2017/11/18

ヴァラエティ

ヴァラエティ
ヴァラエティ
posted with amazlet at 17.11.18
講談社 (2016-11-04)
売り上げランキング: 621
kindle版
■奥田英朗
身も蓋も無い結論を最初に云ってしまうと、本書で一番面白かったのは「あとがき」である。

その次が対談で、短篇はまあ……好みの問題もあるんだろうけど、というところ。
先に事情を知って期待せずに読んだら、さすがは奥田英朗なので、作品の水準というか、出来はきっちり保証されていましたが。

本書はまとまらなかった短編集です。
と「あとがき」にある。
同じ出版社で短篇がいくつかたまって、短篇集化するというのが王道らしいのだが、本書は最初の1つを編集者に頼まれて断りきれずに書いたものの、後が続かず……という作品の寄せ集め、らしい。
発表された出版社はバラバラ。
この辺の事情がわかりやすく面白く書いてあるのが「あとがき」。
各作品が生まれた事情とかきっかけみたいなのも書いてある。
こんな内情書いてくれるなんて結構珍しいような気が。

2016年9月単行本として刊行されたものの電子書籍版。

以下、目次順に初出一覧(巻末に収録)と、感想など。

注意! 内容についてふれていますので、本書を未読の方は、ご注意ください。

おれは社長だ!
「小説現代」2007年12月号
これを読むと、サラリーマンにも大変なことやメンドクサイことがあるけど、社長って全然違う次元で大変だよね、と。まあそもそももし自分が有名大手大企業に勤めていたとして、それをゼロにして独立しようっていう精神構造がまったく違うから…。「すごいなあ」「よくやるなあ」「そんな怖いこと絶対イヤだ!」と思って読んでいたら案の定苦労なさってて。
しかしそこはほっこり短篇なので、上手い具合に落ち着かせてくれてます。

毎度おおきに
「小説現代」2008年12月号
おれは社長だ! の続篇。
これ以上は続かなかったらしい。
小学生のお嬢ちゃんが宿題で質問して、お父さんとして答える、のやりとりが面白い。

「笑いの達人」楽屋ばなし<対談>
「オール讀物」2006年8月号
イッセー尾形との対談記事。
創作について等。

ドライブ・イン・サマー
『男たちの長い旅』(アンソロジー/2006年/徳間文庫)所収
途中で、あー、奥田英朗ってこういう系のハナシたまにあるよなあー、そっちかー、そっち系はあんまり好きじゃないんだよねーと気付いてからはナナメ読みした。この奥さんの言動が理解不能で、ヒッチハイク野郎の図々しさなどがひたすら気持ち悪くてなんじゃこりゃと思ってたら更にいろいろ事件が起こって、つまりはドタバタハッチャケ系、なんですね。
こういうのが好きな人には面白いかも。

クロアチアVS日本
「読売新聞」2006年8月12日(夕刊)
ショート・ショート。
サッカー全然わからないし知らないんだけど、「創作」だったら読めるかなと思って読んでみたら、まったく意味がわからなかった。
10年以上前のことだしね…。クロアチアと日本がサッカーの試合した、その当時に読んでたらまだ臨場感多少はあったのかも。

住み込み可
「野生時代」2012年3月号
これは実際の事件のインパクトが大きくて5年くらい前の話なので、リアルな感じがした。
新潮社の取材がきっかけ、って「旅」で連載されて『港町食堂』になった、アレですかね。
こういうおばちゃん店員っていそうー。わかるー。一過性の客だったらもう流すんだけど、同じ職場だったらストレスたまりそう、と思って読んでいたら最後のところで主人公の思考がかなりアレな感じにクズ女になっていて、おおう、と後ずさり。
ああそういえば奥田英朗はこういう、なし崩し的にどんどん堕ちていく系も上手いんだったね、これ以上メンドクサイ展開読みたくなかったから短篇でよかったとほっとした。

総ての人が<人生の主役>になれるわけではない<対談>
「文芸ポスト」Vol.26(2004年・秋)
山田太一との対談記事。
もうこれはね、高校の教科書に載せて全員に読んでもらったらいいと思うんだ。
あとお母さんたちにも読んでもらいたいかな。
こういう、現在の主流となっている「流れ」みたいなのと違うけど、「本質」みたいなのをズバッと言えちゃう奥田英朗ってやっぱ格好良い、尊敬できる作家だなと感動しながら読んだ。
ドラマについてはまったく観たことが無いのでわからない。
奥田さんが山田太一の大ファンだということはわたし程度の読者でも知っているくらい何回も書かれていたことなので、会えて良かったね奥田さん!
っていうか奥田さんが一ファンになっていて最後の対談についての補足コメントとか本当にファンってこうなるよねと、共感。可愛いというと云い過ぎかもですが……素直な奥田さん貴重です!

セブンティーン
『聖なる夜に君は』(アンソロジー/2009年/角川文庫)所収
17歳の高校生の女の子がクリスマスイブに彼氏と初お泊りデートする。
これを、なんとなく察して、どうしよう、どういう態度をとろう、と悩んで葛藤するお母さん視点のお話。
娘の視点で書かれると全然違うんだろうね。
お母さんって大変だなあ。
だけど「親として子どもの教育的にどうこう」「娘の身体が万が一」の心配じゃなくて、止めたら親子の関係がおかしくなるとか、家庭内の騒動の心配ばっかりで、そこは、どうなの? って思っちゃったけど。
彼氏が良い子っぽくて、ごく健全な高校生同士ぽくて、良かった。

夏のアルバム
『あの日、君と Boys』(アンソロジー/2012年/集英社文庫)所収
「あとがき」によれば【わたしの短編では五指に入る出来】だそう。
こういうのに似た経験が子ども時代にあれば、もっと共感して感動しただろう。
郷愁もの、少年の日の思い出、とかが好きなひとにも心に響くだろう。
良い話ではあるし、上手いとは思うが、奥田英朗の作品の中でベスト5に入るかどうかは、もうこれは趣味の問題だからなあ。あ、「小説の出来」としてどうかっていう判断は全然わからない、奥田さんの作品って全部レベル高いと思うし…。


男たちの長い旅 (徳間文庫)

徳間書店
売り上げランキング: 1,171,447

聖なる夜に君は (角川文庫)
大崎 善生 盛田 隆二 島本 理生 蓮見 圭一 奥田 英朗 角田 光代
角川書店(角川グループパブリッシング)
売り上げランキング: 409,546

あの日、君と Boys (あの日、君と)

集英社 (2012-05-18)
売り上げランキング: 343,547

2017/11/09

週末カミング

週末カミング (角川文庫)
週末カミング (角川文庫)
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KADOKAWA / 角川書店 (2017-01-25)
売り上げランキング: 17,819
kindle版
■柴崎友香
角川書店より単行本2012年11月28日刊、角川文庫版2017年1月25日刊の電子書籍版(解説も収録されている)。

初出は不明なのが多いが、「野生時代」2006年8月掲載の「蛙王子とハリウッド」がもっとも古く、「新潮」2010年6月号掲載の「ハルツームのわたしはいない」が最新とのこと(「あとがき」より)。

8篇とも設定が「週末」という点が共通点で、登場人物のリンクなどは特にない。語り手も男女いろいろ。
東京の話だったり、兵庫だったり。
特になんにも大きな出来事は起こらない、恋愛も絡まない、これぞ日常、なんだけど、全部「他人」の話で「共感」はあんまりなくて、卑近な感じはしなかった。
ちょっとしたスパイスを効かせて、読み手によっていろいろ考えさせられる印象的な「小説」にしてあるところが素晴らしい。

気の向くままに読んだので数日かけて読了。
以下、目次順にざくっと感想など。

目次
蛙王子とハリウッド(『野性時代』2006年8月号)
東京。31歳一人暮らしの会社員の「わたし」。風邪をひいたため年末年始帰省せずにいる、その「ハレ」設定の「ケ」日常。集合住宅の周囲がみんないないとこんな感じなんだね。後半会社の既婚の先輩が急遽泊りにきたときの主人公の思考も面白い。

ハッピーでニュー
神戸。妹の彼氏の友だちがバイトをしている洋書店についていった「わたし」の話。こんな書店三宮にはいかにもありそう。行ってみたいけど閉店しちゃうのだった(そもそも架空だったね!)。でもだから好きな本を持って行っていいと言われたりしていて、なんてまーうらやましー! オーナーについての「お金持ち」の説明として「駅から自宅まで他人の土地を通らずにいける」というのが面白い。

つばめの日(『野性時代』2008年12月号)
姫路に向かう車中3人の「わたし」とその友人の女性2名。サービスエリアで車から煙が出てきて…。気のつかい合いとかキャラの違いとかが面白い。

なみぎゅまの日
大学受験のシーンからはじまる。十代の受験の日の細やかな心情が鮮やかに描かれているのに驚く。「なみぎゅま」とは何かと思うがつまりは夢の話なのだった。

海沿いの道 (「モンキービジネス」)
前日に行ったライブで騒音性難聴になった「わたし」。
縁日で偶然再会した、学生時代に家庭教師をしていた女の子の両親の交通事故のエピソードが強烈過ぎる。
こんなひといるんかなあー「思い至らない」「気付かない」って酷くない?
っていうか普通に通報しろ。

地上のパーティ
「おれ」は今どきの「覇気の無い」「草食系の」「スイーツ男子」とされて面倒くさいから否定もしていない二十代前半と思われる男性。
実際は年上の彼女と同棲していたりする。
職場の先輩女性らに誘われてタワーマンション31階に住む元同僚のホームパーティについて行く。
小金沢さんみたいなひとは苦手だから出来れば関わり合いたくないものだと思った。
タワマンの話で終わらず、最後、ひとりで行ったラーメン屋の話で〆るところがポイントだろう。

ここからは遠い場所
百貨店の中の、アウトドア系の服や雑貨を扱う店で働いている「わたし」。
いわゆるイケてないインドア系を自負する自分と、キラキラ・モテ系女性を対比し続ける思考。
何故キラモテ女子が主人公の名前を覚えていて話しかけてきたのかはわからないなあ。なんでも言わずにはいられないひとっているからなあ。

ハルツームのわたしはいない(『新潮』2010年6月号)
第143回芥川賞候補作
東京に暮らしている「わたし」はアイフォンで世界の気になる都市の天気をチェックしている。
「友人の友人」の結婚パーティに行った後、「友人の友人」の誕生日パーティに行く、という行動に「こういうのを【リア充】っていうんだろうなあ…」と思った。
水族館が出てきて、東京のお好み焼屋が出てきて、最後主人公の住む町に行く、夜の町と大きな欅とかすごい生命力をみせる竹の話とか木の話が東京の話で出てくるのがイメージと違って面白かった。夜の闇と大きな樹木のうっそうとした黒い影が目に見えるようだった。

