2017/07/19

祝! 佐藤正午直木賞受賞!

第157回芥川・直木賞

芥川賞に沼田真佑「影裏(えいり)」(文学界5月号)
直木賞に佐藤正午「月の満ち欠け」(岩波書店)

佐藤正午の小説は1998年の『Y』で知り、2000年の『ジャンプ』以来読んでいないがエッセイは近年も読んで、好きである。
まだ取ってなかったのか……もっと前に取れたのでは、というのが最初に浮かんだ感想。

ともかく、おめでとうございます。


月の満ち欠け
月の満ち欠け
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佐藤 正午
岩波書店
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アゴの竹輪とドイツビール ニッポンぶらり旅

アゴの竹輪とドイツビール ニッポンぶらり旅 (集英社文庫)
集英社 (2015-11-06)
売り上げランキング: 44,129
kindle版
■太田和彦
いい酒、いい人、いい肴を求めて、ぶらりひとり旅。
日本ぶらり旅シリーズ第2弾。

初出は「サンデー毎日」2011年5月8日‐15日合併号~2012年2月12日号。
2013年3月毎日新聞社より刊行された『太田和彦のニッポンぶらり旅2 故郷の川と城と入道雲』を改題した集英社文庫(2015年7月刊)の電子書籍版。解説は割愛されている。

冒頭「横浜」は2011年3月、とある。
東日本大震災が起こった年のその月だ。
桜木町に桜を植える、とても心に沁みるエピソードから本書ははじまる。

この章で書かれているだけではなく、本書はずっとそのことに太田さんが大きな衝撃を受け、落ち込み、少しずつ力を取り戻していくその過程になっている。
こういうときだからなのだろうと思うが、本書は古都を訪ねたり、太田さんの子ども時代を過ごした故郷を訪ねて旧交をあたためたり、「原点」「ルーツ」にせまる内容にもなっていて、非常に興味深かった。

わたしは日本酒は飲めないが、太田さんが訪れる居酒屋さんの料理はどれもすんごく美味しそうで、いいなあ、行ってみたいなあという気持ちになる。しかし太田さんのようには行くまい。なんせ居酒屋探訪の通、先生だもの。お店のひととも古い付き合いだということもしばしば(9年ぶりに訪れて覚えているお店のひとも凄いし覚えられている太田さんも凄い)。
居酒屋だけではなくて朝食・昼食に寄ったお店についても時々登場してこれもなんだか粋なカッコいい感じ。

このシリーズ第1弾『宇和島の鯛めしは生卵入りだった』を読んだときは観たことが無かったのだが、その後、うちの周辺では京都テレビで金曜日19時からテレビ版「ぶらり旅」が放送されているとわかったので、都合がつくとチャンネルを合わせて楽しんでいる。プロ野球で放送がないことも多いのだが。
テレビの方は、「食」「呑み」に重点を置いていて、観光案内的な部分がやや少ないが、本だとその部分も結構しっかり書かれている。
テレビはかなり面白いが、エッセイもまた独特の味があり(小説家はこういう構成の文章は書かないよな、というのが時々ある)、読みでがある。

目次
横浜 桜木町に桜を植える/外人墓地の連理の桜/朝のクラブハウスサンド/港に下ろした最後の錨/横浜(ハマ)の清貧の居酒屋
奈良 古都の晩春、温かな酒/大仏様と白寿の媼/阿修羅、憂鬱の眼差し/大和の空の弓張月
鳥取 因幡の白兎とトビウオ/鳥取で故郷をおもう/静かな町、静かな夜/アゴの竹輪とドイツビール
松本 故郷の川と城と入道雲/石畳を踏んで蔵造りのバーへ/朝の光を浴びて/ナワテ横丁の七夕人形/古い宣伝うちわの値段/体育館に新世界交響曲ひびき/校庭に上がった花火
函館 北海道の秋空たかく/市電に乗って古い町へ/市場からタラコを送る/食堂の朝ごはんがうまい/真昼のバロックコンサート
小田原 彼岸花と謡曲「北条」/文学者の小田原事件/二宮金次郎とかまぼこ
鎌倉 江ノ電で大仏様に会いに/酒泉童子のお賽銭/絹代、清方、アルレッティ
木曾 名物は、栗のこわめし/馬籠宿から恵那山を見る/山の宿の木曾踊り/父のつくった校歌/これわが国のワイマアル/村を二分した越県合併/恩讐をこえて
あとがき/本書に登場する店や場所

2017/07/18

本屋さんに憩う 第20回

某月某日
ショッピングモールの中の書店。

気になったけど買わなかったもの。

吾輩は猫である〈上〉 (集英社文庫)吾輩は猫である〈上〉
(集英社文庫)
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夏目 漱石
集英社
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吾輩は猫である〈下〉 (集英社文庫)吾輩は猫である〈下〉
(集英社文庫)
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夏目 漱石
集英社
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『猫』がこんなにポップに可愛くなっている!

干したから… (ふしぎびっくり写真えほん)
森枝 卓士
フレーベル館
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こちらは夏休みの課題図書の一冊。面白そう。でもこれで感想文書くの難しそう?

すばこ
すばこ
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キム・ファン
ほるぷ出版
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これも課題図書。いいなあこの感じ。


購入は地元の小さな書店で先日。

森下典子『こいしいたべもの』文春文庫/2017.7.6

こいしいたべもの (文春文庫)
森下 典子
文藝春秋 (2017-07-06)
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いとしいたべもの』の続篇。カラーイラストがすごくきれい。

2017/07/16

もう生まれたくない

もう生まれたくない
もう生まれたくない
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長嶋 有
講談社
売り上げランキング: 13,355
■長嶋有
休日の朝から読みはじめて家事・食事・午睡をしつつ夜のはじめ頃読了。

読みはじめから複数の登場人物・場面・それぞれのモノローグが交錯し、いずれも「ややこしさへの前兆」「いま現在ややこしい」を含んでいて、なんだか気分が重たくなる雰囲気、いつまで経っても物語に「すーっと溶け込む」感が湧かない、読みにくい話だなあ、なんだろうこの感じは……と思いつつも読み続けさせるナニカがあってそれが「長嶋有」の力なんだろうとか考えつつ。

彼ら彼女らは平凡な日々を送っているのだけれど、どこか屈折していたり小さな問題を抱えていたり。
有名人の「死」、それをネットやテレビで知って、情報が拡散していく、それぞれの受け止め方、思考の広がり方の差異。
「死」は現実世界でかつて本当に起こった有名人の死、だから読みながらその記憶を頭のなかから引っ張り出してくる、その頃のマスコミの報道なども引き連れて。
「いま」を書く長嶋有だけれども、これらの「死」は「少し前」のことで、「あれ? なんかちょっと古い所から出して来たな」何故だろう、とも考えつつ読んでいく。

現実に起こったノンフィクションの「死」と、小説世界のフィクションの「死」が全部同じラインで書かれている。「生きて」いる人々も離婚したり、別れたりくっついたり、自分でも説明のつかない盗癖があったり、教え子に次々に手を出す教師がいたり、ややこしい。読んでいる間、眉間に皺が寄りっぱなしだ。正直読んでいて幸福感は生まれない。
身も蓋も無いが「面倒くさい」というのがしっくりくる。面倒な状況、が多い。生きていくのは得てしてそんなもんだということか。

しかし終盤である人物が事故って危うく死にかける。
ものすごく、怖い。
他人事の「死」がたくさん積み重なっていったところで起こる「死ぬかもしれない恐怖」、それを越えて登場人物の「幼い我が子を死なせてしまうかもしれない恐怖」がなだれ込んできて、本当に怖い。
その後の、この人物の生き方に与える影響は、ものすごく説得力があった。
「生きている」ややこしさもあるけれど、「死」で喪うものへの恐怖はやっぱり、どうしたって「取り返しがつかない」怖さ。

この話には「フキンシンちゃん」こと蕗山フキ子嬢が女子大生で登場するが、彼女がごく普通に平凡な日常生活のバイト学生として描かれていてふーんと思って読んでいたら最後のほうでいきなりそこだけ別世界のエンタメ小説みたいな説明文が出てきて、つまりこれは、なんでしょう。「ノンフィクションの中にフキ子ちゃん」のような気持ちで読んでしまう、でもこの小説全体はいうまでもなく「フィクション」で、だけどあちこちに挿入される「有名人の死」は「ノンフィクション」なのである。
フィクションとノンフィクションの境目が揺らぐ、「死」はそう誰にでも起こるとみんな知っているけれどいつ起こるかはわからない、というようなことが本文のどこだかに書いてあったけれども、「死」と「生」の境目がどこにあるかはわからない。
その死が「予期できない」ものであればあるほど、周囲に与える衝撃・影響は大きくなる。

登場人物のそれぞれ結構変な癖みたいな個性があって、群像劇みたいな書かれ方で、特に誰にも同化・深く共感することは無くて、どちらかというと逆の感じで、だからこそ話の展開をわりと冷静に追えたように思う。「全体まとめて、何が描かれるのか」思えば『三の隣は五号室』もそういうタイプの小説だった。そういう方向でいくのかなあ。

読みはじめる前、「なんだか暗そうなタイトルだな」と思ったけれど、内容を読み終わって本を閉じて、あらためてそのタイトルを見るとなんだかもう本当に震撼としたというか、「おおう、……そう来る?」と思ってしまった。

こういうテーマの小説は、やっぱり重たい。

移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活

移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活 (講談社文庫)
高野 秀行
講談社 (2015-09-15)
売り上げランキング: 106,641
kindle版
■高野秀行
本作は2012年11月講談社単行本刊、2015年9月講談社文庫刊の電子書籍版である。

2011年6月時点で、日本には外国人が207万人もいる。彼らの多くは一時的な滞在者ではなく、10年20年という単位で住んでいるという。
本書は、そんなふうに日本に定住している外国人が、どんな食事を摂っているのか、その食材はどこで買うのか、「ふつうの外国人」の「ふだん食べているもの」を知りたいという目的で1年間取材して書かれた。相棒は講談社カメラマンの森清さん、講談社編集者の溝口真帆さん、フリー編集者の河合好見さん。
「あとがき」に【私にとって本書は初めての「本格ルポ」であり】とあり、えっ、そうか、いままでの高野本は「本格ルポ」じゃなかったか、と驚いたりした。ルポタージュの定義ってなんでしたっけね。

連載第3回の頃に東日本大震災が起こり、第3回、第4回はその影響が濃く出ている。多和田葉子の本にも出てきたけどやっぱり外国からは「日本はもう終わりだ。日本から逃げなきゃ」というふうに見られていたんだね、ということがよくわかる。

外国によく取材に行き、外国語に堪能な高野さんならではのするっと入り込んでいく感じがすごい。また、迎えてくれる外国人の皆さんも非常に親切でフレンドリーだ。同じ文化の外国人同士が日本でお寺やモスクに集まり、故郷の食べ物を作ったり持ち寄ったりして楽しく飲み食いしている様は読んでいるだけで顔がほころぶ、良い空気だなあ、とほっこりした。しかもいつもどれも美味しそうだ。日本の食材や調味料では本場の味にはならないのでわざわざ個人的に仕入れたり、本場のものを扱っている店に買いに行ったりしているのがほとんど。日本人が海外で日本食を作りたくなった時も同じようなことになるんでしょうね。

本書では「あとがき」と「文庫版へのあとがき」があるが、後者のほうで最近の日本の風潮を批判していて、ちょっと珍しく感じた。興味深く読んだ。まあたしかに政府のキャンペーンとかで「クールジャパン」とか言い始めた頃からそういうふうにマスコミとかもなってきた面があるかな。でも自虐ばっかりしているのもどうかなと思わないでもないし。うーん。どっちかに偏向しないように、バランスが上手に取れていたら良いんだろうな。

目次
はじめに
第1章 成田のタイ寺院
第2章 イラン人のベリーダンサー
第3章 震災下の在日外国人
第4章 南三陸町のフィリピン女性
第5章 神楽坂のフランス人
第6章 中華学校のお弁当
第7章 群馬県館林市のモスク
第8章 鶴見の沖縄系ブラジル人
第9章 西葛西のインド人
第10章 ロシアン・クリスマスの誘惑
第11章 朝鮮族中国人の手作りキムチ
第12章 震災直後に生まれたスーダン人の女の子、満一歳のお誕生日会
おわりに
文庫版へのあとがき
漫画解説 グレゴリ青山

2017/07/12

流

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東山 彰良
講談社
売り上げランキング: 9,864
kindle版
■東山彰良
2015年5月単行本刊の電子書籍版(2017年7月14日文庫版刊行予定)。
6月25日の日替わりセールで買ってあったもの、今週月曜から読みはじめて水曜夜読了。kindle版で5551P。

第153回直木賞受賞作。あの、又吉直樹&羽田圭介芥川賞受賞のときに直木賞を獲った作品である。
選考委員の北方謙三が「二十年に一回という素晴らしい作品」と大絶賛していたからずーっと気にはなっていて、kindleで冒頭のプロローグまで試読みとかはしていたのだけど歴史が絡むとなると難しいかもだし、文庫になるまで待つかあ…と思っていた(そしたら日替わりセールで上がってきて文庫化にはまだ1年はかかるだろうから、と購入、したのに2015年の単行本なのに2017年でもう文庫化するのだね)。

プロローグだけ読んで中身の雰囲気をなんとなく想像していたのだが、実際に本編を読んでみたらかなりイメージと印象が違うノリ・展開が待っていた!

