2017/09/18

イスラームから考える

イスラームから考える
イスラームから考える
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師岡カリーマ エルサムニー
白水社
売り上げランキング: 158,384
■師岡カリーマ・エルサムニー
先日読んだ梨木香歩との共著『私たちの星でで本書と師岡さんのことを知り、イスラムの人々のことをもっと知りたいと思っていたので「これは良いものを教えてもらった」とさっそく注文。
すごく綺麗で素敵な装丁の御本です! 流石白水社さん~センス良い~ カバーを外しても素敵なデザインなんですよ!
装丁は三木俊一文京図案室)さん。

表記が「イスラーム」で、わたしは「あれ、"イスラム"じゃないの?」ってそんなレベルからなんですが。
気になってググったら、ウィキペディアでは「イスラーム」になってる。「教」をつけないとか、そのへんの言及もあってなかなか面白い。

師岡さんのウィキも同様にリンク貼っておきます

さて本題。

本書は2008年4月に発行された単行本で、つまり既に約10年前になってしまうんだけれども、一読した感想としては、いま読んでも全然大丈夫、ここで書かれていることと現在は続いているし、師岡さんがすごくわかりやすく親しみやすい調子で書いてくださっていて、「ベース(基本)」が書かれているので、理解したい、という気持ちで読むにはとても良い本だと。
「あとがき」に【この本が生まれることになったきっかけは、預言者ムハンマドの風刺漫画騒動でした。】とあるが、かなり大きなニュースになった(2005年)だけあってまだ記憶に鮮明ですし。
もちろん9.11(アメリカ同時多発テロ/2001年)も踏まえて……わりと抑え目でしたが。

というかですね……。
結論を先に書いてしまうことになるのだけれども、昨今起こってる事件などを「イスラームを知ったら理解できるのでは」という読書動機なわけですが、読んでいくうちにその大前提が覆されるのが面白いのです。

本書を読んでいくとムスリムの方が書いた本だけあって、イスラームのこととかムスリムのこととかエジプトのこととかが日常一般人レベルでナチュラルに書いてあって、それでそのうえで、「でもこれってイスラームだから、とかいうレベルの話なの?」という疑問が提示されていて、あれっ? と考えさせられることしばし、なんですな。
「ニュースとか本に書いてあったのと違う…」
「えーテレビで言ってたのと違う…」
ということがちらほら。

例えばパレスチナ問題。
あれってもう、ばりっばりの宗教問題だと思ってませんか? わたしはそう習った(と思う)し、そう捉えていました。
でも師岡さんに言わせたら、その周囲の人々の認識として、そういうレベルの話じゃないらしい。
報道されている内容・報道でつかわれる言い回し・言葉に違和感を覚えるのだと…。

ものすごーく難しい微妙な問題を、師岡さんが1冊使って言葉をつくして、吟味して推敲して書かれたものを生半可なわたしが短くまとめて誤謬なしにお伝えするのは不可能だ。
だからもう、「興味がある方は是非お読みになって、とっても面白いから」と本を差し出すような気持ちなのだが、あえて少し引用させていただく。

イスラーム世界で起こることをすべてイスラームやイスラーム文化で説明しようとする誘惑は理解できる。その方がどんなに簡単か知れない。しかしそれと同じことをイスラーム側がすれば、西洋にとっても面白くないことになるはずだ。】(P29)

→ヲタクが事件を起こして、「漫画やアニメ・ゲームが原因だ」って云われて「違うだろ…」っていうのと似てるなあ。

宗教を抜きにしても、表現の自由には限界がある。その境界線を引くのは、私たち人間の品位だ。人の品位に文化の違いはない。】(P31)

→宗教とか以前に、もう言い訳の出来ない故人を貶めるというのはどうなの?品位のある人間のやることなの? っていうことですね。

アラブの最大の悲劇は、パレスチナという敗北ではなく、勝利にない尊厳が敗北にはあることを忘れ、自らの敗北と向き合う時間を持たぬまま、ただ屈辱感から逃れるために、もう何百年も返り咲いていない覇者という地位への勇ましい復活を夢見ていることなのかもしれない。】(P54)

→このへんは本当に本書、特に「いつアラブの死亡を宣告するのか」の章を読んでいただきたい。すごく興味深い。

ムスリム共同体の建設と維持において、ムハンマドが女性を対等のパートナーとして見なしていたということ】(P102)
「女は男と対等であり、義務と同じだけの権利を持つ」
こう言ったムハンマドの言葉は、それまで圧倒的に男性優位だった部族社会において、ショッキングなほどに急進的だっただろう。それをイスラーム社会の男たちの多くは、結局何百年経っても消化できなかったばかりか、男性優位の「習慣」を「宗教」と混同して、「これが神の意志だ」と言って無知を強いられた女性たちを従わせてきた。】(P103)

→イスラム社会では女性は抑圧されているもの、それは宗教上の戒律が、とか思っていたらそうではなくて、その国々の「男社会」が作り上げた「習慣」だった。日本だって昔はもっと女性は地位が低くて選挙権なかったり、就職も今よりもっと平等じゃなかった、それとまあ同じというか、どこも一緒か! 宗教関係無かった! というか無理やり「言い訳」に使われてたってことか。

一三億人とも一四億人とも言われるイスラーム教徒のなかで、特に私が珍しいタイプだとは思わないが、一般的に人が抱いている典型的なイスラーム教徒のイメージとはどうやら違う。ベールも被らず、西洋音楽の声楽を勉強する私は、イスラーム社会に帰ればはみ出し者なのだろうと考える人もいる。しかし実際にはまったくそうではない。「えー、カリーマってイスラム教徒(しかも禁酒などの戒律を守る類、いわゆる実践型ムスリム)なんだ!」と驚く日本人や西洋人はいるが、そう言って驚くイスラーム教徒はいない。】(P178)

→わたしが梨木さんと師岡さんの共著を読んで、「なんかこのひとムスリムのイメージと違う、どういうひとなんだろう」と関心を持つにいたったきっかけというべきこのひとの存在そのものが、それに「驚く」ことがすなわち「イスラーム教徒」についての誤った認識だった!

「あとがき」にこうある。
イスラームが絡む事件はどうしてもイスラーム問題として捉えられがちですが、それらは多くの場合、実はイスラーム云々以前の問題です。
イスラームをめぐるいくつかの時事問題を、イスラーム問題としてではなく、言葉は大げさですがもっと広く単に人間の問題として捉え直してみようというのがこの本のテーマです。

そうだ、「日本人だからこうでしょ」って、いやいや、日本人にもいろいろいるから! ってことですよね。
エジプト人のお父様、日本人のお母様を持ち、エジプトで小学生から大学卒業まで暮らし、イギリス留学を経て日本に移住、日本語とアラビア語の両方がネイティブな師岡さんだからこそ書けた素晴らしい本だと思う。
初対面の人と喋るのにまず「何国人か」「宗教は」を確認しないとそこから先へ進めない、という有り様は、まあ昨今の世界情勢的にさもありなんって感じですが、日本人が芯から共感するのは難しいのだろう。「父がエジプト人」と言ったとたんに一歩引かれるとか……つらいなあ……。

目次
悪の枢軸を笑い飛ばせ
表現の自由という原理主義
「いつアラブの死亡を宣告するのか」
「ベールがなんだっていうの?」
懲りずにフランクフルト
原理を無視する「原理主義」
青年よ、恋をせよ!
翻訳を読むことのむずかしさ
愛国心を育成するということ
私の九・一一
対談 私たちが前提にしている現実とはなにか
(酒井啓子*師岡カリーマ・エルサムニー)
あとがき

私たちの星で
私たちの星で
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梨木 香歩 師岡カリーマ・エルサムニー
岩波書店
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2017/09/16

高い窓

高い窓
高い窓
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早川書房 (2012-11-30)
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kindle版
■レイモンド・チャンドラー 翻訳:清水俊二
本書は1942年に発表された"The High Winbow"の全訳(1988年9月)である。
ウィキペディアに翻訳途中で清水が死去(1998年5月)したため、戸田奈津子が引き継いで完成したとあるが、本にはそういう記述は無い。
2014年村上春樹による新訳も出版されている(2016年文庫化)。
私立探偵フィリップ・マーロウ・シリーズの長篇第3作にあたる。

Amazonのkindleハヤカワの海外ミステリーセール(9/19まで)で購入。

コトの発端は、ある裕福な未亡人から、夫の遺品の貴重で高価なコインが盗まれた。おそらく犯人は身内(息子の、出て行った嫁)だと思うので、警察沙汰にせず取り戻してほしい、という依頼だった。
まずこの未亡人がとてもひとに物を頼む態度ではないしずっとワインを飲んでいるしキャラが悪いほうに強烈。秘書の若い女もどこか様子がおかしい。
マーロウの調査がはじまる。
はじまって早々に尾行されたりして、さらに息子の乱入などもあり、なんだか普通の家庭内の盗難事件では収まりそうにない……。


今回はミステリーを読むというのもあったけど、チャンドラーの独特の描写とか、マーロウの奇妙とも思える(偏執的というか)言動に関心がわいていたので(以前読んだ穂村さんの書評の影響だ)、そういうところを特にじっくり読んだが、うーんやっぱりマーロウって変わってるような。一番わかりやすいのは今回は未亡人の邸の玄関近くにある黒人の子を模した像の頭を何度となく撫でて話しかけていること。全部で3回か、4回かな。やったとしてもせいぜい最初の1回じゃないかな…。「フィリップ、さみしいのか」と思う。これは、著者がマーロウをあえてそういうふうに描いているのか、素で著者自身がこういうタイプなのか、どっちなんだろう、といろんな箇所で考えながら、読んだ。
そういえばマーロウをファースト・ネームで呼ぶ人っているのかなあ。シリーズ全部読めばマーロウの家族とか恋人が登場するときってあるんだろうか。

美しい描写。
よろい扉を開けてポーチへ出ると、夜が柔らかく静かに、周囲を満たしていた。白い月の光が、夢に描くことがあっても見つけられない正義のように、冷たく澄みわたっていた。
下の方の木々が月の下で地面に暗い影を投げていた。