あとがき/文庫版あとがき
解説:瀧井朝世

2017/11/01

わくらば日記

わくらば日記 (角川文庫)
朱川 湊人
角川グループパブリッシング
売り上げランキング: 100,985
kindle版
■朱川湊人
kindleの角川セールで購入。
題名がユニークなので頭の隅っこにずっと引っかかっていたので良い機会だった。
本書は2005年12月22日に単行本刊、2009年2月25日に文庫版刊、の電子書籍版である。
同じ主人公たちが出会う事件を描いた連作推理短篇集。
初出は「野生時代」。
追憶の虹(2004年7月号、「虹の記憶」を改題)/夏空への梯子(2004年9月号)/いつか夕陽の中で(2004年11月号)/流星のまたたき(2005年1月号)/春の悪魔(2005年4月号)。

朱川湊人の作品は2005年直木賞受賞作『花まんま』を文庫版が出たころに読んだことがあるだけでホラー系・ノスタルジー系の作家というイメージ。
本作品集も昭和30年代が舞台になっていたのでそういう年齢の作家かと思って読後調べたら1963年(昭和38年)生まれだった。想定したよりも一世代若い、自身の経験というわけじゃないらしい。

本作品はノスタルジー系であるがホラー色はあまり無いミステリー(超能力が絡むからそういう意味では純粋なミステリーとは異なる、ホラーというかファンタジーというか、創元推理だと灰色の背表紙系の混ざった黄色の背表紙系というか…)。
十代の姉妹がメインの登場人物でロウティーンの主人公の語り口調が昔の少女小説のようだ。そしてその割に内容が陰惨、とまではいかなくとも、残酷な殺人が絡む。殺人があっても人情絡みの敵討ち的な、被害者が悪い輩だったりするとそんなでもないのだが、本書の殺人事件の被害者はみんな気の毒だなあ。犯人も気の毒なパターンもあるけど。

昭和30年代の日本の風俗(流行っていた歌や映画や俳優、生活の様子)などが本筋と関係なく書き込まれており、そういうことに関心があるむきには懐かしかったり、興味深かったりするのかもしれない。
姉妹が暮らしていたのは東京の千住の梅田というところで、近くに「お化け煙突」こと千住火力発電所があった。

話が語られる時点は30年以上後であり、語り手は妹の「ワッコちゃん」こと和歌子。本文中では小学校高学年~中学生。
3歳年上の姉・鈴音(りんね)は文中で27歳の若さで亡くなったと何回か書かれているが詳しいことは書かれていない。
鳶色の瞳、透き通った白い肌、栗色をした髪を持つ美少女(妹はまったく似ていない)。

彼女は超能力のような特殊能力の持ち主で、ひとや場所・物をじっと見つめることでその過去を「見る」ことができた。
この秘密を妹のワッコに話し、ワッコが知り合いの警察官に話してしまったことから、しばしば警察に事件の解決の助力を頼まれることになる。
本書登場時は中学生~17歳。体が弱いことなどから高校には進学していない。
語り手は彼女を「姉さま」と呼んで慕っている。

この慕い方がやや読んでいて「くどいなあ」と感じるのはわたしに姉妹がいないためか。あと、お姉さんがたった3歳上にしては大人で完成された人格の持ち主でマイナスの面が見当たらないのがすごい。「夭折」もあって30年後には美化されているということも多少あるかもだけど、それにしてもリアリティ薄いなあ…。逆に妹は甚だしく浅慮で言動は軽率極まる、絵に描いたようなダメ軽ドジっ子末っ子ポジションの主人公である。

警察官をはじめとする「大人」の書かれ方(主人公の主観)がこれまた児童文学的定石で特に百合丸さんの描かれ方はブレがあってよくわからない(不気味に描かれているわりに「整っている」という表現があったりして)。このひとは刑事? とは違うのかなあ。警察の中でまあまあ偉い人らしいのだが…。

こういうジャンルの小説は昔はともかく最近はあんまり楽しめなくなって久しい。どうも入り込めないな、などと思いつついちおう最後まで読んだ。昨日読みはじめて本日読了。
話としては面白いし悪くないと思うので、好みの問題だ。
最後のところで次へ続くような言い回しがあったとおり、続篇に『わくらば追慕抄』(2009年3月 角川書店 / 2011年9月 角川文庫)がある。

わくらば追慕抄 (角川文庫)
朱川 湊人
角川書店(角川グループパブリッシング) (2011-09-23)
売り上げランキング: 93,915

2017/10/24

ときどき旅に出るカフェ

ときどき旅に出るカフェ
双葉社 (2017-07-28)
売り上げランキング: 289
kindle版
■近藤史恵
2017年4月19日単行本刊、の電子書籍版。
10月20日のkindle日替わりセールで購入。すんごい可愛い装丁だなあ。
初出は「小説推理」2016年2月号~2016年11月号で、本書はそれに加筆修正したもの。

日常のミステリー系、全部同じ主人公の視点から描かれた、カフェ・ルーズという小さなカフェを舞台にした連作短篇集。
ワトソン役(というキャラじゃないけど)が語り手・奈良瑛子。ホームズ役はカフェの若きオーナー店長・葛井円。

「ときどき旅に出るカフェ」というタイトルから漠然と、旅好きで好奇心旺盛な若い女性(カフェ好きなんだから今風のゆるふわ系?)が外国の庶民的なカフェでお茶を飲んでいる、というイメージを浮かべた。
そういうカフェめぐりのお話かな?
と思ったらそうではなかった。
このカフェがある場所は日本の……東京のどこか少し郊外なのかなあ。
駅から少し離れていて、階段を数段上ってはいるお店で、他にバイトの店員さんなどもおらず、こじんまり、静かで落ち着いた感じ。
お店のメニューのコンセプトは「いろんな国の食べ物を食べることで気持ちの上で旅に出てもらえたら」ということ。

実際最後まで読んでみると「旅好きで好奇心旺盛な若い女性」はまあまああたっていたが葛井さんはそれよりも随分「しっかりした」「腰の据わっている」タイプの、かつ可愛らしさと愛嬌も兼ね備えた女性で、最初から好印象だったが何か起こった時の対応の仕方などが見えてくるとますます良いなと思った。

語り手の瑛子さんもグラついたところが無くて、ひとへの接し方というか距離の取り方が絶妙で、素晴らしい。いろいろ勉強になるなあ、と思った箇所がいくつもあった。
瑛子さんは会社に勤める独身女性で、37歳、一人暮らし。
ある程度年齢を重ねた独身女性が会社や家族からどういうふうなことを言われてどういうふうな面でしんどいか、実感したことがあるひとは彼女に共感するところが少なからずあると思う。

1篇1篇で話に落ちはつくが、コージー・ミステリのような舞台立てにしては結構重たい暗いテーマが多くて、一つ読み終えると「どーん」という暗い重石が肩に乗っかるような気がしないでもなかったが、文句なしに面白いので次も次もと読みたくなる。わたしはその「重き余韻」を味わうためにあえて1篇読むごとに少し時間を空けた。
ああいう場合はどうするのが良いのかな。
彼女の立場だったら…。
などといろいろ考えてしまうのは描かれているのがみんな、身近な同世代の女性だからだろうか。

通勤時間と昼休みと眠る前の空いた時間に少しずつ読んで1日半ほどで読了。
最後の2篇は繋がっているし葛井さんの話なのでいままで少しずつしか見えていなかった彼女と店の秘密的な感じもある。重石もいままでよりも大きくて重たいのが「ずどどどーん!」という感じなので、「あと2篇だから読み切っちゃえー」というふうにやっつけで流して読まないほうがいいかもしれない。
こういう暗さというかビターなスパイスを利かせてくるところ、さすが近藤史恵! という感じ。巧いなあ、面白いなあ~…。
あと最後にちょっとした(?)種明かし、みたいなのもある(最近はこの手の話多いから今更驚かなかったけれど、ああそういうことー、みたいな)。

苺のスープ、ツップフクーヘン(ロシア風チーズケーキ)、アルムドゥドラー(オーストリアのハーブレモネード)…。
出てくるお菓子や料理・飲物がいかにも美味しそうなので、「こんなカフェが近くに欲しい! あったら絶対通う!」と思う。カフェは無理でもこういう変わったお菓子を売ってくれるケーキ屋さん、あったら素敵だなあ…。

これ一冊できれいにまとまっている気もするが、すっかりファンになってしまったのでシリーズ化することを願う。
(あの大きくてしつこくて重たい石がこれですっかり取れたような気もしないからまた出てくるのかと思うと気が重いケド)。
いっけん素直で可愛い葛井さんが実はもっといろいろな面ありそうで、味があるキャラだ。
もっと彼女のことを知りたい。

目次
第一話 苺のスープ
第二話 ロシア風チーズケーキ
第三話 月はどこに消えた?
第四話 幾層にもなった心
第五話 おがくずのスイーツ
第六話 鴛鴦茶のように
第七話 ホイップクリームの決意
第八話 食いしん坊のコーヒー
第九話 思い出のバクラヴァ
最終話

2017/10/12

終わらない歌

終わらない歌 (実業之日本社文庫)
実業之日本社 (2015-11-06)
売り上げランキング: 21,031
kindle版
■宮下奈都
本書は『よろこびの歌』(2009年10月、実業之日本社)の続篇(3年後)を描いた短篇集である。
単行本、実業之日本社2012年11月17日刊、文庫版2015年10月3日刊、の電子書籍版であるが、珍しく解説(演劇集団キャラメルボックスの成井豊氏)も収められている。

小説誌「」(実業之日本社)に掲載された4編(「シオンの娘」「スライダーズ・ミックス」「バームクーヘン、ふたたび」
「Joy to the world」)、福井のタウン誌連載の「コスモス」、書き下ろし「終わらない歌」の計6篇。

卒業生を送る会の合唱から3年、少女たちは二十歳になった。
(Amazon:単行本版:内容紹介から引用)

『よろこびの歌』について細かいことは忘れてしまったが、女子高校生たちのさわやかな青春小説で、「歌」がテーマで、「良かった」ということは覚えていたので、続篇がAmazonで上がってきたときに購入してあった。

でも正直「"続篇"だし、あんまり期待しない方がいいよなあ」という気持ちで読んだので、最初の1篇をするりと読めてしまって、「ああやっぱり読みやすいなあ」「上手だなあ」。
最近読むのに体力が要るものを続けて読んでいたのでこういうふうに書いてあることがそのまますーっと同じテンションで飲み込んでいける作品は楽だ。短篇集なのに連作みたいなもので主人公は変わるけれども作品のトーンが同じなのでいちいち作品との向き合い方とか文体を探らないでいいし(だって世代の同じ同級生の女の子の3年後だもんね)。

