2013/05/27

日本の伝説 東日本編 【十代の愛読書ひさびさに】

日本の伝説 東日本編 (偕成社文庫 3067)
大川 悦生 松谷 みよ子
偕成社
売り上げランキング: 890,775

■坪田譲治編/大川悦生・松谷みよ子
児童向け。偕成社文庫で東・西・南・北の全4巻。
字ばっかりの本だけど、1編は短いし、ふりがなが振ってあるので、ふだんから本を読むお子さんなら小学校4年生くらいからいけるのではないだろうか。
わたしも小学校高学年のときに買ってもらって、以来、繰り返し読んだ。話ごとに小さな絵が載っているが、あまり可愛い絵では無く、でもそれが「あの話もういっかい読みたいけどどの本で読んだんだっけ」と探すときに目印代わりになったりした(たしか掘っ立て小屋の絵だった、とか、女の人の絵があった気がする、とか)。カットは山高登というひとらしい。
坪田譲治さんも大川悦生さんも存じ上げなかったが、松谷みよ子さんは教科書に「車のいろは空のいろ」が載っていてファンだったので、馴染みがあった。
今回アマゾンで調べてみたら、東西南北で在庫状況がばらばらなんですね。何故だろう。

以下収録話リスト。47編で小話に分かれているもの3編あり。

東01 足柄山の金太郎 / 神奈川県
東02 喜多院の二ひきの竜 / 埼玉県
東03 夢はみちびく / 岐阜県・山梨県
東03-1 高山のみそ買い橋
東03-2 万年橋のふるいおうぎ
東04 雪女の話 / 長野県
東05 子は清水の岩屋 / 千葉県
東06 羊太夫物語 / 群馬県
東07 乙女峠に眠る少年 / 静岡県・神奈川県
東08 ムジナ和尚の茶釜 / 群馬県
東09 山犬の早太郎 / 長野県
東10 飛騨のかっぱと長平さん / 岐阜県
東11 笠森のおとめ / 千葉県
東12 ヤマブキの里 / 東京都
東13 富士山と巨人の話 / 群馬県・静岡県
東13-1 ダイダラボッチの足あと
東13-2 駿河富士と榛名富士
東13-3 天城山のあまのじゃき
東14 寝覚の床の主 / 長野県
東15 頭白上人 / 茨城県
東16 名馬うぐろ / 栃木県
東17 アワの長者 / 静岡県
東18 しあわせをまねいたネコ / 東京都
東19 ふしぎな笛の音 / 埼玉県
東20 八万八千歳のツバキ / 千葉県
東21 山小屋の糸とりばば / 山梨県
東22 とおくつたわる波の音 / 静岡県
東23 新島のヘビとツツジ / 東京都
東24 天狗にさらわれた話 / 静岡県・長野県
東24-1 さらわれた子坊さん
東24-2 山んばになったむすめ
東24-3 すもうをとる天狗
東25 ふたりのえんまさま / 東京都
東26 しぶくないカヤの実 / 岐阜県
東27 かっぱのくれたかめ / 静岡県
東28 竜になった三郎 / 長野県
東29 太田の陣屋のタヌキ / 神奈川県
東30 ものいうスッポン / 岐阜県
東31 権兵衛とカラス / 東京都
東32 黒姫物語 / 長野県
東33 金正寺の三毛ネコ / 静岡県
東34 農民と水のわざわい / 愛知県
東35 真間の手児奈 / 千葉県
東36 戦場ヶ原の神いくさ / 栃木県
東37 こじきにさずかったお金 / 東京都
東38 証城寺のタヌキばやし / 千葉県
東39 秩父の長者のワラビ狩り / 埼玉県
東40 二羽のオシドリ / 長野県
東41 足立姫物語 / 東京都
東42 虎こ石と虎が雨 / 神奈川県
東43 平坂の港のくい / 愛知県
東44 島の八郎七郎 / 東京都
東45 大菩薩の山の話 / 山梨県
東46 カシキの長者 / 愛知県
東47 殺生石物語 / 栃木県

日本の伝説 西日本編 【十代の愛読書ひさびさに】

日本の伝説 西日本編 (偕成社文庫 3068)
大川 悦生
偕成社
売り上げランキング: 793,247

■坪田譲治編/大川悦生
以下収録話リスト。43編で小話に分かれているもの2編あり。

西01 湖山長者 / 鳥取県
西02 カニの恩がえし / 京都府
西03 海からよぶ声 / 岡山県
西04 石子詰めの三作 / 奈良県
西05 比治山のキツネ / 広島県
西06 絵からぬけだした馬 / 島根県
西07 ひよどりごえの地蔵さま / 兵庫県
西08 阿漕が浦のあま / 三重県
西09 厚狭の寝太郎 / 山口県
西10 犬鳴山物語 / 大阪府
西11 比良の八荒 / 滋賀県
西12 あけずの箱のいわれ / 岡山県
西13 きこりとカニと安長姫 / 島根県
西14 淡路の芝右衛門ダヌキ / 兵庫県
西15 小僧が池の美少年 / 奈良県
西16 ふたつのお寺の犬 / 鳥取県
西17 島の峠のヒモジイさま / 山口県
西18 久米仙人の話 / 奈良県
西19 おとめの住むふち / 和歌山県
西20 牛鬼というばけもの / 島根県
西21 大ナマズの浄瑠璃 / 岡山県
西22 みそ長者とヤナギの木 / 兵庫県
西23 三井寺のつりがね / 滋賀県
西23-1 俵藤太と竜神とムカデ
西23-2 弁慶のひきずりがね
西24 カワウソの証文 / 島根県
西25 神さまと国ざかい / 奈良県・三重県
西26 比治の里の天女 / 京都府
西27 良弁杉の話 / 滋賀県・奈良県
西28 海ガメをたすけた和尚 / 広島県
西29 キツネの桂蔵坊 / 鳥取県
西30 さらの音のする井戸 / 兵庫県
西31 紀州の毛原の力持ち / 和歌山県
西32 水にうつる母馬 / 島根県
西33 金のニワトリ / 山口県
西34 クズの葉物語 / 大阪府
西35 安珍・清姫物語 / 和歌山県
西36 七つの金のかめ / 三重県
西37 タヌキの坊さん / 岡山県
西38 大グモをのんだ弥六 / 鳥取県
西39 夜泣き石のふしぎ / 大阪府
西40 平郡のヘビの池 / 山口県
西41 伯母が峰の一本足 / 奈良県
西42 空とぶ米だわら / 兵庫県
西43 キツネのいたずら / 大阪府・奈良県
西43-1 小板屋小吉
西43-2 かんちがい

