2014/06/28

つむじ風食堂の夜

つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫)
吉田 篤弘
筑摩書房
売り上げランキング: 6,010

■吉田篤弘
クラフト・エヴィング商會の吉田篤弘による小説。単行本が出たのは10年以上前で、気にはなっていたのだけれどなんとなく「クラフト芸術が本職のかただし…」とかスゴク失礼なことをどっかで思っちゃって、他の読みたいものを優先していた。もちろん氏はその後もばんばん小説を発表されており、才能の豊かさを証明されておられる。「料理関係の話をテーマに読んでいるんだったらこれも押さえておかなきゃ」ということでおくればせながら(実際のところ、料理はあんまりメインじゃなかったが…)。

連作短編ぽくもあるけど、まあ、長篇小説か、でも8つの章があるけれどそれぞれが短いのですぐ終わっちゃう感じだ。
読みはじめて「この雰囲気は誰かに似ている…」と思って考えたら小川洋子だった、まあああいうふうなねちっこさ、独特の不気味さ、変態性は無いけれど(すべて小川洋子を評する際に用いる場合は誉め言葉である)。
メルヘン性云うか、架空の町の描写とか登場人物の様子とかがそう思わせるのかなあ。あと皿とかエスプレッソマシーンみたいな小道具への描写の割合が高いこととか(人間の描写よりよっぽどこだわりを感じる)、手だけ手品師で他はふつうの父親、みたいなちょっと風変わりな設定とか。

絵があったら素敵なのになとも思ったが、限定しないほうが想像を自由に広げられるか。奈々津さんの一人芝居の話がもっと広がるかと思ったらそれは無かった、というか全体的に「物語のさわり」的な色合いで、あまり踏み込まない。
外食時のお皿の傷なんて気にしたことないけど、そういうのが目立つというのはお店としてはどうなんだろうとちょっと気になった。
主人公が住むアパートは6階建てプラス屋根裏部屋で、彼はそこに住んでいるのだが、変わっているのが階段の数で、なんと下から屋根裏部屋まで全部で36段しかない、1階あたり6段だという。ってことは3メートルとしても1段50センチ!? だから住人は階段を上がるというより「よじ登る」感じになるんだそうだ。えええ、なんでそんな造り(という設定なの!?)。なにかの伏線かとも思ったんだけど、そうでもないみたい。でも屋根裏部屋って良いよね、設定だけで萌える。ちょっと引っ込んでるから下から見上げても気づかれないとかデティールが凝ってる。
タイトルが「つむじ風食堂の夜」だから食堂に集まる面々を食堂を中心に描いたオムニバスかとも想像していたのだが、あんまり食堂は出ばってこない。第1話でのメニューの多さとかに期待したんだけどなあ。でもここのちらっと出てくるだけの料理がオムレットに温野菜とか、ステーキにじゃがいもたっぷりとか、なんとも食欲をそそるもので美味しそうである。
奈々津さんと恋愛とかするのかなーと思ったらそれもなかった。彼女は背が高くて、主人公は小柄だという設定が何度か出てくる。
なお本作は「月舟町三部作」の第1作で、第2作は『それからはスープのことばかり考えて暮らした』、第3作『レインコートを着た犬』はまだ書籍化されていないそうだ。番外篇に『つむじ風食堂と僕』もあるらしい。

筑摩書房のホームページから紹介文。単行本と文庫版とで違っていたので両方引いておく。
単行本は2002年12月10日刊。
食堂は、十字路の角にぽつんとひとつ灯をともしていた。私がこの町に越してきてからずっとそのようにしてあり、今もそのようにしてある。十字路には、東西南北あちらこちらから風が吹きつのるので、いつでも、つむじ風がひとつ、くるりと廻っていた。くるりと廻って、都会の隅に吹きだまる砂粒を舞い上げ、そいつをまた、鋭くはじき返すようにして食堂の暖簾がはためいていた。暖簾に名はない。舞台は懐かしい町「月舟町」。クラフト・エヴィング商会の物語作家による書き下ろし小説。
文庫版は2005年11月9日刊。
懐かしい町「月舟町」の十字路の角にある、ちょっと風変わりなつむじ風食堂。無口な店主、月舟アパートメントに住んでいる「雨降り先生」、古本屋の「デニーロの親方」、イルクーツクに行きたい果物屋主人、不思議な帽子屋・桜田さん、背の高い舞台女優・奈々津さん。食堂に集う人々が織りなす、懐かしくも清々しい物語。クラフト・エヴィング商會の物語作家による長編小説。

2014/06/26

いとしいたべもの

いとしいたべもの (文春文庫)
森下 典子
文藝春秋 (2014-05-09)
売り上げランキング: 76,703

■森下典子
バスの時間待ちの徒然に大阪駅ブックスタジオで表紙のメロンパンのイラストの鮮やかな黄色に惹かれて購入。全然知らない著者だけど、この方が文章も絵も書かれている。絵描きさんじゃないらしいのに、絵がすごーく上手!本物みたいで、しかも絵ならではのあたたかみがある。すべてカラーなのも嬉しい。

「おわりに」によればこの方は五十半ばになるまで「料理は苦手」として、同居されている料理上手なお母様がずっと台所に立たれていたそうだが、確かにふだん料理をしている女性とはちょっと異なるラインナップではある(「料理は苦手」と思い込んでしまった原因的なエピソードが本書「七歳の得意料理」だと思う。お母様はこの方にお料理よりお勉強の出来る子になってほしかったんだろう。つくづく、子どもの育ち方って親の姿勢に依るよなあ)。

