2013/04/28

やりたいことは二度寝だけ

やりたいことは二度寝だけ
津村 記久子
講談社
売り上げランキング: 91,729

■津村記久子
このエッセイ集は、以前から書店で見かけて面白そうなタイトルだなと気にはなっていたのだがなんとなく保留していたところ、先に後から出た『ダメをみがく』をあっさり買ってしまい、それで著者についてもっと知りたくなった。最初に数ヶ月前よく見かけて迷っていた手近の書店にいざ買おうと決めて行ったらもう置いてなくて、某ショッピングモールの中の書店にはあったが第4刷だったので初版好きとしてはためらって、その後某大型書店に行ったらあっさり初版が置いてあったので喜びつつ購入したが、少し不思議にも思った。大きい本屋さんは最初の仕入れが多いということなんだろうけど。

2012年6月に出た本だが、内容は2009年に書かれたものが割合として最も多い。2009年といえば津村さんが芥川賞を受賞された年である。
中身は大きく4つのグループに分けられている。

Ⅰ 今週の検索
日経新聞夕刊に2009年7月7日~12月22日に週1回掲載されたもの。

Ⅱ まぬけな日々
朝日新聞夕刊(大阪版)に2009年4月3日~2010年3月5日に月1回掲載されたものと、雑誌「東京人」「ポンツーン」「新潮」「すばる」「野生時代」「文藝春秋」「文學界」に2005年~2010年に単発掲載されたもの。

Ⅲ まぬけな日々だが潤う
雑誌「群像」「文芸ポスト」「小説すばる」「別冊文藝春秋」「真夜中」「新刊展望」「J-novel」「野生時代」「一冊の本」「週刊朝日増刊」「Number」「すばる」に2005年~2010年に掲載されたもの。

Ⅳ 作家で会社員
雑誌「本」「文學界」「本の旅人」「yom yom」「群像」、東京新聞夕刊、未来研会報、産経新聞夕刊(大阪版)に2008年~2010年に掲載されたもの。

「Ⅱ」と「Ⅲ」で具体的に「潤い度」が違うかといわれたらよくわからない。とりあえず全部面白かった。それは興味深いという意味だったり、文字通り笑える・おかしみがあるという意味だったり、好ましいなあ、という意味だったりする。共感、はしたりしなかったり。例えばわたしはノートやゲームに耽溺しない。マスキングテープも最近雑貨屋とかで見かけるようになって可愛いなあとは思うが使い道が思いつかないので買ったことがない。養生テープは手で簡単に切れて便利なのでガムテの代わりに愛用しているがこれは趣旨が違うだろう。

特に反応した記事タイトルだけ列挙してみる。( )内はわたしのメモ。
「パン・アンド・ミー」(炭水化物がごちそう、という心境にはなったことないなあ)
「アッパッパーの狡猾」(いまアッパッパーなんて売ってる?と思って読んでいたらチュニックのことだった。これは笑った)
「個人的な歳時記」(「すべての行動を歳時記にのっとって生きている人」の話、は面白そうだから読みたい)
「多様さの肯定」(少数派はいろいろ無神経なひとに説明しなくちゃいけないんだよねーめんどくさいよねー)
「お茶屋と文筆業」(津村さんのスタイルがわかって面白かった)
「商店街の鑑賞」(天神橋筋商店街っていつもすごいと聞くけどやっぱりそうなのか、いつか行きたいと思いつつ)
「なんとなくの旅はつづく」(せっかく奈良に来てこれだけ観光してないって逆にすごい)
「本屋さんと話す楽しみ」(「やった、行ったと帰りの電車で手に汗を握っていた」って、なんかかわいいなーと思った。いいひとだ、津村さん)
「こんなはずではなかった」(正直な文章だなあ)
「あとがき」(この本は、とっても面白かった。確かに派手さはないけれど、地味かもしれないけれど、だからこそ本当に地味な生活を送っている自分には浸み込む感じがした)

この本を読んでいると何箇所も出てくるんだけれど、津村さんは裏紙でメモ帳を自分仕様にいろいろ考えて作っていて、それに小説のメモをたくさん書かれていて、すごく有意義な感じである。会社で事務やってると裏紙は大量に出るけど、せいぜい電話メモにしか使っていない。あの裏紙をこんなにも大切に、裏紙の種類とかも考えて再利用されているのかとなんだか立ち止まって「おー」と言いたくなるくらい感心した。そもそもパソコンを使うようになってから手書きのメモ自体ほとんど取らない人間にはなんだかもう「すごいなあ」という感じである。ちょっと見習ってみる? って小説書かないのにどう真似る? 買い物メモとか?

