2015/10/29

打ちのめされるようなすごい本

打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)
文藝春秋 (2014-12-05)
売り上げランキング: 10
kindle版
■米原万里
本書は著者の没後に出版された書評集で、「第一部 私の読書日記」P19~316と「第二部 書評(1995~2005)」P317~558に分かれている。
電子書籍版では井上ひさしによる「解説」も、丸谷才一による「文庫版のための解説」も、署名索引も著者名索引も省かれている。

書評好きなので、2006年の単行本刊行時はともかく2009年5月の文庫化の際には書店で手に取って目次に目をやったことは覚えている。そしてざっと見る限り、自分の読書守備範囲とは「あまりにも違うなあ…」ということで、購入を見送ったのだった。

今回kindle版で『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を読んで感銘を受けた直後に1日限定セール対象になっていたので「なんという好機」と購入、まだざっくりナナメ読んだだけの感想だが、大変な読書家であることは間違いない。ただ、数少ない自分が既読の作品に対する書評を読んだ限りでは「米原さんならでは」という特筆すべき視点というようなことは特に無く、素直にその本が面白かったんだということを真っ直ぐに書いてある感じだ。たまーにチクリとやったりするが、総じて穏やか。ちょっと笑い過ぎかな(「腹筋が痛むほど笑い転げる本」が多いケド実際そうでもないゾ)。

『嘘つきアーニャ』でも本書でも言及されていたが、ソビエト学校で「物を読んでその内容を他人にわかりやすく要約して話す」訓練を積んでおられた成果として、本の内容をかいつまんで紹介するのはお手の物なんだろうなと思う。
つまりこの本が凄いのはその取り上げられている対象書籍の量の多さと質の高さ。

その本を未読の人間でも米原さんがわかりやすくまとめてくれているので(そして関連書籍はだいたい芋蔓式に紹介されている為)、「なんだかちょっとわかったような」気になれること、少なくとも自分は「このことを知らなかったんだな」と気付いてスタート地点には立てることである。

執筆当時の海外紛争に関連した書籍が多く、当時の小泉政権、米国ブッシュ大統領の愚挙、ロシアの政局への批判が散見する。
丸谷才一の作品を褒めているが、あまりにも褒めちぎるので逆に「これは冷静な評価というより単純にファンなのか、文壇の重鎮へのオベッカなのか」という気がしてきたが、丸谷才一の著作を読んで判断するしか無く、「打ちのめされるようなすごい小説」とまで言わせた『笹まくら』のアラスジには全然興味が湧かないし、電子書籍化もされていないし、近所の小さい書店には置いていないし、とりあえず丸谷才一の他の本を電子書籍で見つけたのでそれを後で読むことにする。
内田洋子さんのエッセイの解説を書かれていたイタリア語同時通訳者の田丸公美子さんとの出会い、意気投合したことが紹介されていて「おっ」。確かにこのお二人は話が合いそうだなあ。
米原さんの著作を読んでいて遣われる言葉が興味深いなと思っていたがソビエト学校から帰国した十代半ばに日本の中世、近世、近代文学を片っ端から読破したと書いてあり(具体的に書名が挙げられているのは『今昔物語』『出雲風土記』、与謝野晶子訳の『源氏物語』、滝沢馬琴『南総里見八犬伝』、川端康成『伊豆の踊子』、井原西鶴『好色一代男』、田山花袋『布団』など)読書で培った素養が大きいのかなと思った。
日本の教科書は列挙式というか、文学史は著者と代表作と年代を丸覚えさせるような教育方法だがソビエトの教科書はもっと面白くてみんな入手したらすぐ最初から最後まで読んでしまうそうで、その方式でいくと文学史の学習は実際に作品を順を追って読むことになるわけである。でもこれは誰にでも出来る芸当じゃないよなあ。

本書には癌だとわかってから文字通りすがるようにして読んだそれ関係の本についても書かれているが、いつもの得意分野の書籍での明晰さが嘘のように感情的主観的で、こちらが首を傾げるような怪しげな説にもご自分の「放射線治療も抗癌剤治療も開腹手術もしたくない」という意見を裏打ちしてくれるものなら信じ(ようとしてい)ている(その気持ちが容易に想像・共感できるだけにつらい)。セカンドオピニオンを否定するような医者は問題外だが、複数の主治医にすすめられる治療法を拒み続けるのはどうなんだろうなあ、実際それで現在もお元気なら説得力があるけど…10年前に書かれたものだけど、現在の医療ではどうなんだろう、でも実際自分がそうなったらこういうふうに希望が見えるものにすがりたくなる気持ちはすごくわかる、いろいろ本を読んで医者にあれこれ言ってしまいたくなるのも、そしてそういう患者が医者に疎まれるというのも。米原さんほどの方でも、こうなるのかと愕然とする。怖い。おそろしい。

目次は写すとなると大変な量になるので第一部だけ、第二部は省略させていただく。ただ、第二部は1つ1つの書評が短く、目次に書名があっても触れられているのは2,3行ということも少なくないことをご留意されたし。第一部のほうが圧倒的に面白い。
第一部目次
新居の猫と待望の和露辞典/記憶力・日本語・日本の女たち/百年の恋が冷める時/面白すぎる「自分史」と毛嫌いのスターリン本/一年半ぶりのロシアにて/退屈な教科書と大江づく日々/小咄・文章術・抑留者/民族・中央アジア・世界史辞典/13階段、「テロリスト」とアフガニスタンの日本人/アフガニスタン・ハンガリー人・猪谷六合雄/打ちのめされるようなすごい小説/文学部の病いとジャガイモの受容史/ベリヤはいまだ藪の中/サッカーの光と陰/命がけの二枚舌/「自動忘却装置」考/まるで漫画のカルト国家と日本外交/テロとブッシュと小泉改革に憂い顔/「ゲン!」と同一性/脱帽の三冊/一神教・レオタード・朴甲東/戦争の作劇術、ボローニャ方式と読書家スターリン/スロベニア今昔と浅草スタイル/日露領土問題、昭和史のおんなとソクラテスの日常生活/魏志倭人伝・サイゴンの南洋学院・ホロコーストと健康志向/見たくない思想的現実と旧態依然の刑法、昭和文学が読みたくなる座談会/身内の反乱者/憂鬱な先端にユニークな恋愛小説/世界を不安定にする最大の脅威/占領下の怪事件と小説の細部/自己責任・創価学会・ラスプーチン/戦争犯罪・割れ窓理論・犬の科学/農と食はホラーに満ちている/世界から忘れ去られたチェチェンという地獄/巨大化するメディアと個人の良心/犯罪賠償と女性蔑視発言/癌は感謝すべき血液浄化装置!?/戦争の本能・物語の型・作家の収入/獄中記・中央ユーラシア・ペットの博識/霊柩車の考察、ミイラの研究/建築の歴史・中国の奇譚・二〇五〇年の日本/下山事件、象徴天皇制と天孫降臨/奇蹟の政治家マサリクの思想/情報分析官・ドストエフスキー・孤高の日本/翻訳者と作品の幸運な出会い/癌治療本をわが身を以て検証/同 その二/同 その三

2015/10/27

本日のkindleセール本は米原万里さんの書評集!