以下はネタバレはしていないけれども解決部の内容にふれているのでご了承ください。

最後の方にいくまで、何故タイトルが『高い窓』なのかわからなかった。
終盤ある写真の中にやっと「窓」が出てきて、それが高い位置にある窓だということがわかり、その「高い窓」に関する出来事が実は物語のはじまるずっとずっと前からある登場人物たちに大きな暗い影を落としていたことがわかり、タイトルに込められた意味が深く強く脳の中で広がっていく。
中盤まではどうってことのない地味な話だなあとしか思わなく、チャンドラーが、マーロウが好きだから風景描写やマーロウのちょっと異常なくらい細かい観察描写を味わっていたのだが、終盤の展開、そこにあったひとの思いを忖度するだに、悲しいというか怒りというか、いろんな感情が沸き起こってくるのだった。……しみじみ、良い小説だなあ。良いミステリーでもあるし。強い衝撃や物凄い意外性というものは無いしケレン味も無いけど、最後まで読むとじんわりと静かな感動がうちよせる。なんていうか、大人の小説だー。

高い窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
レイモンド チャンドラー
早川書房
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2017/09/11

私たちの星で

私たちの星で
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梨木 香歩 師岡カリーマ・エルサムニー
岩波書店
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■梨木香歩&師岡カリーマ・エルサムニー
本書の初出は岩波書店の「図書」2016年1月号~2017年8月号で、単行本収録にあたり若干の加筆修正が加えられたもの。

まずこのふたりを結びつけた岩波書店の編集者、藤田紀子氏に大絶賛をおくりたい。
梨木さんの「あとがき」によればまず、
『図書』連載のお話をいただいたとき、イスラームのことを学びたい、どうせならムスリムの方と往復書簡の形で学ばせていただきたい】と提案したとある。
梨木さんが「学びたい」というのから素直に思考をのばせば、梨木さんと同世代か年長の、ムスリムで、イスラム文化やイスラム教に詳しい学者系のひとを引っ張ってきそうなところである。
そこを、そうじゃなくて、1970年生まれの、しかも本書を読めばわかる、たしかにムスリムだけど、かなり柔軟でフラットな目線の持ち主・師岡さんの、まずは代表作『イスラームから考える』を紹介する。考えたなあ。

読みはじめは、「ええっ、梨木香歩がイスラムを扱うの。すごくタイムリーな時事問題。宗教も政治も絡むややこしーい、難しーい、言葉を選ばなくちゃいけないテーマだよね…」。
ファンタジーから始まった梨木さんとの出会いだったけど、たしかにエッセイや小説の言葉の端々から彼女の主義主張は感じられる、だけどそこまで直球で来るとは。
大丈夫なのか。
「政治と宗教の話は避けたほうが無難」っていうのはいろんな場面に適用されるけど、ど真ん中じゃないか…。

結論から云うと、大丈夫なのだった。
というか、あんまり宗教の話もイスラムの話もムスリムの話も深みにはまらなかったというか、スタンダードなところからちょっとズラした感じがして「およっ」と驚いたり面白がったりしているうちにするするーっと固まった固定観念・思考をほぐされていく。
読みはじめてわりとすぐ「あれ? たしかに師岡さんってムスリムだけど随分頭が柔らかいというか……知的なだけじゃなく、グローバルだし、現代日本の女性っぽさもあるし、茶目っ気もあるし、随分『敬虔なムスリム』というイメージと違うぞ」と気付いた。
すっごくチャーミングで、魅力的。見掛けも中身も!

最初に想像した展開とずいぶん違っているのは、絶対この師岡さんのキャラクターによる影響が大きい。で、ものすごく面白くて読みやすい。イスラームのことはあんまり分からないままだけど、「世界にはいろんなひとがいるのだ」というもっと大きなことを知れた、っていうかもう単純に師岡さんを知れた、このひとの存在や生い立ちも考え方もみんな興味深い。
やるな、編集者。藤田紀子さん。
師岡さんは、NHKラジオでアラビア語放送アナウンサーを長年つとめられ、また大学で教鞭をとり、著作も複数あるのだが、不勉強で寡聞なわたしは存じ上げなかった。ネットで検索するとぱっと目を引く笑顔のきれいな方。

そんなことを考えながら読んでいたので、梨木さんの「あとがき」を読むと「まさに!」と膝を打つ感じ。

内容が重めで、「難しい本なんだろうなあ」と思っていたが、あにはからんや、非常に読みやすかったのは、「書簡」つまり「お手紙」だったからに他ならないだろう。これが同じおふたりの交互執筆であったとしても、手紙ではなく「エッセイ」「評論」であったなら、もっと文体が固くなり、構成もぎっちり詰まっていたはずだ。
「往復書簡とは、うまく考えたわね」と思っていたので、これも梨木さんの「あとがき」でハナからそういう提案を著者側からしていたと知って流石、とうなずく。長年文章でご飯食べてるひとだなあ。

最後に、本書を購入して最初に一番びっくりしたのは裏表紙を折り返したところのカバーにおふたりそれぞれの顔写真が載っていたことだ、ということを告白しておきたい。梨木香歩の著作に初めて載せられたポートレートである。モノクロだけれども、横顔とかよくわからない向きではなく、はっきりと、お顔を確認することが出来る。
いったい、どういう心境の変化がお有りだったのだろうか。というほどのことではないのだろうか。

目次
奇数回:梨木香歩→師岡カリーマ・エルサムニー
偶数回:師岡カリーマ・エルサムニー→梨木香歩

1.共感の水脈へ
2.行き場をなくした祈り
3.変わる日本人、変わらない日本人
4.渡り鳥の葛藤
5.個人としての佇まい
6.人類みな、マルチカルチャー
7.繋がりゆくもの、繋いでゆくもの
8.オリーブの海に浮かぶバターの孤島に思うこと
9.今や英国社会の土台を支えている、そういう彼らを
10.境界線上のブルース
11.あれから六万年続いたさすらいが終わり、そして新しい旅へ
12.ジャングルに聞いてみた
13.名前をつけること、「旅」の話のこと
14.信仰、イデオロギー、アイデンティティ、プライド……意地
15.日本晴れの富士
16.今日も日本晴れの富士
17.母語と個人の宗教、そしてフェアネスについて
18.誇りではなく
19.感謝を! ―ここはアジアかヨーロッパか
20.ジグザグでもいい、心の警告に耳を傾けていれば

あとがき―往復書簡という生きもの:梨木香歩
うそがつれてきたまこと―あとがきにかえて:師岡カリーマ・エルサムニー

イスラームから考える
イスラームから考える
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師岡カリーマ エルサムニー
白水社
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変わるエジプト、変わらないエジプト
師岡 カリーマ エルサムニー
白水社
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2017/09/09

本屋さんに憩う 第22回

某月某日
紀伊國屋書店グランフロント大阪店。

気になったけど買わなかったもの。

日曜日の人々
日曜日の人々
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高橋 弘希
講談社
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この写真が気になる……いいなあ。

騙し絵の牙
騙し絵の牙
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塩田 武士
KADOKAWA (2017-08-31)
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帯によれば、これは主人公に俳優・大泉洋を「あてがき」した小説だそうだ。珍しい。

ユリイカ 2017年8月臨時増刊号 総特集◎奈良美智の世界
奈良美智 村上隆 古川日出男 箭内道彦 吉本ばなな 椹木野衣
青土社 (2017-07-20)
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奈良美智だけどユリイカだから文章ばっかりなので…。


購入したのは以下4点。

梨木香歩&師岡カリーマ・エルサムニー『私たちの星で』岩波書店/2017年9月7日第1刷発行

私たちの星で
私たちの星で
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梨木 香歩 師岡カリーマ・エルサムニー
岩波書店
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酒井駒子『森のノート』筑摩書房/2017年9月10日初版発行

森のノート (単行本)
森のノート (単行本)
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酒井 駒子
筑摩書房
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内田洋子『十二章のイタリア』東京創元社/2017年7月21日初版

十二章のイタリア
十二章のイタリア
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内田 洋子
東京創元社
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『別冊本の雑誌19 古典名作本の雑誌』本の雑誌社/2017年8月30日初版第1刷発行

古典名作本の雑誌 (別冊本の雑誌19)

本の雑誌社
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2017/09/08

ワセダ三畳青春 【再読】

ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)
集英社 (2014-04-17)
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kindle版
■高野秀行
kindleの日替わりセールに上がってきたので、文庫本はうちの本棚のどこかにあると思うのだが電子書籍で気軽に読みたかったためあえてダブり購入。久しぶりに再読。
読了後、以前読んだのはいつだったかこのブログ内で検索したら2006年の暮れということだった。10年前か……。

この本面白かったよな、カレーのルー温めるのすら面倒がって常温でご飯にかけてたよな高野さん。

という記憶がずっと鮮明にあって、今回読んだらやっぱりそのとおりだった。
それだけでなく、お米をとぐのも面倒がって、炊飯器にお米と水を投入してそのまま炊いていたことも判明した(もちろん無洗米ではない)。
最近のお米は糠とかほとんど残っていないからとぎ過ぎに注意とは聞くけれども。ピラフとか料理によっては研がないで調理するのもあるけれども。いやはや。

ほとんどのことは忘れていたので読みながら思い出したりしつつ、全然記憶に残っていないことも多かった。
いろいろあるが、何が衝撃って、終盤のあの出会い(たぶん奥さんの片野ゆかさんのことだよね)についてあんなに情熱的にノロけまくってページを割いて書いてあってロマンチックに盛り上げてあったのに、その記述についていっさいの記憶がなかった我に呆れたね……。「恋愛モノ」に興味がないからだろーか。

下宿のおばちゃんのキャラクターが素晴らしく、高齢になられてもその存在感が衰えないところが頼もしい。高野さんの後輩が大家さんとの交流を深めて、杵と臼で餅つき大会をやるエピソードなど何回読んでも良い話だ。おばちゃん対高野さんの後輩の卓球真剣勝負の話も大好きだ。

前回読んだときとの違いは、この10年で高野さんの著書をいくつも既読になっていることで、「ほー、あの冒険の裏ではこういう日常生活が」という感慨みたいなのがあった。片方だけでなく、両方あって、それ以外にも「あとがき」によれば書かれていないことがたくさんあるようで。高野秀行の実態にセマるには、まだまだ材料が足りないようだ。

にしても、本書は22歳から33歳の高野さんの自伝的小説なのだが、大学7年(学部生ですよ、念のため)で卒業したこともあり、就職はせず、学生時代からの延長でフリーライター、辺境ライターとして糊口をしのぐ氏のことであるしその探検やライターの仕事のことはほとんど書かれていないから(詳しくは『○○』という本を読んでねというスタンス)、本書の途中で大学は卒業しているのに雰囲気としては全篇「学生生活」という感じなのである。