「やりたいことは二度寝だけ」というタイトルだから二度寝について、もしくは睡眠時間やなにかしらそれにまつわるテーマで書かれていたりするのかと思っていたのだが本編にそういうのは無く、「あとがき」でそれについての釈明が書かれていた。にしても何度かに分けて睡眠されるのは『ダメを磨く』にも出てきたけど、いっぺんにたっぷり寝たくならないのかなあ。

2013/04/24

ギッちょん

ギッちょん
ギッちょん
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山下 澄人
文藝春秋
売り上げランキング: 29,403

■山下澄人
表紙買い。
全然知らない作家だったけど、表紙の装画がすごく良いなと思った。最初はアマゾンのおすすめに上がってきて、おっ、と思ってググったら1966年生まれで、本職は劇作家さんなのだ。『緑のさる』という本が先行して出て話題になったそうだ(知らなかったけど)。その後、書店で見かけて購入を決意。芥川賞候補作の表題作も含めて3つの話が収録されている。

「ギッちょん」
「わたし」は女の子と思って読んでいたら途中で男の子とわかった。最初07で7歳からはじまるのだが次の15でいきなり15歳の話になっており、しかもどうも暴力とか喧嘩の世界に生きる不良になっており、なんだか頭のなかが残念な感じに成長しているらしく、しかしココロは7歳のときに見せていた健気さというか純粋さみたいなものを忘れていないのが伝わってきて、だから殴ったり蹴ったりしているのも「悪い」と思えない。子どもがそのまま大きくなって、力だけはやたら強くなっちゃって、もてあましてる感がする。そしてこの小説がすごいところはそのうちに27.19.07.19.07.19.27.07.28とか書いて、そしてその章にはその年齢の「わたし」の言動や思考が書かれるわけなのだが区切りもなにもなくいきなりその時代の話になってまた戻ったりするので、最初「なんだこれ?」と戸惑った。でもそういうことしてもあんまり混乱しないで済むのは、ちゃんとその年齢ならではの友人知人名などのキイワードがあり「ああここは7歳」「この2行は15歳」とかわかるからだ。そして主人公の視点や考え方の基本が何歳だろうとあんまり変わらないというか揺るがないので、違和感がないのだ。
この「わたし」はなんというか、気は優しく力持ち、なんだろうけど、たぶん悪がきで、成長と共に体もごっつく育って、周囲のひとを恐れさせる風貌なんだと読んでいるとわかる。こんなに単純な思考なのに、周りのほうがいろいろ忖度して勝手にびびったり焦ったりしているのもわかる。根が単純なので、大人になってからは周囲に良いように利用されたりもしている感じなきにしもあらずだけど、本人が気にしてないっぽい。読んでいて少し哀しい。「すん」と鼻をすすりたくなる感じだ。
小学生だった「わたし」が中学生になり、青年になり、社会に出て、壮年期を迎え、そして62歳で死にゆこうとしている。こういうひとだから、順風満帆とはいかない。家賃が払えなくて追い出され、公園に住むことを考えたりしなくてはいけない。でも悲壮感はあんまりない。
母を、父を蝕んだ病魔が「わたし」をもおそう。
めまぐるしく入り乱れる時系列は走馬灯の意味もあるのか。
読んでいると胸のどこかがさびしいような、不思議な感覚がして、主人公に深い同情をいだいている自分に気づく。