直木賞受賞発表の時に、著者が台湾国籍の方で、この小説も台湾を舞台にしていて、著者の父親がモデル、みたいなことは云われていた。
本作を読む前にweb本の雑誌作家の読書道」でこの方の回を読んだりもしていた。

いやあ、面白かったなあ!
二十年に一回かどうかは、まあ好みもあるからよくわからないけれども、歴史が絡んでいるとか、身内がモデルとか、そういうのブッ飛ばす容赦なさというか、立派なエンタメで、全然小難しくない。歴史のややこしいこと抜きにして、個人の立場で書かれているので、主人公に同化・共感しつつその心情に沿っていくのになんのつまづきもない。

以下、内容に触れつつ感想を書くので、未読の方で白紙で読まれたい方はスルー推奨です。


主人公は 葉秋生(イエ チョウ シェン)。最初にプロローグがあり、そこから遡って、物語本編は1975年の、秋生が台北の高等中学に通う17歳だった時点からはじまる。
第一章のタイトルで明らかなように、1975年4月5日蒋介石が亡くなった年の5月20日の晩から夜中の間に、秋生の祖父、葉尊麟が亡くなった。それも、殺害されて、浴槽に沈められている、という形で。死因は溺死。
第一発見者は、秋生だった。
死者を見たのは、初めてだった。
そんなこともあってか、祖父の突然の暴力的な死は、その後の秋生の人生に大きな大きな波紋を生む――。

* * * * *

はっきり言って、この主人公はちょっとヤンチャが過ぎる。
最初は優等生だったようだが、ヤクザに片足をつっこみかけたような悪友の親友がいて、彼との仁義もあって、一昔前の不良みたいな言動が目につく。
でも間違いなくある種の魅力・カリスマ性、ヒーロー性も持ち合わせていて、少年漫画の主人公にもなれそうな、カッコよさ(?)みたいなのも持ち合わせていて。
一対一の命懸けの闘いになったときに、定規の刀をああいうふうにしたシーンとか、その状態を具体的に想像してギャーと内心叫びつつも「いやでも格好良い……んだろうな、男の人とかこういうのすっごい好きそう」とか。
その後もいろんな場面で「ちょい待ち、何故そこで事態をさらに大きく広く悪くする!?」と呆れつつも「そういう性格なんだろうな…」と飲み込んでいたので、終盤の方で自分で
どうしてそうなのか、自分でもわからない。(中略)物事が壊れかけたとき、わたしの心は修復よりもさらなる破壊に傾いてしまう。
と書いてあって、なんだかもう、大きく脱力、仕方ないなあ――、という感じ。

17歳から19歳くらいまでの期間がメインに書かれているから、青春小説の趣きも強く、純情な主人公と2歳年上の幼馴染みの少女との初恋物語なんかもうすっごく甘酸っぱくて、微笑ましくて、そわそわしてしまった。そして、切なくて、その真相を読んだときは「こっ…この設定がここで投入されるか」と。
大人になってからの恋は、苦くて、でもそれはそれでリアルで、切ない。「現在」二人がどうなっているかも時系列をバラバラにして書かれている都合で先にさらりと書いてあったりするので、複雑な思いで読んだ。

秋生はおじいちゃんを殺した犯人を見つけたいとずっと思って、自分なりに探ったり話を聞きに行ったりもしていたので(大人になって一時は日々の生活に追われて抑えられていたが)、その犯人に終盤で思い至り、追い詰める、という面は推理小説のような愉しみ方も出来る。というか、わたし個人はこれをメインに読んでいた。ミステリーとして、なかなかに面白い、単純だが、周辺書き込みがしっかりしているから、奥行きがあって、複雑な人間心理、ドラマが忖度されて、面白かった!

この小説は最初に登場人物一覧が載っているが、各人の個性が書き込まれていることや、台湾の名前なので漢字であることなどから、読書中この一覧に頼らずとも誰が誰でどういう関係、というのはほぼ把握できていて、見返す必要はなかった。兵役時代の同期はちょっと忘れていたけど(そのひとは最初出てきたときほとんど綽名で呼ばれていたからというのもある)。

先に触れた「作家の読書道」でマジック・リアリズム作品のこととか南米文学が好きだとかいうのを読んであったので、この小説に時々登場する「とんでも系描写」(ゴキブリの大量発生とか、糞系)や、幽霊や狐火が出てくることなど「ははあ……ニヤリ」と頷きながら読むことが出来た。真面目な展開の中にいきなり変な展開が混ざっていて、それがまた絶妙のユーモアを生んでいるのだ(単なる小学生的下ネタに陥っていないところが、ギャーゴキブリ!やめてぇぇ とか思いつつも「これは要るよな」と頷けるさじ加減・バランスになっているというか…)。
百年の孤独』(たしかに英米文学とは全然根本から違うのだ)しか読んでいないんだけど、南米文学見逃し過ぎてたかも、面白そうかも!と先のインタビューを読んで思ったり。

目次】を以下に書き写したが、未読の方に展開が読めちゃいそうなのは白文字にしておきます。
プロローグ
第一章 偉大なる総統と祖父の死
第二章 高校を退学になる
第三章 お狐様のこと
第四章 火の鳥に乗って幽霊と遭遇する
第五章 彼女なりのメッセージ
第六章 美しい歌
第七章 受験の失敗と初恋について
第八章 十九歳的厄災
第九章 ダンスはうまく踊れない
第十章 軍魂部隊での二年間
第十一章 激しい失意
第十二章 恋も二度目なら
第十三章 風にのっても入れるけれど、牛が引っぱっても出られない場所
第十四章 大陸の土の下から
エピローグ

2017/07/09

フロスト始末

フロスト始末〈上〉 (創元推理文庫)
R・D・ウィングフィールド
東京創元社
売り上げランキング: 372
■R・D・ウィングフィールド 翻訳:芹澤恵
土曜日の夜読みはじめ、翌日曜日の朝から晩までかかって家事の合間に頑張って読み切ってしまったのは通勤に持って行く気力がないのとこういう神経が滅入る犯罪が押し寄せるミステリーは最後まで読んでしまわないと気になって仕方ないから。

面白かった。
けど相変わらず胸糞悪い犯罪がこれでもかと……あと身内も性格悪いのがまたも追加投入されるし、ボンクラはほんっとーにいつまで経ってもボンクラのままでちっとも成長しないし(悪い奴じゃないんだけど警察だから結果重大だったりするのがなあ)、これでフロスト警部の魅力と、あと署内の気の置けないジョークでニヤリ、みたいな展開がなければ救いがないところ。

でもまあ、やっぱりエンタメ小説としてよく出来てる。面白かった!
何がすごいってお馴染みのメンバー、今回限りのメンバーと合わせてこれだけたくさんの登場人物が出てきてもきっちり書き込まれているから一度も冒頭の「登場人物リスト」に頼らなくて大丈夫だったこと。「これ誰だっけ?」が無かったということだ。これはカタカナ名前が苦手なわたしには驚異としか言いようがない。まあ、ほぼ一日で読んだからというのも大きいとは思うが…。

あと前から言ってたけど今回もしみじみと、ところどころじんわりと、翻訳が良い! 使われている日本語チョイスがセンスが良いのだ。

R・D・ウィングフィールドが亡くなってしまってフロスト警部シリーズ未翻訳はあと2作、というのは2008年に翻訳された『フロスト気質』で明らかになっていたが、ついにその最後の翻訳作品を読み終わってしまったわけである。最後である。第1作『クリスマスのフロスト』が翻訳されたのが1994年だもんなあ。

フロスト始末〈下〉 (創元推理文庫)
R・D・ウィングフィールド
東京創元社
売り上げランキング: 360


注意☆ここから下は内容に触れた感想です。

このシリーズのデントン署は常に人手不足の状況に陥っているというのがまず下地。そこへ事件が次から次へ降って湧いて、フロスト警部はあっちこっち駆けずり回る羽目になる……というのがテンプレである。
今回の下地は署長のマレットが警察長にゴマ擦りのために人員の半分をよその事件に投入させてしまったから。事件は冒頭の人間の脚遺棄事件からはじまり、連続少女強姦事件が複数発生しているところへ複数の行方不明が追加され、スーパーマーケット異物混入脅迫事件も同時に起こり、さらに腐乱死体が発見され……。
原題は"A Killing Frost"

さらにこのシリーズを通しての「敵1(?)」マレット署長と、話ごとに毎回新たな「敵2」が投入される、というのもパターンなのだが、今回の「敵2」は新たに赴任してきたスキナー主任警部。面倒はすべてフロスト警部にやらせ、解決の目星がついたら担当を自分にするように、と堂々と言ってのける厚顔無恥の偉そうなヤツだ。
マレットと組んでフロスト警部をもっと劣悪な地に異動させ、デントン署から追い出そうとする。マレットはあれで結構可愛げ(?)があってフロスト警部の舌先三寸にコロッと騙されて曖昧にされてしまうというところもあるのだが、このスキナーに関しては妙なところできっちり要点を押さえてくるので隙が無い。フロスト警部はデントンから追いやられてしまうのだろうか!?(まあフロスト警部のことだからどうにかするんだろうと思ってあんまり心配してなかったけど)。

署内でフロスト警部の人気が高く信頼も厚い、というのが救いだ。彼らとの和気藹々ぶりに心が和む。
でもフロスト警部よりも仕事が出来て、人望もふつうにあって、書類仕事もきっちりするひとがやってきて、今回スキナーが指摘したフロスト警部の領収証の偽造問題を取り上げたらどうするんだろうねえ……とか思うけどもうフロスト警部のオリジナル新作は望めないのだった! 嗚呼!

以下は内容に踏み込んだ感想・ネタバレなので未読の方は読まないでください
(白文字)。

正直な感想だが、全体をぐいぐい引っ張っていくエンタメ性はさすがだが、ミステリーとしてどうだったか、だけに焦点を絞るといささか説明不足で欲求不満が残るという気がしないでもない。このシリーズが好きだという大前提で、あえて、云うならば。
①何故犯人があそこまで残忍なことをしたのか、それは単なる嗜虐性・変態的性欲というだけの問題なのか。終盤に出てくる残酷極まりないビデオの件はそこに金儲けが絡んでいることはわかったけれどもやはりそこに至る掘り下げが足りない、と思ってしまう。「そういう人間がいるのだ」ということなんだろうけど小説なんだから描くからには裏も背中も書いて欲しい、と思ってしまう。理解不可能、説明不能、それが現実なんだろうけれども(つまり知りたいのは続きが書かれるなら裁判で明らかにされるのだろう部分だ)。
②スキナーの終盤での展開、この扱いはどうなんだ。雑すぎないか。どうやって「敵2」と折り合いをつけるのかと楽しみにしていたのにあっけなさすぎる。異動問題の解決も同様。まあそりゃ書類が無けりゃどうとでもなるんだろうけどさ、でもさあ……。

解説は小山正氏で、それによると著者逝去の為オリジナルのフロスト警部シリーズはこれでおしまいだが、別の著者による新作(?)が既に2作ほど原著で刊行済みらしい。まあこれだけ売れている人気シリーズだからなあ。

◇フロスト警部シリーズ
クリスマスのフロスト
フロスト日和
夜のフロスト
フロスト気質(上・下)』
冬のフロスト(上・下)』
『フロスト始末(上・下)』

2017/07/08

フィンランド語は猫の言葉

フィンランド語は猫の言葉 (講談社文庫)
講談社 (2015-01-09)
売り上げランキング: 40,788
kindle版
■稲垣美晴
フィンランド語についてはなーんにも知らないしフィンランドについても同様だ。でもなんとなく良いイメージを持っている。
ムーミン(トーベ・ヤンソン)アニメを子どもの頃観て、いい年になってからも講談社文庫で読んだりして、スナフキンやちびのミイを可愛いと思う。映画『かもめ食堂』は素晴らしかった。この本のタイトルはあの映画に出て来たっけ? どこで聞いたんだろう?