この下宿(仮称・野々村壮)は早稲田大学から徒歩5分という便利な立地にあり、2階建てのアパートで、1部屋3畳、トイレ・台所共同、風呂なし、下宿代月1万2千円というからスゴイ(4畳半の部屋もいくつかあり、月2万数千円)。そこに22歳から30代になっても棲み続けたわけである(最後の数年は4畳半に移った)。
しかしAmazonのみなさんのレビューを読んだだけで「わたしも3畳に下宿していた」という方が数名見受けられるから、割とアリなのか。男子学生ならでは、だよね、たぶん。
高野さんは自宅から大学に往復3時間かけて通っていた時代もあるそうだが、卒業が延び延びになり、家にいるといろいろ言われたりするし、何しろ学校に近いので最初は「避難所」的に借りたのが居心地が最高によいので結果的に10年も住むことになったらしい。まあ、探検などで数か月留守にすることも多かったようだが、これも、ふつうの賃貸だと嫌がられることなのに、野々村壮のおばちゃんは文句ひとつ言わなかったというからまさにピッタリだったわけだ。

22歳から33歳というと、22歳で大学を卒業して会社に就職した場合だと10年も経てばかなり「社会人ズレ」すると思うのだが、その間ずっとこんな「自由」なライフスタイルを貫くというのは羨ましいを通り越して「絶対自分には出来ないなあ」と思う。だって絶対焦ると思うもん。
実際、野々村壮には大学生くずれみたいなひとがたくさん出てくるが、ほとんどが途中で就職したりして巣立っていく。中にはレッキとした社会人だけど(おそらく家賃が破格に安いから)ずっと住んでいる「守銭奴(というあだ名)」さんみたいなのもいるけれども。
高野さんも30を過ぎてからはちょっとした焦燥感みたいなのを感じ、後輩にさそわれていっとき会社に就職する。だけどなんとわずか7日間で辞めてしまうのだ。まあ、就職と言ってもどうも通常の採用とは違うみたいだったけど。
つまり、根底に「会社なんぞに就職しなくても食っていける」という自信があるからこういうふうに生きられるんだろうな。

要は「誰にでも真似できるワザじゃない」というか。
現在もその「冒険」と「執筆」で食べてらっしゃるのだから絶大な裏打ちだ。才能と度胸・タフな精神力、あと高野さんの場合語学力とか適応能力も高いし、人脈も探検部絡みやなんかでわりとあるみたいだし。

高野さんの探検ルポもいいけれど、こういう日常話も合わせて読むと味わいがある。というか、本書の最後で大恋愛をした奥様との結婚後の日常私小説を是非読みたい!

目次
はじめに
第一章
UFO基地探検と入居/電話をとるな/ドケチ男「守銭奴」の叫び/「野々村文庫」秘話/飯作りは危険がいっぱい/無法地帯・野々村荘
第二章
犬は車を止めようとは思わない/人体実験で十五時間、意識不明/プールへ行こう!
第三章
テレビが家にやってきた!/夢の卓球対決/三味線修行/占い屋台と仙人/おばちゃんは名探偵/守銭奴も名探偵/野々村壮、マスコミの寵児になる
第四章
第一次野々村大戦/だから結婚式はいやなんだ!/暗闇に提灯を見た?/真人間カバンと真人間ヘアー/三十男の四畳半デビュー/スーツを着て大人になる
第五章
ノノコン男の悲劇/ツタの啓示する終末
第六章
遅すぎた「初恋」/決意/さらばワセダ、さらば野々村壮
あとがき

2017/08/28

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬
若林 正恭
KADOKAWA (2017-07-14)
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■若林正恭
オードリーの若林さんの書いた旅行エッセイ(?)。
初めて若林さんの文章を読みました。
前作『社会人大学人見知り学部 卒業見込』も単行本を書店で見かけたときから「面白そうな上手いタイトルをつけられるな~」と興味を持ったものの「この齢で人見知りの本読んでもなあ」とか考えているうちに文庫版も出て、だけどkindle版はいまだに出ていない。
そうこうするうちに第2作の『表参道の…』が話題書で上がってきて、どうやらそれは旅のエッセイらしい。おお、旅エッセイはずばりドンピシャ・ストレートに好みであるぞ。
というわけで読んでみた。

感想としては、旅エッセイと思っていたら最初のほういきなり内面心情の吐露みたいな内容が出てきて、まあこれはテレビとかでちょい見している程度のわたしでも著者のキャライメージのままだったので意外性があるとかでは無かったけど、けっこう自分の考えていることとか言っちゃうんだ、とそういう意味で少し驚いた。

キューバに行きたいと思って、休みが確定した2か月前に旅行会社に行ってももう予約で埋まっていて取れないし、第一5日しか休みが無いのにツアーは4泊6日が最短。
でもそこで諦めず、スマホで飛行機の空きを見つけてチケットを取り、ホテルもネットで探しまくってわりとメジャーどころがたまたま開いていたのをゲット。一人旅をすることになるのである。

旅のやり方は予想していたよりもずーーーっっっとスマートでスムーズ。
失敗とか、トラブルほぼ無し。
旅行エッセイでは「こんな大変な目に遭ったぜ」っていうのが多いし、ましてや初めての一人旅ということなので、こんなに問題なしで、すごいなあと思った。どうやらちょこちょこ書かれている他の外国との比較などから、海外旅行の経験が結構お有りのようで、それが大きいのでは。あと、事前にキューバの映画とかを何作も観て予習しておられたり、ガイドブックを読まれたり。このへん、きっちり勉強されているからなのですね。
海辺で起こったトラブルはこれは日本でもありそうなレベルのまあよくあることだし(確かに腹立つけどね!)。それよりもあんな方法でスマホとお金が無事だったことのほうがずっとびっくりしたし凄いと思ったわ。

本の展開としては、普通の旅行エッセイでは有り得ない内容が終盤書かれていて、まあそれは今回キューバに行きたかった本当の理由のひとつ、ということなんだろうけれども、話の持って行き方というか、作品としての構成として、かなり変わっているというか珍しいような気がした。理由そのものは、すごく真摯で、ひとりの人間として、うん、そういうことはあるだろう、と真面目に同情申し上げる。ネタバレになるので詳しいことは控えるが。

旅に出る理由はひとつではない。
最初に書かれていた理由も嘘では無くて、それも「あり」ででももう少し掘り下げると「これもあるんだ」ということで、でもそれは誰にでもぺらぺら喋りたいようなものではない。

この本を読んで、キューバってなんだか思っていたよりも観光地として楽しみやすそうな、治安も良い町なんだな、と思った。ちなみに2016年の旅の記録である。
あと、若林さんが現代の日本社会の周囲からの評価のありかたなどについてかなりこだわって書かれているので、そういうことをそんなふうに考えているんだなと興味深く読んだ。全部自分の身にひきつけて、等身大で考えるからわかりやすいというか。資本主義と社会主義をこういうふうに比較するってまあ学者さんはしないもんね。若林さんが出された結論が面白い。

時事問題とか社会情勢を知るために大学院生に家庭教師してもらっているとか、へえーって感じ。まず先生に「世界史と日本史の近現代史のところを読んできてください」的なことを云われていたのが面白かった。このへんって学校でもあんまりやらないからなあ。
それで先生と現代の社会の価値観とかその流れとかを学んで結論として前作『社会人大学人見知り…』についてご本人がある結論を下すシーンがあるんだけど、うーん、これもなかなかに衝撃的、かな? 読んでいないので判断が難しいんだけど、これは良かった、ってことなのかな?

文中に『コンビニ人間』を読んだ感想をさらりと述べられていて、それが実に端的に芯を突いた感想で、こういうふうに短くわかりやすくその作品を評価する能力のないわたしは「おおお……!! くうぅ、そういうことだよなあ…!!」。さすがテレビで第一線で活躍される方は違う。

本書には著者が旅先で撮った写真が載っていて、楽しい。
葉巻を結構吸われるのでイメージとちょっと違った。

目次
ニューヨーク/キューバ大使館領事部/家庭教師

キューバ行きの飛行機/トロント/ハバナ空港からホテル・サラトガ

サラトガの屋上/マルチネス/革命博物館/表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬/第1ゲバラ邸宅にゲバラがいない/10万人の聴衆はカストロのラップに乗ってサルサを踊る/ラ・モデナ・クバーナのロブスター/ラ・ボデギータ・デル・メディオのモヒート/ホテル・ナシオナル・デ・クーパ/国営のジャズバー/ライトアップ、ガルシア・ロルカ劇場

市場。配給所/コッペリア/キューバ闘鶏/正しい葉巻のくわえ方/おしゃれバルコニーとトタン屋根/ホテル・サラトガのWi-Fi/サンタマリア・ビーチ/7cuc/トランスツールのバスに3人/音叉

マレコン通り
あとがき 東京


社会人大学人見知り学部 卒業見込 (ダ・ヴィンチブックス)
若林 正恭
KADOKAWA/メディアファクトリー (2013-05-14)
売り上げランキング: 72,471

完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込 (角川文庫)
若林 正恭
KADOKAWA/メディアファクトリー (2015-12-25)
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2017/08/24

本屋さんに憩う 第21回

某月某日
漫画ばっかり読んでいる日々。会社近くの小さい本屋さん。

気になったけど買わなかったもの。

世界の辺境とハードボイルド室町時代
高野 秀行 清水 克行
集英社インターナショナル
売り上げランキング: 85,218

最近出た本ではなく、2015年8月刊なのだがこの書店では何故か表紙を見せてピックアップしてあった。タイトルがあの有名作品のパロディで面白い。


MORI Magazine
MORI Magazine
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森 博嗣
大和書房
売り上げランキング: 3,092
20年くらい前に森博嗣ファンだった時期があるのでこの表紙イラストは懐かしい。

購入したのはこれ↓

若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』角川書店/2017.7.14

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬
若林 正恭
KADOKAWA (2017-07-14)
売り上げランキング: 287

内田洋子の東京創元社から7月に出ている新刊があるのだがわたしの行動範囲にある小さめ書店ではどこも置いていないのであった…。

2017/08/09

暢気眼鏡

暢気眼鏡(新潮文庫)
暢気眼鏡(新潮文庫)
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新潮社 (2016-03-11)
売り上げランキング: 46,660
kindle版
■尾崎一雄
単行本『暢気眼鏡』は砂子屋書房から1937年(昭和12年)8月に上梓され、同名小説集により第5回芥川龍之介賞受賞。
のち新潮文庫、角川文庫。
今回読んだのは新潮文庫版電子書籍で、
この作品は昭和二十五年一月新潮文庫版が刊行され、昭和四十三年九月編集を変えた改版が刊行された。
とある。
昭和25年は1950年。
この新潮文庫版の収録作品の書かれた年月は実に30年にも亘っている。
初期短編集を読むつもりが、アテが外れた。
(岩波文庫版は『暢気眼鏡・虫のいろいろ』15篇収録とあるから収録作品が新潮文庫版と異なるようだ。)

