2015/04/29

小林カツ代のお料理入門

小林カツ代のお料理入門 (文春新書)
小林 カツ代
文藝春秋
売り上げランキング: 3,241
■小林カツ代
本書は2003年11月に刊行された『実践 料理のへそ!』に料理写真とレシピを加えて改題し、再構成した新装版、小林カツ代キッチンスタジオの協力を得て刊行したものだそうだ。
だから『実践 料理のへそ!』を持っている方は慌てて買わないように注意。

基本的な料理の基本的な作り方が小林カツ代さんの口調そのままのエッセイと一緒に載っている。
表紙になっているオムライスは昨今流行りの贅沢に卵を複数使ったトロトロ風味では無く、卵は断然1人前1個!というキゼンとした態度で貫かれている。本書の料理はすべてこういうスタンス。
3~4人以上のファミリー向けではなく、どっちかっていうと1~2人の少人数向け。少ない人数だから手間暇かけられないけどちゃっちゃと手早く美味しいもの作れるよ、という感じ。
お弟子さんによるあとがきによれば、
【子どもたちが独立し巣立った後、家族のために作ることの多かった生活スタイルから自分のためだけに料理を作るようになり、その中での発見を綴った料理エッセイとしては最後の作品】だそうで、でも「基本」で「少人数向け」だから一人暮らしをはじめる若い人にも向いているように思う。だからこそ新年度に向けての2月末の発行日なんだろうし。

まだしっかり目は通していなくてとりあえず全部にざーっと目を通しただけなんだけど、例えば終盤に出てくる調味料とかもすんごく普通。そのへんのスーパーで売っている大手メーカーのものばかり。このへんが、「これが好き!」に凝っている昨今の料理人などの挙げる商品と全然違って最初はびっくりしたけどそうだよね、これは誰にでも作れる、基本の、っていう本なんだものこれが正しいんだよね。

どういう料理のレシピが載っているか、例を挙げると、・ひとりすき焼き・オムライス・ 煮魚・ハンバーグなんてのから「ご飯の炊き方」「味噌汁」なんていうほんっとの基礎も載っているし、卵・魚・肉と素材別の解説もある。終盤には調味料の選びかたや料理道具のおすすめまで、さすが新書、実用的だ。

「最後の最後に」に載っている、「塩・胡椒する」とは何か? という一文が目から鱗だった。ちょっと引用してみよう。
 【以前、男性の読者(年齢不詳)から問い合わせがあったんです。「塩胡椒たちが一体、何をするんでしょうか?」。振りかけるんです、と答えると、「どうやってですか?」。
  ですから、ここで、念のため。
  ”塩・胡椒する”とは、塩と胡椒を適宜振りかけることである。え、適宜って、どのくらい? という声が聞こえますが、これが非常に説明しにくい。なにせ、「ちょうどいい量」なんですから。
  野菜炒めとします。フライパンに何がどれくらい入っているか、そのときどきで「ちょうどいい量」は全然違います。その人その人の好みでも違う。レシピを書くにも、いわく言いがたいときに、こう言うわけです。】

――どうです、「塩胡椒する」って、そこのところまでこうやってきちんと書いてくれている料理のプロの方ってそうそういらっしゃらないのでは。
そうだよねえ、「塩胡椒を振る」と云わずに「塩胡椒する」って普通に言うけど料理をしないひとにとっては「どれくらい? 何振り?」ってなるってよく聞く話だもんね。「適量」「適当に」も以下同文みたいで。でもそれをキチッと「小さじ半分くらい」とか書いたとしても実際毎日料理するときにそんなの測っているかっていうとねえ。

実践・料理のへそ! (文春新書)
小林 カツ代
文藝春秋
売り上げランキング: 97,942

2015/04/27

ランチのアッコちゃん

ランチのアッコちゃん
ランチのアッコちゃん
posted with amazlet at 15.04.27
双葉社 (2014-02-05)
売り上げランキング: 2,560
kindle版
■柚木麻子
単行本が本屋で表紙見せで並べられているのを見たときから気にはなっていた。が、スススと寄って行ってはハッとなり「ちがうわたしは美味しそうなお弁当に惹かれただけでこれは小説! 食べられないよ~」と自分に言い聞かせていた。なんせ読んだことが無い作家さんなのでいきなり単行本はハードルが高かったこともあるし。妙にプッシュされているのもよくわからなかった。
でもまあずっと気になるし、文庫化したし、kindle版も出てるし。
というわけで読んでみた。
「ランチのアッコちゃん」というタイトルで装丁が可愛らしいお弁当の写真なので(なんだかお子様向けみたいなおかずだしなあ)、アッコちゃんと呼ばれて親しまれている二十代前半のOLさんが主人公かな、とぼんやりイメージを持っていた。
そしたら語り手の名前は澤田三智子で、派遣社員だった。
そしてアッコちゃんというのは45歳の独身女性で、営業部長のバリキャリウーマンだった。身長が173センチあって敦子という名前で髪型などから和○アキ子を連想させることから「アッコさん」「アッコ女史」というあだ名(面と向かって呼ぶ勇気のある社員はいないらしい)がついたと。
アッコちゃんなんていう可愛らしいタイトルのくせに全然違うアッコさんの設定にしてあるなんてどういうことだろう、とか思いつつも読みやすいのでさくさく読んでいくとアッコさんは会社とは違う面をお昼休憩(ランチ)のときに行く先々の店で見せており、そこでは「アッコちゃん」と呼ばれ皆から親しまれているということがわかってきた。仕事モードと休憩モードでは肩肘張ってないから人受けが違うってこと、かなあ。でもそんな極端に変わるかなー。

この本は全部ランチのアッコちゃんシリーズなのかと思ったらそうでもなかった、というか4篇収録されていて、表題作と「夜食のアッコちゃん」はくっきりシリーズものの作りだが「夜の大捜査先生」は主人公(語り手)が肉食系の30歳独身女性(十代から夜の町で遊びまくっていた不良タイプ)で終盤ちょこっとだけアッコさんが超脇役で出てくるだけだし、「ゆとりのビアガーデン」に至ってはもはや通行人として澤田三智子嬢が走り去る描写のみ。うーん本書の続篇『3時のアッコちゃん』というのが近著にあるくらいだから1冊全部2編目までの感じかなと思ったんだけど違うんだなあ。

でも小説としては最終話「ゆとりのビアガーデン」が一番面白かった。良いなあビアガーデン。
4篇ともかなりドリームというかそんなにうまいこと行くのかなあって感じがしないでもないけど、まあ、こういうタイプのお話はリアリティよりも楽しさだ、はったりでも呑気にプラスのパワーをくれたらそれで良い。この小説を読んで社会人生活の参考になるかといわれたらまあそのままではとても無理だけど。
「ランチのアッコちゃん」というタイトルのわりにランチのバリエーションが少なくてちょっと拍子抜けした。
「夜食のアッコちゃん」はポトフの話で、ポトフだけでひとがそんなに喜んでくれるものなのかとびっくりしたけどまあこれもファンタジーよね。
「夜の大捜査先生」は主人公のキャラがちょっとひどくて辟易した。

