2013/03/29

悪魔と警視庁

悪魔と警視庁 (創元推理文庫)
E・C・R・ロラック
東京創元社
売り上げランキング: 11,161

■E・C・R・ロラック 翻訳;藤村裕美
創元推理文庫のコーナーで新刊が平積みになっている中で、この刺激的なタイトルがまず目にとまった。知らない著者名だったが帯に「クリスティに比肩する英国探偵小説黄金期もう一人の女王」との文字が躍っていて手に取らないわけがない。まあ、いままでの経験から帯を100%信じるというのは無理なので、どうかな、とも思うけどミステリファン、英国ファンとしては読んどかなきゃでしょう。
中表紙裏の記載によれば、1938年に書かれた小説らしい。

濃霧に包まれた晩秋のロンドン。帰庁途中のマクドナルド首席警部は、深夜の街路で引ったくりから女性を救った後、車を警視庁に置いて帰宅した。翌日、彼は車の後部座席に、悪魔(メフイストフエレス)の装束をまとった刺殺死体を発見する。捜査に乗り出したマクドナルドは、同夜老オペラ歌手の車に、ナイフと『ファウストの劫罰』の楽譜が残されていたことを掴む。英国本格黄金期の傑作、本邦初訳。】(東京創元社HPの紹介文より)

なかなかセンセーショナルな出だしで、興味を引かれる。現場近くでは仮装パーティが催されていたので、メフィストフェレスの格好をしていた人物は複数いた。しかも件の老オペラ歌手もその扮装をすると事前に新聞などに載せていたのが、土壇場になって「大貴族」の仮装に変えたという事情があった。

被害者は誰なのか、殺人者の狙いはなんだったのか。
どうやらマクドナルド主席警部はシリーズもので、本書はその数ある中でも中期のものにあたるらしく、本国でリアルタイムに読まれていた読者にはお馴染みの優秀な人物らしい。
この一作だけからわかるのは、背が高いこと(180センチ以上)、心理学に造詣が深くて彼と話したひとは心の中を読まれるような気がすること、話し方やたたずまいが上品で落ち着いていて深い教養の持ち主であることをにじませている、くらいかな。

正直、通読してこれが彼女のベストであるならクリスティには遠く及ばないなと思ったが、街並みの描写(英国好きにはかなり嬉しい丁寧に地名や様子をたどっていく感じとか)や登場人物の設定(今回青年数人の個性的区別がつきにくかったけど女性が素晴らしかったわね)、興味をひきたてる舞台立て(なんといってもツカミが最高)といろいろ面白い点があったので、他も、せめて代表作は邦訳され、読む機会が得られることを願う。
鮮やかなどんでん返しで魅了する最高傑作」、って帯にはあったけど、そこまで持ち上げると期待外れが……。犯人の隠蔽工作はともかくそれが割れていく過程など、鮮やかさからは程遠い気がしたし(っていうかそんなのアリ?とすらちょっと思ったぞ。だいたいミステリーとして拠って立つところがユルイというか。詳しくはネタバレになるので控えるが、「誰も気づかないはず」で殺人しちゃうのって甘くない?)。
あと重要な手がかりを握っていたあのひとの良心もかなりどうかと思うなー。最初の人に対しては含むところがあったのでまあわからんでもないけど被害者が増えた時点ですぐ警察に訴え出るべきでしょう。最後の小芝居に至ってはその心情がちょっと理解しにくい。ありがちといえばそうなんだけど、全然共感できなかったので、ちと残念だった。このメロドラマ要素は本作だけなのか、どうなんだろう。

解説などによればロラックが女性作家であるというのはずっと伏せられていたとか。キャロル・カーナックの筆名もあるらしい。

2013/03/25

あなたの町の生きてるか死んでるかわからない店探訪します


■菅野彰・文 立花実枝子・イラスト+4コマ漫画
ウェンディさんからお借りした。タイトルを見た瞬間「おおっ!面白そう!」と食いついてしまった。菅野さんというのはどっかで聞いた、と思ったら『海馬が耳から駆けてゆく』のひと。ウィングス文庫。あんまりそこらの本屋さんじゃ見かけないような……しかしよく見つけてくるよね、こういう本を。2007年に単行本は出ていて、今回文庫版だけのおまけも追加されているらしい。

本書は(ある意味命をかけた)突撃ルポである。
帯には「グルメの対極エッセイ!!」とある。そのたたずまいを見て「これもう潰れてるのかな?」「やってるのかやってないのかどっちなんだろー」と迷うような、「営業中」と書いてあってもそのさびれた雰囲気からとても入るのに勇気が要るような、そういう飲食店に実際行って食べてみてそれをレポートしてある。
テレビ番組で「きたなトラン」というコーナーを数回観たことがあるが、そんな感じかなー?とか思って読みはじめたら、違った。
いや違ったっていうか……レベルがダンチ(段違い)! しかも悪いほうに!!

