2015/03/30

みちのくの人形たち

みちのくの人形たち (中公文庫)
中央公論新社 (2012-12-19)
売り上げランキング: 21,917
kindle版
■深沢七郎
小川洋子と平松洋子の共著『洋子さんの本棚』で平松さんが挙げて小川さんと絶賛していて興味を持った本。
1981年に『みちのくの人形たち』で谷崎潤一郎賞を受賞しているそうだ。
このかたの代表作である『楢山節考』は読んだことが無いんだけど嵐山光三郎『桃仙人』は読んだことがある(わたしは2001年にちくま文庫で読んだけどいま調べたらちくま文庫は絶版になってて中公文庫から新たに出てるようだ。感想は残っていない)。
あとエッセイ『言わなければよかったのに日記』の感想はあるけどごく短いので独立記事にならない。ついでにここに写しておこう。

言わなければよかったのに日記 (中公文庫)
深沢 七郎
中央公論社
売り上げランキング: 103,167
このあいだから少しずつ読んでいるのは深沢七郎『言わなければよかったのに日記』。嵐山光三郎さんの『桃仙人』のモデルってこの人だったと思う、タイトルにも非常に共感して(笑)、それでちょっと読もうかと。ああそうか『楢山節考』書いたひとなんですね……。未読ですけど、「姥捨て山」とかのハナシだったと思う、テーマが強烈なので覚えていた。そういうイメージとは違う、なんか子どもみたいなひと、驚くべき少年ぽさというか、マイペースというか、……なんて言ったらいいのかなあ。今でいう、「天然」だと思う。純粋といえば純粋。フーン。。。と思いつつ読んでいます。(2003.5.31)

みちのくの人形たち』は表題作をはじめとする7篇の短篇集。
表題作は小川さんもおっしゃってらしたけど、知らなければ実話かと思っちゃうような凄みというか独特の文体が朴訥さがあるというか。
特に「みちのく」で強く感じたんだけど決して美文じゃないしこなれていない文章で、同じ意味の文が何回も出てきたり、会話のカギカッコの後にいちいち「と私。」「と彼。」とか書いてあったり、深沢七郎が書いたと思うからこそ読んでいるけど無名のひとが書いたんなら「なんてひどい文章だ」と切り捨てられそうな。
しかし翻訳についてのエッセイなんかでもしばしば云われているように、スラスラ読める文章だけが作品として良いかというと決してそうでもない。むしろこういうあちこちで引っかかってしまうような、その変な文体が絶妙な効果を生んだりするのだ。7篇読んでみればわかるけど、話によって書き方が違う。これは、わざとなのか、無意識によるものなのか……深沢七郎のキャラから云って、天然のような気がする。

みちのくの人形たち ★★★★
もじずりの花の話からみちのくの村里へ、逆さ屏風はまだふつうに「そういうこともあるか」と読めたが両手を切り落とされて云々、こけしのくだり、帰ってきたきょうだいの気を付けのぴっちり腕をくっつけた姿勢、そして帰りのバスでの主人公の視線、考えついたことに「ああ、洋子さんたちがおっしゃっていたのはこの世界か」と思った。これを無防備に予備知識なしに読んだらそりゃぶっ飛ぶだろう。わたしはだいぶ構えて読んだのである意味もったいないことしたような、でもあの本読まなければ知らない世界だったし。
こけしを無心に見られなくなりそうだなあ。
ちなみに百人一首の「しのぶもじずり」はねじ花のこととは習わなかったような気がするが。
そしてねじ花は昔住んでいた近所で見つけて写真に収めたことがあったし、なんと現在住んでいる場所でもよく見かける花だったりする(近畿在住でみちのくじゃないけどね)。写真を貼っつけておきませう。

秘戯 ★★★
身体に異常を感じて自分の死期が近いことを悟った「私」が知人と息子を誘って、懐かしの土地である博多を訪れ旧交を温める話、なんだけどいちいち話し手の自意識が高くてなんだか癇に障る。地元の人間じゃないのに四十年ぶりに博多に帰って博多弁を話すのはまあいいんだけどそれを「連れの三人に聞かせたい」が為に「大声になった」り「俺は博多通なのだ」と意識したりしてる部分が何度も出てきてうんざりする。
それを我慢して読んでいったら博多の「博多人形」というのか「童謡人形」というのの「夢」というのが出てきて、これは裏がどうやら猥画的なものになっている、そしてそれは見たらすぐ割って壊す、そういう風習があったみたいな話になって、それと昔からかっていた純朴なひととのエピソードが良かったので最後まで読んで良かったなあと思った。

アラビア狂想曲 ★
これはギターのターレガ作曲「アラビア狂想曲」を弾いて「想いうかべた」作品らしいが、まあうんとよく云えば『百年の孤独』的な猥雑で雑多で狭い集落の中のぐるぐる回るような人間関係というか。読んでいてなんじゃこりゃーと思った。

をんな曼陀羅 ★★
フランスの画家フォートリエが日本に来たときに顔を合わせて、そのときに絵をもらって、それをめぐる話。何故かいろんなおんなのひとがその絵に影響されてどうのこうの、という不思議な感覚。それにしても絵をもらってそれがあんまり気に入らないからといって虫の糞まみれになってるような扱いとかちょっとどうかと思う。

