2014/07/31

東南アジア四次元日記 【再読】

東南アジア四次元日記 (幻冬舎文庫)
宮田 珠己
幻冬舎
売り上げランキング: 175,003

■宮田珠己
のんびり再読。
4年前に読んだ本で、だいたいの雰囲気などは覚えていて、宮田大兄三十代前半くらいの若々しい初期の文体が面白い本、という認識だったがそのとおりだった。
「電車の中で読めない」という紹介がよく為されるそうだが、二回目なので大丈夫だ。吹き出したりはしないだけで、面白いことに変わりはない。
アジアを1人で旅行した日記というととりもなおさず「自分探し」だったり「貧乏旅行」だったりしがちだが、本書はそういうのと違うので、かといって金持ちの悠々自適バカンス日記でも全然無いので、オリジナルな感じで、変わっている、と思う。「宮田珠己っぽい」というのが一番ピンとくるかな。

「陸路で行くぜ」と云っていたけどいろいろあってあっさり飛行機に乗っちゃうとことかが、この日記の著者のスタンスだ。文体が個性的で魅力なので、文体が合わなければそれは相性が悪いかもしれない。

あらためて写真をしみじみ見て思ったんだけど、「おしゃれじゃないなあ」。
旅行記の写真ってもっと綺麗だったり絵になったりするもんが多いように思うのだが本書に限らず宮田大兄の写真と云うのはそういう目的で撮ってないからひたすら興味の対象をばしばし喜んで撮っているなあという感じだ。
宮田大兄はそういうことはしないだろうけど、旅番組をこのひとが企画して旅するとかいう映像があったらユニークだろうな。

2014/07/26

帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ

帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。 (文春文庫)
高山 なおみ
文藝春秋
売り上げランキング: 77,495

■高山なおみ
初・高山なおみ。
(雑誌の連載は1回分だけ既読)。
本屋で料理関係のコーナーをうろうろしているとしょっちゅう著作がお目にかかるので以前から気にはなっていたんだけど「とりあえず、いまの料理エッセイのメインは平松さん」という気持ちだったので後回しになっていた。
そのへんがだいたい頭の中の整理が一区切りついたので。

本書は、雑誌「CUT」にて1996年11月号から2001年1月号まで連載していたコラムとレシピを一冊にまとめたもので、ロッキング・オン社から2001年4月に単行本として上梓されたものが2009年4月に文庫化したもの。

以前から「印象的なタイトルと素敵な表紙写真だな」と思って見ていた。角田光代『これからは歩くのだ』を連想する。
写真は日置(武晴)さんと判明し、超納得!
表紙と、後ろのほうの口絵できれいなカラー写真を見ることができる。お茶の葉がふよふよしていて鮮やか、金魚みたいだ。

そして実際中身を読んでもなんとなく初期の角田さんと似ていると云えなくもない?とか思ってしまったんだがどうだろう。
無国籍な感じ、いつも旅人のような(どことなくバックパッカー的な)、夢の話と現実がごっちゃになって不思議な、精神と肉体がふわふわ不安定にさまよっているかのような。でも意志は強く、芯も強いぞ、みたいなイメージ。
二十代後半から三十代のような若者っぽい内容だなあと(つまり社会的立場が自由な感じ、定まっていない、所帯じみていない感じ)思ったのだが調べてみたら著者は1958年(昭和33年)生まれで、つまり書かれたのは38歳~43歳の頃ということになる。

料理のエッセイかと思っていたら、最初のプロローグでお父様の入院しているお見舞いのときに食べたお姉さま手製のお弁当(地に足の着いた生活をうかがわせる美味しそうな飾らないお弁当、忙しい中ぱぱっと作って詰めて来られたのだろう)のほかはほとんど料理が出て来なくて、その代わり1つ1つの最後に「 」でくくった料理名が書いてある、これはこの日にその料理を作ったよということかなと思って読んで行って途中でぱらぱらランダムに読みだしたときに巻末に「 」料理のレシピが載っていることに気付いて(カラー口絵はそのうちのいくつか)「こういうスタイルの本は初めてかも!」とびっくりしたり楽しくなったり。

とりあえずエッセイを全部読んでから、レシピをまとめて読んで、またその該当エッセイに戻って読み直したりした。お料理は派手さや華やかさはあまりなくてお店のメニューには無さそうな、その日の作り手の気分でこしらえた、っていう無造作感というかワイルドというかが満載。ごはんに木綿豆腐乗っけちゃう混ぜご飯とかこれって主婦の昼下り、「ひとりだし簡単に残り物で済ませちゃおう」みたいだなあ。かと思えば桜の塩漬け使ったり、スパイスがわたしが使ったことの無いような、そのへんの田舎のスーパーに売ってるのかしらっていうのがさらりと出てきたり、ケーキの粉ふるいを泡だて器で代用しちゃったり、鶏だしを3時間煮込むのが「落ち込んだときのスープ」だったりしてああ煮込むのって落ち着くよな……とか、ほんとレシピ読んでるだけで想像が広がるというか面白い!

どういう方なのかなあと読みながら気になったのでググってみたら、『静岡県生まれ。東京・吉祥寺にある「諸国空想料理店kuu kuu」のシェフを経て料理家に。』つまりプロのシェフさんなのだ。そして1958年生まれということは平松さんと同い年!
ウィキペディアに記事が無かった代わりに、ご自身のホームページがあって(ふくう堂書店)現在も現役で更新されている模様。

帯はよしもとばなななんだけど、本文中にも「ばななさん」の家に遊びに行く話があって、犬君たちがちょー・らぶりーだった。犬いいなあ。

2014/07/23

焼き餃子と名画座 【再読】

焼き餃子と名画座: わたしの東京 味歩き (新潮文庫)
平松 洋子
新潮社 (2012-09-28)
売り上げランキング: 34,511

■平松洋子
これは平松さんの本の中でもかなり面白かった。2012年に読んだ私的ベストテン第5位。
東京がほとんどなので、実際に行くっていうのはそう簡単じゃないんだけど読んでるだけで楽しい。でも平松さんは日本酒も焼酎もワインも飲める、お酒に強いかただからこそのオーダーだなあ、っていうのがけっこうあって。お蕎麦屋さんに入って燗1本と板わさとか渋すぎる~。
ほとんどのお店は誉めてるんだけど、1軒だけ、銀座のY屋の店員のおばさんの態度がちょー不愉快なのがあって、その店まだ残ってるのかなーとちょっと気になる。ナニサマ、って感じで腹立つわー。平松さんとそのときのお連れさんは大人の余裕でさらりと対応していてすごいなあ。

詳しいことは前回の感想で書いたのでこのへんで。
以下、目次。
昼どき
自分の地図を一枚 西荻窪
土曜日、ドーナッツを食べにゆく 代々木上原
路地裏のチキンライス 六本木
地下鉄でソウルへ 赤坂
三十年めの粥 四ツ谷
津之守坂のかあさんカレー 四ツ谷
インドのおじさんに敗北する 西新宿
きょうは讃岐うどん修業 新宿
とんかつの聖地へ 新橋
「冷し中華はじめました」 神保町
夏には野菜を 青山
こころは神に。手は仕事に 青山
ハーモニカ横丁の音色 吉祥寺
銀座のつばめ 銀座
十月に神保町でカレーを
小昼
町の止まり木 西荻窪
フルーツサンドウィッチのたのしみ 日本橋
角食パンを買いにいく 浅草
昼下がりのみつ豆 阿佐ヶ谷
味の備忘録 新宿
さよなら、ボア 吉祥寺
愛しのいちごショート 淡路町
薄暮
べったら市をひやかす 小伝馬町
銀座でひとり 銀座
焼き餃子と名画座 神保町
夕方五時の洋食 銀座
うちわ片手にどぜう鍋 深川
酎ハイ、煮込み、肉豆腐 北千住
ハイボールの快楽 銀座
うなぎ、その祝祭の輝き 南千住
「シンスケ」歳時記 湯島
春隣の日々
灯ともし頃
荒川線 文士巡礼 早稲田~三ノ輪橋
今夜うさぎ穴で 下北沢
北京再訪 新宿
水餃子、はじける 幡ヶ谷
ふぐ狂乱 六本木
おとなのすき焼き 人形町
東京で羊のしゃぶしゃぶを 高輪
六本の串焼き 荻窪
あとがき
巻末対談 最初からご飯を出せ 東海林さだお・平松洋子
店一覧