それにしても普通の会社は副業ダメなところが多いんじゃないのかなーまあ仕事じゃないからいいのかなー日中フルで働いて昼休みだけ手伝いとか夜中だけ手伝いとかすごい体力だなあと驚きながら読んだ。

あっというまに読み終わってしまったが単純にこの本はページ数が少ないのだった。kindleでは同条件なので総ページ比較がしやすいが、本書はkindle版でトータル1871、吉本ばなな『キッチン』は薄い本だけどそれでも2190ある。『草枕』もそう長くないけど2747あるし、『さらば愛しき女よ』は4386、『八百万の死にざま』は7336である。
そういえば単行本が出たときに編集サイドがあえて短めにして早く単行本の形にまとめたかった、というような記事をどこかで読んだことがある。単行本だったらある程度の長さがないと、しかも単価千円越えてるのに損した気がするけどなと思ったことを覚えている。

本書は読むと元気が出るということでかつて本屋大賞にもノミネートされた(落選)ということだが、この本を読んでそのまま会社生活に反映させよう、それできっと上手くいくぜと思える社会人はまああんまりいないだろう。いろいろ問題が起こってるところまでは「あるある」と思っただけに「そんな簡単に単純に解決するかなあ?」って、まあ肩肘張らずに気楽にエンタメ、ドリームを楽しめたから「元気」をもらえたということになるのカナ?

2015/04/26

脳天壊了  吉田知子選集Ⅰ

脳天壊了―吉田知子選集〈1〉
吉田 知子
景文館書店
売り上げランキング: 438,394
■吉田知子
景文館書店。初めて買ったかもしれない。
装丁がすごく格好良くて、本のあちこちを探したけれども装丁者や写真についての記載は見つけられなかった。だから要するに「景文館書店」が装丁、ということなんだろう。真っ黒の中に青白く光るライト、じっと見つめていると缶詰の底に見えてくる。

吉田知子の作品は『戦後短篇小説再発見10 表現の冒険』というアンソロジーに収録されていた「お供え」が独特の色を放っていて気になっていた作家さんではあったが、文庫に収録されていないこともあり、いままでまとめて読むことがなかった。

本書には7篇の短篇が収められている。また、最後に町田康による『「脳天壊了」への四題』という出題がなされている。

「脳天壊了」★★
本書のタイトルにもなっている。これに「のうてんふぁいら」とルビが振られている。「ふぁいら」っていうのが分からなくて最初吉田さんの造語?的なものかと思ったが検索してみたら「脳天壊了」というのは日中戦争勃発後に現地の日本陸軍将兵の間で使用された中国語口語からの借用語の一種で、いまでも年配の方などには俗語として残っているらしい。「兵隊シナ語」というらしい。へええ、初めて知った…。
小説は、杢平という男の視点で書かれているんだけど、なんていうか読んでいると山下澄人を読んでいるような感覚になって、うーんなるほど脳天壊了ね……という納得の仕方をした。理解しようとして読んでいくのだけれど現実なのか主人公の妄想なのか狂っているのか正常なのかそこが混ざり合ってぐるんぐるんとなる。読了後町田康の出題を見て考えようとしたがとても一読二読では無理だと悟った。

「ニュージーランド」★★
この視点は「私」。中年の女性らしい。舞台は船の中。「私」はこの船の行先はニュージーランドだと思っている。自宅の裏に川があり、そこに毎日来る女「タマ子」との話でもある。この話はわりと感覚的に飲み込みやすかったが最後ちょっときょとんとしてしまった。「ニュージーランド」って何だろう。

「乞食谷」★★★
視点「私」。「蟹トク子」という名前だそうで、最初蟹の話からはじまるのだけど要するに苗字に対するうらみつらみなのだった。事務員をしながら細々と暮らしているまだ若い女性のようだ。貧しくて、コンプレックスの固まりで、いろいろ鬱屈している。住んでいる近くに「谷」があってそこにある日現れた貧しい人々…。

「寓話」★★★★
「桑木石道」という書家の話。視点は別にある。中島敦『名人伝』を連想した。道を究めすぎてなんだかどんどん概念的な世界になっていくのとか、面白かった。

「東堂のこと」★★★★
「東堂」という雅号を持つ男の一生。書の落款に用いるそうで、でも書家ではなく元軍人のようだ。書の話ではなくて、彼の壮年以降の人生をメインに書いてある。戦争と、その後のごたごたした時代。頑固というか変人と云うか、面白かった。

「お供え」★★★★
この話はアンソロジーで既に2回読んであるので飛ばそうかとも思ったけど読みはじめたら面白くて読んでしまう。夫を先に見送ってひとりで住んでいる「私」の話、あるとき家の両角に花が置かれるようになりそれは毎日続くようになり……。
最後のこの展開は、ものすごく怖いんだけど、大丈夫なんだろうかと毎回思う。

「常寒山」★★★
「私」視点。夫の明夫に対する不満の話かと思ったらそうでは無く、その登山仲間の男たちの中の一平という人物に対する疑惑と嫌悪なのだった。どうやら「私」はこの一平をゲイではないか、そしてエイズではないかと恐れているんだなということが読んでいるとだんだんわかってくる。最後突き飛ばしたところはびっくり。そして血が、傷が触れ合う……。もちろんエイズ云々を書いた話では無くて、この主人公の精神構造を書くことがメイン。それにしても更年期障害ってこんなに苦しまなくちゃいけないの? しんどそうだなあ、まあこれも月経痛と同じで個人差があるんだろうけど。



2015/04/25

ごちそう探検隊

ごちそう探検隊 (ちくま文庫)
筑摩書房 (2013-08-02)
売り上げランキング: 36,678
kindle版
■赤瀬川原平
この作品は1989年2月新潮社より『グルメに飽きたら読む本』として刊行され、1994年2月ちくま文庫に収録されたものの電子書籍版で、解説は割愛されている。
1989年ていうといつだっけ? 西暦だといまいちピンとこないんだよね、ええと、おお、平成元年!
いまから27年前に出た本ということになる。
ウィキペディアで見ると、バブル最後の年、うーん内容的にも「バブルっぽいな~」って思ってたのでやっぱりそうか。いや、オックスフォード近代美術館でのシンポジウムに招かれて…というのが「北極回りの機内食」という回に出てくるんだけどその飛行機の内容がファースト・クラスだったりして、凄いなーと思ったりしていたので。他にも蟹と河豚をいっぺんに食べたりだとかね。まあ赤瀬川さんクラスになると世の中の景気とは無関係にいつだってそうなのかもしれないんだけど。社員食堂の回とかもまさかこの会社はいまもこんなのやってないと思うんだよね。

最初の「グルメの丸ぼし」が思いっきり変化球だったので「なにか美味しいものを食べてそのエッセイというわけじゃないのかなあ?」と思ったら次からはわりと普通だった。たまに変化球が少しだけ混ざるけど。