打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)
文藝春秋 (2014-12-05)
売り上げランキング: 1
もちろんわたくしも速攻購入で現在読書中であります。
迷っていた本だから嬉しい~..。.:*・゜(n´∀`)η゚・*:.。.
今日だけのセール価格¥399円なのでご注意ください。

あと、今日から読書週間だそうです。

2015/10/26

ハロウィーン・パーティ 【再々読】

ハロウィーン・パーティ (クリスティー文庫)
早川書房 (2012-08-01)
売り上げランキング: 21,603
kindle版
■アガサ・クリスティ 翻訳:中村能三
ハロウィンが近いのでアラスジも犯人もトリックも覚えているのにも関わらず読んでみた。エルキュール・ポワロもの。
最初はさすがにハロウィン気分を味わうくらいで途中でやめてもいいなと思ったが読みだしたら面白いので最後までじっくり読んでしまう。アガサ・クリスティってすごいよなあ。ミステリー云々ではなく、小説として面白いということだ。女流作家アリアドニ・オリヴァが登場するというのも大きい(大好き!)。
ハロウィンについての描写は事件が起こるまでの最初のほうにあるだけだが、この小説ではあるお金持ちの老婦人がセンスの良い庭師に依頼して作らせた庭が出てきて、その描写がとても美しい。そしてそこに森の妖精を思わせる12歳のきれいな少女が登場する。この子はとても賢い子で、この小説において重要な存在でもある。
花瓶』のくだりは何度読んでも素晴らしいなあ(ネタバレなので白文字)。

この小説に出てくるハロウィン・パーティではイレブン・プラスと呼ばれる11歳~18歳くらいの男女が集まる。
当日の出し物は、箒の柄競争(柄の細工の美しさを競う)、バケツに浮かべたりんごを齧って取るリンゴ食い競争、照明が消される毎に相手を変えて踊るダンス、小麦粉ゲーム(砂場で遊ぶ山崩しを小麦粉でやる感じ)、少女向けに鏡に将来の結婚相手を映す占い、スナップ・ドラゴン(燃えているぶどうを摘むゲーム)。
準備は近所の奥さん方と青年らが行う。
飾り付けにカボチャ。「トリック・オア・トリート?」っていうのは出て来なかったなあ。

2015/10/25

日本全国津々うりゃうりゃ 【再読】

日本全国津々うりゃうりゃ
宮田 珠己
廣済堂出版
売り上げランキング: 227,243
■宮田珠己
というわけでシリーズ第1弾である『日本全国津々うりゃうりゃ』を編集の川崎優子さんことテレメンテイコさん登場箇所に注目してざーっと目を通す。

記憶違いでもなんでもなく、第1弾ではテレメンテイコさんはごく普通の編集者としての描写しかされておらず、気に留めなかったのも当然。しかも第1弾には既に「本の雑誌」読者にはお馴染みでキャラも把握している営業の杉江氏が何故か2回も登場しており、そちらに気を取られがち。

このときから宮田大兄は「石拾い」を仕事に結び付けようとしていたのだな(『いい感じの石ころを拾いに』参照)。わざわざ青森・金木まで出掛けて太宰のダの字にも触れずに石だけ拾って帰ってきていた。太宰治に少しでも関心がある者には信じ難いことである。単に「青森」ではなく「青森の金木」まで行っているのに!そこで採取された石は確かに美しくて羨ましくはあるが…。

また、名古屋大仏にも行っている。これはこのあいだテレビでもやっていて、宮田さんの本に出てきたなあとは思ったが『晴れた日は巨大仏を見に』ではなく『うりゃうりゃ』のほうだったんだなあ。「時空が歪んで」いるというのはまさにそんな感じだ。御住職はあの緑がお気に入りだそうだが…。
詳しい感想は前回書いたのでこのへんで。

日本全国津々うりゃうりゃ 仕事逃亡編

日本全国津々うりゃうりゃ 仕事逃亡編
宮田 珠己
廣済堂出版 (2015-09-26)
売り上げランキング: 37,435
■宮田珠己
2012年3月刊『日本全国津々うりゃうりゃ』、2013年8月刊『日本全国もっと津々うりゃうりゃ』に続く津々うりゃうりゃシリーズ第3弾である。
奥付の裏のページや帯には「脱力出会い旅シリーズ」と書いてある。
初出は「廣済堂よみものweb」2014年5月から2015年3月まで連載された作品に、加筆修正したもの。最後の「都会」は書き下ろし。

本のタイトルにも副題にも初出の連載タイトルにも「脱力出会い旅」なんて言葉は出てこないんであるが、そもそもこのシリーズに「出会い」なんて人情系を思わせるテーマは皆無なんであるが、お馴染みクールな編集者・テレメンテンコ女史が命名されたんであろうか。

本書の奥付には「編集・川崎優子」と書いてあり、廣済堂よみものwebのページを覗くと同氏のツイートがたくさん上がっている。川崎さんのツイッターはhttps://twitter.com/1965aprilfoolとなっている……1965年4月1日生まれっていうことかなあ。宮田珠己大兄が1964年生まれなんで、ほぼタメなんである。おお。

日本のあちこち「行きたいところに行ってみた」感じのこの連載であるが、テレメンテイコ女史なくしては成り立たない、という感じになっていると第3弾を読んで思った。第1弾のときはあんまり意識していなくて第2弾からこの同行編集者について印象が強くなったのだがこれは主観だから改めていま第1弾を読み返したらどう思うのか後で再読してみたいところだ。
宮田珠己といえば昔から上司とかをおちょくるような物言いの文章が散見したが、このシリーズでは徹底的に編集者テレメンテイコさんを「いじり倒して」いる。他の出版社の仕事で担当編集者について書かれることはあるが、こういう書かれ方をしているのはこの方だけ。