2014/07/22

気になる部分 【再読】

気になる部分
気になる部分
posted with amazlet at 14.07.20
岸本 佐知子
白水社
売り上げランキング: 582,352


2000年9月に出た本で、初めて読んだのは2005年10月29日。岸本さんの翻訳する本は変わっているけれど、岸本さんご本人も変わってました、という第一エッセイ集。久しぶりに本棚から引っ張り出して読んだが印象的だったからよく覚えていた。

目次を写す。
Ⅰ考えてしまう 
色即是空/翻訳家には向かない趣味/夜枕合戦/私の健康法/ラプンツェル未遂事件/オオカミなんかこわくない/私の考え/シュワルツェネッガー問題/バグが出る/星に願いを/大相撲とわたし/その袋に福はあるのか/キテレツさん達/続・私の考え/都市の兵法(電車編)/ヨコスカさんのこと/「国際きのこ会館」の思ひ出/六年半/寅
Ⅱひとりあそび
じっけんアワー/さかさかみなり/気になる部分/枕の中の行軍/素敵な脳の音/マイナーな人々/児戯に等しい/透明人間と宣告されたら/カノッサの屈辱(A.D.1964-1966)/カノッサの屈辱(B面)/石のありか/夜の森の親切な小人/夜になると鶏は/猿の不安/トモダチ
Ⅲ軽い妄想壁
このあいだ、レストランで盗み聞きした会話/残業の夜/日記より/日記より・2
Ⅳ翻訳家の生活と意見
キノコの名前/いけない花/恋人よ、これが私の(一九九四年を振り返って)/『リーダーズ』のお叱り/愛用の辞書/〝ミシン目!たたえよその名を!"/わたしの荷凝尊/一九九六年のベスト3/ビザールな三冊(一九九七年のベスト3)/怖いものばかり読んでいた(一九九九年のベスト)/名作知らず/真のエバーグリーン
あとがき/初出一覧


・シュワルツェネッガー問題
「アタッシェケース」という表記が正しいのだとこのエッセイを読んで初めて知ったものである。発音されるときは〈アタッシュケース〉なのになんで?というエッセイ。
・バグが出る
「エレベーター」と「エスカレーター」の区別を「何の苦もなく区別できる」かどうか?というエッセイ。わたしもとっさにわからなくなったときに、「ドアが閉まり、動き出すエレベータ」という昔読んだ小説の一節を思い出して区別している。
・枕の中の行軍
このエッセイが以前読んだときも妙に好きだった。「枕の中に日本兵がいる」というこの発想の飛躍が面白い。テレビの効果音で雪を踏む音は実際小豆袋でやってるんだったような。
・恋人よ、これが私の
たしかに「一週間」の歌詞は子どもながら「変だなあ」と思った!

なお、前回読んだときに感想で自分のエバーグリーンを考えてみているのだが、10年近く経ったいま見直してみると既に「変わっちゃったなあ」というのがある。変わらないのもあり、それは本物かな。
現在は単行本では無いので、↓この新書サイズで。
単行本の装丁は伊勢功治、カバーイラストは土谷尚武

気になる部分 (白水uブックス)
岸本 佐知子
白水社
売り上げランキング: 46,351


ねにもつタイプ 【再読】

ねにもつタイプ
ねにもつタイプ
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岸本 佐知子
筑摩書房
売り上げランキング: 344,933

■岸本佐知子
続けて2007年1月刊の第2エッセイ集を読む。安定の面白さ。

目次
ニグのこと/マシン/星人/馬鹿と高いところ/じんかん/△△山の思い出/ゾンビ町の顛末/郵便局にて/ぜっこうまる/ニュー・ビジネス/くだ/奥の小部屋/フェアリーランドの陰謀/日記より/お隣さん/ホッホグルグル問題/「毎日がエブリディ」/疑惑の髪型/かげもかたちも/夏の思い出/目玉遊び/一度きりの文通/戦記/リスボンの路面電車/Don't Dream/Watch Your Step/黄色い丸の中/作法/心の準備/生きる/裏五輪/とりあえず普通に/床下せんべい/むしゃくしゃして/ゴンズイ玉/べぼや橋を渡って/住民録/夏の逆襲/十五光年/西太后の玉/さいきんのわたくし/マイ富士/部屋のイド/グルメ・エッセイ/かわいいベイビー/難問/アイ・スパイ/ある夜の思い出
あとがき


書き写していて気付いたけどこのひとは「思い出」がよく出てくるな。第一エッセイでは「思ひ出」1点だった気がするが、第2エッセイでは3つもタイトルについている。というかまあ、内容も「子どもの頃こういうことを考えている変な子だった」ネタが多い。

まあ確かに少々変わっているお子さん(&大人になってからの思考)みたいなんだけど、中高一貫教育の女子学院卒から、上智大学卒業してサントリーに入社、ご本人いわく「会社員に向いていなかった」らしく、6年半で退社後は翻訳家として独立、という経歴を見る限り育ちの良いお嬢様って感じだよなあ。品も知性も兼ね備えた常識のあるかたが書くこういう内容だからこそ読者も安心して読んでいられるというか。例えばおんなじ内容でもどこのどういうひとが書いたがいっさいわからない個人ブログの日記がこの内容だったら「現実と空想の区別のついていないあぶないひと」とかそういう判断をされてしまってもおかしくない。
「翻訳家の岸本さんが書いた本」だから、成立しているのだ。
それにしても翻訳ネタがほっとんど無い。語学ネタとか言葉ネタとか、翻訳家が書いたエッセイってそういうのが言葉の端々によく出てくるんだけど……。

特に好きだったりユニークだと感じたものについてごく簡単に。
「△△山の」はその夢の発想が素敵、「ゾンビ町」は星新一のブラック・ショートショート風にもなりそう、「くだ」は幼いころの入院模様をよく覚えてていい、「日記」は面白い、「お隣さん」は国会図書館について知れて興味深い、「毎日が」はこの形式が面白い、「疑惑の」はちょんまげは確かにな、と共感、「かげもかたちも」は通勤共感、「一度きりの」は抒情があって素敵、「リスボンの」はまさか穴でくるとは、「とりあえず」はサントリーの当時の雰囲気が興味深い、「床下」はすべて「うん」で答えるお母様が印象的、「住民録」は変で良いなあ、「アイ・スパイ」は幼稚園児の視点が妙にリアル(わたしはこういう子どもでは無かったが)。

装丁はクラフト・エヴィング商會。

現在は文庫版が出ている↓

ねにもつタイプ (ちくま文庫)
岸本 佐知子
筑摩書房
売り上げランキング: 96,017


2014/07/19

夕子ちゃんの近道 【再々読】

夕子ちゃんの近道
夕子ちゃんの近道
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長嶋 有
新潮社
売り上げランキング: 841,090

■長嶋有
就寝前のくつろぎタイムにここ数日少しずつ読みなおした。
どういうスジの話かは覚えているので、安心してその良質の文章世界にひたれる楽しいひとときである。眠たくなったらそこで「つづきはまたあした」。

この話の主人公はどうしてだかはわからないままだけど、定住している場所はあるんだけどそこから離れて、西洋アンティークショップ(というか古道具屋の雰囲気も)・フラココ屋の2階の物入れみたいになっている部屋にしばらく住んでいる。仕事に行っている様子はなく、誰かに電話したりしているシーンもない。ふだんの生活の雑多な事柄から今は離れていたい、という心境の様子。中年期にぽっかり落ち込んでしまったモラトリアムといった感じ。