先日読んだ石牟礼さんの本とはガラリと雰囲気が異なり、なんとも現代的で気軽な楽しい食べ物紹介エッセイだ。どっちがイイとかじゃなくて、両方それぞれの良さがあって、素敵だ。
森下さんのはみんな庶民的というか、食べたことのある知っている味が多いので、とても親しみやすい。今風に「どこそこのあれが美味しい」と紹介してある回もあるけど、その書き方も全然気取ってらっしゃらなくて、お人柄だなあと思う。
最も共感したのはメロンパンの回。そうそう、中身も全部、あの黄色くて格子模様のカリッとしたのが続いていると思ってたよなあ! 最初に食べた子どもの時、中はふつうのパンダと知った時のあの落胆をくっきりと思い出した。おまけに全然「メロン」じゃないし…「見かけがメロンっぽいだけなのかあ。中にメロンクリームとか入ってたらもっとワクワクできるのになあ」とがっかりしつつ考えたものだ。

ウィキペディアの短い記述ではよくわからなかったのでもう少し調べてみると光文社の同著者の『前世への冒険』のページの略歴にこうあった。
【1956年神奈川県生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業。『週刊朝日』のコラム「デキゴトロジー」の取材記者を経て、1987年にその体験を書いた『典奴どすえ』を出版。それ以後、ルポ、エッセイなどを執筆している。著書は『日日是好日』(飛鳥新社)、『いとしいたべもの』(世界文化社)ほか多数。】
デキゴトロジー、ってああ、本屋さんでよく見かけたなあ、いまは全然見ないけど、懐かしい。読んだことは無いんだけど…。
1956年=昭和31年。平成14(2002)年の秋にホームページ「おいしさ さ・え・ら」へ執筆依頼があったと「あとがき」にあるから本書内容が書かれたのは46~50歳くらいか。そこへ加筆して単行本(世界文化社・2006年6月)にしたものの文庫化(2014年5月)である。絵はこれは玄人はだしだと思うんだけど、「あとがき」によれば連載3回目から初めて描いたとかあるんだけど、なんでこんなに上手いのかは謎のままである。
なお、「おいしさ さ・え・ら」はまだ現役続行中の模様。

◇目次を写して、項目ごとに・・・として、紹介されている食べ物を記した。
はじめに・・・母手製のラーメン
オムライス時代・・・母手製のオムライス
くさやとバンデラス・・・くさや
わが人生のサッポロ一番みそラーメン・・・サッポロ一番みそラーメン
カステラに溺れて・・・いただきもののカステラ
ブルドックソース、ちょうだい!・・・とんかつとソース
端っこの恍惚・・・塩ジャケの皮・かま
水羊羹のエロス・・・たねやの水羊羹
カレー進化論・・・二日目のバーモントカレー中辛(野菜たっぷり)
父と舟和の芋ようかん・・・舟和の芋ようかん
今年もやっぱり、秋がきた…。・・・鶴屋吉信の栗まろ
それは日曜の朝、やってきた・・・バブル時代の国産松茸(マツタケの銀紙焼き)
夜更けのどん兵衛・・・日清きつねどん兵衛
漆黒の伝統・・・桃屋・江戸むらさき ごはんですよ
黄色い初恋・・・メロンパン
茄子の機微・・・茄子(焼き茄子)と小津映画
七歳の得意料理・・・母と作ったポテサラサンドイッチ
鯛焼きのおこげ・・・人形町の柳屋の鯛焼き
カレーパンの余白・・・新宿中村屋のビーフカリーパン
かなしきおこわ・・・おこわのおにぎり
幸せの配分・・・横浜崎陽軒のシウマイ弁当
おはぎのおもいで・・・父方の祖母手製のおはぎ、映画「紙屋悦子の青春」
この世で一番うまいもの・・・ゆきひらで作ってもらったおかゆ
単行本あとがき
おわりに・・・文庫版あとがき

2014/06/24

食べごしらえ おままごと

食べごしらえおままごと (中公文庫)
石牟礼 道子
中央公論新社 (2012-09-21)
売り上げランキング: 45,483

■石牟礼道子
大きい書店で書棚をじっくり見つめて読む本を求めていたところ、本書が表紙見せで置いてあり、「おっ、食べ物ネタ!知らない著者だけど、買ってみよう」と何気なく購入した。単行本はドメス出版というところから1994年4月に上梓されたもので、2012年9月25日中公文庫から初版発行。どうも池澤夏樹個人全集にこのひとの代表作が入ったのと関係ありそうな?

読みはじめてびっくり。口絵のカラー写真の数々の料理の手の込みように感心したけど、なかの文章はそれを上回る奥深さだった。
このひと、何者。寡聞にして存じ上げなかったので、文庫カバーの略歴を見たり、ネットで検索したりした。
ウィキペディアから引く。1927年というから昭和2年生まれだそうだ。
【熊本県天草郡河浦町(現・天草市)出身。水俣実務学校卒業後、代用教員、主婦を経て1958年谷川雁の「サークル村」に参加、詩歌を中心に文学活動を開始。1956年短歌研究五十首詠(後の短歌研究新人賞)に入選。
代表作『苦海浄土 わが水俣病』は、文明の病としての水俣病を鎮魂の文学として描き出した作品として絶賛された。同作で第1回大宅壮一ノンフィクション賞を与えられたが、受賞を辞退。】


そうか、べつに料理研究家とか郷土料理なんちゃらじゃないのか。
むかしの女のひとの「料理」ってこういうことか、味噌も醤油も自宅で取れた大豆から作り、小麦や米を育て粉を挽き、野菜は自前の畑から、野草は近所の川原に行って摘んでくる……。
煮炊きはもちろん竈である。
おおおお、なんたる手間のかけぶり!
著者のお父様は彼女が子どもの頃、七草粥を食べる前に必ず訓辞をされたという。「飢饉のときは天草では何を食べてきたか、海山のめぐみとはどういうことか。神仏の配慮を心得ぬ人間がふえているのはまことに情けない、食べ物をなんでも店で買おうというのは堕落のはじまりじゃ」。

