2014/05/31

おいしい日常 【再読】

おいしい日常 (新潮文庫)
平松 洋子
新潮社
売り上げランキング: 89,007

■平松洋子
再読。
2003年1月世界文化社から『おいしいごはんのためならば』として上梓、2007年5月新潮文庫から改題、改稿して刊行されたもの。
目次と感想織り交ぜて。

カット・アンド・カムアゲイン
序というか、はじめに的な、本書のスタンスを示す一文。日常の食卓に平松さんが望むのは「ハレ」ではなく「ケ」の美味しさ、それは何回食べてもおいしい、また食べたくなる味。

うちの「おいしい」
お豆腐屋賛江/水は買うものではなく/幸せのごはん/栗きんとんで一服/怪傑健康頭巾/本日の手土産/ちこちゃんのケーキ/都会のムラへようこそ/私の香菜修業/だしさえあれば/お日様のいう通りに
平松さんちの日常食や食にまつわるあれこれ、時には幼い時のエピソードも混ざって。ケーキをまるごと、いきなりフォークで食べちゃうというのは確かに一度は憧れるものかもね、でも実際にそれをやってみると……?
鉄瓶いいなあと平松さんの本を読むと思うんだけどハードル高いんだよなあ。第一に、買う段階で鉄瓶は高い。数万円はする。しかも取扱い方が最初に内部を白く出来るまでは錆びる、白くするにはちょっとコツと根気が要りそうな。安かったら「失敗しちゃったー、てへ☆」で済むけどなあ。そりゃ毎日ミネラルウォーター買うとかそういうのに比べたら安上がりなんだろうけども(平松さんちの話。うちはそんな贅沢できない)。
お酢で健康、毎日軽やかというのはある程度はわかるけど平松さんのこれは、ちょっとプラシーボ効きすぎなんじゃないのかなあ、あまりにもテンションが高いので若干引いてしまった。
香菜についてはいつものカレーに混ぜて使ってみたのだが、うーん、確かにクセがあって、まあ食べられないことはないけれども、無くて全然かまわないなあというのが感想だったが、レシピによったらぐうんと美味しくなるのかもね。

わたしの調味料
黒七味/コチュジャン/柚子胡椒/塩/醤油/オリーブオイル/バルサミコ酢/ごま油/ナムプラー/ウスターソース/みりん/味噌/砂糖/黒酢/XO醤/ラー油/鶏スープ/レッドカレーペースト/ココナッツミルク/ナムプリックパオ/紹興酒/腐乳/氷砂糖
平松さん愛用のそれの紹介。おんなじ調味料でも製造元や味わいにこだわって厳選された高そうなものばかり。そのへんのスーパーで見かけないなあ。実家の味では無くて平松さんに影響されて使うようになったのはナムプラーと紹興酒。そのへんで売ってるやつでメーカーなどは違うんだけど、たしかにちょっと異国の風味になって面白いよね。XO醤は高いのでまだ買ったことなかったりする。買おうかなあ。

「おいしい」を探して
京都ぷにぷに旅/天丼を食べに浅草へ/白熊捕獲大作戦/でっこびかっこび そばの旅/進化する焼き鳥/その手は桑名の焼きはまぐり/涼一味。鮎の香り/幻のきのこを探して/冬です、かにです/あんこう鍋のヒミツ/ひとりてっちりのハードル/すっぽん美人、見参/豚足マイラブ/四角いピッツアを港町で/「鳥榮」その世界
この章は日本各地(東京が多い)の平松さん一押しのお店にそこの名物を食べに行って紹介してある。こういうの読んで「いざっ」と速攻で行ける身軽さが無いわたし。距離の問題だけじゃなくて大阪の店もあるんだけど、なんか敷居が高い気がしちゃうんだよなあ。

巻末対談 東海林さだおvs平松洋子
西荻のおされ系居酒屋さんにて。
東海林さんが平松さんにダメ出ししまくり!?
カップ酒飲んじゃう平松さん、いろんな美味しいお店に行くばかりじゃなくてこういう隙というか大胆さも併せ持ってらっしゃるところがファンになっちゃう理由のひとつかも。
女性客に髪くくったらっていう女将がいる居酒屋とかこわいなあ~。

これ↓の改題版。

おいしいごはんのためならば
平松 洋子
世界文化社
売り上げランキング: 167,121


2014/05/30

どくとるマンボウ途中下車 【再々読】

どくとるマンボウ途中下車 (中公文庫)
北 杜夫
中央公論新社 (2012-04-21)
売り上げランキング: 358,577

■北杜夫
1966年(昭和41)中央公論社刊。
目次
私は新幹線に乗る 私は旅立とうと思う 海猫の島 私はついに旅立つ じゃがたら文の島 習慣というもの アイスから汽車弁まで 山登りのこと カラコルムへの道 長い長い帰途 ケチと贅沢 沖縄のはずれの島 船の旅あれこれ 飛行機こわい さまざまな乗物と旅


旅行ものだけど、具体的な紀行文2,3割、ほかは旅にまつわる?思考&回想が芋づる式にずるずると脈絡なく書かれているので旅行記って感じはしない。けどこれはこれでのんびり北さんの回想を聞いている感じがして悪くない。テンションはちょっと低いかなあ。そもそも自分は旅行好きではないのだ、とか最初に宣言しておられるし、実際旅行に行ってもあんまり楽しそうじゃないし。
初めて自分で服を買ったのが大学上級生になってからで、青いズボンを買ったらシャツに色移りしてしまったとか、露店で時計を買ったら質が悪かったとか、毛布を買ったらそれも安物だったとか、つくづくお坊っちゃんというか。そのくせ古ーい下着とか行李にいつまでも残してあってヒマラヤにもそれを着ていくとか、なんだか昔のひとだなあ、と思う。というか、服装にかまわない男の人ってまあだいたい今もこんな感じかもね。ヒマラヤに行く前に靴を作るから寸法を測って送らないといけないだとか、青い布地(登山隊共通の)を送ってきてこれで各自でスーツをあつらえろと言われたとか「昭和40年ごろってそうだったんだー」という感じ。それともいまもこういうの普通にあるのかしら。靴はともかく、スーツはねえ、オーダーメイドってご大層だわね。
著者は斎藤茂吉の次男であるが、つまり文中に出てくる鰻丼を一度に2人前食べて子どもにはやらない父親があの茂吉なんだなあとか、「あたしはもうすぐ死にますから」とさもこの世の最後の楽しみにとばかり国内海外あっちこっちへ出かける旅行好きの母親が茂吉の妻なんだなあとか。なにげに妹さんが「お兄さま」と呼ばれるのでやっぱり育ちが違うなあと思う。
『どくとるマンボウ航海記』でちらっと出てきたガスピストルを警察に取り上げられる顛末が「警察ってこういうところにも網を張ってるんだなあ」という感じで何度読んでもふーんと思う。