そこのところを追及する作品ではないので、こちらもそこには触れず、フラココ屋とそれに関わるひとびとのゆったりなごむ人間関係を味わう。大家さんの孫の姉妹は姉はしっかりしてるけど妹はマイペースだなあ、とか、瑞江さんの私生活はけっこう大変そうだけどこの話読んでるぶんの表面的には日々穏やかに暮らしてるようだなとか。

「女はペンキ塗りが好きなんだよ」は名言というか、あれ?男性は好きじゃないんだ?っていうか男女で分かれるタイプのことなのかな?
ちょっとしか出て来ないステレオのアンプを買いに来たお金持ち、面白いなあ、ああいうひと落語とかドラマにしかいないと思ってたけど著者のご実父がフラココ屋みたいな御商売だし、実際にあったのかな。

このお話に出てくるひとたちは明日できることは今日しない、というひとたちばかりのような気がする。あ、大家さん(八木さん)は違うかも知れないけど。
今日できることは明日にのばしたくない、という性質のわたしにはちょっとうらやましい。

現在は単行本は絶版なので↓文庫版でどうぞ。

夕子ちゃんの近道 (講談社文庫)
長嶋 有
講談社
売り上げランキング: 321,849


2014/07/17

自己流園芸ベランダ派

自己流園芸ベランダ派 (河出文庫)
いとう せいこう
河出書房新社
売り上げランキング: 5,097

■いとうせいこう
本書は、2004年春から2006年春までの2年間、朝日新聞に週一で連載されたものが毎日新聞社から2006年9月に単行本として上梓されたものの、文庫版である。
アマゾンの商品説明によれば【単行本化にあたり園芸家・柳生真吾氏、詩人・伊藤比呂美氏との語り下ろし対談を収録!】とあるが、文庫版には載っていないので削除されたのらしい。その代わりに、「その後」として短い近況エッセイ2本と、文庫版あとがきと、柳生真吾氏の解説((談)としてあるから編集部がまとめた文章かな?)が載っている。
それにしても初出連載は朝日で単行本は毎日なんだ、最初奥付を見て「え?」って思ったけど本文にもはっきりそう書いてあるから、へえー。そういうこともあるんだなあ。

同著者のやはりベランダ園芸のことだけを書いた名著『ボタニカル・ライフ』をわたしは4回読みこんでいるファンで、本書の存在もググったときに知ってはいた。だが、知った時点で2006年から3年以上過ぎていたので「今更単行本で買うほどじゃないんだよなあ。どっかで文庫化しないのかな~マイナーな内容だから難しいのかな~」とか思いつつ待っていたのだ。まさか2014年7月まで文庫化しないとは。っていうかこれは『想像ラジオ』が大評判でよく売れたことの効果かな、あれ以降いとうさんの本がちょこちょこ復活してるみたいだし。ビバ!(と云いつつ『想像ラジオ』をはじめいとうさんの小説はひとつも読んでないんだけど…)。

新聞連載なので1回の分量はだいたい見開き2頁分。相変わらず興味がある植物があればじゃんじゃん買っておられる模様。『ボタニカル』の途中で浅草のベランダが1つだけのマンションに越されていたけど、さらに浅草のベランダが西東北にあるマンションに越し直しされたとのこと。うわ、ベランダ3つ!すごいなあ、ベランダーのいとうさんにぴったりじゃない。でも南向きがあればもっと良かったろうにね。西とか北じゃなしに。まあ贅沢は言ってられないんでしょうが。
いとうさんは10年以上のベランダ園芸家でらっしゃるから、きっといろんな経験を踏まえた知識があって、植物を育てるのは慣れてるんだろうけどたまに枯れたり花房をうっかり折っちゃったりする、そういうのばっかり書かれるから一瞬「失敗が多いなあ」と錯覚してしまうけど実際はほとんどがすくすくと育ってるんだろうと思う。でもそれじゃエッセイにならないから一生懸命ネタを探してるんだろうな。

解説の柳生さんという園芸家の方が、植物を「上手く育てようとする」ことばかりがクローズアップされて、もてはやされがちだけど、植物と同じ視点で楽しむやり方もあって、そういうスタンスだと「枯らす」のも全然普通にアリなのだ的なことを話されていて、目からウロコだった。うーんそうかー。「上手く育てる」至上主義でスグに本やネットで正しい育て方をマニュアル的に得てそのとおりに育てれば確かに失敗は少なくなり、枯れにくいだろう、でもそうじゃなくて自分で良いと思うやりかたでいろいろ試行錯誤して、「育て方を手探りで探しながら一喜一憂していく」っていう園芸もあるんだってことだよね。うーんなるほどなあ。

まあそれにしても「雑すぎないか」とは時々思わないでもないんだけどね……。
ベランダを見た客人がみんな無言になる、というのも「鬱蒼としていないから」だけじゃない気がするんだよなあ、いまどきの園芸家ってみんなオシャレでレイアウトにも凝ってるのが流行してるから、そういうのを期待されちゃってるんじゃないかな? でもいとうさんはとりあえず「花がたくさん派手に咲いているのが良い」と思う派らしいので、色のバランスとか鉢をアンティークでシックにまとめる、とかしてなさそう。テレビや雑誌で見る園芸家の庭とはだいぶニュアンスが違うんだろうなあ。だからみんな予想外で無言になるんじゃないのかな?

というわけで楽しく読めるけどナチュラルガーデン好きである自分のやりたい園芸とは方向性が違い過ぎるのであんまり参考にはならないのであった。いとうさんが育てている植物で「それ、うちも欲しいなあ」というのもほとんどなかった(ツユクサは良いなあ、と思ったけど。ああいう雑草って園芸店に売ってるものなのかな?)
ベランダーはみんな苦労している、という一文には激しく慰められ、「そうだよね!わかってくださる、さすがいとうさん」と思った。

2014/07/14

南極料理人 【映画】

南極料理人 [DVD]
南極料理人 [DVD]
posted with amazlet at 14.07.13
バンダイビジュアル (2010-02-23)
売り上げランキング: 6,518

■堺雅人・主演
監督・沖田修一/原作・西村淳
先日、原作を読んで、アマゾンで映画のレビューが良いので観てみた。
南極の景色が素晴らしかった。
――と観てるとき思ってさっきウィキペディア覗いたら、ロケ地は北海道網走と書いてある……!マジか!北海道網走にあーーーーんな地平線になんにもない雪の平原あるんだ、へええええ)。

「なんでこのひとたち『おいしい』とか『美味い』とか云わないんだろう、男の人たちってまあこんな感じか……でも云えばいいのにね。主人公(西村君)もきっとそう思ってるかな?家にいたとき奥さんに云えばよかったと反省してるかな?」とか思った。
そういうことは映画では直接的には描かれてないんだけど、後半で隊のメンバーが作った失敗作の唐揚げと、奥さんの作った唐揚げが似てて、泣きながら食べる、どんな台詞を云うのかな、「おいしい」って云うのかな「まずい」って云う?とかたずをのんで見守った。

最後の最後で動物園のご飯食べるシーン、べたべたのハンバーガーを食べて「うまっ」って西村君が云うシーンで「ええええウッソー」と思ってしまった……監督の意図はあれで感動、なのかもしれんけど「おいしいわけないじゃない」って思っちゃったんだよね、あのシーンの意味がよくわからない。ファーストフードの劣化版ですら「うまい」って云える人間にナリマシタヨ、ってことなの?かな?

