2014/02/26

ようこそ地球さん 【十代からの愛読書】

ようこそ地球さん (新潮文庫)
星 新一
新潮社
売り上げランキング: 93,062

■星新一
本書は1961(昭和36)年新潮社刊『人造美人』と同年同社刊『ようこそ地球さん』の中から19篇を選びその他の作品を加えて1971(昭和46)年に刊行された『ボッコちゃん』に収録しなかった残りの42篇を収めたもので、1942(昭和47)年に上梓された短篇集である。
星新一は1926年生まれなので、本書に収録されたショートショートと呼ばれる作品群が最初に世に出たころは35歳くらいだったことになる。

わたしが初めて氏の作品に触れたのは小学5年の夏休みで、しかもいきなりエッセイだった。母の実家に帰省していて、母の弟である叔父さんの学生時代の蔵書をあさっていたら『きまぐれ星のメモ』という文庫を見つけ、表紙には何やらお星さまの絵が描いてあるし、これなら子どものわたしにも読めるかな、と思ったのだ。「未来には蚊がいなくなるが、蚊にかまれたところを掻くのは気持ちが良いので、蚊にかまれたような症状になる薬が発明されているかも」みたいなことが書いてあって「変なことを考えるおとながいたもんだなあ」と驚いたことを今でも覚えている。
きちんと(?)星新一の作品に自分の意思でふれたのは中学生になってからで、近所の書店で初めて買ったのが『おのぞみの結末』と『悪魔のいる天国』だった。単純にタイトルが面白そうだったから選んだわけだが、たちまちその魅力にハマり、それからはお小遣いと相談しながら新潮文庫の黄緑の棚を少しずつ読み崩していった。途中で角川でもやはり黄緑の背表紙で並んでいることに気づき、そちらも読んだ。『きまぐれ星のメモ』は角川で再会し、おおあのときの変なおとなはこのひとであったかと認識した。
文庫になっている作品はほぼ総て読んだと思う。高校1年のときはファンレターを書いたりもした(ファンレターを送った唯一の作家さんである)。社会人になっても折にふれて何度も楽しんできたが、蔵書を整理しなくてはならなくなり、あるとき年少の弟に譲ることにした。

今回10年以上ぶりに読んだのは新たに文庫で買い求めてのことである。先日なにげなくネットをぶらぶらしていてふっと星新一の「処刑」っていうのが好きだったよなあと検索してみたらなんとファンの間でも1位に選ばれているという記事にぶつかった。収録されているのが本書というわけである。アマゾンでは既に新刊入手不可能。時の流れに茫然としていたらそのあと訪れたショッピングモール内の書店でこれを発見、いつ買うの・今でしょ、ということになった次第。

久しぶりに読んでの全体的な感想。面白い。時代を超越している。インターネットの無い時代なので、もしそれがあるとすればと仮定してもそれを飲み込めるのりしろが考えられているというか……。真鍋博の洗練されたイラストのほうがむしろ古さを感じさせる。
ただ、こんな話し方をするひとはいないなあ。特に女性が妙に丁寧。妻「召し上がったら」夫「おまえ、食べろよ」というのは昭和30年代はリアルだったのかも知れないが。女性同士の学生時代からの親友の会話で「なにをなさっていたの」式も昔はそうだったのだろうか。タカラヅカの喋り方、翻訳ドラマの喋り方というものがあるように「星新一世界の会話」という様式が確立している、と思って読む。
とにかく一字一句おろそかにされていない、非常に無駄のない、それでいて書くべきことはきっちり丁寧に説明されている理性的な文章だなあということを感じた。

収録内容(特に良いと思ったものに★)
デラックスな拳銃/雨/弱点/宇宙通信/桃源郷/証人/患者/たのしみ/天使考★/不満/神々の作法/すばらしい天体/セキストラ/宇宙からの客/待機/西部に生きる男★/空への門/思索販売業★/霧の星で★/水音★/早春の土★/友好使節/蛍/ずれ/愛の鍵/小さな十字架/見失った表情★/悪をのろおう/ごうまんな客/探検隊/最高の作戦/通信販売/テレビ・ショー/開拓者たち★/復讐/最後の事業/しぶといやつ/処刑★/食事前の授業/信用ある製品/廃虚/殉教★

天使考」はライバル社の競争と天使を組み合わせた発想が面白く「西部に生きる男」は昔風のユーモラスなどたばたドラマが面白く「思索販売業」はセールスマンの言葉巧みさとそれにのっかる単純な買い手を大袈裟に書いているところが面白く「霧の星で」はこういうのは時代関係ないなあと「水音」は会社員の描写のリアルさとペットの正体のとんでもなさがすごいギャップで「早春の土」はこれぞ星新一ブラックと痛快で「見失った表情」はこの設定と描写が素晴らしく「開拓者たち」のラストを読んだらしばらく考え込んでしまう深いテーマと余韻があり「処刑」の装置・舞台設定、主人公の思考や言動の説得力をこの短さで表現する手腕に酔いしれ「殉教」の装置が眼前にあったらどうしようかそしてこの話でラストをこういうふうに持ってくるシニカルな視点がたまらない魅力なんだよなあとしみじみ。

とんでもない設定と、着実で現実的に端的にまとめる文章力。頭のキレがずば抜けて良かったことは、いまさら言うまでもないだろう。

きまぐれ星のメモ (角川文庫 緑 303-2)
星 新一
角川書店
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おのぞみの結末 (新潮文庫)
星 新一
新潮社
売り上げランキング: 90,306