しかしながら「手間」だと思ってしまうのは「買ってくるのが当たり前」な育ち方をしたからであって、著者はちっとも手間だと考えていない、むしろ季節のめぐりを野の草々から感じ、それを食卓にのせる喜びに嬉々とされているような、お客様のために「食べごしらえ」を「ままごと」をするかのように手遊びのようにうきうきとお料理されているさまが浮かんできて、読んでいると自然にこちらのこころも弾む。
一品一品の素材の来歴がわかっている、究極の地産地消、いま流行りの「作り手の顔がわかる」なんてもんじゃない。とびきりの贅沢なのだ。

そもそも「食べごしらえ」という言葉もわたしの語彙には無かった言葉で、そりゃ聞けば意味はわかるけど「料理」「調理」「ご飯を作る」と云うのとはちょっとニュアンスが異なるというか、度量の深さみたいなのを感じるあじわいのある良い言葉だなあ。「こしらえる」というのもつかいこなせない言葉のひとつなんだけど、年齢を重ねたらわが身でしっくりくるようになるだろうか。

昭和の戦後生まれのひとが書いた料理エッセイやグルメエッセイには到底見られない腰の据わった「味の重み」みたいなのが感じられて、食べ物一つとってもその家の伝統みたいなつくりかた、ならわしがきっちり積み重なっている感じがして、凄い。
ひとつひとつの章がとても豊かに滋味深くて、会社の昼休みに数日かけてじっくりじわじわ、かみしめるように味わった。絶品。

目次
ぶえんずし/十五日正月/草餅/山の精/梅雨のあいまに/味噌豆/油徳利/獅子舞/水辺/菖蒲の節句/七夕ずし/から藷を抱く/お米/くさぐさの祭/つみ草/薩摩のかつお/さなぶり/灰汁の加減/花ぼけむらさき/手の歳月
風味ということ――あとがきにかえて
文庫版あとがき
解説・池澤夏樹


2014/06/23

ぼくには数字が風景に見える

ぼくには数字が風景に見える (講談社文庫)
ダニエル・タメット
講談社 (2014-06-13)
売り上げランキング: 10,966

■ダニエル・タメット 翻訳:古屋美登里
本書は、1979年イギリス生まれの男性が2006年に出版した自叙伝“Born on a Blue Day”の2007年邦訳が文庫化されたものである。

書店でこのタイトルと100%ORANGEの装画と「小川洋子さん絶賛!」の帯の文字を見て、このタイトルは単行本のときに気になったような覚えがあり、文庫になったんだからもうこういうのは四の五の迷わずに読むべし、という直感で購入した(小説じゃないのでネタに関心がわくことが第一条件だからだ)。

でももしかしたら読みにくかったり、難解だったらどうしよう?というのはまったくの杞憂だった。
読みはじめるやいなや、わたしはダニエル・タメットというひとのあまりにも特別で不思議な脳の世界にぐんぐんひきこまれ、夢中になってしまったからだ。
ダニエルは自閉症スペクトラムであり、アスペルガー症候群であり、幼いころてんかんの発作を起こしたことがあり、そしてサヴァン症候群なのだそうだ。さらにいえば、思春期以降で明らかになるが、同性愛者でもある。

池谷先生の著作など読んで、人間の脳って面白いなあ、想像を超えるユニークさだなあと思ったりしていて、小川洋子『博士の愛した数式』も驚き、新たな世界を垣間見る思いで興味深く読んだので、この本も、そういうスタンスで読んでいった。だから正直わたしの関心はダニエルの天才的な脳のもたらす出来事にあって、最初はすこぶるミーハーな気持ちで読んでいた。だけどダニエルは産れてから成長していく過程でさまざまな困難があり、それを家族や周囲やもちろん本人の努力でのりこえてきたわけで、そのことにはとても強く感銘を受けた。文中や訳者あとがきにも出てくるが、いまと違って当時はまだ発達障害について一般にあまり知られていなかった。おそらく、周囲や学校の教師などにも理解されにくかっただろう。いまでもいろいろ誤解があるらしいし。また、本書を読んで「発達障害とはこんなもの」と解釈するのも誤りで、これはあくまでもダビエル・タメットというひとのケースがこうだった、こんな感じの例もあるよ、くらいにとらえたほうがいいようだ。脳のことはまだまだわからないことのほうが多いらしいから。

「ぼくには数字が風景に見える」というのはとても美しいタイトルで、想像力をかきたてられるが、これは原書は「Born on a Blue Day」なわけで、翻訳者がつけたのか編集者がつけたのかわからないが上手い日本語タイトルだなあと思う。翻訳タイトルにあるように、この著者には数字がカラーで見えて、しかも大きさもそれぞれ違って見えるらしい。数字を見ると色や形や感情が浮かんでくることを「共感覚」と呼ぶそうだ。幾つもの数字が連なっているものは風景に見えるのだと云う。たまに、文中にそのイラスト(?)が書かれているのが残念ながらそれは「風景」というにはあまりにも簡略化されすぎていて、せいぜい「図」くらいにしか見えない。このかたに絵の才能があったらなあ、もしくはコンピュータ・グラフィックを扱うことが出来たらなあ、とちょっと惜しく思ってしまう。

数字はぼくの友だちで、いつでもそばにある。ひとつひとつの数字はかけがえのないもので、それぞれに独自の「個性」がある。11は人なつこく、5は騒々しい、4は内気で物静かだ(ぼくのいちばん好きな数字が4なのは、自分に似ているからかもしれない)。堂々とした数字(23、667、1179)もあれば、こぢんまりした数字(6、13、581)もある。333のようにきれいな数字もあるし、289のように見映えのよくない数字もある。(中略)
 ぼくの場合はちょっと珍しい複雑なタイプで、数字に形や色、質感、動きなどが伴っている。たとえば、1という数字は明るく輝く白で、懐中電灯で目を照らされたような感じ。5は雷鳴、あるいは岩に当たって砕ける波の音。37はポリッジのようにぽつぽつしているし、89は舞い落ちる雪に見える。