2014/05/28

いい感じの石ころを拾いに

いい感じの石ころを拾いに
宮田 珠己
河出書房新社
売り上げランキング: 3,939

■宮田珠己
紀伊国屋ネットで発注、2014年05月22日に手元に届いた。奥付では20日印刷30日第一刷発行となっている。
宮田大兄の石ころ拾いはそのエッセイファンにはお馴染みだが、本書はどーんと石ころの話だけに特化したマニアック(?)なエッセイ。日本のあちこちに出かけてはいくけれども観光めいたことがあまりにも書かれていないので紀行文とは言い難い。裏表紙の帯に「どうして世間は石に冷たいのか?」とあるけど、まあ、興味のないひとには「だってただの石ころじゃないか」ということになるんだろうなあ。
初出はウェブ連載(KAWADE WEB MAGAZINE 2012.9-2013.10)。

価値のある石より、感じのいい石を拾おう」というコンセプト。海に行っても川に行っても見つめるのはほぼ足元のみ。徹底しているのだ。
写真はそれなりに載っているが、モノクロページもあるし、もうちょっとカラー写真が欲しいなあという印象。

わたしは小さいころから海辺に行くときれいな貝殻とか珊瑚礁のカケラなどを拾い集めるというのはやっていて、でも海自体そんなにいかない。去年たまたま行ったところで貝があんまりなくてきれいな石を拾ってきたのは宮田大兄の影響もあるのかな。石拾いより貝拾いのほうがどうもメジャーっぽい。ビーチコーミングなんていうのもあるけどこれも海辺にしょっちゅう行けるひとならではの楽しみではないのかなあなどと思う。

石拾いの世界には小石じゃなくてそれなりの大きさのを拾ってきて磨いて床の間に飾るタイプや、鉱石など貴重な石を集めるタイプもあるらしい。鉱石はお店で売ってるぐらいだしね。わたしも誕生石がトルコ石なので1つお守り代わりに持ってたりするけどそれと海辺で「いいなあ」と思って拾ってきた石と何が違うのかと考えてみるとあんまり違いは無いような気もする。どちらもなんか大切だし、こころなしか不思議なパワーをもらえそうな(気のせい、というのが冷静な意見だろうけどまあお守りってそういうもんだよね)。
でも宮田大兄は石を拾ってそれをパワーストーンとして大事にするとかそういう発想は無いみたい。なんかいいから拾う、蒐集したい、でもそれをライフワークにするほどじゃなく、みたいな「ゆるさ」を強調しておられる。

この本を読むと海辺に石ころ拾いに行きたくなるけど近畿圏にめぼしい場所はどうも無いらしく、容易ではない。結局、旅行に行ったりする余裕が、そして観光地に行っても水辺で石ばっかり拾っているという時間的余裕と家族の理解がなければできそうにない、けっこうゼイタクな趣味のような気がする。

目次
ヒスイよりもいい感じの石ころを拾いに ――糸魚川
メノウコレクター山田英春さんに会いに行く
東京ミネラルショーを見に行く
伊豆・御前崎石拾い行
アフリカ専門旅行会社スタッフ・久世さんの石
『愛石』編集長立畑さんに聞く
北九州石拾い行
石ころ拾いの先達渡辺一夫さんに会いに行く
大洗の坂本さん
石ころの聖地“津軽”巡礼
北海道石拾いだけの旅

石拾いスポットMAP
あとがき

なお、本書に石拾いというか「メノウコレクター」として登場する山田英春さんというかたの本職は装丁家で、本書の装丁(ブックデザイン)は山田英春さんなのである。にやり。こういうのって、良いね。

2014/05/25

チャーチル閣下の秘書

チャーチル閣下の秘書 (創元推理文庫)
スーザン・イーリア・マクニール
東京創元社
売り上げランキング: 84,842

■スーザン・イーリア・マクニール 翻訳:圷香織
いわゆる“アマゾンがしつこくおすすめしてくる本”で、2013年6月に創元推理から出たもの。原書は2012年。

解説に著者についての情報がほぼ書いてくれていなかったので検索してみたら彼女のホームページがあった。いや、読みながら「これはアメリカとイギリス、どっちの作家でどっちから出版されたんだろう」と気になったので。アメリカの作家のようだ。ふーん。
何故気になったかというと、舞台はイギリスで、主人公はイギリス人でイギリス生まれなんだけど育ちがアメリカなので、作品中で「ヤンキー」とかその訛りをからかわれたり、第二次大戦中の話でまだアメリカが参戦していないときなもんでそれを皮肉られたりするシーンがけっこう出てくるもんで。

表紙のイラストや女性作家であることから「コージーかな? ロマンスのあるミステリー、で、チャーチルっていう実在の首相の名前を出してるんだから歴史もある程度ふまえたやつ?」と想定していて、まあだいたいそんな感じだったが、ミステリーっていうよりはアクションもの? で、スパイも絡んでる。諜報とか暗号とか全然大したレベルじゃないけど。主人公が数学が得意というか専門なので、それで活躍するという筋立て。

読みはじめてしばらくして「まあB級かなあ」と思って、最後まで覆されなかった、イギリス好きとしてはエンタメとしてそこそこ楽しめる。ウィンストン・チャーチルについてあんまり知らなかったんだけど、しょっちゅうごみ箱を隣の部屋まで蹴飛ばして怒っていたりして、ずいぶん短気なひとだったんだなあ。最初はびっくりしたけど、主人公との会話とか読んでると最後の方とかすんごくチャーミング。上司としてはまあ、かわいいほうじゃないでしょーか?