『破れ草紙』に據るレポート ★★★
「破られたこと」に公式にはなっているけど破られていない草紙に書かれていた「畳屋せい妻きちの自白書き留」の話。最初のほう、その草紙のモデルになった実話(?)の名前のこととかそういうのをぐだぐだ云っているところはちょっと冗長だったけどそのあとの本筋に入ったらぐっと面白くなった。「かまいたち」ってほんとにあったのかなあ。いまもあるのかなあ。でも清吉のはえげつない、まあ相手が全部悪人なので勧善懲悪的にはすっとするのかもだけど。

和人のユーカラ ★★
北海道の大雪山の話からはじまり、3年前に「私」が出会った不思議な青年の思い出と彼にまた会いたくて捜し歩く話。最初アイヌ人かと思った彼は後でアイヌのひとに聞いてみるとアイヌ人より前から蝦夷に住んでいたひとだった…。北海道にそのイメージは無かったけどタンポポがたくさんたくさん咲いているとこの話では書いてある。そして種になったふわふわのあの丸いやつを「幽霊タンポポ」と云うと…。異文化の侵略とか民族排斥とかそういう話なのかなあ…と考えながら読んだけど難しかったな。

いろひめの水 ★
都内の下町のはずれのスーパーの隠居した「ワシ」は妻と37歳の息子とその妻とで真面目に暮らしていた。あるとき近所の知人が入院してその後出身地の九州に「大名旅行」をしてその後あっというまに亡くなったという話を聞いた。それから季節が変わり秋も深まった頃、「ワシ」は60年ぶりに故郷である北海道に行くことを思い立つ。そして電車を乗りつぎ訪れた根室で旧友に出会い、突如思いついて両親の墓参りをする……。
そこで話が展開していくのかと思いきやすごくあっさり家に帰ってきてしまって、そしてそこでまた近所のひとの訃報を聞く。そこで「まっ青」になって、北海道のサケ川で遊んだときのことを思い出すところからなんだか現実と妄想の境目が曖昧になっていっていきなり「いろひめの水」が出てくるそのへんのくだりがよくわからないなあと思っていたら突然話が終わる。うーん。


桃仙人―小説深沢七郎 (ちくま文庫)
嵐山 光三郎
筑摩書房
売り上げランキング: 679,635

桃仙人 - 小説 深沢七郎 (中公文庫)
嵐山 光三郎
中央公論新社 (2013-01-23)
売り上げランキング: 316,064

2015/03/29

素晴らしき犯罪

素晴らしき犯罪
素晴らしき犯罪
posted with amazlet at 15.03.29
グーテンベルク21 (2012-12-19)
売り上げランキング: 29,643
kindle版
■クレイグ・ライス 翻訳:小泉喜美子
本書は1943年に原著が発行された"Having Wonderful Crime"の小泉喜美子翻訳による1982年2月ハヤカワ・ミステリ・文庫版が久しく絶版重版未定になっていたものがグーテンベルク21という版元から2012年12月19日付けで配信された電子書籍版である。

kindleはまだまだソースが少ないからいろいろ検索して読むものを探しているのだが、その中でふっとこれが上がってきた。クレイグ・ライスで検索していたわけではなく、全然別の、「中公文庫」というくくりで検索していた後の方で(どういう理由かは不明)。

最初見たとき、「えっ、クレイグ・ライス? 『素晴らしき犯罪』って、読んだ記憶無いような…しかも翻訳者小泉喜美子さんって、えーと、これ既読だっけ?」。翻訳書の場合、邦題が見たこと無くても実は別の邦題邦訳で既読、ということがままあるので油断できない。しかもハヤカワとか創元推理とか書いていない、版元がわからない(グーテンベルク21とは表紙に書いてあったがそれが版元名とはその時点では知らなかった)。で、原タイトルの"Having Wonderful Crime"を自分のパソコン内検索してみたらわたしがクレイグ・ライスにハマった2003年頃に既に書店で探しても見つけられなかった、絶版本だと判明、当然未読、半分信じられないような喜びにどきどきしながらクリック購入した。

気になるので最初に「訳者あとがき」を読んでみたが、1982年時点のハヤカワ文庫として出版されたときの内容でしかなく、「グーテンベルグ21」についての記述はいっさい無かった。
奥付を見てみると、著作権所有者は小泉喜美子。
【グーテンベルク21(Gutenberg21)は(有)グーテンベルク21の商標です。】と書いてある。
パソコンのインターネットでググってみた。
最初にホームページを見たら「デジタル書店」とは書いてあるが「グーテンベルク21」が何なのかの説明などは見つけられなかったので他を見たらこんな感じだった。
ウィキペディア:プロジェクト・グーテンベルク
はてなキーワード:グーテンベルク21
プロジェクト・グーテンベルクはアメリカの話みたいだし「著作権の切れた…」と書いてあるからグーテンベルク21は直接は関係ない、のかなー。だってこの本の著作権はまだ小泉さんにあるって書いてあるしね。でも絶版だから早川から買い取ったってことなのかな。

とにかく読めて有難い!

本書は弁護士J・J・マローンとジェイク・ジャスタスとヘレン・ジャスタスのトリオが繰り広げるドタバタ・コメディ・ミステリ・シリーズの第7弾。
「訳者あとがき」によればかの江戸川乱歩氏が旧版の解説で激賞しているらしい。

実際読んでみての感想は、うーん、これは初読み時より再読時が楽しいパターンの作品かも。
初読み時はとにかく五里霧中だから、主筋の「誰がどのようにしてどういう理由で殺人を行ったか」にどうしても意識が向きがちで、だけどこのシリーズではお馴染みのこととは言え、かなり脇道に逸れがちというか時には冗長とすら思える各人が勝手に行動しておとなしくしておいてくれればもう少しすんなり行くであろう成り行きをしっちゃかめっちゃかにしてくれる、のである。そして犯罪事件とは別に描かれる主要キャラたちの動き――そもそもジェイクがヘレンにサプライズで喜ばせようと試みていることの目的と効果が理解しがたいうえに、それをなさんが為に行方不明になって連絡も入れずに心配のあまり食事ものどを通らない状態にまでさせるとか意味不明だし!