「水の音しかしない」
これまた不思議な、奇妙な世界へ何気ない日常から知らぬ間に引き摺りこまれているのだが、2011年3月11日の午後2時46分ですべては変わった、というフレーズが繰り返し出てくる。
夢なのか悪夢なのか、あまりにも残酷すぎる体験が主人公の精神をあらぬ方向へ連れまわしているのか。
身近にある駅の通勤風景、仕事場の様子、内田百閒の書く摩訶不思議な世界にそれはどこかとてもよく似ている。日常を描いているようで、どこかで狂っている。少しずつズレていく。気が付くと、どんどんおかしくなっているけれどもそれをそのまま受け入れて流れていく主人公。
いままであった、ごくふつうの日常が、あの日、突然、ものすごいちからですべてをうばっていった。
そのことを考えずには、いられない。
「いままでの世界」「いままでいたひとたち」はいまもどこか、違う次元でずっと続いていて、こちらにはまた違う次元があって、この小説の主人公はそのあいだを行ったり来たりしている、そんな感じも少しして、不思議だ。完全に奇妙な世界だけが描かれるんじゃなく、ひとつひとつは詳細がくっきりしていて現実味があるからよけいそんな感じがするような。3篇のうちでこの話が一番好きだ。

「トゥウンブクトゥ」
電車の中からはじまったそれは、やはりあっというまに非日常の、少し狂気の混じった、でもまばたきするといつもの何気ない空気に戻る?かのような微妙なバランスを保ってぐらぐらしながら進んでいく。
複数出てくるひとびとの、それぞれの視点にいつのまにか移行していき、それぞれの思考がざわざわと流れていく。
この話でも海が、あの津波が、出てくる。
なんなんだろう、平和で平穏な日々の風景があっというまに変貌し、流され、暴力的に変えられてしまうということを、ぐいぐいと、まっすぐな目で伝えられているような感覚がする。この話を読んでいるときに「というか」というフレーズが頻繁に出てくるのが気になった、「わたし」の多用は最初の話からそういう意図で書かれているんだなと了解したが。「というか」を入れるのはたぶん、純文学専門の小説家は意図的でなければやらないだろう。その言葉をつかうことでいきなり空気が変わる、という言葉があるけど、「というか」はかなりその部類だと思う。ふつうの純文学なら地の文ではまず使わないだろう。あえて多用することによってどういう効果があるのか、別に良い結果につながっているとも思えないのだが、よくわからない。
狂気と暴力と死が何度も描かれるその雰囲気は昔の筒井康隆のブラック小説に少し似ているように思った。

とりあえず一度読んだだけでは未消化な部分が山積みなので、もう少し読み込みたい。
難解、というわけではないが、そして読んでいると何故かめちゃくちゃ心地よいのでおそらく文章が良いのだろうが、理屈が追いつかない感じだ。感性だけで面白いと断じている状態。

表紙の絵は1976年生まれの安藤正子という画家による「おへその庭」なる2010年の作品。素晴らしい。

2013/04/23

ピーコとサワコ

ピーコとサワコ (文春文庫)
阿川 佐和子 ピーコ
文藝春秋 (2011-08-04)
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■阿川佐和子・ピーコ
対談形式で、ずうーーーーっとおふたりが喋りまくってる感じの、絵が見えるような本。
単行本は2005年2月刊。
文庫版には2011年5月16日収録の、震災後の特別対談が収録されている。
はじめに、はピーコさん、おわりに、は阿川さん。

ピーコさんはテレビで昔からちょこちょこ見てこのひとが喋ることはなんて真っ当なんだ、といつも尊敬していたし、『片目を失って見えてきたもの』を読んでますますその意を強くした(いまブログ見直して2002年の記事だったのでびっくり、もう10年以上前のことだったのか)。
阿川さんのは、やはりテレビでちらちらお見かけするほか対談集と小説を1つずつ読んだことがあるだけ、でも最近土曜の朝に番組を帯でやってらっしゃるので目にする機会は増えたかな、ゲストによって観たり観なかったりだけど。

とりあえずおふたりとも尊敬する人生の先輩なので、どんなことを話されるのかと興味津々で読んだら予想以上にどうでもいい話をしてらして、逆に尊敬した。偉ぶらないなあ。でもその中にしっかり一本スジが通っているので、ネタはどうあれ、芯が残るんだよね。明るく朗らかで聡明でらっしゃるので、楽しい。読んでいてすごいなあ、と何度も思った。ピーコさんってほんとに人間としてレベル高過ぎなのでわたしなんか絶対真似できない。でも学ぶことは出来るはず、なにかしら、得ていけたらなあと思う。大切なことは何かってちゃんとふまえて流されない、ってしかもそれをナチュラルにやる、って誰にでも出来ることじゃないよなあ。それにしてもピーコさんの恋愛観はいろんな意味で衝撃的だった。そうかそういう愛もアリなんだ。
阿川さんのことももっと出てくるのかと思ったらけっこう聞き手に徹してらっしゃった。