読みながら一番思ったことは、
「この小説は10代後半から20代前半までに読むのがベストだなあ」
つまりいまのわたしが読むには内容が若すぎる。

どれも二十歳の女の子が主人公で、しかも三人称(客観視)ですらない、ばりばりの一人称のモノローグが延々続く話ばっかりなんだもの。
いやー……わかるけどね。わかるけど、もう「深く共感」とかは遠すぎて、眩しすぎて、キラキラですわ、って感じで。
じゃあ前作は高校生主体だからもっと遠かったでしょ、なんだけど、どう思ったんだっけかな。
あれは長篇だし舞台設定を探りながら読んでいく面があったからなあ。

前作もそうだったけど本作はより濃く「ハイロウズ」推し、な気はする。
わたしは別にファンではないが、解説の成井氏と同様に、代表曲だけはテレビやラジオで何回も耳にして育ったので聞き知っているというレベルだ。
ファンの方だったらまた違う読み方があるのだろう。
ただ頭の中で再生される「終わらない歌」は男性のあの特徴のあるかすれたようなボーカルなのに対し、本書では若い才能のある女の子3人のものすごく良い感じに歌い上げられる声、なのでどんな感じだろう、と想像しながら読んだ。

玲ちゃんの歌を聞いたひとはみんな目を見張ったり、顔を上げたり、とりあえずリアクションがかならず返ってくる。まるで北島マヤ(@『ガラスの仮面』)の演技みたいだ。でも本人は音大に入って声楽科で学んでいるんだけれど、その中で「トップ集団」の実力ではないと悩んだりしている。まあ、優等生が進学してまわりみんな優等生で落ち込む、ってどんなジャンルにも出てくる若いときのわかりやすい「つまづき」原因だよね。

この本では玲ちゃん以外にも千夏や早希などがそれぞれの主観で描かれるが、やっぱり一番好きなのは玲ちゃんが絡む話かなあ。っていうか前作の登場人物で覚えていたのって玲ちゃんと千夏だけだったり……。
女の子たち以外では、サブキャラとして登場する若い男性陣にもなかなかイケメン風だったりノーブルな感じなのがいたりして、いやーイイね! 特に「雨みたいな声」(ってどんなのだ)な、彼が素敵。若き日の恋愛のほのめかし・はじまりって、ときめきがあって、読んでいるだけでドキドキしちゃう。ガッツリ濃厚恋愛モノは苦手なので、これくらいが好みだ。

玲ちゃんの歌が聴きたいわー。

ん? っていうか解説がキャラメルボックス代表さんってことは……もしかして舞台化があったりするのかなあ?

活字では想像力を、フルに逞しく読むしかないが、逆にいくらでも逞しく出来るというか。
最後の話はそういう想像上の歌声が響きあって、なかなか素晴らしく盛り上がった。前5つの話もそれぞれハートウォーミングで良いのだけれど、最終話はそこであった細かい悩みや不安・違う視点で考えた時の「それってどうなのかなあ…」などを全部真っ白にして、「盛り上げ!」に特化して描かれているような。
「青春」とは、これくらい突き進んでしまうものなのかも知れない。

2017/10/08

読書で離婚を考えた。

読書で離婚を考えた。 (幻冬舎単行本)
幻冬舎 (2017-06-21)
売り上げランキング: 956
kindle版
■円城塔&田辺青蛙
なんとも刺激的なタイトルを冠した本書は、2015年1月~2016年9月に幻冬舎plusにて連載された「YomeYome メオトドクショリレー」を改題し、加筆・修正して平成27年(2015年)6月に幻冬舎から単行本刊、を底本とした電子書籍版である。

※注! 本書は単行本紙面を画像のように電子書籍化したものなので、通常のテキスト版電子書籍のようには読めません。

なので単語の範囲指定・検索なども出来ません。
活字はかなり小さめで色もやや薄いですが拡大するとページ全体が大きくなるので上から下に流れていく活字を読むには向いていないので、そのままのサイズで読むほうがましでした。

しかしその読みにくさを補って余りある、内容の面白さ!

紙の単行本で読めばいいじゃない、という意見は当然出るでしょうが、なにせ本書はAmazonの電子書籍kindle版の今月(2017年10月)の月替わりセール対象作品となっておりなんと!
お値段¥499円、加えてポイント102ptなので、実質¥397円で読めてしまうのであります。
ちなみに紙の単行本は¥1,620円。

この本の存在を知ったのはその少し前に行われた、kindle版カドカワセールのときで、かなり迷った末見送っていたけどやっぱり気になったので安くて有難い!

読んだ感想。
「めっちゃ面白かった~!! ――でもどこらへんが、“離婚の危機”!? 最初から最後までラブラブ夫婦が紙面でじゃれ合っていたように読めちゃったワタシは夫婦の機微なるものがわかっていないのかも知れない???」

本書は、夫と妻が交互でお互いに推薦図書を指定し、次の回に相手がその本を読んだ感想レビューを書く、というスタイル。
だから書評本、でもあるのだけれど、1回の分量が少ないこともあって、正直書評部分はかなりあっさりしている。少ない。
でもそれだけじゃなく、差し挟んであるお互いについての思うところとか、日常エッセイ的な部分がけっこうあって、それがすんごく面白い。

円城さんの作品はいくつか既読で、あと新聞に連載していたエッセイもいくつか既読で、この方のエッセイをまとめて読みたいと思っているのだがいまのところ書籍化されてない……(ですよね?)。
そんな中で本書は貴重だ。
小説は難しい円城先生だけどエッセイはわかりやすい。
世代も近いし、現在大阪在住ということで親しみもわく(出身は北海道で、独身時代は東京在住。大阪に住んでいるのは奥さんの仕事の都合だとか)。

奥さんの田辺さんについてはホラー作家ということでわたしの守備範囲外なので残念ながら読んだことはないのだが、生年が円城さんより10年若い。でも本書によると読んでいる漫画などが円城さんよりも「おじさん」らしい。

とにかく田辺さんが「えっそれって漫画の世界だけの出来事と思ってた」というレベルの生態で、例えば料理とか、看病とかは苦手らしい。ご本人には夫君の視点についていろいろ反論したい点もおありなのだろうが、しかし円城さんはそれでも奥さんがお好きなんでしょうなあ、とにまにましながら。奥さんの、こういうのを公共の媒体に書かれるといろいろ言われる、という文句には激しく同意(お姑さんとか親戚とか実家の親とかあるでしょうなあ)。

これは、夫婦がお互いを理解するために本を勧めあった格闘の軌跡である。
と、冒頭にあるが、
円城さんが本書の中で何回も疑問をさしはさむように、奥さんがこのコンセプトを正しく理解されていたかは……、そして、【夫婦の相互理解】なるものが進んだかどうかは……。
最初に事細かい≪ルール≫なるものが設定されているのが泣けるというか笑えるというか……。
…………。

まー夫婦で仕事とかしないほーがいーでしょーねー。
それは円城さんも最初っからわかっていたらしいのですが奥さんがウキウキ♪という感じだったらしい。
このご夫婦が結婚されたのは2010年7月らしいので、結婚5年目くらいの連載っていうことだ。
結婚10年目、20年目だとまた違うんでしょうね。
読み手が円城さんタイプか、田辺さんタイプかで感想も違ってくるかも。
とりあえず円城塔さんファンなので、いろいろ実生活などが垣間見えて楽しかった!
結婚式はエヴァンゲリオンがテーマだったんですね。

本書で紹介される本は以下のとおり。
吉村昭『羆嵐』/テリー・ビッスン「熊が火を発見する」(『ふたりジャネット』所収)/吉村智樹と仲間たち『VOWやもん!』/ジョー・ヒル「ボビー・コンロイ、死者の国より帰る」(『20世紀の幽霊たち』所収)/スティーヴン・キング『クージョ』/山田風太郎「〆の忍法帖」(『山田風太郎忍法帖短篇全集5 姦の忍法帖』所収)/ゲッツ板谷『板谷式つまみ食いダイエット』/幸田文「台所のおと」(『台所帖』所収)/大沢在昌『小説講座 売れる作家の全技術』/エンリコ・モレッティ『年収は「住むところ」で決まる』/弘兼憲史「五里霧の星城」(『黄昏流星群27巻』所収)/レム・コールハース「プールの物語」(『錯乱のニューヨーク』所収)/倉阪鬼一郎『活字狂想曲』/関容子『日本の鶯』/池谷和信『人間にとってスイカとは何か』/アリソン・ベイカー「私が西部にやってきて、そこの住人になったわけ」(『変愛小説集Ⅱ』所収)/池波正太郎「男色武士道」(『あほうがらす』所収/ロラン・バルト「パリの夜」(『偶景』所収)/渡辺淳一『花埋み』/エミリー・オスター『お医者さんは教えてくれない 妊娠・出産の常識ウソ・ホント』/又吉栄喜『豚の報い』/三谷純『立体折り紙アート』/つのだじろう『恐怖新聞1』/須賀敦子「白い方丈」(『須賀敦子全集第2巻』所収)/吉屋信子「かくれんぼ」(『吉屋信子集 生霊 文豪怪談傑作選』所収)/ピーター・メンデルサンド『本を読むときに何が起きているのか』/荻原規子『薄紅天女』/ジョン・ヴァーリイ「ビートニク・バイユー」(『さようなら、ロビンソン・クルーソー』所収/イセダマミコ『今夜もノムリエール』/野﨑洋光『野﨑洋光 和のおかず決定版』/ジーン・マルゾーロ『ミッケ!』/マーク・ハッドン『夜中に犬に起こった奇妙な事件』/小林泰三『記憶破断者』/ジェイムズ・プロセッタ『ウナギと人間』/山田規畝子『壊れた脳 生存する知』/木村俊一『連分数のふしぎ』/中島らも『西方冗土』/スタニスワフ・レム『ソラリス』/高見広春『バトル・ロワイアル』

2017/10/06

十二章のイタリア

十二章のイタリア
十二章のイタリア
posted with amazlet at 17.10.06
内田 洋子
東京創元社
売り上げランキング: 21,321
■内田洋子
7月に刊行された単行本。
内田さんのエッセイは宝石箱みたいなものだから、流して読むなんてもったいないことはしたくない。
枕元に置いて気力があるときにのみ少しずつ日数をかけてゆっくり読んだ。
東京創元社刊というのもなんだか良い。好きな出版社のひとつだからだ。何故東京創元社? どんな御縁?
内容的に全然ミステリーは関係ないんだけど…。
通しテーマはタイトルにも表れているように「書物・出版物」にまつわる人間模様@イタリア。
書籍をたどる旅だからか、若い学生の頃の話や、仕事を始めた駆け出しの頃のエピソードも多く、どういうふうに仕事を自分で切り拓いていったのかが垣間見えて興味深い。