ロマンス要素はそれほど出てこないというか、意外性ゼロでセオリー通りの展開。ゲイのデイヴィッドが良かったな。ほかの登場人物もわりと個性的なんだけど、もう少し奥行きが欲しかったかも。
なお、本作はシリーズ第1作らしく、第2作は『エリザベス王女の家庭教師』。2014年3月既刊。どうしようかなあ。

2014/05/23

ぼくは落ち着きがない 【再読】

ぼくは落ち着きがない (光文社文庫)
長嶋 有
光文社 (2011-05-12)
売り上げランキング: 236,278

■長嶋有
前回読んだのは単行本で、出版されてまもなく紀伊国屋梅田本店で平積みになっていたのを購入した。当時、長嶋有の小説を集中して読んでいて、やっと既刊コンプリートしたかなと思っていたらこれが新刊で出たので少しだけ息切れするような思いで購入したことを覚えている。
高校生が主人公の小説、青春小説ということで、恩田陸『夜のピクニック』とかああいう懐かしさと甘酸っぱさと「青春ってイイナア!」という空気を期待して読んだら(わたしにとっては)全然そういう話ではなかったのでがっかり、「なんなんだ」という読後感で、当時対談形式でレビューを書くのが極私的にはやっていたのでノリノリで残念感を書きあげた。
文庫化したとき、解説が堺雅人というのでグラッとし、ジュンク堂三宮店の文庫売り場で手に取ったけどやっぱり戻し……てからもしばらく経つ。
ここ数年長嶋有の作品に強力に共感・感動するようになって、既読の数作を読み返してやはり素晴らしく面白く、やはりここはアレも読み直していまどう思うかも検証してみたくなった。単行本は処分してしまっていたので文庫で買い直す。

通読してのあらためての感想だが、やはり青春って感じはしないし郷愁はいっさいわかないし、わたしが高校生の時はこういうんじゃなかったなあ、っていうか部活入ってなかったし、とかは思うんだけど、全体的に空気がまったりとしていてなかなか味わい深く、今回は楽しんで読むことが出来た。

状況的には大学のサークルの部室での駄弁りなんかがむしろ近そうな気もするが、「高校生を書いた小説」と「大学生を書いた小説」では根本的に違うだろうしなあ。
そういう「共感」を一切合財脇に置いて、「長嶋有の小説が好きで、その作品を読みたい」という気持ちだけで読むと何の問題も無く、居心地のよい舞台状況で、今回は二回目ということもあり検分するような気持ちもあって一字一句を確かめるように読んだが、とても長嶋さんらしい小説で、あちこちに「オタクっぽい」遊びもあって、面白いのだ。実際の漫画や雑誌のネタがそのまま頻出することとか、美人が好き、とか、携帯の話題で盛り上がっているとか。

登場人物が多い小説で、主人公の中山望美をはじめとする図書部員は部長、南出頼子、綾、登美子、ナス先輩(渡辺為)、樫尾、尾ノ上、健太郎、沙季、浦田、幸治、堀越美知。図書委員の能見さん。顧問の小田原先生。前に図書室にいた司書の金子先生。ライバル(?)である文芸部の谷地リンナ。毎回6冊ずつ借りていく謎の転校生、片岡哲生。本好きの美少女・菱井琴子……。フルネーム出てくるひともいるけど少なくて、ほとんど綽名で通されるひともいる(カシオの時計好きだから樫尾とか)。

この小説が違和感があるのは何故だろうと考えるに、高校生が主人公で学校が舞台であるのに一回も教室が出てこないからかな。主人公たちは朝登校してまず図書室の隅にある部室に私物やお弁当を置きに寄って、それからもちろん授業を受けに教室に行くわけだけどその「教室に向かった」という描写すらも出てこなかった気がする。いつも部室だ。どうも彼ら彼女らは教室では「浮いた存在」のひとが多いのらしかったが、それにしても変わってるなあ。それで学校生活に支障がないとは思えないんだけどそのへんについての具体的なことといえば頼子が不登校になることくらいだ(しかも、宣言してからそのとおりにする。家に様子を見に行くと、本人が駅に自転車で迎えに来ていて、お母さんは優しそうで望美は予想とちがうので戸惑ったりする)。

高校で部活やっててそこが安住の地だったら高校生活がまた全然違うんだろうなあ。
みんなが時々「演じて」しゃべったり「役」をやったりするというのは長嶋さんの最近の小説とかを読み込んでいると「ははあ」というか「私たち家族はウケるということをする」とかなんとか書いてたよなあ、とか思い出して考えあわせたりした。

堺さんの解説は内容もさることながら文章がいつもの大和言葉をひらいたもので、独特のテンポであり、読みやすくはないんだけど、まあこれはこういう個性なんだろうなあ、と思いながら読んだ。演じることを職業にされている俳優さんならではの視点かもしれない。

前回読んだときは何でこの作品を評価できなかったのだろう。ひとつのことにとらわれ過ぎて、全体が見えていなかったかなあ。いまならずっと読んでいられる気がする。単行本、残しておけばよかった。カバー裏を今更ながらちゃんと読み直したくなった。

2014/05/21

からくりからくさ→りかさん→ミケルの庭 【再々々々読】

からくりからくさ
からくりからくさ
posted with amazlet at 14.05.20
梨木 香歩
新潮社
売り上げランキング: 522,969

りかさん (新潮文庫)
りかさん (新潮文庫)
posted with amazlet at 14.05.20
梨木 香歩
新潮社
売り上げランキング: 17,763

■梨木香歩
最初に読んだ順番が、偕成社『りかさん』→新潮社『からくりからくさ』→新潮文庫『りかさん』だったので、執筆順もそうだといままで思い込んでいたが、今回『からくりからくさ』を読んだ後に新潮文庫『りかさん』(「りかさん」と「ミケルの庭」所収)を読んで、確認したくなって発行年を調べたら、
新潮社『からくりからくさ』1999年5月
偕成社『りかさん』1999年12月
新潮文庫『からくりからくさ』2001年12月
新潮文庫『りかさん』2003年6月(書き下ろし「ミケルの庭」所収)
ということなのだった!ひええええ。

『りかさん』は児童書なので、この短いお話の裏にこんな長いおとなの物語があって、それを後に書いたのね、とずうぅっと考えていたのに、実は『からくりからくさ』が先だった、というかこれはもうほぼ「同時」じゃないのか、構想とか執筆時期とか。
どっひゃー。いや、わたし以外のみなさまには「なにをいまごろ云ってるの?」という感じでしょうがだって細かい年数は不確かだけど確実に十年以上!このカンチガイに気付かなかったってわけだから……愕然。

もっとも今回『からくりからくさ』を読みなおして一番考えさせられたのは自分の記憶処理についてで、読む前は「『りかさん』の続篇と思ってあなどっていたら大人の女の三角関係でけっこーどろどろしてるんだよね」という認識だったのだが、そして中盤くらいまではそれでも平穏に「なっきーの植物ラブ!はここでもう発揮されまくってたんだなあ、南蛮キセルは『家守綺譚』が初かと思ったらここでもう出てたんだ」とか思いつつ味わっていたのだが、中盤から終盤は怒涛の展開でめっちゃしんどい話で「そういえばそうだったなあ」と。重いテーマが三角関係だけじゃなくて出版社のこともあったっけ。