ダニエルはわたしとあまり年齢は変わらないが、9人兄弟の長男で、文中にご両親が別に宗教的な理由で子どもをたくさん育てたわけではなく、大家族を望んでいたからだと書いてあったが、それが書いてある時点では4人目くらいで、それでも「いまどき多いなあ」と思ったのにそのあとも次から次へと妹や弟が生まれていくので少々びっくりした。しかも、お世辞にも裕福とは言えない家庭状況でなのに(小さい子どもが多いので、両親ともその世話のために仕事に行けなくなったりしている)。これはイギリスではそんなに珍しくないことなのかなあ。

2014/06/18

こちらあみ子

こちらあみ子 (ちくま文庫)
今村 夏子
筑摩書房
売り上げランキング: 24,991

■今村夏子
本書は、第26回太宰治賞(2010.5.10発表)を受賞した「あたらしい娘」(「こちらあみ子」に改題)と書き下ろし「ピクニック」を収録した単行本(2011.1.10刊。第24回三島由紀夫賞を受賞)に、さらに3年半ぶりの書き下ろし「チズさん」と町田康の解説と穂村弘の書評(2011.3.20掲載)を加えて文庫化(2014.6.10)されたもの。

第24回三島由紀夫賞 選考委員(小川洋子、川上弘美、辻原登、平野啓一郎、町田康)
第26回太宰治賞 選考委員(加藤典洋、荒川洋治、小川洋子、三浦しをん)

こちらあみ子」は中篇。
単行本を書店で見かけたときからすんごい素敵な装丁と印象的なタイトルに買おうかどうか迷って、でも保留にしていた。「こちらあみ子」というのは何故か宇宙人への呼びかけとイメージしていて、つまり主人公は架空の存在に語りかける不思議ちゃんという想像だったのだが、もちろんこれはそういう話ではないのであった。

最初、つつじがきれいに咲いていたり裏の畑があったり、野生のすみれが咲いたりしている家にいるあみ子が登場する。勝手口があって、裏の畑に通じる坂に出るためにはいったん家の表側に出ないといけないらしい。この冒頭部分を読んで脳内に展開される絵の美しいこと! ただ裏の畑の世話を「祖母の役目」と云っているのにちょっとひっかかりを感じた。そこへ竹馬に乗って遊びに来る少女が登場する。なかなか奇想天外だ。さらに読むと彼女は前歯が3本無いと、「イー」をすると口に黒い空洞があると書いてあり、「随分無頓着な?」と違和感をおぼえた。
そうしてあみ子の昔語りがはじまる。

あみ子の立場からいえば「どうして好きなひとに前歯を折られるに至ったか」を説明するための語りなわけだが、次から次へと「?」とひっかかりや違和感が登場するので正直歯のことなんて途中はすっかり忘れてしまっていた。
小学生のあみ子は2つ上の兄と一緒に登下校する。あみ子は授業もきちんと受けられないし、家で宿題もちゃんとしないし、両親の言いつけも守れないことがままあるようだ。母は習字の先生を家の座敷でしていて、あみ子はまだそこに入れてもらえない。そこに習いに来ていた「のり君」にふとした出来事からあみ子は注目するようになり、その子が自分のクラスメイトだということを初めて認識し、以降、ずっと一途に想い続けるようになる。なおこの「母」に対して読み手は習字教室での畳みかけるような叱り方やカメラのシャッターを押されたときの突き放し方に違和感があったのだが、途中で初対面のときから自分のことを『お母さん』なんて呼ばなかったのに、というような一文が出てきてああ継母であったかと判明する。

あみ子はいろんなことを考えていて、読んでいるとこちらもそれに同化していく感じで、彼女が「弟の墓」を作ってそれを母親に見せようとして庭にひっぱって行き、それを見て動かなくなった母が突然泣き出すシーンなどは頭の中であみ子の部分と母親の気持ちを忖度できる読み手の部分がごっちゃになって、なんだかすごいことになった。
あみ子はどうして母が泣いたかわからない。自分のしたことと結果が結びつかない。この小説は一人称ではなく三人称で、その当時のあみ子にわかっていなかったことはもちろん、いまのあみ子にもわかっているのかは不明だ。でも読んでいた身には確信を持って言えるのだけれどもあみ子は100%善意なのである。
母親の頑なさ、余裕の無さも気になるけれどやはりこの家族で一番どうにかしなくてはいけなかったのは父親で、彼があまりにも気弱というか受け身というか「どうにもしない」ところが歯がゆく感じる。でもそんな、家族の問題点を探して解決策を探るとか、そういうところにこの作品の本意は無いんだろうってこともわかってはいる、ただつい考えてしまった、だってあみ子があまりにも無垢で純粋だから。

クラスメイトの、あみ子に名前も顔も覚えてもらえない存在の少年が非常に良くて、特に最後のところはしみじみジーンとした。あみ子にちゃんと向き合ってくれるから、あみ子の真剣が伝わって、そんで「そりゃ、おれだけのひみつじゃ」とかもうもう、このシーンは良すぎて何回も読んじゃった。
とりあえず一読では感想がまとまらず、通しで二回読んだが、今後も読み込んでいきたい。