全体を読んで、これはいままでもうっすら感じていたことだけれども、誰とでも仲良くなれそうで、深い話を魔法のように聞き出してしまう内田さんだけれども、案外「好き嫌い」ははっきりしていて、でもそれをオモテには(作品上というだけではなく)出さないだけなのかな、と思った。きっちりひとを見る目がおありだから、「判断」されているのだろう。また、そうでなければ、異国の地で長年通信社などやっていけないだろう。

ひとがひとを呼ぶ。
ひととの繋がりが次のつながりを生んでいく。時に、思いもかけない連鎖が広がる。
時間と、情熱と、誠意、何より、著者の人柄。
そして時代のバックアップもあるのかなあ、昨今の不景気な日本でこれは成立する?
いろんなことを考えながら、見知らぬ地、見知らぬ異国の人の表情を想像しながら読む。

以下、目次に沿って軽く覚えメモ・感想コメントなど。

目次
1 辞書
時代遅れの伊和辞典に苦しんだ大学時代。東京で知り合ったイタリア人脚本家の母親宅を訪ねた若き著者。
2 電話帳
ミラノでの生活の始まりは、まず電話帳を丹念に繰ることからはじまった。
【町の生き生きした様子をそのまま日本に持ち帰り、紹介できないものだろうか】という著者の思い付きから思いもよらぬ協力者を得て東京で開かれた企画展「イタリアの家」をイメージした『CREATIVITALIA(イタリアの創造力)』。これは見たかったなあ…!
3 レシピ集
ミラノの地方ラジオ局の、リスナーたちの熱狂的な支持を受けている料理番組のパーソナリティの本業は建築家だった。ステファニア・ジャンノッティという女性は不思議な魅力の持ち主で…。そんな彼女が出版したレシピ集の話。
4 絵本
絵本作家レナートの話。【他の誰にも真似できない雰囲気を持つ人】【多才な人】そんな彼の住む家もまた風変わりだった。
のんびり読んでいたら、後半ぎょっとさせられる。
5 写真週刊誌
パパラッチとの仕事。30年前著者が通信社をはじめたころはまだまだイタリアについて日本での認知度が低かった。繋がりを作るために片っ端から電話を掛けては仕事を持ち掛けた。
6 巡回朗読
公衆電話と出始めのワープロで仕事をしていた時代。タイプライター派がまだ主流だった時代。
知人の編集局長が地産地消の文化イベントを企画した。朗読会が毎夜催され、そこに登場したギタリストのピナは素晴らしい音色を奏でた…。
7 本屋のない村
北部イタリアのエミリア地方にある村。初めて訪れたのは25,6年前。そこでの素晴らしい昼食。チーズ、茸…。
8 自動車雑誌
簡易食堂「マリア食堂」。そこはフェラーリ倶楽部の事務所だった。そして現れたのはなんと公爵夫人…。
9 貴重な一冊
ジェノヴァで開かれたヴァレリオの個展。そこで教えられた金物細工職人。彼がいま行っているのは古典文学全集を金箔で覆う仕事だった…。
10 四十年前の写真集
どこにでも持って行く本。ナポリの下町を撮った写真集。22歳、初めてのナポリは1890年11月の歴史に残る大地震に見舞われた直後だった。大学も機能していない状態で、町で会うひとの付き合いをきっかけに輪の中に入っていく…。
11 テゼオの船
ヴェネツィアの離島。ウンベルト・エーコが亡くなった。地元の人々との交流、エーコ教授を偲ぶ…。
12 本から本へ
ヴェネツィアに【近年ときどき、住んでいる】著者。それは干潟の暮らし。そこにある通いつけの古書店…。
あとがき
本に旅先からの絵はがきをはさむ。見返すと本の間から旅が思い出される。素敵だなあ。

2017/10/05

ロング・グッドバイ 【再々々読】

kindle版
■レイモンド・チャンドラー 翻訳:村上春樹
本書は1953年に発表された“The Long Goodbye”の全訳で、私立探偵フィリップ・マーロウ・シリーズ長篇第6作目にあたる。
本書邦訳を読むのは4度目だが、前の3回は清水俊二による翻訳を紙媒体(文庫本)で読んだのに対し、今回は村上春樹による新訳を電子書籍(kindle)で読んだという違いがある。
本作品に登場する有名なフレーズ。
"I suppose it's a bit too early for a gimlet,"
「ギムレットにはまだ早すぎるね」(清水)
「ギムレットを飲むには少し早すぎるね」(村上)
"To say Good bye is to die a little. "
「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」(清水)
「さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ」(村上)
後者については『ロング・グッドバイ』の村上春樹による訳者あとがきでも少し触れられている。

この台詞だけを単発で読んでもなんということはない、せいぜいちょっと格好つけだな、くらいのものだろう。
この台詞には長い背景がある。
男と男の友情と、苦しみと悲しみと絶望と、それを乗り越えた後の新たな展開を受けての――、そのうえで出てくる言葉だからこそ心を打つのである。
ちなみに前者はマーロウの台詞ではない。それもまた重要なポイントである。
「さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ。」
この思いの詰まった言葉を読んで、少し涙ぐみそうになった。
これは決して直前に出てくる女ひとりに対する思いではない、その前の流れからの、いろんなひととの別れを受けての重みがあるから、命をえぐるのだ。

4回目なのでよく覚えているんだろうと思ったらこれが大間違いで、さすがに一番の大ネタや大雑把な流れみたいなものは忘れてはいなかったが、例えばこの話の発端である殺人事件の真相をちゃんと覚えていなかった。他も細かいことは忘却の彼方だった。
(それもその筈、2009年だから8年も前だ)。

なので、清水訳と村上訳の違いはわからない。読んだ感触とか感覚レベルだと違和感が全くなかった。特にムラカミ風だったとか今風だとかそういう感想はなく、チャンドラーの日本語訳として自然に愉しめた。これはすなわち良く出来た翻訳すべて当て嵌まる感想だと思う。訳者あとがきによれば清水訳は原文から削られている箇所があるらしく、村上訳は原文どおりの完訳らしいが少しずつ枝葉が刈り込まれたようなレベルらしいので突き合わせてみないとわからない。
kindle版で8000pある。確かに「冗長だな」と感じる部分もあるが、そのくどい描写こそがチャンドラーの作品の要素なんだと解釈したのが今回の翻訳スタンスということらしい。

詳しい感想は前回まででだいたい書いたと思うので今回思ったことは。
・性質的に、碌な女が出て来ない。
・物凄い美人が出てきて彼女についての描写が「美しい」ことを何度も強調されているのでそのうちに違和感が出てくる。
・もっともチャンドラーは男女問わず相手の服装や容姿・室内描写が細かく書く作家であることは確かで、そこまで必要かと毎回思うくらいに詳しく描いてある。
・この話はテリー・レノックスの物語でもあり、彼は確かに魅力的なので、彼の過去の話とかももっと描いてあっても興味深かったかも。
・数日かけてゆっくり読んだがこの話は2,3日で一気に読んだ方が面白いかも。

というか「一番の大ネタ」を覚えて読むのと知らずに読んで「あっ」と驚くのではやっぱり全然違うなあ。

祝! ノーベル文学賞 カズオ・イシグロ


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忘れられた巨人
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2017/09/28

プレイバック

プレイバック ハヤカワ・ミステリ文庫 HM 7
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kindle版
■レイモンド・チャンドラー 翻訳:清水俊二
本書は1958年に発表された"Playback"の全訳で、私立探偵フィリップ・マーロウ・シリーズ長篇第7作。チャンドラーの最後の完成された作品で、遺作ということになる。

タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。
この作品には有名な台詞が出てくる。正確に言うと、その元になったフレーズが出てくる。
翻訳家の違いかと思ったら、上記は正確にはチャンドラー作品の翻訳では無いということをググってみて初めて知った。
ウィキペディアの「プレイバック」参照。
原文はこうである。
「タフ」なんてどこにも出てこないんですね。意訳ってやつでしょうか。
“If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.”
清水訳は
「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」。
ちなみにネットで見たら村上春樹訳はかなり原文に忠実に翻訳してある模様

さて作品の感想だが。
ひとことで言うと「全然ダメー」。

以下、独断と偏見に満ちた感想ですのでこの作品を愛している方は読まないでやってください。

ミステリーとしても竜頭蛇尾というか全然面白くないし、小説としても全然良くないし、マーロウも全然格好良くない。むしろ昨日今日出会ったばかりの仕事絡みの女性と次々お色気シーンに縺れ込んでいて、相手の女性も何故かわからんがいきなりめろめろでベッドへ直行っていう風情だし、「んなアホなー。まー男のひとはこういうの愉しいのかもしれんけどさー」と完全に冷ややかな目で突き放してしか読めない。そりゃーマーロウはイイ男なんだろうけどもさー。あれ? マーロウってこんな尻軽だったっけか?

そもそも事件が最初っから依頼人の依頼人からの又聞きみたいな話で要点がずーっとつかめずとりあえず対象者を尾行しろみたいなところから始まってそれはいいんだけどいつまでたっても意味不明のまま、依頼人の弁護士からは理不尽に偉そうにされ怒鳴りつけられる。
なんのためにこんな苦労をしてるのか、途中からマーロウは依頼人そっちのけで己の好奇心(あと女性への関心)で動くんだけどそれも読んでいる側には「そこまでなにか惹きつけられる要素あったかなあ?」っていうレベルで。
魅力的な脇役とかもほとんど出てこないし(ホテルの受け付けのカップルは初々しくて微笑ましくて良かったけど)。
正直読んでいてなんにも面白くないし興味もわかないし眉間に皺寄りっぱなしだったわ。

それでも我慢して読み続けたのは今までのチャンドラー作品への信頼と敬意があったから。――なのに。
ああそれなのにそれなのに、結局そんなしょーもないどこにでもある(当事者リアルには大変な体験だがミステリーとしては)ケースでここまで引っ張ってたのか? という脱力感が…。
タイトルについても今回は意味がよくわからないままだった。

訳者あとがきにある当時の評価などがかなり頷けるなあ…。【泰山鳴動鼠一匹】いやそもそも【泰山鳴動】してたかどうかも怪しいけどね…。

間違っても、一番最初にこの作品を読むのだけは、避けていただきたい! 他は良いんです~『長いお別れ』とか『湖中の女』とか素晴らしいんです~。
「短いから読みやすそう」とかいう動機でこれを最初に読んでチャンドラー嫌いにならないことを祈る。本当に。

プレイバック
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レイモンド チャンドラー
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ウワサによると(?)村上春樹訳で読むとまだマシらしい。

2017/09/22

湖中の女

湖中の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
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kindle版
■レイモンド・チャンドラー 翻訳:清水俊二
本作は1943年に発表された”The Lady In The Lake”の全訳で、私立探偵フィリップ・マーロウ・シリーズ長篇第4作にあたる。
電子書籍版にも翻訳者によるあとがきが収録されている。