2013/04/20

ステーキを下町で

ステーキを下町で
ステーキを下町で
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平松 洋子 谷口 ジロー
文藝春秋
売り上げランキング: 6,914

■平松洋子 画・谷口ジロー
平松さんと谷口ジローとのコラボ第2弾である。
第1弾は、いろいろ迷って買わないうちに第2弾が出た。これも少し躊躇したけど、えーい平松さんの食べ物エッセイはテッパンなのだ読むべしなのだ!と購入。

なにがわたしを躊躇わせたかというと谷口ジローの挿絵代わりの挿し漫画。わたし、このひとの代表作のひとつである『孤独のグルメ』は途中で挫折したクチなのである。
今回も、最初は正視できなかったのだが、平松さんの文章はやっぱり素晴らしくて、それを読み込んでいくうちにちょこちょこ出てくる漫画にもちらちら視線をやって、だんだん慣れた。食べるときに吹き出しで「あぐ」とか「ずるっ」とか書いちゃうクセも苦手だなあ。絵は巧いと思うんだけど。

いつも美味しいものをみつけるのが上手くて、誉めるのが上手な平松さん、ちょっと気張ったお店、こだわりの名店もよくご存じだけど、本書はわりにリーズナブルなのが多いかな、だって「餃子の王将」が目次にあるんだもん。ええっ、大衆チェーン店がこういうグルメ本に採り上げられちゃうってアリ!? と意外に思ったけど、読んで納得。本書のコンセプトには合ってるわ。びっくりしたのは平松さん、王将「はじめて」だそうで。まあ、男性向けのチェーン店だもんねえ。グルメの女性は機会がなきゃ入らないか。身近なお店が上手に誉められていて、さすがだなあ、良いところを探して書くというスタンスは企画もあるけどやはりお人柄なんだろうなと。

そこに美味しいものがあるならば、北は帯広・根室、南は那覇・鹿児島、どこへだって飛んでいく。そのバイタリティ、行動力、好奇心の強さには頭が下がる。食べ物への溢れる愛がもたらすのだろうか。本書の企画じゃないけど、韓国の本場のホンオフェを食べたいその情熱一心で全羅南道木浦というところまでわざわざ旅をして、という記述があったりする。なんというチャレンジャー。

本書のおしながきを写してみる。一緒に出てきた店も記して、【 】内におおまかな所在地を書いていかにあちこち行かれているか、そのフットワークの軽さを示してみたい(なお、本には細かい住所、電話番号も掲載されている)。食べてみたい度も示してみた。