なんでこんな店に営業許可出てんねんー( ̄Д ̄;) 保健所どーしたー!!!
と読みながら何度もつっこまずにはいられなかった。

料理が不味いとかね、口に合わないとかね、どうしても嫌いな味とかね、ゲテモノだとかね、そういうのはまあ人間ひとそれぞれだしあると思うんスよ。AさんにはダメだったけどBさんにとっては美味しいの、だからお店はそれなりにやっていけてるの、みたいなね。
でも、本書で「死んでる」判定されたお店っていうのは……害虫(頭文字Gのヤツだ)が食べてるそばを何匹もウロウロしてたり、古くて異臭がしている油を使いまわした揚げ物だったり、具材が到底その料理のセオリーからはかけ離れていてぐちゃぐちゃだったり、「いつから漬けてあったんだ」「いつから冷凍庫にあったんだ」という疑問を抱かざるを得ないものだったり(賞味期限とか消費期限は守られてるんだろうか?)。
マジか、有り得んだろうというレベルのお店が何店も出てきて。
当然それを食した著者とイラストレーター、編集さんたちは体調を悪くしたり「オートリバース(マーライオン状態)」したり寝込まれたり。
すごい身体張ってんなー売れないお笑い芸人みたいなことリアルでやってるけどこのひとたち大丈夫なの。と心配になってくるレベル。しかも誰が言い出したか、いつのまにか「完食ルール」が出来ており、苦痛を抑え込んで食べ続けるその姿を雄姿と言わずしてなんと言ふ!!

もちろん外観はアレだけど実際勇気をもって食べてみたら意外に美味しかった!というお店や「普通に食べられて全然問題なし」というお店もあって、そういうお店には改めて取材である旨を明かし、雑誌掲載許可を得られた場合は実名が紹介されたりしている(雑誌名は「ウンポコ」とかいったらしい、休刊らしい、スペイン語で「少し」という意味らしいが日本語として語呂が悪すぎだろう)。

この本の文章を書いている菅野さんと漫画家でイラストを描いている立花さんはどうやらプライベートでも友人関係にあるらしく、彼女たちのふだんの友達トーク・ツッコミトークなどのノリがそのまま文章化されている感じなので正直読んでいて首をひねりたくなるものが無いと云ったら嘘になる。というか正直文章も4コマも三流である(何様)。しかしそういうカタいことは気にせずに素直に内容(ネタ・企画)が読んで面白いのだ。キャラも立っていて、自虐も誇張もおおいに混ぜてあるとは思うがそれにしてもこの「ダメっぷり」はどうだろうと思う。立花さんは早稲田大学出身の才媛らしいがそれを吹き飛ばす強烈な天然だし。何度も吹き出したり笑い出したりしてしまった。あはは。これ、電車の中では読めないね。
声優の岩田光央さんが飛び入りで登場される回があり、そのキャラ(王子様の仮面をかぶったオオカミ)や発言も楽しかった。

ヤバイ店は当然伏字になっていたり仮名になっていたりするのだが、「レストランと○こ」というのは千葉にあるということや他にも情報が載っていたのでためしにキーワードをいくつか入れて検索してみたらあっさり見つかった。写真や「レストラン」の「ス」の棒が取れて「レフトラン」になっていることなど、挿絵や文章とばっちり一緒。「ぐるナビ」とかにも載ってて、そこの複数あるコメントはどれも本書に書かれている内容と一致しなくて普通に食べられる店になってるんだけど……果たして事実はどっちなの!?

2013/03/24

リテイク・シックスティーン

リテイク・シックスティーン (幻冬舎文庫)
豊島 ミホ
幻冬舎 (2013-02-07)
売り上げランキング: 282,973

■豊島ミホ
豊島さんの小説も一時期(2006-2008年頃)かなり集中して読んでいたのだが今回久しぶりに。風のうわさで小説家を引退したとか漫画家になる(?)とか聞いたが本作を最後に、だったんだね。