化粧品会社の社長から失踪した妻の行方を探してほしいと依頼を受けたマーロウ。
夫婦関係は破綻しており、妻は愛人と結婚するという電報を寄越していたのだが、相手の男が否定した。妻のふるまいに不安なところがあるので所在を確認し、自分に火の粉がかからないようにしてほしい、というものだった――。

一言でいうと、非常にミステリーらしいミステリー。本格っぽい。
その本格っぽいトリックについては、本格ミステリファンは「ああこれだな」と出てきたときにだいたい気が付くと思うのだが、登場人物がそれなりに多く、複数の事件・要素が絡み合っているので、全体の絵解きや絡まり具合がどうなっているのかというのまでは読み進まないとわからない。
なので、最終部の種明かしであっと驚くどんでん返し、というレベルまでは行かないが、大筋は予想通りだが細かいところまでパズルがピタリぴたりとはめられていく完成美を楽しむというか、「ああそういうことか」と頷き確認していく面白さ。

1943年に発表されたということで、第二次世界大戦の影響を著者の心情的にも受けている、と「訳者あとがき」にフランク・マクシェインの評論文から引いてあるが、そういう判定ができるほどチャンドラーを読み込んでいないので、正直わからなかった。冒頭の【政府に供出されるためにそれが取り除かれていて】とか、文中に【兵隊に徴られ】というのや、【灯火の警戒管制が実施される前のことで】というのが出てきたときに「あ」と思ったくらい。そもそも、戦時中の我が国の文学がもっと強烈に戦争の影響が濃く出ているので、それと比べたら全然なのだ。「金髪美女との恋愛が出て来ない」とかあるけど、まあ軽いジャブみたいなのはあったし、そもそもわたしが女だからか、チャンドラーの小説を読むのにそれを楽しみにしているっていうのが皆無だから、っていうのもあるのかも。

この作品では出てくる警察の人間がいずれも興味深く、最初っから「これは良いキャラクターだな」「いい警察官だ」と思うパターンと、最初は「いつもの横暴で嫌な警察官か」と眉間にしわを寄せていたのが読んでいるうちにその人間の背負っているものなどが見えてきて単純に毛嫌いできなくなり、同情・共感の念がわいて彼の良いところが見えてくるパターンとがあった。
特に後者のような現象は警察官だけでなくどの登場人物にもすべて当て嵌まり、小説の読後感を味わい深いものにしている。
善人・悪人の区別、敵・味方の区別は現実的には明確化されないほうが多いだろうし、付き合いの中でいろんな面が見えてくるのが普通だ。推理小説においては「善人と思っていたのが犯人でこんな裏の顔があった」というのはお決まりのパターンだが、そういうどんでん返し的な描かれ方ではなく、読んでいくうちに自然と少しずつわかり合っていく、あるいは合わないところは合わないままに。
こういうところが、チャンドラーの小説の面白さであり、ファンを増やす要因のひとつなのではないかと思う。すべてわかったうえで再読したらまた興味深い発見がありそうだ。

いつもながらタイトルが内容を含んだうまいもの。
翻訳文がやや古く感じるが、原文が1942年に書かれたものだから雰囲気的にはそれくらいで丁度いいと言えるかもしれない。
そうなんで」と出てくるたびに江戸時代の丁稚が浮かんで捕物帳みたいな気がしたがこれは翻訳者の当時のクセなのかなあ、同著者の他の作品では出て来なかったような気がするのだが。
この作品の村上春樹訳は現時点ではまだ出版されていないようだ。

レイモンド・チャンドラーの生涯
フランク・マクシェイン
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ググったらヒットしたフランク・マクシェインの本。値段を見て購入意欲がしぼむ。

2017/09/18

イスラームから考える

イスラームから考える
イスラームから考える
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師岡カリーマ エルサムニー
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■師岡カリーマ・エルサムニー
先日読んだ梨木香歩との共著『私たちの星でで本書と師岡さんのことを知り、イスラムの人々のことをもっと知りたいと思っていたので「これは良いものを教えてもらった」とさっそく注文。
すごく綺麗で素敵な装丁の御本です! 流石白水社さん~センス良い~ カバーを外しても素敵なデザインなんですよ!
装丁は三木俊一文京図案室)さん。

表記が「イスラーム」で、わたしは「あれ、"イスラム"じゃないの?」ってそんなレベルからなんですが。
気になってググったら、ウィキペディアでは「イスラーム」になってる。「教」をつけないとか、そのへんの言及もあってなかなか面白い。

師岡さんのウィキも同様にリンク貼っておきます

さて本題。

本書は2008年4月に発行された単行本で、つまり既に約10年前になってしまうんだけれども、一読した感想としては、いま読んでも全然大丈夫、ここで書かれていることと現在は続いているし、師岡さんがすごくわかりやすく親しみやすい調子で書いてくださっていて、「ベース(基本)」が書かれているので、理解したい、という気持ちで読むにはとても良い本だと。
「あとがき」に【この本が生まれることになったきっかけは、預言者ムハンマドの風刺漫画騒動でした。】とあるが、かなり大きなニュースになった(2005年)だけあってまだ記憶に鮮明ですし。
もちろん9.11(アメリカ同時多発テロ/2001年)も踏まえて……わりと抑え目でしたが。

というかですね……。
結論を先に書いてしまうことになるのだけれども、昨今起こってる事件などを「イスラームを知ったら理解できるのでは」という読書動機なわけですが、読んでいくうちにその大前提が覆されるのが面白いのです。

本書を読んでいくとムスリムの方が書いた本だけあって、イスラームのこととかムスリムのこととかエジプトのこととかが日常一般人レベルでナチュラルに書いてあって、それでそのうえで、「でもこれってイスラームだから、とかいうレベルの話なの?」という疑問が提示されていて、あれっ? と考えさせられることしばし、なんですな。
「ニュースとか本に書いてあったのと違う…」
「えーテレビで言ってたのと違う…」
ということがちらほら。

例えばパレスチナ問題。
あれってもう、ばりっばりの宗教問題だと思ってませんか? わたしはそう習った(と思う)し、そう捉えていました。
でも師岡さんに言わせたら、その周囲の人々の認識として、そういうレベルの話じゃないらしい。
報道されている内容・報道でつかわれる言い回し・言葉に違和感を覚えるのだと…。

ものすごーく難しい微妙な問題を、師岡さんが1冊使って言葉をつくして、吟味して推敲して書かれたものを生半可なわたしが短くまとめて誤謬なしにお伝えするのは不可能だ。
だからもう、「興味がある方は是非お読みになって、とっても面白いから」と本を差し出すような気持ちなのだが、あえて少し引用させていただく。

イスラーム世界で起こることをすべてイスラームやイスラーム文化で説明しようとする誘惑は理解できる。その方がどんなに簡単か知れない。しかしそれと同じことをイスラーム側がすれば、西洋にとっても面白くないことになるはずだ。】(P29)

→ヲタクが事件を起こして、「漫画やアニメ・ゲームが原因だ」って云われて「違うだろ…」っていうのと似てるなあ。

宗教を抜きにしても、表現の自由には限界がある。その境界線を引くのは、私たち人間の品位だ。人の品位に文化の違いはない。】(P31)

→宗教とか以前に、もう言い訳の出来ない故人を貶めるというのはどうなの?品位のある人間のやることなの? っていうことですね。

アラブの最大の悲劇は、パレスチナという敗北ではなく、勝利にない尊厳が敗北にはあることを忘れ、自らの敗北と向き合う時間を持たぬまま、ただ屈辱感から逃れるために、もう何百年も返り咲いていない覇者という地位への勇ましい復活を夢見ていることなのかもしれない。】(P54)

→このへんは本当に本書、特に「いつアラブの死亡を宣告するのか」の章を読んでいただきたい。すごく興味深い。

ムスリム共同体の建設と維持において、ムハンマドが女性を対等のパートナーとして見なしていたということ】(P102)
「女は男と対等であり、義務と同じだけの権利を持つ」
こう言ったムハンマドの言葉は、それまで圧倒的に男性優位だった部族社会において、ショッキングなほどに急進的だっただろう。それをイスラーム社会の男たちの多くは、結局何百年経っても消化できなかったばかりか、男性優位の「習慣」を「宗教」と混同して、「これが神の意志だ」と言って無知を強いられた女性たちを従わせてきた。】(P103)

→イスラム社会では女性は抑圧されているもの、それは宗教上の戒律が、とか思っていたらそうではなくて、その国々の「男社会」が作り上げた「習慣」だった。日本だって昔はもっと女性は地位が低くて選挙権なかったり、就職も今よりもっと平等じゃなかった、それとまあ同じというか、どこも一緒か! 宗教関係無かった! というか無理やり「言い訳」に使われてたってことか。

一三億人とも一四億人とも言われるイスラーム教徒のなかで、特に私が珍しいタイプだとは思わないが、一般的に人が抱いている典型的なイスラーム教徒のイメージとはどうやら違う。ベールも被らず、西洋音楽の声楽を勉強する私は、イスラーム社会に帰ればはみ出し者なのだろうと考える人もいる。しかし実際にはまったくそうではない。「えー、カリーマってイスラム教徒(しかも禁酒などの戒律を守る類、いわゆる実践型ムスリム)なんだ!」と驚く日本人や西洋人はいるが、そう言って驚くイスラーム教徒はいない。】(P178)

→わたしが梨木さんと師岡さんの共著を読んで、「なんかこのひとムスリムのイメージと違う、どういうひとなんだろう」と関心を持つにいたったきっかけというべきこのひとの存在そのものが、それに「驚く」ことがすなわち「イスラーム教徒」についての誤った認識だった!