本書は、1981年11月に文化出版局から単行本として刊行され、1995年2月に講談社文庫に収録された、その電子書籍版である。

稲垣晴美さんはウィキペディアによれば1952年生まれ。
初めて渡忿(フィンランド)したのは「1976年の夏」とあるから単純に引き算すると24歳くらいのとき。大学夏休みに2ヶ月ヘルシンキに滞在して【夏期大学でフィンランド語の手ほどきを受けた後、フィンランド中をまわった】。言葉に関する本を書かれるくらいだから外国語大学だろうかと思ったら東京芸大なのだった。その後4年生になるとすぐ【私は卒論を書くためまたもや渡忿。】【アクセリ・ガッレンカッレラについて書くことにした。】フィンランド政府から論文に対し奨学金をもらったとのこと。このときは8か月くらい滞在したようだ。(ウィキペディアではアクセリ・ガッレン=カッレラという表記)
そしてその後ヘルシンキ大学のフィンランド語と文化という科に入学。最初は1年予定だったが、もっと勉強したいともう1年延長。
渡忿歴4回。全部合わせるとフィンランドに住んでいたのは三年弱。】ということになるらしい。

つまりこの本に書いてあるのは1970年代後半のフィンランドということで、携帯も、パソコンもメールもまだない時代だ。それどころか終盤に日本に帰国後の文章の中に【着物を着て学校へ通う時代は終わり、今やファッションの時代。この頃では、着つけ学校に行かなくては着物を着られないほど、洋服全盛だ。】と書いてあったので思わずのけぞった。えー? いやいや、1952年(昭和27年)生まれって丁度わたしの母親の世代なんだけど、その著者が書くにしては、もう一世代前の話のように思うんだけど……。

途中まで読んでだいたいわかったのだけれども、この著者も昔の日本人あるあるで、不出来を主張してしきりと謙遜されているが、実際にテストなどを受けた結果はかなり優秀だったみたいだ。真面目なんである。そもそも、語学に興味があって、英語、フランス語、いろいろ勉強されてそれでもまだ勉強意欲が飽きたらず、フィンランド語を学ぶために遠い北の国の大学に入られたくらいなのだから当然なのかもしれないが。
だいたいは彼の国での日常面白エピソードがユーモラスに綴られているのだが、たまに語学の説明が始まるときがあり、それを読んでいるだけで「難しそーっ」「ややこしーいっ」と思った。フィンランド語を用いて現地の大学の先生に楽しみにされるほど愉快な作文をものする著者は文章の才能がおありのうえに努力家で優秀な学生さんだったに違いない。

フィンランドの大学はみんな国立で、学費はほとんどかからなかったという。また、月に一度試験があり、自分が納得できる成績が取れるまで何回でも受けることが出来るのだという。答案については先生の部屋で一対一で説明を聞くことが出来る。良いシステムだなあ、勉強熱心な学生には素晴らしい環境だなあと感心することしばしば。
先生と生徒が非常に親しい感じで距離感が近い。まあこれは著者が優等生ならではの面もあるかもしれないが。でも「近い」というのは決して「友達感覚」とか「馴れ馴れしい」とかいうのではなくて、例えば晴美さんが先生のされたことや言われたことをきっちり敬語を使って書かれているのを読むにつけ、「美しい日本語だなあ」「親しくしていただいても、勘違いせずに、きっちり師を敬う姿勢を崩さない」というのが素晴らしいなあ、と清々しく感じた。

内容を読んでいくと、語学系の学科だから、丸暗記しなければどうにもならない科目が多そうで、丸暗記が苦手なわたしは「うへぇ」と思った。ハルミさんは凄いなあ。おまけに2年目はフィンランド語の古典や方言まで学んでいる。よくやるなあ。

日々の生活では、やはりフィンランドと云えばサウナで、サウナについての話。それと、食べ物は「じゃがいも」が一番愛されているらしい。日本人の晴美さんは「インスタント豆腐の素」なるものを日本から送ってもらって作って食べていたらしい。【お豆腐の素を水で溶いて、煮て、冷やして、固める】んだそうだ。へえー、そんなの今もあるのかな!? と調べたらハウス食品通販で「ほんとうふ」というのが売っていた…これは皆さんよく御存じのことなのかも知れなくて、いったいこのひとは何を驚いているのか、何も知らないんだなと呆れられているかも知れないが…。

そういえばあんまり観光のことは書いていなかったな。ムーミンのムの字も出てこない。言葉についてと、家や大学周辺のエピソードに絞って書かれたようだ。
フィンランドのことを書いたエッセイは、同時に当時の日本の若い、勉強熱心で明るくて朗らかな学生さんのきらきらした真面目な青春を見せてくれる本でもあった。

目次
忿学事始/ヘルシンキおばけ?/初めての試験/外国で脳腫瘍/音声学/北おーってどーお?/英語からフィンランド語への翻訳/作家としての日々/夏休み/フィンランド語の文法/サウナでの赤裸々な話/森の小人たちと文学/東大さん讃歌/マイナスごっこ/フィンランド語の方言/お城で誕生パーティ/作文とかけっこ/フィンランド語の古文/言葉の使い方/通訳稼業あれこれ/海外適応の時間的経過―たとえば、じゃがいもとのおつきあい―/女と言葉/大相撲愛好家と世界の言語/フィンランド語は猫の言葉/日本一・フィンランド一/コーヒーカップの受け皿
あとがき/文庫版のためのあとがき

Akseli Gallen-Kallela: Collector’s Edition Art Gallery (English Edition)
Davis Art Center (2014-10-23)
売り上げランキング: 231,381

本屋さんに憩う 第19回

某月某日
地元中型書店。

気になったけど買わなかったもの。

HERE ヒア
HERE ヒア
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リチャード・マグワイア
国書刊行会
売り上げランキング: 104,033
以前からAmazonで気になっていた本の実物があったので手に取ってみたが。

もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら
神田 桂一 菊池 良
宝島社
売り上げランキング: 150
話題書。ぱらっと見たけど特徴とらえてるなあ~。

あのころ、早稲田で
あのころ、早稲田で
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中野 翠
文藝春秋
売り上げランキング: 10,455
装画が佐々木マキだ。団塊の世代あたりには懐かしいのかも。

パン屋再襲撃 (HARUKI MURAKAMI 9 STORIES)

スイッチパブリッシング (2017-06-20)
売り上げランキング: 15,704
「漫画で読む村上春樹」だそうです。薄くて高い。


購入したのは以下。

長嶋有『もう生まれたくない』講談社/2017年6月28日第一刷発行

もう生まれたくない
もう生まれたくない
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長嶋 有
講談社
売り上げランキング: 16,187

R・D・ウィングフィールド『フロスト始末』(上下)創元推理文庫/2017年6月30日初版

フロスト始末〈上〉 (創元推理文庫)フロスト始末〈上〉
(創元推理文庫)
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東京創元社
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フロスト始末〈下〉 (創元推理文庫)フロスト始末〈下〉
(創元推理文庫)
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東京創元社
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ヨシタケシンスケ『あるかしら書店』ポプラ社/2017年6月20日第一刷発行・6月30日第三刷
あるかしら書店
あるかしら書店
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ヨシタケ シンスケ
ポプラ社
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2017/07/04

ボルドーの義兄

ボルドーの義兄
ボルドーの義兄
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講談社 (2014-01-17)
売り上げランキング: 161,124
kindle版
■多和田葉子
初出は「群像」2009年1月号、2009年3月講談社刊単行本の電子書籍版。

主人公・優奈は、ドイツのハンブルグに住んでいる学生(「今でもハンザ都市と呼ばれるこの町で大学に通う優奈」「やっと二十歳代半ばに達したところで」とあるから25歳か。)
ふと目にした講演をする年上の女性レネ(「銀色の髪」「何十年も前からハンブルグでフランス文学を教えて」「町の文化白書で偶然レネがハンブルグに昔あったフランス語文化研究所の館長だった」などとあるから60~70そこそこくらいだろうか)と親しくなる。

フランス語の勉強をしたいとレネに相談し、彼女に勧められ、レネの義兄(レネの姉より20歳以上若い夫。モーリス。作家。)が夏の休暇の間2カ月余りベトナムに滞在する間家が空くので、そこに滞在するためにフランスのボルドーに赴く。

最初、そのボルドーの駅で待ち合わせするシーンから始まり、レネと知り合った頃に遡り、会話の中で思い出されたことにどんどん話が飛び、飼っていた猫(タマオ)が生きていた時分、亡くなって以降、過去と現在が入り混じって物語が構成されていく。筋らしい筋は無く、身辺雑記・日常活写的な内容。
数日かけてプツプツ途切れながら読んでいくと頭の中がこんがらがり、毎回数ページ戻って読み直す感じ(この前読んだのもそうだったな)。
最後まで読んで「え・これで終わり」とまたもや思わされる。
物語をたどり直すようにもう一回頭から読んでいくとすんごいよくわかる。一読目はひたすら手探りで、最初に待ち合わせてる相手がまずわからなくて「モーリスって誰?」「優奈って若そうな名前だけどいくつなんだろう?」って感じで後で説明がどんどん積まれていく感じの構成なので。

優奈は毎日の出来事の芯みたいなものを漢字一文字で記録している。一日一個というわけではない。その一文字がごく短い各章(長さはバラバラ。出来事ではなく、考えたことで成立している章もある)のタイトルになっているのだけれど、漢字そのまんまではなくて、何故か鏡文字になっている。逆さまではなくて左右反転。内容的に漢字の意味の逆のことが、とかいうわけではないが、そのまんまにしていないということには何らかの意図があるんだろうなあ。
あたしの身に起こったことをすべて記録したいの。でもたくさんのことが同時に起こりすぎる。だから文章ではなくて、出来事一つについて漢字を一つ書くことにしたの。一つの漢字をトキホグスと、一つの長いストーリーになるわけ。

レネと優奈の関係がよくわからなくて、まあ一種の友情だと思うのだけれども、どこか恋愛関係めいている。「ソファの隣に座ったらケンカは終了の合図」とか、恋人同士みたいなんだもの。別に一緒に住んでいるわけではなくて、でも知り合ってからはかなり頻繁にレネの家に行っている。レネは昔は結婚していたが夫と死別し、いまは寡婦。
「尼さん」についての言及があり、本作(2009)次に発表されたのが『尼僧とキューピッドの弓』(2010)なのでニヤリとする。
レネは姉の話はしないし、けっこう地雷っぽい。刑務所に入っていた、と書いてある。

そのわりに、本作を読んでも、タイトルになっているくらいなのに、ボルドーに住むこの義兄がよくわからんのだよね。レネを通して見た義兄(モーリス)。
モーリスは濡れ衣をきせられて反論するかわりに、一人、ノルマンディーの小さな宿にこもり、怒り狂った人間にしか真似のできない猛烈な速度で自伝を書き上げた。その本は数週間たつと、今週一番売れた十冊の本のリストに載った。
モーリスは怒り狂って、失うものはもうないっていう状態に陥って、キリスト肌を脱皮して、プライベート哲学をゴミ箱に捨てて、民衆の感情の河に身を投じて、大衆の神経系に触れることができた。
当時わたしはモーリスが自分自身のためにものを書くことを認めなかった。

優奈とモーリス。
モーリスと優奈は不器用にしかし丁寧に英単語を交換しあった。サイゴン、祖父、数年間、大切な数年間、僕の初めてのアジアへの旅、僕の次の本、祖父についての本。
「ボルドーには、大切な場所が全部で四つある。庭園、市場、ユートピア、水」と英語で言った。