日本の伝説 南日本編 【十代の愛読書ひさびさに】

日本の伝説(南日本編) (偕成社文庫3069)
大川 悦生
偕成社
売り上げランキング: 575,169

■坪田譲治編/大川悦生
以下収録話リスト。41編で小話に分かれているもの4編あり。

南01 長崎の魚石 / 長崎県
南02 たった一穂の麦から / 香川県
南03 キジムンにしかえしされた若者 / 沖縄県
南04 ごしんろうの池 / 熊本県
南05 伊予のタヌキの話 / 愛媛県
南05-1 七ひきのさむらい
南05-2 碁のじょうずな金平
南05-3 たらいと赤ゴイ
南06 志布志の千亀さん / 鹿児島県
南07 山の喜作がこない日 / 高知県
南08 サルの恩返し / 大分県
南09 シカの目玉が赤くなるとき / 徳島県
南10 唐船物語 / 福岡県
南11 水かけ地蔵さま / 宮崎県
南12 九州のかっぱたち / 熊本県・福岡県
南12-1 海をわたってきたかっぱ
南12-2 酒のすきなかっぱ
南12-3 すもうをとるかっぱ
南12-4 ねんぐをおさめるかっぱ
南13 宇賀の長者の火事 / 高知県
南14 宮古の浦島物語 / 沖縄県
南15 松浦佐用姫 / 佐賀県
南16 小ぼうずの住む大木 / 愛媛県
南17 キリシタンの話 / 長崎県
南17-1 サンタ・クララの盆おどり
南17-2 火だねをけした村人たち
南18 南の島のかくれ里 / 鹿児島県
南19 かわら焼くけむり / 沖縄県
南20 炭焼き小五郎 / 大分県
南21 片身の大ウナギ / 鹿児島県
南22 阿波の金長ダヌキ / 徳島県
南23 ふたつになった三味線島 / 香川県
南24 あかがり童子 / 宮崎県
南25 野根山のオオカミ / 高知県
南26 百合若大臣 / 福岡県
南27 霧島山のお浪の池 / 鹿児島県
南28 跡江の半平どん / 宮崎県
南29 おちうどの五家荘 / 熊本県
南30 あまの玉とり / 香川県
南31 キツネの茶がま / 長崎県
南32 おへんろさんの元祖 / 愛媛県
南33 船ゆうれいの話 / 長崎県
南34 地蔵さまのいたずら / 熊本県
南35 土佐の小そで貝 / 高知県
南36 柳川のポンポコポン / 福岡県
南37 ふしぎな人魚の話 / 沖縄県
南37-1 津波を知らせた人魚
南37-2 祖先の名をいう人魚
南38 金つば次兵衛 / 長崎県
南39 魚がのんだ地蔵さん / 福岡県
南40 あまい砂糖の神さま / 香川県
南41 紋九郎クジラの話 / 長崎県

日本の伝説 北日本編 【十代の愛読書ひさびさに】

日本の伝説 北日本編 (偕成社文庫 3066)
松谷 みよ子
偕成社
売り上げランキング: 899,960

■坪田譲治編/松谷みよ子
以下収録話リスト。43編。

北01 赤神と黒神のけんか / 青森県・秋田県
北02 クモの鏡 / 富山県
北03 クジラとカワウソ / 北海道
北04 にしき木のおとめ / 秋田県
北05 天狗さんと利兵衛 / 石川県
北06 網地島のヤマネコ / 宮城県
北07 タラの木のことば / 岩手県
北08 水の種 / 山形県
北09 タコくばり帳 / 新潟県
北10 よめおどしの面 / 福井県
北11 人食い刀 / 北海道
北12 ウソトキの話 / 岩手県
北13 太郎坊 次郎坊 / 宮城県
北14 なぞとき長者 / 富山県
北15 慈悲心鳥 / 石川県
北16 猪苗代湖のはじまり / 福島県
北17 大里峠の大蛇 / 山形県
北18 磐司とキリの花 / 岩手県
北19 秋田の三吉さん / 秋田県
北20 山のばあさまの里がえり / 青森県
北21 阿古耶のマツ / 山形県
北22 岩手山とオクリセン / 岩手県
北23 坊さんにばけたイワナ / 福島県
北24 ネコの恩返し / 新潟県
北25 フキ姫物語 / 秋田県
北26 島になったおばあさん / 北海道
北27 八百比丘尼 / 福井県
北28 玉屋のツバキ / 新潟県
北29 洞爺湖をまもるふたりの少年 / 北海道
北30 片目のさかな / 山形県
北31 イモほり長者 / 石川県
北32 津軽のキツネ / 青森県
北33 糸屋のばあさん / 宮城県
北34 さだ六とシロ / 秋田県
北35 カニの湯治 / 石川県
北36 マスのおよめさん / 富山県
北37 平之と与作 / 秋田県
北38 黒部のかくれ里 / 富山県
北39 百間ぼりのかっぱ / 福井県
北40 酋長カネラン / 北海道
北41 雪のごろすけじいさん / 新潟県
北42 三十三のユリの花 / 岩手県
北43 竜になった八郎 / 秋田県