あと印象的だったのはブリの照り焼きに醤油ジャーってかけられて西村君が「あっちゃー」って顔するシーンと、イセエビのエビフライに至るシーンと実際みなさんが食べてのシーンの後の西村君の表情。そもそも南極に来ることになった上官とのシーン「家族と・話を・させてください」。

南極から帰ってきて、NTTの女の子が迎えに来てるっていうのにはびっくりしたなー。家族との対面シーンにはちょっともらい泣きしそうになった。

お医者さんがすごくコミカルな超人になってたのが面白い演出だなあと。

それにしても原著者の西村さんと、映画の堺雅人の演じる西村君は、別人28号だね!
なにげに堺さんのアップ多いし手に指輪してるしどっきどっきですv
まつ毛が凍る堺さん~。あれ、気になって触ったらぱりん、ってまつ毛折れちゃうわけだよね。うひゃあ。

おにぎり作ってるところで「かもめ食堂」思い出したり。美味しそうなゴーカなおにぎりだったなあ。
役柄それぞれの食べ方が演出されてたのも良かった。
この映画を観ると料理がしたくなる。

2014/07/13

長嶋有漫画化計画 [コミック]

長嶋有漫画化計画
長嶋有漫画化計画
posted with amazlet at 14.05.03
うめ;ウラモト ユウコ;衿沢 世衣子;オカヤ イヅミ;カラスヤ サトシ;河井 克夫;小玉 ユキ;島崎 譲;島田 虎之介;萩尾 望都;100%ORANGE;フジモトマサル;陽気婢;吉田 戦車;よしもとよしとも;藤子不二雄(A)
光文社
売り上げランキング: 251,216

■長嶋有原作
2012年の3月に出たこの本、ずっと気にはなってたんだけど、知らない漫画家さんばっかりだし、長嶋有は文章が好きなのでどうかな~と思って買ってなかった。

で、2014年5月に京都の某書店で目に留まってやっぱりうーん、読んどくか!フジモトマサルの漫画読んだことないけど読んでみたいし!と購入。
1作ごとに長嶋さんの解説が入るのがとっても良い。

以来、何度か読んでる(そんでレビューを今頃書くという…いや漫画だからパスしようかなと思ってたんだけどこの本きっかけに『泣かない女はいない』を買い直して読み直したのでその感想上げる前にと)。

「十時間」『祝福』より@萩尾望都 ★
完全に萩尾望都ワールドになっている。凄い。え?原作こんな話だっけ?って読み直したらちゃんと骨格は合ってるんだよなあ、でも長嶋有じゃなくなってるんだよなあ。凄いわ。

「ぼくは落ち着きがない」@衿沢世衣子 ★★★
原作の表紙がこの方だったので、なんだか「本物だ」という感じ、スピン・オフになってて面白かった!これも漫画読んでから原作を読み直した。

「夕子ちゃんの近道」@カラスヤサトシ
わたしのなかの原作イメージとこの漫画家さんの絵は合わなかったけど、まあ、まったく別物と思えば読める。

「猛スピードで母は」@島田虎之介
なるほどね。こういう絵柄でオシャレに描くのが原作と合ってるよなと思った。お母さんが老けすぎだとは思ったけど。

「女神の石」『エロマンガ島の三人』より@100%ORANGE
シュールだ…まるで「ガロ」みたいだ。「ガロ」読んだことないんだけど。

「噛みながら」『祝福』より@よしもとよしとも
この漫画家さんの線は下書き?かと思ったけどこういう味の方なんだね。

「ねたあとに」@フジモトマサル ★
原作が大好きなだけに省略が悲しかった、けどスペース的に無理なのはわかってる、うん仕方ないんだよね…。

「エロマンガ島の三人」@陽気婢
わーみんな何頭身あるんだー細っそー。少女漫画家さんかと思いきや。

「泣かない女はいない」@小玉ユキ ★★★★★
凄い!小玉さん!絵うまーい!長嶋有が恋愛漫画になってる!っていうか桶川さんがイケメンになってる…!それだけじゃなく話の流れとかまとめ方とか超良い!しみじみ何度も読み込んでしまった。原作読んだときそんなに感動しなかったのに、これは原作も読みなおさねば!

「パラレル」@うめ
うわ。これなんてBL…! 原作は全っ然BLじゃないのに絵で、描き方でこうなっちゃうんだー。

「THE BUNGO」※原作は無し・長嶋有が主人公のなんちゃって漫画@島崎譲
えーとこれは……わたしの守備範囲じゃなさすぎて評価不可能。

「ジャージの二人」@吉田戦車 ★
これも原作とは全然違う。吉田戦車の世界になってるんだろうなあ、吉田戦車の漫画読んだことないんだけど。

「佐渡の三人」@オカヤイヅミ
単行本1冊をよくこの短さにエッセンスだけ抜き取ってうまいことまとめてあるなあと感心した。

「サイドカーに犬」@ウラモトユウコ ★
愛人の画像化に◎。そうか、こういうひとだったんだ、それならよくわかるわー!と納得した。

「タンノイのエジンバラ」@河井克夫
お母さんと娘が全然美しくないというのが興味深かった。

西の魔女が死んだ 【再々読】

西の魔女が死んだ
西の魔女が死んだ
posted with amazlet at 14.07.12
梨木 香歩
小学館
売り上げランキング: 195,579

■梨木香歩
近い過去に再読したから、という認識でいたのだが、今日また読んで、読み終わってさっきブログを調べたら前回読んだのは2004年の暮れなのだった。わお、10年も前か! 
すごく大好きなお話しで、概要は覚えていたんだけど細部で忘れているところがいくつかあって「不覚」というか「意外」だったんだけどそうか、10年もまえじゃ仕方ないよなあ。

今回読みながら思ったこと。思い出すままに箇条書き。
・少女の潔癖って厳しいことねえ
・ギンジさんっとおばあちゃんの関係をもう少しちゃんと知りたかった
・ママとおばあちゃんの軋轢について、孫にとってはこんなに良いおばあちゃんなのに娘と母親となるとやっぱりまた違うのね
・っていうかママとおばあちゃんのことももう少し知りたかった
・そういえば梨木さんは結婚してからは家庭に入られて、のちに作家活動をされるんだよなあ、そのへんと絡めてもう少し……興味がある
・まいにはこんな素晴らしいおばあちゃんと家があって、避難できたけど、出来ない子のほうが多いと思う
・まいは一人っ子で両親の状況もあって引越し&転校が可能だったけど、そう出来ない子のほうが多いと思う
・まいはそういう意味では恵まれており、学校の問題は根本で解決していないから、渦中にある子は参考にできないよなあ
・でも少なくとも「学校に行かない」ことで大人がどうにかしてくれる、大人にはそれなりの力がある、助けてくれる大人ばっかりとは限らないけどまいの両親も祖母もまいを助けられて良かった
・銀龍草について前回読んだときは全然反応しなかったなあ キュウリグサ(ヒメワスレナグサ)はよく覚えていたんだけど あとクサノオウって茎折るとそうなんだ、へええー前回読んだはずなのに覚えてなかった
・銀龍草をネットで画像検索→うわあ……なんか現実じゃないみたい、植物じゃなくて生き物っぽい、にょろにょろとか宮崎アニメの森の白い精霊みたいだ 別名ユウレイダケって云うんだなあ きれいだけどちょっと不気味でもあるもんなあ
・死んだらどうなるか?って確かに十代のある時期とか気になるもんだよなあ
・まいのママの話を読んでみたいと思った、まいのママがこのおばあちゃんとどういうふうに暮らしていたのかとか
・それにしても「脱出成功」してそれからどうするんだろうか

泣かない女はいない 【再読】

泣かない女はいない (河出文庫)
長嶋 有
河出書房新社
売り上げランキング: 277,162

■長嶋有
実はだいぶ前に『長嶋有漫画化計画』を買って読んだのだが(漫画家さんによるそれぞれの解釈が面白かった。原作とまた雰囲気違って)、その中でも特に良かった数作のうちの1つが小玉ユキの「泣かない女はいない」で、さすが恋愛が主なテーマの少女漫画家さん、主人公も主人公が恋する相手も見事に素敵イメージで具現化されていて、「ああ~これって恋愛小説だったんだー!」と感動した。イヤ、原作読んだときは長嶋有ばっかり続けて読んでたときで、「また彼氏とか夫がいるのに他のひとを好きになっちゃう女の話かよ…」とそういう食傷気味な感想がメインに来ちゃってたんで、純粋にひたれなかったんだよね。

今回文庫を買い直して読み直したのだが、大筋はわかっているのでディテールに集中して読めたんだけど、やっぱり上手いなあとしみじみ思うと同時に、この話の主人公は何でこう淡々と淡泊なんだろうと思った。でもちゃんと感情の動きとか伝わってきて、桶川に惹かれていくのとか納得・理解できちゃうんだよなあ。

