2015/12/30

haru-mi 2016年1月号 & ごちそうさまが、ききたくて。


ごちそうさまが、ききたくて。―家族の好きないつものごはん140選
栗原 はるみ
文化出版局
売り上げランキング: 2,289

■栗原はるみ
先日評論『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』を読んで、栗原さんの本に興味を持ったので、まず会社帰りに雑誌コーナーで「haru-mi」の最新号(2016年1月号)を買ってざっくりと目を通し、やはり「原点が知りたい」と思った。
で、今日『ごちそうさまが、ききたくて。』を購入してこれもざーっと目を通した。
感心したのは、1992年に出版された本なのにいまだに版を重ね、町のごく小さな書店にもきちんと置かれている。今日たまたま1軒はダイエーの中の書店、もう1軒は駅前の一目で店内が全部見渡せる程度の書店に行ったが両方の料理本コーナーに本書はあった。栗原はるみ、人気あるんだなあ。うちの母は小林カツ代のほうが好きらしいが…。
「haru-mi」に目を通して「こっ、これは……“料理研究家じゃなくて主婦です”っていうよりは“実業家兼料理研究家”じゃないか!」とびっくりした。栗原さんについて知りたくて、ネットで検索したらいろいろ出てきたけど、うーんまあそのへんの実情はそのまま鵜呑みにするのもあれだしなあという感じ。

『ごちそうさまが、』のお家のインテリアはいかにも1990年代だなあという感じで、2015年のいま見ると少々野暮ったい。でも「haru-mi」に出てくるお家も食器も家具もなにもかもがオシャレで素敵だったので、当時はこれでセンスが良かったんだろうなあ、時代だなあ。はるみさんの髪型とかもあるんだろうけど、年齢を重ねられたいまのほうが垢抜けて見える…。

「haru-mi」のほうはクリスマスとお正月のおせちの関係か、ハレの日の料理が多いからか、手の込んだ細やかなレシピが多くておいそれとは真似できない感じがしたけど、『ごちそうさま』のほうはケの日の日常料理ばかりで割とすぐにヒントにしたり真似できそうなレシピが多いかも。
料理やレシピの雑誌&本だけど、レシピじゃないミニ・エッセイというほどでもないコメント文?みたいなのがちょこちょこ載っているのでそれを読んでいくと読物としても十分おもしろい。

まだ両方ざっくり見ただけなので、実際に作ってみたりして、活用していきたいです。でもこういう本って眺めているだけで愉しいな~。

2015/12/29

古谷田奈月を読む スポークンワードVol.4

古谷田奈月を読む: スポークンワードVol.4
(2015-12-23)
売り上げランキング: 15,057
kindle版
■柴崎友香&長嶋有&米光一成&豊崎由美
イラスト:ウラモトユウコ
第4号が出ていました。
まだちゃんと読んでいませんが、今回はなんと会場に著者ご本人が……!

古谷田奈月さんの著作はkindle化されていない模様。
チアリーディング部の熱烈な賛辞を受けてすぐ探してもないのは少しがっかり。

今回柴崎さんの写真(kindle版ではモノクロだけど)もスライドに使用されたために掲載されています。ご本人の小説のイメージと同じだなあ。

2015/12/24

ボーイミーツガールの極端なもの

ボーイミーツガールの極端なもの
山崎ナオコーラ
イースト・プレス (2015-04-17)
売り上げランキング: 96,036
■山崎ナオコーラ
2015年4月単行本刊。
フリーペーパー「honto+」(2013.7-2015.2)連載分と書き下ろし2篇を含めた10篇から成る。
秋頃に「サボテンの写真が話ごとに載っている」と知ってサボテン目的で購入し、長らく積んであった本ようやく読んだ(単行本なので通勤に持って行きにくいので遅くなった)。

この本に紹介されているサボテンはみんな変わっている。種そのものも珍しいと思うんだけどその突然変異的なものが実に多い。「生長点異常」でスパイラルに生長したのとか、接ぎ木したのとか。だから「これと同じのが欲しい」と思っても難しいんだろうなあ。まぁ植物なんで、みんな大なり小なり個体差があるのは当たり前なんだけどそれにしても。
うちにもサボテンが2つ、多肉植物は1種類3株(増えた)あるが、そのへんの花屋やイオンで買ったごくオーソドックスなものばかりだ。
人気多肉植物店・叢Qusamuraの店主・小田康平が植物監修を務める。】とあり、ググると広島のお店だとわかる。面白いお店だ。ちょっと高価そうだけど。希少価値があるしこれだけおしゃれにしてあったらそうなるかなあという感じ。文中では「小さい森」という広島の店になっていた。
サボテンの写真は全部カラーで、特別な紙に印刷されていて、サボテンについての説明文も付いている。
正直、お話とサボテンのつながりはわりと無理やりというか、プレゼントしたりされたりとかで、「関連付けありき」で書かれている感は否めない。

サボテンが変わっている、それを絡めたお話ということで、お話もみんな変わった設定ばかりだった。「ボーイ・ミーツ・ガール」じゃないほうが多いし…まあ「極端なもの」って書いてあるもんなあ、そのとおりだったなあ。
でもみんな面白くて、時々「えーっ、そうくる」「えーっ、んな漫画みたいな展開」と驚いたりしながら読んだ。
短篇集風だけど、各話がつながっている連作短編集なので順番に読んだほうがいい。一~三、四~六、七~九が明確な連作で、最後のエピローグで全篇が繋がる、アイテムは勿論サボテンで。