題名から「ああ16歳やり直すんだね」と予想がついたし、単行本刊行時にグリムウッド『リプレイ』とか佐藤正午『Y』とかいう人生やり直しものが大好きらしい書評家の御大・北上(次郎)さんが絶賛されていたのは覚えている。わたしは16歳からやり直せって言われても御免蒙りたいなあ、もっかい十代はキツすぎるよと考えたことも。
それにしても、こういう話だったとはね。
漠然と想像していたのとは全然切り口の違うもの、「16歳からやり直す」と言ってもSFのにおいがまるでしないし、我武者羅に成功・しあわせに向かって努力とかそういうんでもない。「青春らしい青春を生きるんだあ」って、うーん、27歳の意識とそれまでの記憶があってそういうのって果たして、可能なのかな実際のところ。絶対「素」の16歳よりは世知辛くなってるもん。ていうか、たかだか1回生きたからって、同じ素材と環境の16歳に戻ったところでそう人生巧いこと生き直せるもんかねえ、わたしにはまず無理かな、せいぜい「もっと勉強する」くらいだろうとか考えながら読んでいたので自称・未来から戻ってきたひと=孝子がちゃらちゃらへらへら「いまが楽しければいいっていうかそれじゃなきゃ意味なし」とばかりに高校生活を謳歌しようと焦る姿にいまいちシンパシーが沸かないのだった。

話の作り方として「おっ、巧いな」と思ったのはそういう特殊な設定である孝子を主人公に据えるのではなくて、その友人で、真面目でこつこつ努力するタイプの少女・沙織がその位置に置かれているということだ。彼女はなかなか理性的でクールで、「未来から来たの」とかいう親友のぶっとんだ発言にもほとんど動揺せず、頭から信じるとか真っ向から否定したりとかそういう極端な態度もとらないでかなり冷静に状況や友人の言動などを分析して理解しようとしていて、偉いなあと思った。読めば読むほど沙織はよく出来た子で、性格もまともだしひとの意見も聞けるし、見た目も可愛く(同級生の少年にいわせると「上原多香子+エンジェル」らしい。エンジェルて……)、運動神経も程良く、おまけに頭も良いらしい。そして努力家。男子に人気がある。脱いだらすごいというタイプで実は巨乳。先生にも周囲にもしっかり者として認められている。
家庭環境にあまり恵まれておらず、母親が娘のことに全然気を回したり親らしい言動をしないどころか足を引っ張ったり迷惑をかけることしかしないというのは非常に気の毒だが本人の欠点ではないし。「少女漫画の主人公かよードリーム入りすぎてるよー」とちょっと内心げんなりしてしまったが。

中盤まではふつうの楽しい高校生活エンジョイ話でこちらもわりと気楽に面白がって読んでいたのだが、孝子の記憶と実際がだんだんずれて行って、あんまり「未来から来た」は関係なくなっていって、文系・理系などの進路のことなどを考え始めるあたりから孝子の言動に内心首をかしげることが多くなっていって、そして医師の息子である友人たちと4人で職場見学をしにいく話で孝子への反感がかなり強くなった。27歳まで生きて、そこから逃げて、何言ってんだ、って思った。っていうかたかだか27歳で自分の人生見切ってんじゃないよ甘えんなよ、16歳の沙織のほうがよほど純粋かつシビアに見据えて努力してるよ、って思った。そしてそこからの物語の展開が息苦しくなったのだった、でも同時にめちゃくちゃ濃度が濃くて面白くなったのだ。

「やり直したい」と思うことが、人生にはあるかも知れない。この話はそうではないが、例えば誰かの死を止められたんじゃないかというような場合は血を吐くような切実さでそう願うだろう。でも、そんなことは現実には不可能なのだ。そしてたとえやり直せたとしたって、より良く生き直せる保証なんてどこにも無い。
そうじゃなくて、そんなこと考えるくらいなら、もっときちんと「いま」「その先のこと」を考えて、一日を、一瞬を、大切に生きることのほうがずっとずっと大事だし、難しいことでもあるのだ、というようなことを考え、共感しながら最後読み終わって、素晴らしい小説だったなと思った。「願い」がかなわないからとずっと立ち止まって下を向いて悔やんで生きるのも、前を向いて顔を上げて生きるのも、同じ一生、たった一度きりの一生。孝子がそのことに気づいてくれて本当に良かった。自分を自分で檻に入れてちゃ、何回「やり直し」したってダメなんだよね。

十代より二十代、二十代より三十代のほうが、生きやすいと思うし、「そのとき」は一回しかないから楽しかろうが苦しかろうが、やっていけるのだ。少なくとも「逃げ」て解決には結びつかない。っていうか、この小説で高校一年生の生活や友人関係を読んでたら面倒くさいわ視野は狭いわ何よりみんな青臭いわで、こんなん絶対社会人やったあとの27歳がやってたら「カユさ」のあまり発狂すると思うんだけど。