【目次】
初出が載っていなかったので「芥川賞のすべて・のようなもの」さんを参照した(メインの「直木賞のすべて」もいつも興味深く拝見させてもらっている)。
記載がないものはインターネットでは初出が追いかけられなかった。図書館へ行って全集にでもあたれば一瞬でわかるんだけど。

」初出「作家」昭和8年/1933年8月
暢気眼鏡」初出「人物評論」昭和8年/1933年11月号
芳兵衛」初出「行動」昭和9年/1934年5月号
擬態」初出「早稲田文學」昭和9年/1934年11月号
父祖の地」初出「早稲田文學」昭和10年/1935年6月号
玄関風呂」初出「早稲田文學」昭和12年/1937年6月号
こおろぎ」1946 
痩せた雄鶏」1949
華燭の日」1957
退職の願い」初出「群像」昭和39年/1964年8月号

上記に上げた「芥川賞のすべて・のようなもの」さんでわかったのだが、砂子屋書房版の『暢気眼鏡』は全9篇で以下4篇が収録されていたようだ。改版後新潮文庫版には収録されていない。
砂子屋書房版(暢気眼鏡/猫/芳兵衛/ヒヨトコ/世話やき/擬態/燈火管制/父祖の地/五年

ヒヨトコ」初出「木靴」昭和10年/1935年10月号[創刊号]
世話焼き」初出「文藝」昭和9年/1934年10月号
燈火管制」初出「浪漫古典」昭和9年/1934年11月号
五年」初出「早稲田文學」昭和11年/1936年1月号


「退職の願い」は先日読んだ『まぼろしの記・虫も樹も』 (講談社文芸文庫)にも収録されていた。

「まぼろしの記」にあった、理不尽な若い死への憤りみたいなののもっと傷口の若いものを読みたくて初期作品集である本書に手を伸ばしたのだが、本作品集にはそういう「死」を扱ったものはひとつも無くて、アテが外れた(2回目)。

「まぼろしの」で描かれた奥さんと「猫」「暢気眼鏡」「芳兵衛」で描かれる若い日の奥さんの像のあまりのギャップに目を丸くしつつ。
なんというか、幼稚過ぎというか。著者自身も結婚したての頃の妻を「反常識」と何度か書いて、だからこそ「ネタ」にしているんだろうけれども。喋り方にあんまり品性とか知性というものが感じられない。昭和一桁の女学校出ってこんなもの? ちなみに年齢は19歳とある。女学校を出て東京に出てきて、友人が嫁いだ先に遊びに行ったところ、友人夫の友人であった著者(31歳)と出会ったんだとか(本書の記述に拠る)。
もっとも著者のほうも当時はなかなかのダメ人間ぶりで、昔の小説家は食えなかったというが、それを地で行く感じ。
総合的に見て、一回り以上も年上の尾崎が圧倒的に悪いんだよね。尾崎が強いた生活環境が滅茶苦茶不安定だから、幼い奥さんが不安になって、不必要に怖がったり、精神状態が落ち着かなかったわけだから。
すべて著者の作品に書いてあることからの感想で資料にあたったわけでもないので脚色もあるのかもだがどうやら志賀直哉に師事しただけあって「実際にあったことをありのままに書く」タイプの私小説家だったようだし、複数の作品で同じことが書いてあるから実際もほぼこのままだったのではないか。

御尊父は真面目で敬虔な方だったようで、40代で亡くなってしまわれたが財産もそれなりに残してくれたらしい。が、作家志望を反対していた父親が死んでしまったのをさいわいと法政大学から早稲田高等学院に移り、文学活動などで散在し、早稲田大学に進学。弟妹の学費なども要ったこともあり、財産を使い果たしてしまった。母親からの手紙は読まずに焼き捨て、結果、生家を手放さざるを得なくなった。また、母親の反対を押し切って最初の結婚をしたがこれも数年で破綻し、最後は暴力をふるったりし、放り出して奈良(当時志賀がいたため)に8カ月くらい逃げて、その後東京に戻って関係を清算。その半年か一年くらい後に(作品によって期間が異なる)山原松枝(作中では「芳枝」)と会って結婚はもうしないつもりだったが、腹を括って結婚(これも家族に断りなく、相手の家族にも事後承諾)、妻の着物は質屋に持って行って食べ物に代える、家賃は何カ月も滞納という貧乏ぶりで、しかし芳枝が子を欲しがった為に妊娠、産婆に診せる金もなかったがいよいよ出産というときになって滞納の為部屋は追い出され友人の借りている貸家に転がり込み、産婆は陣痛が始まってはじめて呼んできて周囲から借りたお金でなんとか……という感じ。本人たちはそれこそ暢気に「なんとかなるもんだなあ」という感じだが、読んでいる側は「よくなんとかなったもんだなあ!」と驚いてしまう。こんなのの奥さんはとうてい務まらないわ…。大変だなあ。

さいわいなことにそのへんの顛末を書いた「暢気眼鏡」が芥川賞を受賞して、作家として認められたとこらへんから段々生活がまとまっていったのだろう。
著者には長女・長男・次女の3人のお子さんがいるが、本当に貧乏な中産まれたのは長女だけだというような記述がある。長女と長男は3歳、長女と次女は9歳離れている。
「華燭の日」はその長女が23歳で嫁ぐ前後のいわゆる「花嫁の父」の心境などが描かれており、にわか読者のこちらですら「よくぞ、まあ、ここまで」という感慨があるくらいだから、著者や奥さんにいたってはどれほどこみ上げる思いがおありだったろう。

「暢気眼鏡」の最後に井伏鱒二と交わした会話の描写があって、「へえー」調べたらほぼ同い年だもんねえ。井伏先生の天然(?)ぶりが窺えるエピソードで微笑ましい。
「うちでは玄関で風呂をたてているよ」
ある時井伏鱒二にそう云ったことがある。すると彼は目を丸くして、
「君のとこの、玄関は随分たてつけがいいんだね」と云った(たてつけに傍点)。これには、こっちが目を丸くした。
また、同じ話の最初の方に【『早稲田文学』の用で、谷崎精二氏が見えた】という記述がある。ん?と思ったら谷崎潤一郎の弟で、やはり作家で英文学者なのだった。谷崎については代表作をいくつか学生時代に読んだことがあるくらいなので弟さんについては知らなかった。

「早稲田と文学」のプロフィールが同人活動について詳しいのでその部分を引いておく。
高等学院在籍中「学友会雑誌」に作品を発表。国文科に進み村田春海・山崎剛平・小宮山明敏らと同人誌「主潮」を創刊。「文芸城」「新正統派」と次々同人誌の創刊に参加。昭和12年(1937)『暢気眼鏡』で,芥川賞受賞。戦後、尾崎士郎らと「風報」を創刊。

あと、書き留めておきたいのが著者の女性に対する目の鋭さというか、怖がる女性の分析がなかなか面白い。「猫」から引く。
芳枝の臆病さや甘えや見得からでないことをよく知っているので
「あたしは本当にビックリしたんだよ」泣き声を出した。
私は大分腹が立って来た。然し怒り飛ばす気にはなれず、為方なく、
「君みたいのは、少し気障だぜ」と出来るだけ冷淡に云った。そう云う意味が芳枝に通じるとは勿論思っていないのだ。
本書収録ではないが「朝の焚火」で
やはり、見栄でばかり怖がったり、殺すのを厭がったりするのではないらしいな、と思った。

つまり「見栄/見得」で怖がったり驚いたりする「気障」な女の媚態にウンザリしていたんだろーなー。はっはっは。こういう女性のやり口は知っていたがこれを「見栄」と表現しているのが珍しくて新鮮な気がした。現代では「ぶりっこ」とか云うかな?

2017/08/07

まぼろしの記・虫も樹も

まぼろしの記・虫も樹も (講談社文芸文庫)
講談社 (2014-04-11)
売り上げランキング: 57,319
kindle版
■尾崎一雄
昔日の客』に名前が出てきた作家。
尾崎一雄。
1899年(明治32年)12月25日 - 1983年(昭和58年)3月31日。

目次】&初出
「まぼろしの記」・・・「群像」昭和36年8月号。昭和37年(1962年)度、第15回野間文芸賞受賞。
「春の色」・・・「群像」昭和37年9月号
「退職の願い」・・・「群像」昭和39年8月号
「朝の焚火」・・・「文芸」昭和40年1月号
「虫も樹も」・・・「群像」昭和40年8月号
「花ぐもり」・・・「新潮」昭和41年5月号
「梅雨あけ」・・・「群像」昭和41年9月号
「楠ノ木の箱」・・・「新潮」昭和43年1月号

だいたい著者が62歳~69歳くらいのときに書かれたものということになる。
随筆のように読める作品集だったが、ウィキペディアによれば【上林暁と並んで戦後期を代表する私小説(心境小説)の作家として知られる。】とあるから、これは私小説として読むべきものなのか。

それにしても、狭い村うちに、いろんなことがあるものだ。私がここへ引込んでから十六年――もうそんなになったか、とも思うが、本当は大した月日じゃない。その間に、何か事が起こらなかった家というのは捜すほどしかない。

「ここ」というのは郷里の神奈川県小田原市曽我原(下曽我)のことらしい。
志賀直哉に師事したそうで、本書でも二十歳過ぎの頃、当時奈良の高畑にいた志賀を頼って奈良市浅茅ヶ原に居を構えた時期があったという話が出てくる(文中ではイニシャルN・S表記)。

本書には夫人も多く登場するが、結婚前に人妻と懇ろになっていたりしたというような描写が何度か出てきて、その前に幼馴染みが結婚する前にただならぬ仲になったという話も出てきて、ややこしい女性関係ばっかりするひとだなあという感じ。
奥さんとはいつ? と思ってググったら【1931年金沢の女学校を出たばかりの山原松枝と結婚。】とあるから32歳のときに若い奥さんをもらったわけだ。散々いろいろやった末にまあ……よくある話だけど。

学生時代に結核をやったり、父親をその直前に47歳で亡くし、弟や妹、第二子を亡くしていて、本書ではそれらの死についての言及がしばしばある。そして同時に父親が若くして亡くなったから、自分もいつまで生きられるか――という思いでいたことも書いてある。

この世には、われわれの願いや祈りの一切を冷然と拒否する何者かがあるのではなかろうか、若し神というようなものがあるとしたら、正しくそれに違いない――そんな考えが、私の中でぼんやりとながら形を見せ始めたのは、この妹の死に逢ったときだった。
(中略)
それが、死んだ。いや、殺された。何者とも知れぬ理不尽な奴の手で!
(中略)
爾来、この齢になるまで細々とながらものを書きついできたわけだが、書くものの基調は、最初の短篇小背のそれから脱け出ていない。いや、脱け出すことが出来ないのだ。何故なら、あの「理不尽な奴」の顔かたちが、今に至っても一向にはっきりとせぬからだ。何といまいましいことか!

