2013/02/27

横道世之介

横道世之介 (文春文庫)
吉田 修一
文藝春秋 (2012-11-09)
売り上げランキング: 519

■吉田修一
すごーーーく久しぶりに吉田修一の新作を読んだ。
この小説は2008年4月1日から2009年3月31日まで「毎日新聞」で連載され、2009年9月に単行本刊、2010年度の柴田錬三郎賞を受賞し、同年度の本屋大賞3位に入賞したそうだ。
2013年2月23日に映画封切だそうで、文庫の帯にも主演の俳優さんと女優さんの写真が使われている。ので、自然にこのふたりの顔を思い浮かべながら読んだ。

しばらく前からタイトルに惹かれ(古風かつ時代ギャップでいかにもユーモラスな内容が予想される)、おまけに帯では太陽みたいな着ぐるみを着ている珍妙な青年が笑っているもんだからなんだか気になってはいた。けどなんかわたしの中で吉田修一のマイブームは2006年くらいに終わっていて「旬」は過ぎている気分になっていたからなかなか手を出す気にならなかったのだ(世間一般ではそれ以降もバンバン売れていることは書店に頻繁に通う身には重々わかっている)。

読み始めると、ものすごく良い感じで作品世界にすこーんと入っていけて、浸っているとなんだか「ハアなんかこのまったり感がのんきで良いなあ~」という感じで、簡単に読み終わってしまうのがもったいなくて一字一句噛みしめるように堪能した。青春きらきらまっただなか。そういう「平和」な話と思っていたら中盤以降の20年後を描いた部分に「え?」と思わせる、記憶の隅っこにある現実に起きた昔の衝撃的な事件と重なることが書いてあって、絶望的な展開へのおそれが沸き起こるのを振り払うように、それ以上記憶の蓋を開けないように、ただ目の前の小説世界だけを丁寧に辿っていった。

1980年代、バブルのときに大学生だった方には思い出ドンピシャなのかな。わたしはもう少し後の世代で、しかも地方の地味な大学に通っていたしバイトもしなかったのでそういう意味での共通点は見つからない。しかし「18歳」は誰にでもあったわけである。主人公は男の子で、わたしとは性別が違うし、違うといえばなにもかもが違うので、正直共感とかはしなかったんだけど、読みながら容易にその気持ちや表情や場の空気なんかがリアルに想像できて、小説の世界に入り込んでいくのになんの抵抗もなかった。

横道世之介。
それがこの小説の主人公の名前である。井原西鶴『好色一代男』から付けられたというが、親の弁がふるっていて、「理想の生き方を追い求めた男の名前」だそうだが、いやー凄い。何が凄いってそういう事実を中学生の多感な時期に教師に教えられても別にそれでどうもしなかったらしい世之介のキャラが本当に素晴らしい。ぐれるでもなくしゃちほこばるでもなく、なんかあんまりモノゴトを深く考えない、みたいな? でも想像力や同情心が無いとかじゃなくて、友情とかにも厚いし、なんていうか、損得考えないで本能と良心のオモムクママに生きてる感じ、目的が決まったらどどどどどって突進しちゃうから遠慮とかしない場合もあるし、でも不思議に図々しさが嫌な感じにならないんだよなあ。

世之介。祥子ちゃん。加藤君。倉持。阿久津唯ちゃん。その他、憧れの美人なお姉さんとか、いかにもバブル期の大学生らしいチャラい同級生とかいろいろ出てくるんだけどやっぱ主役二人が最強。特に祥子ちゃんは大学生時代も最高だし20年後もめっちゃ良かった。言葉づかいが絵に描いたお嬢様で面白いだけでなく、可愛くて、性格もチャーミングで、勇気もあるし冒険心も好奇心もあって、いつもにこにこけらけら明るく笑っていて。めっちゃ可愛い女の子だ。そしてその彼女が20年後にどうなっているか、そのきっかけとなった出来事が大学時代にあるわけだけど、まさかそれでそういうふうに実際に生き方がそうなっていく、っていうのは思いもしなかったので、おおおおお、と小さく感動した。