テレメンテイコ女史は、非常に有能な旅のコーディネーターだ。いざ出かけるとなればインターネットを駆使して旅の情報を収集し、毎度的確な判断で段取ってくれるうえ、原稿の取立てが厳しく、〆切をどうしても守らせようとする往生際の悪さは、私への思いやりに欠け、血も涙もない。
(ちゃんと原稿を書くのか)、いつも人を疑わずにおれない彼女の猜疑心の深さには一度カウンセリングを受けることを勧めたいぐらいだけれども
西高東低冬型の気圧配置みたいな、いつものしんしんとした冷ややかな対応

こういうふうに揶揄しているけれども、テレメンテイコ女史の言動が書いてあるところを読んでみると仕事熱心な編集者、ということがちゃんと伝わるように書いてあり、信頼していて、こういうふうにキャラ立てしてネタにして大丈夫な相手だからこそなんだなあ。

第3弾の目次を写す。
・オホーツク
1、旅はしたいが、ワカサギはべつに釣りたくない
2、砕氷船の仕掛けについて
3、クマゲラの謎と、よく見えなかったゴマフアザラシ
4、流氷に乗る
・和歌山
1、粘菌探索行
2、エビとカニだけの水族館
3、モゲそう系とロックバランシング
・栃尾又
1、原稿地獄
2、西福寺~避けがたい運命の導き~
・立山黒部アルペンルート
1、テレメンテイコ女史、極楽浄土へ旅立つ
2、山の良し悪しは、山肌をゴロゴロ転がってみたいかどうかで決まる
3、謎の施設『まんだら遊苑』
・本州横断
1、ママチャリ『頓挫号』
2、草ぼうぼうの道
3、雨の谷中分水界
・宮崎
1、テレメンテイコ女史の災難
2、手漕ぎボートの聖地
3、陽気じゃなければ、B級スポットじゃない
・高知・徳島
1、鬼ごっこ仕様の沢田マンションに泊まりにいく
2、ジャングル風呂まであと少し
3、日本随一の地獄と襖からくり
・都会
1、スカスカした都会を楽しむには
2、心理面でセレブ
あとがき

なお、章タイトルはだいたい地名なのに「本州横断」は違うのはインパクトの都合かなあ。
天橋立に近い京都府の由良川河口から川を遡り、福知山から支流の土師川に入って、さらに竹田川、黒井川と伝っていけば水分かれまでたどりつくことができる。そこから今度は加古川に乗り換えて、川沿いをただただ下っていけば、西脇市を経由してやがて瀬戸内海まで、簡単に走れそうであった。
というのが地図上で計画を練った宮田大兄の「本州横断プラン」だったわけだが、実際はどうであったかは読んでのお楽しみ。
いい加減なふうを装っているが、実はけっこう真面目に「うりゃうりゃ」してる。1964年生まれだからもう50歳を越されたはずだが、オホーツクで流氷に乗ってみたいとか、水辺で石を拾いたいとか積んでみるとか、ママチャリで日本横断してみようだとか、ボートで探検気分を味わいたいだとか、違法建築スレスレのマンションに泊まりに行ってみるだとか、好奇心旺盛ぶりは相変わらずである。
WEBを覗きに行ったら現在新連載『日本全国津々うりゃうりゃ 休暇強奪編』が始まっており、これまた楽しみである。

2015/10/24

我が家のヒミツ

我が家のヒミツ
我が家のヒミツ
posted with amazlet at 15.10.24
奥田 英朗
集英社
売り上げランキング: 771
■奥田英朗
単行本。先月刊行されたもの。家日和』『我が家の問題』に続く「家」シリーズ第3弾の短篇集
奥田さんの小説はいろんなタイプのがあるが、このシリーズは夫婦とか親子とか家族のことを扱っていて、身近で、リアルで、共感しやすく心に響き、それでいて重くなり過ぎないという絶妙のバランスを取っていて、良品揃い。ハッピーエンドというと軽すぎるけど、それぞれの話の主人公がいつも最後に自分なりの解決をする、というのも読後感が良いので嬉しい。また、そのへんを「ご都合主義」「そんなに上手くいくか」という嘘っぽさに陥らないレベルで仕上げてあるのが流石。
今回も出てすぐ買わなくて、文庫まで待とうか迷ったけどやっぱりいま読もうと思って、読んだらすんごく上手くて、目頭が熱くなったり、ニヤニヤしたり、あああ奥田さんってなんでこう、ウマいんだろうなあ~ヤラレタなあ~スゴイなあ~と尊敬の念を強くした。

これは、現代社会に生きる我々への、奥田さんからのプレゼントなのだ。現実の生活を描きつつ、そこはやっぱり「フィクション」だから著者のさじ加減でもっと救いのない展開にだって出来るところを、このシリーズは夢と希望がで胸を熱くしたっていいじゃないか、と言ってくれているような、そんな奥田さんの優しさを感じる。
エッセイではちょっと世間を斜めに見ているような、クールな第三者的視線を崩さない(?)ような、でも実は「他人を面白がらせたい」サービス精神旺盛な人柄を覗かせる奥田さんがどういうカオしてこの小説を書いておられるのかなあ……などと想像してにんまりしたり。

6篇収録。
「虫歯とピアニスト」
「正雄の秋」
「アンナの十二月」
「妊婦と隣人」
「手紙に乗せて」
「妻と選挙」

「妻と選挙」ではシリーズ第1弾、第2弾にも登場しているN木賞作家・大塚康夫の家が今回も登場。タイトル通り、奥さんがなんと市議会議員選挙に立候補すると言い出すんだからビックリした。そしてこの話の着地点はちょっと意外だった。この話の前半の、本が売れない出版不況のくだりはまあそうだろうとは思っていたけどこういうふうに描き出されると暗澹としちゃうなあ。奥田さんは本書を含めて売れっ子作家だからこんなことはないんでしょーがそれでも昔に比べたら、っていうのはあるんだろう。