目次を写す。
・グルメの丸ぼし ・築地市場の路上ラーメン ・丸の内のエンタープライズ ・幻の納豆ご飯 ・ベンチに控える漬物 ・ビフテキ委員会 ・たまにはフランス懐石 ・ジャイアンツVS.シュウマイ ・ガムをくれる料理店 ・肌をさすグルメ ・ヤクザあっての牡蠣鍋 ・金沢ご馳走共和国 ・ふぐ食わば蟹まで ・北極回りの機内食 ・浅草に匂ふ櫻肉かな ・回転寿司の元禄宇宙 ・山菜人類学 ・タコ焼きの化学 ・敬虔なる盛りそば ・クサヤ菌の奇蹟 ・遠くを見るお茶 

「肌をさすグルメ」ってなんのことかと思ったらなんと点滴のことだった。病気で食べられないときに栄養を直接接種するあれを「ダイレクトグルメ」と云っちゃうところが赤瀬川原平らしいなあ~とびっくり。

築地って引越したかするか、なんでしょ? 関西なので疎いんだけど。そのラーメンの話は美味しそうだった。「ガムをくれる料理店」は当時の焼肉屋の話で、この回に出てくる朝鮮料理の生牡蠣のキムチがすんごく美味しそう~確かに生牡蠣は一般流通日本では難しそうだけど、「こんなうまいもの、本当にはじめて食べた」とか書いてあると思わずごっくん、って感じ。
で、いちおう検索してみたらクックパッドで作り方載せてるひとがいらした。通販で扱っているお店もあるみたい。いまはシーズンオフだろうけど…。
金沢ご馳走共和国のカブラズシというのもなんだか珍味で美味しそう。これも「カブラズシ」では出てこないけど「蕪鮨」でググると通販あるみたい。いまはなんでもお取り寄せできる時代なんだなあ。

あと「敬虔なる盛り蕎麦」で神田の蕎麦屋を3軒もハシゴする話も面白かった。よく食べられるなあ、3軒ともけっこうしっかり何品も召し上がっている。いくら酒の肴とお蕎麦でもお腹によく入ったもんだなあ。
この本を読んでいるとお腹が空きますな。

2015/04/21

鍋奉行犯科帳

鍋奉行犯科帳 鍋奉行犯科帳シリーズ (集英社文庫)
集英社 (2014-02-07)
売り上げランキング: 25,205
kindle版
■田中啓文
田中啓文といえば駄洒落の小説を書かれたり落語にお詳しかったりするが、この作品タイトル(シリーズ)を見たときにああこれは一定量の面白さは絶対にあるなと確信できた。
「鍋奉行」は現代にも主に冬場を中心に活躍し喜ばれているのか迷惑がられているのかあやしいところだが、本書の鍋奉行は本物のお奉行さまである。

江戸時代の、大坂が舞台。

主人公、村越勇太郎は21歳、大坂西町奉行所の定町廻り同心を代々務める家の嫡男。
いや、主人公はタイトルにもなっているから大坂西町奉行・大邉久右衛門釡介なのかなあ。ちなみにこの御仁が花街で頂戴したあだ名は「大鍋食う衛門」だったというからだいたいのことは察せられよう。良く言えば食通だが単なる食い意地のはった駄々っ子という気も…。
そういえば同著者の落語家さんの話、笑酔亭梅寿謎解噺シリーズもタイトルには梅寿という名前が来ているが、メインの視点で書かれるのはその若い弟子の梅駆(バイク)である。そのパターンと思ったらいいのかな(本作品中に伊丹の銘酒『梅寿』というのが出てきて思わずニヤリ)。
同心が中心的な話だと江戸の町が舞台で八丁堀などが馴染み深いが、こちとら関西人。知ってる地名出るかな、むかしの大阪についていろいろ書いてあるのか知らん、などと興味津々で読んだ。

読んでみると大阪観光、というふうまではいかないが、とりあえず会話が現代の大阪弁よりもっとコテコテのそれで、なかなか読んでいて面白い。今日び、こんなのを喋っているのは落語家さんくらいではないかと思うが「味のある言葉やなあ」と思う。逆に関西弁が苦手なひとには向かないシリーズでもあるということだが。
大阪弁と江戸時代の武家言葉とのコラボレーション!(違うか)が小気味良いというか、新鮮というか、台詞読んでいるだけで頬が緩むわぁ。特に勇太郎の母御、かつて難波新地一の美妓と云われた芸子・文鶴、現在は武家の村越家の奥・村越すゑの女言葉がやわらかくていい。「だんない」とか今は周りに喋るひとはいないが意味はわかる。ドラマとかで観たことがあるからかなあ。

短編集だけどいちおう時系列で地味なリンクもあるから連作短篇集とも云えるのかな。
事件が起こってそれを解決するという流れなのでミステリーでもある。グルメ・エンタメ・ミステリー。あと、シリーズが進むと勇太郎の恋愛関係ももっとくっきりしてくるのかしら、小糸ちゃんが有力かなやっぱ(彼自身はいまのところ女性の前でへどもどしてしまう奥手タイプ)。

第一話 フグは食いたし
第二話 ウナギとりめせ
第三話 カツオと武士
第四話 絵に描いた餅

タイトルで中身に書かれている食材がだいたいそのままである、第一話には鯛も出てきてそれを使った鍋料理がすんごく美味しそうだったけど(豆腐とかつかってふわふわにしてあるとか書いてある、江戸時代の武士の食べ物がふわふわとかイメージと全然違うけど実際どうだったんだろ)。
この話はお腹が空くシリーズでもあるかもしれない。
影響を受けて、本日の晩ごはんのメニューにはカツオのタタキを加えた(さすがにフグは無かったしウナギも昨今は高いし中国製しかないし)。ああでも美味しいうな丼(マムシ)が食べたいなあ~今年の夏はどうにかなるかなあ~。


2015/04/19

火花

火花
火花
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又吉 直樹
文藝春秋
売り上げランキング: 106
■又吉直樹
読み終わった後、ブログで感想を書いてその作品のジャンルにラベルを付けてカテゴリー分けするのだが、昨今は「これは純文学かなあ、大衆小説かなあ」と判断に迷うことも少なくなくて、例えば同じ作家さんでも芥川賞候補になったり直木賞候補になったりする例もあるし、よくわからない。でも又吉さんの『火花』は読みはじめて冒頭から「うわっ、めっちゃ純文学っぽい」と感じた。文章のひとつひとつの言葉のどれひとつとして「書き流された」感が無い、逆に言うとあまりにも力が漲っていてちょっとのけぞってしまうくらい、「又吉さん、本気で書かはったんやな」とこちらも姿勢を正される思いで読んだ。「芸人さんが手すさびに副業で書いた」というそんな半端なエネルギーでは無いということは確かだ。