終盤、優奈はプールに行くのだけれど、そのときに辞書を持って行く。それをプールサイドに置いて水に入っていると栗色の長い髪の女が辞書を盗んでしまう(【辞書泥棒】は出てきたときからそう書いてある)。その盗まれ方が盗んでいるところをずっと目にしていて、相手も気付いているのに、止められないというまるで悪夢のような不条理な感じで。
そしてタマオの死についての回想。
プールのロッカーの暗証番号を忘れてしまい、泣いているといつのまにか辞書泥棒が後ろに立っていて……。

優奈は人生で3回、フランス語を習おうとして挫折している、と書いてある。辞書を盗まれた一連の出来事が3回目。優奈にとって「言葉」「言葉を学ぶこと」「辞書」はそれだけのことではなく、いろんなものを含んだ意味のある事象であるのだろう。
ドイツ語で話をし、フランス文学を教えるひとに惹かれ、フランス語を学ぶためにやってきた場所で知人であるモーリスとは英語で話している。
優奈にとって「フランス語」とはなんなのか。
2回目の挫折
フランス人の書いた本を持たずには電車にさえ乗りたくないというほどなのに、フランス語を習いたくないのはなぜなのかについて、優奈はハンブルグでは考えたことがなかった。】№567
そして優奈はずっと忘れていたヴィヴィアンヌについて思い出す。彼女はアントウェルペンの出身で、大阪の語学学校でフランス語を教えていた。その入門コースに申し込んだ優奈は、そこで文法的に間違った作文を得意になって読み上げ、ヴィヴィアンヌに叱責され、【屈辱感に耐えられず教室を飛び出した。フランス語を勉強しようという試みがくじかれたのは二度目だった。
1回目の挫折。
大阪での高校時代、友達が地方紙で「フランス語教えます」という広告を見つけ、その家に行ったら出てきて挨拶した男イヴェス・Sはアフリカ大陸出身(おそらく黒人だったのだろう)で、アラン・ドロンを想像していた友達はそのまま帰って来てしまった。
優奈もその頃は、その友達と同じくらい無知だった。フランス語という言語が、アフリカ大陸に移民として出かけて行って、そこでどういうことをしたのかについてはまったく知識がなかった。優奈は図書館へ行って、歴史の本を何冊か読んだ。】№1039
優奈は彼のところでフランス語を習う決心をしたが、電話番号はもう繋がらなかった。その彼の身にその後何が起こったのかは【何年かしてからある映画で知った。】。

つまり優奈にとってフランス語とは十代の自尊心を傷付けられたトラウマであり、無知と羞恥の象徴であったということだろうか。それをいうならドイツ語だって相当なもんのような気がするし日本語だって、ねえ。
いやーそれにしても難解だなあ。全然読み込めた気がしない……。

2017/07/03

万城目学×森見登美彦×上田誠 「ボクらの時代」2017.7.2 

先日7月2日の「ボクらの時代」@フジテレビは万城目学と森見登美彦と上田誠の鼎談で、かなり面白かったので自分用に書き留めておきたく。

録画ナシで記憶に頼って書いているので発言内容・言葉づかいなど、不正確です。
ご了解ください。順番も思い出した順です。

この番組は日曜の朝7時からやっているので寝過ごすと見逃してしまうのだけれども基本朝型なのでちょくちょく観ている(先日の作家3人揃いの町田康×又吉直樹×山下澄人も濃いメンバーで実に良かった)。

とりあえず今回は万城目さんがめっちゃ面白かった。
それに尽きる。
モリミー(森見さん)も良い人で面白かったけど、これはエッセイとか作品とかから受けているイメージどおりだったので、うんうん、って頷きながら観ている感じだったのだけれども、万城目さんに関しては「え? こーゆーひとやったの?!」って意外だったこともあって。

作風が似てる?とか同じ京大出身で年齢も近くて関西を舞台に書かれることが多いので似たタイプなのかなあと思っていたら、考え方とか正反対なのが多くて、それも興味深かった。

珍しくオープニングトークが長めで。
のっけからモリミーが家に万城目さんは呼ばない、綿谷さんも誰それ(これ忘れた)も来たけど万城目さんは「呼ばない」とか不穏なことを云いだして。
今はそれほどでもないけど「ライバルだから」とか「心を許した人しか呼ばない」とか。
万城目さんはライバルと思ったことはないと。
呼ばないのはいいんだけど「(呼ばない理由を)わざわざ云わなくてもいいよね」とか言ってて(そうだよなあ)って思った。

森見→朝の体力・気力が充実しているときに仕事(執筆)するのが良い。夜だと良いものが書けない。
万城目→逆に元気なときは書けない。10時間机の前に座っていても書けるのは最後の1時間だけ。追い込まれてからしか書けない。
最初から最後まできっちり話を作ってからしか書けない。登場人物が勝手に動き出して、とかいうひとがいるけれども自分にはそういうことは無い。全部しっかりコントロールしている。
なんで最後が出来ていないのに書けるの?
森見→いや、おおよその行きたい方向は見えているけれども…。

お金の話を森見さんが振ったら万城目さんが「勝間さんがタンス預金しているやつはバカだとかいうから東電の株を買ったら震災が起こってガタ落ち」とかめっちゃリアルなお金の話をして結論としては「タンス預金が一番!」ということだったんだけど、それを受けて森見さんが「誰がそんなガチの話をしろと……もっと作家とお金とかそういうふわっとしたテーマのつもりだったのに」とかいう感じのことを若干引き気味で言ってたのが笑えた。

「型」の話で、万城目さんが「型ばっかりで話すひとが多い。たとえば今日のこの番組についてSNSとかで、【上田・森見・万城目 なんて俺得 大草原不可避 】とか書く人がいると思うけれども【上田・森見・万城目】これは「事実」、【なんて俺得】これは「型」、【大草原不可避】これも「型」なんですね」とか言ってて、で、自分としてはそういう「型」は使いたくないとおっしゃってて、面白いなー。ネットスラングけっこうお詳しいですね(わたしは「誰得」「草生える」くらいで止まっていたので己がネアンデルタール人のような気持ちに陥りました)。

万城目さんは最初2年ぐらい働いていて、書く時間が無いから仕事をやめて、書くのに集中してそれでモノにならなかったら諦めようと思っていたと。対する森見さんは仕事を別に持っていないと編集者と対等に話が出来ないと思っていて、だから国会図書館でフルタイムで働きつつ作家業もバリバリこなして「鬼神の如く俺は働く」(←森見作品のキャラそのまんま過ぎるのでこれはサービス発言か?)みたいな感じで言ってていたらプッツンしてしまって、それまで東京にいたのを仕事を辞めて奈良に帰ってのんびり美術館とか回る日々になったとか。
そういえば森見さんたら国会図書館が職場なんてなんて素敵・カッコイイ!と思ったことあったなあ。

この流れで編集者が「気分転換にどうですか」とかいう誘い文句で他の仕事を依頼してくる、気分転換って仕事が気分転換になるかあ! みたいなことをお二人が笑いつつリアルな感じでツッコんでいたのが興味深くて面白かった。そうかそんな感じで依頼してくるんだー。受験勉強アドバイスでオリラジのあっちゃんが「気分転換に別の教科を勉強する」とか狂ったことを云ってたなあ。
万城目さんは小学生の時『まんが道』を読んで、編集者の言いなりになって仕事やり過ぎてバクハツする例を知ったからそういうのは最初からならないようにしていたんだとか。

初めて小説を書いたのは森見さんは10歳くらいのときで、万城目さんは21歳の時(遅めですね)。友達3人くらいに見せたら「気持ち悪い」と云われたと。「万城目が主人公とかぶる」「村上春樹みたいなことを云ってる」と。それで「村上春樹読んだらあかんわ」という結論になったらしいんだけど、何が面白かったって「村上春樹」って呼び捨てしているところが。
同じ業界の大先輩だから「村上さん」とか「村上春樹さん」とか「先生」とか尊称つけるのかなーって思ってたらフツーに呼び捨てなんデスネ。面識ないからかな? 面識あったらこういうふうには云わないよね。

全体的に森見&上田チームが同意見で(上田さんは森見さん家に何度か呼ばれたことがある!)、万城目さんが違う意見、という傾向があった。自販機好き⇔興味ナシ、とか。

万城目さんと森見さんで交換エッセイとかしたらいいのに(既にあったりして)。トークショーとか(これは見に行けないだろうからなあ)。編集前の、そのままトークを観たいです。
万城目さんがトークの中心で、今回は万城目さんに話が来て、森見さんを誘ったのだとか。お互いの仕事の領域には入らないように協定を結んでいるけれど今回は例外、みたいな。
面白い関係ですね! 良いなあ~こういう関係って。「殺伐とした収録」とか言ってたけどイヤイヤ、仲良いんでしょ、結局はwww

そんなおふたりの近著(番組冒頭で紹介されていた)。

パーマネント神喜劇
パーマネント神喜劇
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万城目 学
新潮社
売り上げランキング: 670

夜行
夜行
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森見 登美彦
小学館
売り上げランキング: 3,564

2017/07/01

あじフライを有楽町で

あじフライを有楽町で (文春文庫)
平松 洋子 安西 水丸
文藝春秋 (2017-06-08)
売り上げランキング: 10,066
■平松洋子
初出は「週刊文春」2013年5月2・9号~2014年12月25日号
本書は文庫オリジナルとのこと。
だいたい連載→単行本化→文庫化するのに、なんでこれはいきなり文庫になったのかなあ。
表紙・挿絵は2014年3月19日に急逝した安西水丸画伯である。
どうも連載順と文庫の並びは違うようだ。
解説は俳優・劇作家・小説家の戌井昭人さん。

いつもの平松節である。途中、ちょっと元気がない様子のときもあり、どうされたのかな、何があったんだろうと少し気になった。まあいろいろあるか……。
すっごく贅沢な料理で(そんなん一生食べられへんのちゃうか)と思うものもあれば、例えばタイトルになっているアジフライの様に自分でも作れちゃうレベルの料理まで、いろんなジャンル・レベルのお料理にまつわる短めのエッセイたち(1つ3ページなのであっさりしたものだ)。

こういう美味しいものばっかり出てくる本は夜中に読むとつらいというけれど、むしろ休日の昼間に読むとストッパーがないもんだからついつい無駄にオヤツなどに手が伸びてしまい、食べ過ぎてしまい、ユーワクに弱い私はダメであった。というわけでもっぱら眠る前に気の向くまま、少しずつ読んだ。

平松さんの本には鰻がしばしば登場するが、昨今の鰻の価格上昇を見るにつけ、「ヒラマツさんはどうされているのか」と気になっていたので、本書の後ろの方でさすがの平松さんもおいそれとは手が伸びない旨が書かれていてそうかー、と思った。

海苔弁アンケートという回がある。
①海苔弁ラブ度(満点100)②すきな海苔弁のおかず③海苔弁を食べたいとき④海苔弁にたいして言いたいこと
答えてみた。
①70点。②自作の場合はほうれんそうのお浸しと牛蒡のきんぴらと沢庵。購入するなら唐揚げか白身魚のフライ。③ごはんと海苔を味わいたい気分の時。④そういえば海苔弁って買った事あったかなあ?(購入するとなるとおかずの豪華なのを選んでしまう)。

目次
Ⅰ 危うし、鴨南蛮
危うし、鴨南蛮!/詩人の卵人生/台ふきんの白/どっきり干瓢巻き/トリュフvs松茸/見たな?/ヤバい黒にんにく/どぜう鍋を浅草で/レモンサワーの夏/歌舞伎座で、鰻/粗茶ですが/羊羹でシンクロ/ステーキ太郎、見参/あじフライを有楽町で/熊タン、鹿タン/海苔弁アンケート/インドのお弁当/最初は鯨めしだった/おばちゃんの実力/パンケーキ男子

Ⅱボンジュール、味噌汁
「はまの屋」、復活/久慈でもたまごサンド/谷中のひみつ/外ジュース、家ジュース/冷麺あります/生ウニは牛乳瓶で/えいね! 土佐「大正町市場」/花火と「フレンド」/砂糖じゃりじゃり/無敵なスープ/ボンジュール、味噌汁/パリのにんじんサラダ/ちょっとそばでも♪/ムルギーランチ健在/品川で肉フェス/そして神戸/八十三歳の意地