2013/05/25

和菓子のアン

和菓子のアン (光文社文庫)
坂木 司
光文社 (2012-10-11)
売り上げランキング: 4,110

■坂木司
初・坂木司。
このひとの2002年のデビュー作は「ひきこもりが探偵役の話」ということで当時書評誌で話題になっていたので、その風変わりな時代を反映した設定が面白いな、と思ったことは覚えている。ちょうどその頃滝本(竜彦)さんとかも引きこもりの話を出されていて、ちょっと流行っていたのかな。
今回読んでみようと思ったのは、当時「まぁ、そういうイロモノの作家ならすぐ消えていくだろう」と思った(大変失礼)のにいまだに現役で残っておられるなあ、というのと、ずばりタイトルだ。
和菓子の餡、に引っかけた駄洒落。
ハンドルネームにも現れているかと思うが、わたしはどうも駄洒落に弱いのである。『蹴りたい田中』とか『ジョナさん』とかもれなくタイトルに反応して読んでいる。
和菓子屋で働くアンちゃんの話。
良いではないか!
というわけで読んでみた。

主人公、梅本杏子(うめもと・きょうこ)は18歳、身長150センチ、体重57㎏と標準よりぽっちゃりしている設定だ。高校は卒業したものの、親に大金を出させてまで大学に行く気がなく、かといって、就職もしなかった。その理由は「なにがしたいかぴんと来ない」からだそうで、ただ遊んでいる気はないのでアルバイトをすることは決めていた。何をしようか迷っているときに、百貨店の地下の食品売り場が向いているのではと思いつき、和菓子屋「みつや」のアルバイトを始めることになる。いろいろ突っ込みたいというか老婆心で言いたくなるのは山々であるが、まあこのひとなりに真剣に考えてご家族にも相談したうえのことなので。
読み進んでいくと、彼女の先輩も同僚も店長も百貨店のひともみんな個性はあるけど良い人ばかりで、ものすごく恵まれた環境であるのにもかかわらずたまに彼女が職場に不満を抱き「もうやめたい」とかつぶやくので、イヤイヤイヤイヤ。これくらい、めっちゃ普通、っていうか全然許容範囲。人間関係悪いってどういうことか知ってるかーと問い詰めたくなることしばしばであったが、まあ18歳の新社会人にはこれでも荒波なんじゃろうて。

いちおうこれは「日常の謎ときミステリー」に属するらしくて、殺人とか物騒な事件は起こらないが、和菓子屋を舞台にそのお客さんをめぐる謎などが出てきて、和菓子ネタで解決する、というスタイルにはなっているが、正直ミステリーとして読むよりはほのぼのした息抜き小説、くらいの認識がちょうどいいだろう。読み心地も後味も悪くないし、百貨店の地下の職場風景が生き生きと描かれていて面白かった。
読みやすいわかりやすい文章で、楽しく読めるエンタメ。中学生にも安心しておススメできる健全な内容である。

わたしはこの小説を読んでいると無性に和菓子、無理ならとにかく甘いお菓子、を食べたくなって仕方がなかった。というのも主人公アンちゃんが実に食べ物を大事にする子で、なにかをいただく際にはとても大切にそれを味わうからだ。それってすごく素晴らしいことだよなあ。
ああ和菓子。餡子がそれほど得意ではなく、どっちかというと華やかな洋菓子に惹かれがちだけど、たしかにきちんとしたお店のは見た目からして芸術品よね。毎月、季節に応じて職人さんが意匠をこらす。余計な説明はしないけど、そこにはちゃんと物語が込められている。そういう意味では和菓子は俳句に通じるものがある、ってなんて素敵な解釈なの――!

というわけで、本書の影響でちゃんとした和菓子屋さんに寄り道したくてたまらない今日この頃なのである。見た目イケメン・中身は乙女な立花君との友情?恋愛に発展する可能性はあり? の進展も気になるし、続篇が待ち遠しい感じだなあ。

2013/05/23

俳優パズル

俳優パズル (創元推理文庫)
パトリック・クェンティン
東京創元社
売り上げランキング: 48,442

■パトリック・クェンティン  翻訳:白須清美
ピーター・ダルース&アイリス・シリーズ第2作。
読む前からシリーズ最高傑作という評判だったので期待外れをおそれる気持ちが少々あったのだが、まったくの杞憂だった。とても面白いミステリーで、人物のキャラ立ちもはっきりしていて、前半のサスペンス→中盤からの人間模様→最後のミステリーの謎解きと、ずっと楽しめた。
劇場の火災により愛する妻を失ったつらさのあまりアルコール中毒になってしまい、前作では精神病院に入院していたピーターだったが、今回は職場復帰をする話。演劇のプロデューサーだった彼は、劇場で新しい芝居を興行し、その成功如何によって復帰が華々しく飾られるかどうかということなのだが、新人作家による素晴らしい脚本を得て、昔からの仕事仲間などにも恵まれ、なかなかの滑り出しとみえた。上演劇場がいわくつきのものに突然変更されるまでは……。

ミステリーなので、超常現象としか思えないようなホラーが出てきても「さて、これにどういう論理的な説明がつくのであろうか」と楽しんでしまえるので、こわがりの読み手には安心である(そして実際きっちり謎解きがあってブラボー)。

この作者の書くものは、実は2名で書かれていて、その組み合わせも変わったりしていて、だから時代によって変化していくことで有名らしいのだが、少なくともこのシリーズ第1,2作はユーモラスで古風だけど感覚的には現代でも十分通用する明るいミステリーで、好みドンピシャである。第1作だけと思っていたレンツ博士が出てきてびっくり、パジャマ着て寝る前に体操されるとか、普段の威厳とのギャップがかわいいというか。なんだか面白いなあ。
アイリスは第1作ではか弱い可憐な美人、という印象だったけど、健康を取り戻してみるととっても闊達で行動派のお嬢さんだったのね。ちょっとヘレン(クレイグ・ライス)を思い出したりした。まあ、あそこまで強烈にぶっとんではいないけど。

それにしても××××(いちおう伏字)は突然激高して暴力をふるって、そのあと自分でもなにをしたかわからないとか言って、絶対にこのひとは精神的におかしい、と思っていたのにその点は不問だった。実は狂っていたのはこっちだった!というオチがあると信じてたのになあ。うーむ。