漫画を読んだときにちょっとだけ微妙にひっかかってた主人公の気持ちの流れが、原作を読んだらすっきりと飲み込めた。いや、少女マンガ的にはあれでいいんだけど、実際は相手が自分のことを「好き」だと云うんじゃないか、っていうのが先にくるっていうのはちょっとアレなんで、やっぱりあの場では「転職」なんだろうなっていうのがわかっている、というほうがこの話の主人公の聡明さに合っていると思う。

それにしてもこれは2005年に単行本が出ているわけで、つまり10年前の話だなあ、というのをしみじみ思った。今なら主人公は正社員じゃなくて派遣社員とかそういうのになってるんじゃないかなあこういう会社だったら、と思うから。
お昼休みに他の女子社員に無理して迎合せず、散歩に行っちゃったり自分のスタイルを続けるところとか、このひと良いなあ、と思った。桶川さんに告白して結果が出るまで彼氏には黙ってても良かったんじゃないかな、というのはズルい考え方かなあ。でもこれは男側から書いた女だしなあ、うーんでもあの彼氏とは結局どう転んでも無理だったのかな、気持ち完全に離れちゃってたわけだし。っていうかこの職場に彼女はずっと居続けるのかなー正社員だしなー派遣だったら速攻やめてるんだろうなーとかいろいろ余韻が残る作品。

もう1篇の「センスなし」は中学生時代に聖飢魔IIのファンの子とそれが縁で仲良くなった主人公の話なんだけど、鬱屈していて読んでいてしんどかった。愛人を作ってあんまり帰ってこない夫がそれを打ち明けたときにかっとして手近なもので殴ってしまったらそれがブロンズの置き物で、当たりどころによっては殺してしまってたかもしれない、そうなると刑務所に入らなければならないから「割に合わない」と考えるところが「ああもうこのひとは夫のひとに全然愛情がないんだな……」と何よりも伝わってきて面白いなと思った。でも離婚すると云われてイヤだと思ったのは夫の思い通りになるのがイヤなんだろうな。
好きなアーティストで世代別の違いがあって、主人公たちよりも若い人たちの方が「センスがある」らしい。チャゲ&飛鳥はセンスが無い例に出てきて、いまちょっとニュースで話題になっているから「あー」と思った。そういえばわたしは聖飢魔IIもKISSも聴いたことが無く、長嶋さんとそんなに大きく年齢は変わらないと思うんだけどそのちょっとの差が大きいのかな。十代の2,3年って大きいもんね。まあ単なる好きな音楽の趣味の差っていうのもあるんだろうけど。デーモン閣下は知ってるけど歌のひとっていうよりはなんか、コメンテーターとしての印象の方が強いんだよね。

2014/07/12

エンジェル エンジェル エンジェル 【十年ぶりに再々読】

エンジェル・エンジェル・エンジェル (新潮文庫)
梨木 香歩
新潮社
売り上げランキング: 117,364

■梨木香歩
この話はいちおう児童書とされるのかな。
現代が舞台で高校生の考子の視点で書かれた章と、その祖母が女学生だった時代を描いた祖母視点の章が交互になっている。
単行本と文庫版両方持っているが、単行本はコウちゃん視点の章とさわこちゃん視点の章で文字の色が変えてある。文庫版は色は同じだけどさわこちゃん視点の章は旧仮名遣いになっている。

コウコはどうも精神状態が不安定なようで、1日にコーヒーを30杯は飲まないと頭がぼんやりする、どうもカフェイン中毒ではないかと最近になってようやく自覚したとか書いてあって「危ういなあ」と思う。いままで父の兄である伯父の家にいた祖母が同居することになったが、手洗いに立つ際などに助けが要る、自分の息子と孫を忘れているなどの状態(コウコの母親はこの姑に対して礼儀正しく接しきちんと世話をしていて、すごいなあ偉いなあとわたしなんかは思うがまだ高校生のコウコはそういう意識は特に無いようだ。だからしてこの物語の趣旨はそこにはない)。コウコは夜中に起きる生活パターンだったので、祖母の夜中の手洗いの手伝いを母に代わって引き受けることになる。そのご褒美に欲しかった熱帯魚を飼ってもいいということになった。エンジェルフィッシュとネオンテトラを買って、後からさらにネオンテトラを追加したのだが……。

さわこの家は豊かな農家で、年の近い女中さんのツネがいる。女学校ではさわこの幼馴染のかーこ派と、頭が良くて凛とした美少女の山本公子さん派に分裂している状態。公子さんはごく親しい友人にはコウちゃんと呼ばれていて、さわこは自分もコウちゃんと呼べる親しい仲になりたいけどかーことは昔からの仲だしなあ、という状態。担任の翠川先生の清楚な美しさに憧れている。そんなある日、さわこは偶然、放課後の教室でふたりっきりでいる翠川先生と泣いている公子さんを見てしまう。ふたりの親密な様子に大ショックのさわこ。次の日から公子のプリントを破ったりいろいろ嫌がらせをしてしまう。どんどん自分の中の黒い部分が膨れ上がって行って、自己嫌悪で苦しむさわこ……。

少女の潔癖さによる自責の強さと、他人に対しての自制心の無さ、不安定などからくるいじめ行為の幼稚さなどのアンバランスが「うーんこの年代って難しいなあ、苦しいんだろうけどなあ」という感じだった。
コウコが宗教に興味を持って大学もそれに因んで選ぼうとしている、という記述は梨木さんご本人もそういう学科出身だし、「おーここでこんなこと書いてあったんだ」と改めて。

それにしても本能で生きている熱帯魚の行為を人間と神のそれに置き換えてどうこうする、というのはすごく違和感があった。今回のケースだと、エンジェルフィッシュの暴走を誘発したのはコウコがよく調べもしないで安易に「きれいだから」とかいう理由で行った行為の代償で悪いのはつまり「人間」だし、人間が戦争などで他の民族などを殺戮していくのは理性を持って行動すべき「人間」が感情や利権などさまざまな身勝手から行った結果なのだから責任は「人間」にある。エンジェルフィッシュを人間が誤って導いたことと人間が間違ったことを神様のせいだと比喩してごっちゃにするのはおかしくないか。というか魚に夢を見過ぎである。生き物を飼うということを人間の道具にするからである(熱帯魚を観たら精神が落ち着くとか)。最初にエンジェルフィッシュが暴走を始めた時点でエンジェルフィッシュをどうにかするのが生き物を飼う人間の責任じゃないのかな。
「私が悪かったね」と神様も思っているとしたら救われるね、とコウコたちが云うシーンは美しいケドものすごく感情に流されていて責任転嫁も甚だしい、と共感できなかった。私は別に無神論者じゃないけど、人間がおろかなのは人間のせいだとしか思えない。

最後のところでツネがさわこの為に彫ったと思われる木彫りの天使をコウコが見つけるが、ああもう少し早ければさわこに届いたのになあと悲しくなった。さわこが後年、木彫りをするのはツネの影響なんだろうなあ。
少女というか、人間のこころの弱さが招いていくいろんな悲しいことがたくさん書いてある話で、読み終わった後しばらくずっとシーンとこころが暗く沈んでしまった。悲しい話だ。

2014/07/11

ワーカーズ・ダイジェスト

ワーカーズ・ダイジェスト (集英社文庫)
津村 記久子
集英社 (2014-06-25)
売り上げランキング: 8,103

■津村記久子
中篇の表題作と短篇「オノウエさんの不在」を収録。
「ワーカーズ・ダイジェスト」は初出は「小説すばる」2010年9月号~11月号。
津村さんは1978年生まれなので2010年は32歳くらい、この話の主人公たち(ダブル佐藤)も32歳から33歳くらい。この著者はわたしが読んだかぎりでは自分と同じ年のひとの視点で書くことが多いなあ(ちなみに「オノウエさんの不在」の初出は2008年4月号で主人公は27,8歳でちょっと若め)。

帯に「偶然出会った男女は、名字も年齢も誕生日もで同じだった」云々と書いてあったから最初に出会いがあってそのふたりの親しくなっていく過程とかを描いてあるのかなとぼんやり考えたのだが読んでみたらこのふたりは最初のほうで仕事の打ち合わせで会ってそのあと偶然サンマルコでまた会うけどその次に会うのはお話のほぼ最後のほうなのだった。それまでは交互にそれぞれの視点の章があって、仕事・職場・友人の人間関係のうだうだしたメンドクサイややこしいことがリアルな感じで書かれている。
ちなみにサンマルコは大阪などでよく見かけるメジャーなカレー屋なのだがだがわたしは辛いのが苦手なので外食でカレー屋に入らない、パイナップルとかトッピングにあるんだ、いいなあとちょっとグラッときた。あとスパカツがめっちゃ美味しいと書いてあってこれもモデルのお店あるんだろうなあ、どこだろう食べたい!