以下、各話感想、ネタバレしてますじゃんじゃんバリバリに。
なので未読の方は華麗にスルーなさってください。


目次
第一話 処女のおばあさん
タイトルからセンセーショナルだが、内容は別に大人しい。いくつになったって、ときめいたり恋に憧れたり出来るのはすごく羨ましい、素晴らしいことだ。

第二話 野球選手の妻になりたい
第一話のおばあさんの姪っ子の話。
小学校3年生のときの「結婚観」を高校3年生になっても変わらずに持っている主人公は凄いなと思った。小学校、中学校、高校で恋愛についての考え方ってもっと変わっていくと思うんだけど…。大学進学前に気付けて良かったね。

第三話 誰にでもかんむりがある
タイトルと中身が結びつきにくかったがこの話が読んでいて一番展開(の内容と速さ)に驚いた。んなあほなー。でもドラマチック! 紫はともかく、自分にドンピシャのブランドを見つけられるって素敵よねとは思った。大人ならではの恋って感じだなあ。夢っぽいけど…。

第四話 恋人は松田聖子
引きこもりの青年の話。そのわりに健全な内容だった。松田聖子について(彼女が他のアイドルとはどういう点が違って素晴らしいかなど)熱く語っていて興味深く読んだ。松田聖子についてこんなふうな視点で語られているのが面白かった。

第五話 「さようなら」を言ったことがない
第四話の青年の弟の話。兄視点では弟はルックス良し、頭良し、スポーツも出来ておまけに親兄弟思いという非の打ちどころのないやさしい青年だったが…こんな厄介な性格しとったんかい、という話。この話も最終部の展開にギョッとさせられたなあ。えええええって感じ。いろんな意味で酷い…どうにかならんもんなの? このひとはこのまんまなの? っていうか最初に「自分には既に彼女が複数いるが、それでもかまわないのか」くらいは確認しろよ! 大学生にもなって「嬉しいありがとう」じゃねーよ、バカ! 話としては面白く読んだがこの話しの主人公には腹が立ったわ。

第六話 山と薔薇の日々
第四話と第五話の兄弟の母親(と少し父親)の話。
この母親も読んでいて腹が立ったのだが、このひとについてはこの話の中で自分で悟る展開があったのでほっとした。
まあでもしかし、家族の問題って難しいよなあ実際はなあ…感情とか、すぱっと割り切れるもんじゃなし。お話として読んでいるのとは違うよなあ。
それにしてもまさか天国の展開まで出てくるとは! 凄い! 予想外すぎて笑っちゃった。よくこんな展開を書くなあ。

第七話 付き添いがいないとテレビに出られないアイドル
彼女は引きこもりというのとは違うけど、あんまりオモテに出て自分の意見を言ったりするのが苦手、でもルックスは素晴らしく可愛らしく、仲良しの従姉(このひとの設定がけっこう劇的人生だけどそれはわりとあっさり描かれる)が黒子として発言などをサポートするユーチューブに動画をUPしたらあっというまに話題になり→ゴールデンタイムのテレビ番組出演→人気に火が付く、という経過をたどる。ネット全盛の今ならではだ。
最後の展開は女同士ではありがちだけどこれだけお世話になってても恋愛が勝つの?と思ってしまった。

第八話 ガールミーツガール
と、思ったらどんでん返しが。あーそうくるかー。でもちゃんとわかってるのかなあと危ぶまないでもない。ずっと頼りにしてきたお姉ちゃんだから…っていうのがまったくないとは言えないような、どうなんだろう。まあそんなの本人たちに云わせれば「大きなお世話よ」ってレベルだろうしな。
男の子が粘着せず予想外にきっぱりさっぱりと別れたのであれっと思い、そのあとひとりで泣くシーンにグッときた。気の毒に…ちゃんと好きだったんだね、業界人だから軽い気持ちだろうと誤解しててごめんよ。

第九話 絶対的な恋なんてない
第八話がそうならば、第九話はこうくるよなあ。でもあえて「プラトニックラブ」というのが男のロマン、なんであろうか。男性のほうがロマンチストだという意見もありますわね。

エピローグ
各話に出てきたサボテンを扱う広島の店「小さな森」店主が主人公。多肉植物ブームがきてむしろ心配になるとか、そういうものかなあと。お客さんでやってきた女性3人連れ、鳥子は名前を明記してあるのに他二人を「中年の女性」「若い女性」としてあるのはなんでかなあ。まあ普通に第二話と第三話の主人公だけど、その第二話の彼女の口からまさかのあのひとの名前が出てきてびっくり。えーっ(大丈夫なの…)!?

2015/12/20

2015年に読んだ本ベストテン 発表

http://asunarobooks.blogspot.jp/

2015年に読んだ本ベストテンの記事を公開いたしました。

このページの上のところにある「年間ベストテン」から該当ページでご覧下さいm(_ _)m

↑この猫かぶりムスメのイラストクリックでもリンク貼ってあります。

2015/12/19

冠・婚・葬・祭

冠・婚・葬・祭 (ちくま文庫)
筑摩書房 (2013-08-02)
売り上げランキング: 9,136
kindle版
■中島京子
本書は、2007年9月筑摩書房から上梓され2010年9月ちくま文庫になったものの電子書籍版である(解説は省かれている)。
「冠婚葬祭」をテーマにした短篇集。
作品どうしの登場人物のつながりなどもあるので、連作っぽくもあり、最初から順番に読むことをおすすめしたい。