Ⅲ エノキ君の快挙
ちくわカレー!/凶悪ヅラなのに/ステーキ、ジュージュー/もっとアミの塩辛/海苔も挟みます/出たか、筍/とうがらしめし!/シビレる鍋/朝はジュース/梅雨どきの冷蔵庫/朝顔とドライカレー/夏の塩豆腐/ぽく、ぽく、ぽく/二ケ月ぶりのごはん/いちじく祭り/エノキ君の快挙/ごぼうアセンション/磨けば光る/わたしの柚子仕事/朝も夜も、湯豆腐/今年も焼きりんご/暴走深夜特急/冷やごはん中毒/森の贈りもの/煮物ことこと

Ⅳ 鶏肉は魚である
鶏肉は魚である/夏は瀬戸内で/線香花火と鮎/征太郞少年のカキタマゴ/1972年、釜ヶ崎/栗の季節です/居酒屋ごっこ/きれいな女将さん/白和えフリーク/霜柱を食べる/牛鍋屋へいらっしゃい/かけそばと目玉焼き/もったいぶって、鰻/志ん生の天丼/キャラメル夢芝居/塩豆とビール

あとがき/解説

2017/06/29

雲をつかむ話

雲をつかむ話
雲をつかむ話
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講談社 (2012-12-17)
売り上げランキング: 65,778
kindle版
■多和田葉子
2012年講談社単行本刊の電子書籍版。
長篇小説。随筆風でもあり、著者自身のリアル体験がどこまで混じっているのかなあなどと考えつつ読んだ。
「雲をつかむ」というタイトルのとおり、話があっちへこっちへ空想・連想・見た夢と飛んで数日に分けて読んでいると主筋を忘れそうになる、いまは現在か回想なのか、夢なのか現実なのか曖昧になって数ページ戻ってから読み返すこともしばしば。まさに雲をつかむような話だった。そのわりに最後は「おー、こう終わるか!」と衝撃を与えてくる。
こういう話は休日に一気に読むほうが向いているかもなあ。

とりあえず一読後、もう一回最初に戻って斜めに全篇目を通し直した。
感想は「犯人が多すぎる」。
いや別にこれミステリーでもなんでもないのだが、主人公「わたし」がいままでに出会ったいろんな「犯人」とのことを書いた小説なので。

「犯人」といっても犯罪の種類は色々である。
郵便物を盗んだ少年、バスの中で他人を傷つける暴言を吐き続ける少年、複数人と浮気した夫を殺した牧師の妻、思想的な問題で国家から危険思想認定された中国の詩人、無賃乗車・罰金を頑として払わない青年、娘を侮辱した夫を殺した妻、相手の大事にしているものだけを無断借用・盗み続け、将来の夢・子どもの名前なども真似して最終的に相手を刺した女――。

最後の女に関しては、最初に刺された方の言い分が書いてあってぞっとさせられ、その後で共通の知人の話があり、最後に刺した側の言い分が書いてあるのだが言っている内容が双方で平仄が合わないので「果たして嘘をついているのはどちらなのか」わからないままでなんだか読み終わった後でも後味が悪い。

窃盗罪はともかく殺人、それも複数人を殺すとなるととても正常な精神では出来ないと思ってしまうので、その罪を犯した犯人を「他と変わりない」と捉えることはわたしには出来ない。そういう意味では主人公が理解出来なかったが、「犯人」のことを書いてある小説というふうにはあまり読めず、いろんな人間のあり方、周囲のことなどが書かれている小説で、それがほとんど当事者ではなくて傍観者的な立ち位置なのでクールに書いてあるので一歩引いた形でこちらも読んでいける。不気味で意味不明などろどろしたしつこい悪意によるささいな犯罪が殺人よりもずっとタチが悪いというか、そういう性質の人間に遭ってしまったら不愉快極まりないなあ、などと思うケースもある。宮部みゆきのある小説を思い出したり。

メインとなっているのは1987年に「わたし」の家をほんのいっとき訪れてそのままいなくなってしまったある青年のこと。
チャイムを鳴らされてすぐドアを開けたり、知らない男を家に入れたり、あまつさえ彼を残して2階に上がって探し物をしたりと現代の感覚では「あり得ない」ことの連続で読みながら「昔はドイツでもこんな感じでOKだったの? このひとが悪いひとだったらどうするの」と考えていたので彼の正体がわかったときにはゾッとしたが、どうもこの話の「わたし」は全然恐怖感はわいてこないらしい。理由もなしにひとを殺す、という犯罪が当時は無かったのだろうか。

赤茶色の細い巻き毛の、「わたし」より首ひとつ分は背の高いがっしりした男、33歳、名前はフライムート。「わたし」の家を出た後、結果的には警察に出頭し、複数の人間を殺した罪で終身刑を受けることになった(本書によるとドイツの終身刑は十数年で刑務所から放免されると書いてある。また、終身刑そのものも廃止された、と)。

この青年はその後はもう出て来ない。ただ、「わたし」の気持ちはずっと残っていて、彼の事が契機となって「犯罪」と「長い時間収監されること」「犯罪をする人間」について思索し、他の類似例などを「雲蔓式」(芋蔓式とこの話の「雲」を引っかけた駄洒落)に書いてある。

で、この小説は別に犯罪や「罪とはそもそもなんぞや」というテーマではなく、そもそも「罪」については最初から「脇に置いておいて」というスタンスである。
犯罪を犯した人間について突き放すようなことを言われたときに「わたし」はかっと腹を立てる。
その後のやりとりから出てくる畳み掛けるような女医の言葉に「わたし」は今までのこわばりをどんどん解かれていく。
そして「ドアを簡単に開けたわたし」に眉をひそめていたわたしにとっては女医の言葉はものすごく当然のことと感じられ、「わたし」に必要な忠告はまさにこれだったのだ、という思いがした。

彼女はドイツに住んでいるから、フクシマの事故の後日本から来たとわかると放射線検査をされるシーンが出てきて、これは先日読んだ彼女の本にも同じようなことが書かれていた。かなりナイーブになっているように思う。正確にはメルトダウンしていたと発表されてから、ということになるのかなあ。
日本の中にいて考える「日本の像」と、ドイツに住んでいて感じる周囲の国の「日本観」は違うんだなあということを多和田葉子の小説を読んでいると肌で感じるのだった。

2017/06/26

尼僧とキューピッドの弓

尼僧とキューピッドの弓 (講談社文庫)
多和田 葉子
講談社 (2013-07-12)
売り上げランキング: 401,422
kindle版
■多和田葉子
本作品は「講談社創業百周年記念書き下ろし作品」として2010年7月単行本刊、2013年7月文庫化されたものの電子書籍版。
長篇小説、kindle版で2565頁なのでそんなに長くない。
「第一部 遠方からの客」 が全体の7割を占め、「第二部 翼のない矢」が残り3割という二部構成。

第一部も第二部も「わたし」による一人称で語られるが、第一部の「わたし」は日本人であり、職業が小説家で女性であることなどから何となく著者の分身のようなイメージ、でもまあ「=著者」というわけでもないんだろうな、というような。
この「わたし」は観察者というか、取材的な目的でドイツの修道院に一定期間滞在しているだけの身なので、傍観者的な、非常にフラットな視点で修道院のメンバーを観ているから、読んでいるときは彼女の「眼」がカメラの目のような役割をしていて、その視点に同化しやすい。非常に読みやすかった。

「わたし」は個々の特徴をほぼ第一印象で判定し、それぞれに熟語(創作)の徒名を命名したりしていて(内心で考えているだけで口に出すわけでは無い)、ユーモラスである。徒名の付け方、その漢字のチョイスが日本人ぽくないというか、まるで日本語の達者な外国人が漢字の意味だけに重点を置いて選んでいるような雰囲気もある。ちょっと拾ってみよう。
尼僧は全部で9人登場する。
透明美」さん(尼僧院長代理)。「貴岸」さん。「老桃」さん(老尼僧院長。95歳以上。)。「陰休」さん(病気治療中)。「火瀬」さん(老尼僧院長)。「河高」さん(見習い期間中)。「流壺」さん(85歳)。「鹿森」さん。「若理」さん(元弁護士)。

第一部は「事件」へのほのめかしがあって、事件と云えば殺人、とついつい連想してしまうのだが、もちろんそういう話では無い。「事件」というのはネタバレでも何でもないので書いてしまうが、この修道院の「尼僧院長」が就任後1年くらいで突然辞めて、修道院を出て行ってしまったことを指している。その原因やいきさつなどは中身を読んでいくとわかる。
舞台となっている修道院(クロースター)は千年以上も前に創立された。「ニーダーザクセン州」のW市(不思議な鳥たちを世界中から集めた鳥公園がある)にある教会に身を寄せている。

この話では先に触れたように9人の尼僧が出てくるのだが、そのどれもが個性的で、くるくる立ち代って登場して「わたし」に話しかけてきたり部屋に誘ったりしてきて、皆「わたし」には比較的好意的なのだが、修道院内部の人間関係、それぞれの思惑などがだんだんわかってきたりして、それが面白くて「えーと、このひとは誰だっけ」などと前に戻って読んだりを繰り返しているとその場にいない「辞めちゃった尼僧院長」のことなんか正直忘れていくというか、辞めた理由もそんなに突飛でもない(恋愛絡み)ので、だんだんどうでもよくなっていく感じではあった。

「尼僧」「修道院のシスター」というと、それはいろいろ難しい人もいるんだろうけれども基本的には敬虔で、落ち着いていて、穏やかで、優しくて、神様に人生を捧げている非常に宗教心に厚い方たち、というイメージだったが、本書を読んだ限りでは、もうちょっと世俗的というか、ある意味「どこにでもいそうなごく普通の女性たち」だった。
それはこの話が始まったときの「わたし」もそうだったらしく、最初の方にこんな記述がある。
わたしはその窓の向こうに監獄の独房のような僧房があるところを想像してみた。薄闇の中に黒衣に身をくるんだ、青ざめた尼僧が跪いて祈っているところを思い描いてみた。この時はまだ自分の空想がどれほど的外れなものであるか分かっていなかった。

ほほう、つまり尼僧さんの実態はそうじゃなかった、っていうことがこれから描いてあるわけね、と頷きながら読み進むわけである。そして実際読んでいくと「男性なんか当然入れないんだろう」と思っていたらお客は自由に出入り出来、あまつさえ泊まりさえしなければ恋人がいたって良いとか書いてあるので「へええ」と驚く。既婚者は駄目なのだが、離婚していても全然問題ない。「修道士」「修道女」といえば「生涯独身」「神が配偶者」というイメージだったのでびっくりした。
実際、この修道院にいる女性たちの多くは昔結婚していて、子どもが独立した後にここへ入ったというひとが多い。離婚した旦那がこの修道院に訪問するのも普通。
ふだんは尼僧の黒い衣は着ていなくて、私服。日曜日の礼拝のときは正装する。
自ら車や自転車で出掛けるのもOK。ただ、いろいろ仕事の分担が有るので、それを放り投げて長期休暇、とかは出来ない、つまりまあ、「職業」なんですな。人々にキリスト教を広めるのが仕事なのかと思ったら布教はしないんだそうだ。修道院を維持し、見学者を案内するのが義務なんだそうだ。
修道院に入るときに財産の没収などはいっさい無い。何故ならそんなことをしてしまったらその個人が「やっぱり辞めたい」と思ったときに辞めにくくなってしまう、個人の自由を奪ってしまうからだそうだ。ほー。修道院によって違いはあるのだろうけれど、この自由さは良いなあと素直に感心した。

第二部の「わたし」は「辞めちゃった尼僧院長」で、第一部の「わたし」が日本語で書いた小説が英訳されたのを書店で見つけて読んでしまい、「これはわたしじゃない」と憤慨して自分の経緯を語る内容。

第一部がきれいに終わっていたので、「第二部」という中表紙が現れて「えっ、まだ続きがあるの」と意外に思いながら読みはじめたらどうやら今までの世界と違う、「よく知っているのによそよそしく遠い人、それは紛れもなく、過去のわたし自身だった」の「わたし」とはいったいあのうちの誰だろうかと思いつつ彼女の憤る独白を読んでいくと段々わかってくる。舞台はカリフォルニアだ。「離婚の疲れを癒す旅だから」とかさらりと書いてある。

正直第一部を読んでいく中で「どうでもいい」という気持ちになっていたので微妙な気分だったので、無くても問題なかったとは思うが、「書かれた」ということはやはり意味があるのだろう。
その「意味」とは一番は「大筋では同じだが、当事者はやはり違う点が非常に気になる」「当事者の語る内容は、脇で見ているだけではわからない、伝わりにくい微妙な原因の積み重なりが引き起こした結果である」というようなところか。
この話に出てくる男性のいずれもが「どこが魅力的なのかよくわからない、とりあえず凄く鬱陶しくて、邪魔な存在」にわたしには思えた。そういう描き方をしてある。