このへんの激しい思い、自分より若い親しいものが為すすべもなく死んでしまうことへの深い悲しみと絶望には深く心を打たれた。もう何十年経っても、その思いはやりきれないままなのだ。
このひとの、最初に書いた小説、若いころの作品も是非読もうと思った。

本書が書かれた時点で60歳を越しておられるが、若いころ病気をしたときは周囲から「父親の年齢まで生き」るんだと励まされたり、44歳のときに病気をして医者から奥さんに「二、三年は保つでしょう」と云われたりもしている。そんなだから父親の年齢を過ぎた後にも【ひそかに「生存五カ年計画」なるものを立て、固く己れのペースを守ることにした。】というように気を配っていたようだ。

まあ若いころから体が丈夫でなく、若くして父親を亡くし苦労をされて、女性関係もいろいろあって、しかしなんとか還暦も数年過ぎてどうやら夫婦とも元気にやれている――そういう「現在」の近所の様子や人々のうわさ、出来事、庭の植木の話、植木にたかる何百匹という毛虫を退治する日々の話からはじまって、過去の思い出話なども語られていく。

毛虫の話はよく出てくるから、虫のことは読むだけでも駄目、という方には結構キツイかもしれないがまあ、それだけの本でもないので――。

現代人は語彙が減った・少ない、といわれるが、本書を読んでいるとあんまり普段つかわない言葉がちょくちょく出てきて、電子書籍の気易さで辞書で調べたりして感心しながら読んだ。
特につかわれている言葉が美しいとか、美麗とかいうわけではない。「あんまり、平成の作家の本を読んでいて御目にかからないかな?」と感じただけだ。
「扱(こ)ぐ」「閑寂」「退治る」「顧慮」「狡兎死して走狗煮らる」「蟠踞」等。

このひと何歳で亡くなられたのかなと読書中気になって引き算をしたら84歳。お父様よりもだいぶん長生きされたようだ。

2017/08/06

本の子

本の子
本の子
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オリヴァー ジェファーズ サム ウィンストン
ポプラ社
売り上げランキング: 47,874
■オリヴァー・ジェファーズ/サム・ウィンストン 翻訳:柴田元幸
翻訳が柴田先生ということでネットでピックアップされてきました。
本好きには「本の子」というタイトルだけで「おお、これは」と身を乗り出す感じ。
さらに、表紙になんだか素敵な物語が詰まっていそうな鍵穴つきの本の絵が描かれているとなればなおさらです。

「でも、なんでこの子こんなに顔色悪いの(っていうか全身青色)」とちょっと気がそがれもしましたが。

ちょっと大きめの絵本です。
絵本が大きめ、それだけでちょっと「萌え」という気持ち、共感していただけるでしょうか。

どちらかというと、小さなお子さん向けではないような。
「活字がいろんな絵のようになっている面白さ」が味わえる年齢の方向けの絵本だと思います。

きれいとかかわいいとかじゃなくて「ちょっと変わってるよ」と紹介したくなる絵本。
ウィンストンさんの作品部分を「文字」としてではなく「絵」として捉えるならば原著で買った方がより「そのまま」味わえるでしょう。

原著者がジェファーズさんとウィンストンさんのおふたりということで、
こういう場合はまあ、ジェファーズさんが文章でウィンストンさんが絵、だということが多いですが、
本書は違います。

どういうことかというとそれは彼らのホームページをご覧いただくのが早いかと。
【 】内はAmazonの著者略歴から引用。

オリヴァー・ジェファーズ
アーティスト、作家。作品のタイプは多岐にわたる。独特のイラストと手書きの文字で知られ、画家やインスタレーション・アーティストとしても活躍している。
Oliver Jeffers

サム・ウィンストン
世界中の美術館やギャラリーで作品を展示しているアーティスト。本をかたどった作品は、テート・ブリテン、大英図書館、アメリカ議会図書館、ニューヨーク近代美術館、スタンフォード大学など様々な場所で常設展示されている。
Sam Winston

つまりウィンストンさんは活字で作品(イラストというのかデザインというのか)をつくられている方のようで、本書でもそれが随所に見られる。
原著では英語なんですが翻訳版では全部日本語で出来ている。
それがいろんな名作の部分部分なんですね。
非常に小さい活字であっち向いたりこっち向いたりしているので読むのが大変なんですけれども。
この日本語に直すのも柴田先生がされたということなんでしょう(本書帯に「すべて新訳」とわざわざ断ってあります)。

それ以外の絵と手書き文字(この本そのもののストーリー)をつくられたのがジェファーズさん、ということ、だと思うのですが。

話のスジがどうこういうより、ほんとページごとに「作品」を見て「ほー…」と面白がる感じ。
コラージュとかもあり。
おしゃれですね。

原著版はこちら。
A Child of Books
A Child of Books
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Oliver Jeffers Sam Winston
Candlewick (2016-09-06)
売り上げランキング: 8,776

2017/08/01

道化師の蝶

道化師の蝶 (講談社文庫)
円城 塔
講談社 (2015-01-15)
売り上げランキング: 105,104
kindle版
■円城塔
中篇2篇収録。
初出は「道化師の蝶」が「群像」2011年7月号、「松ノ枝の記」が「群像」2012年2月号。
2012年1月単行本刊、2015年1月文庫化の電子書籍版(解説は割愛)。
表題作は、第146回(2011年下半期)芥川龍之介賞受賞作品。ちなみに同時受賞は田中慎弥「共喰い」である。

円城さんの作品だから難解なんだろうとは思って読みはじめたら着想というか、発想がすごく面白い。部分部分は全然難しくない。でも、それがまとまってひとつの小説ということになるとだんだん頭のなかが混乱してくる。やっぱり難解、ということだろう。

「道化師の蝶」はⅠ~Ⅴの章に分かれているが、そこに出てくる「わたし」が一見同じ人のようにさりげなくふるまうのだがよく読むとおかしいところに気付いて、「あ、別のひとだ」とわかるのはまだいいとして(だって「わたし」って単なる一人称だもんね)、A・A・エイブラムス氏も章によって違う、少なくともⅠ章では「彼」と呼ばれ男性の話方をしていたし男性と思っていたがⅡ章ではさらりと女性にしかありえない描写が出てくる(【A・A・エイブラムスはその死の先年から子宮癌を患っており】なる一文に出くわして読んでいてぶっ飛んだ)。ちなみにエイブラムスの死因はエコノミー症候群である。
「わたし」も男性だったり女性だったり、どちらとも読めたりする。
まあⅠ章は「友幸友幸」が書いた小説『猫の下で読むに限る』の内容だからここだけ別というのはまだわかるにしても、その後も続くんだよなあこの現象。

それに加えて登場人物が「一筋縄では特定できないところ」、時間軸もどうやらSFになっている。
【今はもうすっかり忘れてしまったが、かつてわたしはそんな網を編んだことがあるに違いない。少し違ってあの網は、わたしが将来編むことになる網だと気づく。その瞬間に明解にわかる。どこかの過去の人物が、未来のわたしが忘れてしまった部屋のどこかでその網を拾い上げ、骨董屋に持ち込むのだとわかる。】
ざっと、こんな調子だ。
頭のなかで状況を確認し、脳ミソがでんぐりがえりそうになる。
断わっておくがこの話はタイムマシンは関わっていない。それが出てきたら一瞬で解決する矛盾なのだが残念ながら(?)そういう話ではないのだ。ただ「わたし」がそれを理解している、ということが重要なのだろう。

そんなわけだから「道化師の蝶」「松ノ枝の記」と続けてとりあえず一読し、頭のなかがコンランしていたのでそのまま最初に戻ってもう一回気になるところを中心に目を通し直した。

そんなにわけがわからないのか、じゃあ面白くないのか、と云われたら「そんなことはない。」
面白いんである。何故かと云うと、「よくわからない」ところがあるとしても、「わかる」そこだけを拾っていってもやっぱりアイデアが素晴らしい。センス・オブ・ワンダーがある。

「道化師の蝶」と「松ノ枝の記」は別の話だが、両方「本」「言葉」「物語」「創作」「翻訳」「自分と他者」といったような共通のテーマがいくつも見つかるから、ごく広い意味ではリンクしているというか、続けて読んで両方合わせて味わい深いというか。「松」のほうが分かりやすいかもしれない。

両方アラスジが書きにくいし、アラスジを書いたとしても話の魅力のごく一部しか伝わらない。

「道化師の蝶」
旅の間にしか読めない本。銀色の糸で編まれた小さな捕虫網。着想を捕まえて歩く仕事。ある本をどこで読むのが適切かという視点。ほとんど飛行機の中で暮らす。架空の蝶=道化師。
「さてこそ以上」。無活用ラテン語。

そして「道化師の蝶」の真の主人公(?)ともいえる、数十の言語で作品をものした作家、友幸友幸(トモユキ・トモユキ)。その正体は本名や年齢や現在の生死まですべて謎に包まれている。世界各地に彼が暮らしていた部屋と原稿と収集物が残されている。
Ⅳ章で刺繍したり銀糸で捕虫網をつくったりする「わたし」が「友幸友幸」なのかなあ。女性っぽいよなあ。言語の習得の描写もあるし…。

Ⅴ章の「わたし」は友幸友幸の捜索をしてA・A・エイブラムス私設記念館へ定期報告するのが仕事のエージェント。そしてその報告レポートを受け取る「年配の女性」はⅣ章の「わたし」となんとなく重なる(「手芸を読める」とか「主に私の書き記したものたちで、手芸品はほんの添え物」だとか)。

そして最終部、「わたし」と鱗翅目研究者の老人とのシーン。
【わたしはこうして解き放たれて、次に宿るべき人形を求める旅へと戻る。一打ちごとに、過去と未来を否定して飛ぶ。かつて起こったとされることも、これから起こることどもも。】【わたしは男の頭の中に、卵を一つ産みつける。】
つまり「蝶」だったのか、真の主役は。
「胡蝶の夢」なる説話を思い出す。そういうこと?その発展系?