この小説は、メインは80年代の大学生を描いているのだけれど、時々20年後のそれぞれがどういう日常を過ごしているかのシーンに変わる。最初その仕組みを読んだときはちょっと80年代との違いに戸惑ったりしたのだけれど、読んでいくうちにココロの中できちんとパズルのピースが収まっていく。そしてあれこれ考える、なぜならその日常の断片はあくまで断片で、起承転結で語られるわけではないので、「それでそのあとどうなったのかなあ……」と想像する余地がひろーく残っているわけである。気になりつつもすぐ80年代に戻されるので、その彼らを読みながら20年後と照らし合わしたくなるような気持ちで読んだりもする。

人間というのは、ある時点でこうだった「から」その後こうなる、とは限らないというか、ほんとにもう人生なんていろんな局面の選び方や活かし方、環境周囲の人間その他諸々の条件によってどう転ぶかわかったもんじゃないんだなあ、というまあ当たり前のことなんだけど、を、しみじみと考えたりした。

この小説の中でちょっと違う光り方をしていた加藤君の20年後のシーンを読んでいるときに「ああ、吉田修一ぽいなあ」と最も感じた。それにしてもここ数年全然読んでなかったけど、やっぱ吉田修一上手いよなあ、っていうか近作チェックしなくちゃなあ。

にこにこ笑って読んで、楽しくて、でも最後まで読むとじわーっと込み上げてくるものがある。読了後、映画の予告編を見たらあまりにもドンピシャにイメージ通りで泣きそうになってしまった。世之介ー。

2013/02/24

ビブリア古書堂の事件手帖4 ~栞子さんと二つの顔~

ビブリア古書堂の事件手帖4 ~栞子さんと二つの顔~ (メディアワークス文庫)
三上延
アスキー・メディアワークス (2013-02-22)
売り上げランキング: 1

■三上延
第4作。
複数のコミック化があったり(読んでませんが)、テレビドラマ化されたり(観てませんが)、なんだかめっちゃブレイクしまくっているので捻くれ者のわたしは書店で新刊が積まれているのを横目で確認しつつも華麗にスルーしたりしていたのですが、ウェンディさんに笑顔で「はいどうぞ」と渡され、「要りません」とは言えませんでしタ、というかそこで断るほどにはこの作品に無関心ではないというか。

長篇。
しかも日本のミステリ界においては間違いなく「ネ申」である江戸川乱歩ネタ!!
ミステリーを書く人間が、乱歩を書くっていうのはやっぱ、そんじょそこらの覚悟ではね、書けないと思うんですよ。だって業界にマニアがぞろぞろ、どころか、別にミステリに詳しくない人間でも乱歩は知ってるっていうレベルだもん。

そんで本書を最後まで読んで。3巻も良かったけど、4巻はもう一皮むけたなあ!って感じで。いままでで一番良かったです。ミステリーとしても、小説としても、良かった。あと、ラノベにありがちな無駄な男性読者サービスもほんとに大人しく抑えられてて、ラノベ読んでるっての忘れてた。

ついに、栞子さんの、まるでとんでもない冷血漢みたいに間接的に説明されていた実母が実際に登場し、娘たちと対面します。その母親もそうですが、サブタイトルに「二つの顔」とあるように、いろんな人間の、いろんな面が丁寧に描かれる。そう、ひとって、そんな簡単に「こういうひとだ」とは決めつけられないところがあったりするんだよなあ……でも受け取る側もそんなにキャパ広いわけでもないし、洞察力が最初から備わっているわけでもない、そしてみんな、誰しも利己的な視点や感情抜きで受け取れるわけじゃないし……などと、いろんなことを考えさせられました。
「いったいどんな酷い非人情か」と思っていた篠川智恵子だけど、この巻を読んで印象が変わりました。まあ、娘の立場だったら堪らないでしょうけどね。それにしても毎回思うけど栞子さんの妹は新人類というか……すごい性格してるなあ。

乱歩のこと、乱歩の著作をめぐる謎、それにまつわる人間関係、主要キャラたちの関係、どれもとっても面白かったです。

あ、乱歩の主要作品のネタバレがストーリー上どうしても出てきちゃいますから、もしか乱歩をまだ読んでない方はある程度読まれてからにしたほうが、いいのかも……。「二銭銅貨」「押絵と旅する男」「人間椅子」あたりは必須です!