このシリーズを偏愛していればこそ、最後まで投げ出さずに読み通すしそれなりに楽しめもしたが、単に「ミステリー読者」として読んでいたらかなり忍耐力を要される話のような気がする。3人がほとんど一緒にいないのがよくないんだよね。そしてそもそもはジェイクが良くないんだ。
いつもはシカゴが舞台なんだけど、これは珍しくニューヨークが舞台。マローンは始終シカゴに帰りたがっている。

以下は未読のかたはスルー推奨。最後の展開についての感想になっています(★~★は白文字。反転してお読みください)。

最終部の犯人判明、ミステリーとしての大筋がわかってみればそれはなかなか興味深い展開だったが。犯人は★そう意外では無かったが、犯人以外のある人物のとった行動がこのミステリーを非常に複雑な素晴らしいものにしていたことがわかったのだ。でも、そのひとの心理は想像するだにもの凄い壮絶な、想像を絶する決意と行動力であったなあ。凡人には無理では。いや、でもその状況に置かれて、その状況でなおかつ犯人に対する唯一にして最大の復讐を思い立ったとしたらそれくらいのことは出来てしまうのか。★などと読み終わってからあれこれ忖度してみたり。

クレイグ・ライスのこのシリーズの多くが現在絶版になってしまっているのはさびしく思う。
マローン・シリーズについて別途まとめた過去の記事を最新版に直したので、関心のあるかたはどうぞご覧ください。

2015/03/27

アンデル 小さな文芸誌 2015年1月号(創刊号)

アンデル 2015年1月号
中央公論新社 (2015-01-23)
売り上げランキング: 36,970
kindle版
■中央公論新社
これは雑誌、だけど紙媒体は「書店での頒布は限りがあります」と書いてあって、電子書籍での購入をメインに考えられてるっぽい。
文芸雑誌はよっぽどじゃないと買わないんだけど、長嶋有が書いていたので「おっ」と思って創刊号だし¥200円と安かったので買ってみてぼちぼち読んでみた(いま3月号まで出てて、どうしようか検討中)。

コンテンツはこんな感じ。それと伊原美代子というひとが撮った「海女」の写真が数枚。
<連載長編小説>
朝比奈あすか「少女は花の肌をむく」★★★
木村紅美「まっぷたつの先生」★★★★★
長嶋有「三の隣は五号室」★★★★
山下澄人「壁抜けの谷」★★
<連作短編小説>
松田青子「おばちゃんたちのいるところ Where the Wild Ladies Are」
<4コママンガ>
斉藤弥世「左右石先生と書生」

現時点での自分の食いつきをで示してみた。
長嶋有はいつもの雰囲気かな、「今回はこういう実験をするのかー」って感じ。アパートの同じ部屋に入ったいろんなひとのことが間取りについてどうこう、という視点でつないでいるのが面白い、どう展開するんだろう。最初違う部屋のことを書いていくのかなと思ったら今回は5号室中心だった。

木村紅美(初めての作家さんだ)はタイトルを見て「『まっぷたつの子爵』を吉野朔実が漫画にしていたなあ…」と何気なく読みはじめたらかなり良かったので3回読んでしまった。タイトルから非現実なファンタジーとか前衛的な話かと構えたら実際はごく普通の日常働く女性系の話だったのでなんでこういうタイトルなのかはおいおい判明するんだろう(あんまり楽しいことじゃなさそうだけどね)。正社員と派遣てこんな区別してる会社もあるんだねーウチは圧倒的に正社員が多くて派遣さん少ないからなあ。

長嶋さんのも3回読んだ。こういう、雑誌で少しずつ提示された場合は本になって読むのと違う感じの読書になるんだね。短いから気になる話は何回か読んじゃったりするんだね。まあ毎回そうとは限らないけど。

朝比奈あすかも初めての作家さん。少女ならではの人間関係がめんどくさそうだけど「嫌な世界だなあ」と思いつつも読んじゃうのはなんなんだろう、これがずっと続くのはしんどいけど。どう展開するのかな。

山下澄人は『ギッちょん』のひとだ。何故か巻末のプロフィールには挙げられてなかったので代表作じゃないってことなのだろうか。あいかわらず、よくわかんない世界観って感じだ。

松田青子も初めての作家さんで、amazonで『スタッキング可能』がオススメに上がってくるので気にはなっていた作家さん。でもこういう変な押し付けがましいひとが出てきて主人公がややこしい事態に巻き込まれる系の話は苦手なので、題材が合わないかも…連作短編ってことで、この気がおかしいっぽい女二人組が毎回出てくるの、かなーそれだと嫌だなー。でも「おばちゃん」って感じじゃないよね。

漫画についてはノーコメント。

表紙画はデュフォ恭子「a panda in red room」で、パソコンで見ると確かに赤い部屋なんだけど、Kindle Voyageはモノクロ表示しか出来ないからあんま意味ない。そういえば写真もモノクロで見てるけどほんとはカラーなのかなあ。