ピクニック
短篇。七瀬さんもおかしいかもしれないけどこの語り手(ルミたち、って複数形なのがまた異様)も相当異様で、いっけんにこやかに七瀬を応援しているようでどんどん追い込んでいくのとかすごく不気味。最初、七瀬さんが堅苦しいほど礼儀正しいし、ちょっと変わってるし、おまけに虚言めいたことまで言い出すのでこのひとが変だという話かと思って読んでいくとルミたちのほうがもっと違和感がある存在なのだった、だいたいルミ「たち」ってなんなんだよ。にこにこして「ねー」って感じで集団で、集団でしかなにか出来ない、女の中にはそういう性質の悪いのが確かにいる。
そして異常のなかで唯一まともな反応をしていた新人の子が物語の中では異物扱いになっている、それが最後のほうでとうとう取り込まれて同化している。なんだ君は見込みがあったのに、残念だなあ。
それはそうと、若い女の子たちがローラーシューズを履いて給仕するのが売りのお色気に重点を置いた店なのかと思いきや、実は料理が美味しくて飲み物が安いからお客がたくさん来る、とかそういう脇の設定が面白くて良いなあ。

チズさん
短篇。「まっすぐ立つことができない」介護の要るお婆さんがチズさん。この物語の語り手はヘルパーさんなのかと思いきや、どうも違うようだ。「チズさんちには、たまに遊びに行った。」ってそういう関係。けっこうふつうに家に入り込んでスーパーで買い物をしたりしてる。いったいなんなんだろう。そういうのってあるのかなあ?
最後のほうでチズさんの息子と嫁と孫が遊びに来る(という穏やかな表現が似つかわしくない、身勝手な振る舞いに立腹ものなんだけど)となんとこの語り手は手近なドアに隠れて鍵をかけてしまう(後でトイレとわかる)。そして最後はふたりで語り手の家に逃げようとするのである。その雰囲気は「そら、逃げろ!邪魔者がやってきたぞ」という感じ、ふつうは祖母の家に孫一家が来るってそうはならないはずなのに、この話の視点で読むと彼らは間違いなく闖入者なのだ。変な話だなあ。

2014/06/14

翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった

翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった (ポプラ文庫)
金原 瑞人
ポプラ社
売り上げランキング: 262,652

■金原瑞人
タイトルが面白そうだったのと、翻訳家のエッセイにはちょっと興味があるので文庫だし、と買ってみた。とはいうものの、わたしは金原さんの翻訳書をほとんど読んでいないんだけど(調べたら、『ジャックと離婚』だけ、あとは『武士道シックスティーン』の解説とか)、でもこのひとの名前ってよく目にするから精力的に活動しておられるイメージがあった。それになにより、あの芥川賞作家・金原ひとみの実父だしね。
本書を読んで初めて知ったけど、このかた、法政大学社会学部教授でもあるという。1954年生まれ。

なかなか気さくなくだけた内容で、タイトルの内容を反映しているのは最初のエッセイだけだが、翻訳にまつわるあれこれや、ヤングアダルトを日本に紹介していったいきさつ、英語と日本語の特性の差による問題や、そもそも「翻訳家で食べていけるか」という非常に現実的な内容までもりだくさん。
日本語、英語など言葉や翻訳に関心があるひとはもちろん、そうじゃないひとにも気楽に親しめるんじゃないかと思える、とてもくだけた、読みやすい面白い内容だった。
例えば、英語は全部「I」と「you」だけど日本語はいろんなのがあってそれで性別とか年齢とかある程度限定されてしまう、でも原書はそれによって主人公の正体が曖昧にされている場合があって素直に訳すとネタバレになっちゃう場合がある…なんてのはすごく面白い。だからいっそのこと主語なしで訳しちゃうとか、でもそうするとどうしてもわかりにくくなる部分があるとか。最近の日本語で書かれたミステリーでも主人公の性別がどんでん返しってのがあったなあ。

本書のそもそものなりたちは、メールマガジン「児童文学評論」に連載された「あとがき大全」が基礎になっていて、これは現在も著者のホームページで読むことが出来る。ちょっと覗いてみた感じだと、「あとがき」なのでもちろんその作品についての解説的な内容が6割と、脇道のおしゃべり的な内容、といった感じだ。
その「脇道」だけを編集者がまとめて江國香織との対談、ゼミ出身のラノベ作家2人との鼎談などを加えて1冊の本にしたのが2005年牧野出版から出された本書の親本で、このポプラ社文庫は2009年の刊行である。
もとがメールマガジンで、それを編集者が部分的に切り取って出来た本だからか、文章推敲をもう少ししたほうがいいんじゃないかなあ?と思う部分が2,3箇所あったが(同じセンテンス内に同じ単語が2回出てくるとか)、まあ細かいことはこういうスタンスの本では気にしないでいいだろう。

目次はポプラ社ホームページからコピペ。

Ⅰ ぼくの翻訳事始め
屋台のカレー屋になるはずだった/はじまりは「ハーレクインロマンス」/リーディングの時代/誰も来られない図書館 犬養先生のこと・その1/海外児童文学通信/児童文学シンポジウム 犬養先生のこと・その2/ヤングアダルト招待席/初めて読んだ原書
Ⅱ 翻訳は悩ましい
アイをめぐる悩み/アイをめぐる悩み、ふたたび/男なの? 女なの?/固有名詞はむずかしい/やっぱり英語は異物なのだ/原書を読む、ということ/タイトルをつけるセンス/翻訳の寿命/翻訳の言葉、言葉の翻訳/縦書きVS横書き
Ⅲ 翻訳家に未来はあるか
翻訳家に必要な才能/翻訳家に向かない辞書マニア/翻訳の後輩たち/共訳が増えてきたわけ/料理人と翻訳家の共通点/翻訳家は「立場なき人々」である/翻訳家の現実/翻訳家に未来はあるか
対談 翻訳は楽しい 江國香織/金原瑞人
Ⅳ 本をめぐる出会い、旅、人
ファンタジーの年/マジック・リアリズムの魅力/チカノ文学とルドルフォ・アナヤ/瀬戸川猛資さんのこと/楽しい偶然/三味線との出会い/フロリダ日記/幻のエジプト、ギリシア/アイルランドの本屋/なつかしい古本屋/柔らかな感性に向けて/「書く」ためにすべきこと
鼎談 「創作ゼミ」の真実 古橋秀之/秋山瑞人/金原瑞人
あとがき/文庫版へのあとがき
怪物――金原瑞人さん 上橋菜穂子