最後まで読んだ感想は、なんていうかいろいろな思いがあるが一言でいうなら「めちゃめちゃ素直な純粋なこころで書かれた綺麗なものを読ませてもらったなあ」というかんじ。
主人公は若手の売れない漫才師・徳永。彼が違う事務所の4歳上の先輩漫才師神谷(やはり売れていない)と出会い、彼と先輩後輩の付き合いをしていく日々が書かれている。ふつうの会話だと思って読みはじめたら速攻漫才みたいなボケが入ってツッコミとの応酬になる。この本に出てくる会話のほとんどは漫才みたいな日常会話である。芸人さんて普段からこんな感じなんだろうか、毎日常時漫才の練習してるみたいなもんだ、そりゃ面白くなるはずやなあなどと思った。

神谷という芸人さんのキャラクターがかなり個性的で、一般の企業にはまずいないというかやっていけないレベルの変人ぶりなので読んでいて最初の方は正直きつかった。きついというか、怖い。どこに地雷があるかわからない、なに考えているのか予測できない、こういうひとは苦手だ。だけど語り手の徳永のほうの思考はすごくまともで静かな落ち着きがあったので、そこに救われて付いていけた。そしてだんだん神谷というひとの怖さは薄れて、なんて不器用な、損な生き方しか出来ないひとなんだろうかと思うようになった。純粋すぎるのである。自分にはここまで「平穏な生活」をつぶしてまで自分の理想を貫くような強さは無いし、こういう身内がいたらさぞや神経が磨り減るだろう。心配してもしきれない、生き方の基準が違うからたぶん説得とかしても無理。売れなくて、借金しまくって、それでも「自分の笑い」を貫こうと芸人として生きようとする神谷はあまりにも真っ直ぐすぎて、持ち手の無い刃物のようなものだ。

この本を読むとき、なまじ著者の又吉さんをテレビなどで観たことがあるのでどうしても主人公に重ねがちで、そして「神谷」のモデルでありそうな芸人さんて誰だろうか、などと考えずにはいられなかったし、どうしても「あの又吉さんが書いた小説」という意識抜きで白紙の状態で読むことは無理だった。「芸人さんが芸人を書いているんだからリアリティあるんだろうな」と思ってしまう。まあでもそれは元警察官や元新聞記者が書いたミステリーを読むときも似たようなことを思うから、一緒か。又吉さんが芸人じゃない、サッカーでもない、まったく違う世界のことを書いたとしたらどんな感じなんだろうなとは興味がある。

あと、会話がけっこうあるこの本で「なるほどな」と思ったのは徳永が先輩の話を聞いているときによく「そうなんですね」と相槌を打つことで、この返事はなかなかきちんと先輩の感情をまっすぐに受け止める、いろいろ考えられた深い返事だなと思った。わたしはついつい「そうなんですか」と云ってしまうが「か」と「ね」ではやはり微妙なニュアンスが違う。いや、「か」でも受け止めているつもりでいたが、「ね」のほうがもっとちゃんとしている。
小説云々じゃなくて、実生活に参考にさせてもらいたいと思った。

なおこの本の装丁、カバーを外した本体が黒地に鋭い線が何本か火花のように引いてあって、超クールでカッコいい。

2015/04/18

二度寝とは、遠くにありて想うもの

二度寝とは、遠くにありて想うもの
津村 記久子
講談社
売り上げランキング: 6,602
kindle版
■津村記久子
2012年6月刊『やりたいことは二度寝だけ』の続篇、というのもエッセイだからおかしいけどまあ第2弾である。
前回と同様、章タイトルと初出をまとめつつ写しておく。

Ⅰとなりの乗客の生活
朝日新聞2011年11月6日付~ほぼ月1回のペースで2014年6月30日付まで掲載された「となりの乗客」(順番は少し入れ替えてある)/読売新聞2011年6月2,9,16日付
/「文藝春秋」2012年1月号、「図書」2011年3月号、「文學界」2012年6月号

Ⅱ現代のことばについて考える
京都新聞2011年7月1日付~2013年5月31日付まで不定期に全11回掲載。

Ⅲ溺れる乗客は藁をもつかむ
日経ビジネスオンライン2010年4月5日~2011年3月7日までほぼ月1ペースで全12回掲載。

Ⅳ素人展覧会(第一期)
「Meets Regional」2013年7月号~2014年6月号に連載。
主に展覧会に行ってその紹介文的な。美術館ごとにミュージアムショップの品揃えについての言及があるのが雑貨や文房具好きの津村さんらしい。

Ⅴソチとブラジル、その鑑賞と苦悩
朝日新聞2014年2月26日付、7月23日付、8月4日付、毎日新聞2014年6月26日付

単行本化に際し、一部加筆修正及びタイトルの変更をしたとのこと。

この本は4月8日に出ていたらしいのだが出ているということに気が付いたのは先週で、最近めっきり大きめなリアル書店に行かなくなったせいだろう。で、小さなところだと置いていないかもと久しぶりに紀伊国屋梅田店に行ったら著者直筆ポップが掲げられていて、脇に包装した本書が数冊置いてあった、サイン本だった。おー、むしろ発売日に速攻買い求めていなくてラッキーだったな。
この本のイラストを描かれている木下晋也氏によるカバー折り返しのところにあるのとおんなじ絵のゴム印が押してあって、その下に「死ぬ程二度寝がしたい/津村記久子」とサインがしてあった。というか多分「津村記久子」と書いてあるんだろうなと思う、サイン用に崩した署名だった。「津」はまだしも「村記久子」の部分はそこだけ単独で紙に書いてあったら読めないレベルだ。無理やり活字にしたら「おてヽゝ十」というのがまあまあ近いかな。興味のある方は「津村記久子 サイン」で画像検索されたし。

前回「二度寝」とタイトルにあって内容には無かったから今回もまあそうだろうな、っていうかエッセイなのにタイトル続きっぽくするんだ、へー面白いなと思った。この本のエッセイは、まだ会社員と二足のわらじ時代のものと、退職したときのと、それからしばらく経ってからのが混ざっている。
本を買ってサインなどを見てから読むまでに数日寝かせていたので、「退職されたんだから二度寝しようと思えばできる環境になったはずなのにまだ『二度寝』したくてもどうやら出来ていなさそうな原因はなんだろうか」と考える時間があり、わたしの想像では、津村さんは変に律義というか心配性というか堅実な面がおありなので、会社員にとっては月給制だから休日は休んでも(二度寝をしようがしまいが)給料に変動はないけれども自由業ということはまったくの成果制になったわけだから二度寝をしたりして休んだら即それは自分の仕事量の、ひいては収入の減につながるから逆に休めなくなったということかな……と想像していた。
あとがき的な「吾輩はフリーランスである。二度寝の機会はまだない」によれば「会社員だった頃は、仕事の時間が自由なフリーランスに夢を抱いていた」そうで、だけど現実はそうではなかったという旨のことが書いてあり、なるほどな、そういう方向で「できない」のかとちょっと意外に思いつつも妙に納得したけど、あくまでこれは津村さん流の謙遜的な、自虐的な理由をあえて装ってるだけで現実はわたしの想像が合っているのではないかという気もやはりすてきれない。

津村さん的には「男性には海外サッカーの話を、女性には海外ドラマの話をすれば大丈夫」らしいが、当方はどっちをされても未知かつ興味無しのジャンルなので、あいにく適切な相槌を打てるかどうか疑問である。