「虫歯とピアニスト」は子どもが授からない夫婦の話、まだ30歳そこそこなんだけど、逆にそれくらいだから親とか姑とかが諦めてくれない。夫婦のことよりも、そういう周囲のことや社会体制とか不妊治療が一般的になっているとか、そういうことの変化がもたらす影響などへの言及が印象に残った。
「正雄の秋」は出世の話、わたしよりもう一世代上のひとの会社付き合いの感じがまさにこんな感じかなあ……というのを通夜絡みのところで特に感じた。
「アンナの十二月」は高校生の女の子が主人公ならではの展開だなと思った。こんなしっかりした良い友達がふたりもいるのがどれだけ貴重なことか、彼女はわかっているのかなあ。
「妊婦と隣人」この話の前半はともかく中盤からちょっとよくわからなくて終盤の展開には正直ウーン…。夫の反応の方が、リアルなんだけどねえ。
「手紙に乗せて」年代・世代の差は経験の差、特に苦労や悲しいことの経験の差だという話で、若者の主人公への対応の仕方とか、ああそうかも、客観的に全体をこうやって見ると批判的な目を向けちゃうけど渦中にいたらこんなものかも、としみじみ考えさせられた。

2015/10/23

心臓に毛が生えている理由

心臓に毛が生えている理由 (角川文庫)
KADOKAWA / 角川学芸出版 (2013-05-16)
売り上げランキング: 2,016
kindle版
■米原万里
本書は2008年4月角川書店から単行本として出版され、2011年4月に同文庫となったものを底本とした電子書籍版である。
米原さんは2006年5月25日に鬼籍に入られたので、亡くなった後に出版されたということだ。
巻末の初出一覧を見ると、1998年~2005年頃までにいくつかの媒体に載せられたエッセイをまとめて本にしたようだ。主な初出は読売新聞「真昼の星空」、上野のれん会「うえの」、三省堂ぶっくれっと、毎日新聞夕刊、日本経済新聞 明日への話題など。
マミフラワーデザインライフ「フラワーデザインライフ」帰ってきた万里ちゃん、という初出コーナー名がちょっと気になった。万里ちゃん、って可愛いなあ。あと、大宅壮一文庫「大宅文庫ニュース」というのも気になるなあ。(リンクを貼っておきました)。
ウィキペディアによれば【公益財団法人 大宅壮一文庫(おおやそういちぶんこ)は、大宅壮一が亡くなった翌年の1971年、膨大な雑誌のコレクションを基礎として作られた専門図書館「大宅壮一文庫」を運営する公益法人。元文部科学省所管。】だそうだ。ふーん。

『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』はルポだったけど、これは1つ1つが短いエッセイ。気軽に読めて、「へえ~」と感心したり面白がったりできるものが多い。
「『嘘つきアーニャ…』を書いた理由」という文章と、巻末の池内紀との対談も同著についてがテーマなので、『アーニャ』を読んだらこれも是非セットで読んでおきたい。

特に印象に残った内容を順にメモっておく。
フランスのレストランのギャルソンの話、ロシアで頭寒足熱を実践するとヒドイ目にあうという件、ヤギとヒツジの区別にまつわる話、食器の材質について(プラや金属のそれを使わされるへの抵抗)、ナポレオンの料理人の話、○×教育の弊害、言い換え(表現の豊かさ)、慣用句への業界からの要請への呆れ/本音を言わない日本のオバサン/甘い呼びかけ/アルメニア人が恨まれた理由とは/若者が感じていることを表に出すことを怖れている件、サフランが貧血に効いた?、アレクサンドラ先生と要約の話。

目次を写す。
Ⅰ 親戚か友人か隣人か
神聖なる職域/陽のあたる場所/頭寒足熱/流刑あればこそ/サッカー好きの元首/花も実も/親戚か友人か隣人か/季節を運ぶツバメ/衣替え/ヤギとヒツジ/雪占い/おとぎ話のメッセージ/ラーゲリにドキッ/愛国心のレッスン/〝近親憎悪"と無力感と/プーシキン美術館を創った人々

Ⅱ 花より団子か、団子より花か
花より団子か、団子より花か/キノコの魔力/餌と料理を画する一線/食欲は…/ソースの数/黒パンの力/蕎を伝播した戦争/ナポレオンの愛した料理人/非物的娘

Ⅲ 心臓に毛が生えている理由
○×モードの言語中枢/言い換えの美学/便所の落書きか/曖昧の効用/素晴らしい!/心臓に毛が生えている理由/言葉は誰のものか?/脳が羅列モードの理由/あけおめ&ことよろ/きちんとした日本語/言葉の力/無署名記事/読書にもTPO/仮名をめぐる謎/綴りと発音/新聞紋切り型の効用/ねじれた表現

Ⅳ 欲望からその実現までの距離
何て呼びかけてますか?/進化と退化はセットで/年賀状と記憶力/生命のメタファー/皇帝殺しと僭称者の伝統/理由には理由がある/物不足の効用/機内食考/氷室/ゾンビ顔の若者たち/最良の教師/頭の良さとは/欲望からその実現までの距離/

Ⅴ ドラゴン・アレクサンドラの尋問
わたしの茶道&華道修行/花はサクラ/リラの花咲く頃/ザクロの花は血の色/グミの白い花/サフランの濃厚な香り/叔母の陰謀/ティッシュペーパー/タンポポの恋/家造りという名の冒険/ドラゴン・アレクサンドラの尋問/『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を書いた理由/秘蔵の書/お父さん大好き/童女になっていく母/父の元へ旅立つ母

Ⅵ 対談 プラハ・ソビエト学校の少女たち、その人生の軌跡
米原万里vs池内紀

2015/10/21

嘘つきアーニャの真っ赤な真実

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)
KADOKAWA / 角川学芸出版 (2012-09-01)
売り上げランキング: 368
kindle版
■米原万里
本書は、角川書店から2001年6月に単行本刊、2004年6月に同文庫化したものの電子書籍版である。
米原さんのエッセイは大昔に『不実な美女か貞淑な醜女か』を新潮文庫(1998年1月刊)でロシア語の同時通訳者ならではの各国政治家のスリル満点のエピソードを興味深く読んだことがあるくらいだった。
面白かったのに、何故他の著作をいままで読まないできたのかというとひとえにわたしの不徳の致すところ……なのだが、もうちょっと突っ込んで考えてみると、米原さんがロシア語がご専門だから――ということに尽きるだろう。早い話、ロシア(昔のソ連)や東や社会主義、共産国の文化や出来事にあまり興味を持っていないからだ。もし米原さんが英語の同時通訳者だったなら、わたしはもっと彼女の著作に手を伸ばしていただろう。

本書は大きく3つの話に分かれるが、どれも米原さんが1960年~1964年、9歳から14歳までの少女時代に通った在プラハ・ソビエト学校での体験とそこで仲良くなった3人の少女それぞれの昔話と現代で再会したときのエピソードが描かれている。