修道院という場所になんとなく淡い憧れみたいなのがあり(宗教的な意味ではなく)、どういう生活なのかなど少し興味があったので、それが著者の取材をもとにリアルな感じで描かれている本書はかなり面白かった。第二部をひっくるめて「恋愛小説」として読むことも出来るだろう。「プロテスタント」というとかなり厳格なイメージがあったのだがそれを飄々と乗り越えていく、生活力の強さ、実務的な「生きていく」60歳を越えた女性たちの肩肘張らない日々、それぞれの個性・(あくまでも小さな)軋轢、みたいなものが面白くて、いままで読んだ多和田葉子作品の中で一番読みやすかったように思う。

2017/06/24

kindle【50%OFF以上】小説・文芸 フェア

Amazonの電子書籍大幅セールが期間限定:6/23(金)~7/2(日)ではじまっているので取り急ぎお知らせ。

ラインナップをざっくり見ましたが、「砂利が多い」って感じかなあ。たまにイイのが混じってる。
こういうのを吟味して「自分にとってのお買い得」を探す作業もまた楽し。

2017/06/23

旅をする裸の眼

旅をする裸の眼 (講談社文庫)
多和田 葉子
講談社
売り上げランキング: 264,944
kindle版
■多和田葉子
本書は単行本2004年12月刊、文庫版2008年1月刊の電子書籍版。
長篇小説。
といってもkindleで総ページ2787頁だからそんなに長くない。

最初の2行くらいがいきなり一瞬意味が分からなくて、あ、映画観てるのかと理解して、大丈夫だろうかと思って読みはじめたら後はかなり読みやすくて物語の中に比較的スムーズに入っていけた。途中で飽きることもなくて、時々理解が難しいところもあったけれど、最後まで読んで、「これで終わり!?」とちょっとびっくりして確認するように見直してしまった。

最近の翻訳小説は昔のいわゆる「翻訳調」が少なくて、あと村上春樹なんかで日本文学の文体にも変化があったことも影響しているのかもしれないけれど、とりあえず違和感が無い。
それもあってか、本書を読んでいるときに「最近の翻訳調ではない翻訳小説」を読んでいる錯覚に何度も陥った。
これは主人公がベトナム人で、舞台がずっと外国だからということが大きいのだろうが、多和田葉子がドイツに住んでいることやその作風も結構影響しているのかも知れない。

わたしは映画を全然知らないので、本書の章ごとに出てくる映画や主人公が「あなた」と呼びかける女優が実在の人物であるということに気付いたのは本書も随分後のほうになってからだった。
第六章で「シェルブールの雨傘」というワードが出てきて、さすがに超々有名作品だから題名くらいは知っている(観たことは無い)。ここまで「(著者は)小説の筋だけでなく映画の筋まで考えないといけないとはなかなか大変な作品だな」「でもひょっとしてこんだけ出てくるってことは実際にあるのかなモデルとか」と間抜けにも考えていたのがこれで氷解。
章タイトルごとに年号があって横文字が(英語のときもフランス語?のときもあってその後にまた年号がある、これは何かなあ、年号どうしの関係は?)とか考えつつとりあえずその問題は横にやって読んでいたのも「実在の映画である」とわかって解決。映画のタイトルと、発表年度だ!(ああ間抜けすぎる…)。
映画音痴なので映画タイトルを示されても女優さんのフルネームが本書には出て来ないので、読後、ネットで検索して初めて「カトリーヌ・ドヌーブ」という名前がわかった。名前・写真を見ても知らないひとだった(すみません、わたしが俳優女優を知らなさ過ぎるんです)。

なんでこんなふうにわざわざ己の無知を晒すのかというと別に無恥なわけではなくて、「このように、わたしのごとく映画の事を知らない人間にもこの小説は面白く読むことが出来た」と伝えたいからである。フランス語を解さない主人公がフランス語の映画を愛してやまなかったように、「作品」には個々のそのときなりの愉しみ方がある。

主人公はベトナム・サイゴンに住む高校生の少女。
彼女はロシア語の弁論大会で発表するために東ベルリンに派遣される。そこで知り合った青年にお酒をすすめられ、気が付くと西ドイツのボーフムのアパートに連れ去られていた。相手の隙を見てサイゴンに戻ろうとしてソ連行きの列車に乗り込んだまではよかったが、ソ連行と思ったその列車はパリ行きだった…。

主人公はこの物語の中で2回ほど名乗るが両方偽名で、本名は最後まで出て来ない。まずこれが変わっているし、ひとつのポイントのような気もする。

彼女の頭の中はバリバリの社会主義・共産主義で。
時代は物語が始まったころは1988年で、まだ東ドイツがあった。ベルリンの壁が崩壊していなかった。

言葉もわからない、お金も無い少女がパリに行ってどうなるんだろうと危ぶんでいたのだが、結論から言うと、この少女はいろいろ運が良い(?)というのか、なんのかんので助けてくれるひとに会ってとりあえず食べ物や眠る場所には不自由しないで生き繋いでいく。安定したかと思うとまたもや…という繰り返しもある。

列車の中で偶然出会った同郷人にお金を貸してもらい、パリの街をさまようが言葉がわからないのにどうするんだろうと思っていたら辻に立つ娼婦を「宿所に案内してくれるひと」と誤解したりして、その娼婦(マリー。マリーという名前は結構重要。というかカトリーヌ・ドヌーブが演じる名前だから主人公の頭の中で意識される。)の家にしばらく住ませてもらったり。後半では同郷人の医師と出会って彼の家に住むことになってなんとプロポーズされるんだけど(一緒に映画を観に行く仲になったシャルルは良いのか!?シャルルの事が好きだったんじゃないのか!?)、要するに不法入国だからパスポートはあってもビザが無い。ここでこの話に初めて日本人が(伝聞で)出てくるがなんと闇パスポートを手配するとかいう怪しい人物。……。

主人公が映画に出てくる女優に頭の中の空想で「あなた」と呼びかけ、その女優の出てくる映画を見つけては見、ときには何十回と繰り返して見に映画館に通う。
何故主人公が最初から彼女を「あなた」と特別視するのかは特に書かれていないので想像するしかないのだが、まあ、惹かれた、ってことなんでしょうか。
映画を観ると言ってもパリで見るのだからフランス語の映画で、彼女はフランス語を理解しないのである。だから全部映像だけで推測している。

この話で描かれる映画は実際の映画だけれども、彼女の想像した映画の筋なので、実際の映画とは違っているのかも知れない(元の映画を知っているひととわたしでは本書の読み方が全然違ったものになるということでもある)。
まあだからと云ってこの本に出てくる映画全部観るとなると大変だしなあ。文庫には「解説」が付いているらしいからそれを読めば何らかの助けにはなったのかもだけど電子版では割愛されてるからなあ。

しかし主人公の映画、というかカトリーヌ・ドヌーブが演じる役柄たちに対する思いの揺るがなさ、その真摯さには目を見張り、こちらの心を動かす純粋でとても強い「何か」がある。「何か」とはやはり映画の心みたいなものか。ひとがひとに伝えようとする何か大切なもの。
おそらくこの小説の「肝」はそこにあると思う。

主人公はベトナムでは成績優秀だったと(自己申告だが)書いてあってだから東ドイツに行く生徒として選ばれた。だけど外国で一人で知り合ったばかりの青年の前でウォッカをがばがば飲んだり、妊娠しているのに生理がくることに疑問を感じなかったり、子どもが何カ月で生まれるかを知らなかったり、いろいろ知らないことが多すぎてとても賢い女の子とは思えない。これは社会主義・共産圏の女子生徒は性の教育を受けていないということなのだろうか。ある種のプロパガンダに染まった十代少女の危うさや頑なさは本書のあちこちで表現されている。彼女自身はその「違和感」に気付かない。

目次
第一章 1998 Repulsion 1965
第二章 1989 Zig Zig 1974
第三章 1990 Tristana 1970
第四章 1991 The Hunger 1983
第五章 1992 ndochine 1992
第六章 1993 Drôle d'endroit pour une rencontre 1988
第七章 1994 Belle de jour 1966
第八章 1995 Si c'était à refaire 1976
第九章 1996 Les Voleurs 1996
第十章 1997 Le dernier métro 1980
第十一章 1998 Place Vendôme 1998
第十二章 1999 Est-Ouest 1999
第十三章 2000 Dancer In The Dark 2000

2017/06/19

献灯使

献灯使
献灯使
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多和田 葉子
講談社
売り上げランキング: 271,402
kindle版
■多和田葉子
多和田葉子をまとめて読んでみよう週間を極私的に行う手始めとして短篇集『ゴットハルト鉄道』(1996年5月講談社刊/2005年4月講談社文芸文庫)の表題作と「隅田川の皺男」を読んでみたのだがあんまり理解できなくてとりあえず「昔の純文学って感じがする」とは思った、のでこれはまた後日多和田さんにもう少し馴染んでから再チャレンジするとして、近著の本作を読んでみることにした。『ゴットハルト』よりは随分読みやすくわかりやすかった気がする。

2014年10月単行本刊。初出は以下のとおり。
「献灯使」:「群像」2014年8月号
「韋駄天どこまでも」:「群像」2014年2月号
「不死の島」:『それでも三月は、また』講談社2012年
「彼岸」:「早稲田文学」2014年秋号
「動物たちのバベル」:「すばる」2013年8月号

中身について何も知らないでただ表紙のハシビロコウが良いなー、タイトルも「遣唐使」の音を「献灯使」とするなんてなんだか慎ましやかで深い物語が眠ってそうで良いなー、くらいの軽いノリで購入したのだけれど、途中くらいで「あれっこれってなんだかここ数年の日本のありかたみたいなのにモノ申してる?」とか気付きはじめ、Amazonの商品紹介文を見てみたら【原発事故後のいつかの「日本」を描いたデストピア文学の傑作!未曾有の“超現実”近未来小説集。】とか書いてあって、「あ、そういうこと…」そういう目で読むとああそういうことを云いたいのね、というのがどんどん強調されて目の前に流れてくる。
表題作「献灯使」はわりとそれが昇華されていて「物語」っぽさが強いんだけど、短篇のほうが結構露骨に書いてあったりする。最後まで読んで初出が表題作はけっこう後というのを見て成程なあと。

リアルに描いているだけじゃなくてところどころに言葉遊びみたいなのが混じってて、ユーモラスな表現が有ったり、ひょっと視点をずらしてあったりして、どこにどう転がるのか……先が読めなくてずいずい活字を追ってしまう面白さもある。
近未来の日本が舞台で、鎖国してて、外国の言葉を使うと罰せられる、とか江戸時代の鎖国よりもむしろ太平洋戦争の時のことを連想して不穏極まりないんだけど、でも何故かあんまりそういう「恐怖」みたいなのは書かれていない。むしろいろいろカタカナに漢字をあてて言葉遊びみたいになっていて次は何が来るだろうと面白く読んでしまう。
「主人公の義郎は百歳を越えているんだけどこの時代の日本においては若者が(おそらく環境の悪化のせいで)極端に弱体化しており、老人は「死ななく(または死ねなく)」なっていて、元気で、第一線の働き手。義郎も曾孫の「無名(という名前)」を助け、無名のことをいつも考えて生きていて、その弱さ脆さを心配し、胸を痛めている日々。しかし物語の調子は何故かどこか飄々としていて、それは当の無名が明るく無邪気で嬉しいことがあると「極楽!」と飛び跳ねていたりするからだと思う。
終盤でいきなり15歳に話が飛んでちょっとびっくりしたけどまあ元気で良かった。この「献灯使」はレイ・ブラッドベリ『ウは宇宙船のウ』の主人公みたいだなあと最後の方を読んで感じた。無名君には是非元気で長生きしてほしい。

本書は5つの話が入っているけれども、いずれもテーマが共通しており、連作とは違うだろうが、併せて読むことでいろいろ積み重なってくるものがある。
長さが結構違って、表題作の「献灯使」は中篇でこれだけで全体の62%を占める。残りの4割で4つの短篇。