その他のエッセイについても津村さんらしい独特の考え方が地道な感じでずっと書かれていて、「まあそういう考え方もあるか」と思ったり「でもじゃあこういう場合はどうなんだろう」と考えたり出来て、面白い。性格的には似ているところより違うところの方が多い気がするが、理解できないとかそういう違いではないので、100%共感とかはしないけどそのしなさ加減が面白いのだ。
特にうんうんうなずいたのは「女の人による「女子」の使い道」「知らないでいる権利」。この解釈をすれば「女子」にそんなに目くじらたてなくてよくなりそうである。なるほどねえ。

2015/04/17

川崎徹を読む スポークンワードvol.3

川崎徹を読む: スポークンワードVol.3
(2015-04-12)
売り上げランキング: 3,282
kindle版
■柴崎友香&長嶋有&米光一成&豊崎由美
イラスト:ウラモトユウコ
横書きだったねそういえばコレは!と3号を買って読みはじめて思い出した。雑誌感覚。写真もあるし。
この4人の誰かが注目、推したいひとりの作家を取り上げてその作品を4人が読んで紹介しつつ感想を述べ合う座談会(イベント)を活字に起こしたもの。
純文学が対象、かな。
プロの作家さんや書評家さんの意見が読めて面白い。

川崎徹というかたについて全然知らなかったんだけどこの記事読むとCMをつくる方なのかな?
ググってウィキペディアを見てみると、1948年生まれ。「日本のCMディレクター。」と最初に書いてある。ということは、67歳くらいか。引用されている作品の文章からなんとなくもう少し若いのかと思っていたのでびっくり。
まだ全部はちゃんと読んでなくて後半はナナメに流しただけなんだけど。

今回は柴崎さん推しだったこともあるのか、『春の庭』と似てるとかそういう方向の話が出るなどそういう絡みもけっこうあった。
「移人称」についてのくだりでも『春の庭』がそうだ、と紹介されたり。確かにあの小説は途中で語り手が急に変わる部分があったんだけど、そうなのか、「移人称」っていうんだああいうの。っていうか
山下澄人がそういうの多いって書いてる書評家さんがいるそうで、あーそうなんだ、けっこう前からそういう流行り?みたいなのがあったのかー、ふーん、とか思っちゃった。純文学にも流行ってあるんだね。っていうかそういうのを昔、中高の文学史の授業で習ったよなそういえばみたいな。

川崎徹ちょっと読んでみたいかなって思ったけど気軽に試せる文庫版がまだ無い。木下古栗も文庫無いよねまだ…。

木下古栗を読む: スポークンワードVol.2の感想はこちら
第1回はkindleに無いみたいなんだよなぁ…読みたいなあ。

2015/04/11

淋しいのはお前だけじゃな

淋しいのはお前だけじゃな
枡野 浩一
集英社
売り上げランキング: 233,843
■枡野浩一/オオキトモユキ・絵
この本はkindle版で読もうとしてサンプルを見てみたら、電子書籍ではページを画像として表示しているパターンだったので、これは紙の本で読んだ方が読みやすいな~というわけで文庫で買った。

活字がまるで短歌のようなレイアウトで(行間とか)組まれていて、ページの下3分の1以上がオオキトモユキさんによる続きイラスト(絵は絵で後でたどっていくとちゃんと絵本のストーリーになっている、本文とはあんまり関係ない、連想、かな?)なので、字が少ない本、絵本みたいな本。

タイトルは「淋しいのはお前だけじゃない」じゃないデスよ、っていうのはもうあちこちで書かれてて有名だから今更間違わない。というか、そのことをネタにした書評でこの本のことを知って、いつか読もうとずっと思っていたがずるずると今まで読まないまま今まで来ちゃった。

誰の書評で知ったんだっけか、最初は「本の雑誌」だと思うんだけど、より最近では長嶋有というかブルボン小林の本『ぐっとくる題名』初読み感想/再読時感想)で書いてあったんだっけ、というのをこの本を読む前にぱらぱら中身を確かめていて、解説を長嶋有が書いているのを見つけて「やっ!」と喜んで先に読みはじめたらそのことが書いてあった。
枡野さんは長嶋さんにそのエッセイを解説としてまるっといただきたい、と依頼したそうなんだけど、長嶋さんはそれだと長嶋ファンは同じ文章を2回読むことになるから、新たにちゃんと解説として書くぜ、ということにしてくださったそうで、まことに長嶋有は素晴らしい、優しい、ファンのことを考えてくださっていてありがとうございますと思った。

さてこの本は短歌がそれぞれのエッセイのタイトルの様に置かれていて、短歌とエッセイ両方を楽しめるような作りで、そしてエッセイも短いけどなかなか濃厚にギュッと濃縮されていてなんだか言葉が重たいような、だから短いけど密度が濃い、こういうのを星の話で「質量」とかいう単位で習ったことがあるけど、この本はまさにその「質量」ってことを考えちゃうような、胸にびしっとくる言葉が詰まった文章によって出来ていた。

枡野さんのことは以前に興味を持って調べたら私生活でいろいろあって、その顛末をそのまま本に書いちゃったりして、なんだか大変なことになっていたようなんであるが、そして長嶋さんの解説によればこの本の内容はその事件が起こる「以前」に書かれていてどうやら「あとがき」時点で「以後」みたいなんだけど、そういうことを頭に置いて読むとまたなんだかいっそう「お前だけじゃな」で「な」で止めてしまう著者っていったいどんなひとであろうか、とか考えてしまう。

オリジナルの本を読んだのは多分初めて、だけど『石川くん』は読んだことがあって、あと穂村さんへのライバル心むきだし?な文章は昔どっかで読んだ記憶があるような…。
通販のことを書いた文章(通販生活に載りたいっていう内容)だったと思うんだけどあれはなんだったっけか、誰かの解説かなあ。

オオキトモユキさんの絵はなんとSFだった。これはペンギン……で合ってますか?

ちいさいモモちゃん

ちいさいモモちゃん (講談社文庫)
松谷 みよ子
講談社 (2011-11-15)
売り上げランキング: 28,910
■松谷みよ子
先日、鬼籍に入られた松谷みよ子さんを偲んでいろいろ著作を見ていたのだが、わたしは先生の代表作である「ちいさいモモちゃん」に小さいころに出会わなかった、題名は聞いたことがあるけれどもう大人になってしまってから知ったので読まないままこんにちまで来てしまった。
いまは講談社文庫からおとなも買いやすいようなものが出ている。
しかも表紙が酒井駒子!
解説が角田光代!!