悪魔のいる天国 (新潮文庫)
星 新一
新潮社
売り上げランキング: 13,627


硝子戸の中 【再々読】

硝子戸の中 (新潮文庫)
夏目 漱石
新潮社
売り上げランキング: 61,577

■夏目漱石
昔読んだ時も「はああ、先生もいろんなひとの相手をして雑事にまみれなくてはいけなくてお気の毒、大変だ、先生ほどの頭脳がこんなしょうもないことに費やされるなんて国家の損失ではないか」と呆れたり憤りを感じたものだが、今回も茶を送りつけてきて短冊を書けだの、書いたものを読めと言ってきてそのあとどこかに紹介しろだの、自分の悲恋を聞いて小説に書いてくれだの、実に身勝手なひとびとが先生の書斎を訪れるのでそれにいちいち対応される先生に深く同情の念と尊敬の念を抱き申し上げるところである。

学習院で講演して、謝礼として十円受け取った件でいろいろ考えられたことが書いてあったのだがこれが興味深かったというか…。先生としては自分が口に糊するのは文筆業によるものだけで、講演は好意によって行ったわけであるから、その謝礼として物品でならともかく金銭で渡されるのはどうにも自分の心持として納得しかねるものがある、らしい。講演は世のために役立とうと思って行ったのに、金銭で支払われてしまってはというその思考が、そしてそれを次に講演を頼みに来た若い人に云ったり、こうして朝日新聞紙面で公のもとにさらしたりしてしまうところがなんとも融通の利かないまでの実直さというか、後世まで尊敬される偉人ならではだなあ、流石です先生!と思わず両手を胸の前で組んでキラキラ見上げちゃう。

昔読んだときはそれらの日常描写が強く印象に残っていたのだが、今回読むと後半はほとんど小さいときの思い出、昔住んでいた町内の話とかお母様の面影を追う話だとかになっていて、大正も遠いけど明治の最初のほうなんてもうさらに遠く、近所に寄席があるとか、芸者がふつうに日常生活の知り合いの姪にいるだとか、すごいなあと思って読む。実のお母様がおばあさんにしか見えなかったとあるけれど、まあ昔と今じゃ違うからなあ。小さいころ夢の中でたくさんお金を使ってしまい、返せないと苦しんで起きて母親を呼んで打ち明けたら、お母さまが微笑んで「全部返してあげるから大丈夫」とおっしゃったというのが良いエピソードだなあと。「そんなの夢ですよ」じゃないところが素敵。末っ子だったけど自分が意固地なこともあり、甘やかされはしなかったと先生は書かれているが、大事にされていたことがわかる挿話だね。

2014/02/21

百鬼園随筆 【再々読】

百鬼園随筆 (新潮文庫)
百鬼園随筆 (新潮文庫)
posted with amazlet at 14.02.20
内田 百けん
新潮社
売り上げランキング: 26,183

■内田百閒
本書は三笠書房から1933年(昭和8年)に上梓されたものが福武文庫から出たものの新潮文庫版。ただし現代語仮名遣いに変更、ルビも振られている。

目次。
短章二十二篇
琥珀 見送り 虎列刺 一等車 晩餐会 風の神 髭 進水式 羽化登仙 遠洋漁業 居睡 風呂敷包 清潭先生の飛行 老狐会 飛行場漫筆 飛行場漫録 嚏 手套 百鬼園先生幻想録 梟林漫筆 阿呆の鳥飼 明石の漱石先生
貧乏五色揚
大人片伝 無恒債者無恒心 百鬼園新装 地獄の門 債鬼
七草雑炊
フロツクコート 素琴先生 蜻蛉玉 間抜けの実在に関する文献 百鬼園先生言行録 百鬼園先生言行余録 梟林記


琥珀」は、学校で松ヤニが長い間地中に埋まって化石化したものだと教わった少年が家に帰って松ヤニを地面に埋め、そわそわする話だが、わたしも小学生のとき似たようなことをした。海に遊びに行ったとき拾ってきた貝殻を庭に埋め、「奈良は海が無いのに化石になって出てきたら未来のひとはびっくりするかな」などと空想して楽しんだのだ(子どもの考えることなので)。琥珀について習ったときは、琥珀そのものよりも、中に虫を閉じ込めたまま固まってしまって化石に、という、その「虫」の気持ちに気を取られていたように思う。
見送り」は漱石の息子が洋行する見送りに遅れてしまったので寄港地の神戸まで行ってそこで見送りをする、その発想がすごいなあといつも思う。
清潭先生の飛行」は、音の聞こえない遠くから見ての描写が実にユーモラスで、まるでトーキーのコメディ映画そのものである。実際に、こういうくすぐりをフィクションで観たこともある。太ったおじさんを飛行機に数人ががりで押し込み、足が突っ張って苦労し、やっと乗せたと思ったら反対向き……。こういう内容なのだけど、「笑った」とか「爆笑」とかそういう、「笑」という字を一度も使わずに淡々と描写してあるところがポイント。
老狐会」はセンスがいい名前だなあ。
飛行場漫筆」は初めて飛行機(ジャンボジェットみたいな大きいのじゃなく、プロペラ機みたいなの)に乗ってそのへんを飛んだ、その体験と気持ちがすごくリアルに正直に書かれていて、とても良い。
明石の漱石先生」は神様のように崇拝しているひとが自分の郷里(岡山)近くに来られてそれだけで何かもう、うわあああ、となっている様子、周囲のみんなに「すごいんだぞ」と言いたくてうずうずしている様子が手に取るように伝わってきて、すごく共感できる。
債鬼」は小説だけど、その前の実際の借金にまつわる随筆を読んできてこれなので、「ああこういうふうに一泡吹かせてやれたらなあという妄想をしておられたのかなあ」などと忖度したり。
蜻蛉玉」は強迫神経症の一種と言ってしまうと身も蓋もないが、まあこういう「気になって仕方ない」のは誰しも多少はあるよね。それをユーモラスに描いてある。このL氏というのはちょっと芥川っぽいかなあとか邪推。