思えば、最初に読んだときは【紀久とマーガレットと男の三角関係】に圧倒され、再読したときは【紀久の出版をめぐる権力との闘い】に共感したのだった。そして今回読んで「はっ」とさせられたのは【マーガレットがシングルマザーになること】に対する登場人物のそれぞれの対応とかが「ああ、『雪と珊瑚と』のテーマは既にここで書かれていたのか!」ということと、あとはS市の旧家などの考え方、【家中心でとらえられている女のアイデンティティー、その家の子どもを産んで初めてその家の人間と認められる社会】。ええと、『からくりからくさ』も『家守』みたく百年前の設定だったっけ?って思わず確認したくなっちゃったよ、違うよね、現代のお話だよね。

これはつまりおんなじ話を読んでも、読み手であるわたしの年齢や関心事・アンテナが違うのでメッセージの受け取り方が違ってきているということかなあ。前回読んだときは年配の男性社員の仕事のやりかたに反発を感じているときだったので紀久にシンパシー感じて反応しまくったけど、いま冷静に考え直してみると出版社側の立場とかも合わせてみてくだんの先生の出方も「そりゃ立場的にそうなるのかもなあ」と多少はわからないでもない(認めるわけじゃないし、紀久が正論であるのは間違いないが)。

『からくり』を読み終わってすぐに感想をとても書ける気がしなく、続けて『りかさん』を読んだ、ああ登美子ちゃんは覚えていたけど初枝さんもマーガレット(の母親)もここで登場するんだと驚く。
そして『ミケルの庭』も読んで、ああこれも紀久の話だったと……そしてこの紀久の苦しみに同情を重ねながら読み終わって、解説を読めば「自責の念からただおろおろするばかりの紀久」と断じられていて「そうか、感情的にとらわれずに客観視すれば紀久ってそういうタイプと判断されるのか」と少々衝撃すら感じたり。まあ、紀久ってけっこう内面の黒々したところにスポット当てられて書かれてるし、4人の中でいちばん女女してるし、同性に好かれにくいかもね。かく云うわたしも紀久はあんまり好きじゃない。本音と建前が違いすぎるんだもの。
蓉子は凄く人間が出来ているしこういうひとになりたいと理想には思うし大好きだけど、あんまり現実にはいそうじゃないなあ。与希子は不器用なところ、友人の恋愛についてそういう面を自分では見たくないと思ってしまうところなんかがすごくよくわかる。恋に恋するみたいになってるとことかも、いざ目の前に相手が来て手を差し伸べたら引いちゃうとことか、すごく共感。マーガレットについては異国の事情を背負ってるから複雑すぎて判断できない。友人だったら反応が読みにくくて気を遣うかも。

比べるものではないかもしれないが『からくりからくさ』よりも『りかさん』のほうがわかりやすくて好きだ。りかさんがちゃんと喋るし。ほんとうに素晴らしいお話で、何度読んでも大事な、宝物のような本だ。『からくり』も好きだけど、ずっと4人だけの世界でいれば美しかったのになあと思ってしまう、このお話ではほんとうに異性が、色恋事が邪魔に感じてしまう。
梨木さんはもう児童文学は書かれないのかなあ。

前回、りかさん→ミケルの庭→からくりからくさを読んだときの感想。

追記
「ほぼ日」の「担当編集者は知っている。」に『からくりからくさ』執筆時期?構想時期に関するこんな記事がありました。2008-06-20-FRIの記事。

2014/05/18

おいしい暮らしのめっけもん 【再読】

おいしい暮らしのめっけもん
平松 洋子
文化出版局
売り上げランキング: 180,920

■平松洋子
家で夜眠る前に少しずつ、再読。
日本経済新聞に1997年6月~2002年1月の間になされたものから抜粋し加筆されたもの。
読みながら、「なんか、平松さんが若い…」と思った。文章とかノリがいまと雰囲気違う。えーと、平松さんは1958年(昭和33年)生まれだから、…。つまり本書は39歳から44歳くらいのときの平松さんが書いた文章ということだ。ちなみに現在の平松さんは56歳くらい。ふーん、なるほどなあ。

ひとつのモノについてのスペースが見開きだけで、右ページはモノクロ写真、文章は左ページだけだから、プチ・エッセイ。目次だけで4ページもある。文化出版局の該当ページに目次全文と書いてあるけど2ページ分しか載ってないように思うんだけど続きはどうかしたら見えるのかなあ。まあつまり、これの倍あるってことです。
自力で書き写すのは大変そうなのでやりません(キリッ)。←へたれ。

別にものすごく斬新とかじゃないけど、食器とか調理器具中心だから眺めているだけで楽しい。そういえばうちには真っ黒の食器は無いなあ。実家には大皿が1枚あったけどあれは貰ったものだ。やっぱり黒い食器って最近でこそ普通になってきてるけどちょっと昔には無かった発想なのかも知れない。

花も良いけど緑の葉っぱが好き、というくだりに共感。
ベランダ園芸を始めてもうすぐ3年になるけど、2年目くらいに「ああわたしは別にお花はそんなに求めてないっていうか、緑がわさわさしてるのが何より萌えるみたい」と気づいたから(いや、花も好きなんだけどね)。

日々のこまごました、少しずつの楽しさ、嬉しさをきっちり忘れない、目をかけてやる、自分の食卓に。
日常だけど、少しの演出で「トクベツ」にもなる、毎日のごはんたち。
器を選びに、お買い物に行きたくなる。

写真がカラーだったらもっとずっと素敵なのになあ……! とちょっとだけ思ってしまう。

2014/05/17

マレー半島すちゃらか紀行 【再々読】

マレー半島すちゃらか紀行 (新潮文庫)
若竹 七海 高野 宣李 加門 七海
新潮社
売り上げランキング: 356,978

■若竹七海・加門七海・高野宣李(共著)
1995年7月単行本刊の1998年10月1日発行文庫版。絶版。
再々読にして気付いたけど装丁はなんとあの祖父江慎だった!(装画はしりあがり寿)。
詳しい感想は再読のときに書いたのがあるのでそちらを。
とりあえず今回読んでの感想はひとことで言うと「ふ、古い!ノリがいかにも90年代ぽくてダサい!」ということだった。
古いことがすなわち書籍の価値を失うことではない。特に純文学を味わうに古さは関係ない。
ただ、同じ文学でも大衆文学が時代を経ると評価が難しくなっていくと言われるように、本書の性質であるとか、文体とか、いろんなものが当時の流行とかテンションとかスタイルの色濃く反映された作品だっただけに、20年経つといろいろキツいものが出てくるわけである。
「バブル期の三十路独身きゃぴきゃぴOL海外旅行~」ってなノリにしょっぱなからげんなりしてしまい、努力して読み進めたが、まあ当時の社会風潮やインターネットが普及していなかったことなどからこれでもいけたんだなとか思ったりして。20年前のテレビ番組映像で当時のアイドルの髪型や服装を目にしたときに感じるあの複雑な感情とすごく似た感じだった。