読んでみるとジャガイモさんとニンジンさんとタマネギさんがカレー粉の袋をしょってドアを開けて入ってきたり、黒猫のプーがしゃべったり、ひらがなが多いし文庫だけどやっぱり子どもが読むような、というか小学校の2,3年生くらいから読めるような、そういう読者に向けて書かれたお話だということがよくわかる。
うう、これその頃になんで読まなかったんだろう…っ。

もちろん大人になっても読めるが、大人の視点や思考がどうしたって伴ってしまうから、なんかやっぱり違う気がする。子どもの頃に読んでいて、「端が擦り切れるほど」になっていて、そんで「大人になって読んでみたら」とできるのが一番良いように思う。
さきほどのジャガイモさんのくだりを読んでわたしが思ったことは「鴨が葱背負って」であり「おにくさんは来ないのかしらん」であった。小さいお友達は「おにくがいないこと」のしんぱいはするのかな、しないような気がするな~…。

なお、本書は1964年に刊行された『ちいさいモモちゃん』と1970年に刊行された『モモちゃんとプー』の2冊を1冊にまとめ「修正のうえ文庫化したもの」だそう。

ちょっと意外に思ったのは、この話のママが働くママなこと、赤ちゃんであるモモちゃんを「あかちゃんのうち」に預けて働くひとだったこと。
「あかちゃんのうち」って保育園のことかな?と思っていたら、もう少しお姉ちゃんになったモモちゃんは同じ敷地内にある保育園に行くようになるのでした。あとでネットで調べたら著者の松谷さんが実際に長女さんをそういうところに預けてらした実話がもとになっているらしい。

この本で一番びっくりしたのは「モモちゃんとプー」がはじまってすぐにある「影をなめられたモモちゃん」。
そして「文庫版あとがき」に書かれている単行本版初版あとがきに書かれていたという長女さんがチューインガムをのどに詰まらせて、という件。

解説の角田光代さんがほのめかしていた続篇『モモちゃんとアカネちゃん』で書かれる家族の変容、そして読後ネットでその内容を知って、これをもし角田さんがそうだったように7歳くらいで読んだらどういうふうに自分はそれを感じたんだろう……ということ。

なお、『モモちゃんとプー』の前に「モモちゃん、怒る」という題名の酒井さんのカラーイラストがあって、怒ってるモモちゃんがすんごく可愛く、ママの後ろ姿が、若いママの後ろ姿にはっとさせられた。解説の角田さんがママの足のことを書いてらして、おお、と思って絵を見直した。そうか……。

アンデル 2015年2月号

アンデル 2015年2月号
中央公論新社 (2015-02-06)
売り上げランキング: 11,376
kindle版
■中央公論新社
気に入ったのだけ書籍で読んだらいいかなと迷ったんだけどそれってまだ当分先の話だしなんだか気になるのでとりあえず第2号も買ってみた。ちなみに先日第4号が発売になっている。

第2号を読んで感じたこと第1位!
小説をちまちま数ページずつ1カ月も空けて(実際は今回2週間しか空いていない)読むのはそれで前回の内容がうろ覚えになってしまうようなわたしのような人間には向いていない!

以下、内容に触れながらの感想になるのでご了承ください。

――まあ薄々そうなるかなとは思ってたけどだいたいは覚えているので大丈夫かなと思ったんスよ、そしたら第2回にして第1回と主人公というか主観が変わっているのが長篇連載小説のうち2つもあった。
残りの1つはもともと誰が主人公とかが無い、次々にアパートの住人が描かれる形式の長嶋さんの作品だからこれは連載で読んでもまあ問題なし。
もうひとつは1作目から主人公は同じだけどそのひと自体がちょっとよくわからない変わった精神の持ち主の山下澄人の作品だから今回もよくわからん。
松田青子のは連作短編小説だから主人公が変わっても別にびっくりしなかったがそれにしてもなんだか冒頭から雰囲気が生々しいぬめっ、とした印象でまともに読むことが出来なかった。途中で「骸骨」だと判明してなんじゃこりゃーと思った。

前回一番面白いと思った木村紅美「まっぷたつの先生」が今回掲載順位が一番にきていたので「お?」と思ったけど調べてみたら(サンプルダウンロードで目次は確認出来る)第3、第4と順番に掲載順位が回っていく形式なんだね。一瞬ジャンプみたいに人気順になってるのかと誤解しかけた。
で、前回この話の視点は建築士の女性だったんだけど、第2回はそこで働き始めた派遣社員の主観になっていて、まあそれはそれでいいんだけど、彼女があまりにもネガティブ思考で「お金はないし~わたしは責任ある仕事出来ないし~無職になった彼氏が転がり込んできたけど結婚も当面なさそうだし~郷里の母親が干渉してくるのが重たいし~強要されて帰ってみれば小学校時代のいじめっ子男子(結婚して幸せそう)に遭遇してしまうし~社員さんの女性に夕飯誘われたけど高そうな店だから無理だし~」みたいな話でちょっとしんどくなってしまった。っていうかヒトの着ているものの値段とかブランドとかそういうのばっかり気にしてたら疲れない?って思っちゃったけど第1話を読み直してみたら建築士の女性のほうも派遣のひとの服装を「どれも安物らしい」と値踏みしてたりして、うんざり。
でもなんのかんので働く女性の話だし、いろいろ気になるのでこの話は本になったらチェックしよう。

長嶋さんはさすがの安定感。今度は水道の蛇口の話、これだけで面白く読ませるものを書くってやっぱタダモノじゃないよね。もちろん、本になったら購入予定。

それにしても昔はこの種のミニ冊子はちょっと大きめの本屋に行けばレジの横に「ご自由にお取りください」って積んであったものなのに、最近はほんと見なくなったなあ。「アンデル」も全国数カ所の取り扱い書店に行けば置いてあるみたいなんだけどねー。普段行く店には無いんだよねー。

2015/04/09

第四の郵便配達夫 【再々読】

第四の郵便配達夫 (創元推理文庫)
クレイグ ライス
東京創元社
売り上げランキング: 917,235
■クレイグ・ライス 翻訳:田口俊樹
本書は1948年に発表された"The Fourth Postman"の邦訳で、1988年に創元推理文庫から刊行された。なお、田口俊樹訳は「新訳」とされているのでこれより前に違う方によって翻訳されていたらしい。
現在はこの田口訳版も絶版で。
電子書籍版(グーテンベルク21)から出ているのは妹尾韶夫という方が翻訳されたもの、こちらは読んでいないのでなんとも言えないが『第四の郵便屋』というタイトルで新樹社から1950年に「ぶらっく選書」として刊行されたものらしい。っていうかもしかしなくても旧訳ってこれのことでしょーね。

死体が倒れるときの音についての話が導入部。郵便配達夫が同じ場所で3人殺されたという事件。
そんな犯人どうやって探すの、って感じだけどなんとフォン・フラナガン警部は既に犯人を特定していた。殺人現場の脇にある屋敷の主人がそうだというのだ。彼は若いころ亡くなった恋人からの手紙をずっと待ち焦がれていてそれでおかしくなり、手紙が来ないから郵便配達夫を殺した――という言いがかりとしか言えない理由で。
そして友人であるマローンにその犯人の弁護をやれとこういうわけでマローンは事件に巻き込まれていくわけである。ちなみにこの主人の娘とヘレンは学校時代の友人でこの家族とも親しい仲だというので事件に関わる。ジェイクは今回水疱瘡にかかるのだが黙って大人しく寝ているタマではないのでいろいろ積極的に関わっていく。というわけでいつものドタバタ・ユーモア・ミステリとあいなる。