初・中島京子。田山花袋『蒲団』をベースにした2003年のデビュー作『FUTON』から気にはなっていた作家さんで(面白い試みだとは思ったが『蒲団』自体が若いときに読んでそんなに好きな小説じゃないからあんまり気が乗らなかった)、2010年『小さいおうち』で直木賞受賞されたときもどんな内容かはチェックしてテーマ的に今読みたいかどうか…ととりあえず見送っていた。今回kindle版「月替わりセール」で大変お安くなっていたので「良い機会だ!」と購入。キンドルってこういうのがあるからどうしようか迷っている人間には絶好の後押しになるよなあ。有難い。

で、実際読んでみて、予想していたよりもずっと読みやすくて馴染みやすい作風だったことを知った。もうちょっとクセのある方かと思っていたのだ(まだひとつしか読んでいないので即断は禁物だが)。
面白かった~。
強い感動とかまではいかないけど安定した良品という感じ。

「冠婚葬祭」と聞いて、「結婚とお葬式と…あと何だっけ?」と行き詰ってしまった恥ずかしいわたしである。
kindle内臓の電子書籍(大辞泉)によれば
日本古来の四大礼式、元服・婚礼・葬式・祖先の祭礼のこと。また、一般に、慶弔の儀式。】とある。
ウィキペディアを見ればもっと詳しく書いてあるが、わかりにくいのは「冠」と「祭」だと思うのでそこを引く。
冠=成人式を指す。かつては15歳の元服に由来し、冠を頂く(社会的な役職や参政権を得る)の意味を持つ。(以下略)
祭=先祖の霊をまつる事全般をさす。法事やお盆など様々であり、(以下略)

以下、作品ごとに簡単な感想をば。
「空に、ディアボロを高く」
成人式にまつわる話。
と云っても新成人を主人公にするのではなく、一歩引いた24歳の青年の仕事上の失敗(挫折)からそれを描いていく。冒頭の「辞表があっさり受理されて通う場所がなくなってからの」なんていうショッキングなはじまり方から「なんでこれが冠婚葬祭?」と興味を引かれ、ぐいぐい内容に引っ張られていく、上手いなあと最初から感心させられた。
重くも軽くも成り過ぎない、この「若さ」があるから「苦さ」もやがて彼の糧となることが容易に想像出来るから、希望を持って読めるのが良い。

「この方と、この方」
結婚にまつわる話。いまはもう珍しい「お見合いおばさん」が主役。
恋愛結婚主流の世の中で「お見合い」とは何かがかなり詳しくその本質に踏み込んで描かれる。
最初、若い女性のほうになにか急がなければならないかなり酷い理由があるんじゃないかと危ぶんでいたのだがそういう話では無かったのでほっとした。それにしても兄の恋愛や結婚にここまで口をはさんで世話をやきまくる妹ってどうなのかなあ、よくある話なのかなあ、うちは弟だけど弟の恋愛や結婚になんてまったくノータッチだけどなあ。
恋愛じゃないけど、ひとのくっつく・くっつかないが扱われる話というのは興味を引かれ易いテーマであるのだな、と再認識した。

「葬式ドライブ」
お葬式にまつわる話。
これも当事者、その家族ではなくて、全然関係ない仕事がらみの若い青年が主役に据えてあるおかげでライトに読める。
上司に言われてある老婦人を告別式と火葬場でのお骨拾いに連れて行き、送り届けるという一日を経験した青年、老婦人と、亡くなったひととの関係については明確には明かされず、青年の想像をユーモラスに描いてあったりして、少しずつ見えてくる「事実」はかなり重たくて暗くて大変なことであったろうに、こういうふうに明るく仕上げることが可能なんだなあ、それは「もう昔の話だから」というのもあるんだろうけど、面白い書き方だなあ、上手いなあと感心した。形式的なお葬式も悪くはないけれど、宇都宮のおばあちゃんみたいな気持ちのこもったお別れの会をしてもらえるひとはみんなに愛された証拠だなあとあたたかい気持ちをもらえた。

「最後のお盆」
お盆の話。
このお話はちょっと不思議な、あの世とこの世が入り混じったような、不思議な雰囲気・出来事が描かれる。
三姉妹のそれぞれの性格の違いとか、それぞれの嫁いだ先との関係とか、亡くなった母とか伯母とか親戚とか従兄とか近所のひととかいろいろ短い話なのに登場人物が多くてちょっと頭のなかが混乱したけど、その混乱もこの作品のいろんなものが混じり合った空気を作り出す効果になっているような気がする。たとえばこの作品の登場人物が親戚がいなくて家族も少なくて、という都会的な一家だったらそもそも成立しない話だよなあ。
うちの良心の実家両方ともキュウリの馬もナスの牛も作らなかったので、大きくなってから、漫画とかそういうのでその文化を知った。この作品中でもそういう場面があり、小学生の娘が「学校で習ったお盆では作ってたもん」と主張するのとか、リアルだなあ~と思った。っていうか、学校で「習う」んだ今は…。

2015/12/17

小林カツ代と栗原はるみ ―料理研究家とその時代―

小林カツ代と栗原はるみ―料理研究家とその時代―(新潮新書)
新潮社 (2015-11-13)
売り上げランキング: 14,192
kindle版
■阿古真理
珍しく新書を読む。2015年5月に出た本で、たしかamazonのオススメでも上がってきたことがあった気がするのだがスルーしていた。タイトルだけ見て、「小林カツ代と栗原はるみかあ…確かにタイプ違うかも。その比較…うーん…興味ないことも無いケド…」と思ったんだけどそのまま忘れてしまっていたのだ。
今回購入して読むに至ったのは「本の雑誌」1月号の年間ベストを決める座談会で取り上げられ、本書が二人の料理研究家の比較書ではないとわかったから。