目次を最初はそのまま書き写したのだけれどこれが、旅程とその土地についてのエッセイが混ぜて書かれているのでごちゃごちゃするので分けてみた。
●目次―旅程を除く
使用前 若竹七海
「クアラルンプル① 旅はネコブル世は情け」若竹七海
「タマンヌガラ ムーンライト・ロマンティックに気をつけろ」加門七海
「ジェラントゥット 線路は続くよ駅はどこ?」高野宣李
「ジャングルトレイン ミルクティーもこぼれるLONG TIME TRAIN」若竹七海
「バトパハ バトパハ探偵団、玉砕の巻」若竹七海
「マラッカ 古都マラッカにドアは壊れる」高野宣李
「ティオマン島 龍の眠る島に赤い猿を見た!」加門七海/高野宣李
「クアンタン 洗濯女はハリラヤに吠える」若竹七海/高野宣李
「クアラルンプル② さらば肉骨茶、また来る日まで」加門七海
使用後 若竹七海
座談会「すちゃらか紀行」ふたたび 若竹七海/加門七海/高野宣李
本文挿画:高野宣李
●目次から旅程のみ
3月1日・火 【成田出発 クアラルンプル泊】
  2日・水 
  3日・木 【クアラルンプル出発 タマンヌガラ(国立公園)泊】
  4日・金 
  5日・土 【タマンヌガラ出発 ジェラントゥット泊】
  6日・日 【ジェラントゥットをジャングルトレインで出発】・【バトパハ泊】
  7日・月 【バトパハ出発 マラッカ泊】
  8日・火 
  9日・水 【マラッカ出発 ティオマン島泊】
 10日・木 
 11日・金 
 12日・土 【ティオマン島出発 クアンタン泊】
 13日・日 
 14日・月 【クアンタンをバスで出発】・【クアラルンプル泊】
 15日・火 
 16日・水 【クアラルンプルから香港へ】

2014/05/15

世にも奇妙なマラソン大会

世にも奇妙なマラソン大会 (集英社文庫)
高野 秀行
集英社 (2014-04-18)
売り上げランキング: 4,196

■高野秀行
久しぶりに高野秀行を読む。
なにげなく書店に行き文庫新刊平積みをチェックしていたらこれがあって、帯に「人生初のマラソン大会はサハラ砂漠!?」とあってなんだその無茶は、面白そう、と思って。あと、高野さんの著作はタイトルを見てもピンと来ないというかあんまり自分の興味のわかないテーマっぽいのが多いのだが今回は「サハラ砂漠」も知ってるし、そこで「マラソン」というのは想像を絶する無謀ぶり(しかも「人生初」って!!)で、是非詳しい話を知りたくなったのだ。

全篇そのルポかと思いきや、本書は4つに大きく分かれており、砂漠マラソンネタはあくまでその1つに過ぎないのだった。カッコよすぎるぜ、高野さん。これだけのネタだったらふつうこれ1本で1冊書いちゃってもいいくらいの斬新さ。なのに惜しみなく短くまとめてしまう!「これくらいのことは別にそう特別なことでもないさ……」ってさりげなく言う感じでしょうか!?(←絶対にキャラが間違っている)。

目次はこうだ([ ]内は初出)。
はじめに
世にも奇妙なマラソン大会 [「本の雑誌」2010.10月号~2011.2月号+書き下ろし]
ブルガリアの岩と薔薇 [「本の雑誌」2010.4~5月号]
名前変更物語 [「本の雑誌」2009.10~12月号]
謎のペルシア商人 ――アジア・アフリカ奇譚集 [書き下ろし]
 謎のペルシア商人
 中米の種付け村
 It(イット)
 沖縄の巨人
 犬好きの血統
 人体実験バイト
 二十年後
あとがき
解説:山田静

1篇目は予想していた「マラソンの話」というよりは、前半はその開催地である西サハラの政治的な状況とか歴史的な・世界的な立場とかが中心に語られている感じで、あれ?とか思って読み進んでいったのだが後半走り始めるとちゃんと「砂漠でマラソン」の話になっていた。でも前半に書かれていたことのほとんどがよく知らなかったことだったので、恥ずかしい、今回読めて、知れて、よかった。
高野さんは宮田(珠己)さんと親しいし、両方エンタメ・ノンフのひとだし「本の雑誌」にゆかりが深いのでちょっとイメージが混同しがちなんだけど、そうそう、高野さんは語学が堪能なんであった。英語はもちろん、フランス語、スペイン語も会話できちゃう。すごいなあ。他にもいろんな言語をかじっておられるようで、アラビア語も勉強したことがあるらしい(これは身につかなかったということだが)。
それになんのかんの言ってマラソンしちゃうところなんかも、宮田さんよりスポーツが得意な感じだなあ。
別にどっちがどう、というわけではなく、そういう違いを面白がりながら読んだ(失礼な読み方で申し訳ない)。
なまじこの前に読んだ高野さんの本のテーマが「腰痛」だったもんで語学もスポーツからも遠かったから、それでああ高野さんの原点ってむしろこっちだったなと再確認したというか。いや~、スゴイひとだったんだよね、あらためて。

2篇目のフランス語の出来るゴツいおじさんに付いていったらそのひとが結婚歴もあり娘さんもいるのにゲイ(というかバイセクシャル)でそのひとに口説かれる話。あわててサヨナラと逃げていくのかと思いきやきっちり手作りの夕食をいただいてるし!なおかつワインとかじゃんじゃん飲んじゃってるし!危機感無さ過ぎだろう。そのうえあろうことか下心ありまくりとはわかりつつもそれゆえの親切、大切に扱われること(つたないフランス語でもきっちり聞いてもらえることとか、質問しても馬鹿にされないとか)に「世の女性が海外に行ったときにはこんな感じで接してもらえるのか!」と感動しているしまつ。おいおい、貞操は大丈夫なの!? とかなりハラハラしちゃったよ、まあ同時に「そうか、そういう感想を持つんだな」と新鮮にも感じたけど。でも女の場合、ふつうは異国で知らない異性の家に1対1でノコノコついて行ったりしないけどね。家族とかと住んでるとはっきりしてるならともかく。