あと細か~いことだけどすごく気になったんですが、栞子さんほど常識のある良識ある御嬢さんが従姉さんの結婚式に出席なさるのにベージュのワンピースに白いジャケットなんて組み合わせを選ばれるでしょうか? むしろ無知な妹さんがそういう格好をしそうになるのを止める役柄だと思うんですが……。

江戸川乱歩入門には↓これオススメです。
「二銭銅貨」「芋虫」「二癈人」「D坂の殺人事件」「心理試験」「赤い部屋」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「鏡地獄」の9篇が収録されています。
江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)
江戸川 乱歩
新潮社
売り上げランキング: 6,332


太陽の塔

太陽の塔 (新潮文庫)
太陽の塔 (新潮文庫)
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森見 登美彦
新潮社
売り上げランキング: 4,693

■森見登美彦
森見さんの著作は2006年に夜は短し歩けよ乙女を期待して読んでガッカリしたことがあってそれきりだったのだが、ずっと視界の端で気になる作家ではあった(なんせ評判が良いしコンスタントに売れている)。
書店であれこれ見ているときに手に取ってみて、これがデビュー作ということだし、もっかい森見さんの世界に入ってみよう、と思った。

というわけで今度は期待せずに読んだのだが、結論から云う。
めっちゃ、面白かった!! 良かった!! 
最後は感動すらしてしまった……!
ううう美しいというと違うんだけどあの主人公の失恋した元彼女のいろんな表情を次々に思い出すシーンが切なすぎて涙(泣かんけど)……!!

主人公「私」は休学中の大学五回生。学生じゃないし社会人じゃないしなんか宙ぶらりんな存在。そして女性にも縁が無く、もてない喪男、という設定だ。
いやーでも休学中と言っても泣く子も黙る京大生☆なんで、それだけでもう世の中に対するめっちゃ有効な最強アイテム持ってると思うだケド、しかも三回生のときには彼女がいたんだからその気になればお付き合い出来るキャラなんでしょ、とか内心ツッコミつつも主人公のへたれぶり、脳内(被害)妄想の強烈さと並行するエベレストより高い自尊心のアンバランスさが面白くて読むのがやめられない。昼休み、通勤中、帰ってからと読み続けてあっというまに読了した。

日本ファンタジーノベル大賞受賞作というので、不思議なこととかが噴出するのかとも思っていたのだが、そういうのはほとんど無くて、つまりは主人公の若い男性の荒れ狂うとめどない脳内妄想が「ファンタジー」なのだった。あとは叡山電鉄がらみのあれは、夢?とかそういう不思議も出てくるんだけど。

主人公は水尾さんという同じ大学の後輩に恋をしてしばらく付き合うんだけど、その頃のことは最初なかなか話さなくて、ずっと曖昧にしておくのかなと思っていたら後半で少しずつ打ち明けていくんだけど、んー、水尾さんがどういう女性だったのかがいまいちよくわからない、太陽の塔に感動してハマる様子なんか読んでるとけっこう「独自の道をゆく」タイプなんだな、ああどっちかというとオリーブ系なのかな、それにこの子も京大生なんだから頭はめっちゃ良いわけだよねーと脳内補完しつつ読んだけど。
クリスマスイブに、たいようでんちまねきねこは……どうだろう。私がもらったとして。うーん。まあ、そのときに相手をどれくらい好きか、だよね、ああいうのは。ってことはその時点で残念ながら水尾さんの中で主人公は既にだいぶ評定が落ちてたんでしょうなあ……合掌。

最初の方は、キモくてしかもストーカー!?おまけに自分は世のストーカーとは違うんだとかやたら無駄な理論武装して言い訳してるしなにこのイタい男~とか思わないでもなかったんだけど、上手い具合に「これ以上やったら読者ついてこなくなるライン」を越えない程度に抑えられていて、そんでなんか行間に「いやこれ、実は自分でもイタいってわかってるんす」という自虐が感じ取れるから、妄想暴走しててもどっか客観視してるっていうか、冷静な部分が透けて見えるんだね、だから安心して読める。