実際に読んでみての結論から先にいうと、かなり面白かった!
料理に関するエッセイとか小説はとりあえず気になるここ数年の自分の読書傾向の中で平松洋子ファンになり、その肩書が「フードコーディネーター」だったり「エッセイスト」だったりして、それとは別に「料理研究家」っていう職業もあって、「料理研究家」ってなんだろうというのもあったし、そのへんの明確化されていなかった自分の興味や関心とこの本はなかなかに合っていて、じっくり読みこんだ。料理研究家について年代を追って書かれた本書は同時に近現代の女性の生き方、それをとりまく社会の変遷を追うことでもあった。
男女雇用機会均等法があったって、男女差別は良くないとされていたって、現実の社会で「まったく同じ」になることはまあ無くて、そのへんについてのあれこれもどうしても絡んでくる。骨身に沁みる。

本書はあくまでもひとりの人間が書いた本だからこれが唯一無二の「真理」であるということはないけれど、読みながら強く感じていたことは「やっぱり家庭料理は女性が主体的に行うもの」という社会認識がずーーーーーーっとあるんだなあ、ということだった。
時代によって、発言者によって、取り繕ったりしているけれど、多くのひとの本音はそこにある。

     *****

「主婦代表」とわかりやすいレッテルを貼りたがるテレビ局に対し「わたしは主婦ではなくプロの料理研究家です」と抗ったという小林カツ代の矜持。
料理研究家で関連商品の会社を作り雑誌まで発行する堂々たるプロになっても「わたしは主婦です」と云い続ける栗原はるみのしなやかさ。
どっちの気持ちもよくわかるが栗原はるみをして「主婦です」と云ったほうが「生きやすい」この世の中ってなんなんだろうなあと忸怩たる思いがしたが、続けて読んでいくとそういう意味で栗原さんは「主婦だ」と云っているわけではない、らしい。
少し長くなるが、引用する。
三十年プロをやってきて、まだプロではないと言う。この発言だけを取り上げると嫌味にも聞こえかねないが、今回栗原の資料を読み込んで気がついた。彼女は、偶像の栗原はるみが実生活から乖離しないように、自分を主婦と位置づけているのである。
 私生活をネタにするスタンスは作家的とも言えるが、私は彼女をアーティストではなくアイドルと考えるのは、その親近感による。
行間からにじみ出てくるのは、彼女の意志の強さだ。
 愛は自然な感情と思われがちだが、実は違う。始まりは自然に生まれたかもしれない。しかし、存続させるのは意志である。親子も、夫婦も、そして友人など他者との関係も、好きなだけでは続かない。相手を思いやり、こまめに自分の気持ちを伝え相手を受け入れる。その努力を互いに続けなければ崩壊する。
 多忙なこと、皆のアイドルにならなければならないことは、第一線で活躍する料理研究家なら共通する。しかし、栗原はどんなに忙しくても、家族のための時間を疎かにしない。

時代を追って、順番に代表的な料理研究家を追ってくる中で、結婚→料理研究家として成功→離婚のパターンが何人もいる、ということが書かれた後だけに、栗原はるみに関するこの部分は妙に説得力がある。タイトルになっているもう片方の小林カツ代も【倒れる数年前に離婚していた】そうだ。

     *****

また、最近の二十代の女性に「専業主婦願望」が結構多いとあちこちで目にするのだが、今のそれと昭和後期の「専業主婦」は違うんだ、ということが明確に書かれてあってなんとなく察知はしていたがモヤモヤしていたのがハッキリしたり。つまり「(家のこと、家事とか子育てとかを一手に引き受けて、夫の仕事を縁の下の力持ちとして支える良妻賢母的な)専業主婦」ではなくて「(お金に余裕があって、夫に理解があって、家のことはそれなりでいいから自分の好きなことをやれる)専業主婦」になりたいんだ、って、そりゃーそんなのが「専業主婦」なんだったらわたしだってなりたいわ! でも「専業主婦」ってそんなに楽なもんじゃないんじゃないのかなあ~。
そして昔の共働きといまのそれもだいぶ中身が違ってきているということもニュースなどを見ているからわかっていたことだけど、あらためてこうやってまとめて書かれているとなんというか…暗澹たる気持ちになるなあ。要するに不況が悪い、っていういつもの結論になるじゃないか。

     *****

「新書」という括りで出版されるこのジャンルにはあんまり慣れていないからどういう読み方・解釈をすればいいのかよくわからないが少なくとも本書を読んで「事実・実態」からかけ離れた著者の恣意的な作為が働いているとは感じられず、かなり信頼して読むことが出来た。
確実に自分の年間ベストテン入りの良書だが、今年のはもう作っちゃったので動かせず、来年のになんらかの形で入れたい。
小林カツ代の料理本は母親が愛用していたので自分もいくつか参考にさせてもらっていたけど、栗原はるみは評判はかねがね・テレビで拝見したことはある程度だった。本書を読んでかなり興味がわいたので、読んでみたい。