2013/05/21

その街の今は 【再読】

その街の今は
その街の今は
posted with amazlet at 13.05.20
柴崎 友香
新潮社
売り上げランキング: 555,184

■柴崎友香
この小説は2006年10月に出版されたもので、大阪のミナミ(心斎橋、本町、難波あたり)が舞台になっている。「街」が主役というか「街」のいろんな日常風景がひとりの女性(28歳・独身・カフェのアルバイト店員、名前は「歌」さん)の視点・一人称で綴られている。

歌さんは以前はOLをしていたのだが、のんびりした社風だったそこが潰れてしまい(『フルタイム・ライフ』を連想するなあ)、転職先を探したけれどうまくいかなかったのでとりあえずの「つなぎ」みたいな感覚でカフェのアルバイトをはじめたらけっこう居心地が良くて続いている、もうすぐ失業手当も切れるけど、という状態。素敵な男の人といい感じになるかな?と思って泊まったりしていたのにそのひとは別の女性とあっさり結婚して東京に行ってしまったらしい。それでたまに大阪に来ると普通にしゃらっとご飯食べに行こうとか誘ってくるらしい。歌さんは惚れた弱みというのか、すぱっと思いきれない、んだそうだ。あー……そういう女のひといるよね。第三者だったら冷静だから絶対忠告するんだけど当事者は理屈では動けない、みたいな。
このままではいけないと今まで経験のなかった合コンに参加してみたり、ライブやってるお店で再会した知り合いと酔った勢いで付き合う宣言したものの、お互いアルコールが抜けると覚えてなくて、でもなんとなく友だちみたいな感じでたまに会う、このひとのこと好きになれたらいいのにな、でもそういうふうに感情をコントロールできるなら苦労はしない、なんて思いながら。

そんな歌さんの最近もっとも興味をひかれることが、大阪の昔の写真を集めることなのである。大阪で生まれ育った歌さんは、何故か自分でも説明できないが、まだ白黒の古い大阪の写真を見たり、心斎橋とか四ツ橋の由来を調べたりすることですごく「どきどき」するらしい。わたしならそういうものが見たければ図書館、とすぐ思い浮かべたのだが、彼女は図書館に行って調べたりはしないみたいで、知り合いとかからそういう写真をもらったり、自分で店で探したりしている。「昔の写真」ならなんでもいいというわけではなくて自分の知っている「大阪の」が大事らしい。

  言葉を選んで言っているつもりなのに、写真を見た瞬間のあの実感を説明するのには全然足りなかった。最初に空中写真で焼け跡の心斎橋を覗き込んだときの、あの感じ。なんとかして、あの感じやそれ以上の感覚をもたらすものに出会えないかと思って、わたしは写真や映像を見ている。自分が知っている場所のほうが、その感じが強くあるっていうだけのことなんだけど。

この小説は、歌さんの昔の大阪への関心について触れたり、なんてことのない日常を描きつつ、その行動に伴って流れるワキの大阪の街の風景がとても鮮やかに丁寧に映し出されていて、読みながら、「もしかして、著者が書き記したいのはこっちの、『風景』なんじゃないか、2006年くらいのミナミの道路とか建物とかの流れを文章で写真のように記録しているんじゃないか」と感じた。主役は人間じゃなくて、それをも含んだ、空気とか全部。「ミナミの一女子から見た景色とかそのまんま」なのだ。そうじゃないとしても、そうだと思えるくらい、丁寧に書いてある。

歌さんの生活様式や考え方や行動などからして、もし彼女と話す機会があったとしても話題に困りそうだが、もし「実は、昔の大阪の写真に興味があって」と言ってくれたら、わたしはそこでものすごくホッとして「あ、そういう感覚、なんとなくわかるかも~」と身を乗り出す感じになると思う。この小説が好きなのも、同じような理由だろう。この著者の大阪弁の書き方が自然でそのまましゃべれそうなのもとても良い。

いまは文庫版も出ているようで、この作品はどっちの装丁も可愛いなあ。

その街の今は (新潮文庫)
柴崎 友香
新潮社
売り上げランキング: 320,829


2013/05/18

きょうのできごと

きょうのできごと (河出文庫)
柴崎友香
河出書房新社
売り上げランキング: 255,766

■柴崎友香
本書は2000年1月に出た単行本に、「文藝」2004年春号掲載の「きょうのできごとのつづきのできごと」という、本作が映画化されたことに関するレポート風(?)の短篇が付け加えられた文庫版である。
表紙が主演の女優さんと俳優さんの写真になっている。
この作品は著者のデビュー作でもあるらしい。

「きょうのできごと」は、5つの章から成っているが、それは3月24日の午後から翌日の午前4時までのぜんぶ「今日いちにちのできごと」なわけである。
これも別に事件とか刺激的なことが起こるわけじゃなくて、メンバーのひとりが京都の大学院生になるから引越しをして、その手伝いというかお祝いというかで友達が集まってお酒飲んでだらだらして、みたいな話である。つきあってる二人がいたり、このメンバーの外に彼女がいたり、ふられたりなんだりと、まあみんな若いからいろいろ恋愛も絡まないわけじゃないけど、それがテーマというわけではない。若い二十代にスポット当てたら当然出てくる「日常」の一部だから書いてあるだけ、という感じだ。そういう「ふつうの生活をしてる、ある日」を書いてあるだけなのだけど、なんにも起こらない、そしてそれだからこそ、「ああ一日いちにちがやっぱり特別というか、大事なんだなあ」というようなことをしみじみ感じるというか。

5つの章の語り手は全部違って、同じ日に同じ場所にいた同年代の男女がそれぞれいろんなことを考えたりしていて、みんなそれぞれの立場や生活や事情が違うんだなあ、ということをぼんやりと感じたりした。