韋駄天どこまでも」では震災の日の描写が出てくるし(漢字の部分を分解して言葉遊びみたいなのとか、登場人物の名前の漢字で遊ぶとかはブンガクしてて面白い、それとリアルな災害の描写と、主人公のもうひとりの女性への依存の気持ち悪い感じが混ざっているのが独特の雰囲気になっている)。
そこへきて「不死の島」だからもうタイトルからして「よし、そうきたか」と身構えて読んでみるといきなり冒頭からかなり衝撃的なことが書いてあって、これ本当? と一瞬思ってガクガク震えながら読み進むと「似てるけど、違う近未来の話」だとわかってちょっとだけ肩の力を抜く、だけど、だけど、現実にこういう展開にこれから先を考えるとならないとは言い切れなくて、やっぱり恐ろしい。
彼岸」に至ってはあまりの暗い突き放した展開に息を詰めて、うーん、これか、これが「ディストピア」ってことか。現実には某国が我が国の難民を快く引き受けてくれるとはとても、想像上ですら出来ないんだけど…。
動物たちのバベル」は戯曲のような作り。イヌとネコとリスとキツネとウサギとクマが出てくる。人間が滅んだあとの世界の設定。と思っていたら最後の方で生き残りが一人だけ出てくるんだけど発言は一切なし。とりあえず「人間ってどうしようもなくてごめんなさい」って云わせたいのかなあってことを動物たちが延々喋ってるんだけどでもちょっと変なことも言ってて、だから「そのまんまな話」じゃないのかな。そもそも動物だけど「人間が演じている」っていうのをわざわざ強調してあるト書きとか、これってつまり人間の話ってことでしょう。バベルの塔の話も人間の話だし、どっちにしろ、愚か。「なにも成長していない…by安西先生@スラムダンク」ってコトでしょうか。
難しーなー。
難しいけど、いっぺん読んだだけだとやっぱり消化不良だけど、この小説、この小説って多和田さん、日本に震災前も震災後もずっと住んでて日本のテレビとか観ててあの空気とか世論とか知っててそれでも書けますかねこんな話。ドイツに住んでて、そりゃ日本の福島とかも訪れて取材はしたみたいだけど、たとえば日本国の象徴の方たちが「大震災に備えて、という名目で」京都御所に移住、とかいやー……どうしてこんなことが書けるかなあ。

よくわからないので読了後ネットで著者の本作についての記事をいくつか見てみたが、ドイツでは「どうして逃げないのか」という疑問が一番多かったとか書いてある。日本の報道に問題があるってことかなあ。日本の社会とか。ドイツの人は例えばドイツで同じことが起きたら余所へ逃げるのだろうか。

講談社BOOK倶楽部/献灯使 多和田葉子
『献灯使』をめぐって(現代ビジネス)

2017/06/18

ミステリ国の人々

ミステリ国の人々
ミステリ国の人々
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有栖川 有栖
日本経済新聞出版社
売り上げランキング: 26,584
■有栖川有栖
本書は日本経済新聞朝刊に2016年1月3日から12月25日まで連載されたエッセイ集である。2017年5月11日刊。

古今東西いろんなミステリ(本格ミステリ中心なので「ミステリー」ではなく「ミステリ」なのだ)の登場人物を軸に、未読の人にも既読の人にも楽しめる作品紹介となっている。エッセイだけど、書評でもあり、ミステリ入門書にもなっている。
基本的に物故作家の作品というくくりはあり。1回だけ例外あり。また、英米の作品が多い。
理屈っぽさは無く、読みやすいので気軽に楽しめる。未読本が溜まる一方なので休日にイッキに読んでしまったが、眠る前などに1つ1つ読んでも楽しめるだろう。面白かった。掲載誌がミステリー専門誌とかじゃなくて新聞で一般読者向けっていうのもあるんだろうな。

最近はあんまり読まなくなったが小学校5年のときに学校の図書室でポプラ社文庫の児童向けに書かれたシャーロック・ホームズ・シリーズにハマったのを最初として(ホームズに関しては高校生のときに新潮文庫で完全版を読み直して以降何度となく読み、聖典以外にも手を出したけどシャーロキアンってほどでもない)、以降十代、二十代、三十代と本格ミステリだけに限らずミステリーにはそこそこ親しんできた。しかし本書を読むとまだ未読の作品もあったどころか、「へえ、そんな作品があったのか」と存在自体を初めて知ったものもあり、まだまだだなあ、ミステリーの海は広いなあ、と思う。物故作家の作品中心だから現役のミステリ作家も加えたらもうどれだけ……ってなる。「本格」縛りでこれだからなあ。後で気になった作品をチェックしなくっちゃ。

もうひとつ云うと、ミステリそのものも好きだけど、それにまつわるエッセイとか書評とかベスト100とかの類も大好きなんで、本屋さんでこれを見つけたときは「なんて楽しい企画なんだ」とテンションが一気に上がる感じだった。有栖川さんの著作は大昔に『月光ゲーム』『幽霊刑事』あとはアンソロジーに入っていた短篇を読んだくらいで、あんまり読んでいないんだけど。

まあ、実際読んでみたら「ミステリ国の人々」という定義にはイマイチ迫りきれていない感がなきにしもあらずな気がしないでもないのだけれども(歯切れ悪いなあ)、でも言いたいことはわかる。早い話が、本格ミステリに出てくるある種の登場人物たちは、たとえば社会派ミステリーなんかに投入すると確実に「浮く」だろうからだ。

エッセイだけど有栖川さんの日常生活・身辺雑記などはほぼ出てこなくて「なんでこれ書評集じゃなくてエッセイって帯に書いてあるのかなあ」とちょっと思うがとりあえず著者のすごく謙虚なお人柄が伝わってくる本でもあった。

毎回挿絵があるが、それはモノクロだが、表紙カバーにカラーで載っていて、中身をずっとモノクロで眺めた後にあらためてカラーイラストを見ると「そうかこういう色だったのか」と思う。ちなみに装幀・装画・挿絵:大路浩実。ちょっと真鍋博っぽくて、毎回新鮮な味わいがあって良かった。

【目次】には取り上げられている登場人物(キャラクター)の名前と、作者名、登場する作品名なども書かれているが、ここでは登場人物名だけに省略させていただく。登場人物名だけを見ただけで「あの作家の、あの作品ね」などとすぐ浮かんでくるものもあれば、その作品を既読でもキャラの名前までは覚えていないこともあったりする。それは紹介されるのが主人公やメインキャラとは限らないからであり、「何故、有栖川さんはこのキャラに注目したのか」という読み方も楽しめる。

 【目次
はじめに
ヴァン・ダイン/シャーロック・ホームズ/松下研三/明智文代/スコット・ヘンダーソン/アリス/金田一耕助/三原紀一/黒後家蜘蛛の会/サッカレイ・フィン/柳川とし子/八坂刑事/ユーニス・パーチマン/ヘンリー・ポジオリ/杉戸八重/正木敬之/コーデリア・グレイ/ニック・ヴェルヴェット/亜愛一郎/三角形の顔をした老婦人/ヒュー・ベリンガー/ブロンクスのママ/苑田岳葉/蓮丈那智/ミ/アルセーヌ・ルパン/鬼貫警部/半七/ギデオン・フェル博士/ドートマンダー/仁木兄妹/バキリ/トム・リプリー/オッターモール氏/藤枝真太郎/おしの/イライジャ・ベイリ/ルーフォック・オルメス/門外不出の弦楽四重奏団/砂絵師のセンセー/ディー判事/ジーヴス/蝿男/紫式部/リュウ・アーチャー/アン・デイ/QAZ/五十円玉両替男/テナント少佐/エラリー・クイーン/菜々村久生/ポアロ&ミス・マープル
あとがき

ミステリ国の住所録・各エッセイ文末に作家案内(編集部作成)

2017/06/17

本屋さんに憩う 第18回

某月某日
某ショッピングモール内のヴィレヴァンと普通の書店。

気になったけど買わなかったもの。
おんなのこはもりのなか
おんなのこはもりのなか
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藤田貴大
マガジンハウス
売り上げランキング: 20,031
帯に又吉さんの推薦コメントがついていた。両方の書店に置いてあった。

マンガでわかる「西洋絵画」の見かた: 美術展がもっと愉しくなる!
まつおか たかこ
誠文堂新光社
売り上げランキング: 45,328
普通の書店のほうで。これ面白そうだなあ。

これはヴィレヴァンで。面白い発想だなあ。ドラクエやったことないっていうかゲームしないけど。


購入したのはこれ。
有栖川有栖『ミステリ国の人々』日本経済新聞出版社/2017.5.12

ミステリ国の人々
ミステリ国の人々
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有栖川 有栖
日本経済新聞出版社
売り上げランキング: 15,461

そういえば先日会社最寄書店でこれも買いました。文庫オリジナル。
平松洋子『あじフライを有楽町で』文春文庫/2017.6.8
あじフライを有楽町で (文春文庫)
平松 洋子 安西 水丸
文藝春秋 (2017-06-08)
売り上げランキング: 746

2017/06/12

続 聞き出す力

続 聞き出す力
続 聞き出す力
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日本文芸社 (2017-02-03)
売り上げランキング: 95
kindle版
■吉田豪
日替わりセールで上がってきて、前回『聞き出す力』がエンタメとして面白かったので続篇である本作も迷わず購入。

実用書として人間づきあい、仕事の参考にする向きもおられるのだろうが、わたしはほぼ娯楽として楽しんでいる。だってインタビューとかしないからねえ……まあ最近は企業でもストレスチェックの義務化を受けてメンタルヘルス講習とかあって、本書でもその講習でも「聞く(聴く)」姿勢でいるということは大事、と強調されているからまったく参考にならないってことはないんだけど。
有名人のちょっとびっくりなエピソードが入るし文章も読みやすいから気楽に面白い(基本下世話だけど)。

わたしは著者の本はこれで2冊読んだことになるが、文章を読んでいる限り、非常にクレバーで仕事熱心で魅力的な人物のよう、だけど「面白くするためなら腹くくって突撃しちゃう」タイプだから穏健派には顔顰められるかなあ。ラジオやテレビにも出演されたようだが、実際に喋っている感じってどうなのかな。

本書の紹介文を見るとタレントネタが満載のような印象を受けるがあくまでもこの本はインタビュー記事ではなく、具体例を挟みつつインタビューの手法を面白おかしく書いてある本なので、ゴシップ記事を読みたい欲求からすると物足りない。対談集も出版されているようなので一回読んでみるべきなのだろうか。
でも、2冊読んだ限りだと著者の守備範囲ってプロレスとアイドルが主みたいで、あとは俳優・女優さんとか話題のひととか。プロレスにもアイドルにも詳しくないので本書でも知らないひとが結構いる。結構悪口とか実名あげて書いてあったりするんだけど、大丈夫なのかな? そのへんもちゃんと計算済みっぽいけどね…。

目次】(通しで50の法則になっています)
第1章 「自分の型」を持て!
第1則 キャバクラはインタビュー修行の場に最適…なのかもしれない!?/第2則 テレビ的に美味しくないインタビューに気を付けるべし!/第3則 インタビューとは、アドリブの要素が強くてガチな展開もあるプロレスなのである!! ほか
第2章 「相手の懐」に切り込め!
第11則 時には取材相手との距離感を詰め、味方であるとアピールするのもテクニック!/第12則 人間的に合わないタイプでも、あえて心を開いて話をするべし!!/第13則 インタビューは音楽と同じ。イントロならぬ最初の質問を工夫すべし!! ほか
第3章 「修羅場」を潜れ!
第20則 取材中に大きなミスをした場合、まずは全力で素直に謝るべし!!/第21則 過去の発言で敵認定されたインタビュー相手こそ盛り上げよ!/第22則 如何に好きな人間であっても、生きている世界が違う相手にはインタビューしないほうが良い!? ほか
第4章 「他流試合」に学べ!
第31則 インタビュアーにはディレクタータイプというものもあるのだ!/第32則 インタビュー相手が困惑するほどの質問を繰り出すべく、下調べに創意工夫をすべし!/第33則 「天然」という装いは、インタビュー時には大いなる武器になる! ほか
第5章 「予測不能」を楽しめ!
第41則 堅い話しかしない相手には、好きな映画や漫画について聞くのが有効!!/第42則 面白いインタビューにするべく、ものすごく危険な話に突っ込む勇気を持つべし!/第43則 タブーに踏み込む際は、相手の返しを注意深く受け、一気に間合いを詰めるべし! ほか
あとがき

2017/06/10

間取りと妄想

間取りと妄想
間取りと妄想
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大竹 昭子
亜紀書房
売り上げランキング: 38,595
◆大竹昭子
この小説については私的には「ツイッターで存在を知って購入に至った初めての本」ということになる。ちなみに発信元の書籍編集者の方をフォローしているわけではなくて、別の作家さんのリツイートによって知った。
初・大竹昭子さんだし、初・亜紀書房の本だ。
初めて尽くしの中、装丁が名久井直子、という名前を確認してなんだか「うははっ」。イイ仕事してるなーやっぱ。この青い図面風表紙。青焼きっていうの?