「あとがき」にこうある。
イスラームが絡む事件はどうしてもイスラーム問題として捉えられがちですが、それらは多くの場合、実はイスラーム云々以前の問題です。
イスラームをめぐるいくつかの時事問題を、イスラーム問題としてではなく、言葉は大げさですがもっと広く単に人間の問題として捉え直してみようというのがこの本のテーマです。

そうだ、「日本人だからこうでしょ」って、いやいや、日本人にもいろいろいるから! ってことですよね。
エジプト人のお父様、日本人のお母様を持ち、エジプトで小学生から大学卒業まで暮らし、イギリス留学を経て日本に移住、日本語とアラビア語の両方がネイティブな師岡さんだからこそ書けた素晴らしい本だと思う。
初対面の人と喋るのにまず「何国人か」「宗教は」を確認しないとそこから先へ進めない、という有り様は、まあ昨今の世界情勢的にさもありなんって感じですが、日本人が芯から共感するのは難しいのだろう。「父がエジプト人」と言ったとたんに一歩引かれるとか……つらいなあ……。

目次
悪の枢軸を笑い飛ばせ
表現の自由という原理主義
「いつアラブの死亡を宣告するのか」
「ベールがなんだっていうの?」
懲りずにフランクフルト
原理を無視する「原理主義」
青年よ、恋をせよ!
翻訳を読むことのむずかしさ
愛国心を育成するということ
私の九・一一
対談 私たちが前提にしている現実とはなにか
(酒井啓子*師岡カリーマ・エルサムニー)
あとがき

私たちの星で
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梨木 香歩 師岡カリーマ・エルサムニー
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2017/09/16

高い窓

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kindle版
■レイモンド・チャンドラー 翻訳:清水俊二
本書は1942年に発表された"The High Winbow"の全訳(1988年9月)である。
ウィキペディアに翻訳途中で清水が死去(1998年5月)したため、戸田奈津子が引き継いで完成したとあるが、本にはそういう記述は無い。
2014年村上春樹による新訳も出版されている(2016年文庫化)。
私立探偵フィリップ・マーロウ・シリーズの長篇第3作にあたる。

Amazonのkindleハヤカワの海外ミステリーセール(9/19まで)で購入。

コトの発端は、ある裕福な未亡人から、夫の遺品の貴重で高価なコインが盗まれた。おそらく犯人は身内(息子の、出て行った嫁)だと思うので、警察沙汰にせず取り戻してほしい、という依頼だった。
まずこの未亡人がとてもひとに物を頼む態度ではないしずっとワインを飲んでいるしキャラが悪いほうに強烈。秘書の若い女もどこか様子がおかしい。
マーロウの調査がはじまる。
はじまって早々に尾行されたりして、さらに息子の乱入などもあり、なんだか普通の家庭内の盗難事件では収まりそうにない……。


今回はミステリーを読むというのもあったけど、チャンドラーの独特の描写とか、マーロウの奇妙とも思える(偏執的というか)言動に関心がわいていたので(以前読んだ穂村さんの書評の影響だ)、そういうところを特にじっくり読んだが、うーんやっぱりマーロウって変わってるような。一番わかりやすいのは今回は未亡人の邸の玄関近くにある黒人の子を模した像の頭を何度となく撫でて話しかけていること。全部で3回か、4回かな。やったとしてもせいぜい最初の1回じゃないかな…。「フィリップ、さみしいのか」と思う。これは、著者がマーロウをあえてそういうふうに描いているのか、素で著者自身がこういうタイプなのか、どっちなんだろう、といろんな箇所で考えながら、読んだ。
そういえばマーロウをファースト・ネームで呼ぶ人っているのかなあ。シリーズ全部読めばマーロウの家族とか恋人が登場するときってあるんだろうか。

美しい描写。
よろい扉を開けてポーチへ出ると、夜が柔らかく静かに、周囲を満たしていた。白い月の光が、夢に描くことがあっても見つけられない正義のように、冷たく澄みわたっていた。
下の方の木々が月の下で地面に暗い影を投げていた。


以下はネタバレはしていないけれども解決部の内容にふれているのでご了承ください。

最後の方にいくまで、何故タイトルが『高い窓』なのかわからなかった。
終盤ある写真の中にやっと「窓」が出てきて、それが高い位置にある窓だということがわかり、その「高い窓」に関する出来事が実は物語のはじまるずっとずっと前からある登場人物たちに大きな暗い影を落としていたことがわかり、タイトルに込められた意味が深く強く脳の中で広がっていく。
中盤まではどうってことのない地味な話だなあとしか思わなく、チャンドラーが、マーロウが好きだから風景描写やマーロウのちょっと異常なくらい細かい観察描写を味わっていたのだが、終盤の展開、そこにあったひとの思いを忖度するだに、悲しいというか怒りというか、いろんな感情が沸き起こってくるのだった。……しみじみ、良い小説だなあ。良いミステリーでもあるし。強い衝撃や物凄い意外性というものは無いしケレン味も無いけど、最後まで読むとじんわりと静かな感動がうちよせる。なんていうか、大人の小説だー。

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2017/09/11

私たちの星で

私たちの星で
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梨木 香歩 師岡カリーマ・エルサムニー
岩波書店
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■梨木香歩&師岡カリーマ・エルサムニー
本書の初出は岩波書店の「図書」2016年1月号~2017年8月号で、単行本収録にあたり若干の加筆修正が加えられたもの。

まずこのふたりを結びつけた岩波書店の編集者、藤田紀子氏に大いなる感謝の念をおくりたい。
梨木さんの「あとがき」によればまず、
『図書』連載のお話をいただいたとき、イスラームのことを学びたい、どうせならムスリムの方と往復書簡の形で学ばせていただきたい】と提案したとある。
梨木さんが「学びたい」というのから素直に思考をのばせば、梨木さんと同世代か年長の、ムスリムで、イスラム文化やイスラム教に詳しい学者系のひとを引っ張ってきそうなところである。
そこを、そうじゃなくて、1970年生まれの、しかも本書を読めばわかる、たしかにムスリムだけど、かなり柔軟でフラットな目線の持ち主・師岡さんの、まずは代表作『イスラームから考える』を紹介する。考えたなあ。

読みはじめは、「ええっ、梨木香歩がイスラムを扱うの。すごくタイムリーな時事問題。宗教も政治も絡むややこしーい、難しーい、言葉を選ばなくちゃいけないテーマだよね…」。
ファンタジーから始まった梨木さんとの出会いだったけど、たしかにエッセイや小説の言葉の端々から彼女の主義主張は感じられる、だけどそこまで直球で来るとは。
大丈夫なのか。
「政治と宗教の話は避けたほうが無難」っていうのはいろんな場面に適用されるけど、ど真ん中じゃないか…。

結論から云うと、大丈夫なのだった。
というか、あんまり宗教の話もイスラムの話もムスリムの話も深みにはまらなかったというか、スタンダードなところからちょっとズラした感じがして「およっ」と驚いたり面白がったりしているうちにするするーっと固まった固定観念・思考をほぐされていく。
読みはじめてわりとすぐ「あれ? たしかに師岡さんってムスリムだけど随分頭が柔らかいというか……知的なだけじゃなく、グローバルだし、現代日本の女性っぽさもあるし、茶目っ気もあるし、随分『敬虔なムスリム』というイメージと違うぞ」と気付いた。
すっごくチャーミングで、魅力的。見掛けも中身も!

最初に想像した展開とずいぶん違っているのは、絶対この師岡さんのキャラクターによる影響が大きい。で、ものすごく面白くて読みやすい。イスラームのことはあんまり分からないままだけど、「世界にはいろんなひとがいるのだ」というもっと大きなことを知れた、っていうかもう単純に師岡さんを知れた、このひとの存在や生い立ちも考え方もみんな興味深い。
やるな、編集者。藤田紀子さん。
師岡さんは、NHKラジオでアラビア語放送アナウンサーを長年つとめられ、また大学で教鞭をとり、著作も複数あるのだが、不勉強で寡聞なわたしは存じ上げなかった。ネットで検索するとぱっと目を引く笑顔のきれいな方。

そんなことを考えながら読んでいたので、梨木さんの「あとがき」を読むと「まさに!」と膝を打つ感じ。

内容が重めで、「難しい本なんだろうなあ」と思っていたが、あにはからんや、非常に読みやすかったのは、「書簡」つまり「お手紙」だったからに他ならないだろう。これが同じおふたりの交互執筆であったとしても、手紙ではなく「エッセイ」「評論」であったなら、もっと文体が固くなり、構成もぎっちり詰まっていたはずだ。
「往復書簡とは、うまく考えたわね」と思っていたので、これも梨木さんの「あとがき」でハナからそういう提案を著者側からしていたと知って流石、とうなずく。長年文章でご飯食べてるひとだなあ。

最後に、本書を購入して最初に一番びっくりしたのは裏表紙を折り返したところのカバーにおふたりそれぞれの顔写真が載っていたことだ、ということを告白しておきたい。梨木香歩の著作に初めて載せられたポートレートである。モノクロだけれども、横顔とかよくわからない向きではなく、はっきりと、お顔を確認することが出来る。
いったい、どういう心境の変化がお有りだったのだろうか。というほどのことではないのだろうか。

※後日読んだイスラームから考える』の感想はこちら

目次
奇数回:梨木香歩→師岡カリーマ・エルサムニー
偶数回:師岡カリーマ・エルサムニー→梨木香歩

1.共感の水脈へ
2.行き場をなくした祈り
3.変わる日本人、変わらない日本人
4.渡り鳥の葛藤
5.個人としての佇まい
6.人類みな、マルチカルチャー
7.繋がりゆくもの、繋いでゆくもの
8.オリーブの海に浮かぶバターの孤島に思うこと
9.今や英国社会の土台を支えている、そういう彼らを
10.境界線上のブルース
11.あれから六万年続いたさすらいが終わり、そして新しい旅へ
12.ジャングルに聞いてみた
13.名前をつけること、「旅」の話のこと
14.信仰、イデオロギー、アイデンティティ、プライド……意地
15.日本晴れの富士
16.今日も日本晴れの富士
17.母語と個人の宗教、そしてフェアネスについて
18.誇りではなく
19.感謝を! ―ここはアジアかヨーロッパか
20.ジグザグでもいい、心の警告に耳を傾けていれば

あとがき―往復書簡という生きもの:梨木香歩
うそがつれてきたまこと―あとがきにかえて:師岡カリーマ・エルサムニー

イスラームから考える
イスラームから考える
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師岡カリーマ エルサムニー
白水社
売り上げランキング: 68,701
変わるエジプト、変わらないエジプト
師岡 カリーマ エルサムニー
白水社
売り上げランキング: 142,455

2017/09/09

本屋さんに憩う 第22回

某月某日
紀伊國屋書店グランフロント大阪店。

気になったけど買わなかったもの。

日曜日の人々
日曜日の人々
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高橋 弘希
講談社
売り上げランキング: 214,939
この写真が気になる……いいなあ。

騙し絵の牙
騙し絵の牙
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塩田 武士
KADOKAWA (2017-08-31)
売り上げランキング: 232
帯によれば、これは主人公に俳優・大泉洋を「あてがき」した小説だそうだ。珍しい。

ユリイカ 2017年8月臨時増刊号 総特集◎奈良美智の世界
奈良美智 村上隆 古川日出男 箭内道彦 吉本ばなな 椹木野衣
青土社 (2017-07-20)
売り上げランキング: 8,070
奈良美智だけどユリイカだから文章ばっかりなので…。


購入したのは以下4点。

梨木香歩&師岡カリーマ・エルサムニー『私たちの星で』岩波書店/2017年9月7日第1刷発行

私たちの星で
私たちの星で
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梨木 香歩 師岡カリーマ・エルサムニー
岩波書店
売り上げランキング: 1,497

酒井駒子『森のノート』筑摩書房/2017年9月10日初版発行

森のノート (単行本)
森のノート (単行本)
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酒井 駒子
筑摩書房
売り上げランキング: 661