「レッド、イエロー、オレンジ、ブルー」三月二十五日 午前三時
 語り手:けいと
「ハニー・フラッシュ」三月二十四日 午後六時
 語り手:真紀ちゃん
「オオワニカワアカガメ」三月二十五日 午前四時
 語り手:中沢くん
「十年後の動物園」三月二十四日 午後一時
 語り手:かわちくん
「途中で」三月二十五日 午前三時
 語り手:正道

解説は保坂和志で、いかにもこのひとが書きそうなマニアックな読み方が書いてある。解説はナナメにすっとばした。「まあそういうブンガク的な視点の変化とか難しいことはようわからんかったけど、この小説は素直に読んでて面白かったで」という感じだ。

それにしても気に入ったスカートが買えなかったというだけで、こんなに心底悲しみ落ち込むのが世の女の子というものなのだろうか。ううむ。かわちくんはせっかく見かけが美少年だというのに中身があれだとは少々残念である。
この小説も大阪・京都が舞台になっていて、関西弁で書かれている。このひとは関西弁の書き方がうまいと思う。「きょうのできごとのつづきのできごと」には真紀ちゃん役だったという田中麗菜さんと著者が言葉を交わしたときのこととかも書いてあって、著者本人が「小説」に出てきたので、びっくりした。

2013/05/17

フルタイムライフ 【再読】

フルタイムライフ
フルタイムライフ
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柴崎 友香
マガジンハウス
売り上げランキング: 281,699

■柴崎友香
前回読んだのは2005年。
これは、本当にごく普通の新人OL・喜多川春子の約1年の主に会社での様子を細やかにおだやかにゆる~い雰囲気で描いたほのぼのしたお話。刺激的なことはなにも起こらない。事件や事故、深刻な事態どころか恋愛すら「なんかちょっと気になる男の子がいて~」レベルから動かないのだから徹底している。
前に読んだときも今回も、なんだか幸せな感じで良いなあ、と思った。
OLさんの日常、といいつつかなりのんびりした社風の会社のようなので、バリバリ働くわけではないし、女性社員同士の難しい人間関係とかいっさいなくてみんな陰口すら叩かず仲良しこよしだし、たまに上司のおっちゃんに文句を言うくらいで、平和である。リアルかどうかは脇に置いておいて、会社において人間関係が円満であるというのはものすごーーーく大事なことなので、素晴らしい労働環境だと思う。

同じ会社員でも、これが働き始めて3年目、5年目、10年目だったらこういう小説にはならないだろう。仕事の層も責任も増してくるし、人間関係も表面だけでない深いところが見えてくるし、こんなにいろんなことにキラキラしていられない。「社会人になった」という新鮮味はもう無くて、でも逆に自分で出来ることも増えているから仕事へのこだわりとか愛着、自負みたいなのもあって、つらいこともあるだろうけどやりがいも大きくなっていて、それこそ「働くとはなにか」にもっと踏み込んだ内容になるはず。それはそれで面白いだろうが、この「フルタイムライフ」の魅力は「染まってなさ」で、これが不思議に読んでいて心地好い。

読みながら、何度か「あー可愛えーなあー。初々しいなあー」と内心思った。むかしのことを思い出したりもした。なんていうか、先輩とか上司の接し方が、懐かしいなあとしみじみ。

それにしてもわたしが今まで働いてきた環境は、どの上司もコピー取りとかシュレッダーとか、自分のことは基本的に自分でやる感じなので(ケースバイケースで手伝うことは当然あるが)、こんなふうに「雑用は全部女の子にやらせる」っていうドラマみたいな会社ってどれくらいあるのかなあと思った。春子が、ショップで働いている友達にOLをうらやましがられるシーンで「あー、樹里はまずおっちゃんに切れるな。我がのことは我がでせえ、って」というシーンがあって、そのいかにも「大阪」な言い回しにおかしみを感じると同時に「我がのことは我がでするおっちゃんもいっぱいおるでー」と思ったりした。まあ、会社による、っていうことがいっぱいあるんだよね(だからひとつの会社入って「あかんーやっぱ会社勤め無理ー」って決めつけるのは早い、とは言えるかもしれない)。

大阪が舞台で、全部大阪弁の一人称語りで綴られているので、そういう意味でもなんだかのほほんとした空気である。

いまなら文庫版も。↓ 今日マチ子さんのイラストがめっちゃ可愛いなあ。

フルタイムライフ (河出文庫)
柴崎 友香
河出書房新社
売り上げランキング: 196,957


2013/05/14

パーク・ライフ 【再読】

パーク・ライフ
パーク・ライフ
posted with amazlet at 13.05.13
吉田 修一
文藝春秋
売り上げランキング: 557,333

■吉田修一
表題作である中篇と短篇ひとつ収録。これも約10年ぶりの再読。

「パーク・ライフ」
第127回芥川賞受賞作。
この小説の舞台は東京にある日比谷公園である。生活圏が子ども時代からずっと近畿圏内で、東京に遊びに行ったことは1回きりというわたしでも聞いたことはあるので有名なのだろう。というか、東京の地名というのはテレビや小説などで具体的にばんばん出てくるので実態は知らずとも耳馴れてしまうのだ。
実際に行ったことはないので、「日比谷公園」と読んでとりあえず思い浮かべるのは無難な、「平均化された日本の都市部の公園の風景」である。ベンチがあって、池があって、木がそれなりに茂っていて、平日の昼間はくたびれたようなサラリーマンがベンチで缶コーヒーを飲んでいて、たまに年配の夫婦が散歩していたり、若い母親がベビーカーを押して通ったりする、んだろう、たぶん。平和な感じだ。都会のオアシスとか憩いみたいな。
小説の場所や店名に実際に存在する固有名詞を用いる場合、そのことに重要な意味がある場合もある。でもこの小説の場合、「日比谷公園」にも、よく出てくる「スタバ(スターバックス)」にもあまり「固有」である意味は乗せられていない気がする。あえて言うならば、著者の生活域にあるとかそういうたぐいのものだけだろう。読み終わって、グーグルマップで「日比谷公園」を調べたらすぐ近くに皇居や国会議事堂があって「そういう場所だったのか」と驚いたぐらい、特定の地名を指定した意味を感じさせない小説だった。現代小説においては、東京の固有名詞は一般名詞に限りなく近いのかも知れないな、というようなことを考えたりした。