このシリーズはJ・J・マローン、ヘレン・ジャスタス、ジェイク・ジャスタスのトリオに加えてフォン・フラナガン警部や天使のジョー、秘書のマギーやギャングのボスまでお馴染みの登場人物たちがとっても魅力的で楽しいのだが本書はそれに加えて野良犬君(名前はついにつけられなかった)もマローンと一緒に活躍するので犬好きのひとには嬉しいかも。行く先、行く先でみんなに「ところでその犬、いくらで譲ってくれる?」と聞かれる人気者、どうやらかなり可愛い気のある犬らしい。

ミステリーとしては、「その理由で3人も殺したの?」とちょっと理解し難いものがあるが、まあ主筋以外の資産家一家の人間模様がなかなか面白い。

脇道だけど完全ネタバレ感想なので以下白文字。
姪の恋人の職業が判明したラストのくだりは爽快だったね、いやーまったく忘れていたよ、「キミを完全に誤解していたよ」って感じ。イイですね、お金持ちの娘に頼らないで全然大丈夫なその甲斐性。そうじゃないパターンがこの種のミステリーでは腐るほど出てくるので食傷気味だったからスカッとしちゃった。やるぅ!

2015/04/07

朝霧 【再々読】

朝霧 (創元推理文庫)
朝霧 (創元推理文庫)
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北村 薫
東京創元社
売り上げランキング: 7,196
■北村薫
『太宰治の辞書』を読んだらこのシリーズを振り返りたくなり、『朝霧』を。
「山眠る」
「走り来るもの」
「朝霧」
の3篇。
この1冊の中で主人公は数年を経る。最初はまだ大学生、卒業論文をまとめにかかる夏、「ワープロを買った」というところからはじまる。パソコンじゃなくてワープロなところが「時代」だなあ。
「時代」といえば今回読み返していて、前に読んだときも思ったけど書き留めていなかったことをまた思った。それは、主人公のお母様の娘への話し方である。
おねえちゃんに、お客さんが来るから、お前も会っておきな」だとか「途中で、ちょっと顔だけ出してくれればいいさ
これは――最近の母親ではあんまりいないんじゃないかと思う。お父様ならありそうだけど。わたし自身は関西弁の圏内に育ったのであまり参考にならない。だけど、母親に「お前」と呼びかけられた記憶はない。
こういう部分を読むと、北村さんの年齢を考えたりする。昔に比べて親の子どもへの接し方が甘くなっているらしい、というのはよく聞くので……。北村さんの奥さまはお子様にこういう話しかたをされるのかしら?

あと、『太宰治の辞書』で主人公が結婚していたが相手についての情報が少なすぎていったいどういう職業だとか年齢だとかいっさいわからなかったのだが、『朝霧』を読み返してみたらそうそう、〝ベルリオーズの君" とでも呼びたくなるこんなひとと出会っていたんだよね。普通に続篇が書かれていたのならなんらかの関わりが『朝霧』の次で出てきそうな、そういうロマンチックで知的でお似合いな感じだった。読みたいなあ、でも「いまさら」だし著者が「娘の結婚相手なんか書きたくない」ッてんだからなあ…。

主人公は恋から遠い、遠ざけられていたけれど、この作品を読んだら男の子っぽい雰囲気の正ちゃんが海を眺めつつなかなか隅に置けないナ、ってな感じの台詞を云ってたりして、ふーんと思った。それにお子さんの年齢から計算するに、主人公も20で結婚したみたいだし、なんのかんのでとんとん拍子に進んだってことかしらねえ。

『朝霧』を読んでいるといろんなことが「ああ、続いているんだな」と思い当たるところがあちこちにあり、シリーズものならではの愉しみというものも味わった。変わったこともいろいろありそうだけど。落語が『朝霧』は濃厚だけど続篇はそうでもなかったなとか。
『朝霧』単行本は1998年。わたしは文庫で読んだので2004年(この文庫化も遅かったんだよなあ)。
一緒に歩んできたような気持ちで、今回も懐かしく親しんだ。やはりこのシリーズは特別だ。

2015/04/05

太宰治の辞書

太宰治の辞書
太宰治の辞書
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北村 薫
新潮社
売り上げランキング: 92
■北村薫
北村薫の新刊である。
しかもただの新刊では無い、ななななんとあの「円紫師匠と私シリーズ」の新作だって仰るンですからもうあなた、大変ですよ、あたしゃその情報をパソコンで見た瞬間思わず大きな声で叫んじゃいましたヨ(旅と現代文学。さま、いつも一方的にお世話になっております)。

「円紫師匠と私シリーズ」と云えば!(思わず握りこぶしに力が入る)言わずと知れた、1989年の北村薫のデビュー作『空飛ぶ馬』にはじまり1990年『夜の蝉』1991年『秋の花』と続く全5冊からなる名作である。
1992年『六の宮の姫君』で主人公の卒論に絡めて芥川龍之介と菊池寛のことを扱い、1998年の『朝霧』では主人公「私」が大学を卒業し社会人(編集者)になっていた。そしてそこからこのシリーズの刊行は無かった。
それが何故、2015年のいま!?
にわかには信じ難かった。

ちなみにわたしはこのシリーズは単行本ではなく、文庫本になってから読んだクチである。一番最初に読んだときは、既に2冊目か3冊目まで文庫化されていた。大学3回生の学祭のときに久しぶりにお会いできた4回生の先輩が「面白い本があるよ」と教えてくださったのだ。そのときに「この作者、男性と思うか女性と思うか、先に調べず解説も読まずに読んでみて」とも言われた。後で、この作者がデビュー当時は性別も明かさない「覆面作家」であったと知ってへええと思った。主人公が真面目でまっすぐな女子大生であったので、著者の面影と重ねて読む読者も少なくなかったという。実態は、主人公のお父さん世代の男性だったわけですがね。

というわけで、読み手であるわたしは主人公の「私」と同じような年齢の時にこのシリーズと出会った。その「私」がまた書かれる。いくつになったのかしら、年齢はリアルに重ねてが普通だろうけどあるいは小説上の「時」は止まっていたという設定でまだ若い「私」のままということも、昔のイメージのままということも!?
しかもタイトルが『太宰治の辞書』。
恥ずかしながらわたしの卒論のテーマは太宰治なのである!
これはもう、なんていうか、「文庫で読んでたんだよね」とか云ってる場合じゃない、3年も待てるか。

3月の末に町の小さな本屋さんに行ってみると棚ざしになっていて、表紙を確かめると――おお、最近の高野文子のタッチだなあ、それが不思議と年齢を重ねた「私」にマッチしている。描かれたピンクと白の花はこれは、読む前には特に意識していなかったが読み終えたいまはこれは「菊」でしか有り得ないだろう。