学校時代は親友のように仲良かったが帰国してしばらくは手紙のやりとりをしたものの米原さん自身が日本の生活で忙しくなったこと(受験勉強が主な理由)や、相手が政治情勢の変化(1968年のプラハの春など)で転居したりなんだりで交流が途絶えたり、音信不通になっていたのが「なんで急に探し出して会おうとすることになったのかなあ」というのは本書を読んでいて明確に納得できる理由が書かれていなかったのだが、さきほどアマゾンのレビューの中に【もともとはNHK衛星第二テレビジョンの『世界・わが心の旅 プラハ 4つの国の同級生』という1996年のドキュメンタリー番組に基づいて書かれた本なので】というコメントを寄せられている方があり、霧が晴れたように思えた。
3篇目を読んでいるときに「3人ともなんてドラマチックな劇的な再会、やけに起承転結っぽいというか展開が整っているなあ」と感じたのは番組構成の影響なんだろうか()。あと、町の人がやけに積極的に協力的なのもこれで納得(テレビカメラがあるのと無いのとでは微妙に違う気がする)。きっと素晴らしい番組だったんだろう。というか、「テレビ番組」というフィルターがかかると嘘っぽく感じてしまいがちだけど彼女たち3人はそれぞれ実在の人物で、実際の、本当の人生なんだもんなあ。日本にいるとニュースで出てきたときくらいしか考えないけどあのへんの歴史というか戦争というか国・民族・宗教の複雑に絡んだ軋轢をモロに受けた3人なのである。

いきなりそれぞれの波乱を語られても他人事だったろうが、ベースに中学生くらいのときのそれぞれのキャラクターがきっちり描かれていてそれぞれの女の子がリアルにイメージ出来ているから、それが1996年時点(ざっくり46歳)でどうしているか、少女時代から中年のいまに至るまでどうしていたか、は「知っている個人」のこととして読める。

勉強はてんでダメだけど、美男でモテるお兄さんがいる影響で思春期のみんなが興味がある「男女のあれこれ」を教えてくれたり「イイ男の見極め方」を教えてくれるギリシア人のリッツァ。彼女自身はギリシアに住んだことはないのに、彼の地の「青い空」はいつも彼女の自慢だった。あれだけ勉強嫌いだった彼女が後に医学部を卒業し、町のみんなに頼りにされている超繁盛している多忙なお医者さんになっているとは! 
特権階級で豪邸に住んでいるけど何故かよく嘘をつく、でも憎めないキャラのルーマニア人のアーニャ。この家は親、兄弟によって生き方も考え方も随分違ってしまったんだなあ。マリが友人のアーニャではなくお兄さんの考え方にシンパシーを感じつつ、どこまで反論するか自分を調整しながら会話するところが胸に詰まった。最後まで読めば、アーニャの「嘘」が何故だったのかがわかり、切なくなる。
いつもクールで大人びていて成績も抜群の優等生、ユーゴスラビア人のヤスミンカ。彼女は絵に素晴らしい才能を持っていて、日本の北斎を神とあがめていた。そんな彼女が芸術家ではなく廻りまわってマリと同業の通訳者になった経緯や、「優等生だった理由」が判明する。なんていうか月並みな言葉しか出て来ないけど運命に翻弄されたっていうか、国とか宗教とかそういうどうしようもないことに振り回されて気の毒すぎる。

ソ連、ロシアという「国」で考えると「冷酷非情」というイメージがどうしても付きまとうのだが、本書で描かれる幼いマリが学んだソビエト学校の級友や先生方はみなあたたかくて公平で素晴らしいかたが多くて、意外な感じがした。後で、在プラハ・ソビエト学校自体が一種の特権階級だったという意見も出てきたけど…。あと、友達どうしのつきあいだけじゃなくてそのご両親が再会しにいったときに「日本人のマリ」をよく覚えていて歓迎してくださるのも少女時代のつきあいの深さを思わせた。この3人はいずれもソビエトを母国としていない、という共感もあるのだろうか。
リッッアは子ども時代はどうかなと思ったけど良い大人になったなあという感じ、ヤスミンカは逆に少女時代がカッコイイ憧れの少女という感じだった(大人になってからも精神的に落ちぶれていなくてほっとした)。
一番馴染みにくい感じがしたのはアーニャかなあ。子ども時代はともかく、46歳になっても自分の立場と周囲のことがきちんと理解できていない特権階級で、「あえてわかろうとする努力を放棄している」感じがリアルな分、共感しにくかった。
まあなにより3人共に愛されたマリこと米原万里さんがいちばんチャーミングなことは云うまでもないでしょうね。

※追記
後で検索したらユーチューブで件のテレビ番組を観ることが出来たが、構成どころか結論まで全然別物だった。映像で景色や人物が観られたのは良かったが。米原さんの伝えたかったことと、NHK番組スタッフの考え方が違ったっていうことかなあ。このへんのことは現在読書中『心臓に毛が生えている理由』の中の「『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を書いた理由」などに詳しい。

2015/10/20

わたしの台所

わたしの台所 (光文社文庫)
光文社 (2014-09-26)
売り上げランキング: 3,211
kindle版
■沢村貞子
本書は1981(昭和56)年に暮しの手帖社から上梓された。紙の本だと2006年6月光文社文庫刊がある。今回はそれをベースとした電子書籍版で読んだ。
沢村貞子さんは1908(明治41)年11月11日生まれで1996(平成8)年8月16日没。
1981年当時は73歳くらいということか。
本文中でもしばしば「明治生まれ」や「古稀」を過ぎてるんだと書かれている。折に触れ、ひとに言ってしまうと。そのココロは、若い人には肌の美しさなどどうしてもかなわないから、せめて「70歳を過ぎているにしてはきれいだ」「その年にはとても見えませんね」と云われたいからだ、とあり、うーんなるほどねーと。

本書は73歳にしていまだ現役女優(兼業主婦)であられた沢村さんの日々の食事や家の掃除のことなど、ごく身の回りの出来事や家事について書かれたエッセイ集である。女優業ならでは、という記述はあんまりなくて、すごく身近な感じ、人生の先輩としてのたしなみや生活の知恵をていねいに教えてもらっている感じがする。とても参考になる。
梅酒のつけかた、ぬかづけの作り方から保管方法、白菜漬けのつくりかた、大豆やひじきを使った常備菜のレシピ。指でそっとさわってほこりがあったらその場ではたきを取ってきて掃除、汚れが目についたらそのときにちゃっちゃと雑巾で拭いておく、そうすれば大掃除と構えなくてもいつも家はきもちよく清々しい…。