目次は新潮のHPからコピペ。これに目を通しただけで順を追って見ていった著者の仕事ぶりが伝わるだろう。最初にNHKドラマネタを持ってくるなど工夫されているなあ。

まえがき
プロローグ――ドラマ『ごちそうさん』と料理研究家
 料理研究家誕生/主婦の時代の到来
第一章 憧れの外国料理
(1)高度成長期の西洋料理――江上トミ、飯田深雪
 悩みのタネは「今日の料理」/大黒柱のおっかさん、江上トミ/料理は文化である/「家庭を守る味」/セレブな飯田深雪/「経済的な料理」づくりに腐心
(2)一九八〇年代のファンシーな料理――入江麻木、城戸崎愛
 ホームパーティの流行/ロシア貴族の妻/入江麻木のビーフシチュー/若い女性に人気の城戸崎愛/手づくりブームの一九八〇年代/理論派の料理研究家
(3)平成のセレブ料理研究家――有元葉子
 時代の先を行くサラダ/有元葉子のベトナム料理/カフェブームの先駆け/原点にある昔の暮らし/日常茶飯事の料理
料理再現コラム(1) 入江麻木の「なすのムサカ」
第二章 小林カツ代の革命
(1)女性作家の時短料理術
 衝撃のベストセラー『家事秘訣集』/桐島洋子の『聡明な女は料理がうまい』/『クロワッサン』の料理
(2)小林カツ代と「女性の時代」
 誰もが料理できるようにしたい/小林カツ代とフェミニズム/ハッと驚くアイデア弁当/働く女性に寄り添う/「女性の時代」到来?/食べるもつくるも大好き
(3)カツ代レシピを解読する
 代表作「肉じゃが」のつくり方/驚きの手抜き術/それはカツ代から始まった/小林カツ代のビーフシチュー/大阪人の本格派
(4)息子、ケンタロウの登場
 カツ代とケンタロウ/息子の濃い味/二代目の自由
料理再現コラム(2) 小林カツ代の「栗ご飯」
第三章 カリスマの栗原はるみ
(1)平成共働き世代
 仕事か結婚か/女性たちの自分探し/専業主婦は幸せか
(2)はるみレシピの魅力
 カリスマ主婦の誕生/『ごちそうさまが、ききたくて。』の衝撃/次々にくり出す技/母直伝の日本の味
(3)あえて名乗る「主婦」
 四千レシピの源/アイドルの使命/主婦代表の自覚/栗原はるみのプロフィール
(4)最後の主婦論争
 ハルラー世代/女性のヒエラルキー/主婦とは何か/料理するのは誰か
料理再現コラム(3) 栗原はるみの「にんじんとツナのサラダ」
第四章 和食指導の系譜
(1)昭和のおふくろの味――土井勝、土井善晴、村上昭子
 和食と台所/和食の第一人者、土井勝/おふくろの味/息子、土井善晴の料理/庶民派の村上昭子
(2)辰巳芳子の存在感――辰巳浜子、辰巳芳子
 食の思想家、辰巳芳子/食文化と環境問題/四季の恵み/「いのちを支えるスープ」/母・辰巳浜子/明治生まれの知恵
料理再現コラム(4) 土井勝の「栗と鶏肉の煮もの」
第五章 平成「男子」の料理研究家――ケンタロウ、栗原心平、コウケンテツ
 レシピ本ブームの裏で/男の料理/『男子ごはん』開始/二代目の洗練、栗原心平/コウケンテツの韓国料理/家庭料理の精神
料理再現コラム(5) ケンタロウの「焼き厚揚げのオイスターソース」
エピローグ――プロが教える料理 高山なおみ
 料理研究家とは/シェフ出身の高山なおみ/料理の原点
あとがき

著者の阿古真理(あこ・まり)さんのプロフィールも同HPから。
1968(昭和43)年兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『うちのご飯の60年 祖母・母・娘の食卓』『昭和の洋食 平成のカフェ飯 家庭料理の80年』『昭和育ちのおいしい記憶』『「和食」って何?』など。

本の雑誌391号
本の雑誌391号
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本の雑誌社
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2015/12/09

ガセネッタ&シモネッタ

ガセネッタ&シモネッタ (文春文庫)
文藝春秋 (2012-09-20)
売り上げランキング: 5
kindle版
■米原万里
米原さんばっかり読んでいるのでそろそろ打ち止めにしようかと思っていたらkindleで12/7に「日替わりセール」で¥199円になっていたので購入。
「翻訳にまつわる、ガセネタとシモネタ(米原さんは下ネタがけっこうお好きで有名らしい)を絡めたライトなエッセイだろう」とタイトルから予想していたのだがガセネタや下ネタ……出てきたかなあという感じ。
シモネッタというニックネームを師匠から賜ったけど、より最強のイタリア語通訳者の田丸さんにその名を謹んで進呈した、というエピソードは他著でも触れられていたが、そのへんのことについて書いた単独エッセイのタイトルをそのまま書籍タイトルにしてある。
別に上品ぶるわけではないが、下ネタを1冊の本として読むほどの興味は持てなくていままでタイトルで敬遠していたきらいがあり、誤解だったのだなと思った。
気楽な感じで、言葉や翻訳にまつわるテーマのエッセイが集められているというのは予想通り。
目次から、何故かフルコースに見立てて1冊が編まれているが(シェフからのご挨拶にはじまり、デザート、コーヒー、食後酒で終わる)、料理やグルメなエッセイは一つもなかったのでなんだかなー。

本書で一番面白く、興味深く読んだのは「英文学者・柳瀬尚紀さんとの対談」だが、その中にこんな米原さんの台詞があった。
やはり資本主義社会においては、いちばん優秀な学生は会社の営業部へ配属されるんですね。ものをたくさん売る人が偉いんです。文学でも、いちばん売れる作家が偉い。それで編集者も、わかりやすく、やさしく書けっていうんですよ。そうすればたくさん売れるからです。市場原理というのはそういうものだから、これはしようがないんですね。だけど、文学というものはある意味では非市場的な要素がかなりあって、市場原理にばかりとらわれていると駄目になっちゃうと思いますけど、どうなんでしょうね。
身も蓋もないが、そういうものかもしれない。でも大衆雑誌の編集者はそれでもいいけど、純文学の編集者は売らんかな主義であってほしくないナア――とファンとしてはお願いしたい気持ち(そりゃー商売でやってんだから理想だけでは食べてけないんだけども)。

同時通訳者は駄洒落好きが多いことや、英語通訳者は母国語と英語しか知らないから視野が狭くなるという見解、言葉のシリーズ化(パターン化)など、米原さんならではの経験を生かした面白いエッセイはふんふんと頷きながら読んでしまう。まあ、1冊の中に同じネタが出てくるのはもう仕方ないのかなこのひとの場合…。
「ご苦労様です」がフリーパスの役割を果たしたのは昔の平和な時代までだろうなあと世界のあちこちでテロが起こっている今日この頃遠い目になってしまう。米原さんがご存命でいらしたら、なんとおっしゃっただろう!