2015/03/26

これで古典がよくわかる

これで古典がよくわかる ちくま文庫
筑摩書房 (2014-11-14)
売り上げランキング: 12,002
kindle版
■橋本治
kindleでいろいろ検索していてこれを見つけて①橋本治という作家に興味があってもっと読んでみたいと思っていた②古典は学生時代からわりと好きだった⇒ので、買って読んでみたら本当に面白くてあっというまに読んでしまった。

本書は1997年11月ごま書房より刊行され、2001年12月ちくま文庫として刊行された、ものを電子化にあたり「改変を施し」2014年11月14日発行されたらしい。「改変を施し」っていうのは初めて見たなあ。「加筆訂正」はよくあるけど。

随分キャッチ―なタイトルが付いているけど、っていうかこのタイトルをそのまんまの意味に真面目に信じるひとも少なかろうが(実用書のたぐいは売れるために多少大袈裟な題名をつけるものだ)、この本を読んで「古典がわかるようになった!」とはならないと思う。
置き換えてみればいいのだ。
「これで英語がよくわかる」とか「これでロシア語がよくわかる」に。
たかだが本1冊読んだだけでわかんなかったロシア語が「よくわかる」になるわけがないんである。
学問に王道なし。
「これで歴史がよくわかる」ならまだちょっとアリかもしれないなーとは思うけど…。歴史の流れを年表で覚えるよりはその流れを道筋を丁寧にわかりやすく説く小説などで俄然興味がわき、細かいことまで頭に入る、っていうことがあり得るから。
でも語学は結局はいろんな単語や文法を覚えないとどうしようもないんだよね。「古典」もほぼ外国語を習得するのに近い、と本書でも書かれている。

しかし「古典なんて難しいし、嫌い」と食わず嫌いで思い込んでいる生徒さんや学生さんが本書を読むことで「あれ?もしかして古典って思ってたより面白そうかも?」「なーんだ、言葉は違うけど、内容がわかってみれば考えていたことや思っていたことはそんなに遠くないじゃない、親近感がわいたな」とイメージアップにつながることはあるんじゃないかな。で、興味をもっていろんな古典にまずは近寄ってみる→ちょっと読んでみたら「外国語」よりは「昔の日本語」なので読みやすい→内容も共感できたりして→勉強にやる気がでる→古典がだんだんわかるようになる→大学で専門的に古典を学ぶようになる……なあんて展開も、あるかも知れない。

さっきちょっと「歴史なら向いてるかも」と書いたけど、本書も古典の文学史みたいな色合いが強いのだ。
こうこうこういう流れでこんなひとたちがこういうふうに日本の文学を築いてきましたよ、だからこの文学はこういう書かれ方なのです、的な。
「ほうほう、なるほどね~ わかりやすいわ~ おもしろ~い」
と好奇心を刺激され、どんどこ読めてしまうのだ。
本書を読んでいると現代ドラマ風に紹介される源実朝に同情したり、兼好法師の若さゆえ(『徒然草』の最初の頃は若いころに書かれたという説の展開あり)の自意識と現実のギャップにもだえる彼の書きっぷりにニヤリとしたり、いろいろ「楽しくなれる」仕掛けを橋本先生がしてくれているなあということをしみじみ感じた。

だからどっちかというと「これで古典が好きになる」のほうが近いんじゃないのかな?
ちなみにわたしは学生時代から国語が好き、現代文も好き、だから古典も好き、という実は誤った三段論法(?)で古典に対して最初っから好意的な生徒だった。対して英語は嫌いで苦手だった。もし最初に「古典も英語と同じ外国語ざんす!」という意識を植え付けられていたらヤバかったかも知れん。なんちゃって。

本書でも書かれていたけど、古典は語学だから、「慣れ」も重要な要素。
高校時代、文法や単語の丸暗記は苦手だから「数読んで慣れよう」といろんな古典の名作の有名な部分ばかりを集めたような参考書を買ってきてひたすら読んでたんだけど、これ、橋本先生によれば大正解だったみたいだね。
英語も同じことをすれば良かったのかも(今頃気付く)。でも英語はフィーリングではどうにもならんしなー(古典はフィーリングである程度どうにかなる!言い切る!)。

この本、高校生にオススメです。中学3年生くらいからでもイケるかな。

「おまけの2」で「枚数の都合で『室町~江戸時代の古典』がカットされちゃいましたが」と書かれており、残念。っていうか続刊出してくれたら読む!のになあ。
そういえば大昔にNHK教育で「まんがで読む古典」っていうアニメと解説がくっついたすごく面白い番組があったんだけど、ああいうのまたやってくれないかな~(と思ってググったらこの番組の最初は「まんがで読む枕草子」でその脚本をなんとあーた、この橋本治が書いていたのだと!さっすがー。


2015/03/24

ピーターとペーターの狭間で

ピーターとペーターの狭間で (ちくま文庫)
筑摩書房 (2013-10-18)
売り上げランキング: 28,367
kindle版
■青山南
何年か前にこの本の存在を知り買おうとしたら絶版重版未定だったのであら残念、となったことがあった。
kindleで何かいい本はないかと暇つぶしに検索していたらこれが¥600で読めることがわかり、即購入。

青山南という翻訳家のことを知ったのは「本の雑誌」誌上での連載によってであり、残念ながらこの先生の訳した本を読んだことはざっとウィキペディアを見る限り無さそう(絵本系が多いのかな?)
エッセイはちくま文庫の『木をみて森をみない』を2004年9月にざっくり読んだ記録があるがこのときはちゃんと最後まで目を通したのかな…。