本書でよく登場して、なおかつ今まであんまり見かけない表現だなと印象に残ったのは
①「ひきずり(にならないように、という母親の教え)」
→初めてこの表現を見たのは大和和紀『はいからさんが通る』の「おひきずりさん」。
着物を長めに着るのは一家の主婦として炊事・洗濯・掃除などをして立ち働くときには向かない。つまり、恰好ばっかりに気を取られて家のことを疎かにするような人間にはならないでくれという、明治生まれの沢村さんのさらにお母様の教えだから、いまの多様化した女性の生き方にはそのまま当てはめられないだろうけれど…。

②「いまは総中流社会らしいから」
→わざわざ傍点を振ったりしていて、著者はそうは思っていない、あるいはそこはかとない皮肉を感じる。「一億総中流社会」って昔聞いたなあ、バブル後は聞かなくなったような? と思ってググってみたらウィキペディアにちゃんと載っていた。内閣府の「国民生活に関する世論調査」で、生活の程度に対する回答比率が昭和45年以降は約9割が「中流」になったそうで。バブル崩壊後も、リーマン・ショック後もその割合に大きな変更は見られないんだそうだ。ちなみに「中流」がどの程度かは明確な定義などは無くて、回答者の感覚に任せられているらしい。ふーん。「総資産○円以上が中流」だとか決めちゃった場合にどうなるかちょっと興味があるなあ。

昭和56年に出版されたこのエッセイで既に沢村さんが「子どもに全部そそぎこみ、老後は子どもに頼るというのはいかがなものか」と問題提起し、「親は親で自分の老後自立するために資金を取っておくべきだ」という趣旨のことを書いておられるので凄いなあと思ったが、友人に話したらあっさり「それはあなたに子どもがいないから言えることであって、子どもから離れるなんて簡単には出来ない」と云われてしまったとか…まあ、そりゃそうだろうなあ。平成も27年まできたけど、こういう意識にはあまり変化がないように思う。
他にも「この考え方って昔に書かれたにしては今も通用するな」っていうのがけっこうあった。

わたしは女優とか俳優さんのことを知らないので沢村貞子というひとについても名前は知っているけど、くらいのレベルだったのだがウィキペディア読んだだけでも波乱万丈で、もっと若いときに書かれたものがあれば読んでみたいと思ったが、最初の著作で1969年(61歳)だからなあ。
そうそう、本書の中で黒柳徹子さんとの交流が描かれるところがあり、びっくりした。以前読んだ杏さんのエッセイにも出てきたっけ。本当に世代を越えて愛されているというか、素晴らしいひとなんだなあ。



2015/10/15

吾輩は猫である 【再々読】

kindle版
■夏目漱石
3度目の通読、通読じゃなければもうちょっと読んでるんだけどなんせ長いわりにアラスジは単純で枝葉盛りだくさんで出来上がっている小説なもんだから。お気に入りは苦沙弥先生の3人の幼い娘さんの出てくるところ。お茶の水幼稚園に通う「とん子」嬢を筆頭に、次女・すん子、三女の「めん子」ちゃんは当年とって3歳。「坊やちゃん」と呼ばれているが、自分で自分のことは「坊ば」と呼ぶ。「坊や」って男の子につかう愛称だと思うんだけど…明治時代は違ったのかなあ。

大筋は、スジがあるところをいえば中学教師をしている苦沙弥先生のところに出入りしている「寒月君」をめぐる近所の実業家「金田家」の娘との縁談のさきゆきは?ってところなんだろうけども、でもそれがメインじゃなくて、「吾輩」こと猫くんの目を通して描かれる猫の世界の話や飼い主の家にやってくる一風変わった面々の日々の長々したお喋りの内容とか近所のあれこれである。人間風に書いてあるところも多いけど、猫ならではのお雑煮餅とのダンス(?)とか、ネズミを捕ろうとしたとき、蟬獲り、松の木の登り降りなんかについてもえんえんと書いてある。猫も多弁だけど苦沙弥先生のところにくるお客はみんなおしゃべりが長い。とにかく回り道の多い小説で、ここからそこへたどり着くまでに話が横道へ逸れる逸れる。こんなんだから長くなるわけだけど、不思議と面白くて読めちゃう。

漱石流の難しい熟語も頻出するけれど、わからない言葉は前後の脈絡でなんとなく雰囲気読みして、話そのものはごく気楽なユーモアと皮肉の利いたニヤニヤしながら読める気楽で楽しい話だ。みんなどこまで本気?っていうくらい冗談みたいなことばっかり言ってる。よく考えたらこの小説に出てくる主要なひとたちって30歳くらいの若い世代のひとたちなんだもんね。しかもそれを子猫の視点で書いてある。
今回はkindle版で読んだので電子辞書を引きながら読んだが、ただ、紙の本と違って注釈がないので「ここは辞書どおりの意味じゃないだろう」ってところとか、当時の世相を反映している時事的なこととかはわからなかったのでやっぱり注釈付きの文庫で読んだ方がいいのかも。

2015/10/13

ミラノの太陽、シチリアの月

ミラノの太陽、シチリアの月 (小学館文庫 う 13-1)
内田 洋子
小学館 (2015-10-06)
売り上げランキング: 9,189
■内田洋子
これは電子書籍化されていない。2012年刊の単行本がつい2日前に小学館文庫化したので書店で買い求めた。
読みはじめてすぐ、「ああ、やっぱり内田洋子さんて凄い!」って興奮して心の中で何度も叫んでしまった。なんていうの、このバイタリティ。度胸が据わってるというか、対人スキル、トラブル対応力が半端無いって感じ。さらりとして読みやすく的確な文章も大好きだし。
特に「鉄道員オズワルド」は読み終えて「これ、小説じゃないの? 本当に内田さんこんなドラマチックな人生に立ち会ったの」と後ろの解説とかを確認してしまうくらいエッセイという枠ではとても想像できない深みと重みがあった。このページ数でこの内容、ジュンパ・ラヒリの短篇を読んだときに似たようなことを感じて驚愕・感動したことを思い出した。

この方はジャーナリストなんだけど、取材の仕方が濃い。対象の人間関係の中にするりと入りこんでいく。住んでいる場所がしょっちゅう変わっているのにはもう慣れた。何故なら内田さんはまずそこで生活して、町に溶け込んで、近所づきあい、人付き合いの中からいろんなものを吸収してよーく吟味してそのうえで極上のエッセイにして見せてくれる天才だからだ。
本書に収録されているのは以下10篇。短く感想、レビュー。

ミラノで買った箱
「箱」というのはなんと「住まい」。取材のために異国で家を買っちゃう、そこもびっくりしたけどそこからいきなり全面改装とかその流れのあまりの速さに目を白黒させていたら案の定トラブルが、どーするんだろうとこっちが勝手に心配してたらいやー、まー、このひと凄い肝が据わってるなあ!