それにしても百閒先生は借金をしょっちゅうして(大きな額ではなく、小さな、家賃だとかそういう生活費的なもの)おられたようだが、何故なのかなあ。大学の先生と、原稿収入があって、食べ物はオカラとかスズシロ(大根)とかそんなのを召し上がっていて、外套は人が捨てようというのをもらって染め直したものを十年も着ている、つまり全然贅沢していないようなのに。
――と思っていたら、『続』のほうでなんとなくわかった、遅刻しないために車を呼んで毎朝通勤してたとか書いてあるのだ。ふつうは、遅刻したくなかったらそれに間に合うように早起きして電車なりバスなりで行くもんだけどなあ。毎日タクシーで通勤するようなもんでしょ? それは同僚から嫌味いわれても仕方ないよなあ。まあ、こういう浮世離れした精神こそが百閒先生なのかもね。

川上弘美の解説は「イヤダカラ、イヤダ」の顛末について書いてあって、何度読んでも爽快。面白い。ファンは快哉を叫んじゃうね。

続百鬼園随筆 【再々読】

続百鬼園随筆 (新潮文庫)
続百鬼園随筆 (新潮文庫)
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内田 百けん
新潮社
売り上げランキング: 44,629

■内田百閒
本書は三笠書房から1934年(昭和9年)に上梓され、福武文庫に収録されたものの新潮文庫版。現代仮名遣い&ルビ振りあり。
目次。
近什前篇
雞鳴 春秋 立腹帖 続立腹帖 伝書鳩 百鬼園師弟録 或高等学校由来記 食而 大晦日 目白 学校騒動記 大鐘 文章世界入選文
乞食 按摩 靴直し 大晦日の床屋 西大寺駅 初雷 参詣道 私塾
筐底稺稿
鷄蘇仏 破軍星 雀の塒
近什後篇
風燭記 俸給 啞鈴体操 黄牛 薬喰 忠奸 掏児 炎煙鈔 南蠻鴃舌 琴書雅游録

昨日むやみとカツレツが食べたくなってウィンナーシュニッツエルを作って食したのであるが、そうかあ「食而」を読んだ影響かと今気付いた。トンカツっていうよりカツレツって云った方が美味しそうな気がするのは気のせいでしょうか。百閒先生が召し上がったのはビーフ・カツレツ、わたしのシュニッツエルはポークだけど。
大晦日の床屋」は人物活写が良い。
鷄蘇仏」は今回は気をつけて読んだがやっぱり涙腺が。
黄牛」はこのタイトルでなぜこの内容?という感じだが、百閒先生のふだん身に着けておられたコートやらステッキやらの来歴が披露されていて、とても面白い。
琴書雅游録」は先生が小さいころに習われたお習字や素読やお琴のお稽古のことを書かれていて、なんでだか読んでいてすごく楽しい、へええって感じで興味深く熟読。お琴が好きな男の子って珍しかったのねやっぱり。いまで言うと、ピアノとかクラシックバレエを習う男の子って感じが近いのかな。
この文章の中に「百鬼園先生言行録」の中の菊山勾当のことを宮城道雄氏のことと誤解している読者が多いという一文があり、あれまあ。わたしも今回再々読にもかかわらずそう思って読んでた…以前読んだときに読み飛ばしちゃったのか、忘れちゃってたのか。

2014/02/16

ハナシはつきぬ! 笑酔亭梅寿謎解噺5

ハナシはつきぬ! 笑酔亭梅寿謎解噺 5 (笑酔亭梅寿謎解噺) (集英社文庫)
田中 啓文
集英社 (2013-12-13)
売り上げランキング: 54,657

■田中啓文
知らない間に新刊が出ていた。帯に「大人気シリーズ完結編」とあって、トサカ頭の元ヤンキー落語家・笑酔亭梅駆こと、竜二の成長譚も第5巻で終わりかあ、としみじみ。

短篇集だけど、みんな同じ主人公で、その日常を描いてあるというシリーズものなので、長篇を読む感じ。あいかわらずの面白さで続けて読んでしまう、読みやすいというのもあるけど、やっぱりひとつ話読むと次も読みたくなる魅力があるのだ。

演目は以下の7つ。
堀川 上燗屋 二番煎じ 花筏 狸の化寺 子ほめ 地獄八景亡者戯

最終巻ということで、最後は少し感動気味というか、うまく盛り上げてあったが、それにしても梅雨のキャラクターがぶれていてよくわからん。本気で嫌なやつのように書いてあるけど時々実はいいやつ?キャラになって、でもやっぱり器の小さい男である。話の都合で動かしてるようにも見えるなあ。

最後まで読んで、本書のタイトルを書き写しながら、あれ?っと思った。「謎解噺」って……この第5巻に謎解きなんかあったかなあ。まあ、もともと謎解きの部分はどうでもいいレベルのシリーズだったのでいいんだけど。
むしろ、タイトルにこだわらず、落語の世界に集中して書いてあって、良かったし。
でも最後まで、なんで竜二がうまいのかとか才能があるのかとかはよく伝わってこなかったなあ。お父さんの話は噺としては感動物だけど、最後の最後に帳尻合わせなのか、いきなりエラいもんブッこんできたなあと思ったのも確か。

それにしてもこれ、別に最終巻である必要ないでしょう。続けられるでしょう。人気が無いのかなあ?
だってバイクの事故で死にかけて復活……って、大阪の漫才師でまんまそういうひといるけど、むしろそこからのほうが全国的に超売れっ子になってるぜ! 竜二もこれからじゃないの?(タレントとしての売れる、にはこの第5巻で懲りただろうけど。次は落語家として!)

せっかく世界が出来てて、可愛い弟子も出来たのにもったいないよー!!