本書は1987年2月本の雑誌社より刊行され、1991年8月にちくま文庫に収録された。2006年3月筑摩eBOOKS版発行。
タイトルや著者の職業から翻訳にまつわるよもやま話だろうというのは想像できており、そういう話が好きなのでこれも読みたかったのだ。

で、読んでみての感想だが、内容的にやや古くなっているものもあるがいまでも充分通用する興味深いエッセイで、なかなか良かった。当時の日本の翻訳出版業界ってそうだったんだとわかるのとか面白い(ブローティガンが流行ってたんだなあ)とか(『ガープの世界』にタイトルが決まるまでにそんなことがあったとは)とか(英訳の場合「百年の孤独」の「百」に付くのは「one」か「a」か論争だなんて面白すぎる)とか。
ほかにも、黒人の訛りは何故全部東北弁なんだ・地理的位置的に九州のどこかの方言が正しいだろうという説があったり、ニューヨークの当時最先端の文芸誌紹介はいま読んでもかなりクールでカッコ良かったり。

英語の単語で日本でカタカナ表記されているもののいくつかを挙げ、原語の意味とあわせてその遣い方間違ってるよ、おかしいよ的な指摘記事が後半で、これも今もそのまままかり通っているのが結構あるなあなどと感心しながら読んだ。スタンスとか、使っちゃってる。うっ。コンセプトとポリシーの違いとか、うわ、そうだったんだーみたいな。

それにしても本書で村上春樹について触れた部分がけっこう目についたのと、関連で「デレク・ハートフィールド」なる作家についてまるで実在するかのように書かれているので目をぱちくりしてしまった。くだんの作家については村上氏『風の歌を聴け』に詳しいのだが、そしてそれを読んでハートフィールドを読みたいと図書館や本屋で探しまくる読者が続出したらしいのだが、その存在は完全なる村上春樹の創作ということでファイナル・アンサーらしいんだよね。過日、同著を再読したときにネットで調べて納得していたのにまたもこんなところでさも本当らしくその伝記作家のマックルーア氏との会話など書かれていて、ちょっとだけ信じそうになって混乱しちゃったよ。
ハートフィールドについてはウィキペディアにも載っている。

目次を書きだしておこう。
翻訳うらばなし
失語症で何が悪い/ガープ戦史/不妊の星々の伝説/一百年の孤独/本屋と棺桶/ブローティガン釣り/リタの片想い/ロスのある生活/ピーターとペーター/翻訳書のタイトルについて/なんでい・ヴォネガット/キール切り切り舞い/南部の東北弁/ニューヨークの文芸誌/特殊浴場異聞/ヴェトナムのゴム判/おぞましい言葉/訳者不在と著者不在/訳注の傾向と対策/江戸川橋の本の虫/ミス・グッバイを探して/カタカナの魔術師/ミスター・よしきた/長谷川四郎の教え/フォークナーを食う/アコガレの英会話の先生/終りを待ちながら/小判鮫の反乱/ピクニックは〝イン〟だな/ピュアでレイジー
いまは早くも死語なれど
ハイテク/フリーク/ゲイ/ソフィスティケイテッド/フェミニスト/ディグ/パフォーマンス/ブルシット/ナード/スノッブ/コンセプト/シミュレーション/ヘヴィメタル/エグゼクティヴ/スタンス/オーセンティック/コンテンポラリー/フリー
ピーターとぺーターの狭間で
ピーターとペーターの狭間で

あとがき/文庫版へのあとがき

この本が絶版なのはまあマニアックだからかな? それにしても青山南はタイトルをつけるのがうまい。



2015/03/22

さらば愛しき女よ 【再読】

さらば愛しき女よ ハヤカワ・ミステリ文庫 HM 7
早川書房 (2012-08-01)
売り上げランキング: 18,095
kindle版
■レイモンド・チャンドラー 翻訳:清水俊二
本書は1940年に発表された"Farewell, My Lovely"の邦訳で、1956年3月にハヤカワ・ポケット・ミステリから刊行された後、1976年4月にハヤカワ・ミステリ文庫に入ったものの58刷を底本とした電子書籍版(2012年9月25日発行)である。

以前読んだのは2004年10月だから約10年前で、『長いお別れ』はダントツに良かったがこちらはその良さがよくわからなかった、と日記に書いていて、今回久しぶりにチャンドラーを読もうと思って、『長い』は3回読んで3回とも素晴らしく思ったが流石に内容を覚えているので違う物をということで、「いま読んだら違う感想を持つかも?」と本作をkindle版で読んでみた。

先に結論を云ってしまうと感想は変わらなかった。
この話、出だしはなかなか面白いのである。個性的なキャラである大鹿マロイなる大男の前科者がとびきり派手ないでたちで登場し、わっと大立ち回りを繰り広げる。そして謎の美青年マリオの登場……盗まれた首飾りの謎。

だが途中からなんだかわけがわからなくなる。警察の人間が何人か出てきたり、ふれなばおちん風情の金持ちの美女妻が出てきたり、いかにも妖しげな精神科医(?)が八角形の部屋で出てきたり、その手下は怪力のインディアンだったり、その後麻薬が絡んでうさんくさい医師が出てきたり、麻薬がらみで暗黒街の人間が絡んだりしてくる。この材料だけ書き出してみると「すごく面白い話みたいだよなあ」って思うし実際そうだからこそいまでも読み継がれているわけなんだろうけど、出てくる順番とか書かれ方とかで「そもそもこの事件ってなんだっけ、これが事件とどういう関係があるのか?」がややこしくって。つまりわたしの読解力の問題なのか…? いやでも同じ著者の同じ翻訳者の『長いお別れ』は面白くて感動して超名作と思えるんだからなにかやっぱり違うはず。