ディアーナが守りたかったもの
ミラノから1時間ほどの農地の中にぽつんとある荘園領主の館。そこに住むディアーナの若いころの恋と別れ、そして得たたったひとりの息子。なんていうか……うまくいかないんだなあ、でも彼女は失ったものもあるけれど、得たものもたくさんあるはず。あわれだとかそういう同情を許さない何か強い意志を感じる。

鉄道員オズワルド
北イタリアのリグリア州にある海辺の地味な町、そこにあるほとんど電車が止まらない各駅停車の駅。その駅舎に住む親子と娘。この娘が大学で北斎を学んでいることから日本人の内田さんに声がかかったのだが…。

六階の足音
ミラノの南部にある運河の近くの低層の住宅に住んでいるときの、それぞれの階の住人との交流、特に上の6階の老婦人の話。この近所にある「昔ながらの洋品店」の女店主の話(その秘密のノートが凄い)。いまはこういう人間関係都会では無いよなあ…。良いなあと思う一方で自分では無理だなあと思う。

ロシア皇女とバレエダンサー
イタリア人の習慣と真逆に、「冬に海」でバカンスを過ごすことにした著者。フランスとの国境に近い海沿いの寒村のホテルに滞在した。そこの支配人の母親はロシア皇族の末裔だと云う…。なんでこういうひととするっと馴染めちゃうのか、人柄かなあ。

ブルーノが見た夢
これはちょっと後味が悪いというか、珍しく人の悪意というとなんか違うな、えーと「狡さ」が書かれた話。海岸線に沿って延びている国道1号線(アウレリア街道)の、たどり着くのがなかなか難しい場所にその家はあった。「海と空しかないところで暮らしてみたい」と願った著者が紹介されたその家は急な坂の上(つまり山腹の中)にあったが…。

鏡の中のナポリ
若い知り合いの女性からの電話で始まる。彼女が小学校の低学年のときから知っているということでその独特の家(家族と近所関係)の話。「荘厳なナポリの建物」での生活描写が印象的。そしてそこで生まれた小さな恋の物語。文字通り「家の中で育った」お姫様のような女の子と、貧しい男の子が年頃になって惹かれあう…美しすぎて、儚すぎて、――現実的な心配は野暮だよなあ。

祝宴は田舎で
遠方の友人が90歳になる父親の親孝行のために一緒に旅をする、その途中でミラノに寄るとなった。その話を犬の散歩のときに知り合った友人に話したところ話がどんどん膨らんで…。それにしてもイタリア政府は無茶な交通規制をいきなりするんだなあ、これも「どどどどーすんの!?」とこちらが狼狽していたらあれよあれよといろんなひとが知恵を出し合って結局結果は素晴らしいものとなった。普段の行いがモノをいうなあ。

海の狼
標準語がすぐに出てこないことや吃音気味なこともあり寡黙な「一匹狼」な海の男の半生。なんでこんな難しそうなひとの身の上話を聞き出せちゃうのかなあー。なにかがひとをそうさせるんだろうなあ。

シチリアの月と花嫁
シチリアのごく小さな閉鎖的な村での知り合いの結婚にまつわる話とその結婚式の話。内田さんの本を読んでいるとわかるけど、同じイタリアでも北と南じゃ住んでるひとの性質とか生活の仕方、考え方、なにもかもが違う。でも若いふたりが出会って愛しあって結婚する、なんだろうこの幸福さ、美しさは。月並みな話のようなのに、やっぱり1つ1つが特別で、とてもきれい。

解説:田丸公美子

2015/10/11

0能者ミナト <9>

0能者ミナト (9) (メディアワークス文庫)
葉山透
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス (2015-09-24)
売り上げランキング: 2,483
■葉山透
ミナト・シリーズ第9弾。
今回の怪異はダイダラボッチ。
ダイダラボッチって日本の昔話・民話に出てくる巨人・大きなアヤカシで、でも別段悪さをするとか被害を被るとかそういう存在じゃないと思っていたのでこの話では「退治」をしなくては人間がやられてしまう、という設定であることに違和感を覚えつつ読んでいったんだけど。

昔話に出てくるダイダラボッチというのは土を掘り返したらそこが池になったり土を盛ったらそこが山になったりするから大きいといえば大きいんだけどイメージとしてはウルトラマンとかゴジラとかそういう大きさ。ところがミナト・シリーズに出てくるダイダラボッチは流石と云うか、スケールが違う。体長2,000メートルの巨人て! うわ! 人間と蚤の関係くらいの差とか書いてある。でかすぎてイメージが追いつかんぞ、だいたい蚤が人間を倒すて、そんなこと出来るわけ!?しかもそんなあほみたいにデカい怪異がなんでいままで出てこなかったんだ、目立つなんてもんじゃないぞ!?

以下、盛大にネタバレしてるので未読の方は読まないでスルー推奨ですぴょん(。・ω・)ノ

途中で明かされる「九条湊のダイダラボッチ解釈」にはあー、という感じ。そういう切り口できましたか。
量子力学……聞いたことや読んだことはあっても「日本語で書いてあるのによくわからん」学問デス。
「シュレーディンガーの猫」は初めて聞いたのは大学の一般教養の何故か「社会学」だったので最初は社会学用語と思っていたくらい、禅問答ぽいというか哲学ぽいというか、なんにせよ「文系ぽい」、でも「量子力学」だから思いっきり理系だというアレですね。猫が生きてるか死んでるかは箱を開けてみないとわからないっていう、そりゃーそうだけどそれってどうよ?っていうヤツですネ。
ダイダラボッチは怪異だからよくわからん。
量子力学も(わたしには)よくわからん。
その「わからん」ものどうしを結び付けられると読んでいる身にはどう感じられるか……答えは「なんだかよくわかんないけど煙に巻かれた気がするけどまあ変わった解釈でおもしろいからまーいっか!」という完全ダマされ丸め込まれパターンです。ふ、フィクションだから面白かったらいいのよっ!(誰に言い訳してんだ)。

