでまた読む気が無くなってしまったのだった。つまり「結婚という制度そのものに対する批判」小説だと誤解してしまったのだ。
ノーテンキ主婦が違う視点から自分の結婚生活を見直したら実はそうじゃなかったとクリスティの鋭い視点で書かれた「真理」を読むのは怖いなあと思って敬遠したというのもある。今回は年末年始のセールで購入した。

で、読んでみたら全然違った。
既読の方には言うまでもないことだが本書はそういう話では無い。
概要は合っているので、つまり解釈の違い。
批判しているのは「結婚」じゃなくてこの小説の主人公の【】、そしてあるいはその【優しい夫】だったのだ。

読んでいると主人公ジョーンに対してムカムカ腹が立ってきて、なんだか「この独善的おばさんが自分の過ちと家族にかけた迷惑に気付いて反省するといいけど48歳にもなってたらまー無理かー」と思いながら読んでいた。そしたら終盤なんと本人が「真実」を悟って苦しみ出したのでびっくりした。それで最後のほうで運命の分かれ道の台詞を二択で迷うシーンがあって、そこでジョーンが選んだ発言に「あー」と思った。なんという説得力、でもなんというクリスティの恐ろしいまでの冷静な目。

とか思っていたら本当の最後のところで夫ロドニーのほうからの視点が描かれて、ラストの彼の言葉に愕然とした。
ひええええ。怖い、怖すぎる!
そうなんだよ、ジョーンも自己中だけどこの夫だって最初から大人だったわけだから自分で決めて行動できるのになんのかんので妻の言いなりだったわけで、だけど責任が妻だけにあるようにずっと周囲をだまして生きてきたわけだよね。

「若く見える」というのは日本では褒め言葉だが、海外では違うのかどうだか知らないが、少なくとも本書でロドニーが最後に思うそのことは完全に軽蔑した、見下げている意味で使われている。
きゃークリスティってばやっぱあなた怖ろしすぎるほど怜悧ね!
おまえらほんとお似合いの似た者夫婦だよ!(捨て台詞)。

子どもたちにとったら災難だよなあ、子どもは親を選べないから。
表面的にだけ見たら「失敗」はしてないんだよね。
だいたい、結婚してて、子どももいて、という状態で家系的にずっと弁護士で伯父さんも後押ししてくれてる弁護士の夫が突然なんの保障も経験も無い農業をやりたいと言い出して賛成できる専業主婦の妻ってどれだけいるのか。
まだ若い長女が20歳も年上の既婚者と不倫してて駆け落ちするって言われたら反対するのもわかるし、次女が連れてくる友人や彼氏が派手だったり信用できないタイプだったら小言を挟みたくなるのもわかる。
そう、怖いのは、主人公がやってきたことの多くが「まあ、その気持ちはわかる、当然だ」と思えてしまうこと。
他人事だったら「子どもたちの自由・自立性を尊重すべき」って簡単に言えるけど我が子となると…。で、それが「子どもの為」じゃなくて「あなた自身の為でしょう」って断じられたら、確かにそうかもしれないけど、辛いものもあるわな。
限度とか、線引きのレベルの微妙な違い、ふだんからの愛情の与え方とかいろんな要素があるんだろうけど。
料理人とかを褒めないのは現代の感覚だと「下手な雇い主だなあ」って思ったけど1944年の話だから当時の常識はわからない。
ネットで感想をちょこちょこ拾い読みすると「自分は母親として同じことをしてしまっていないか」と自問しているひとが多く、非常に共感した。

すごく面白かったし、読みおわってからもいろんなことを考えられる、素晴らしい傑作だ。
これが1944年に出版されているという、現代でも全然古くない、普遍ってこういうことか。……クリスティってやっぱ超天才、大好き。