翻訳と云えば1956年ポケミスの翻訳から1976年文庫になる際に直したのかそのへんはいっさいわからないけど、まあ古い日本語がよく出てくる。
Copy(コピー)が「コッピ―」。
「金銭登録器」なんて言葉が出てきて文脈からレジスター(キャッシュレジスター)のことだとわかったけど、そうかあれって日本語でいうとそうなんだと初めて認識したくらい。

  私はカウンターにからだをもたせて、もう一度紙幣をおいた。
  「金をぼくに投げつける人間はいない」と、私はいった。「誰でも手で渡してくれる。そうしてもらえないか?」
  彼は紙幣を取って、丁寧にひろげてから、前かけで拭いた。それから、金銭登録器を鳴らし、紙幣を投げこんだ。
  「金は臭くないってね」と彼はいった。「時々ふしぎに思うよ」
  私は黙って見ていた。数人の客がホット・ドッグを買って立ち去った。


穂村さんが『整形前夜』の「裏返しの宝石」でふれていた「ピンクの虫」云々のくだりは本書に登場する。
穂村さんはエッセイでここで虫について話すマーロウにおおいに共感を示していたが、私にはマーロウって変なやつ、くらいにしか思えなかったし穂村さんについてもおおむね同様のイメージを抱いていたので「そうか、穂村さんはそこに反応するんだ。似た者同士共感するんだな」と思った。今回は穂村さんのエッセイが頭にあったので虫について書かれた部分は特に注意深く読んだが、やはりよくわからないということに変わりはなかった。

よくわからない描写といえばマーロウってちょっと変なやつだなと思うシーンがほかにもあった。

  私は水上タクシーに戻った。タクシーの男は冷やかに笑って私を見つめていた。私はその笑っている顔が笑っている顔でなくなるまでじっと見つめていた。その顔はやがて顔でなくなり、ついに、彼のからだぜんたいが一つの黒い点になった。
  帰りのタクシーは長かった。私はタクシーの男に口を利かなかったし、彼も私に口を利かなかった。

――どうでしょう、この「彼のからだぜんたいが一つの黒い点になった」って表現は。なんなんですかね? ここで怒っても損なだけだから、対象を人間から「黒い点」に思えるまで意識、感情の埒外に置いてしまえるまで、つまり自分が落ち着いて冷静になるまで待ったってことかなと解釈したんだけど、いやーでも合ってるかどうかわからないし。

穂村さんのような視点で共感しながら読むとまた違う世界が見えるんだろうけど、わたしはどうやら「わからない」側の人間らしい。残念。


2015/03/18

暗闇にひと突き 【再読】

暗闇にひと突き
暗闇にひと突き
posted with amazlet at 15.03.18
早川書房 (2013-08-23)
売り上げランキング: 24,035
kindle版
■ローレンス・ブロック 翻訳:田口俊樹
本書は1981年に発表された"A Stab in the Dark"の1990年9月の邦訳版の電子書籍版である。
マンハッタンを中心に活動する元警察官マット・スカダー・シリーズ第4作。先日読んだ『八百万の死にざま』の1つ前の作品。

文庫版で294頁と比較的短い(『八百万』は503頁)。
電子書籍で読んでいると残りの量がわからないから(調べようと思えばそういう機能もあるが)犯人バレとかけっこうあっというまだったような感覚。


9年前に死んだ娘はアイスピック連続殺人事件の被害者のひとりと思われていたが実はそうでないことが判明した。娘の父親に依頼され、真犯人を探すことになったスカダー。
当時でも迷宮入りしたのにそんな昔のことを調べても無意味だろうと誰もが思ったがそれでもスカダーは例によって地道な聞き取り捜査を粛々と行うので、そういう仕事のやりかたが好ましい。
ミステリーとしてはそこそこだが小説として、シリーズファンには楽しめるだろう。
この話でジャンと出会うんだねー。

2015/03/14

ようこそポルトガル食堂へ

ようこそポルトガル食堂へ
幻冬舎 (2014-07-11)
売り上げランキング: 19,468
kindle版
■馬田草織
本書は2008年4月産業出版センターより刊行された単行本に大幅な加筆修正(「文庫版あとがき」によればレシピ・写真を抜いてエッセイだけをまとめ、最後に最新のポルトガル取材旅行の章「ヴィーニョ・ヴェルデを巡る旅」を追加した、らしい)をして幻冬舎文庫から2014年7月に出たものの、電子書籍版である。

タイトルと表紙の可愛らしさから買って読みはじめたが、最初はポツポツと短く区切られた書かれた方(だいたい1ページごとに小タイトルがゴシック体で出てくる)に集中力を殺がれ、気を抜くと目が活字だけを拾って流して全然脳に届いていない感じ、読み込めない感じになっていて戻って読み直し……というふうで全然進まなかった。

なんだろう、興味持ってこの本買ったのになんで、と考えたのだけどそもそもわたしにポルトガルの知識が無さすぎる、知識どころかイメージが「江戸時代に鎖国してたけどポルトガルとかオランダとかは出島に出入り出来て、だから日本に天麩羅とかそういう文化が入ってきたんだよね~?南蛮文化だよね~?」という、ソコで終わっている! 江戸時代て! 日本チョンマゲの時代じゃん! うわ恥ずかしすぎる。
このエッセイが悪いんじゃなくてこっちに下地が無さすぎ、なんだよー。