自分が高校生だったときとはあまり重ならないキャラ・環境だったので懐かしいとか一切無くて、リアルだなあとかも感じなかったんだけど、もっと底の方に流れている根本的な考えの指針みたいなのが最後まで読むとぐぐぐっと迫ってきた。本当に豊島さんは書くごとに化けていったというか、凄い作家になったと思う。また彼女の新作が読める日が来ることを心待ちにしたい。

2013/03/21

フランクを始末するには

フランクを始末するには (創元推理文庫)
アントニー・マン
東京創元社
売り上げランキング: 195,984

■アントニー・マン 翻訳;玉木亨
軽い感じのブラック・ユーモア・ミステリ短篇集。
〝奇妙な味の"とくくられるジャンルがあるけど、まさにそんな感じ。
本の雑誌増刊「おすすめ文庫王国2013」でわたしがいつも注目している編集・松村さんが挙げておられて、面白そうなので読んでみたら、気軽に読めてちょっとコワくてぞわぞわする、へんちくりんなお話ばっかりで「流石、松村さん!」とますます女史のファンになった。
以下は内容紹介じゃなくて単なる感想。

「マイロとおれ」
話ごとに中表紙があってイラストが描かれているんだけど、これによる予備知識が無ければもっと変な気持ちがしたかな? せっかくなのでもっとマイロの愛らしさを前面に押し出して書けばよかったのに。「ネコ!」じゃなくて「にゃーにゃ!」とか。

「緑」
なんだかよくわからないけど、主人公側のほうが良いひとだと思う。

「エディプス・コンプレックスの変種」
どんどんエスカレートしていく狂気、最後そうくるか!

「豚」
これはコワい。誰かジョークだよ、ハッハッハ!と笑って!

「買いもの」
ザッツ・ナイス・アイディア!

「エスター・ゴードン・フラムリンガム」
昨今のシリーズもの流行を皮肉ったものなんだろうけどあんまりぴんとこなかった。

「万事順調(いまのところは)」
こういう灰色解決ですかっとはしない、けどこっちのがよっぽど残酷なんだよね。

「フランクを始末するには」
テレビとかマスコミとかを皮肉ってあるんだけど雰囲気が古いなあ。なんで古く感じるんだろう。

「契約」
これはあんまり面白さがわからなかった。

「ビリーとカッターとキャデラック」
途中でオチは見えたんだけど、カッターはいろんな意味で大丈夫なの?

「プレストンの戦法」
チェスってこういうふうにひとをさせる何かがあるのかなあ。

「凶弾に倒れて」
最後の2行、まさかこういうふうに話を〆るとは思ってもいなかったので、びっくりして二度読みした。

アントニー・マンはオーストラリアの作家で、本書の原書は2003年に上梓されている。10年前の本なのかー。
解説は野崎六助。本書のパロディみたく書いた、楽しい感じだ。
イラストはソリマチアキラ。



2013/03/17

私は猫ストーカー [完全版]

私は猫ストーカー - 完全版 (中公文庫)
浅生 ハルミン
中央公論新社 (2013-01-23)
売り上げランキング: 27,360

■浅生ハルミン
著者の名前がユニークで頭のどこかに引っかかっていたのだが、先日、新聞の書評欄で本書が紹介されていたので興味を持って読んでみた。
[完全版]というのは、本書は同タイトルの単行本と、その後の『帰ってきた猫ストーカー』を合本・再編集したものだからだそうだ。

ちらりと中身を確かめて、ふだん町で見かける猫さんたちはいったいふだんどういう行動をしてどこを移動しているのか、その生態がわかるかな、と思ったのだが、実際ちゃんと読んでみたらそこまでは詳しくない、追究の手はとってもぬるいので少々がっかりした。
この程度でストーカーとか云うなよな~ま~別にいいけど~。刺激的なキャッチ―な言葉だから安易に使ったんだろうけど本当に被害に遭ったひとからしたら無神経なんじゃないかなー。本書を読んで、この著者に反感とかはいっさい抱かなくて、常識的な、猫好きの良いひとだとしか思わなかったから余計そう思う。

本書の実質は「私の猫観察日記」程度。超お行儀が良い。
尾行するからストーカーだって言いたいのかなー。でもずっとじゃないし。深く追い求めないし。さらりとしていて軽やかなので、全然ふつうの範疇だと思う。どうせならとことん!「おお、こいつは真正の猫好き変態で猫のためならどこへでも着いていくんだなっ」という記録を読みたかった。