解説は俳優の松尾貴史さん。

ワニのあくびだなめんなよ

ワニのあくびだなめんなよ (文春文庫)
椎名 誠
文藝春秋 (2010-09-03)
売り上げランキング: 184,886

■椎名誠
これは「新宿赤マントシリーズ」第18作目。
椎名さんは著作が実にたくさんあって、わたしはどちらかというと自伝的小説とか短篇集とか他のエッセイはちらほら読んできたのだが「赤マント」シリーズはたくさんあるしどこから読めばいいのかわからないし時事的なその場その場のエッセイにはあんまり興味が無いなあ、とか思っていままで読んだことがなかった。でもとりあえず「別にどこからだって読みたいところを読んでみて、気に入ったらどんどん広げていけばいいのだ」とサトったので、手を出してみた。
このシリーズの解説はふつうは沢野(ひとし)さんだけらしいのだが、本書は「赤マント」シリーズ連載1000回突破記念スペシャルということで、目黒(考二)さんの解説も載っていてお得感があったので、選んだ。

初出は「週刊文春」2004年9月30日号から2005年9月29日号ということなので今から10年近くまえのエッセイということになる。

わたしが椎名誠というひとを初めて知ったのは書店で本を見たのが先だったのか、テレビのドキュメンタリーかビールのコマーシャルで観たのが先だったのか、よく覚えていないが、このひとは映画も撮るし、世界中に冒険に行ってるみたいだし、見た目もなんだか冒険家っぽいので「小説家」というイメージがあまりなかったのだが、自伝的な小説やエッセイもあるけどバリバリのフィクション、SF小説も書かれる。知れば知るほど多才なお方だなあ、と思う。「本の雑誌」実物を読むより先に椎名さんが雑誌の編集長をしていることは知っていて、読みたいものだと思っていたが当時奈良の書店に扱っているところが無かった。就職して大阪に通うようになってようやく毎月買えるようになったときのヨロコビを思い出す。

話がそれたが、そのようなイメージの椎名さん、世界中を飛び回って冒険して、文章を書いて、というそのまんまのリアルな日々が書かれているのが本書なのであった。読んでいて、びっくりするくらい「日常」と「世界の辺境への旅」がイコールになっている。凄すぎて、カッコよすぎて、椎名さんあなたはやっぱリーダーっす、一生ついていきます、とか誓いたくなってしまった。

あと、もうひとつ実感したのが「親分だ、本物の親分がここにいる」ということ。
わたしが椎名さんの著作を集中して読んだのは十代の後半から二十代前半ぐらいが多かったのだが、最近は「本の雑誌」がらみで知った高野秀行とか宮田珠己とか読んでいることが多く、でも今回久しぶりに椎名さんを読んだらまごうことなき、高野さんや宮田さんの「親分」がここにいたのだった。おおお!

久しぶりに読んで懐かしく嬉しかったのは、椎名さんの書く食べ物を食べるシーンというのは料理が実に美味しそうなことが昔から印象に残っていたのだけれど、今回読んでもやっぱり美味しかったものを食べるときのイキオイというか雰囲気が素晴らしかったこと。「合宿」のときのスパゲティとか、実態はきっとそれほどでもないんだろうけど、場の空気とか、空腹感とか、熱々のをスバヤクかっ込んでいくそのイキオイとかが相まってきっと「とんでもなく美味しかったんだろうなあ」とにこにこ幸せを感じる。

びっくりしたのは幻の鯨、一角鯨を見に行く話で、何回かに分けて書かれているのだけれど、イヌイットのひとが見つけるやいなやライフルで撃ち出したのでぎょっとなった。獲り、即、解体、そして食べている。びっくりしたけどそのすぐ後に「イッカクはイヌイットだけが制限つきで捕獲を許されている」という一文があり、「ああそうか、そうだろうなあ」と思った。「幻の」とか書いてあるのにいきなりだったから心の準備が出来ていなかったのだ。でもイヌイットのひとたちのは生活の中で最小限、ってことだよね。

そういえば本書では北極圏によく行くのだが、その中でホッキョクグマというのがそこに住む人たちには脅威で、遭ったらまあ一瞬で殺されるというか、逃げても絶対追いつかれるらしいので、必ず銃を持っていて「殺される前に殺す」のだとか、一人歩きはホッキョクグマの餌食になるので必ず車に乗るんだとか、もう次元が、グラウンドが違うんだよね。そういうところで「動物保護」とか「自然保護」とか言ってたら自分が殺されて餌にされてしまうと。はあー、って思った。規則とか規制とかいうものは絶対に一律に作れるもんじゃないなあと。

あと、浮き球ベースボールが思いのほか大きいスケールの話になっているのとか、パタゴニアにまたもや行ってらっしゃることとか、日本でのクルマ問題、おばちゃん問題、オッサン問題などいろいろである。
それにしても椎名さんをホームレスと間違えて声をかけたひとが2人も出てきて、おやまあ。

2014/02/12

コットンが好き

コットンが好き (文春文庫)
高峰 秀子
文藝春秋
売り上げランキング: 5,182

■高嶺秀子
本書は、1983年11月20日に潮出版社というところから上梓されたものが2003年1月に文春文庫から復刊されたものである。
さらにいうと、本文の最後に、「本文中33点は『瓶の中』(昭和47年11月文化出版局刊)に加筆いたしました。」とある。昭和47年は西暦でいうと1972年。