内田洋子『十二章のイタリア』東京創元社/2017年7月21日初版

十二章のイタリア
十二章のイタリア
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内田 洋子
東京創元社
売り上げランキング: 6,036

『別冊本の雑誌19 古典名作本の雑誌』本の雑誌社/2017年8月30日初版第1刷発行

古典名作本の雑誌 (別冊本の雑誌19)

本の雑誌社
売り上げランキング: 1,892

2017/09/08

ワセダ三畳青春 【再読】

ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)
集英社 (2014-04-17)
売り上げランキング: 753
kindle版
■高野秀行
kindleの日替わりセールに上がってきたので、文庫本はうちの本棚のどこかにあると思うのだが電子書籍で気軽に読みたかったためあえてダブり購入。久しぶりに再読。
読了後、以前読んだのはいつだったかこのブログ内で検索したら2006年の暮れということだった。10年前か……。

この本面白かったよな、カレーのルー温めるのすら面倒がって常温でご飯にかけてたよな高野さん。

という記憶がずっと鮮明にあって、今回読んだらやっぱりそのとおりだった。
それだけでなく、お米をとぐのも面倒がって、炊飯器にお米と水を投入してそのまま炊いていたことも判明した(もちろん無洗米ではない)。
最近のお米は糠とかほとんど残っていないからとぎ過ぎに注意とは聞くけれども。ピラフとか料理によっては研がないで調理するのもあるけれども。いやはや。

ほとんどのことは忘れていたので読みながら思い出したりしつつ、全然記憶に残っていないことも多かった。
いろいろあるが、何が衝撃って、終盤のあの出会い(たぶん奥さんの片野ゆかさんのことだよね)についてあんなに情熱的にノロけまくってページを割いて書いてあってロマンチックに盛り上げてあったのに、その記述についていっさいの記憶がなかった我に呆れたね……。「恋愛モノ」に興味がないからだろーか。

下宿のおばちゃんのキャラクターが素晴らしく、高齢になられてもその存在感が衰えないところが頼もしい。高野さんの後輩が大家さんとの交流を深めて、杵と臼で餅つき大会をやるエピソードなど何回読んでも良い話だ。おばちゃん対高野さんの後輩の卓球真剣勝負の話も大好きだ。

前回読んだときとの違いは、この10年で高野さんの著書をいくつも既読になっていることで、「ほー、あの冒険の裏ではこういう日常生活が」という感慨みたいなのがあった。片方だけでなく、両方あって、それ以外にも「あとがき」によれば書かれていないことがたくさんあるようで。高野秀行の実態にセマるには、まだまだ材料が足りないようだ。

にしても、本書は22歳から33歳の高野さんの自伝的小説なのだが、大学7年(学部生ですよ、念のため)で卒業したこともあり、就職はせず、学生時代からの延長でフリーライター、辺境ライターとして糊口をしのぐ氏のことであるしその探検やライターの仕事のことはほとんど書かれていないから(詳しくは『○○』という本を読んでねというスタンス)、本書の途中で大学は卒業しているのに雰囲気としては全篇「学生生活」という感じなのである。

この下宿(仮称・野々村壮)は早稲田大学から徒歩5分という便利な立地にあり、2階建てのアパートで、1部屋3畳、トイレ・台所共同、風呂なし、下宿代月1万2千円というからスゴイ(4畳半の部屋もいくつかあり、月2万数千円)。そこに22歳から30代になっても棲み続けたわけである(最後の数年は4畳半に移った)。
しかしAmazonのみなさんのレビューを読んだだけで「わたしも3畳に下宿していた」という方が数名見受けられるから、割とアリなのか。男子学生ならでは、だよね、たぶん。
高野さんは自宅から大学に往復3時間かけて通っていた時代もあるそうだが、卒業が延び延びになり、家にいるといろいろ言われたりするし、何しろ学校に近いので最初は「避難所」的に借りたのが居心地が最高によいので結果的に10年も住むことになったらしい。まあ、探検などで数か月留守にすることも多かったようだが、これも、ふつうの賃貸だと嫌がられることなのに、野々村壮のおばちゃんは文句ひとつ言わなかったというからまさにピッタリだったわけだ。

22歳から33歳というと、22歳で大学を卒業して会社に就職した場合だと10年も経てばかなり「社会人ズレ」すると思うのだが、その間ずっとこんな「自由」なライフスタイルを貫くというのは羨ましいを通り越して「絶対自分には出来ないなあ」と思う。だって絶対焦ると思うもん。
実際、野々村壮には大学生くずれみたいなひとがたくさん出てくるが、ほとんどが途中で就職したりして巣立っていく。中にはレッキとした社会人だけど(おそらく家賃が破格に安いから)ずっと住んでいる「守銭奴(というあだ名)」さんみたいなのもいるけれども。
高野さんも30を過ぎてからはちょっとした焦燥感みたいなのを感じ、後輩にさそわれていっとき会社に就職する。だけどなんとわずか7日間で辞めてしまうのだ。まあ、就職と言ってもどうも通常の採用とは違うみたいだったけど。
つまり、根底に「会社なんぞに就職しなくても食っていける」という自信があるからこういうふうに生きられるんだろうな。

要は「誰にでも真似できるワザじゃない」というか。
現在もその「冒険」と「執筆」で食べてらっしゃるのだから絶大な裏打ちだ。才能と度胸・タフな精神力、あと高野さんの場合語学力とか適応能力も高いし、人脈も探検部絡みやなんかでわりとあるみたいだし。

高野さんの探検ルポもいいけれど、こういう日常話も合わせて読むと味わいがある。というか、本書の最後で大恋愛をした奥様との結婚後の日常私小説を是非読みたい!

目次
はじめに
第一章
UFO基地探検と入居/電話をとるな/ドケチ男「守銭奴」の叫び/「野々村文庫」秘話/飯作りは危険がいっぱい/無法地帯・野々村荘
第二章
犬は車を止めようとは思わない/人体実験で十五時間、意識不明/プールへ行こう!
第三章
テレビが家にやってきた!/夢の卓球対決/三味線修行/占い屋台と仙人/おばちゃんは名探偵/守銭奴も名探偵/野々村壮、マスコミの寵児になる
第四章
第一次野々村大戦/だから結婚式はいやなんだ!/暗闇に提灯を見た?/真人間カバンと真人間ヘアー/三十男の四畳半デビュー/スーツを着て大人になる
第五章
ノノコン男の悲劇/ツタの啓示する終末
第六章
遅すぎた「初恋」/決意/さらばワセダ、さらば野々村壮
あとがき

2017/08/28

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬
若林 正恭
KADOKAWA (2017-07-14)
売り上げランキング: 204
■若林正恭
オードリーの若林さんの書いた旅行エッセイ(?)。
初めて若林さんの文章を読みました。
前作『社会人大学人見知り学部 卒業見込』も単行本を書店で見かけたときから「面白そうな上手いタイトルをつけられるな~」と興味を持ったものの「この齢で人見知りの本読んでもなあ」とか考えているうちに文庫版も出て、だけどkindle版はいまだに出ていない。
そうこうするうちに第2作の『表参道の…』が話題書で上がってきて、どうやらそれは旅のエッセイらしい。おお、旅エッセイはずばりドンピシャ・ストレートに好みであるぞ。
というわけで読んでみた。

感想としては、旅エッセイと思っていたら最初のほういきなり内面心情の吐露みたいな内容が出てきて、まあこれはテレビとかでちょい見している程度のわたしでも著者のキャライメージのままだったので意外性があるとかでは無かったけど、けっこう自分の考えていることとか言っちゃうんだ、とそういう意味で少し驚いた。

キューバに行きたいと思って、休みが確定した2か月前に旅行会社に行ってももう予約で埋まっていて取れないし、第一5日しか休みが無いのにツアーは4泊6日が最短。
でもそこで諦めず、スマホで飛行機の空きを見つけてチケットを取り、ホテルもネットで探しまくってわりとメジャーどころがたまたま開いていたのをゲット。一人旅をすることになるのである。

旅のやり方は予想していたよりもずーーーっっっとスマートでスムーズ。
失敗とか、トラブルほぼ無し。
旅行エッセイでは「こんな大変な目に遭ったぜ」っていうのが多いし、ましてや初めての一人旅ということなので、こんなに問題なしで、すごいなあと思った。どうやらちょこちょこ書かれている他の外国との比較などから、海外旅行の経験が結構お有りのようで、それが大きいのでは。あと、事前にキューバの映画とかを何作も観て予習しておられたり、ガイドブックを読まれたり。このへん、きっちり勉強されているからなのですね。
海辺で起こったトラブルはこれは日本でもありそうなレベルのまあよくあることだし(確かに腹立つけどね!)。それよりもあんな方法でスマホとお金が無事だったことのほうがずっとびっくりしたし凄いと思ったわ。

本の展開としては、普通の旅行エッセイでは有り得ない内容が終盤書かれていて、まあそれは今回キューバに行きたかった本当の理由のひとつ、ということなんだろうけれども、話の持って行き方というか、作品としての構成として、かなり変わっているというか珍しいような気がした。理由そのものは、すごく真摯で、ひとりの人間として、うん、そういうことはあるだろう、と真面目に同情申し上げる。ネタバレになるので詳しいことは控えるが。

旅に出る理由はひとつではない。
最初に書かれていた理由も嘘では無くて、それも「あり」ででももう少し掘り下げると「これもあるんだ」ということで、でもそれは誰にでもぺらぺら喋りたいようなものではない。

この本を読んで、キューバってなんだか思っていたよりも観光地として楽しみやすそうな、治安も良い町なんだな、と思った。ちなみに2016年の旅の記録である。
あと、若林さんが現代の日本社会の周囲からの評価のありかたなどについてかなりこだわって書かれているので、そういうことをそんなふうに考えているんだなと興味深く読んだ。全部自分の身にひきつけて、等身大で考えるからわかりやすいというか。資本主義と社会主義をこういうふうに比較するってまあ学者さんはしないもんね。若林さんが出された結論が面白い。

時事問題とか社会情勢を知るために大学院生に家庭教師してもらっているとか、へえーって感じ。まず先生に「世界史と日本史の近現代史のところを読んできてください」的なことを云われていたのが面白かった。このへんって学校でもあんまりやらないからなあ。
それで先生と現代の社会の価値観とかその流れとかを学んで結論として前作『社会人大学人見知り…』についてご本人がある結論を下すシーンがあるんだけど、うーん、これもなかなかに衝撃的、かな? 読んでいないので判断が難しいんだけど、これは良かった、ってことなのかな?