ちなみにわたしは猫好きではないけど、本書を読んだら町ですれ違う猫さんたちに前より更に親しみがわくようになった。今日も、道の脇の溝をいそいそと歩いている猫さんがいて、並んで歩きつつ上から見ていたら、ある時点で(やっと)何者か(=わたし)の視線に気づいて「ハッ!」として顔を上げたのが面白かった。そういやふだんボス然としているのにわたしがたこ焼き持っていい匂いさせて歩いていたらすっごい甘い声で鳴いてきれいにおすわりしておねだりしてきたのもいたなあ。

それにしても野良猫に餌をあげるためにわざわざ用意して毎日配っているひととかが日本中(いや世界中)にたくさんいるのにびっくりした。そこまでの手間と労力はかけるけどでも飼うことは出来ないのだ。住宅事情とか、いろいろあるんだろう。そしてこの行為が誉められるものではないことを、誰よりもやってるご本人が重々承知の上、というのが複雑なところ。
ほんとはみんな飼い猫になれたら一番良いんだけどね。難しいよね。

2013/03/14

64 ロクヨン

64(ロクヨン)
64(ロクヨン)
posted with amazlet at 13.03.13
横山 秀夫
文藝春秋
売り上げランキング: 577

■横山秀夫
横山秀夫からも随分遠ざかっていたのだが(というか著者の新作自体7年ぶりだそうだが)、かなり評判がいいので去年の発売から気にはなっていた。でもずっしりと分厚いし内容も濃厚そうだからおいそれとは取り掛かれないなあ、と敬遠していた。
しかしやっぱり気になる。それに横山秀夫は面白いというのは実感として知っていて、それが渾身の「究極の警察小説」を書いた、と言われると……。

すっきりした頭で月曜の朝の通勤から読みはじめるや、たちまち引き込まれた。昼休み、帰ってからと時間を見つけては没頭した。小説の中に、こんなにすうっと入っていけてしかもあっというまに集中させる、この凄まじい引力はなんなんだろう。文句なしに、面白い。深刻で、重たい事件を扱っており、警察内の魑魅魍魎といったかんじの複雑で不愉快な人間関係、マスコミとの難しいやりとり・舵の取り具合と問題はいくつも出てくるから読んでいて楽しいとかはほとんど無いのだが、そんな中で些細な身内との会話などで少し肩の力を抜ける瞬間があったりすると心底ほっとする。だいたい、仕事だけでもかなりストレスのたまる厳しい環境なのに、家庭でも思春期の娘さんが心の病をかかえて3か月間家出をしているという大変なことになっていて、奥さんへの気遣いもあり、よくこれで正気でキレずにいられるなという感じなのだ。だからものすごく面白くてページを繰る手をとめられないというかそれすらも忘れて小説の中の「現実」に浸りきっていくのだけれど、時々身をはがすように「えいやっ」と平和な(?)読み手側の現実世界に戻ってきたときにふうっと長い息を吐く感じで、おお、「ロクヨン」は架空の話であった、そうじゃそうじゃと己に言い聞かせないと頭がまだ「ロクヨン」の世界を生きている感じに染まっているのだ。

「ロクヨン」とは7日間しかなかった昭和64年に起きたD県警史上最悪の誘拐殺人事件を示す内部の符牒。
新聞記者を長く務めてらした著者ならではの、警察内部の軋轢(刑事部VS警務部)、マスコミと警務部(広報)の駆け引きなどやり取りが、実にリアルに(といっても実際を知ってるわけじゃないけど)怒涛の迫力で描かれる。「警察発表」「マスコミの報道」「匿名報道」などについて再考させられること必至。

しかもそういう描写だけじゃなく、社会派小説と思って読んでいたらどっこい、「おお、これはミステリーでもあった!!」と驚愕・狂喜の素晴らしい血湧き肉躍る展開がっ。うおっ。そうきたか! 
伏線の張り方、回収の仕方。なるほど、そうだったのかと明らかになる瞬間の興奮。

もちろんすべての問題がくっきり解決しないことへの不満が全くないわけではないが、まあ、実際そんな簡単になんでも綺麗に片付いたら生きていくのに誰も苦労なんざしないわなあ、というわけで。「小説」で切り取られた後も、三上さんたちの毎日は、生活は、きっとどこかで続いているのだ。そしてそう、あゆみちゃんの明日も。