仕事っていうのはほぼ同時に人間関係をこなす、ということでもあって、たとえば仕事から人間関係をぜんぶ抜き去って、在宅でパソコンに向かって入力するだけで後の諸々にもいっさい対人対応は不要、とかいう「仕事」があったらもんのすごーくストレスがかからないだろうなあ、と思う。昔見たアニメでは未来の社会はみんな在宅で仕事できるからラッシュとかも無いよ、みたいなのをやってたよなあ、でも現実問題在宅だけって無理でしょ、全員が個人でしか仕事しないで会社組織は無いとか考えられないしなあ。
仕事相手の顧客が変だろうが難癖だろうがその対応も含めて仕事なんだから、というのは三十代ともなっていればもう諦念とともにある程度やりくりしていけるのだが、でもまあこんなのばっかりだったらやってられん。

女佐藤・奈加子のほうは仕事のそれに加えて職場の女性社員のひとりから意味不明な理不尽な扱いを受けたり、学生時代の友人のひとりから忠告にかこつけた批判というか攻撃をされたりする。なんなんだろうね、そういうことするひとの精神ってどうなってるんだろうね。心からうざい。結婚にしがみつくあまり旦那に家では気をつかいまくっている反動で会社で(なんでか知らないけど気に食わない相手に)つっかかるとか無視するとかおかしくない?
男佐藤・重信も仕事がらみでいちゃもんをつけられるのだけどどうやら相手は中学時代のクラスメイトらしく、つまり仕事じゃなくて私怨なんだけどこれも原因不明でそれこそ「意味がわからない」。こんな根暗なことする人間の妻というのはたとえ綺麗な戸建ての家に住めて専業主婦になれたとしてもどこか精神的に追い詰められる面があるのか、主人公を家に上げたりしていて、っていうかここではむしろ主人公に「ほいほい女ひとりの(しかもその夫がキ○ガイの厄介者だとわかっている)家に上がり込むなよ! 冤罪かけられたらどうすんの!」とツッコミの嵐だった(脳内で)。

奈加子にも重信にも共通しているのは自分が何か具体的に言ったりしたりして相手を怒らせた、とかいう原因が無くて(というかあるのかもしれないけど書かれていなくて)、一方的に恨まれたり嫌われたりする、のだった。原因がわからないから改善するために謝るなどの対策が取れないのだった。ああストレスが溜まる。

こういう理不尽なヤカラどもにはぜひとも天誅が下って溜飲を下げたい、と思って読んでしまうんだけど、現実がそんなに甘くないように、小説でも別に彼ら彼女らに不都合な展開というのはなんにも起こらない。 
しかしまあ主人公たちはそれぞれ自分の中で感情をうまく処理して、流れに逆らうでもなく流されるだけでもなくうまくバランスを取って毎日生きている。最後のところでふたりが再会するシーンはなんともいい感じでエールを贈りたくなる。「Youつきあっちゃいなよ!」とか。おせっかいだろうけど、うんでも、そうなるといいな。

オノウエさんの不在」では直接いろいろ会社の上司とかから不条理な目に合うのはオノウエさんという主人公の先輩の男性なのだけど、とても世話になったひとなので気になる、くらいのときに同じ気持ちの同僚と、何故かめちゃくちゃこの件に対して前のめりな「しぎ野」という総務の女性社員と関わることになって、という話。オノウエさんが話題の中心なのだがこのひとはとうとう最後まで直接の登場はしなかった。
しぎ野さんは何でこの件にこんなに肩入れするのかなあ、ある意味病的じゃないか、変なひとだなあと思いつつ読んでいって最後のほうでその理由が判明するが何故かちょっとがっかり。恋愛がらみじゃないかとはうすうす感じていたけどなあ……不毛だよなあ。
同僚のシカタが最初はうっとうしい面が強調されていたが段々カワイク思えてきて、主人公が食事に誘った時の反応とかすごく微笑ましかった。

両作品とも大阪の具体的な場所の名前が出てきて、思い浮かべながら読めて面白かった。関西弁がかなり良い味出してる。
それにしても2011年3月単行本刊なのに今回出た2014年6月30日刊の文庫版を読んでいると文中で奈加子がグランフロント大阪で雑貨屋とパン屋を見て回る場面があり、あれ?と思った。グランフロント大阪の開業って2014年だったような?記憶違い?と調べたけどやっぱりそうだ。文庫化にあたって修正とか加筆とかしてるってことなんだろうけど、今度本屋さんに行ってこれの単行本があったら同じ個所がどうなっているか確かめてみたいなあ。
※追記。確認したら、単行本では「戎橋筋商店街」になっていた。ちらっと見ただけなのでうろ覚えだが、北の会社になってから南はあんまり行ってないから久しぶりに、という流れで書かれていた。雑貨屋、パン屋を見るくだりは一緒)。

この作品絡みで津村さんと西(加奈子)さんが対談している記事がネット上にあったのでリンク貼っときます。

とりあえず私がずっと書きたかった働く人の話はこれです、三二歳くらいの働いてる人って、こんなに疲れていて、すごいいろんな脅威にさらされています、ということを書きたかった。
とのこと、そう、日常のささいな言葉や事象の積み重ねがリアルなんだよなあ…。でも楽しいこともあるよ!だからやっていけるんだよね。二十代には見えなかったことが見えてきたり、経験重ねているからこその対応とかで難事を乗り切れたときは嬉しいし。そういう面はこの小説では書かれてないかな。

本作は第28回織田作之助賞受賞作だそうだ。
解説じゃなくて「鑑賞」としてあるんだけど、は、益田ミリ。漫画形式。
装丁はお馴染み・名久井直子。
装画は山城えりか(単行本だと裏表紙に絵の右側があるんだけど文庫なのでそれはなかった。

2014/07/09

世界ぐるっと朝食紀行

世界ぐるっと朝食紀行 (新潮文庫)
西川 治
新潮社
売り上げランキング: 58,426

■西川治
小説家じゃないひとの書いた本というのは文章が不親切というかクセがあるというか、正直少々読みにくいところもあるのだけどえいやっと続けて。
マガジンハウスから2000年11月に『世界朝食紀行』のタイトルで出たものの2007年11月新潮文庫版。1週間かけてゆっくり読んだ。
「朝食紀行」と云いつつどこまで朝食のことだけなのかなと思いつつ読んでみたら本当に世界各地でいろんな時期に食べた朝食のことがメインな本で、観光的な要素は朝食にまつわる市場や店のこと、出てくる人もそれ絡み。昼食や夕飯ネタはほぼ無し。全然退屈せずバラエティ豊かで面白い。グルメ本では無いし、旅行文・紀行文でも無い。「朝食」の本なのだ。

地元のひとの中にすごく自然にすっと入って行って、好き嫌いや偏食は無いのだろうか、なんでも美味しい美味しいと食べている。日本人の感覚とは随分異なる食べ物や衛生環境もあり、正直(自分には無理だな…)というのもいくつかあったのだが。
モノクロが多いのだが、写真はやはりカラーが目に鮮やか。このかたはエッセイも書くし絵も描かれるようだが本業は写真家だというから納得。
最後のほうにSMAPの草彅剛くんが出てきてびっくり。スマスマの企画だったそうだ。