梅さんの豚丼
 【帯広市】元祖豚丼のぱんちょう★★、はげ天(本店)、ランチョ・エルパソ

黒豚ラブ
 【鹿児島市】味のとんかつ 丸一、黒豚料理 あぢもり、分家 無邪気★

津軽の夜はいがめんち
 【弘前市】成田専蔵珈琲店、しまや、居酒屋士紋★★★、レストラン山崎

朝の大衆酒場、夜はスナック
 【東京都北区赤羽】まるます家 総本店、八起、立ち飲み いこい本店

ステーキを下町で
 【東京都葛飾区】宇ち”多 【東京都中央区月島】韓灯 【東京都墨田区東向島】レストラン カタヤマ★

てぃーあんだの味
 【那覇市】すずらん食堂、COFFEE potohoto、べんり屋、うりずん、御殿山★★

はじめての「餃子の王将」
 【千代田区】水道橋店、【新宿区】高田馬場店、【横浜市】桜木町店、【京都市中京区】四条大宮店

根室のさんまにむせび泣き
 【根室市】俺ん家、辰政、【釧路市】和食・拉麺 北斗

ぐっと噛みしめる
 二東マッコリ(閉店・上野)、【渋谷区恵比寿】レストラン アラジン

鮟鱇がもっくもっく
 【青森県下北郡風間浦村】あさの食堂、さが旅館

赤目四十八瀧、運命のうどん
 【京都市左京区】日の出うどん、【京都市東山区】おかる、権兵衛、【京都市中京区】やまびこ、【京都市左京区】てしま

三陸の味、北リアス線に乗って
 【岩手県久慈市】三陸リアス亭★★★、【岩手県宮古市】魚元★、まんぷく食堂★★、すがた

ただいま東京駅、発車時刻三十分前
 【東京駅構内】グランスタ、サウスコート「駅キュート東京」

取材したぜ! 食べたぜ! という満腹感満載のきらきら贅沢な一冊。お財布にもやさしく、身も心もあたたまる(!?)。

2013/04/14

色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
村上 春樹
文藝春秋 (2013-04-12)
売り上げランキング: 1

■村上春樹
村上春樹が3年ぶりに新刊を出す、内容はいっさい明らかにされていないがタイトルだけ事前発表された、という情報をわたしが最初に得たのは全国紙の夕刊のベタ記事からだった。掲載面は第2社会面だった。びっくりした。ふつう、書籍情報を新聞で知る場合、それは書評面からだったり、出版社の広告からだったりする。村上春樹が新作を発表すると一般記事になる。やはり日本人作家の中でいま一番ノーベル賞に近い(とされてけっこう久しい)からというのと、『1Q84』があれだけ売れたという実績がものを云うのだろう。

どうしようか迷ったけれども、世間の評判がどう出ようと自分で実際に読んでいないことにはなんとも言えないだろうから、とりあえずネットで予約しておいた。発売日に配達され、その夜から読みはじめ、今日も夕方から夜にかけて集中して頁を繰り、最後のページまでいちおう丁寧に読んだ。

読む前に、タイトルだけを与えられて漠然と想像していた話とは違ったし(「巡礼」するくらいだから多崎つくるはまだ不安定な思春期の少年かな?とか思っていたら36歳、思いっきりイイトシをした大人、同世代だった)、最初の100ページくらいを読み終えた時点で中断したときにこれまでに書かれた情報から「これからどう展開するのだろう」「これはなにをテーマにした小説だろう」ということについてしばらく考えたりしたのとも全然まったく違うはなしだった。

身もふたも無い言い方をするならば、わたしはこの小説を読んでもなにも感動しなかったし、新しく得るものも特になかったし、登場人物の誰にも共感できなかった。この中の誰かともし現実で会ったとして、あたりさわりのないつきあいは出来るだろうが、積極的に深くかかわりたいという魅力も感じなかった。
たしかにある種の面白さはあるし、説明できないけど巧さもあるから、悪くはない。でも好きだとは思わなかったし、村上春樹の作品の中で特にどうという域にも達していない。本作でノーベル賞を受賞したりしたらおおいに首をかしげるだろう。

のっけから主人公の深刻な告白があり、死や理不尽な出来事、不可解な謎などの不安な要素がばらまかれるから、その「謎解き」を知りたくて、あるいは純文学だからそれはそのまま放置される可能性もあるがそれでも「著者がどこまで書くのか、あるいは書かないのか」を知るには最後まで読むしかないので引きつけられはする。そういう引力は十分すぎるほどある。「架空の話を読んで余暇を過ごす」というエンタメ的な魅力は十分と言えるだろう。村上春樹はエンタメ作家ではないはずだが。
最後まで読んで、しばらくぼうっとした頭で反芻し、いろいろ説明されないままのことが実に多いことに少し意外な気はしたが、まあそういうスタンスで書かれたんだなと思えば納得できなくはない。ただあらゆる意味でカタルシスが得られなかったので感情の持っていき場をしばらく整理するのに一呼吸要る感じだった。

わたしは村上春樹の初期の作品が特に好きで、『世界の終り』とか『羊をめぐる』とかがベストなのだが、『ノルウェイの森』は十代のころに一度読んでもうこれは再読しなくていいと思ったし、どんな話だったかはほとんど忘れてしまった。今回の新作を読み終えてからアマゾンのレビューにざくっと目を通すと『ノルウェイの森』と関連付けて感想を書いておられる方が複数いて、なるほどな、と納得した。