2014/06/12

タルト・タタンの夢

タルト・タタンの夢 (創元推理文庫)
近藤 史恵
東京創元社
売り上げランキング: 179

■近藤史恵
ひさしぶりの近藤史恵を読む。『サクリファイス』以来。
料理ネタ本をとりあえず最近のマイ・テーマにしていることもあって。
本書は「ミステリーズ!」に2003年12月号~2006年2月号に不定期掲載され、2007年に創元クライム・クラブの一冊として刊行されたものの文庫化(2014.4.30)したもの。
連作短篇集。

商店街の小さなフレンチ・レストラン、ビストロ・パ・マルを舞台に繰り広げられる「日常の謎」を扱ったミステリー。「ひとが死なない」ミステリーだ。このジャンルはもう本当に多くなったなあ。

目次の次にこのパ・マルの従業員の職種と名前が書かれていたので「これはキャラ立ちしてるってことかな」と思ったらやっぱりそうだった。なんせ4人しかいないので、読んでいくうちにそれぞれの顔が浮かんでくるよう。特にシェフの三船さんは「武士をイメージした」長髪を後ろに束ねて、とか渋い個性を光らせている。名探偵はこのひと。語り手はギャルソンの高築君だ。
料理長の三船シェフで三十代半ばということなので店のメンバーも若いけど、それぞれのお話に登場するお客たちもみんな二十代、三十代ばかり。若いなあ。二十代でフレンチ(庶民派のお店だけど)の常連とかって凄いよなあ。

著者の近藤さんは1969年生まれだから、その同世代がもっと出てきてもいいのに意図的に若くしてあるのかな?とちょっと思った。
フランス料理には全然馴染みがないのでメニューを読んでも舌の上で再現、とはいかないのだけれど(おまけにアルコールに弱いのでワインも飲めない)、読んでいるだけで「ああ、きっとすごく美味しいんだろうな」と思える。とってもグルメな一冊。しかもミステリーとしてもなかなかピリッとしてるし、すべてハッピーエンドなのも良い。
フランス料理店が舞台だけどこの人情と暖かみはまるで日本の定食屋のような、気の置けない空気でとっても心地好い。

目次
「タルト・タタンの夢」
「ロニョン・ド・ヴォーの決意」
「ガレット・デ・ロワの秘密」
「オッソ・イラティをめぐる不和」
「理不尽な酔っぱらい」
「ぬけがらのカスレ」
「割り切れないチョコレート」

2014/06/10

ポワロの事件簿 2

ポワロの事件簿 2 (創元推理文庫 105-7)
アガサ・クリスティ
東京創元社
売り上げランキング: 493,815

■アガサ・クリスティー 翻訳:厚木淳
創元推理のこの事件簿1,2はポワロとヘイスティングズのコンビで登場するものばかりを集めたと翻訳者解説にあり、なるほどと思った。
一口に「ポワロもの」と云っても、ポワロ単独でしか登場しないものもあるからだ。長篇だとミス・レモンや女流推理作家アリアドニ・オリヴァ夫人が登場して協力するのもあるし。
そういえばこのシリーズでは警察とだいたいうまくいっていて、特にジャップ主任警部とは仲良しなのだけど、本書のなかにはポワロが苦手だなあと思う警察官が出てきてやっぱりそういうこともあるよねと。

目次
戦勝舞踏会事件
料理女を探せ
マーキット・ベイジングの謎
呪われた相続
潜水艦の設計図
ヴェールをかけたレディ
プリマス急行
消えた鉱山
チョコレートの箱
コーンウォールの謎
クラブのキング

1も良かったけど2のほうがより面白かったような気がするけどまあ好みもあるか。本書ではポワロが唯一自分の推理が間違っていたと認める事件も収録されている。
また、戦勝舞踏会事件は初・ポワロ短篇作品だそうだ。

ドイルのホームズものも好きだが、クリスティが好きなのはまた違う理由があるよなあとしみじみ実感した。心理、ひとのこころのなかにある事件の真相が描かれていること、ドラマチックなこと、かな。だからミステリーとしてだけではなく、「小説」として再読再々読に耐えるのだと思う。

読んでいて翻訳に「うーん」と思うのは、「駄べる」というのが地の文でつかわれていること、1でも出てきた。これは俗語だよなあ。「明治の学生が使い出した」んだとか。

あと、ある女性が退場時に「ハイチャ!」と言っていて、これはわからなかったのでググったら富山県の魚津弁って出てきたんだけど本当かなあ。でも「さようならの意味」って合ってるしなあ。「バイチャ!」アラレちゃん@Dr.スランプかと思ったけど「バ」じゃなくて「ハ」なのだ。134頁。

それにしてもけっこう残酷な話が出てくると思うんだけど、海外本格ミステリ百年前、という意識で読んでるからか、あんまりリアルに想像しないのでさらりと読めてしまう。映像で観たら怖いぞ、あれとかあれとか……。

2014/06/08

ポワロの事件簿

ポワロの事件簿 1 (創元推理文庫 105-6)
アガサ・クリスティ
東京創元社
売り上げランキング: 177,426

■アガサ・クリスティー 翻訳:厚木淳
ひっさしぶりにクリスティーの名探偵ポワロものを読む。
高校生~二十代くらいまで繰り返し愛読していたときは、新潮文庫の緑の背表紙のやつと(いまはみんな絶版ね)、早川文庫の赤い背表紙のやつ(いまのクリスティー文庫になる前の版)で読んでいた。創元推理文庫で読んだクリスティーはその他の、トミーとタペンスとかそんなんだけだったんじゃないかな。

