2015/09/24

琥珀のまたたき

琥珀のまたたき
琥珀のまたたき
posted with amazlet at 15.09.24
小川 洋子
講談社
売り上げランキング: 1,492
■小川洋子
「幼い娘を肺炎で突然亡くし、精神的に追い詰められた母親が愛人から手切れ金代わりにもらった別荘の中に11歳と8歳と5歳になるかならないかの子どもを連れて移り住み、世間から隔離してしまった。家から一歩たりとも外へ出ることを禁じたのである。その当時の彼らの日常生活を数十年を経て老人となった彼らのうちの1人が語るのを別の老女からの視点を交えて描いた話」。
この本のあらすじを物語性を一切抜いて言ってしまうならばこういうことになるだろうか。
でまあ、小川洋子の読者なら百も承知なのだが、この本はそのアラスジから抜いてしまいがちな「物語性」こそに重きが置かれているのであって、「母親の異常」は「異常」として扱われないのである。
読んでいて、「これって監禁っていうのかな、子どもがそういう判断が出来ない年齢のうちに恐怖を植え付けて信じ込ませてるんだから、精神的な虐待っていうのかなあ。」とか考えないわけでは無かった。でも子ども達はママが大好きだし大事だし、ママも子どもたちを彼女なりにすごく大事にしているということは伝わってくるので、そして小川洋子の描写がほんとうに夢のような楽園のごとくこの小さな「世界」を楽しく美しくキラキラと描き出すものだから、魔法にかかってしまう。

子ども達はこの家に住むことになると同時に今までの名前を棄てるように母親から言い聞かせられ(いま「千と千尋」を思い出したけど、「名前を棄てさせる」ってやっぱりこれも精神的な虐待に成り得るわね、そこのところが判断できないくらい幼い彼らが愛おしい)、父の編んだ百科事典からそれぞれ目を閉じて名前を選ばされる。
長女がオパール。真ん中の長男でありこの物語の主人公でもあるのが琥珀(=いまは「アンバー」と名乗っている。琥珀を英語にしただけということで「ああこのひとはママの呪縛からいまだに逃れていないんだな」とわかる)、末っ子の次男は瑪瑙。
彼らは既製服をそのまま着るのではなく、母親の手で羽や尻尾や鬣を付け加工されたものしか着ることを許されなかった。でも彼らはそれを変だとも思わないし、まして苦痛や反発など感じない。「大好きなママ」が言うことだからだ。
オパールは外の世界のことをそれなりに覚えていたが、弟たちはほとんど覚えていない。彼らは3人でいろんな遊びを作り出し、お話を作って聞かせあったりして毎日を穏やかに過ごしていた。ママは毎日外の世界に働きに出掛け、夕方に帰ってくる。「温泉療養施設の付添婦」というのがその仕事。

この閉じ込められた世界は6年8か月も続き、最後の方でオパールは以前から出入りしていた商人と一緒に外の世界に逃げ出すし、末っ子の瑪瑙も外の世界にある程度興味を示しはじめていたが、最後の最後までママの世界にとどまろうとしたのは琥珀で、そしてその「救出」から長い長い年月を経た「いま」でさえ、彼は「ママの言いつけ」を忘れずに守り続けている。

アンバーさんが現在いる場所は「芸術の館」という場所で、その前は「福祉施設」にいた(「芸術の館」の福祉施設の一種であるような感じがするんだけど)。
彼がここへ来た理由は彼が「ママの家」にいたころからその才能を発揮していたある芸術的な才能のためで、それは図鑑の隅に描かれていく小さな絵、ページをめくっていくことでそこに動きが生まれ、生き生きと輝きだす――ってこれ「パラパラ漫画」だよね!? って思っちゃうけどまあそういう種類の、もっと繊細な、芸術性の高いやつなんだろう。小川洋子の物語の魔法で描写されるそれはとても尊い、琥珀の気持ちがこもった美しいもの。彼はその手法で幼くして逝った妹が飛び回り遊ぶ姿を生まれさせ、母親へ、姉弟たちに喜びを与えることになる。

最初の方でアンバーさんの左目が名前の通り琥珀色になり、ほとんど見えていなくて右目だけに頼っているということが書いてあったので、まだ小さい琥珀の目に異常が出てきたときはすごく悲しくなった。ああ、この子がお医者さんにすぐ見てもらえる環境にいたならば、失明せずにすんだかもしれないのに。愚かな母親は子どもが熱を出そうと流行り病に苦しもうと決して外に出さないし、外から他人が入ることも許さないのである。薬さえ飲ませた様子が無い。しかもその感染の原因は外に働きに出ている母親自身に他ならないのに。
琥珀の目が少しずつおかしくなって、でもそのおかげで同時に百科事典の余白に妹を描き出すという手法を見つけることが出来て、彼の芸術性が開花していくわけだが、それがこの物語であることは頭ではわかっているのだが、どうしてもわたしは心からは喜べなかった。出来れば琥珀の目はそのままに、あるいはきっかけだけ与えて後は良くなって、そして絵の才能も開いたならもっと手放しで楽しめたはずなのに。まあ、小川洋子の物語と「喪失」はよくあるテーマっちゃテーマだし……わかってるけど……うーん。

表紙と中表紙に使われている加藤新作という方の写真がすっごく素敵。
装幀、名久井直子。さすがです。