2015/12/05

終生ヒトのオスは飼わず

終生ヒトのオスは飼わず (文春文庫)
文藝春秋 (2014-12-05)
売り上げランキング: 532
kindle版
■米原万里
本書は2001年に出版された『ヒトのオスは飼わないの?』の続篇にあたるエッセイ集で、著者没後の2007年5月に出版された。
前著を読んでいないのだが本書がkindleのセール本で安かったため購入。
秘書だった金田育子氏による「単行本解説『毛深い』家族たちのその後」の最初に以下のように記されている。
この本には二〇〇三年五月から二〇〇五年一二月まで三二回にわたって雑誌「ドッグワールド」に連載されたエッセイのうち第一回から第一〇回までを収録しました。著者・米原万里が書籍化の折には連載後半部分に必ず手を入れたいと言っていたため、その気持ちを尊重してこのような形になりました。

え~32回のうちのたった10回分? どうりでこの本、第一部は米原さんのペットだった犬と猫の可愛い描写と写真で頬が緩みっぱなしだったが第二部はペットと全然関係ないエッセイの寄せ集めみたいな作りで、まあ米原さんについて知らなかったことも書いてあったけど特に父方の祖父・父親の共産党絡みの内容は他の著作でも触れられていたことがあるうえに第2部だけでもおんなじような内容を3回も読まされて苦痛だったので「変な構成の本だなあ、著者没後にかき集めてボリュームをなんとか満たしたって感じだなあ」と思っていたので、「どうせなら、断りの一文を入れたうえで残りの22回を収録したほうが余程、収まりが良かったろうに」と考えずにはいられない。どうしても譲れない線があったってことかしらねえ。

目次を写す。( )内は内容についてのメモ。
第一部 ヒトのオスは飼わないの?
(愛猫ソーニャの出産シーンからはじまり、米原家の犬・猫たちの様子が細やかに描かれる楽しいエッセイ。みんな個性豊か。米原さんってメロメロが付くくらい大の犬猫好きでらしたというのが伝わってくる。)
新しい物語が始まる/醜いアヒルの子/神様の悪戯/末は博士か大臣か/兄いもうと/ゲンのへそくり/愛にスペアはきかない/過去のある女/無理の理/大移動/褒め上手の効用

第二部 終生ヒトのオスは飼わず
「家」の履歴書(初出「週刊文春」1998.7 取材・構成 最相葉月(!!)/夢を描いて駆け抜けた祖父と父(初出「文藝春秋臨時増刊」2000.2)/地下に潜っていた父(初出「文藝春秋」2005.10。・・・以上この3篇は内容にかなりの重複がある。
キュリー夫人を夢見た母(初出「婦人画報」1999.6。他の著作でも書いてあった内容をやや詳しく書いてある
これも一種の学歴信仰(「文藝春秋」2001.3。ロシア語が最も上達する職業は!?
言葉に美醜なく貴賤なし(「文藝春秋臨時増刊」2002.9)
核武装する前に核被害のシミュレータを(初出:「諸君!」2003.8)
よくぞおっしゃった;異例の皇太子発言 私はこう考える(「文藝春秋」2004.7。雅子妃を応援する内容。
羊頭狗肉の限界;わが九条「改正」試案(「諸君!」2005.6)
偉くない「私」が一番自由(文春新書『わたしの詩歌』より)
終生ヒトのオスは飼わず(文春文庫『私の死亡記事』より。この本は昔買って読んだが、新聞の訃報記事を本人が仮定して書くというブラックユーモアな企画本で、土屋賢二先生など人によってはなかなか面白かった。米原さんは享年を75歳と仮定しており、読むにつけ、早すぎる死が惜しまれる。

単行本解説
付録(毛深い家族たちの見取り図/階段ネコの変遷/愛したものたち/マルクス家の告白ゲーム/米原万里年譜

芥川龍之介再読週間⑩

歯車
歯車
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(2012-09-13)
kindle版
■芥川龍之介
」(大正9年3月)
姉妹の恋の話。しっとり。この姉妹はずっと何か心にひっかかったまま生きていくのかなあ…。

澄江堂雑記」(大正7年~13年)
32篇の雑記。思った事考えたこと気に留めたことを書いてある短いものの集まり。読み手としては興味がわくものも、そうでないものも。
1大雅の画 2にきび 3将軍 4毛生え薬 5芸術至上主義 6一切不捨 7赤西蠣太 8釣名文人 9歴史小説 10世人 11火渡りの行者 12俊寛 13漢字と仮名と 14希臘末期の人 15比喩 16告白 17チャプリン 18あそび 19塵労 20イバネス 21船長 22相撲 23「とても」 24猫 25版数 26家 27続「とても」 28丈艸の事 29袈裟と盛遠 30後世 31「昔」 32徳川末期の文芸