読んでいくうちに主人公の女性(妻・娘・部下)への接し方、考え方に途中で反感を覚えたりしたが、この小説の中で三上さんも少しずつ気づいたり、考えを改めたり、いろいろ模索したりしていく。別に特定のキャラに共感するとかそういうのは無かったけれど、女性は特に、「そうじゃない」とか「それはないよ」とか「どうしてそうなるの?」とか思っちゃうシーンがあるんじゃないかな……。

それにしても読了後、自分の過去の感想を検索してナナメ読みしていたらわたしは二渡さんが活躍する話を既読なのらしかった、そしてすっかりファンになっていたようなのだった、でも全然覚えていない(オイ)。おおお、二渡さんってそういうひとだったのか! びっくりしたー。
そのことわかってて覚えてて読むのとそうじゃないのとではちょっと違ってくるよなあ……でも覚えてなかったんだもんなあ仕方ないよなあ……、と、少し遠い目になってしまったんであった。

2013/03/09

ラヴクラフト全集 1

ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫 (523‐1))
H・P・ラヴクラフト
東京創元社
売り上げランキング: 2,718

■H・P・ラヴクラフト 翻訳;大西尹明
創元推理文庫のグレイの背表紙の中でもH・P・ラヴクラフトの全集はその思い切った黒を基調とした統一表紙などで独特の存在感があり、書店でちらちら横目で見てはいた。ホラー読みでも幻想文学ファンでもないわたしでもラヴクラフトの名前はそこここで目にしたから、「たぶん、このひとはそのジャンルでは基本・マストなんだろうな」とは感じていた。実際手に取ってみたこともなかったではないが、ぱらりと中を確かめるになんだか取っつきにくそう、と敬遠していた。
過日、SF読みが「昨今の萌え美少女ブームがついにクトゥルフにまできている」とユーチューブの動画で見た件を話題にしたので何気なく「クトゥルフって何」と訊いたら驚愕され、「クトゥルフ神話」について数分にわたる熱弁をふるわれた。こんなのは「一般教養」だそうだ。知らんがな。
それでその「クトゥルフ神話」の創始者が誰あろう、ラヴクラフトだということもそのとき初めて知った。
その後、国書刊行会の40年記念冊子を熟読していたら「クトゥルフ(ク・リトル・リトルという表記もあるらしい)」と「ラヴクラフト」の存在がいかにホラー、SF界にとって重要であるかが遅まきながら実感されてきた。

というわけで、専門外だもん、とかうそぶいていないで読んでみることに。
ラヴクラフトさん。フルネームは Howard Phillips Lovecraft。1890-1937で米国人。1890年は元号だと明治23年である。ついでに調べてみたらやはりホラー界の元祖たるエドガー・アラン・ポーは1809-1849。ふーん。

全集第1巻には4篇が収録されている。
「インスマウスの影」「闇に囁くもの」は中短編、「壁のなかの鼠」「死体安置所にて」はごく短い短編だ。
原文に忠実だからこうなのか、翻訳者の腕なのかわからないが、正直読みやすい文体ではない。また昨今の衝撃的展開満載小説に慣れた読み手には少々まだるっこしい、低刺激の、抑えた展開である。

そもそも一人称のホラーというのは怖くないのだ。だってその恐怖体験を語れているということはすなわちどんな恐ろしい目にあったとしても最終的に生きて帰ってるわけでしょ、しかも文字を書くなり喋るなり出来てるってことは少なくとも人事不省にも陥ってないし精神も崩壊してないんでしょ、という「保証」が見えてしまうからだ。
明治生まれの元祖に言うべきことじゃないのは重々承知なんだけど、なんで三人称で書かなかったのかな(という話を例のSF読みにしたら「ラヴクラフトはコズミック・ホラーだから」だそう。要するに、スタンスが違うってことか?)。

しかしじっくりと読み進んでいくとじわじわと周辺から丁寧に描写を重ねていくストーリー、いまや「お約束」になっているホラーの展開の紛れもない基礎がここに描かれていることに気付く。これは中学生くらいのときに図書館で借りてぞわぞわしながら読むのがベストの出会い方だろう。
「闇に囁くもの」は3番目に読んだのだが、このくらいになると慣れたせいもあるのか文章が気にならなくなり、集中して楽しめた。設定も度肝を抜かれる詳細が書いてあり、想像するだに恐ろしい。脳髄抜き出して電極あてて喋るとか何それイヤァァァ。
でも一人称だから主人公無事だし(このように自分に言い聞かせて恐怖を宥めることが出来る)。でも逆に、ここまで追い込められてよく生きながらえて体験談書けたなこのひと。