それにしてもあいかわらず不愉快な例の描写はねちっこく出てきて、これだけは昔からほんとうにイヤである。書かずにはいられない作家なんだろうけど。そして頭っから村上春樹を無視できるほど無関心ではいられない自分を自覚してはいるのだけれど。

2013/04/13

鳥と雲と薬草袋

鳥と雲と薬草袋
鳥と雲と薬草袋
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梨木 香歩
新潮社
売り上げランキング: 2,831

■梨木香歩
西日本新聞に2011年12月13日から2012年2月28日のあいだ連載されたナッキーの最新エッセイ集。書き下ろしの「あとがき」には「葉篇集」なる言葉もあって、「掌篇」よりもはかなげなそれを指した「ある方の造語」らしい。49の、著者の思い入れがある土地の、名前についての由来やその風景、生活の様子が綴られたとっても美しい本。一篇一篇は短いけれど、ギュッと濃縮された感じ。中身も、装丁も、挿絵もいとおしい。

地名は九州のものが多く、それは掲載紙の購読地域がそれと重なるという配慮かららしい。有名どころもあるが、地理に詳しくないわたしには聞き覚えのないものが多く、読み終えてからいくつかグーグルマップで探検(?)してみたりした。『渡りの足跡』のときなんかもそうだったけど、というかナッキーのエッセイにはそういうのが多いけれども、ふだんわたしが意識していなかったり、ごく大雑把にしか類別認識していないピンポイントについてこと細かく愛情いっぱいに語られていて、おおそこにそんな深みと広がりがあったのかと開眼させられることが多い。

無知をさらすのを承知で打ち明けると、わたしは「岬」とかの類語として「鼻」が用いられているというのをまったく知らなかった。そしてこの本で知ると同時にものすごく面白く感じた。出っ張ってるから、「鼻」なのかと思ったら「端」の意味でそう云うんだと、へええええ。
このエッセイ集は土地の名前が毎回タイトルになっているが33回目に「長崎鼻」という回があって、長崎県にある岬の話かと思ったら鹿児島県の話だそうで(「長崎鼻」は九州だけで4か所もあって、長崎市にもあるそうだが)、つまりこれは「長いみさきのみさき」みたいなニュアンスなのらしかった。面白いなあ~。

いろいろググってみたらウィキペディアの「岬」の項目にこうあった。
岬・崎(さき、みさき)は、丘・山などの先端部が平地・海・湖などへ突き出した地形を示す名称。半島や島の最先端部に多くあらわれる。海岸の岬は夜間・悪天候時の船舶の航行の障害となるため、灯台が設置されることが多い。
「さき」は「先」の意味で、「みさき」と読む場合の「み」は接頭語である。地名につく同義語に「前」・「埼」・「碕」、西日本で多く見られる「端」の意味の「鼻」がある。


一番最初の連載で「タイトルのこと」として、どうしてこういう題名にしたのかという説明がある。地名をグループに分けて紹介していて、そのスタンスも著者らしくて、興味の方向が感じ取れて、興味深い。

 まなざしからついた地名
  鶴見/富士見/魚見
 
 文字に倚り掛からない地名
  姶良/諏訪/田光/戸畑/由良

 消えた地名
  京北町/栗野町/稗貫郡/武生

 正月らしい地名
  松ノ内、月若

 新しく生まれた地名
  四国中央市/南アルプス市/蒲郡/東近江市/八峰町

 温かな地名
  日向/日ノ岡/椿泊/小雀/生見

 峠についた名前
  善知鳥峠/星峠/月出峠/冷水峠/杖突峠

 岬についた名前
  宗谷岬/禄剛崎/樫野崎/佐田岬/長崎鼻

 谷戸と迫と熊
  殿ヶ谷戸/小さな谷戸/水流迫/唐船ヶ迫/熊

 晴々とする「バル」
  長者原/西都原/新田原/催馬楽

 いくつもの峠を越えて行く
  山越/三太郎越/二ノ瀬越/牧ノ戸峠

 島のもつ名前
  風早島/甑島列島/ショルタ島


人名や地名は知らないと読めない難読漢字があるけど、例えば「新田原」と書いてあったら「しんたわら」と読んじゃうところが正しくは「にゅうたばる」、なんて絶対読めない(と、ここのところを書いているとき強烈な既視感が。でも本書は新刊だし読んだの初めてだからうーん、なんだろうこのdéjà-vu)。
っていうか「しんたわら」と読む地名も普通にありそうだよね。地域によって違う、みたいな。面白いなー。ちなみに「にゅうたばる」は宮崎県にあるらしい。