というわけで、創元推理で読むポワロは初めて。
翻訳が少し古いけど、そもそもクリスティーが昔のひとなのでこんなくらいでいいだろう。
カモミール・ティーを「カモマイル茶(かみつれの茶剤)」としてあるのとか、時代だなあ。
1980年10月初版。今回買ったのは2012年3月の38版。

目次
西洋の星の事件
マースドン荘園の悲劇
安いマンションの事件
ハンター荘の謎
百万ドル公債の盗難
エジプト王の墳墓の事件
グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件
誘拐された総理大臣
ダヴンハイム氏の失踪
イタリア貴族の事件
遺言書の謎

エジプト王の話とイタリア貴族の話は他の本で読んだことがあった。
気軽に楽しめる軽いミステリー。展開が読めるのもけっこうあるけど、ご愛嬌。

翻訳の厚木淳というかたについて創元推理のホームページから引いておく。
【1930年、東京日本橋に生まる。1953年、京都大学卒業。東京創元社取締役編集部長を経て、翻訳家。訳書に、火星シリーズをはじめとする、東京創元社より刊行のバローズ全作品、アシモフ『銀河帝国の興亡1~3』、クリスティ『晩餐会の13人』『ミス・マープル最初の事件』『ポワロの事件簿1,2』、ディクスン『白い僧院の殺人』ほか多数がある。2003年歿。】

2014/06/05

にょにょっ記

にょにょっ記 (文春文庫)
にょにょっ記 (文春文庫)
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穂村 弘
文藝春秋 (2012-01-04)
売り上げランキング: 49,311

■穂村弘
『にょっ記』の続き。
これもフジモトマサルのイラスト、名久井直子の装丁。
(解説に代えて)偽ょ偽ょっ記は西加奈子。
献辞は「佳代に」と今回は漢字表記になっている。

「別冊文藝春秋」第262から282号の連載に加筆修正。
単行本は2009年7月刊。文庫は2012年1月刊。

このシリーズを読んでいると面白いんだけどどこまで本当でどこからウソなのか、というか本当は本当に混じっているのか、ということが思考のかなりの部分を占めてしまい、「そんなん気にせんと読まなあかんやん~」と思うんだけど、でもそういうふうにすぐ考えてしまうツマンナイわたしであることよ。

関西弁を混ぜてみたのは、関西弁に関する日記があることと、解説の西さんが関西弁サクレツしておられるから。「えええええチョコレートはガーナちごて明治の板チョコがテッパンですやん西さん~」とちょっとこっそり反論してみるテスト(←この言い回し昔流行ったのをいま思い出したのでつかってみた)。

「電車の中では読めない」という評をけっこう見かけるけどわたしのツボ的には吹き出すタイプの笑いではなかったので余裕で電車の中で愉しんで読んだ。短いのであっというまに終わってしまう。これ、まだ連載続いてるのかなあ、つぎはにょにょにょっ記でその次はにょにょにょにょっ記……というふうに延々続けられるなあ、などと妄想。

天使っていうのは佳代さんのことなのかなー。

2014/06/04

整形前夜

整形前夜 (講談社文庫)
穂村 弘
講談社 (2012-07-13)
売り上げランキング: 106,196

■穂村弘
ほむほむが各媒体に書いたエッセイを集めたもので、だいたい2005年から2008年くらいの初出。穂村さんは1962年生まれなので43~46歳くらいのときに書かれたもの。ちなみに結婚が2005年なので、新婚時代に書かれたものという見方も出来よう。

目次をそのまま写そうかと思ったのだがどちらかというと「この掲載誌にこの内容か」というほうが興味深かったので目次の順序ではなく、初出一覧を写すことにする。連載分も本にまとめるときにバラされている。ちなみに「FRAU」はウィキペディアによれば【対象年齢は25 - 29歳の女性】だそうだ。

「FRAU」のときは若い女性向けのテーマを女性編集者から提案されてというパターンが多く、「素敵男子への第一歩」と提案されて「存在感のうすいひと特集」に原稿依頼されて「目が覚めるような思いがした以来だな」というのが面白かった。ほむほむは「世間知らずの皮をかぶった知的なオオカミ」だと思うんだけど、二十代後半女性から見るとモテようがなんだろうが四十過ぎのおじさんなんてそんなものなのかもね。
テーマを受けつつ、まっすぐには書かないで斜めにそらしたり屁理屈?みたいなのをこねはじめるのも面白い。

本書には本関係の話がけっこう多くて面白かった。そうそうそう、って感じで共感するところが多く「本を読むひと」「最適外出本」「古本と『差額』」「定量制」なんて特にその通り!と激しく同意。本を読まないひととは古本屋や新刊書店に一緒に入ってもさらりとしか見れないし、外出に持って行く本を選んでいて時間がギリギリってことはよくあるし、古本を買って同じ本が違う値段で売られているっていうのはそういう計算しちゃうし、好きな作家だったのにある時点で「もういいや」になるっていうのは本当にそのとおり。嫌いになったとか、作風が変わったとか、そういうんじゃないんだよね。受け手の側の気持ちとかが原因なのだ。

あらゆる物事に向き合った時の「共感と驚異」という異なった受け取り方がある、という指摘には襟を正した。ついつい「共感できる=素晴らしい」となりがちなんだけど、「驚異を驚異のまま受け取る」感受性を失ってはいけない!と危機感を覚えた。この説によれば十代のころはそんなに共感に重きを置いていなかったということになるけど、そうだったんだろうか。じゃあ、読書感想文の定番「主人公はこうしたけど、わたしはこう思いました」系の書き方はどうなんだろう。まあ、あれはもともと大人が考えた型なんだろうなあ。