量子力学的に不確定な存在を倒す?しかもむちゃくちゃデカいのを?
というトンデモ設定なので、ミナトが「○○を使って倒す」という発言をするまでがヤマというか興味のピークで、その方法を実践する終盤の「ダイダラボッチ退治」のあたりは興味が薄れてしまって少々流し読み気味になっちゃった。っていうかそもそもの「認識」したから「被害が確定」って、うーんなんだかなー。
でもこの話を読んで、「自然災害による被害」についての葉村さん流の解釈とも取れるのかな、という気もした。那州雪絵の怪異を扱ったコミック(確か『魔法使いの娘ニ非ズ』第3巻)に強すぎる相手と戦う話があってそのあとがきにそういう、「作者の創作意図」が書いてあってびっくりしたんだけど、これもそういうのかなと。実際話の中で沙耶ちゃんがそういうふうに考えているところもあって。人間の力に対してあまりにも大きすぎる力によって被害を受けた場合、その原因を取り除こうとする、というのは(つまり地震や津波をやっつける、というのは)あんまりにも難しすぎるし、被害を防いだりする対策を取る方向に思考は流れるんじゃないか。2,000メートルもある怪異による被害もそれとおんなじような、人間がどうこう出来るものじゃない、神とか自然とかそういうレベルで「巫女」である彼女はまず「畏れ」を感じると。うん、すごくよくわかるその気持ち。でもミナトはいろんな意味で「怖いもの知らず」でぶっとんでるからねー。こういうひとがいることも「人間の面白さ」と云えるよなあ。

そういえば『日本人の知らない日本語』で有名な蛇蔵さんの漫画『決してマネしないでください。』を先日kindle版で読んだのだがその2巻にもシュレーディンガーの猫が出てきた。蛇蔵さんにかかれば「ノリツッコミ」の一言で片付けられてしまうのがスゴい。科学分野を中心に扱われたコミックで、ラブコメ風の要素もあり、オススメ。現在2巻まで、紙媒体とkindle版両方発売中。

ここに貼ったのはkindle版です。

魔法使いの娘ニ非ズ(3) (ウィングス・コミックス)
新書館 (2013-08-01)
売り上げランキング: 56,171
これもkindle版です。

2015/10/08

エリザベス王女の家庭教師

エリザベス王女の家庭教師 (創元推理文庫)
東京創元社 (2015-03-04)
売り上げランキング: 1,223
kindle版
■スーザン・イーリア・マクリール 翻訳:圷香織
チャーチル閣下の秘書(創元推理文庫2013年6月28日刊)に続く第2弾で、2014年3月20日に創元推理文庫から出ていたもの、今頃読む。というのは、買おうかどうしようか迷って保留にしていたら先日キンドルの電子書籍・月替わりセールで随分安く(紙の本で¥1,361が¥647に)なっているのを発見したので。
ちなみにこのシリーズは第3弾『国王陛下の新人スパイ』2015年3月13日刊がkindle版で¥1,260で出ており、第4弾『スパイ学校の新任教官』は2015年10月23日kindle版¥1,300に発売予定となっている。
第1弾と第2弾が今安くなっているのは第4弾発売に向けてのキャンペーンかな…。

第1弾を読んでだいぶ経っているので記憶が曖昧だったが、チャーチル首相が出てきて、ロマンスはあんまり無くて、ミステリーというよりは冒険活劇っぽいという印象だった。第2弾はチャーチル首相も出てくるがメインはタイトルになっておるとおり王位継承権第1位の14歳のエリザベス王女とその妹のマーガレット王女。
この小説の時代設定は第2次世界大戦中なので、このエリザベス王女というのはすなわち現在のエリザベス女王(ウィキペディアだとエリザベス2世と書いてある)。
ウィキペディアを開いたついでにメモっておくと、
女王様は1926年4月21日生まれで、1952年2月6日に即位された。ということは26歳の誕生日の2ヵ月前、25歳で即位されているのね。この小説についての関連は同項の「王女時代」「第二次世界大戦」が深い。このへん、知っているひとは今更~な知識なんでしょうけどね。
この小説の舞台はウインザー城で、大戦中の疎開によるもの。ウィキペディアによれば【1940年2月から5月まで、ウィンザーのロイヤル・ロッジ(英語版)に滞在した後、ウィンザー城へ移り住み、以後5年近くを過ごすこととなった。】とある。1940-1926=14歳だから、ウィンザー城にこの小説が終わったあと5年くらい住まれたってことね。

まだ在位されている女王様が悪く書かれるはずもなく、この小説に出てくるエリザベス王女は幼いけれども聡明で、自分の立場や国民のことを思いやるとても素晴らしい少女。子どもらしい悪戯心や淡い恋心なども描かれており、あまり「未来の女王様」を強調していなくて素直に可愛らしい女の子だな、という感じだった。

主人公は本当はスパイとして活躍したかったのだけれども今回は表向きは王女の数学の家庭教師としてウィンザー城に送り込まれる。たしか、「家庭教師の女性」の地位ってそんなに高くなかったと他の小説なんかでも読んだ記憶があるけどそのせいか、お城の中で意地悪とかもされる。まあ、若い女性同士で、この主人公は「美人」の設定だから単純にやっかまれたとも言えそうだけど。

シリーズ第1弾でのロマンスの相手だったジョンは戦争でパイロットとして任務中に行方不明・生存不明になった状態で話が始まる。だから主人公マギーの心の中はジョンでいっぱいなんだけども、それでもこの話の中で出会いがあったり、ちょっとロマンスが生まれかけたりなんだりはする。

最近の流行で今の話のラストで次の話への「引き」まで書かれるのだが、第3弾はともかく第4弾で「スパイ学校の新任教官」にまでなっちゃってるって、いったいこのマギーがどうなったらそうなるんだろうとびっくり。波乱万丈ってことかなあ。
ミステリーとしては犯人に意外性とかそういうのは無くて、まあ順当に「そうだよね」って感じで理解できるひとだったんだけど、それ以外の、主人公の私生活面で結構大きなどんでん返しがあって、読んでいて「わーそうかあ!」と思った。それにしてもこの小説の最初のほうで殺される、ピアノ線で首切断、っていうのはグロくて怖いなあ。しかもそれを14歳のエリザベス王女と妹のマーガレット王女が一緒にいたから発見もしなくてはならない状態だったんだよね。気の毒過ぎる…。

第3弾はドイツが舞台なのでナチスと、そして「あのひと」との対決になるんだろうなあ、考えただけで重たいなあ。以降読むかどうかはまた気分次第。