3篇目の名前変更に関するすったもんだ劇は、最初の連載部分は「本の雑誌」でちらっと読んでいたのだがそのときも「なんとまあ、とんでもない発想をするひとだなあ」とびっくりしたり呆れたりしていたのだが今回落ち着いて通しでその顛末を最後まで読んでやっぱりおんなじ感想を抱いた。最後に旅券課のおじさんに手紙を書くところが高野さんらしいというか、好きだなあこういうことするひと。
苗字や名前についての日本の仕組みと世界の違いとかがわかって、面白かった。漢字はちがうけどローマ字だと一緒とか、漢字は一緒だけど読みが違うとか、日本語ならでは、だよね。

4篇目というか、これは著者やその知人友人の体験した不思議なこと・奇妙な経験をいろいろ集めた「奇譚集」で、すなわちノンフィクション、実話だということなのだが、まるでフィクションの短篇集のよう。それもかなり上質な。世の中にはこんなに科学や理屈では説明できない現象が起こっているのか。
不思議な話とはちょっと違うけど「人体実験バイト」の設定はちょっとだけ初期の大江健三郎の短篇「死者の奢り」を思い出したりした(学生の頃に図書館で一読したきりなので細かいことは忘れたけどこのバイト設定のどうしようもない感じが)。
話としては「沖縄の巨人」がいちばん脳内に映像を浮かべて「おおおおお」という感じだったけどこれは伝聞だしなあ、本当かなあ、とも少し思う。窓いっぱいの顔、とかほんとどんなんだろう。想像を絶するなあ。これの舞台が「沖縄」というのもなんだか「沖縄なら、あるのかな…」とも思わせる要因かも。ガジュマルの精キジムナーとかがいる文化だもんね。

2014/05/12

電化製品列伝 【再読】

電化製品列伝
電化製品列伝
posted with amazlet at 14.05.11
長嶋 有
講談社
売り上げランキング: 629,865

■長嶋有
本書は最初はポプラビーチというwebサイトで連載されていたのが、途中から「小説現代」に掲載されるようになって、それに書き下ろしをくわえて2008年10月に講談社から出版されたもの。ポプラビーチからの掲載は第13回、14回の2回ぶんだけ。「小説現代」は2005年9月号~2006年9月号まで。書き下ろしは4回分。

目次を写す。
川上弘美『センセイの鞄』の電池
伊藤たかみ『ミカ!』のホットプレート
吉田修一『日曜日たち』のリモコン
柴崎友香『フルタイムライフ』のシュレッダー
福永信『アクロバット前夜』のマグライト
尾辻克彦『肌ざわり』のブラウン管テレビ
映画「哀しい気分でジョーク」のレーザーディスク
吉本ばなな『キッチン』のジューサー
生田紗代『雲をつくる』の加湿器
アーヴィン・ウェルシュ『トレインスポッティング』の電気毛布
小川洋子『博士の愛した数式』のアイロン
干刈あがた『ゆっくり東京女子マラソン』のグローランプ
高野文子『奥村さんのお茄子』の「オクムラ電気店」前編
高野文子『奥村さんのお茄子』の「オクムラ電気店」後編
栗田有起『しろとりどり』のズボンプレッサー
映画「グレゴリーズガール」の電動歯ブラシ
花輪和一『刑務所の中』の電気カミソリ
長嶋有『猛スピードで母は』の炊飯ジャー

知らない作家さんは生田紗代、アーヴィン・ウェルシュ、干刈あがた。知ってるけど読んだことは無いのが伊藤たかみ、福永信、花輪和一。映画はふたつとも知らない。

全体的に若い作家さんが多くてなんだか元気な感じだ。これは、若い作家を選んだわけではなくて、作品中に電化製品のことを書いている作家は年配の作家にはあまりいないという理由からおのずとそうなったらしい。
作家視点の、家電に着目しての書評で、面白い。

感想は初読みのときにだいたい書いたので

2014/05/11

哀しい予感

哀しい予感 (幻冬舎文庫)
哀しい予感 (幻冬舎文庫)
posted with amazlet at 14.05.09
吉本 ばなな
幻冬舎
売り上げランキング: 54,630

■吉本ばなな
……たぶん、初読み。
1988年12月角川書店から刊行され、1991年9月角川文庫に収録されたものが、2006年12月15日に幻冬舎文庫から出されたもの。
なんでいまごろ今更読んでんのかってハナシなんだけど、このあいだふと同著者の『ジュージュー』を読んで、このひとの昔のを読んで確かめたくなったので。

巻末には「あとがき」「文庫版あとがき」「幻冬舎文庫版あとがき」と3つも載っている。さらに石原正康というひとの解説があって、この石原氏というのは編集者らしいんだけどもそれよりも「幻冬舎文庫版あとがき」に「石原正康さんと、この小説を書いた頃、共に暮らしていました。」と書いてあり、「あら、事実婚の相手ってこのかた?」と思いきや、いま(2006年)時点ではお互いに違うパートナーと新しい生活をしているそうで、お互いがお互いのイマの相手を「かけ値なくとても深く大好き」なんだそうで……。
はァ、そうですかさいですかちょっとその感覚わかりませんわ、という感じ。
本編の小説よりもこっちのほうがよっぽど「小説的」というか衝撃的だった。
「ザ・吉本ばなな」って感じだなあ。

小説の感想は、20年以上前のベストセラーについてイマサラ云々したくないんだけど、まあ、1991年に角川文庫になったくらいで読んでいれば読み手であるわたしも20歳以上若かったわけで、その当時であれば主人公と年齢も近いし、また違う素直な読み方を出来たかもな、という気が読みながらしきりにした、いやでも、こういう話はやっぱりあんまりシンパシー感じなかったかも。
「世界にひとりだけの特別な、かけがえのないわたし」
というのが臆面もなく綴られているのがこの小説だと思う。乙女のキラキラ思考&自意識過剰ぶりを眼前に突き付けられるようなものだから、それに共感するか、遠い目で眺めてしまうか、恥ずかしくなるか、そういうことかなあ。

書き方によれば不健全なタダレタ話になる変わった話になるところが吉本ばななワールドの「不思議ちゃんパワー」でなんだかメルヘンチックなキレイな少女小説のように完成しているところなんかがハマればドはまりするゆえんかな、なんて考えながら読んだ。
幼いころからずっと一緒に姉と弟として育ったふたりが恋愛関係に陥るというのは倫理的にも感情的にもひたすら違和感なんだけど、このふたりは心の底ではずっと「姉弟」じゃないことを感知していたんだという解釈をすれば、なんとか。