文庫だけどカラー写真がたっぷり入っていてこのお値段はお得な感じ。
高峰さんのお気に入りの身の回りの物についてがメインの短い文章(1頁で終わるものもあれば、数ページにわたるものもあるけどだいたい短い)に、そのモノの写真が入っている。
ただし、全部に写真がついているわけでない。
最後の「ウの目タカの目、女の眼」は特別篇みたいな感じで、ワーストテンとベストテンが挙げられ、解説されている。ストッキングはベストテンに入るけど、膝までのストッキングのラインがスカートの下から見えるのは興ざめでワーストとか、どんな美人でも化粧パフが汚いのを見てしまったら百年の恋も冷める思いだとか、こういうのは時代関係なく永遠の真理だろうなあ、すっごく共感できる。読んでて「わかるわあ!」ってうなずいちゃった。そのほかの徳利にはじまるエッセイたちも多少、「1983年に書かれた回想まじりの文章だから時代・社会環境が少し違うなあ」と思う物がないでもないが、ほとんどは色褪せていない。

それにしても「ダイヤモンド」の項で母親(4歳のときからの養母)が取った言動にはドン引きしてしまった、恐い。ネットであちこちの記事を読んでみると、かなり確執があったみたいで、詳しくは『わたしの渡世日記』を読めば書いてあるみたいだけど、うーん、そこまで踏み込むのはしんどいなあというのが本音。
でも、養母を憎みぬいているならわかるけど、項によっては養母を好意的に紹介し、慕っている文章もあるので、フクザツなんだろうけど、本当のところはどうなんだろうといろいろ考えてしまう。

目次から写す。
徳利/盃/一位の箸/飯茶碗/珍味入れ/天塩皿/ようじ入れ/おしぼり/箸おき/しょうゆつぎ/しょうゆの国ニッポン/夜中の一パイ/ナプキン/大皿/雑煮椀/小引出し/花瓶/水滴/おべんとう箱/百合花の弁当箱/キンピラゴボウ/ふきん/紅入れ/天眼鏡/楽屋着/オシッコをする少女/テーブル・マナー/めがね/ハンカチーフ/卵・三題/水差し/男の指輪/脚本/はんこ/風呂敷/羽織/時計/鏡/牛は牛づれ/ハワイのおせち料理/セーヌの河底/ニューヨークの黒人/ダイヤモンド/衝立/老舗/浴衣/真珠/額/慰問袋/私の耳/優しいアフガン/エジプトのヘチマ/ズン胴の器/灰皿/飾り棚/ソファー/桃太郎/文鎮/扇/お香/帯/キー・ホルダー/手燭/足袋/黒/雀の巣/講演/文章修業/ウの目タカの目、女の眼/あとがき

特に良いなと思ったのは、「真珠」(少しずつ自分の稼ぎで作っていく過程とか、真珠が「生きてる」とか良いなあ)、「私の耳」(すさまじい環境の中で努力のひとだったんだなあ)、「桃太郎」(小さいときに自分の「責任」を悟った瞬間が書いてある、凄いと思った)、「時計」「箸おき」「男の指輪」(時代が変わりましたね)「衝立」(帯を使っちゃうなんて素敵)「浴衣」「額」(これは写真が無いのだけど、文章を読むだけで可愛い額なことが想像でき、是非写真で見たかった)、「慰問袋」、「エジプトのヘチマ」(海外旅行でこんな純粋な好意があるなんて。騙された話が多いのに)。「足袋」(アイロンのあてかたが面白い)「雀の巣」
(人間関係が昔ならではで興味深かった)。


瓶の中 (1972年)
瓶の中 (1972年)
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高峰 秀子
文化出版局
売り上げランキング: 814,216

コットンが好き (1983年)
高峰 秀子
潮出版社
売り上げランキング: 146,269


微視的お宝鑑定団

微視的(ちまちま)お宝鑑定団 (文春文庫)
東海林 さだお
文藝春秋 (2012-04-10)
売り上げランキング: 42,720

■東海林さだお
「微視的」には「ちまちま」というルビが振られている。
東海林さんの本は初めてではないが、前に読んだのは椎名(誠)さんとの共著だった(『ビールうぐうぐ対談』)のは覚えていて、単独著作はもしかして無かったかも。あとは最近読んだ平松(洋子)さんの著作の中で対談されていたのが2回。
食べ物のエッセイをたくさん書かれていて、どこから手をつける?って感じだけど、本書を選んだのは「食べ物」じゃなくて「モノ」絡みのエッセイっぽくて、「あら、これは他とちょっと違うのね」と思ったのと、「モノ」が好きなので萌えるかなと思ったからだった。

実際読んでみたら、本書は大きく二部に分けることが出来て、結論からいうと「モノ」絡みのエッセイは9頁から54頁までで終わってしまうのだが、さらに言うと「モノ」絡みのエッセイは思ったほど面白くなかったというかいっさい「萌え」なかったので、そして54頁以降のいつもの(って言っても他を知らんので想像なんだが)調子のエッセイの方が面白かったので、結果オーライ、ということになったのであった。
だって東海林さんが愛でる台所用品とかそういうの、ナニがそんなに楽しいのか嬉しいのか一切共感出来なかったんだもんなあ。お玉とかお櫃とか、実用して愛用してるっていうならともかく、そうじゃなくて仕舞ってあってたまに取り出してきて眺めたり擦ったりして……というのが。変なひと、っていうか家事しないひとの発想だなあと。あと、写真ならまだしも東海林さんのイラストじゃね(イエ別に味のある絵でいいじゃないか、と思いマスけど「萌え」には遠いんデスよね)。

面白かったのは、「脱力リーグ マスターズリーグ」「清貧電鉄おさかな旅行」「大島でくさい!うまい!のぶらり旅」「めざせお大尽!昼間っから芸者遊び」「飲んだぞ日本一の居酒屋で」

「台所お宝鑑定団」もダメだったけど「微視的生活入門」も全然なにいってんだかわかんなかったっす。パンツに片足つっこんだ状態で新聞取りに行ってそのまんまの格好で新聞読むのが良いとかもう、意味不明っす。パンツくらいちゃんと履け!と叫びたくなる。1937年生まれで、この単行本が出たのが2009年だから、72歳くらい、70過ぎたおじいさんがパンツ片足ぶんだけ履いてウロウロしたり座り込んで新聞読んでる図はヒトコトで言うと「小汚い」なんだけど、東海林さだおはこれをこう書く。
  「パンツを半分はいて、というか、片っぽうだけ引っかけて新聞を読んでいる人、いいじゃないの、と思う。
  ちょっと身を持ちくずした気分、と同時にちょっと小粋な気分。
  尻っぱしょり的な雰囲気もあり、いなせというのかな、そんな気分になる。
  このポーズでときどき小首をかしげたり、頷いたりしている自分、好きです。」

あほかあああ!!!!!