いろんな読み方が出来るだろう。また時間を置いて読み直したい。まだまだ理解が及ばぬ、楽しい世界が深く広くありそうだ。

「松ノ枝の記」
「わたし」と「彼」がお互いの著作を「翻訳」しあう。それぞれお互いの母語を完全に理解しておらず、辞書も用いず、だいたいわかる範囲で翻訳していくために元の原書とは全然違う話になっているのだが(それもお互い承知できるくらいの相手の母語についての語学力はある)、それで双方文句なし、という協定を結んでいる。
さらにお互いが訳した話を更に訳しなおす、みたいなことも始める。つまりA≒A’≒A'’で、そういうのは実際に村上春樹がやっていたなあ、「象の消滅」だったと思うけど。たしか英訳されたときにかなり削られたとかで、それはそれで気に入って、それをまた日本語に村上春樹が訳したと。そのことを踏まえているのかどうかわからないけど、まあ全然違うところから出て来たんだろうな。

で、そこだけで話が終わるんじゃなくて、「わたし」が「彼」に会いに行くところから話がまた違ってきて、要は「彼」は実態じゃなくて会えたのは「彼女」だったんだけどネカマとかそういう話では無くて「彼女」の中の「読む力」と「書く力」が分断して書く方が「彼」になっているとかそういう…。

うーんこうやってスジを拾ってしまうと凡庸に見えてしまうけど実際読むと全然違うんだよなあ、世界観とか雰囲気とかが合わさって。
でもそういう意味では「蝶」よりストーリーがくっきりしているかも。
というわけで無粋な真似はこのへんでやめておこう。

やっぱりよくわからないけど円城塔は面白いし好きな作家だ、ということだけは確認できました。

2017/07/28

ラジ&ピース

ラジ&ピース (講談社文庫)
絲山 秋子
講談社 (2011-10-14)
売り上げランキング: 472,108
kindle版
■絲山秋子
先日の講談社ポイント還元セールに買ってあったもの、夏休み代わりの有給休暇の午後に読みはじめたら魔法の様に引き込まれてあっというまに夕方読了。
それもそのはず、kindleで1270頁しかない。短い。
表題作の中篇と、短篇「うつくすま ふぐすま」が収録されている。

2008年7月単行本刊、2011年10月文庫版感の電子書籍版。

久しぶりに絲山さんの小説を読んだけど、やっぱり上手いな。
そしてやっぱり「全然違うんだなあ根本的な性格とか考え方や生き方が」としみじみと思った。だいたいが主人公の思考や言動に驚きながら「つぎはなにをするのだろう」と小さくおののきながら(?)読んでいる。でも面白い。

今回は群馬が舞台の話ばかりで、2006年から群馬県高崎市に住んでらっしゃるその経験が活きているんだろう、と思われる。
群馬についてなにひとつ知らないので想像だけど。
FMラジオのラジオパーソナリティが主人公なのだけれども、読了後ググったら絲山さんもラジオ高崎でパーソナリティをされているそうで、だからリアリティあったんだな。
これも自分がラジオパーソナリティについて知っているわけでもないので想像だけど。

リスナーのひとりのおじさんに電話をかけて、毎週あちこちに出掛けるようになって、なんでそんなことするのかなあ、このおじさんは家族いないのかなあと思っていたら妻帯者だったので「えー」と思ったけどおかしな関係になる前におじさんが転勤になってまあほっとした。

「うつくすま ふぐすま」の主人公の考えていることはそれこそ宇宙人並みに自分と違って、へええええ、そういう考え方のひともいるのか、と思った。っていうかそこまで相手の男性を馬鹿にしててなんで付き合えるのかなあ? 絲山さんが賢くて甲斐性があって男前(この表現もジェンダー的にどうかと思うがニュアンス的にこれがぴったりなのであえて使う)過ぎるんだろうなあ。

いまはラジオを聴く習慣が生活の環境的に無いんだけど、どっちかっていうとテレビよりラジオが好きな人間なので、ラジオの話は好きだ。でもラジオの話って云うとふつうは「ひととひととの厚いあったかい交流」がテーマになることが多いと思うしそういう濃厚さが深夜ラジオなんかにはあると思うんだけど、これはFMということもあるのか、いやいや絲山さんの性格が大きいと思うんだけど、まー見事にそこを否定してくるんだもんなあ。

でもなんだか一時の絲山さんの作品にあった不健康な感じが減って、健康的な(?)清々しさがあって、よかったと思う。

メグル

メグル
メグル
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東京創元社 (2013-08-29)
売り上げランキング: 1,511
kindle版
■乾ルカ
6/21の日替わりセールで購入してあった本、ようやく読む。
読みはじめたらあっというまだった。予想していたより内容が良くて、面白かった。

最初、登場人物の女性の容姿についての描写が不要と思われるほどあって、そういうのはライトノベルにはよくあることだから、これも想定どおりそっち系のジャンルなのかな、と思いながら読んでいたのだが、途中でその容姿描写にきちんと意味があったことに気付いた。
タイトルがカタカナだし、作者名もカタカナだから先入観があったともいえる。
検索してみたら、著者は1970年生まれだった。

この作品の舞台が北海道で、北海道大学の学生を中心にしていたからあるいは、と思っていたらやはり著者は札幌市出身だった。
連作短篇集。
怖くないタイプのホラー要素のある小説であり、ストーリー上に謎(殺人とかではない)があってそれが解けるタイプの小説だからミステリーとも読める。

北大の学生部でアルバイトの斡旋をする奨学係の女性は年齢25歳くらい、長い黒髪と地味な服装で、表情をほとんど変えない。
しかし彼女に指定されていくアルバイトをきちんと終えると学生の側にいろんな変化が――。

最初の話「ヒカレル」が一番絵的にホラーっぽかったかなあ。
主人公の幼さ、身勝手さに内心腹を立てながら読んだ「モドル」。
内容的にいろんな意味で怖くて気持ち悪くて後味が悪かったのは「アタエル」。
前半の3つがあまり好きな話ではなかったのでうーんと思っていたのだが4つめの「タベル」が良かった。
最終話「メグル」はまあ、わかっていることを最後だからまとめに書いたみたいな「置きに行った」話で、ハートウォーミングにしたかったということはわかる。

どうして悠木さんが「その人に最適なアルバイト」がわかるのか? が最後まで読んでもよくわからなかったんだけど、つまりネタバレにつき白文字彼女が昔したアルバイトで受けた傷やなんかの副産物――ってことなんだろうなあ。

どうでもいいけれどこのタイトルと著者名を一緒に見るとどうしても某ボーカロイドを連想してしまうのだった。

VOCALOID2 キャラクターボーカルシリーズ03 巡音ルカ MEGURINE LUKA
クリプトン・フューチャー・メディア (2009-01-30)
売り上げランキング: 4,018

2017/07/26

怪獣記

怪獣記 (講談社文庫)
怪獣記 (講談社文庫)
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講談社 (2016-05-13)
売り上げランキング: 3,361
kindle版
■高野秀行
本書は2007年7月講談社から書き下ろし単行本として刊行、2010年8月文庫化の電子書籍版。
電子書籍版では解説は割愛されている。見たら、宮田珠己だそうで、うーん、読みたかったなあ。

今回はトルコ「ジャナワール」探しの探検の旅。
「ジャナワール」は未知動物もしくはUMA(Unidentified Mysterious Animal:未確認不思議動物)といわれるもののひとつだそうである。
そういう方面に関心がないので初めて知ったが、UMAファンの間では有名で、「メジャー」だそうだ。

吉村昭や佐多稲子など比較的硬めの作風を続けて読んだ後に久しぶりに高野本を読んだらのっけから高野さんが同好の士とUMAの話題でアツく電話でしゃべっていたりして、なんだか暑いさなかに冷えた生ビールをぎゅぎゅっと呑んだような、脳内がぱっかーん♪ と音を立てて開くような、そんな感覚がした。
ちなみにわたしは後述の森清氏と同様、UMAを信じていないほうである。
UMAの本だから読んでいるわけではなくて、「高野秀行が書いた本」だから読んでいるのである。

最初は乗り気ではなかった高野さんだったが、なんだかんだで現地に飛び、調査・聞き込みをするのはいつものことだが、なんと今回は終盤になってちょっとびっくりするような事件(?)が待っていた。
特にそのときの著者の心の動き、旅の終わりにかけての周囲の反応・展開も興味深かった。
実際は、そんなふうなんだ、と非常にリアル。
それが何かは、読んでのお楽しみ。

旅のお供はお馴染み講談社のカメラマン、森清さん。
そして慶応大学文学部大学院生(当時)の末澤寧史さん。
現地ガイドはエンギンさんと、コンビで車の持ち主兼ドライバーのイヒサンさん。
この5人の珍道中(?)はなかなかウマが合っていて、気持ちの良いひとばかりで、面白かった。
高野作品の中でも現地ガイドでこれだけ良い感じなの、珍しいような?

目次
第1章:驚きのUMA先進国トルコ
第2章:ジャナ、未知の未知動物に昇格
第3章:天国の朝
第4章:謎の生物を追え!
エピローグ
あとがき/文庫のためのあとがき

2017/07/24

女の宿

女の宿 (講談社文芸文庫)
女の宿 (講談社文芸文庫)
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佐多 稲子
講談社
売り上げランキング: 568,340
kindle版
■佐多稲子
1963年1月講談社刊、女流文学賞受賞、1990年7月講談社文芸文庫刊の電子書籍版。

未知の著者だったが、以前の講談社セールのときに冒頭数行読んでみて面白そうだったので購入してあったもの。
先日読んだ吉村昭私の好きな悪い癖「心に残る人々」の「青山斎場」に佐多稲子の葬儀に夫婦でに参列したという話、生前の関わりの話が出てきて、はあ、ここで繋がっていたのかと思った。たまにこういうことある。
佐多稲子。
1904年(明治37年)6月1日―1998年(平成10年)10月12日。

女の宿』は短篇集で、たまに左翼関係で「未決に入っていた」とかいう登場人物が出てくるからさてはと思っていたらウィキペディアに【1932年には非合法であった日本共産党に入党している】とあった。

最初の話が関西弁だったので関西の方なのかと思っていたら他は関西弁では無く、長崎生まれで小学校に入ったくらいで一家で上京している。

人生の中の幸福面よりはどちらかというと苦労話、暗い面を書いた話が多く、しかし何かそれだけに終わらない「力強さ」みたいなものもあって、また現代の話ではなく少し昔の、1950~1960年代=昭和30年代の日本が舞台なので、その時代への興味もあわさって、面白くて続けて次、次と読むが質量もそれなりに伴っているのでいくつか読んだらあえて少し頁を伏せるなどして気持ちを調整した。