この小説の主人公は男性で、独身で、おそらく二十代後半か三十そこそこ。地方から出てきて、一人暮らししている。職業は入浴剤などを扱う企業に勤める広報兼営業の会社員であるが、「日比谷公園」と同じく、その割に詳しい職業設定に大きな「固有名詞」的な意味づけは無い、どころか「会社員」であることにポイントを置いた小説ですら無い。あえていうなら年齢的に学生では若すぎ、「働いていない設定」や「専門職」とするとそこにはなんらかの意味が生じてくるので「無難で平凡な」サラリーマンにしたのではと思われる。彼が地下鉄車内で妙齢の女性とちょっとした勘違いをして、そのあと公園で偶然の再会をして言葉を交わすようになり、その後も仕事先に向かう途中である公園で昼食を取るという習慣からたびたび顔を合わせる。
作品で描かれる期間は1か月にも満たないので当然なのかもしれないが、もしこれがラヴストーリーだったならば長さに関係なく何かが二人の間に始まったりするのだろう。しかしなにも起こらない。お互いそれなりに関心はあるようだし、印象も決して悪いものではなさそうだが、写真展なんかに一緒に行ったりするようになっても二人の会話は淡泊だ。名乗りあってさえいない。そもそも肝心の主人公の固有名詞は出て来ないのである。先輩や友人のどころか、預かっている猿の名前やその由来までご丁寧に説明されるのに。

そういうことを考えていくと、固有の名前って、具体性ってなんなんだろうなあと思う。平凡な設定の、平凡な日常空間における、ちょっとした特異性(人体模型人形のミスとか、公園内で小さな気球を上げ続ける謎の人物とか)から見えてくる何か、ってことだろうか。
よくわからないけれど、この小説はすっとその世界に入っていけるし、読んでいて違和感もないし、なんとなく心地よい。いろいろ世知辛い現実(先輩夫婦の別居状態とか)もあるようだけれど、深入りされないからなにも煩わしさは伴わない。
衝動で人体模型人形に5万円出してしまったりするのかなーありがちだよねーと思っていたらそれもなかった、というか無いのがふつうなのだけど、小説だったら有るかなと思っていたのだ。

グーグルのストリートビューで日比谷公園内をちょっと架空散歩してみた。おお、見上げると高層ビル、大都会だ。読んだ印象よりも「管理された公園」だった。

「flower」
吉田修一の小説には大きく分けてホワイトカラーを描いたのとブルーカラーを描いたものの2種類があって、表題作は前者、この作品は後者である。
こちらは「パークライフ」に比べると随分人間の内面に踏み込んでいる。汗臭さがリアルというか、息苦しいほどだ。
深刻では無いけれどなんというか読みながら鬱屈したような負の澱が少しずつ溜まっていくような感じで、それが最後のほうの主人公の思い切った暴力行為でぱあっと解消されるようなカタルシスがあって、まぁ暴力はいけないが、それをされるほうに十分倫理的道徳的問題があったので、少しは懲りてもらいたいものだと思った。
同級生の上司に理不尽に怒鳴られ続け、嫁はその上司や部下と不貞をはたらいていて夫たる当人だけが気付いていない(のか、あるいは知って知らぬふりを決め込んでいるのか)、しかしそれに同情されるというよりはむしろ「人間あそこまで落ちては駄目、情けない」というふうに第三者からは評されている人物が出てきて、ふうんと思った。彼は主人公ではないのでなぜそこまで無抵抗なのか、何か弱みでもあるのか単なる無気力なのか究極の諦念なのか、よくわからない。でも最後のほうで見せる反抗で初めて人間味を見せて、それを無残に笑いものにしようとした人間をそのまま許さなかったところにほっとした。

↓これが文庫版。表紙イラストは単行本イラストの一部(折り返し部分)が拡大されてます。

パーク・ライフ (文春文庫)
吉田 修一
文藝春秋
売り上げランキング: 59,649


2013/05/13

パレード 【再読】

パレード
パレード
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吉田 修一
幻冬舎
売り上げランキング: 383,105

■吉田修一
2002年の2月に出た本で、同年7月第4刷が手元にあるものだから、帯には【新・芥川賞作家の代表作にして第15回山本周五郎賞受賞作 書き下ろし長篇小説】の文字が躍っている。

約十年ぶりの再読。大方のことは忘れていたが、最後に来る衝撃的事実だけはさすがに覚えていて、それで最初から読んでいったがやっぱり知ってて読んで行ってもあれは分かりようがなかった。そして、鋭いサトルが気付いていたのはまあともかく、他の3人が知ってて知らんふりをしていたんだ、ということはやっぱりどっちかよくわからなかった。未来はともかく、良介が気付いてるかなあ、それであんなに淡々と平常心でいられるかなあと疑問ではある。やっぱり初読みのときに思ったように、みんなが気付いてて黙っている、というのは直輝の勘違いのような気がする。っていうか、気付いてて放置してるとしたらどうなのそれ、って憤りを感じるので知らなかったのだと信じたいというか。

この小説は長篇で、21歳良介、23歳琴美、24歳未来、18歳サトル、28歳直輝の5人がそれぞれの視点で順番に一人称で語っていくオムニバス形式の作品である。ちゃんと時系列に沿って関連付けもあって書かれているので順番に読まないといけない。
前回読んだときは「面白かった」らしいが、いまの感想は「確かに描写もしっかりしているし、作品としての出来はかなり良い(からそういう意味では「面白い」かもしれない)が、気持ち悪い話だから読んでいて不愉快だった」というのが正直なところである。十年前の自分の感想は何かに流されて書いたとしか思えない。襟首つかんでがくがくゆさぶりつつ「ほんまか?ほんまにそういう感想か?」と小一時間問い詰めたい。