続澄江堂雑記」(大正14年)
1 夏目先生の書 2霜の来る前 3澄江堂 4雅号 5シルレルの頭蓋骨 6美人禍 7放心 8同上

トロッコ」(大正11年)
これについては又吉(直樹)さんがすべて言いたいことを言ってくれているという感じ。最後の部分(大人になってからの部分)について忘れていたなあ。

歯車」(昭和2年、遺稿)
強迫観念とはこんな感じかという話。「レエン・コオト」がよく出てくるなあと検索してみたらタイトルを入れて9回使われていた。睡眠薬を飲んだり、幻聴めいたものが聴こえたり、ドッペルゲンガーが現れたり、……とても精神的にまいっている感じで、読んでいてずんずんと沈み込んでいくような気持ちがする。

2015/12/01

この世にたやすい仕事はない

この世にたやすい仕事はない
津村 記久子
日本経済新聞出版社
売り上げランキング: 4,330
■津村記久子
おおお面白かった~!!
いままで読んだ津村さんのなかでも1,2を争う面白さかも、っていうか今まで読んだ津村作品には無かったタイプだったので完全に予想外だったというか。
例によって本編を読む前はあんまり見ないようにしている帯に「作家生活10周年記念作品は、お仕事”ファンタジー”小説!」と書いてあるのが目の端にとまってはいたんだけど、全然信じていなかった。だって津村さんは等身大の、リアルな日常をこつこつ描いてくれる作家さんだもの。喫茶店で隣の女性客同士で喋ってそうな。作風ちゃうやろと。
だけど本書の中のあるお話は確かにファンタジーだったかも。

10月の半ばの発売で、梅田の紀伊国屋書店では津村さんのサイン本を扱ってくれているのでそこで狙い通り購入したのだが(単行本には珍しくフィルム包装してあった。宮田珠己『日本全国津々うりゃうりゃ 仕事逃亡編』と同じ日に買ったんだけどそういえばこれもフィルム包装してあったなあサイン本でも無いのに立ち読み防止か)、しばらく他を読んだりして積んであった。
サインは文字は黒、その周りを濃いめの水色のペンで四角く囲ってある。ギザギザが上下にあって……単に「変わった枠だなー」と思ってたけどこれってもしかして飴の包装紙を表しているのかなあ。真ん中に3本の縦線があって、右のスペースに【この世にたやすい仕事がない】と書いてあって、左のスペースに著者名が書いてある。
この本のタイトルは「仕事」だがサインのほうは「仕事」になっていて、その違いがなかなかしみじみと味わい深い。

5つの話が収録されているのだが、主人公が同じで、時系列通りに進んで行って、話も繋がっているので、短篇として読めないこともないけれど順番に読んだ方がいい連作短篇集。

主人公は女性で、大学卒業後14年間勤めた仕事を辞めた後(燃え尽き症候群のような状態になったのらしい)、療養のために実家に帰り、失業手当をもらっていたがそれも切れたので職探しを本格的にはじめた。だめもとで相談員さんに
「家からできるだけ近いところで、一日スキンケア用品のコラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」と条件を出してみたら
「あなたにぴったりな仕事があります」
と紹介されたのが「第1話 みはりのしごと」。
モニター2台を前にして延々対象者の生活を覗き続けるという仕事。いちおう同性で、というくくりはあるらしいが、そして見張られるにはその理由が(犯罪絡み)あるらしいのだが、正直言って見張「られる」側の立場を想像しただけで嫌だなあ~! 「知らない間に犯罪者からヤバい物を預かった」からそれを探すために見張られてるらしいんだけど他に方法あるだろうと言いたい。
もちろん見る側だって嫌だ。想像しただけで「そんな仕事したくない」と思う。興味ないし、他人のひとに見せない言動なんて見たくないし、第一退屈そうだ。退屈な割にストレスだけは溜まりそうだ。罪悪感もあるだろう。
案の定、最後のほうにこの仕事には向き不向きがあるという会話があって、納得。

第2話は「バスのアナウンスのしごと」。
タイトルから、バスの中に流れる音声をアナウンスする仕事かと思ったらそうではなくて、その音声の原稿(広告文)を作る仕事だった。この第2話にちょっと不思議な先輩が出てきて、ファンタジーっぽい、判然としない展開がある。おお、津村記久子でこんなのが読めるとは。
この仕事はなかなか面白そうだったし、職場にも特に問題が無さそうだったのだが、そもそもこのアナウンスを作る仕事自体がずっと必要なものではなかったため、他の会社に行くことになる。

第3話は「おかきの袋のしごと」。
お菓子の小包装の裏に豆知識とか書いてあったりする、そのネタと文章を考える仕事。これはなかなかクリエイティブでやりがいがありそうな面白そうな仕事だなあと思った。主人公もいろいろ前任者のプレッシャーとかを乗り越えて頑張る。そこからの展開にはちょっとわくわくして、その後アゼンとなった。うわーなんなのこの辞めなきゃならなくなった理由。怖すぎる、リアルにありそうだけにすんごいメンタルやられそう。こういう展開をさらりと書いてくるところが流石の津村さんだなあ。

第4話は「路地を訪ねるしごと」。
全5話の内、この仕事が一番読んでいてやりたくないなと思った仕事だった。町中に「緑を大切に」とか標語的なポスターを貼る仕事なんだけど(いちおう官公庁から委託されているらしいのでいかがわしくはないんだけど)、なんのためにやってるのかがイマイチ納得出来ないし、町中の多くのひとと関わって個人的なことを聞かないといけない(今時、国勢調査にすら個人情報だとか云って抵抗感を示すひとがいるのに)。
そのうえそこに宗教みたいな変な団体との戦いが絡んできて…。
この話もなんとなーくファンタジックな要素が感じられた。現実っぽくないところとかが。