いやでも、面白いところはほんとに面白かったので。
「脱力リーグ マスターズリーグ」はマスターズリーグってどんなのかを紹介してあって良かったし、「清貧電鉄おさかな旅行」は銚子電鉄というたった6キロに10駅もあるという赤字沿線が紹介してあって面白かったし、「大島でくさい!うまい!のぶらり旅」はプロペラ機の様子が詳細に書いてあるのとくさや定食美味しそうで面白かったし、「めざせお大尽!昼間っから芸者遊び」は芸者あそびツアーに参加してみたレポートが面白かったし、「飲んだぞ日本一の居酒屋で」は平松さんのエッセイにも出てきた名古屋の大甚本店に「今夜軽くいっぱい」しに行く企画が面白かった。

2014/02/09

0能者ミナト <7>

0能者ミナト(7) (メディアワークス文庫)
葉山透
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス (2014-01-25)
売り上げランキング: 1,389

■葉山透

注意 ( ̄∠  ̄ )ノ この感想は、本書を未読のかたはスルーしてください。
内容に触れています。ネタバレしても読めないわけじゃないけど楽しくないと思うので。



第一話『七』は七人ミサキの話。
七人ミサキも有名なお化けでなんか不思議だよね。ひとり取り殺したらひとり順番に成仏していくとか、怪異なのに論理的(?)なところとか。
まだミナトが大学生だった、ちょっとだけ昔の話。孝元さんとのお話。
被害者?の女性が極端すぎて、変だったなあ。
七人ミサキが四十九日の法則と関係があるとか、素数とのからみの解釈とか、面白かった。でも、怪異なんだから、律義に7日ごとにする意味とかあるのかなあ。なんでもいいから7人いっぺんにとか……怪異っぽくないか。被害者は誰でもいいわけではないそうだし。そういう意味では、生きてる人間のほうが通り魔とか、大量無差別殺人とか、怖いのかもしれないなあ。

第二話『化』は村の住人がいっせいに消失したという不思議な出だしで、つかみはガッチリ、という感じで読み進んでいって、いったいどんな恐ろしい怪異かと構えていたら……ま、まさかそういう話だったとは!たしかに目次のイラストに描いてあるわ(ネタバレじゃないの?)。一生懸命怖がらそうとしている狸っぽい怪異さん視点の描写とか、笑える。可愛い。そして、ストーリーはなんとも切ない、複雑な思いを抱かせる真相にたどりつくのだった。健気すぎる……。

第三話『占』はいつもの大人組3人による閑話。腕時計占いって昔流行ったなあ。昔流行ったと云えば『化』で「同情するなら○○をくれ」というギャグをミナトが飛ばしたら沙耶ちゃんとユウキくんには通じなかったというシーンがあったなあ。

第7巻には次巻につながるヒキみたいな描写はなかったけど、あとがきによれば8巻も出るらしい。
第7巻は、『七』がミナトらしいちょっと怖くてスリリングなもので死んでほしくないひとは死なない話、『化』はほのぼのしてやがてしんみりな話で、あまり極端な殺伐が無くて、よかった。

2014/02/08

ビブリア古書堂の事件手帖5 ~ 栞子さんと繋がりの時~

ビブリア古書堂の事件手帖 (5) ~栞子さんと繋がりの時~ (メディアワークス文庫)
三上 延
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス (2014-01-24)
売り上げランキング: 19

■三上延
面白かった!
前回は長篇スタイルだったけど、第5巻はまた短編集っぽかったから、就寝前にちょっとだけ……と思って読み始めたらなかなかやめることが出来ず困ってしまった。さすがに第2話の断章まで読んだところで本を伏せたが。

マニアックな古書薀蓄満載のこのシリーズ、守備範囲が狭いわたしには読んだことが無いどころか「えっ、そんな本があったの?」というような作品が登場することもしばしばなのだが、今回は、プロローグでブローティガンの『愛のゆくえ』が出てきて「おお、既読作品が冒頭から登場とは嬉しいなあ」とにんまりしてしまった。まあ、ビブリアに出てくるのは新潮文庫版で、わたしが読んだのは早川epi文庫だけど…。

ε(*´・∀・`)з゙
以下は、未読の方はスルー推奨★☆☆

ネタバレまではいかないけど、ミステリーは白紙で読むのがオススメなので。
(っ´∀`)っΨ( ̄∇ ̄)Ψビブリア5巻最後まで読んだひとだけにしてね (。・ω・)ノ(っ´∀`)っ

まさか、それ以上に、プロローグにミステリ好きを喜ばせるちょっとした仕掛けがしてあったとはそのときのわたしは知るよしも無いのであった!(最後まで読んで冒頭を何気なく読み返したときは一瞬、「えっ?あれっ?間違ってる?」って焦ってしまったけど、あっそうか! と気付いてニヤリ。愉しい!)。

1巻から4巻は、全部五浦君視点で書かれていたんだけど、第5巻はメインの章以外は章によって視点が変わる。たとえば、断章Ⅲは栞子さん視点で、無口な彼女のモノローグが読めるというのは非常に面白い、興味深い。