知識以前にとりあえずイメージだけでもつかもうと思って、馬田さんのブログを少しだけ覗いてみたり、ウィキペディアやグーグルマップでちょいと彼の地の様子をうかがってみたりした。わー綺麗な町だなあ。

でも、なんで馬田さんは「ポルトガル」だったんだろう…?
その答えは、実はご本人にもよくわからないというのが「文庫版あとがき」に書かれている。そもそもこの本は「はじめに」が無くていきなりポルトガルが始まっていくのですごく戸惑って、途中で先に「おわりに」「文庫版あとがき」 を読んだりしたんだけど…。

しかしこの本に出てくるポルトガルのひととの交流とかすんごい感じ良いんだよなあ! それってきっと馬田さんが素敵なひとだからだよなあ!ブログの様子とか、みんなとワイワイやってる感じとか楽しそうだし。
ポルトガルについてわかんなくても、そういう「ひととひととの触れあい」みたいなのを読めばそれが正解なんじゃないかな、と思えてきて、そうしたら自分の中にすとんとこの本が落ちてきて、それで最初のページから改めて読みはじめたら驚くほど飲み込みが早くなった。後はすいすい読めた。

それにしてもこの本、食べ物がこれでもかと出てくる。
ポルトガルの料理は和食とは違うのはもちろん、日本で日常的に食べる西洋から入ってきた料理とも違うので、あんまり馴染みがない世界。少なくともわたしには。豚を丸ごと、はなんとか想像できてもヤギ丸ごと、はヤギを食べたことがないからどんな味かわからない。動物の肉や内臓を食べる文化はわかるけど、その血を料理に使うのがポピュラーであるというのはびっくりだ。血の入ったリゾット、どんなんだろう?
基本的に、肉食文化なのである。そして、全部美味しくいただこうという精神があるようだ。魚料理も豊富で、米も使う。このへんは日本人に食べやすそうかな。コリアンダーがよく出てくるから好き嫌いが出るような気もするが。
ラードがポイントになってるレシピが多い。自家製でラードを作ってそれで鶏を揚げたりしている。うわあ、絶対美味しいよねそれー。

あと、ワイン。
本書には美味しい料理と、それに合うワインの話が欠かせないことになっている。どれくらいかというと、この本を読んでいるとワインを飲めないわたしが「なんだかワイン無しでは料理を食べた喜びがしないのでは」と錯覚してしまうくらいワインへの愛と讃歌に満ちている。
ああ、美味しそうなポルトガルの家庭料理。そして日常がぶがぶ飲んで楽しく陽気なワインのある食卓。

素晴らしい。今度ゆっくり酒屋さんに行ってポルトガルのワインを探してみようか。ポルトワインはポルトガルのワイン。豊潤で美味しそう。少しずつ味わうのが贅沢な感じかな。ヴィーニョ・ヴェルデは「緑のワイン」。しゅわしゅわした炭酸とブドウの若々しい香り、なんて爽やかそうな!
けど、そういえばわたしワイン飲めなかったね! ――みたいな。

本書によれば日本でも美味しいポルトガル料理が食べられるお店はあるそうで、リストも載っている。東京が中心だけど大阪にもあるようだ。機会があれば行ってみたい、でもちょっと冒険かなー。

2015/03/07

こなもん屋うま子 大阪グルメ総選挙

こなもん屋うま子 大阪グルメ総選挙 (実業之日本社文庫)
実業之日本社 (2015-01-23)
売り上げランキング: 4,173
kindle版
■田中啓文
こなもん屋うま子シリーズ第2弾。大阪グルメ総選挙というタイトルだが大阪グルメの総選挙の話では無い。
大阪グルメというのはこの話のベースである「こなもん」のことで、総選挙というのは本書では大阪市長がほぼレギュラーで登場しており最終話が市長選絡みの話だからだろう。
2014年10月実業之日本社文庫刊の電子書籍版。
第1弾は単行本→文庫本の手順をたどっていたが本書はいきなり文庫になったようだ。
ホームページなどで各話のあらすじまで丁寧に書かれていて、ここまで書いてある例は珍しいのでびっくりした。

なお、第1弾でも明らかに実在の有名人をモデルにした人物が各話の話し手として登場したが(名前もなんとなく似せてあった)、第2弾のメイン・キャラである大阪市長・櫛田勝男というのは読んだら一発で誰がモデルかわかる。まあそこはお話なのでいろいろ変えてあるし、もちろんこれはフィクションなのでファンタジーというか、ドリームも入っているが国歌問題とかワッハ上方とかカジノ招致とか実際に大阪市であった問題をテーマにした話ばかりなので「作り物を愉しむ」感覚もあるけど「作者は現大阪市長にどういうスタンスなのかなー」とどうしても考えてしまうのだった。

前回は話ごとに違う職業(ふつうのサラリーマンはいなかったなあ)のひとが出てきたし、「こなもん」もバラエティに富んでいたけど第2弾はリアルな大阪市政の現実をどうしても引き合いに思い浮かべながら読まないわけにはいかないような話ばかりだったし、「こなもん」もちょっと偏ったメニューだったように思う。櫛田市長のキャラが押していて、馬子さんの強烈さがいまいち発揮されていなかった(というかすごく便利なアドバイスするキャラに甘んじていたような)。
まあこれはこれで面白かったけど、第3弾があるとしたら第1弾のパターンのほうでお願いしたいところだ。
そういえば第2弾はミステリー色は無かったような。第3話だけ主人公があの有名な彼で異色かと思いきや最後で…だし。