以下に目次と、発表年月(この本ではそれぞれの最後に掲載されていて良かった)、簡単な覚え的メモを記す。

目次】+(発表年月)+好きな話に印 +ざっくり内容メモ。

内容に触れています。未読の方で白紙で読まれたい方は以下スルー推奨。

一部[  ]内は重要ネタバレにつき、白文字にしました。未読の方が先に知ると台無しです。

女の宿(1962.10)
大阪に用事で来て知人の家に泊めてもらった、その隣家の女主人(元舞子)の話。自分がされていたことを自分の家の女中にもするその負の連鎖が悲しい。
かげ(1962.10)
小さな料亭で働いている良枝が縁談を断った理由は。[弟のこと]、それだけだと言い切ってしまうと何か違うような気もする。「女」が美しくなっていくところもはっとさせられた。最後のシーンは幸せになれる前兆かな。
(1962.5)
[母を亡くして]泣き続ける娘(幾代・まだ二十歳にもならない)の話。業突張りの旅館の主人夫婦に怒りがこみ上げる。若い世間知らずの娘はこんなもんだなあという気持ちと。ああ、もう、歯がゆい、可哀想!
秋のうた(1961.10)
二十五年ぶりに知人の妹がアメリカから帰ってきた、その夫婦の顛末。何故これで別れないんだろうな。これは現代のそのへんにも転がっていそうな話でもある。
海の旅情(1961.7)
長崎県五島列島に「私」が訪れる話。紀行エッセイ的な話。田舎の女性の身の振り方はこの時代だからさぞ窮屈であったろう。「美人」が4人出てくるけど最後のひとはどこか儚くて幻のようだ。
狭い庭(1956.6)
庭の苗木を売りに来るちょっと変わった植木屋との話。こういうさびしいような、悲しいような微妙な気持ち、わかる……。「誇り」と書いてあって、そういうことなんだろうか、とちょっと立ち止まるおもい。
壺坂(1960.1)
女4人連れで小旅行として壺坂寺に泊まり(奈良観光をするはじまりの)話。「伝手がないと泊めてくれない」とあるが、いつまであったのか、いまもあるのかなあ。紀行文ぽい。
泥人形(1960.11)
少し足りない娘・敏子が家族に都合の良いようにつかわれる一生。実母・実兄・姪それぞれが手前勝手で腹立たしくも悲しい話。
色のない画(1961.3)
知人の遺作の絵画を鴬谷の博物館(東京国立博物館か)に見に行く話。随筆っぽい。ひとの名前をYさん、Iさん、Kさんとローマ字表記にしてあるのがなんだか浮いて読みにくい。モデル実話なのかな。
人形と笛(1955.8)
人形や人面などが苦手な「私」がこけし人形を見に東北の温泉場としても名が通っているN(鳴子か?)に行って、実際に作っているさまを見て思いがけず惹かれる話。紀行文のように読める。
祝辞(1956.9)
友人の息子の結婚式である男がスピーチをして、それは予定外の話だったが、思いもよらず受けた、という話。共産党運動が非合法だった時代の話。奥さんが水着を買うお金が無いから小麦粉の袋を藍で染めて急ごしらえの水着とするエピソードがすごい。
ある夜の客(1958.10)
嫌な客が嫌な話をして最後に当てつけのようなセリフを云う嫌な話。植民地の日本人技師長のみっともなさは最低でやめてくれえという感じだが、最後の台詞、これどういうこと?本当に[一緒にいたの]?
幸福(1963.1)
38歳、既婚、三人の子持ちの男の来し方。今の感覚ではかなり異様な。とりあえずこの主人公、わたしは嫌いだ。これで「幸福」だと思っている主人公、母より祖母や伯母を信じている主人公がことさら「頼りなさ」を強調して描かれているのはつまり、著者の真意は那辺にあるか。
著者から読者へ 共有を求めて(1990.5)
講談社文芸文庫化に際しての一文

2017/07/22

こいしいたべもの

こいしいたべもの (文春文庫)
森下 典子
文藝春秋 (2017-07-06)
売り上げランキング: 6,161
■森下典子
いとしいたべもの』の続きにあたる。
初出は、(株)カジワラのHP「おいしさ さ・え・ら(株)EPARKのHP「tomoni、アサヒフードアンドヘルスケア(株)の「彩々生活」、一般財団法人 首都高速道路協会の「首都高」で、大幅加筆修正したもの。文庫オリジナル。

やっぱりこのひとの絵は良いなあ。
一瞬写真?と見紛うくらい上手で、じっと見つめるとやっぱり絵だとわかる、そのタッチに味わいがあって、あたたかくてやわらかくて、美味しそう。

前作で書かれていたかは覚えていないが、今回は中学受験したことなどが何度か出てきた。弟さんがおられる(著者が大学生の時に中学生とある)。
気楽な読み物、という意識で読んでいるとたまにひとのこころの深い所にグサッと入り込んでくる文章があったりするから油断ならない。カレールウを混ぜて食べる父親に対して反抗期のときに感じた思い、大人になってからの思いなど、かなり「わかる…」と思いつつ苦しいような悲しいような気持ちが込み上げた。うちの家族にカレーライスをこのように混ぜて食べる者はいないし、あんまり反抗期にすら父に対して反抗的な気持ちになったことはないんだけれど。

お茶の先生に、お茶のお菓子は季節感を感じるものを選ばなきゃというふうなことを諭される回、著者は和菓子の店を覗かずにはいられないとあり、わたしもこうありたいと前々から思っているが全然実行できていないので「あー」と首を垂れる。

毎日お弁当を作ってくれる母親はありがたいが、時にはジャンクなものを食べたい(「コロッケパンは自由の味」)、というのも「わかるわー」。

「シュウちゃんの芋きん」のシュウちゃん、いいなあ、何故著者の家にちょくちょく顔を出していたのか、気になる。こういうつきあいっていまはどんどん薄れて行っているような。ほんとに辞めちゃったのかなあ。

「ちびくろサンボのホットケーキ」もすごく共感。やっぱりホットケーキって特別なおやつだった。幼い頃、母がそれをフライパンで焼いているのに気付くとたちまちテンションが上がった。虎がぐるぐるまわってとけてバターになって、それでホットケーキを焼いたという、そのシーンは垂涎の思いで絵本を見つめていたし、もう一生忘れっこない。少し大きくなって自分で焼けるようになると、牛乳の量や混ぜ方で仕上がりが全然違ってくるので、毎回いろいろ工夫して、結局セオリー通りが一番美味しいのだ、ということで落ち着いている。

【目次】
はじめに
読書のおとも/ 「かっくまら」の鳩サブレー/ 一筋の梅の香り/ 桃饅頭と中国の恋の物語/ 日常の手触り/ 潮干狩りでアースする/ 四月、桜の木の下で/ 九歳の夏、岩手へ行く/ 小さなものにこそ、心を篭める/ 父と焼きビーフン/カレーライス、混ぜる派? 混ぜない派?/コロッケパンは自由の味/停電の夜の缶詰/身も心もほどけるクリーム白玉あんみつ/夜明けのペヤング/駅弁の沢村貞子/シュウちゃんの芋きん/前世と熟柿とブランデー/横川駅の峠の釜めし/ワッフルとスカーレット/中学受験、合格発表の日/ちびくろサンボのホットケーキ
おわりに

ちびくろ・さんぼ
ちびくろ・さんぼ
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ヘレン・バンナーマン
瑞雲舎
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2017/07/21

私の好きな悪い癖

私の好きな悪い癖
私の好きな悪い癖
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吉村 昭
講談社
売り上げランキング: 638,750
kindle版
■吉村昭
初出はいろいろだがだいたい平成10年前後に掲載されたもの。
著者が掲載誌を切り取って袋に溜めておいた中から選んで編集者が並べ替えたものだと「あとがき」にある。
単行本は2000年(平成12年)10月刊、2003年11月文庫化の電子書籍版。

本文には発表年などの記載はいっさいない。
これが曲者だった。
「食品売場」という一文を読んで「なんたる時代錯誤、こんなものをよく公に発表出来るな」と思っていたら最後の初出一覧を何気なく眺めていてびっくり、なんとこれだけ昭和55年の掲載なのだ。じゃあ、まあ、しょうがないかなあ。内容も、本人がそういう思考だったのはそこから更に15年ばかり前(つまり昭和39年頃)で、55年の時点で本人は既にそう思っていないとあるし、編集者の気持ちは「尊敬する作家が…」というふうに解釈できるし。どういう文章かは、下手に一部分だけ引用してそこだけ強調されるのも本意ではないので、引かない。
しかしこういう年代バラバラの随筆集は、一文ごとに掲載年月を記してあったほうが良いんじゃないかなあ。

氏の作品は10年前に1作読んだことがあるだけだが、硬派な、史実の資料をきっちり踏まえて書くタイプの作家さんだと認識している。
随筆は、予想よりもやわらかい文章で、柔和で生真面目なお人柄が想像される、予想以上に興味深く面白いものだった。
氏の幼いころのこと、家族のこと、少年~青年期に結核を患って九死に一生を得るような、十代は病がちの日々だったこと。
近所の自転車屋さんにペニシリンの注射を打ってもらってそれを医者に云わないとか、仰天するようなことがさらりと書いてあるがその医者が誤診しておりその注射が無ければおそらく駄目だったというようなことが書いてあってさらに驚かされる。

締切をきっちり守る、早めに渡すのは作家には珍しいようだ。
「卯年生まれ」の性質は、家族にいなかったこともあり、初めて聞いた。わたしは「寅」なので一学年下がそうなのだが……、そうかなあ? しかしこの本に書いてあることだけで判断するなら、吉村昭先生は女性を褒めるのがうまい。それも昭和2年生まれの男性が、奥さんや奥さんの妹さんにそれを頻繁にされるというのだから、かなり凄いことだと思う。

吉村昭の奥さんといえばこれも作家の津村節子だ。
津村節子の本は恥ずかしながら1冊も読んだことがないのだが、この随筆を読んで、妻側の視点も読んでみたいような気がした。

イメージどおりだったのは史料・資料を図書館などで文献をあたるというところだったが、それだけではなく、実際にその土地を何度か訪れ、そこに住む人や図書館の長に話を聞いたりする。その思考&行動過程を裏話のように書いてくれてあり、大変面白く読んだ。

最後の「尾崎放哉と小豆島」は講演を活字に起こしたもので、放哉の句は好きで句集もある時期愛読したことがあり本書で挙げられている句は覚えがあるものばかりだったが、人柄などは知らなかった。本書を読んで、氏が小豆島でいろいろ話を聞き、放哉の人物評結論として書いてあった部分を読んで思わず笑ってしまった。

目次
下町日暮里商家の生まれ
私の写真館/私の中学時代/師走の小旅行/二村定一と丸山定夫/楽屋と鶏卵/ぼんぼり/誤診と私/白い封筒
私の小説作法
早くてすみませんが……/短篇小説の筆をとるまで/戦戦兢兢/入学祝い/資料の整理と保管
にが笑いの記憶
卯年生まれ/結婚披露宴/初心/隠居というもの/食品売場/養豚業
史実を究める
『関東大震災』の証言者たち/歴史を見た男を訪ねて/対向車/トンネルの話/外洋に未知の世界が/一人の漂流民のこと/一三歳船乗りの数奇な運命/文化の城──図書館
旅と一献
百円硬貨の町/長崎と私/悪い癖/「銀座復興」の思い出/充実した旅/酒というもの/大阪は煙の都/大阪の夜
心に残る人々
青山斎場/大きな掌/凜とした世界/『日本医家伝』と岩本さん
講演:尾崎放哉と小豆島
あとがき/初出一覧

2017/07/19

祝! 佐藤正午直木賞受賞!