それにしても五浦君に告白されて返事を2ヵ月近くも待たせた理由があれだなんて……あの母親の娘である自分を自分で信じられなかった、んーまあ、わからんでもないけど。でもぶっちゃけ、プロポーズされたわけでもないのに先走りすぎっていうか、一人で考え込みすぎの面無きにしもあらずじゃないかなあ、と年長者(おばはん)のアタクシなんかはちょっとだけ思っちゃった、まあ、若いし真面目だし、いい加減なことしたくないってのはわかるんだけどね。栞子さん、いくら自分が「どっかへ行っちゃわない」でも相手もしくは自分自身が心変わりすることがあるんだよ~。結婚するなら責任ともなうけどただの「恋愛」にそこまでのシバリはどうなのかしら。
本当は、踏み込んだ関係になるのが怖かったんでしょう?
初めて出来た、大事な相手だから、理解してくれるひとだから、なおさら。

今回登場する作品は、ブローティガン『愛のゆくえ』、『彷書月間』、手塚治虫『ブラック・ジャック』、寺山修二『われに五月を』、小沼丹『黒いハンカチ』、木津豊太郎『詩集 普通の鶏』。

『彷書月間』は別に古本者じゃないんだけど、本書を読んだら素晴らしい雑誌のようで、欲しくなってしまった。

『ブラック・ジャック』は文庫版で読んだクチだけど、あの手塚治虫が人気に翳りがあったとか、同じ作品でも単行本によって収録順とか作品が違って、いまでは読めない葬り去られた作品もあるとか、へええって感心しながら読んだ。同じ作品を愛読していたふたりが結婚したから本棚に同じ本が何冊も重複している、ってとってもステキね。「何故その住宅事情で片方処分しなかったのか」って途中は思ったけど、最後まで読んだら納得というか、愛だなあというか、……すごーくロマンチストだねこの著者、と思った(おばはん的思考2回目)。

寺山修二の著作は、ほかにも『家出のすすめ』などにも触れられる。このあいだ平松さんのエッセイに出てきたなあ。
第3話の後味が爽やかでほっとした。
黒いハンカチ』は良いよね。栞子さんも好きなんだあ。創元推理文庫で気軽に読めるぞ。

それにしてもこのお母さん、娘をなんだと思ってるのかね? っていうか他人の人格とか尊厳とかわきまえてんのかね?
なに考えてるのかよくわからんひとだ。

愛のゆくえ (新潮文庫 フ 20-1)
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愛のゆくえ (ハヤカワepi文庫)
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黒いハンカチ (創元推理文庫)
小沼 丹
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2014/02/07

天下一品 食いしん坊の記録

天下一品 ---食いしん坊の記録 (河出文庫)
小島 政二郎
河出書房新社
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■小島政二郎
本書は1978年光文社から出たものの2012年7月の文庫版。
『食いしん坊』よりも食べ物>人物交流記になった印象。また、お菓子じゃなく料理というか具体的にどこそこの「家」の何が美味しい、あるいはそれほどでもないというのが書かれている。
一般的には料理屋、店というところを「家」ということについては解説の平松氏に詳しい。
「浅草にいい家があってね」なぁんてカッコイイけど、サラリとつかいこなすには年季が要りそうだな、っていうかある程度年齢重ねてないと似合わないよね。若くても、30代後半以上、それもあちこち食べ歩いて食通とかじゃなきゃ恰好が付かない。

しかし本書にはいろんな「美味しいものを食べさせてくれる家」が登場するけどいまはもう「昔は」「先代は」になってしまっているんだろうなあ。第一、高くて敷居が高そうなお店が多いこと。
それにしても小島先生は1894年生まれだから本書執筆当時氏は84歳前くらいのはずなんだけど、すごい健啖家ぶりでびっくりする。肉が好きで美味しい牛肉に感動して九州の牧場まで見学に行ったり(見てるだけじゃつまらなかったとか書いてた)、ラーメン食べ歩き(1日に3軒!)とか、胆嚢炎で油っこい食事を医者からとめられて野菜と魚ばっかりなんて楽しくないと嘆いたり。
もっとも、洋食は味が濃いので苦手、和食と中華が良いとかいうのは年齢どおりかな。とは言いつつ洋食もあちこちで召し上がってらっしゃるけど。

交遊録は人物描写が減って、名前とエピソードが軽く出てくるだけになったが、明かな脇道にそれてそれが悪口とか愚痴になっているのが少なくなく、どうかなと思った。書かなくてもいいでしょうそれ、という感じ。
ネットなどで検索した人物像を総合するに、どうも小島政二郎というひとは口が軽いというか、性格に問題があったみたい。「書くなよ」といわれたことも書いちゃうとか。ラーメンの項で味音痴はともかくそのひとの書くものまでくさすのとか明らかな筆すべり。
文中にたまに出てくる(再婚らしい)奥さんと、娘の美籠(みこ)さんの口が悪いというか乱暴な言葉遣いなのも気になったなあ。
いったいどういうひとだったんだろう?