文中に『コンビニ人間』を読んだ感想をさらりと述べられていて、それが実に端的に芯を突いた感想で、こういうふうに短くわかりやすくその作品を評価する能力のないわたしは「おおお……!! くうぅ、そういうことだよなあ…!!」。さすがテレビで第一線で活躍される方は違う。

本書には著者が旅先で撮った写真が載っていて、楽しい。
葉巻を結構吸われるのでイメージとちょっと違った。

目次
ニューヨーク/キューバ大使館領事部/家庭教師

キューバ行きの飛行機/トロント/ハバナ空港からホテル・サラトガ

サラトガの屋上/マルチネス/革命博物館/表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬/第1ゲバラ邸宅にゲバラがいない/10万人の聴衆はカストロのラップに乗ってサルサを踊る/ラ・モデナ・クバーナのロブスター/ラ・ボデギータ・デル・メディオのモヒート/ホテル・ナシオナル・デ・クーパ/国営のジャズバー/ライトアップ、ガルシア・ロルカ劇場

市場。配給所/コッペリア/キューバ闘鶏/正しい葉巻のくわえ方/おしゃれバルコニーとトタン屋根/ホテル・サラトガのWi-Fi/サンタマリア・ビーチ/7cuc/トランスツールのバスに3人/音叉

マレコン通り
あとがき 東京


社会人大学人見知り学部 卒業見込 (ダ・ヴィンチブックス)
若林 正恭
KADOKAWA/メディアファクトリー (2013-05-14)
売り上げランキング: 72,471

完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込 (角川文庫)
若林 正恭
KADOKAWA/メディアファクトリー (2015-12-25)
売り上げランキング: 390

2017/08/24

本屋さんに憩う 第21回

某月某日
漫画ばっかり読んでいる日々。会社近くの小さい本屋さん。

気になったけど買わなかったもの。

世界の辺境とハードボイルド室町時代
高野 秀行 清水 克行
集英社インターナショナル
売り上げランキング: 85,218

最近出た本ではなく、2015年8月刊なのだがこの書店では何故か表紙を見せてピックアップしてあった。タイトルがあの有名作品のパロディで面白い。


MORI Magazine
MORI Magazine
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森 博嗣
大和書房
売り上げランキング: 3,092
20年くらい前に森博嗣ファンだった時期があるのでこの表紙イラストは懐かしい。

購入したのはこれ↓

若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』角川書店/2017.7.14

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬
若林 正恭
KADOKAWA (2017-07-14)
売り上げランキング: 287

内田洋子の東京創元社から7月に出ている新刊があるのだがわたしの行動範囲にある小さめ書店ではどこも置いていないのであった…。

2017/08/09

暢気眼鏡

暢気眼鏡(新潮文庫)
暢気眼鏡(新潮文庫)
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新潮社 (2016-03-11)
売り上げランキング: 46,660
kindle版
■尾崎一雄
単行本『暢気眼鏡』は砂子屋書房から1937年(昭和12年)8月に上梓され、同名小説集により第5回芥川龍之介賞受賞。
のち新潮文庫、角川文庫。
今回読んだのは新潮文庫版電子書籍で、
この作品は昭和二十五年一月新潮文庫版が刊行され、昭和四十三年九月編集を変えた改版が刊行された。
とある。
昭和25年は1950年。
この新潮文庫版の収録作品の書かれた年月は実に30年にも亘っている。
初期短編集を読むつもりが、アテが外れた。
(岩波文庫版は『暢気眼鏡・虫のいろいろ』15篇収録とあるから収録作品が新潮文庫版と異なるようだ。)

【目次】
初出が載っていなかったので「芥川賞のすべて・のようなもの」さんを参照した(メインの「直木賞のすべて」もいつも興味深く拝見させてもらっている)。
記載がないものはインターネットでは初出が追いかけられなかった。図書館へ行って全集にでもあたれば一瞬でわかるんだけど。

」初出「作家」昭和8年/1933年8月
暢気眼鏡」初出「人物評論」昭和8年/1933年11月号
芳兵衛」初出「行動」昭和9年/1934年5月号
擬態」初出「早稲田文學」昭和9年/1934年11月号
父祖の地」初出「早稲田文學」昭和10年/1935年6月号
玄関風呂」初出「早稲田文學」昭和12年/1937年6月号
こおろぎ」1946 
痩せた雄鶏」1949
華燭の日」1957
退職の願い」初出「群像」昭和39年/1964年8月号

上記に上げた「芥川賞のすべて・のようなもの」さんでわかったのだが、砂子屋書房版の『暢気眼鏡』は全9篇で以下4篇が収録されていたようだ。改版後新潮文庫版には収録されていない。
砂子屋書房版(暢気眼鏡/猫/芳兵衛/ヒヨトコ/世話やき/擬態/燈火管制/父祖の地/五年

ヒヨトコ」初出「木靴」昭和10年/1935年10月号[創刊号]
世話焼き」初出「文藝」昭和9年/1934年10月号
燈火管制」初出「浪漫古典」昭和9年/1934年11月号
五年」初出「早稲田文學」昭和11年/1936年1月号


「退職の願い」は先日読んだ『まぼろしの記・虫も樹も』 (講談社文芸文庫)にも収録されていた。

「まぼろしの記」にあった、理不尽な若い死への憤りみたいなののもっと傷口の若いものを読みたくて初期作品集である本書に手を伸ばしたのだが、本作品集にはそういう「死」を扱ったものはひとつも無くて、アテが外れた(2回目)。

「まぼろしの」で描かれた奥さんと「猫」「暢気眼鏡」「芳兵衛」で描かれる若い日の奥さんの像のあまりのギャップに目を丸くしつつ。
なんというか、幼稚過ぎというか。著者自身も結婚したての頃の妻を「反常識」と何度か書いて、だからこそ「ネタ」にしているんだろうけれども。喋り方にあんまり品性とか知性というものが感じられない。昭和一桁の女学校出ってこんなもの? ちなみに年齢は19歳とある。女学校を出て東京に出てきて、友人が嫁いだ先に遊びに行ったところ、友人夫の友人であった著者(31歳)と出会ったんだとか(本書の記述に拠る)。
もっとも著者のほうも当時はなかなかのダメ人間ぶりで、昔の小説家は食えなかったというが、それを地で行く感じ。
総合的に見て、一回り以上も年上の尾崎が圧倒的に悪いんだよね。尾崎が強いた生活環境が滅茶苦茶不安定だから、幼い奥さんが不安になって、不必要に怖がったり、精神状態が落ち着かなかったわけだから。
すべて著者の作品に書いてあることからの感想で資料にあたったわけでもないので脚色もあるのかもだがどうやら志賀直哉に師事しただけあって「実際にあったことをありのままに書く」タイプの私小説家だったようだし、複数の作品で同じことが書いてあるから実際もほぼこのままだったのではないか。

御尊父は真面目で敬虔な方だったようで、40代で亡くなってしまわれたが財産もそれなりに残してくれたらしい。が、作家志望を反対していた父親が死んでしまったのをさいわいと法政大学から早稲田高等学院に移り、文学活動などで散在し、早稲田大学に進学。弟妹の学費なども要ったこともあり、財産を使い果たしてしまった。母親からの手紙は読まずに焼き捨て、結果、生家を手放さざるを得なくなった。また、母親の反対を押し切って最初の結婚をしたがこれも数年で破綻し、最後は暴力をふるったりし、放り出して奈良(当時志賀がいたため)に8カ月くらい逃げて、その後東京に戻って関係を清算。その半年か一年くらい後に(作品によって期間が異なる)山原松枝(作中では「芳枝」)と会って結婚はもうしないつもりだったが、腹を括って結婚(これも家族に断りなく、相手の家族にも事後承諾)、妻の着物は質屋に持って行って食べ物に代える、家賃は何カ月も滞納という貧乏ぶりで、しかし芳枝が子を欲しがった為に妊娠、産婆に診せる金もなかったがいよいよ出産というときになって滞納の為部屋は追い出され友人の借りている貸家に転がり込み、産婆は陣痛が始まってはじめて呼んできて周囲から借りたお金でなんとか……という感じ。本人たちはそれこそ暢気に「なんとかなるもんだなあ」という感じだが、読んでいる側は「よくなんとかなったもんだなあ!」と驚いてしまう。こんなのの奥さんはとうてい務まらないわ…。大変だなあ。

さいわいなことにそのへんの顛末を書いた「暢気眼鏡」が芥川賞を受賞して、作家として認められたとこらへんから段々生活がまとまっていったのだろう。
著者には長女・長男・次女の3人のお子さんがいるが、本当に貧乏な中産まれたのは長女だけだというような記述がある。長女と長男は3歳、長女と次女は9歳離れている。
「華燭の日」はその長女が23歳で嫁ぐ前後のいわゆる「花嫁の父」の心境などが描かれており、にわか読者のこちらですら「よくぞ、まあ、ここまで」という感慨があるくらいだから、著者や奥さんにいたってはどれほどこみ上げる思いがおありだったろう。

「暢気眼鏡」の最後に井伏鱒二と交わした会話の描写があって、「へえー」調べたらほぼ同い年だもんねえ。井伏先生の天然(?)ぶりが窺えるエピソードで微笑ましい。
「うちでは玄関で風呂をたてているよ」
ある時井伏鱒二にそう云ったことがある。すると彼は目を丸くして、
「君のとこの、玄関は随分たてつけがいいんだね」と云った(たてつけに傍点)。これには、こっちが目を丸くした。
また、同じ話の最初の方に【『早稲田文学』の用で、谷崎精二氏が見えた】という記述がある。ん?と思ったら谷崎潤一郎の弟で、やはり作家で英文学者なのだった。谷崎については代表作をいくつか学生時代に読んだことがあるくらいなので弟さんについては知らなかった。

「早稲田と文学」のプロフィールが同人活動について詳しいのでその部分を引いておく。
高等学院在籍中「学友会雑誌」に作品を発表。国文科に進み村田春海・山崎剛平・小宮山明敏らと同人誌「主潮」を創刊。「文芸城」「新正統派」と次々同人誌の創刊に参加。昭和12年(1937)『暢気眼鏡』で,芥川賞受賞。戦後、尾崎士郎らと「風報」を創刊。

あと、書き留めておきたいのが著者の女性に対する目の鋭さというか、怖がる女性の分析がなかなか面白い。「猫」から引く。
芳枝の臆病さや甘えや見得からでないことをよく知っているので
「あたしは本当にビックリしたんだよ」泣き声を出した。
私は大分腹が立って来た。然し怒り飛ばす気にはなれず、為方なく、
「君みたいのは、少し気障だぜ」と出来るだけ冷淡に云った。そう云う意味が芳枝に通じるとは勿論思っていないのだ。
本書収録ではないが「朝の焚火」で
やはり、見栄でばかり怖がったり、殺すのを厭がったりするのではないらしいな、と思った。

つまり「見栄/見得」で怖がったり驚いたりする「気障」な女の媚態にウンザリしていたんだろーなー。はっはっは。こういう女性のやり口は知っていたがこれを「見栄」と表現しているのが珍しくて新鮮な気がした。現代では「ぶりっこ」とか云うかな?