2014/05/09

皿の中に、イタリア

皿の中に、イタリア
皿の中に、イタリア
posted with amazlet at 14.05.08
内田 洋子
講談社
売り上げランキング: 12,117

■内田洋子
初出は「小説現代」2011年12月号~2013年7月号(「永遠の食卓」から改題)。
2014年2月13日刊。
このあいだ読んだ『ジーノの家』は2011年刊の単行本が文庫化したものだった。内田さんの著作は多い。もっと以前に書かれたものもあるけれど、とりあえず最新刊を。しかもわたしがここのところ興味を持っている料理関連のエッセイ集というから嬉しい。

出版社の紹介文にはこうある。
食べることは、生きること。食と共に鮮やかに浮かび上がる、イタリアに住まう人々の営み20編。
あとがきにあるのだが、「食べることは、生きること。」という言葉に対し「当たり前のことを」と失笑した女がいたという。しかし、本書の一字一句を噛みしめるように、書かれるひとの人生とそれにまつわる食べ物の話に思いをめぐらせつつ読み進んできた身としては「(キサマに)なにがわかるっていうんだ」と気色ばみたくもなる。

『ジーノの家』を一読、たちまち著者のファンになったわたしだが、「次から次へ」と手を出すにはこのひとの書くものは濃厚過ぎるというか、そういう読み方は勿体ないというか。
文章はすっきりキリリと引締まったスレンダーな印象で、余計な装飾は無い。簡易な言葉を遣い、わかりやすく簡潔に要点を突いてくる、しかしそれを操るひとの視線、思慮の深さ、人生経験による思い遣りなどがあってのことだから、読んでの印象がとてもあたたかい。こういう表現はどうかと思うが「肝っ玉かあちゃん」というイメージが近いような気もする。内田さんはたぶん独身なので「母」ではないんだけど、もっと広い意味での懐の深さ、みたいなところがいわゆる広義の「母」を感じさせるんだろうか。「母」に語弊があるならば「海」と言い換えてもいいかもしれない。そう、著者の名前は「洋子」さんだ。

「イタリア人といえば、陽気で人懐っこくてフレンドリー」というイメージだけで読んでいると、本書に出てくる「イタリア人」には目を白黒させられる。イタリアといっても地方によって随分違うみたい。個人の個性の違い、というんじゃないの?と思ったけど、どうもそれだけではなくて、日本でいう「県民性の違い」みたいなのがイタリアにもあるらしい。道であっても目も合わせず挨拶もしない、のが普通である、とか。一筋縄ではいかない、人付き合いの難しそうなひとたちばかり出てくるので、たまに親しみやすいひとが出てくるとほっとしてしまうくらい。また、本書にはイタリアに住むドイツ人のある一家が出てくるけど、これも「これがドイツ人全般」だとしたらかなり嫌というか、衝撃だなあ。友情をはぐくむのに抵抗を、困難を感じるぜ。

日本人の中でも内田さんはかーなーり、人付き合いのベテラン、上手いほうだというのが読んでいて伝わってくるんだけど、そのひとにしてこれか、わたしだったらまあまず無理だな、というケースが続出する。
本書に登場するひとの特徴として吝嗇・無愛想・無口というのがあるのだけれど、とくに吝嗇ぶりが徹底していて「ケチっていっても日本人はもう少しよその家のひとには体裁を繕うというか、人目を気にするんじゃないかなあ」と何度か目を丸くしてしまうすごさ。

さっきも云ったようにとても読みやすい文章なのだけど、内容がすごくディープなものが多くてそのひとの人生とか内面とかいろいろ関わってくることが多いから一篇一篇がずっしりと「食べごたえ」があり、しばらく胃(気持ち)の中に残り、少しずつじわじわと血の中に浸透して吸収していく感じ。
もちろん暗いだけじゃなく、明るい要素もあり、いろいろだ。

それにしても内田さんの健啖ぶりには時に度肝を抜かれる。
イタリア人のお宅で「生きた虫が中から出てきてぴょんぴょんはねている羊のチーズ」を差し出されて、あなたは食べることが出来ますか? わたしだったら絶っっっ対に無理!!
あまりにもびっくりして「そんなの存在するの?」とネットでググったらイタリアの珍味として普通に知られている食材のようだった。ぐわーん。
世界はヒロい。

あ、でもそういう変わったのがメインじゃなくて、さすがは食のイタリア! 新鮮な魚貝とトマトとワインとフォカッチャ、パスタにオリーブオイル、ブイヤベース、豆の煮込み……美味しそうなものがこれでもかと出てくる、どんどん食べる、作る、笑う、みんなで食べる!という展開も満載でこの本読むとイタリアン、しかも家庭的なのをがっつり食べたくなってくる。とりあえず今夜の夕食は魚の切り身とたっぷりの野菜、もちろんトマトも入れてコンソメで煮込んださ。


目次

金曜日は魚/ロブスターに釣られて/魚へんに弱いと書いて/引き立ててこそ名酒/ひからびても、ソラマメ/魚が駄目なら/されど、水/母の味/残り物には福がある/八月の約束/船乗りの知恵/喉を通るのは煮汁だけ/島が鳴る/贈って贈られて/食べても、食べても/けもの道とオリーブの木/上司が辞職した理由/計り知れない味/食はパンのみにあらず/食べて知るイタリア

装丁は緒方修一。

2014/05/06

ダイオウイカは知らないでしょう

ダイオウイカは知らないでしょう
西 加奈子 せきしろ
マガジンハウス
売り上げランキング: 345,110

■西加奈子・せきしろ
本書をアマゾンで見つけた瞬間、あまりに面白そうで胸がおどった。
せきしろというひとの本は読んだことがないけど、又吉(直樹)さんと組んで『カキフライが無いなら来なかった』とかの自由律俳句の本とか出してるひとだ。本屋さんで1回見かけて一瞬で覚えてしまったインパクト。そのひとと、「ふだんの喋りが面白い」という西さんが組んでる! しかも紹介文によればこの本に登場するゲストは、こうである。
穂村弘、東直子、山崎ナオコーラ、いとうせいこう、華恵、山里亮太、ミムラ、光浦靖子、星野源、俵万智、勝山康晴、山口隆、ともさかりえ、入山法子…個性豊かな14人のゲストたちとともに、言葉遊びの世界を大冒険。
うわわわ、めっちゃ豪華!
穂村弘、東直子、俵万智という短歌界のきらめくトップ☆スターさんが3人も!という時点でかなりテンションが上がる感じなのだが、いとうせいこう、南海キャンディーズの山ちゃん、オアシズの光浦さんまで参加!? うわっ、絶対この本面白いに決まってるやん、みたいな。