若いころ初めてオーストラリアに行ったときは楽なので毎日ステーキを朝食に焼いていたとか書いてあったが、筆者自身料理は出来る人らしい。1940年、昭和15年生まれの方だなあという記述も散見される(幼少期に食べた主食がお米じゃなく麦だったとか、鶏を数匹食用に飼っていただとか)。
1ヶ所校正もれかな?「オーストラリア*ティンピンヴィラ(1969年)荒野にて」の昔の自分を書いた話で一人称をふだんの「ぼく」から「オレ」に変えているんだけど、「おれ」になっちゃってる部分がある。この文章だけやたら主語が多いので(ふつうの文章は日本語の慣例にならって省略されている)、最初ハナについたけど読んでみたらすごく良い内容でちょっと感動した。こういう親切なひとって本当にありがたい存在だよなあ。ちゃんとお別れを言いたかったろうな。

本書で一番好きだったのは「オーストラリア*ボタニー・ベイ(1967年)ユダヤ人の経営するホテルで毎日作った朝食」だ。まだ28歳の著者が明るい風景に憧れて写真を撮りにオーストラリアに行くんだけど、お金がないから自炊できる安ホテルに泊まって、近所のスーパーで安い肉とパンを買ってきて、ひたすらステーキばっかり食べていたという話。いかにも若さならでは、のメニュー選択が面白い。そこで出会った白人の女の子とのエピソードもなかなか考えさせられる。当時の日本にはスーパーなんてほとんど無かったと書いてあって、えっ、じゃあどこで買い物するんだろうと一瞬思ったけどそうだよね、むかしはみんな個人商店だったんだ、八百屋さんとか肉屋さんとか。
話によって時系列がばらばらなのでぼんやり読んでいるとちょっと戸惑う。

目次(新潮文庫サイトからコピペ)
トルコ*バザール(1991年)どこへ行ったら朝食が食べられるのだろう
トルコ*トラブソンの街(1991年)骨と肉のエキスのスープ
モロッコ*ホテルと街で(1998年)スークの中の朝食
モロッコ*砂漠の中で(1998年)砂漠民ノマドのハリラ
イタリア*セグロ(1974年)エリカばあさんのマルメラータ
フランス*パリ(1971年)冬。パリ。グラチネ。市場。朝食。
オーストリア*ウィーン(1981年)朝食はカフェで
ドイツ*デュッセルドルフ(1991年)ドイツの朝食はパンにあり
ドイツ*ハンブルグ(1989年)燻製ウナギの叩き売り口上
デンマーク*自然公園(1989年)木洩れ日の下のオープンサンド
スコットランド*古いホテル(1980年)八月十二日の朝食
イギリス*田舎のホテル他(1990年)大英帝国の輝かしい朝食
イギリス*ビクトリア駅(1999年)一九九九年一月一日のロンドンでの朝食
カナダ*一号線(1981年)コンボーイが駐車しているところ
カナダ*森の中で(1984年)雨滴を浴びて
アメリカ*マイアミ(1964年)耀ける朝、輝ける生涯を迎えるための朝食
アメリカ*ロスアンジェルス(1990年)ロスの朝食は、二軒あり
アメリカ*マイアミ(1997年)カリブのクルージング
メキシコ*オアハカ、メキシコシティー(1991年)ピリリとうまい朝食
オーストラリア*ボタニー・ベイ(1967年)ユダヤ人の経営するホテルで毎日作った朝食
オーストラリア*エアーズロック(1982年)エアーズロックの朝食は、すがすがしい
オーストラリア*ティンピンヴィラ(1969年)荒野にて
フィジー*ヴァトレレ(1996年)島での朝食
タイ*バンコク(1984年)寄進は仏徒の証し
タイ*寺にて(1984年)指の食感
フィリピン*セブ島(1993年)市場での朝食
インドネシア*パダン(1994年)ルママカン(大衆食堂)で働く男たち
マレーシア*クアラルンプール(1997年)モハメットの妹の屋台の朝食
ベトナム*ハノイ(1997年)朝食はフォーに限る
ベトナム*ハノイ他(1998年)フランスパンとコーヒー
インド*湖上のホテル(1980年)なんでもカリー風味の朝食
モルディブ*海辺の店で(1980年)一日に五回の食事
モンゴル*ゴビ砂漠(1999年)遊牧民のゲルをたずねて
モンゴル*草原の祭り(1999年)ナーダムを見に行く
韓国*プサン(1994年)着脹れおばさんが作るボリバブ
韓国*ソウル(1990年)酒を飲んだ日には、ヘジャンクックを
香港*ホマンティン他(1970年)香港飲茶
台湾*台南(2000年)虱目魚肝粥ってどんな粥
日本(1945年)茶粥の憂鬱・中国粥の豊饒
日本(1999年)京都の旅・剛くんとの朝食
日本(2000年)朝から麺食い
日本(2000年)鰹節を削る音が
あとがき
文庫書きおろし
 中国*北京(2005年)オリンピックを控えた、二〇〇五年六月十九日の北京の朝食
文庫版あとがき
解説 梅田みか

2014/07/07

モンガイカンの美術館 【4度目くらい? 久しぶりの再読】

モンガイカンの美術館 (朝日文庫)
南 伸坊
朝日新聞社
売り上げランキング: 599,386

■南伸坊
本書は1983年(昭和58)、情報センター出版局から刊行されたものの1997年(平成9)5月に朝日新聞社から出た文庫版である。現在は絶版。
「まえがき」によれば「この本にまとめられた文章のほとんどは、美術雑誌『みづゑ』の昭和53年~56年に連載された『モンガイカンノビジュツカン』という、エッセイともヒョーロンともつかない」ものだとある。
何故文庫化に14年も時間がかかったかというのは「あとがき」によれば要は中に乗せる図版の許可とかそういうのがめちゃくちゃ大変だから、何度もそれ絡みで沙汰やみになったことが原因だとか。雑誌掲載は展覧会の宣伝になるからいいけど、単行本や文庫に載せるというとすんなりいかないらしい。本書の中に図版がないページがいくつかあるのは「そうした事情です。」とのこと。

わたしは本書を1998年くらいに読んだらしく、当時はモナリザに髭を落書きした絵に「芸術は冗談である」とコピーの付いた帯がかかっていたのだがそれはどこかに行ってしまった。
当時の感想メモ。
【まず見た目から重さを想像して本を手に取ると、拍子抜けするほど軽い。紙質のせいか。
内容はシンボー流美術ロンである。なかなかに面白いし、美術シロートにはタメになる本なのである。
ともすれば固く気障に難しく抽象的になりがちな美術評論なのだが、この本はあえてそれを避けることを目的として連載されたものだから、ふつーに絵について思うところを書いてある感じなのだ。わかりやすいというか、親しみやすい。とっつきやすいというか。著者が南伸坊さんだから、と思って買ったのだが、正解だった。
図版も沢山入っていて、楽しい。中にはカラーもあって、びっくりした。ラッキーなかんじ。また、たまにシンボーさんのゲイジュツも登場するのが愉快だ。
まんまるいモナリザを昔絵葉書で見つけて、やーこんなおもしろい絵があるんだ、めずらしい、と思って買ったのだが、この本にもちゃんと載っていてボテロさんはどうやら有名な人なのだった。私が無知なだけだったんである。
この本を読んでイヴ・クラインさんという御仁がいらっしゃると知ってすごく気に入った。芸術だ。人間が既に。自分の絵(自画像)ばっかり描いて展示しちゃう、というのもおもしろーい、と喜んでしまう。迫力が違うっていうか。凄いもんだ。】

……最初そのままコピペしたんだけどいろいろ文体が恥ずかしすぎて最低限の手直しだけした。感想の内容は大筋変わらない。シンボーさんの最初期の文体は70年代のノリがあって、それに引き摺られたというのもあるかな。当時、赤瀬川原平とかそのへんを気に入ってはまっていた。