第157回芥川・直木賞

芥川賞に沼田真佑「影裏(えいり)」(文学界5月号)
直木賞に佐藤正午「月の満ち欠け」(岩波書店)

佐藤正午の小説は1998年の『Y』で知り、2000年の『ジャンプ』以来読んでいないがエッセイは近年も読んで、好きである。
まだ取ってなかったのか……もっと前に取れたのでは、というのが最初に浮かんだ感想。

ともかく、おめでとうございます。


月の満ち欠け
月の満ち欠け
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佐藤 正午
岩波書店
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アゴの竹輪とドイツビール ニッポンぶらり旅

アゴの竹輪とドイツビール ニッポンぶらり旅 (集英社文庫)
集英社 (2015-11-06)
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kindle版
■太田和彦
いい酒、いい人、いい肴を求めて、ぶらりひとり旅。
日本ぶらり旅シリーズ第2弾。

初出は「サンデー毎日」2011年5月8日‐15日合併号~2012年2月12日号。
2013年3月毎日新聞社より刊行された『太田和彦のニッポンぶらり旅2 故郷の川と城と入道雲』を改題した集英社文庫(2015年7月刊)の電子書籍版。解説は割愛されている。

冒頭「横浜」は2011年3月、とある。
東日本大震災が起こった年のその月だ。
桜木町に桜を植える、とても心に沁みるエピソードから本書ははじまる。

この章で書かれているだけではなく、本書はずっとそのことに太田さんが大きな衝撃を受け、落ち込み、少しずつ力を取り戻していくその過程になっている。
こういうときだからなのだろうと思うが、本書は古都を訪ねたり、太田さんの子ども時代を過ごした故郷を訪ねて旧交をあたためたり、「原点」「ルーツ」にせまる内容にもなっていて、非常に興味深かった。

わたしは日本酒は飲めないが、太田さんが訪れる居酒屋さんの料理はどれもすんごく美味しそうで、いいなあ、行ってみたいなあという気持ちになる。しかし太田さんのようには行くまい。なんせ居酒屋探訪の通、先生だもの。お店のひととも古い付き合いだということもしばしば(9年ぶりに訪れて覚えているお店のひとも凄いし覚えられている太田さんも凄い)。
居酒屋だけではなくて朝食・昼食に寄ったお店についても時々登場してこれもなんだか粋なカッコいい感じ。

このシリーズ第1弾『宇和島の鯛めしは生卵入りだった』を読んだときは観たことが無かったのだが、その後、うちの周辺では京都テレビで金曜日19時からテレビ版「ぶらり旅」が放送されているとわかったので、都合がつくとチャンネルを合わせて楽しんでいる。プロ野球で放送がないことも多いのだが。
テレビの方は、「食」「呑み」に重点を置いていて、観光案内的な部分がやや少ないが、本だとその部分も結構しっかり書かれている。
テレビはかなり面白いが、エッセイもまた独特の味があり(小説家はこういう構成の文章は書かないよな、というのが時々ある)、読みでがある。

目次
横浜 桜木町に桜を植える/外人墓地の連理の桜/朝のクラブハウスサンド/港に下ろした最後の錨/横浜(ハマ)の清貧の居酒屋
奈良 古都の晩春、温かな酒/大仏様と白寿の媼/阿修羅、憂鬱の眼差し/大和の空の弓張月
鳥取 因幡の白兎とトビウオ/鳥取で故郷をおもう/静かな町、静かな夜/アゴの竹輪とドイツビール
松本 故郷の川と城と入道雲/石畳を踏んで蔵造りのバーへ/朝の光を浴びて/ナワテ横丁の七夕人形/古い宣伝うちわの値段/体育館に新世界交響曲ひびき/校庭に上がった花火
函館 北海道の秋空たかく/市電に乗って古い町へ/市場からタラコを送る/食堂の朝ごはんがうまい/真昼のバロックコンサート
小田原 彼岸花と謡曲「北条」/文学者の小田原事件/二宮金次郎とかまぼこ
鎌倉 江ノ電で大仏様に会いに/酒泉童子のお賽銭/絹代、清方、アルレッティ
木曾 名物は、栗のこわめし/馬籠宿から恵那山を見る/山の宿の木曾踊り/父のつくった校歌/これわが国のワイマアル/村を二分した越県合併/恩讐をこえて
あとがき/本書に登場する店や場所

2017/07/18

本屋さんに憩う 第20回

某月某日
ショッピングモールの中の書店。

気になったけど買わなかったもの。

吾輩は猫である〈上〉 (集英社文庫)吾輩は猫である〈上〉
(集英社文庫)
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夏目 漱石
集英社
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吾輩は猫である〈下〉 (集英社文庫)吾輩は猫である〈下〉
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夏目 漱石
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『猫』がこんなにポップに可愛くなっている!

干したから… (ふしぎびっくり写真えほん)
森枝 卓士
フレーベル館
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こちらは夏休みの課題図書の一冊。面白そう。でもこれで感想文書くの難しそう?

すばこ
すばこ
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キム・ファン
ほるぷ出版
売り上げランキング: 601
これも課題図書。いいなあこの感じ。


購入は地元の小さな書店で先日。

森下典子『こいしいたべもの』文春文庫/2017.7.6

こいしいたべもの (文春文庫)
森下 典子
文藝春秋 (2017-07-06)
売り上げランキング: 5,636
いとしいたべもの』の続篇。カラーイラストがすごくきれい。

2017/07/16

もう生まれたくない

もう生まれたくない
もう生まれたくない
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長嶋 有
講談社
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■長嶋有
休日の朝から読みはじめて家事・食事・午睡をしつつ夜のはじめ頃読了。

読みはじめから複数の登場人物・場面・それぞれのモノローグが交錯し、いずれも「ややこしさへの前兆」「いま現在ややこしい」を含んでいて、なんだか気分が重たくなる雰囲気、いつまで経っても物語に「すーっと溶け込む」感が湧かない、読みにくい話だなあ、なんだろうこの感じは……と思いつつも読み続けさせるナニカがあってそれが「長嶋有」の力なんだろうとか考えつつ。

彼ら彼女らは平凡な日々を送っているのだけれど、どこか屈折していたり小さな問題を抱えていたり。
有名人の「死」、それをネットやテレビで知って、情報が拡散していく、それぞれの受け止め方、思考の広がり方の差異。
「死」は現実世界でかつて本当に起こった有名人の死、だから読みながらその記憶を頭のなかから引っ張り出してくる、その頃のマスコミの報道なども引き連れて。
「いま」を書く長嶋有だけれども、これらの「死」は「少し前」のことで、「あれ? なんかちょっと古い所から出して来たな」何故だろう、とも考えつつ読んでいく。

現実に起こったノンフィクションの「死」と、小説世界のフィクションの「死」が全部同じラインで書かれている。「生きて」いる人々も離婚したり、別れたりくっついたり、自分でも説明のつかない盗癖があったり、教え子に次々に手を出す教師がいたり、ややこしい。読んでいる間、眉間に皺が寄りっぱなしだ。正直読んでいて幸福感は生まれない。
身も蓋も無いが「面倒くさい」というのがしっくりくる。面倒な状況、が多い。生きていくのは得てしてそんなもんだということか。

しかし終盤である人物が事故って危うく死にかける。
ものすごく、怖い。
他人事の「死」がたくさん積み重なっていったところで起こる「死ぬかもしれない恐怖」、それを越えて登場人物の「幼い我が子を死なせてしまうかもしれない恐怖」がなだれ込んできて、本当に怖い。
その後の、この人物の生き方に与える影響は、ものすごく説得力があった。
「生きている」ややこしさもあるけれど、「死」で喪うものへの恐怖はやっぱり、どうしたって「取り返しがつかない」怖さ。

この話には「フキンシンちゃん」こと蕗山フキ子嬢が女子大生で登場するが、彼女がごく普通に平凡な日常生活のバイト学生として描かれていてふーんと思って読んでいたら最後のほうでいきなりそこだけ別世界のエンタメ小説みたいな説明文が出てきて、つまりこれは、なんでしょう。「ノンフィクションの中にフキ子ちゃん」のような気持ちで読んでしまう、でもこの小説全体はいうまでもなく「フィクション」で、だけどあちこちに挿入される「有名人の死」は「ノンフィクション」なのである。
フィクションとノンフィクションの境目が揺らぐ、「死」はそう誰にでも起こるとみんな知っているけれどいつ起こるかはわからない、というようなことが本文のどこだかに書いてあったけれども、「死」と「生」の境目がどこにあるかはわからない。
その死が「予期できない」ものであればあるほど、周囲に与える衝撃・影響は大きくなる。

登場人物のそれぞれ結構変な癖みたいな個性があって、群像劇みたいな書かれ方で、特に誰にも同化・深く共感することは無くて、どちらかというと逆の感じで、だからこそ話の展開をわりと冷静に追えたように思う。「全体まとめて、何が描かれるのか」思えば『三の隣は五号室』もそういうタイプの小説だった。そういう方向でいくのかなあ。

読みはじめる前、「なんだか暗そうなタイトルだな」と思ったけれど、内容を読み終わって本を閉じて、あらためてそのタイトルを見るとなんだかもう本当に震撼としたというか、「おおう、……そう来る?」と思ってしまった。

こういうテーマの小説は、やっぱり重たい。