単行本なので休日である本日朝から、手をきれいに洗って息を整えてから読みはじめた。
「花火」「女生徒」「太宰治の辞書」の3篇構成。
「私」は年齢を重ねて、中学生の息子さんのお母さんになっている。編集者として仕事もずっと続けている。「連れ合い」として夫君は出てくるがどんなひとか、直接の会話などは無く風貌も語られない。出勤時間の描写から同じ職場では無さそうだし同業者でも無さそうとわかる程度。
そして「女生徒」ではかの「正ちゃん」が出てくる! 「私」とお酒を酌み交わしている、ああ、楽しいなあ正ちゃん、ちっとも変わってないのが嬉しいよ。

「花火」は芥川の話である。三島も絡む。そしてピエール・ロチ。
「女生徒」から太宰の話。原典を探す話。
そしてそこから発展して「太宰治の辞書」になる。だから素材となる話は「女生徒」である。

懐かしかった。
読みはじめて「ああ、北村先生のこの文学オタクぶり…!(もちろん褒め言葉です)」と悶絶してしまうくらい喜びにひたった。
調べ物をするために図書館を利用するまでは一般人にも出来るけど雑誌の版元だからって出版社(文藝春秋)に見せてもらいに行くとかこれは作家さんか編集者にしか無理だよね。っていうか早稲田の図書館にならバックナンバーありそうなイメージなんだけど、無かったのかな。
最後まで読んで、とても良かったけれど、北村薫の専門とか興味のウェイトはやっぱり芥川のほうで、短い「花火」での踏込に比べると太宰へのそれはちょっと浅いなと感じてしまった、『六の宮の姫君』レベルのを期待していたからそう感じてしまうのか、それともわたしの芥川と太宰についての関心度の違いがそう思わせるだけというごく個人的なものなのか。あるいは著者・北村薫の1992年と2015年の違いなのか。

ひとつだけ確かなことは北村薫は太宰治に好意的ではあるがファンという立場では無い、芥川については読んでいるだけで「お好きなんだろうな」と伝わってくるんだけど、ということだ。
本書を読む傍らで、kindleで青空文庫の無料で読める芥川龍之介「舞踏会」と太宰治「女生徒」を久しぶりに読み直した。わたしはロチを知らないから、「舞踏会」を読んでもピンとこなかったのは当然と思ってしまった。でもそうじゃない、この短編の大事なところはそんなところにはないんだということが江藤淳や三島由紀夫から引用された文章を読んでいると明確に示されていて、全然受信できなかったんだなあわたしは、と。

「女生徒」に関しては、津島美知子『回想の太宰治』も山岸外史『人間 太宰治』も卒論のために読んでいたが有明淑の日記は読んでいなかったのでどこまでが原案でどこからが太宰の創作なのかなどの話は非常に面白かった。この話に下着に白い糸で薔薇の刺繍をするエピソードがでてくるんだけど、本書でも主人公が原稿を依頼した大学の先生が別の作品の展開を記憶のなかで混ぜこぜにしていたというのがあったけど、高木敏子『ガラスのうさぎ』という児童書で主人公がやはり下着に花の刺繍をして、それを教師に見咎められるというシーンがあって非常に強く印象に残っている。戦時中ゆえ叱責されるのだ。ごっちゃにはならないけど、わたしはこのふたつは同時に思い出す。
北村薫『太宰治の辞書』では「ロココ」についての言及について「私」が引っかかり、そこを追究していく、ロココ風の手料理で華やかに皿を彩りお客をもてなすというささやかな少女の心意気を書いたあのシーンはわたしも好きだけどそうか読み手が違えばこういうふうに話が広がるのかと意外な感じでわくわくした。

正ちゃんの「変なもんだね。若い頃だったら、まず《ちゃんと返せよ》っていったのに。――でも、この年になると違うな。自分の好きだった本が、友達のうちにずっと置いてあるのも、悪いことじゃない」っていう台詞がジーンと来たなあ。

そういえば、太宰治といえば最近は又吉直樹さんだけど、本書にも又吉さんについて主人公が言及するシーンがあって、びっくりした。そして、又吉さんの近著、初めての純文学のタイトルは『火花』だ。本書の「花火」の中で芥川の「火花」の描写についての言及もあるのだ。

北村薫といえばその博覧強記ぶりから芋づる式にあれやこれやが出てきていつも目を白黒させられ「一生かなわねえ」という思いにかられるのだが、それにしても読書は、文学は、ぜんぶツナガッテいるんだ――
そんなことを改めて感じて、そして本書本文を読み終えて奥付も見てそのあとの新潮社の巻末の出版案内数ページが見事に本書に登場した作家たちのそれで。三島の横に1冊分開いた、そこにボヴァリー夫人を入れてある、わはっ。そのラインナップの、編集者さんからの目配せに、大笑いしてしまった。いやーあ、楽っしい!!
最高。

ネットをググってみると新潮社のホームページに「刊行記念特集」としてインタビュー記事が載っており、興味深く読んだ。
続篇は難しいのかもだけど、読みたいなあ。っていうか「空白の期間」を埋めて欲しい……。


ガラスのうさぎ
ガラスのうさぎ
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高木 敏子 武部 本一郎
金の星社
売り上げランキング: 308,111

火花
火花
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又吉 直樹
文藝春秋
売り上げランキング: 114

2015/04/02

七面鳥殺人事件

七面鳥殺人事件
七面鳥殺人事件
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グーテンベルク21 (2014-07-04)
売り上げランキング: 57,155
kindle版
■クレイグ・ライス 翻訳:小笠原豊樹
本書は1943年に発表された"The Thursday Turkey Murders"の邦訳でビンゴ&ハンサムのコンビが送るシリーズ第2弾。
邦訳は1959年に早川ポケミスから出て1983年1月に同文庫に入ったが長らく絶版だったのを例のグーテンベルク21から電子書籍版で2012年7月25日に発売されたもの。

登場人物表ではビンゴ・リグスとハンサム・クザックという名前表記なのだけど、ビンゴとハンサムというのはニックネームで、本文中に彼らの正式名が出てくる。
ビンゴは「ロバート・エメット・リグス」が洗礼名、ハンサムは「ボニフェイス・クザック」。

ハリウッドを目指して車を走らせていたふたりはサーズディという人口1042人の農業地帯の中心にあるのどかな町で道に飛び出してきた七面鳥をうっかり引いてしまったことからどんどこ事件に巻き込まれていく。
昔の銀行強盗で盗まれた大量の金貨がこの町のどこかに!?
掘っ立て小屋で発見された射殺死体はいったい誰で、誰に殺されたのか?
そして消えた大群の七面鳥の謎は。
ドタバタコメディミステリー。

主役のふたりの凸凹コンビのキャラが面白いのはもちろん、他の登場人物もなかなか個性的で良い味だしてるんだよね。特にジャドソン保安官がじわじわとだんだんその魅力を発揮していくのが見事だった。
ミステリーとしても良かったけどみんながわいわいやってるのとかをニヤニヤしながら楽しんだ。
写真をみんなが撮ってもらいたがってわくわくしてるのとかすごくカワイイっていうか微笑ましい。

第1弾『セントラル・パーク事件』の感想はこちら。