本書には巻頭に日本地図があって、とりあげられた49の地がだいたいどこらへんにあるかを示してくれている。親切だのう。

装画・挿絵は「西淑」という方(ホームページhttp://nishishuku.net/)、装丁は「新潮社装幀室」。
薄めだけど、広がりのある良い本だ。 

2013/04/06

ジーノの家 ――イタリア10景

ジーノの家 (文春文庫)
内田 洋子
文藝春秋 (2013-03-08)
売り上げランキング: 8,868

■内田洋子
帯に「日本エッセイスト・クラブ賞 講談社エッセイ賞 史上初、ダブル受賞した名品」とあって、おおそれは読んでみたいと購入。冒頭からたちまち引き寄せられ、ひとつめを読み終わる頃はすっかり内田さんのファンになることを決めていた。
「これは、女性版・堀江敏幸だな」というのがわたしの中のイメージ。
問答無用に巧い。そして静かにドラマチックなものを書く。外国の空気を颯爽と身の内に流して生きているイメージ。
とはいえ、文体は装飾の多い堀江先生とは全然違って、簡潔に、しかもあたたかさを伴って紡がれている。
なんなんだろう、この良さは。さらりとしていて無駄なものがない文章はけれども淡泊というわけでは決して無く、女性ならではの視点で町の様子やひとびとの服装などが丁寧に描かれている。著者のからりとして知的な、信頼のおける人柄が文章から伝わってきて、好感を持たずにいられない感じ。

内田さんはイタリア在住30余年だそうだ。1959年神戸市生まれ、東京外国語大学イタリア語学科卒。通信社ウーノアソシエイツ代表というジャーナリスト。ああ、やっぱりそういう職業柄、簡潔にしかも興味をひくような題材と文章を選ぶ能力に長けてらっしゃるのかも。

十篇ざっくり感想。
黒いミラノ
イタリアはやっぱ治安が悪いんだなあと思った。警官を家に食事に呼んだときの話が興味深い。
リグリアで北斎に会う
灰色なことは灰色のままで、ってことかなあ。キヨコさんの話は大河小説になるよね。
僕とタンゴを踊ってくれたら
神父の恋の話、こういうぎょっとするスキャンダルをさらり、となんでもないことのように書いてくるあたりが凄い。
黒猫クラブ
非常時を経て、雨降って地固まる。こういうときの言動に人柄というのは出ると思う。そういう意味でも著者は素晴らしい。
ジーノの家
そのまま映画かドラマになる話だ。ところで、ステファニアの子どもはどこへ行ったのかな。花売りも子連れでやってたの?
犬の身代金
なんかの比喩かと思ったら、イタリアでは身代金目当ての犬の誘拐事件がけっこう普通にあるらしい。ひえー。
サボテンに恋して
見とれるような美男子とサボテンのジャムの話。一歩間違えば破滅になりそうな罪な美しさ、だけどその真面目さが良かったんだね。
初めてで、最後のコーヒー
なんかたぶん、現実にはこわいのかも知れないけど、小説っぽい感覚だと「格好いい」。そして最後にしんみり。
私がポッジに住んだ訳
シスターが素晴らしくユニークで魅力的。ポッジに住むひとにはいろいろ事情があるようで。
船との別れ
海から引き揚げられた、木製の帆船をめぐるドラマ。職人さんのキャラが良い。船に惚れ込んだ人々のいろんな立ち位置からの物語。

エッセイだけど、まるで一篇の短篇小説のように、時にドラマチックに、時にミステリアスに、謎めいていたりほっこりとあたたかかったり。いろんなイタリアの人情が、町が、空気が描かれている。
わたしが特に好きだと思ったのは黒猫クラブ、私がポッジに住んだ訳、船との別れ、かな。