第5話は「大きな森の小屋での簡単なしごと」。
か、「簡単な仕事」とかついに言い出しちゃいマシタよ。タイトルもなんだか「大草原の小さな家」を彷彿とさせてファンタジーぽい。
とりあえず広ーい公園の中の一地域での仕事ということで、舞台は何となく万博公園あたりをイメージしながら読んだ。
ここでの「仕事」はチケットにミシン目を入れていくという確かにすんごく簡単で地味な仕事。…仕事? って感じだけど。でもそれはどうもサブっぽくて、むしろ期待されているのは小屋周りの地図を作ることや見回りの方らしい。
で、「あやしいことがあったら言ってね」的なことを職場のひとに言われるんだけどそのへんのやりとりがなんかいかにも「(あやしいことが)ありそう」な感じに書かれてて、妙にうさんくさいというか今までの流れからも「また、ちょっと不思議なファンタジックなことがあるのだろうな」と予想させておいて…。

全体的に、冷静に考えてみればそんなに変なことは起こっていないにも関わらず、この本を読み終えた感想として「なんだか不思議な感じの面白いお話を読んだなあ」という気持ちになるのはどうしてでしょう。
5つの仕事はアマゾンの商品説明によれば【津村さんいわく、主人公が「こんな仕事があったらいいな」と思った職場を旅する】らしいが、この中から自分が就く仕事を選べと言われたら…うーん…どれも微妙に嫌な部分があるんだけど、「大きな森の小屋での簡単なしごと」かなあ。
見張りは嫌だし、広告業も客商売なので長く続けるといろいろありそうだし、おかきの袋の仕事は常にアイデアを出していかないとっていうのはまあ仕事となったらやりがいにつながるかもだけどこの無神経そうな社長に加え、食堂で毎日おばちゃんたちと濃厚な会話をしなくちゃいけないのが無理っぽい。主人公は全然苦になっていないようだったが。路地のやつは問題外だし。
でもまあ、どれも変わっててふつうにハロワに行ってもこんな面白そうで条件的に悪くない(ブラック要素がない)楽そうな正社員の仕事なんてまず紹介してもらえないだろう。ある意味うらやましい。ハッ、そうかそこがまず「ファンタジー」だと感じてしまう大きな要因か!
だいたい世の中何も問題が無い仕事なんて無いわけで、タイトルも「この世にたやすい仕事はない」っつってね。

津村さんと云えば長らく会社員と作家の二足のわらじを履いてらしたので、「仕事」のやり方とかについてもしばしば言及があるのだけど、この小説を読んでいてそういう部分がやはり味わい深く、そこは目をじっとやったりして読んだのだけど、要は「仕事と愛憎関係になる」っていうのは良し悪しだと。んでこの主人公はそうなってしまうタイプで、そのせいで14年でバーンアウトしちゃったわけで、相談員さんのアドバイスとして療養期間であるいまはそこまでのめり込むような仕事はおすすめしない、とかいうのがあるわけ。14年って云うとまあ長いんだけど、でも新卒で入社して定年まで勤め上げるひとが少なくない日本の企業においては「入社14年目」って別にまだまだ若めの社員、まあまあ中堅まで育ったかな? くらいの扱いだからなあ。津村さんの仕事がテーマのエッセイで「長く続けるには」的なことが書いてあったけどそこに書かれていたことと「仕事と愛憎関係」は逆の方向を向いているので、つまり「こうなっちゃうとしんどいよ」っていうメッセージなんだろう。

長く続けた前の前の前の仕事を、燃え尽きるようにして辞めてしまったので、あまり仕事に感情移入すべきではないというのは頭ではわかっていたが、仕事に対して一切達成感を持たないということもまた難しい。自分の仕事を喜ばれるのはやはりうれしいし、もっとがんばろう、という気になるのである。

とか書いてあって、確かに後半はその通りという感じなので、前半の「仕事に感情移入すべきではない」というのはどこまで一般的なんだろうという気がする。例えば、津村さんは作家で、作家の仕事に感情移入せずに、っていうのは不可能じゃないのかな? つまりこれはいま療養中の主人公や、ちょっと疲れているひとが対象なのかなあ。それか、頭のどっかでは割り切っとけよ、じゃないとどこかでバーンアウトするぜ、ってことなのかなあ。
…まあ…そのへんは個々で…それぞれの仕事と体力と精神のバランスがしんどくないところで…十人十色、それぞれ自分で考えればいい、ってことかな。ケースバイケースだよね。
ちなみにわたしが「非現実的でいいので、自分がいまやりたい仕事ってどんなのか」を考えたらすんごくドン引かれそうな根暗な感じだったので、ここで詳しく書くのはやめておこうと思うが、仕事内容そのものは、いま現実に就いている仕事とそう遠くないので、まあ良いのではないかと。ただ現実には「人間関係」というのがあって…これが一番、どうにもならないのであって…! そしてそうゆうのってハロワの求人票見てもよっぽどひどくない限りわかんないんじゃないかなあ。

この小説はすごく良かったので、シリーズ化してほしいなあと一瞬思ったけど、主人公が短期間で職をコロコロ変えるにも限度があるし、5話かけてまあまあ立ち直ってきていたので、それは無いか。スピンオフ作品は…あの不思議なあのひとの話は…どうかなあ。不思議なひとを主人公に書かれると魔法が消えちゃうかなあ?

装丁は名久井直子。各話ごとにカラーの絵扉とモノクロの挿し絵(龍神貴之)が入っているのも(これは「お話、物語」ですヨ)っていうのを示唆してるのかなー。