以下、ざっと各篇の感想をば。

「インスマウスの影」
インスマウスという町とそこの不気味な嫌悪感をあおる住民たちの話。ラヴクラフトさんはお魚が嫌いだったのかなあ、白人だし昔のひとだし日本人とは感覚が違うのかもねと思った。あと、見た目だけで不可抗力に忌み嫌うっていうのは現代の思考回路ではちょっと拒否反応が出てしまう。こういう混血による侵略という発想も昔のものだなあ。

「壁のなかの鼠」
壁の中の猫、ならポーに有名なのがあるが。この話でも猫さん大活躍。なんで壁も新しいのにしなかったのかなあ。

「死体安置所にて」
最後に読んだのだけれどもこれだけタイプが違った。クトゥルフ関係ない、んだよね? 普通に怖い話だけどブラック・ユーモアと解説にあって、まあそうかなあ。火葬の国では起きない事件。


「闇に囁くもの」
手書きの文通でやりとりしていて、相手が未知の恐ろしい集団から狙われていて時々手紙も盗まれるという状況で、相手からの手紙が突然タイプ打ちになり、文体も変わって、内容も突然「わりかし安全になったから誰にも知らせずに今までの証拠となるような品全部持って遊びに来てねv」的なことを書いてこられたらまず普通は「これほんとにあのひとが書いたの?罠じゃないか?」と疑うと思うんだけど。のうのうと何の不安も対策もせず出かけていく主人公がわからん。そのへんの説明(合理的不合理的いずれにしても)無し。そういう瑕疵に目を瞑りえすれば、前述したようにこの話は怖くて面白かった。

以下余談。

ラヴクラフトで検索したらこんなの出てきた。これも萌えなんだろうか…。
未完少女ラヴクラフト (スマッシュ文庫)
黒 史郎
PHP研究所
売り上げランキング: 9,895

2013/03/06

桜ほうさら

桜ほうさら
桜ほうさら
posted with amazlet at 13.03.05
宮部 みゆき
PHP研究所
売り上げランキング: 52

■宮部みゆき
宮部さんの時代物はテッパンなので必ずチェックすることにしている。で、期待大で読んで、かぶりつくようにどんどこあっというまに読んじゃったんで、面白かったことは確かなのだが、うーんどうだろう、なんか釈然としない思いが残るというか。
読んでいる最中も、宮部流人生の教えというか、いろいろ教訓になるエピソードや台詞などがあちこちにあって勉強になるなあという感じがあったが、読み終わってからあれこれ考えて、難しいなあ、人間ってなあ、とか答えの出ない問題がいくつも投げかけられていたことを実感する。

ぽわあああん、とした可愛らしい装丁で、イラストも愛くるしいが、内容と合ってない(まあ主人公のキャラとは合ってる……か)。
呑気な装丁と綺麗なタイトルでぼやっとしていたら張り飛ばされるような重たくて暗くてしんどい内容なので。いやまあ明るいシーンや楽しいシーンも散りばめられているし何より小説として面白いのは確かだが。

今回のはシリーズものではなく単発ものだ。
主人公は古橋笙之介、22歳。

以下、小説の内容に触れています。未読の方は、華麗にスルーなさるべし。

!!!以下はネタバレあります!!!
性質は大人しく、平穏を好み、穏やかでひとにも親切な、いわゆる好青年である。この笙之介、事情があって郷里から江戸にある「お役目」を言いつかって出てきた。
笙之介はいいやつだと思うし、嫌いじゃない。素直に応援したくなるし、しあわせになってほしいなと思う。だけど時々、というか結構な頻度で「ああ歯がゆいなあ~」「もうちょっと覇気があっても良いんじゃないの」ともどかしく感じてしまったのも事実だ。
宮部さんは本当に丁寧にいろんなひとを描くから、悪いひとがほんと嫌なひとで、しかも改心も反省もしないパターンが多く、読んでいてストレスがたまる。それとバランスを取るように、良いひとはほんとに心がほっこりする、拠り所たるキャラクターであることが多い。今回、途中までは、わたしの頭の中で「こっちが良いひと、こっちは悪いひと」という区分けがなされていた。だけど、どんどん読み進んで終盤になっていくにつれ、「あれ?このひとはほんとに単なるいいひと?」と考えさせられる展開があって、そして最後まで読んでからしばらくあれこれ考えているうちに、「この主人公は、ほんとにこれで良いのか? お兄さんが一方的に悪いように読んでいたけど、あとから考えるとそう単純に区分け出来る問題じゃないぞ」と気持ちが変化してきた。
もちろん、自分の目的のために、ひとを殺めようとするのに「良い」なんてひとつも無いことは確かだ。だから良い悪いの話じゃない。ただ、お兄さんは気の毒だなあ――――と。おそらくは産まれたときから、母親の期待を一身に背負って、ふがいなくしか見えない父親(この父親像も、とても良い人のように描かれていたが所詮は笙之介の主観でしか描かれていなかったのだ、ということに作中のある人物が吐きすてる台詞で気づかされる仕組み)、次男でなにも重荷が無く父親と同種の弟、そういう環境で育っていったら、長じてああいう思考になってしまうのは仕方ないというか……。
何故、この父親は、一家がこういう歪んだバランスになってしまっているのに何も手を打たなかったのだ、それは暗愚と罵られても当然ではないか(殺されるほどの咎では無いとは思うが)。
この話では女性キャラに魅力的な方が揃っていて、梨枝さん、和香さん、おつたさんの三方が特に大好き。男性キャラでは実に機転の利くやんちゃ坊主の太一が素晴らしかったなあ。
この小説が勝之介の視点で描かれていたらどうだったんだろう、そっちも読んでみたかったな、というかすごく興味がある。
続篇はスジ・設定的に無いだろうけど、別の話で、太一が主役の話があったらめちゃくちゃ楽しくて面白くなるだろうな。笙さんは出てこなくても良い(詰まる所これがこの感想の肝であり本音だ)。