2013/04/03

ダメをみがく “女子”の呪いを解く方法

ダメをみがく: “女子”の呪いを解く方法
津村 記久子 深澤 真紀
紀伊國屋書店
売り上げランキング: 5,221

■津村記久子、深澤真紀
芥川賞受賞作を表題作とした『ポストライムの舟』所収の「十二月の窓辺」は強烈なパワハラ小説で一回読んだら忘れられないインパクトだが、著者が新卒で入った会社での実体験を小説にしたものだそうだ。その後転職して、芥川賞受賞後もずっと会社員と作家の二束のわらじを続けているということで、「純文学作家」としてだけでなく、同世代で・会社員を続けている・同性で・関西人、というカテゴリで一緒になる津村さんに対してシンパシーを感じている。
そんな彼女が仕事や生活をテーマにして、誰か知らんけど(有名らしい)もう一人の女のひとと本を「出さはった」。中身をぱらっと確かめるとおお珍しい、全篇対話形式である。すごく気楽に楽しく読めそうだ。
帯には【大人だから耐えてやってるんだよ、調子のんなよ!】とか胸のスッとすくようなキレの良い啖呵が切ってある。
というわけで読んでみた。

深澤真紀さんという方は、数多くの転職を経験された編集者さんで、「草食男子」という流行語にもなった言葉を作ったひとだそうだ。働き方とか生き方の本を書かれたり、講演をされたりもしているらしい。わたしの周りにはあんまりいないタイプ、かなあ。周囲の空気に無理に合わせたりせず、我が道をいく感じ、いろんな意味で「強そう」。仕事はとても出来そう。味方も敵も多いんじゃないかな。
津村さんは、その著作を読んで抱いていたイメージとほとんど逸れなかった。淡々としていて、クール。すごくきっぱりしていて、女々していない。(ちなみに最近ついに会社員をやめて作家一本になられたそうだ。えええ!辞めたくなさそうだったのになんで!(深く語られていないけど、体力問題のほかにもいろいろ事情があったようだ))。

この本を読んで「より良く生きる」とか「高めあう関係」とかいう考え方を明るく笑い飛ばしちゃうお二人にびっくりし、ああ・そういうのって目標にしなくてもいいんだ、と目からウロコだった。努力しないってのはあれだけど、そういう世間が作った形に縛られてガンジガラメで息苦しくなってんのはバカらしいってことかな? うーんそういう考え方ってあったんだ。
100%共感、とかではなかったけど「言っていることはよくわかる」と思った。「わかるけど、わたしはそうは思わない」とか、「そういう視点があるっていう逃げ道を教えてくれて少しほっとした」とか、笑ったり唸ったりしながら愉しく読んだ。津村さんのパワハラ上司がいた職場の話とかは読んでるだけで苦しくなったけど……しんどいよなあ絶対。

しかしこの本を読んだだけで楽になれる、とか「“女子”の呪い」が解けるかというと、それはどうかなと思う。ふだんぼんやりと「これはおかしいのではないか」「世間ではこうだけどわたしはこう生きたい」と考えていたことと重なることがあって、ああお二人に太鼓判を押してもらえたとは思うけど、「津村&深澤的考え方」がイコール世間のそれ、というわけじゃなく、どっちかっていうと、変わっているとか、少数派だというのはご自身もおっしゃっていることだから。
心に響いた部分をいくつか抜き出してみる。
【他人を使ってガス抜きするやつから逃げろ】
【「心なく仕事する」ほうが長く働けるからそれでいい】
【がんばりとか努力は、受け取る相手次第だから、必ずしもうまくいかない。でも工夫は自分だけのためのものだから、私を裏切らない】
【長く働くためには、周囲に興味を持ちすぎない】
【「本当の自分は自分の中にはいない」し、「本当の自分はたったひとりじゃなくて、誰と関わるかによっていろいろ変わる」】


久世番子さん(ググったら漫画家さんだった)の装画がユーモラスで可愛い。「あとがき」によれば津村さんがドラクエの神父の格好をしているのはご本人のリクエストだそう。
あと雑談の中でフォントの「メイリオ」絶賛があって、これはXPには入っていない新しいフォントなんだけど、わたしもこれを初めて見たときは感動したよ! なんか普通のゴシックがドット絵だとしたらメイリオは最近のCGグラフィックスみたいな。なめらかな境界が美しいのよねえ~(当ブログもメイリオ指定で作成していますがご覧の環境により表示は変わります)。