間取り、にそんなに執着は無いけど、変わった間取り、はかなり好きだ。というか変わった家とかが好き。
こんな本を買ったりするくらいには(『間取り図大好き!』)。

本書は短篇集なのだけど、全部の話の最初にちょっと変わった家の「間取り図」が付いていて、その部屋に住むひとについての物語が描かれている。間取りにだけ惹かれて著者のことも何も知らずに購入したのだけど、読んでみたら不思議な雰囲気あり、ちょっと色っぽい話あり、読むともっと踏み込んだ続きが知りたくなり、次の話を読んでもまた全然違う話でああそうか、連作とかじゃなくてまったく独立したお話たちなのだ、そりゃそうか、変わった家の住人達がみんな繋がってるとか不自然だもんなとか思ったり。恋愛が絡む話が複数あるが、それも色んなカタチがあり、ちょっと変化球。
間取り図は原案を著者が描き、それを建築家でもあるイラストレーターたけなみゆうこさんがイラストにしたという(大竹昭子のカタリココより)。

最後の「夢に見ました」は書き下ろし。
そのほかの作品は、亜紀書房ウェブマガジン「あき地」に2015年8月から2016年12月まで連載されたものを大幅改稿したものだそう。
「夢に見ました」は著者の実話?エッセイのような、小説のような。幼い頃、間取り図に興味をもったきっかけから始まって最終的にはバナナの形状に魅せられるところまで。うーんバナナかー。最終回のこの図面はバナナだったのかー。
間取り図だけを集めた別紙が挟み込んである。

眠る前に1篇、今日は2篇と少しずつ数日かけて楽しんだ。良い本だった。

目次】と、一言感想。
船の舳先にいるような
→こんな家ってアリ? 玄関入ってから部屋までが長細い廊下とか。面白いなあ。そう思って読んでいたらこの家の肝はそこじゃなかったという…。

隣人
→最後の語り手の二人の微妙な空気で終わるところが、なんだかいろいろ考えさせられて余韻があった。悲しい結果になってしまうのかなあ…。

四角い窓はない
→まさかの色っぽい展開に「のわー」。

仕込み部屋
→打って変わってこれはホラーチック。当たり前だけど全然共感できなくて気味が悪かった。

ふたごの家
→怖い話の次に読んだのでこれもちょっとその余韻を引きずってしまい、双子の言動にびくびくしてしまった。

カウンターは偉大
→お色気系、っていうかそれは犯罪なんじゃないのか。気持ち悪いよー。

どちらのドアが先?
→猫に負ける女の話。恋愛もの。

浴室と柿の木
→隠し窓とかその発想は好きなんだけど、動機はそれか! 気持ち悪い変態オヤジには鉄槌がっ。

巻貝
→勝手な想いから勝手に失恋しているバカ男の話。この図面と話は何が面白いのかなあ。

家のなかに町がある
→最初に図面をじっくり見て、話を読みながら「え?」と思って、話の展開に「そうだよなあ」と。ちょっとミステリチックで、江戸川乱歩っぽい空気も少しdけどあって、面白い。やっぱ複雑な建築はイイネ!

カメラのように
→地下室のようで地形の関係でそうではないという部屋のある家。この話の最後の部分はよくわからないなあ、なにか言おうとしてるんだよね…。語り手が意外に若いのにびっくりした。

月を吸う
→こういう部屋を「レールロード」というらしい。恋愛もの。

夢に見ました
→夢に出てきた夢の様に不思議で面白い部屋の話。著者の実体験を書いてあるんだろうか?

2017/06/08

西南シルクロードは密林に消える

西南シルクロードは密林に消える (講談社文庫)
講談社 (2016-10-14)
売り上げランキング: 368
kindle版
■高野秀行
「もうジャングルはたくさんだ!」と心中、何度罵ったことか。もはや私は森に対して陰湿な悪意しか感じなくなっていた。

身も蓋も無いことは承知だが、本書を読んでいるとつい「どうしてこんな、しなくてもいい苦労をわざわざしてるんだろうか高野さんは」と数回思ってしまった。答えはまあ、それが仕事になる職業だから、になるのだろうか。

いや、違うな。
誰に強制されたわけでもない、企画を立ち上げたのも自分だしそれどころか日本や旅先でいろんなひとをその苦労に巻き込んでいる。お金、というけれども大したお金は動いていない(何しろスポンサーもついていない個人の行動だ、案内役や現地の村に落とすお金なんて知れている)。
高野さんがやりたがったから、だ。
自分の職業としての成果に対する奮い立ちみたいなのもあったようだ。そのへんは本書の最初にも書かれている、でもヤッパリ読んでいくうちにジャングルでヒルまみれになっている場面なんかでついつい「何を好き好んで」と思ってしまうのだ。まあ、誰にでも出来ないことをやるから高野さんの職業が成り立っているんでしょうけどね。

高野さんの著作はkindleで日替わりセールによく上がってくるが、リスト化していて気付いた。セールになるのはどれも集英社文庫なのである。しかし講談社文庫の本書『西南シルクロードは密林に消える』での行動のツケが『怪魚ウモッカ格闘記 インドへの道』(集英社文庫)に回ってきたりして、流れ的に『西南…』は押さえておきたい。考えていたところに“講談社の書籍・雑誌 1万点セール”が行われ、検索してみたら高野著作も該当していた。これぞ好機! 有難し!

本書は一般に知られるシルクロードと違い、中国四川省の成都を起点とし、ビルマ北部を通ってインドへ至るルートを云う、が、そもそもルートも不確定だし治安的にも地理的にも環境的にも厳しい。そもそもビザが取れない。そんな誰も行こうとしないところへあえて行くのが高野さんなのである。もちろん法に反しています…(だから本書でもひどい目に遭うし、その後もネタバレになるから伏せるけど辺境作家としては大変なペナルティを負う)。
この旅は2002年で、講談社から単行本が2003年2月刊、講談社文庫が2009年11月刊。「文庫版あとがき」が登場する人物のその後に触れているので文庫版推奨(電子書籍では解説は割愛されている)。

旅先で現地のゲリラの伝手をたどってポーターや案内人を得て旅を繋いでいくのだけれど、本当にびっくりするくらい金銭による報酬が出て来ない。
そして最初の印象が悪かった相手と一対一でつきあってみると意外にも……というのが二人出てきて、これがかなり印象的だった。
高野さんは普通に書いているけれど、状況や周囲とは違う立場なだけかと錯覚するけれど、やはり難しいことだと思うし根本は「個」の人間性だろう。つまり高野さんの人間づきあいの腕のなせる業だと思う。

本書の中である父と息子の感動の再会などという高野本には珍しいベタな感動シーンがあるのだが、高野さんはなんのかんのでこの息子の学費を出すことを決める。おおおおお。そして彼ら親子にはびっくりの後日談があるのだがこれ以上の言及は控えたい。是非読んで欲しい。この親子のネタだけでも本書には凄いドラマがある。波乱万丈の小説の主人公より凄いよ!

本書を読んでも「西南シルクロード」については正直よくわからない。だいたいが本文中でもあんまりその痕跡を辿るだとか歴史的な意義とかそういう記述がなかったし。ふつう「シルクロード」って云ったら「歴史ロマン」が付いて回るというか定番だと思うんだけど、そんなことよりも虫とかヒルとかジャングルとか、そもそもビザなし国境越えとかいう違法なことをずっとやってるので「明日はどうなる?」っていう不安、日陰者の意識がずっとあって。最初の方では無難に法を守って行くルート案とかもカメラマンのひとと話したりしてたときもあったんだけど、なんせ相手は政情不安な国、現地で頼りにするのがゲリラのみなさん、警察に捕まったら即アウトなので裏街道(というか道ならぬ道)を行くこともしばしば(たまにイケそうなところでは自動車とか電車とかにも乗ってるけど)。
一番乗り物で凄かったのはやっぱりジャングルで象に乗って進むところかな、落ちたら死ぬんだけど、睡眠不足で寝そうになって大変。人が歩いたほうが早いっていう速度で、しかも揺れるから酔いそうになる。絵的にはいいけど…っていう。

いろんな美しい景色とか珍しい景色が文章で出てきて頭のなかで一生懸命想像するけどカメラマンがずっと同行していたわけではなく(森清さんは講談社のサラリーマンカメラマンなので期限が40日と限られていたため)、高野さんもカメラを持っているんだけど全体に本書は写真が少ない。俳優張りのカッコイイ現地人が何人もいる、とか書いてあるシーンに写真が無い!(もちろん美女のも無い)。
残念だ。
まあそれは冗談として、この本はドラマチックさとか行程の困難さとか内容の濃厚さとかで高野本の中でもかなり密度が高いと思う。いつもながら本編よりあとがきとかエピローグとかで巧いことまとめてくるテクは流石酒の席の勢いで真面目なカメラマンを言いくるめるおひとよのう、という感じだ。このへんがインテリっぽさの残るところというか。

森清さんのホームページがあり、彼の撮る写真の美しさにしばし見とれた。

目次
プロローグ

第1章 中国西南部の「天国と地獄」――中国・四川省~貴州省~雲南省
1.シルク発祥の地・四川省成都/2.三星堆遺跡の驚異/3.棺桶の見下ろすパラダイス/4.知られざる中国最貧地帯/5.中国のバリ島・大理/6.タイ族の古都・瑞麗の天国/7.タイ族の古都・瑞麗の悪夢/8.全財産は風とともに去りぬ

第2章 ジャングルのゲリラ率軍記――ビルマ・カチン州1
1.カチン軍ゲリラ出現/2.中国公安に捕まる/3.トゥ・ジャイ議長との会談/4.カチン軍の総司令部にて/5.あらゆる障害を乗り越え、いつも元気な兄弟/6.ジャングル・ウォーク開始/7.アガの川/8.ジャングル搭象記

第3章 密林の迷走――ビルマ・カチン州2
1.文明という名の重力/2.中国気功整体に救われる/3.なぜカチン人は熱心なクリスチャンであるのか/4.窓際大尉の憂鬱/5.ビルマ「逆ウラシマ体験」

第4章 秘境・ナガ山地の奇跡――ビルマ・カチン州~ザガイン管区
1.インド国境へ/2.怪しい大尉と舟の旅/3.七人の侍とタカノ井戸の夢/4.エピキュリ大尉と焼畑の将軍/5.聖域プンラブム山を越えて/6.謎の西南アヘンロード/7.ビルマとインドの狭間で「アジノモト」/8.生き別れの親子、奇跡の対面

第5章 異常城市――インド・ナガランド州~ベンガル州
1.密林のドン・キホーテたち/2.東側の実家と西側の里親/3.ゾウ・リップの西側シルクロード独自調査/4.インド国境を越える/5.武装町内会の冒険/6.「用心棒」状態のナガランド/7.未来の独裁者クガル/8.大どんでん返し/9.カルカッタへ

エピローグ
あとがき/文庫のための注/文庫版へのあとがき/参考文献


2017/06/04

kindleで講談社の大規模ポイント還元セール 6月8日まで


kindleで講談社の大規模ポイント還元セール 6月8日までです。
あまりにすごいので思わずお知らせまで。
詳しくは上の文字と下の猫さんにリンク貼ってますので電子書籍ご利用の方はよかったらご覧下さい。

【最大50%ポイント還元】講談社の書籍・雑誌 1万点セール、ということで。
価格はそのままですけど、購入するとポイントがもらえて、次に買い物したときにそのポイント分値引きになる、という流れです。
「最大50%」なので35%とかのもあるようです。

わたしもちょっと気になっていたのを買い溜めしちゃいました。

冷静に、クールに、あんまり買い過ぎないようにしなくっちゃ……(自戒)。

http://amzn.to/2qLZvM3