2013/03/04

ラピスラズリ

ラピスラズリ (ちくま文庫)
山尾 悠子
筑摩書房
売り上げランキング: 30,986

■山尾悠子
このあいだ国書刊行会の40周年記念冊子を読んでいて気になったのがこの作家でした。ネットの書評をいくつか散見しただけでも伝わってくる読者の熱意はまさに「崇拝」。「ネ申」という言葉が流行るはるか以前にまさに「神様」のような存在であることが容易に想像できます。そんなに凄い作家なのに何故わたしはいままで知らなかったんだ、とオノレの無知を恥じるほかはなかったのでありますがまあ幻想文学はわたしの守備範囲じゃないというのが主な原因でしょう。また30年近く新作を発表されていなかったというのも大きい気がします。
1955年生まれで1975年デビュー。1985年以降は休止。1999年に復活。
本書は復活後に書かれた作品で、2003年に国書刊行会から上梓された長篇小説。2012年1月にちくま文庫に収録されるにあたり、再推敲が行われているそうです(文庫版あとがきより)。

ここまで崇められて宝物みたいに読まれている作家の作品ってどんななんだろう、と期待とある種の畏怖を感じながら読みはじめたのですが、最初は幻想文学に不慣れということもあって戸惑ったりもしたのですが(物語の世界観をつかんでひたるまでに時間がかかる)、読み進むにつれてどんどん引き込まれていきました。

脳内に、広がる、雪深くシンと静まる世界とひっそりとでも荘厳にたたずむ「冬眠者」たちの屋敷、というかむしろイメージでは「城」!
目覚めてしまった眠れない少女、西洋の物語に出てきそうなゴースト(亡霊)、塔の棟。まるで美しい外国の絵本です。読んでいる最中に何度か翻訳書を読んでいる錯覚にとらわれました。それくらい、日常とかけ離れた浮世離れした世界が確立しているのです。

冬眠をするといってもクマなどの動物の話ではなく、彼らは「ひと」です。秋からどんどん食糧を食べ、冬がはじまるころに襲ってくる眠気にしたがって寝室に鍵をかけ、人形を傍らに置いて深く長い眠りにつき、暖かい春がめぐってくるまで目覚めることのない彼らを我々同様の「人間」とするのはなんだか違う気がして、そういう「種族」なのだと、どちらかというとムーミンとかの妖精に近いんじゃないかと思うのですが、まあそういう性質のひとびとの物語なのです。

冬眠者たちは館の主人側で、召使たちは冬も眠らない。春は目覚めたばかりのひとに与える離乳食?みたいなものから作り始め、夏はまあ普通にしていて、秋くらいからどんどん食べ物をこさえては消費されるので大忙しになる、冬になって館が休眠期に入るとそこからは召使たちの息抜き放題……。

どこか外国の話で終わるのかと思いきや、後の2章は日本、それも随分後の世の未来の日本が舞台になっていて、これがまたものすごく哀しい物語なのでした。やはり冬眠者のお話なのですが。

そう長い物語ではないのが信じられないほど悠久の時間を感じさせる世界がとても美しく紡がれていて、これを例えば十代になにも予備知識がない状態で読んだらどれほど衝撃的だったろうと思います。