雑誌「anan」で一年半続いた人気連載『短歌上等!』が2010年10月にマガジンハウスから書籍化されたもの。

いやあ、読みはじめたら「た、短歌の本と思ったらこれは……漫才!?」と何度か思ってしまった。
いちおう連載ごとに短歌のひと(そのスジのひと)が監督にきたり、タレントさんは一緒に参加したりといろんなパターンはあるものの、お題を決めてそれにしたがって短歌を作って詠んでそのあと3人で鼎談しつつ短歌鑑賞、批評、というスタイルなんで、「短歌の本」というのはまあそうなんだけど、この対談(鼎談)形式で書かれる会話がすんごい楽しい、面白くてにやにやしながら読んじゃう。電車では読めないね、完全にアヤシイひとになるよ。

西さんの著作でもその面白さと芯にある強さ、揺るがなさ、賢さみたいなのは伝わってきたけど、この本読んだらそれがすごくわかりやすく伝わってきて、「ほんまに飾らんと生きてはるひとや……めっちゃ漢前や!」と感動した。なんていうか、本質をズバッと見抜いてるというか、流されないというか、西さんてパッと見た写真の印象とかはおしゃれなイマドキの若いお姉さんなんだけど、中身はしっかり地に足ついてらっしゃる。素敵。

それにしてもあんまりにもの「さらけだし」っぷりに、「い、いいの、そんなことまで言っちゃって?!」と読んでいてハラハラしちゃったゼ。
最初の方はせきしろさんとか五七五七七をぶっちぎりにオーバーしまくってたりして、穂村さんに「しかしね。素材は豊富なのにもっときれいに盛りつけできないのかよ! と歌人の僕は思うわけで(笑)。」とかお叱りの言葉を受けたりしている。ああ、穂村さんに叱られたい、じゃなかった、あのほむほむが「できないのかよ!」とか強気な発言なさってる~これはよっぽど西さんとせきしろさんの空気が良いんだな~とか思ったりね。

芸能人のかたの中にはわたしがあまりテレビを観ないせいで知らないひとも何人かいたが、みんな個性があって、ご本人のキャラを知っていたらもっと楽しいんだろうなきっと、とか思った。連載の時は受験生(高校3年生)だった華恵さんの回が終わったそのあとに注釈で「見事合格」のお知らせが書いてくれてあるのとか、読んで思わずにっこり、ほっとしちゃったり。華恵さんの著作は読んだことないけどよく本屋さんで見かける、この記事を読んで誠実なお人柄が伝わっていたので、微笑ましかった。

最初のほうは素人が見ても「云いたいことはすごく良いけど、短歌としてはどうだろう」というのが散見されたのが、後半になっていくにつれ「短歌」としてのフォルムに合っていくというか〝もりつけが上手になっていく”のがはっきり見て取れるのも面白い。

とりあえずでも、西加奈子というひとそのものが変わっていて面白い存在で、それに「モテ」だけどどうもダメ男というかヒドイ男というかまあ芸術家肌のひとってこんな感じ…?な、せきしろというひととタッグを組んで短歌をネタに漫才してる本、というのがストレートな感想だ。ちなみにせきしろがボケで西さんがツッコミだけど、西さんが天性の大ボケをしてほむほむとせきしろさんが冷静にツッコんでいる回とか「うわあ、西さんらしいわあ~」とすんごく面白かった。
せきしろさんも穂村さんも「モテるひと」、というのもポイントだよね。
最後の「短歌クロスエッセイ」のあまりにスルドく徹底的に正しい・これは真実だなっっていう西さんの分析には舌を巻いたっス。感服っス!

2015.2.6文庫が出た模様↓

ダイオウイカは知らないでしょう (文春文庫)
西 加奈子 せきしろ
文藝春秋 (2015-02-06)
売り上げランキング: 17,475

2014/05/03

ねたあとに 【再読】

ねたあとに (朝日文庫)
ねたあとに (朝日文庫)
posted with amazlet at 14.05.02
長嶋 有
朝日新聞出版
売り上げランキング: 332,426

■長嶋有
『ジャージの二人』と同じく山荘を舞台とする小説、再読。
やはり面白く、いつまででも読んでいられるなあと思いながら堪能。

筒井康隆『小説の極意と掟』に反復があると読者は快感を覚えるものだと書いてあって、確かに同じフレーズが繰り返されたりすると(わかりやすいのは決まり文句だよね)「あっ」と思う、あれって著者からのプレゼント的な意味もあったのかあ、と印象に残った。お楽しみというか、ニヤリ(わかっていますぜ、と著者に頷きかける)感じだよね。

それを読んで以来、いろんな小説の「反復」が前より以上に気になるようになったのだけど、そう思って読むと作家さんて結構「仕込んで」おられる。
長嶋さんのこれもそうだったけど、先日再読した『佐渡の三人』にもあった。っていうか長嶋さんの場合、作品が違うけど同じキャラが名前を変えて出てくる、手塚治虫の漫画的な「あっ、また…」があるしね。それでそういうのを読むときはやっぱり楽しい。筒井先生の「反復」とはまた違った効果・意図があるように思うけど、でも「プレゼント」なのは一緒だ。

「ねたあとに」で反復はちょこちょこ細かいのはいくつかあったような気がするが、わかりやすいのは112~113頁と368~369頁あたり(文庫)。両方で久呂子さんが散歩に出て、落ちている枝を拾いながらぶらぶらし、帰りに山荘に来る客に出会って、枝を捨てて「こんにちは」と挨拶し、相手は「誰かにあったらそれをいわねば、そう決めていたかのような一声」を発する。

そういえば前回読んだとき久呂子さんは「クロコ」と読めるけどそれは人の名前としてはあんまりかなと思って「ヒロコ」さんと読んでいたんだけど、今回読み直して「ケイバ」のときの厩舎名が「クロコ厩舎」になっていたので前回はこれを読み流してしまったのかなあ。解説を読んでみても、やっぱり「クロコ=黒子」だよねこのひとは。

今回読んでしみじみとトモちゃんかわいいなあというか、著者が(先日読んだエッセイにも出てきた)年の離れた異母妹さんをとてもかわいがっておられることがよく伝わってきた。

「それはなんでしょう」は『問いのない答え』を読んだ後に読むとなんだかいろいろ考えちゃうね、最初はこういうふうだったんだ、それがああ変化したんだ、とか。ネットのツイッターが『ねたあとに』では無いしね。

それにしても虫が部屋の中にウロウロし、ネズミがしょっちゅう出没する……。自分には山荘暮らしは到底無理そうだなあ。