注意!以下、ネタバレを含む感想です。

良介の身勝手な動物的言動は阿呆としか思えないし、先輩の彼女である貴和子は誰がどういおうと下種の極みだから大嫌いである。琴美は良介視点で読んでいるとあまりにも依存が高すぎてどうかと思ったけど、本人の章を読んで、友彦とその母のくだりを読んで、その思考過程と自分に正直であることの美点を知った。未来は深酒さえ無ければ、というかアル中にならないか心配である。サトルは最初ただの頭と尻の軽い軽薄な少年かと思いきや独白ではいきなりブラック全開で、とか言いつつ実際の言動はやっぱり幼さと素直さが残っていて、なんとかしあわせになってもらいたいものである。直輝については最初はただのクールな、年齢が他より上のこともあって落ち着きと世間智もあるイマドキおされ系社会人、と思っていたのだが最後で真っ黒な穴に突き落とされてイッキに理解不可能になるのでなんだが、うーん原因はどこらへんにあるのだろう。書かれている中でいえば美咲のこととかか。しかしもっと根深いものがあるんじゃないのか。っていうか他の4人、知っているなら本当、なんで放置してるの?何故直輝がここまでしなくちゃいけないほど病んでいるのを助けない?「チャットのような同居」だから?「言いたいことではなく、言っていいことしか言わない」関係だから?
うーん。わからん。
この5人は、同居してるけど、友達とか恋人じゃない、ましてや家族なんかでは決して無いのだ、アカの他人同士がたまたま都合が良いから一緒に住んでいるだけなんだ、ということを思い知る。

いまなら文庫版のほうが入手しやすいです。↓
パレード (幻冬舎文庫)
吉田 修一
幻冬舎
売り上げランキング: 4,112


2013/05/10

迷走パズル

迷走パズル (創元推理文庫)
パトリック・クェンティン
東京創元社
売り上げランキング: 93,592

■パトリック・クェンティン 翻訳:白須清美
以前からちらちら複数見かけるパズルシリーズが気になるので、まずは第1作を読んでみた。
ミステリーの中でも「パズラー」というと軽い明るい感じの作品だから本シリーズもそうだろうと思って。実際読んでみたら明るくてライトだったが同時に本格ミステリとしてもなかなかの出来でとても楽しく面白かった。よかった。

中表紙の裏に創元推理文庫は原題と原著出版年が書かれているから、この小説が書かれたのは1936年だということがわかった。第二次世界大戦の前で、世界恐慌の後くらいか、随分昔のミステリーだなあと思ったが新訳の効果なのか、実際読んでみるとほとんど古さを感じさせなかった。なにより素晴らしかったのは、舞台が精神病院なのだけれど、昔のそれにありがちな精神病患者への誤った差別認識などが気にならなかったこと。詳しいことはわからないけど、なんか、この著者はひとを尊敬することを知っているひとだなというのは伝わってきた。

ピーター・ダルースは若手でやり手の演劇プロデューサーだったが、劇場の火事で妻を亡くしてから酒浸りの日々を過ごしていた。しかし友人たちのアドバイスもあって、療養所に入所することにした。まず、この設定で自ら進んで入院するところがちょっと意外だなあ。
そしてこの精神病院で不穏なことが起こっていき、ついには殺人事件まで起きてしまうのである。

戦前の小説で、精神病院が舞台で、殺人事件が起こるといえば書きようによっていくらでもおどろおどろしく、陰鬱にすることが出来そうだと思う。たとえばこれが横溝正史の小説だったとしたならば。

でもこれはほんと明るい。なんでだろう。やっぱ登場人物のキャラクターのせいと、「パズラー」に徹して、人物描写とかぐだぐだやらないからかな。人間関係のややこしいのとか、さらっと書くだけ、主人公の内面描写もすごく表層的。というか、辛い事件でアル中にまでなったひととしては奥さんのこととか火事のこととかで苦しんだり悩んだりするシーンがほんと少ない。これは「舞台を精神病院にしたい」というのがまずありきで、そのために主人公を深刻な精神病だと探偵役が務まらないから、それが出来る症状のもの、として、それから「そうなった原因」を作ったからじゃないのかなー。完全な空想だけど。でも「まず原因」ありきで書いたらこういう書き方にはならないし、そもそもパズラーにはせずに社会派ミステリーとかになるはずだもんね。
そしてアル中で探偵といえばローレンス・ブロックのマット・スカダーなんかが連想されるのだけど、スカダーがそれを悩んだり、直そうとしてあれこれ苦労し苦しんでいたのに対し、ダルースはこれも全然。何故なら、この小説がはじまる時点で既に彼は治りかけているという設定だからだ。おおお。書けば書くほど「設定ありき」だった気がしてくるぜ。

「訳者あとがき」によればパズル・シリーズだけでなくピーター・ダルースが主人公の作品は全8作あるらしい。でもどうやら邦訳で入手できるものは限られているらしい。創元推理文庫で全部新訳で出してくれると揃えやすいんだけどなあ。あと、後記の『二人の妻を持つ男』はサスペンスらしいけど「傑作」と言われるとこれも読みたいぞ。東京創元社さん、よろしく!