松山善三・高峰秀子夫妻の名前が出てきて「おっ」と思った(けど、具体的に特にふみこんだ交遊録は無し)。香港だか台湾だかの中華料理をすすめられたというエピソード(飛行機が怖いので行けなかったらしい)。

目次
ゴメンナサイ鍋 河豚のうまい頃
うなぎ役者噺
ビフテキを追って
ラーメン熱
アユとハモの話
お女郎問答 鳥、相鴨、馬肉、三題噺
さくら、ぼたん、女味よし
京都食散歩
最後は香の物
恋しや、うす味 おでん、シナ料理、シチュー 
てんぷら評判記
お別れにお茶をどうぞ 水、茶、菓子、果物
あとがき

解説は平松洋子。

ゴメンナサイ鍋というのはフグ鍋のことで、ショウサイというフグの種類があって、江戸時代から明治にかけてショウサイのことを「サイ鍋」と云い、都々一の時にはしゃれて「ゴメンナサイ鍋」と唄われていたことからだそうだ。「河豚は命取りだから、それを食べる親不孝を前以てあやまっているのだろう」と小島氏は書き、そのあとご自身のひいおじいさんが親にかくれてサイ鍋を賞味していたところ、それがばれて「一生一度の、目から火が飛び出す程の」小言をくらったという挿話に続けられている。むかしはフグを食べるっていうのは大変なことだったんだなあ。親不孝になるなんてねえ。

2014/02/05

食いしん坊

食いしん坊 (河出文庫)
小島 政二郎
河出書房新社
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■小島政二郎
平松洋子の書評集『本の花』で、小島政次郎『天下一品 食いしん坊の記録』 (2012.7河出文庫)が紹介されていて、これは1978年光文社から出たものの文庫版だが、興味をもって購入しようと調べたら、その前の1954年に文藝春秋新社から出された『食いしん坊』というのがあり、これが評判になった本らしいというので先にこちらを読んでみた次第。
これは、1951年から1968年にかけて「あまカラ」という雑誌で長期にわたって連載されたものの初期掲載分をまとめたもののようだ。

「あまカラ」(1951年創刊)と「あまから手帖」(1984創刊)は両方食に関する雑誌だけど、関係があるのかどうか、ネットでざっくりググったぐらいではわからなかった。
ちなみに、「あまカラ」の発行は大阪市東区 鶴屋八幡内 甘辛社、発行人は鶴屋八幡の今中善治氏、編集人は水野多津子さん。編集の水野さん(創刊当時21、2の若いお嬢さんだったそうだ)や鶴屋八幡が発行(紙代と印刷代など持ったスポンサー)となったいきさつなどは『食いしん坊』の中でふれられている。
一方の「あまから手帖」も大阪市。北区中津の株式会社クリエテ関西という会社が発行している。まあでも、名前をあやかった程度かな?「あまから手帖」はテレビ番組「あまからアベニュー」と連動していたとあるし。

1951年に、小島氏は57歳。『食いしん坊』は氏が57歳から60歳あたりのときに連載されたものということになる。
美味しいもの、食材、料理やお店に関する随筆集と思っていたら、まあそれがもちろんベースというか、テーマのひとつではあるのだけれど、どちらかというとそれにまつわる当時の文壇周辺の交遊録、人間模様のほうがウェイトが高く、しかも「食」は「和菓子」のことが多かった。お菓子以外に出てくるのって日本酒(甘党だけど味わうことは出来たらしい)と鰻(関東風の鰻の美味しい店、関西風のは基本的に別物であり、どうも認めてないっぽいけど1軒だけ絶賛している)、くらいかなあ。あ、あと松阪の有名なすき焼きの名店も登場する。
餡が好きで、羊羹は固いから駄目で、砂糖の甘いのは言語道断、という感じである。水羊羹が美味しくて一度に十個食べるとか、健啖家というのを通り越して異常だなあと思っちゃう。

「ここの和菓子が最高である」的紹介を具体的な店名をあげて紹介してあるんだけど、但し書きとして「戦前は」とか「機械化して落ちた」とかあるのでいま現在はどうなのかなあ。有名な虎屋の羊羹なんかは固いし甘いし黒いしもう全然ダメということらしい。三重の赤福も機械化してダメになった。四日市の長餅は誉めてあって、わたしもあれは大好き、ただし機械化云々がどうなっているのか不明。

作家の有名な食の随筆ということで、食べ物の美味しさをいかにうまく表現してあるのかと思っていたら、そういう類の美辞麗句はほぼいっさい無いと言ってよく、昨今の工夫を凝らした食エッセイとは雰囲気が違った。ただ文章全体に書き手の熱気というか熱心さがあふれているから、美味しいんだな、好きなんだなというのは十二分に伝わってくる。

当時の裏文壇史としても貴重で興味深い内容。
友人、先輩などとして出てくる名前がすごいひとばっかりで、ミーハー心が騒ぐ。ざっと挙げるだけで芥川龍之介、志賀直哉、北大路魯山人、菊池寛、谷崎潤一郎、泉鏡花、久米正雄……。
近代文学のそうそうたるメンバーにクラクラ。
ちらっと出てくるだけのひともいるけど、芥川さんが普段の気の置けない雑談でどんな感じだったのかとか(才能高きひとの茶目っ気が良い)、魯山人の食材に関する目利きの素晴らしさ(肉屋の店先にぶらさがってるのを見ただけで良し悪しがわかるとか流石)。
とくに泉鏡花の潔癖症は有名だけどと前置きしてのいくつかのエピソードは、ああいう耽美な文章を書かれるひとだし難しくてこわいひとだったのかなというイメージを覆す、あたたかでユーモアのあるお人柄が伝わってきて、鏡花ってやさしいひとだったんだと好感度アップ。鏡花の奥さまが炒って淹れる絶品の番茶も素晴らしいなあ。ガス火は駄目で炭火じゃなきゃというので真似しにくいのが残念。

ネットで検索すると、古本屋さんのサイトで「あまカラ」のバックナンバーの表紙画像が見られるんだけど、予想をはるかに超えるオシャレで斬新なデザインにびっくり! 素敵だわあ。欲しくなっちゃう。そういえば、昔の着物のデザインとかハイセンスなものが多いもんね。なるほどなあ。

本書には単行本時あとがきと、文庫になったときのあとがきの2つが収録されているのだけれど、後者で著者が自分の書いたものの中で小説などに比べると気軽に書いた本書が一番売れて、一番ひとからも「読んでます」と挨拶されたものだと苦笑まじりにぼやいているような一文があり、おかしかった。でもこれをきっかけで小島氏の小説も読んでみるかも?