目次(・・・の後に主に扱われている芸術家名、テーマをメモ代わりに記す)
はじめに
芸術はUFOである・・・マルセル・デュシャン
芸術はウソである・・・ピカソ
芸術は冗談である・・・ダダ
芸術はキチガイである・・・シュルレアリスム(本文表記)
芸術はリクツである・・・モンドリアン
芸術はヤミクモである・・・未来派
芸術はタベモノである・・・抽象絵画
芸術はウンコである・・・芸術って?(こぼれた墨とかペンキとか)
芸術はエンギモノである・・・ポップアート
芸術は女である・・・ミニマルアート
芸術はなんでもないものである・・・コンセプチュアル・アート
フランス美術、栄光の大売出し・・・フランス美術栄光の300年展
ドーセぼくたち畜生道・・・パロディ魔・エロ展
岸田劉生は冬瓜を描く・・・岸田劉生の自画像、麗子像
荒川修作は東洋思想か・・・荒川修作批判
東郷はグレートか?・・・東郷青児遺作展
モジリアニはマストロヤンニだ・・・モンパルナスの哀愁展(モジリアニ)
コップの底はバクハツだ!・・・現代の神話・岡本太郎の世界展
イヴ・クラインもエライ・・・非物質のリアリスト、イヴ・クラインについての考察
不思議のメガネ・・・浮世絵と印象派の画家たち展、ロートレックと歌麿展
ブリジットは不思議のキューを出す・・・ブリジット・ライリー
山口百恵はマンダラである・・・平岡正明、杉浦康平
梅原龍三郎を破いた人・・・絵画の問題展 Art Today '80
チャイナタウンとバンブーチルドレン
人形はなぜ面白いのか・・・からくり人形の世界展
姓は堀内、名は正和・・・山口長男 堀内正和展
怪人二十面相とモンゴル絵画・・・モンゴル秘蔵絵画展
ゲンバクに効く芸術・・・ポンピドゥ・センター/20世紀の美術展
スケベな絵・・・ヌード
芸術家は神様です・・・イタリア・ルネッサンス美術展
ビュッフェ氏は忙しかった・・・ベルナール・ビュッフェ全石版画展
タイトルで勝負・・・現代芸術・篠原有司男
版画は二枚目だ・・・世界の現代版画25年展
写真の見方・・・シルクロード25年 並河萬里写真展
マチスはNOWい・・・アンリ・マチス
ハッキリいって酒井抱一がキライだ・・・酒井抱一と江戸琳派展
カーワイーイ・・・フェルナンド・ボテロ
エッシャーなんて不思議じゃない・・・ふしぎな不思議な絵・エッシャー展
ケシキってなんだろう?・・・東山魁夷
青春なんてキライダ!!・・・夭折の天才画家・関根正二と村山槐多展
横尾忠則はマスをかく・・・横尾忠則個展
あとがき

2014/07/02

面白南極料理人

面白南極料理人 (新潮文庫)
西村 淳
新潮社
売り上げランキング: 21,439

■西村淳
この本は2009年8月に堺雅人主演で映画化もされた(まだ観れてない)。
小説ではなくて、エッセイというか、まあ「日記」が一番近い感じ。

本書の著者は第30次と第38次の南極観測隊に参加しており、本書はほぼその38次越冬隊として南極で過ごした日々の記録。南極といえば「昭和基地」だと思っていたらそこから1000㎞も離れた、標高3800m、平均気温マイナス57度のより過酷な地、南極ドーム基地がこの話の舞台なのだった。しかも総員たった9名!

有名な本なので、新潮文庫の和田誠のイラストによる表紙なども知っていたのだけれど、ちらりと見た中身の印象がなんとなく読みづらそうだったのでいままで読まずにいた。実際、話があっちこち行く感じの書き方で、作家の書く文章とはだいぶん違うなあ、とは思う。
ちなみに著者はテレビ番組「世界一受けたい授業」に出演されたことがあり、そこで南極での経験を活かした冷凍素材の解凍の方法や料理について紹介しているのを観たことがある。どっちかというとひょろっとした細身の大人しそうな印象の堺雅人とは随分イメージが違う「細かいことは気にし無さそうなおじさん」だなあと思ったものだ。

さて「料理に関する本」をマイテーマとしている昨今なので今こそ、と読んでみた。テレビで観た印象と活字で読んだそれがほとんどブレなし。新潮文庫のホームページには「レシピも」と書いてあるけどレシピは載ってないに等しいし、日本の普通の食卓に載せるにはあんまり参考にならない本ではある。だって南極観測隊というお国の使命を帯びて行ってる立場ならではの豊富な予算を思わせる贅沢な素材をこれでもかと日常に使っちゃうんだもの。何十万する松阪牛をよりによってベーコン包み!?あ、あり得ん…。ステーキとかで素材の味を堪能すればいいのに(超余計なお世話)。
まあ、具体的なメニューが載っている回というのはだいたい誕生日会やなにかのお祝いのとき、お正月などだったので、ハレの日だったことは確かだけどそれにしても伊勢海老人数分のお味噌汁とかいろんな産地の蟹づくしとか、うっはーすっごーいとびっくり。しかも献立が何品もあるのだよね、6,7品はアタリマエ。いろんな魚のお刺身がある上に焼き物も何品もあって、まあ大人の男性9人がお腹いっぱい食べるにはこれ当然なのかなあ、何を作るか考えるだけでも大変そう。
ふだんの「ケ」の日にはどんなもの食べてたのか少ししか出てこないので、詳細な全献立が巻末に付いてたらもっと面白かったろうに(日誌をつけてたらしいから、データはあるはず)。

それにしてもこの本を読むまではこの著者ってタイトル「料理人」って付いてるんだから職業もプロの料理人と思っていたらどうも違うみたいだ。なんで料理人の立場で選ばれたんだろう、料理好き?とかそういうこと?実は管理栄養士の資格持ってるとか…書いてなかったけど。他の料理人は本業がフランス料理のシェフ、割烹の板前、とか書いてあってわかりやすいんだけど、ご自分のこと案外書いてないんだよね(愛妻みゆきちゃんとは高校時代からのつきあいだとかは書いてある)。

新潮社のホームページから著者略歴をコピペ。
【1952(昭和27)年、北海道・留萌生れ。網走南ヶ丘高校卒業後、舞鶴海上保安学校へ。巡視船勤務の海上 保安官となる。第30次南極観測隊、第38次南極観測隊ドーム基地越冬隊に参加。巡視船〈みうら〉の教官兼主任主計士として海猿のタマゴたちを教えた後、 2009(平成21)年に退職。現在は講演会、料理講習会、TV/ラジオなどで活躍中。著書に『面白南極料理人』『面白南極料理人 笑う食卓』『身近なも ので生き延びろ─知恵と工夫で大災害に勝つ―』『南極料理人の悪ガキ読本―北海道旨いぞレシピ付き―』など。】

「はじめに」で例に出されてるひとみたいに、南極観測隊と云われても「タロとジロ?」くらいしか知らなかったのだけど、この本を読むことによっていろんなことを教えてもらえてすごく面白かった。マイナス70度とか経験しちゃうとマイナス30度台が「今日はちょっとあたたかい」とか思えちゃうんだね…ってんなワケあるかぁ、全然暖かくないはずなんだけど! とか、なんでこの気温の中で露天風呂してんの!? え、ジンギスカン? さっさと食べないと即凍っちゃう? イヤなんでわざわざ外ですんの!?とかなんども脳内ツッコミを入れながら楽しく読んだ。

この本に登場する人物はすべて実在・実名みたいなんだけど、たまに個人の悪いところを暴いている箇所があり、それもだいたい同じひと対象になっているのがちょっと気になったけど、まあ、そういう点も含めて「気にしない」タイプの性格なんだろうなあ、だからこそやっていけたというのもあるんだろうなあ、とも。
この環境で1年、健康体で帰ってこれるだけで精神的・肉体的ともに強靭である証明だと思う。