2013/05/07

よい香りのする皿

よい香りのする皿
よい香りのする皿
posted with amazlet at 13.05.06
平松 洋子
講談社
売り上げランキング: 368,649

■平松洋子
しばらく前に書店で見かけたときには迷って保留にしていたらあんまり見かけなくなってしまって、アマゾンでも買えない。きれいな表紙(網中いづるさん)だったからやっぱり欲しいなあと思っていたらひょっとJ書店の棚にあった。まだ初版。

エッセイというよりはレシピ集。72点。
巻末にメイン素材別のさくいん【素材別につくるときのために】があるのが面白い。それぞれに推薦の文みたいなエッセイ付き。たとえば「キュウリ」料理はこれとこれとこれ、みたいな。

 木綿豆腐 ゴーヤー そうめん きゅうり 揚げ こんにゃく ちりめんじゃこ プチトマト 白菜キムチ ヨーグルト 焼き海苔 干物 ひき肉 卵 きのこ ほうれんそう 長ねぎ 春菊 れんこん しょうが さつまいも じゃがいも たらこ 味噌

日置武晴さんの写真がレシピではすべてカラーなのも美しくて嬉しい。
平松さんのレシピはちょっと変わっているので、実用書というよりは参考資料くらいがちょうどいいかな。そのまんますべてコピーして使ったことはないけど、要所・ポイントを使わせてもらってます。プチトマトは生でそのまま食べるのも美味しいけどスープに入れちゃってもまた違う発見があるんだー、とか。干物焼いてそのまま食べる以外にもこういう使い道あったんだー、とか。平松さんは辛いの得意みたいだけどわたしは辛い料理は食べられないので「これは、辛さありきの料理じゃないのか」とか見極めて。
お皿などの器、ランチョンマットとの組み合わせなどを見るのもわくわく楽しい。著者の他著書で見覚えのあるものも何種類かあって、使いまわしてるからリアルだなあ。基本的にシンプルだし。
眠る前に少しずつ、眺めて楽しんでいる。

2013/05/04

カソウスキの行方

カソウスキの行方 (講談社文庫)
津村 記久子
講談社 (2012-01-17)
売り上げランキング: 278,711

■津村記久子
表題作(中篇)と短編ふたつ収録。

「カソウスキの行方」
カソウスキは「仮想好き」。
イリエさんは仕事ができるのにめちゃくちゃ理不尽な理由で左遷というか、有閑部署に飛ばされた社会人女性である。28歳、独身。
憤懣やるかたない状況で、しかし生活のために甘んじて受け入れ同じ職場に留まらざるを得ない彼女は、自分をウィンドウズ98だと仮定して少しでもやる気のある日常にすべく同僚で唯一独身男性である森川氏を「仮に好きになったということにして」生きることにする。なんじゃそりゃ。
恋愛してると生活に張りが出る、というのはわかるけどねえ。しようとして出来ないから恋愛なんじゃないの?(そもそも恋愛体質ではないのでわからないが。そういえばわたしも「ときめきが欲しい…」とふっと思ったことはあるが)。でもイリエさんちっともときめいてないし。思い立ったはいいがあんまり成功してないようだ。ノリきれてなくて単に少しばかり注意深く観察したり気にするようになった程度。健康診断結果をコピーするとか「おィ、それは違うだろう」とつっこみたくなる。しかも兵馬俑のノートとか。なんでやねん。
先日読んだ同著者のエッセイ集でノートへのこだわり(=偏愛)を読んだばかりなのでにやりとしてしまう。いやでもそれを会社の経費で買っちゃうってどうよ(思いっきり確信犯だし)。アネモネの付箋は結局買わなかったというのと合わせて考えると「津村さん、狙ってるなー」という感じ。計算されたフィクションなのだ。
本人は大真面目なのだがどこかずれている、しかしそれをおかしみとして書いた小説ではない。全体にユーモラスな空気が漂っているが「ずれ」がテーマなのではなくこういう生き方のスタンスそのものが、視点が、「ふつうってなに?」という普遍的な根本的な問いを投げかけていて、面白いのだと思う。

「Everyday I Write A Book」
野枝さん自作の化粧水がわたしも欲しいと思った。ロハスってわけじゃないのにこういうの、これも著者のエッセイ集でハーブに凝ってチンキとか作っちゃうと知っているのでにやり(二回目)。
他人の結婚式で「良いなあ」と思う異性がいたがすでに婚約していると知ってショックを受ける、これはよくある話だと思うが現代社会ゆえに相手の女性のブログとか見てそのふたりのラブラブ日常を見ようと思えば見れちゃうってのが傷口に塩を塗る、という感じ。見たくないのに、不愉快なのに、でも毎日チェックしてしまうというのもまあ、わからないでもない。果てしなく不毛なので第三者だったら止めるけどね。当事者のこころは複雑なのだろう。

「花婿のハムラビ法典」
これは男性が主人公。ハルオは、恋人サトミから不義理(デートに遅刻とかドタキャンとか)をされると同程度の不義理を仕返す、という自分ルールを作っている。意味不明、とかそりゃ違うでしょ、とかいろいろつっこみたくなるがサトミにも全然共感も同情もできないのでどうでもいい。これの妹も気持ち悪い。
3篇中、この話だけが文章も内容も「まずいなあ」と思った。なんで?と冷静に読み返してもやっぱりわかりにくい書き方としか言いようがなかった。このふたりが結婚、しかも女側の浮気の直後に決めたとか何それ理解不能。まあ勝手にすればって感じなんだけど、なんなんだろうねこの話。
気になるのでググってみたら、こんなインタビュー記事があった。そうか、初めて書いた話だったのか、なるほどなあ。



あいかわらずまるっとは共感しにくいひとたちが主人公の話ばかりだ。反発を覚えるとかじゃないけど(あ、でも3篇目はちょっとあるかな)、思考回路・行動原理が微妙に違うので「なんでそうするの」と小さく驚きつつ読むみたいな。全然違う、とか大きく違う、んじゃなくて、少しずつの差異。対談集とエッセイ集読んで少しは近づけたかなと思ったんだけど、っていうかあの考え方のひとが小説を書くとこうなるんだね。

解説は藤野千夜。
装画は田雜芳一(たぞう・ほういち)という方で、遠目にいつもこの表紙は写真と思い込んでいたので、ちゃんと見てそれが絵だったのでびっくりした。
カバーデザインは名久井直子さん、『二度寝だけ』の装丁もこのひと、っていうかまさか全部そうなのかな?(後で調べたらそういうわけではなかった。でも名久井さんの装丁の本はわたしのいままで読んだ本の中にもたくさんあって、どれも印象的な仕事だということがわかって、尊敬)。