本書で一番感動したのは「裏返しの宝石」。これぞまさしく「驚異」。あのチャンドラーをそういうふうに読むひとがいたなんて! 虫のくだりはなんとなく覚えているけど、うーん、ほとんど意識してなかったな。変なひとだなマーロウって、って思ったくらい。だいたいミステリーはトリックとかストーリーとか展開に感情の大方を持ってかれがちだしね。純文学だったらまた違う読み方をしたんだろうけども。解説を読んだらトヨザキ社長も同じことを書いておられて、「共感」。

本書を読んで、自分が倉橋由美子を未読であることを非常に残念に思った。まあ今からでも読めばいいんだけど。思春期~二十代前半に読んでおくべき書という感じなので。なんか著者の名前が某アイドルを連想させて読む気を無くさせる感じだったんだよね…。

「ku:nel」2006.3月号 非エレガンスのドミノ倒し 
「FRAU」2005.5.5-2006.12.5号
七三からの脱出/髪型との戦い/男の証/素敵男子への第一歩/映画と現実/もうひとつの時間/女たちが消える日/愛し合える身体/普通列車「絶望」行/京都の学生になりたい/東京のバリア/美への進化/してはいけない恋なんて/一発逆転への挑戦/「うずまき」の肌
「本の雑誌」2006.1-2009.4月号
著者近影/そんな筈はない/共感と驚異/共感と驚異・その2/共感と驚異・その3/〆切/本を読むひと/タイトル・その2/サイン会/ヤシンデ/本を贈る/デッドライン/定量制/最適外出本/書き出し/作品予知/「読者」の謎/生身問題/古本と「差額」/シガレット香/書評/表現の痕跡/言葉と「私」/言葉の迷宮(低次元バージョン)/「変」になる/言語感覚/言語感覚・その2/言語感覚・その3
「an・an」2007.6.20号 檸檬の記憶
「Coyote」№11 はじめての本
「群像」2006.12月号 好き好きセンサー
「毎日新聞」2006.7.22~2006.9.19付
他者の心の謎/絶体絶命/絶体絶命・その2/ホテルとの戦い/20分の3の恐怖/短時間睡眠への憧れ
「PHPスペシャル」2008.11月号、2008.7月号
整形前夜/裸足で来やがって
「野生時代」2008.10月号 逸脱者の夢
光文社文庫 江戸川乱歩全集第28巻『探偵小説四十年(上)』 来れ好敵手
サッポロビールホームページ 1981年の「山伏」/おとなしい動物のような車たちの世界
「望星」2008.5月号 トマジュー
「産経新聞」2008.7.21付 透明な夏
KAWADE道の手帖 倉橋由美子2008.11月号 思春期の薬
「本を選ぶほん 中学校用カタログ」 自意識トンネル
「yom yom」2006.12月号 裏返しの宝石
「歌壇」2007.4月号 濁った色
「読売新聞」2008.5.27、2007.4.11付 感性/恋への挑戦
「東京おさぼりマップ」 ふたつの人生が混ざる場所
「ポプラ文庫 江戸川乱歩・少年探偵シリーズ(10)『宇宙怪人』」 異変への愛
「小説現代」2007.2月号 アロマテラピー
「小説宝石」2006.1月号 グアムとの戦い
「おに吉」2005.10月号 引っ越しと結婚と古本屋
「花椿」2007.8月号 二十一世紀三十一文字物語

にょっ記

にょっ記 (文春文庫)
にょっ記 (文春文庫)
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穂村 弘
文藝春秋
売り上げランキング: 107,302

■穂村弘
これはジャンル分けが難しい。
とりあえず「偽日記」ふうの「エッセイ」と解釈したけれども、まるごと「創作」すなわち「日記形式の小説」というとらえかたも可能だと思う。
いっそ「散文詩」と云ってもあながち外れてはいないような。
ほんとのことも混じってるんじゃないかなーでもこれは現実に有り得ないよね、どこまでほんとなんだろう、とか思いめぐらしながら読んだ。昔の本からの引用とか、本当なのかなあ。

フジモトマサルの挿し絵はヒトコマ漫画みたいだ。リモコンで家の外からチャンネル変えちゃうの、いいな。そういえばこの漫画家さんの作品にはいつも動物が人間のように書かれているけど人間も同じように出てくるんだけどそもそもこの動物はなんなんだろう…。カワウソかな? 

表紙&本文イラスト・フジモトマサル
装丁・名久井直子
偽ょっ記(解説に代えて)・長嶋有
解説イラスト・名久井直子

なんだかふだんの長嶋有の仲良しさんがいっぱい関わってる御本だなあ。ちなみにこれは文庫だけど単行本は函入りだったとか、そういえばそうだったかな?

表紙のタイトルと著者名に数字が隠れている、解説に書いてある、ほんとだーぼんやりなんとなく見て「変なフォントだなあ」とだけ思ってた。ちゃんと見たらすぐわかるね!面白い。

なんとなく気になって調べたら、
穂村弘 1962年5月21日生まれ
長嶋有 1972年9月30日生まれ
10歳違うんだね。でもそんなイメージ無かったなあ。ほむほむが若いというか。
ついでにフジモトマサル 1968年生まれ(月日は載ってなかった)。えー長嶋有よりフジモトマサルが年上だったのかあ。ふーん。名久井直子は1976年2月10日だそう。

本書の初出は「別冊文藝春秋」第248~261号の連載に加筆修正。単行本は2006年3月刊。
号数でいわれても年月がわからんよ…。

そういえば最初に献辞が「かよに」ってあって、びっくり。
奥さんのことだね。「妻に」じゃなくて名前、平仮名かあ、とかちょっとどきどきしちゃった。