目次に出てくる「こなもん(?)」を書き添えて。

第一話「うま子とホルモン市長」・・・ホルモン焼きうどん
第二話「うま子とナポリタン先生」・・・昔の日本の喫茶店のスパゲティ
第三話「うま子と正義の味方」・・・ホットケーキ
第四話「うま子とタイムトラベラー」・・・チヂミ
第五話「うま子と串カツ市長」・・・昔ながらのパン

このシリーズを読んでいると「こなもん」が食べたくなる。第1弾を読んだ後はお好み焼きをもちろん豚玉で作ったし、第2弾を読んでいる最中のお昼にはチョココルネを買って食べた(我ながら影響受けすぎ)。

それにしてもチョココルネはどっちから食べる派が多いのかな~?
……と思ってググッてみたらNHKオンラインが「チョココルネたべるのどっちから?」っていうアンケート受付やってたよ~。タイムリー。
ちなみにこの小説の主人公は太いほうから食べていた。
わたしは最初太いほうから食べて途中で先っぽのほうも食べて最後に真ん中を食べました!

2015/03/03

こなもん屋うま子

こなもん屋うま子
こなもん屋うま子
posted with amazlet at 15.03.03
実業之日本社 (2014-03-28)
売り上げランキング: 7,783
kindle版
■田中啓文
本書は2011年10月実業之日本社刊の単行本『こなもん屋馬子』の2013年8月実業之日本社文庫版『こなもん屋うま子』(改題)の電子書籍版である。
文庫本で買うと¥669円だが電子版は¥245円とかなりお安い(ただし、解説{熊谷真菜}は載っていない)。
この作家は笑酔亭梅寿謎解噺シリーズでギャグ系の話が面白いことはわかっていたし、関西在住で「こなもん」は大好きなので買ってみたら大正解だった。

「こなもん」は「粉もん」で、大阪弁で小麦粉を主とする食べ物全般をざっくり指す言葉。ウィキペディアの「粉食」の項目の中に【特に関西圏の食文化について言及する際、たこ焼きやお好み焼き等の小麦粉を使ったそれらを総称し、「粉物文化」などと呼称することがある】との記述がある。
どのくらいをイメージしているかは個人差があると思うのだけれども、本書ではラーメンやピザも「こなもん」のくくりに入っていたのでちょっとびっくりした。「まあ、そら小麦粉つこてるけどなあ」という感じだ。小説としてバリエーションを出すためだろう。

本書の目次はこうなっている。

・豚玉のジョー
・たこ焼きのジュン
・おうどんのリュウ
・焼きそばのケン
・マルゲリータのジンペイ
・豚まんのコーザブロー
・ラーメンの喝瑛

文庫本の内容紹介文をコピペさせてもらう。【その店は、大阪のどこかの町にある。仕事に、人生に、さまざまな悩みを抱える人びとが、いかにも「大阪のおばはん」の女店主・蘇我家馬子がつくるたこ焼き、お好み焼き、うどん、ピザ、焼きそば、豚まんなど、絶品「こなもん」料理を口にした途端…神出鬼没の店「馬子屋」を舞台に繰り広げられる、爆笑につぐ爆笑、そして感動と満腹(!?)のB級グルメミステリー!

何故「大阪のどこか」かというのは読んでいけばわかるのだけれど、話ごとにその店のある町の名前が違う。しかもその話がとりあえず収まるたびに店の所在を登場人物が見つけられなくなっている、という不思議設定なのだ。店主・馬子の正体も謎で、読めば読むほど人間離れしており「もしや、こなもんの妖精さんなのでは(そんな儚げな外見では無いが)…」なんて思っちゃうし。
つまり、これはファンタジーなんである。
そして、各話ごとにちょっとした謎とか問題が出てきてそれを解決していくというスタイルなのでミステリー的な要素もある(人が死ぬとかは無し、かといって日常の謎、という雰囲気でも無い)。
各話の話し手が毎回その道のちょっとした有名人で、最後にその正体が明かされるというパターン。

毎回ハッピー・エンドなのですごく安心して読めた。馬子さんの作るものは全部めっちゃ美味しそうなのだがレシピが載っていて真似できるというものではない。だってこなもんの妖精さん(とは書いていないが脳内解釈)が作るんだからそりゃ美味しいんだろうな、と。妖精さんというか神さんというかそんな感じだ。
コテコテの大阪、ディープな・そんなヤツほんまにおるんか級の「大阪のおばはん」がカリカチュアされているのが馬子さんだから、「ええーっ、大阪ってこんなひとばっかりなんだー」と思われると大いに心外というか誤解だけど、まあ、そういう雰囲気をちょっとかすっているひとに対して愛情を持って接するのが大阪のひとのやさしさやと思う(?)。
関西弁や関西人が苦手だという方にはオススメできないが、そうでなければこのナニワのB級グルメ・ファンタジーをぜひ笑って楽しまれたい。

ちなみに店があると書かれる場所は「大阪難波の宗衛門町」「大阪天神橋筋商店街」「大阪ミナミの谷町筋沿い」「大阪ミナミの三津寺筋」「JR天王寺駅周辺」「心斎橋筋の裏通り」「鶴橋の駅周辺に広がる商店街」とどれもゴチャゴチャした人通りの多い「いかにも」な場所だ。三津寺筋なんかは知らなくて行ったことないけど他から推して間違いないだろう。ていうかこの本読んだら楽しそうだから今度探検してみようかな。もちろん「コナモン全般・なんでもアリマッセ」の看板を探して……。