「俺は間違ってなくて世間が間違ってる」式の強がりが頻出するけど、でも実際はちゃんとお寿司屋さんのバイトを真面目にしてて、そこの店主と奥さんに対してきちんと敬意をはらい、恩義を感じているところとか、父親と母親に対して尊敬と感謝を忘れないところとか、ひととして大切なところがしっかり固まっているというのも非常に好ましい。

あとこれは完全にわたしの偏った趣味の世界なのだけど……この主人公、最後の方で「痩せている」ことが判明するんだけど、わたし男の人は痩せてる、ひょろっとしたひとが好きだったりして、それまで読んでいるときはどっちかというとぽっちゃり系を想像して読んでいたのでちょっと良い意味でヤラレタ感があって、そうかー、そうだったのかーと思った。いやだって、あんまりアクティブな感じじゃなかったんだもん。

全体的に、ユーモアに満ちた楽しい作品。
反復横跳びを日々鍛えてるとか……想像しただけで笑える。文体そのものがわざと熟語を乱用してしゃちこばってるふうにしてあって、へたれな内容とのギャップがあってユーモラスなんだよね。
最後のほうの、「えじゃないか」騒動シーンは、「無さそうだけど実際にあったこと」みたいで、どうなのかなあ。想像してたよりずっと平和的な騒動で、すごく安心して、良かった!と思った。

京都が舞台で、叡山電車とか京阪とか元田中とか一乗寺とか百万遍とか東大路通りとか四条河原町とか八坂とか、そういう馴染みのあるワードが頻出するのも京都ファンには嬉しい。

解説は女優の本上まなみ。ちなみに主人公の愛車(ブレーキの壊れた自転車)は”まなみ号”……。

2013/02/23

私が選ぶ国書刊行会の3冊 国書刊行会40周年記念小冊子[非売品]

■国書刊行会
非売品です。
2012年8月の発行。
でもつい先日、堂島の大きな書店に行ったらフェアが開催されていて、この冊子もまだたくさん並べてありました。最初「おお、なんかおどろおどろしい絵の変形文庫が」と思って手に取って目次をみたら有名な作家さん・書評家さんの名前がずらりと並んでいて「これは面白そうだ」と思って値段を確かめようとしたら裏に「非売品」とあったので「!!!」。喜んでいただいてまいった次第です。

このあとなにげに「本の雑誌」1月号を何度目かの再読をしていたら、著名人による「私のベスト」コーナーで北村(薫)さんがあげておられる内1冊がこの小冊子なのでした。

あたくしの国書刊行会のイメージ。
「高い」「幻想」「奇妙キテレツ」
実際、この冊子の巻末に書名リストがあるんですが2,000円代があたりまえーあたりまえーあたりまえ価格♪ てな感じで、8,000円とか9,000円とか16.000円とかある、いやまておおおまさかの88,000とか!!

どうしても読みたい理由が無ければ出せないお値段の本ばかりです。少なくともわたしには。図書館とかで借りて読んで、「これは手元に置きたい」という手順踏みたくなるですよね、9,000円だったら。

わたしが持ってる国書刊行会の御本といえばジーヴス・シリーズの最初の5冊くらい、かなあ。これは確かに快哉を叫んだし、素晴らしかった。途中で脱落しましたが……(ウッドハウス・コレクションは全14冊だそうです)。

でもこの冊子が手に入らなくても大丈夫!
推薦者と推薦書籍のリスト、コメント文は国書刊行会のホームページの特設ページで確認できます。

2013/02/21

小鳥来る日

小鳥来る日
小鳥来る日
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平松 洋子
毎日新聞社
売り上げランキング: 4,441

■平松洋子
タイトルを最初に見たときぱっ、と思い出したのは吉田絃二郎『小鳥の来る日だ。吉田先生へのオマージュとかもありなのかな?とか読む前に考えたりしていた。今年最初に読んだ小川洋子の新刊は『ことり』だったし、なんだか小鳥に縁があるなあ。

毎日新聞・日曜版に2011年4月3日~2012年12月23日まで掲載されたもの。が、2013年1月15日に印刷され、同月30日発行、と奥付にある。
読了後、それをまじまじと眺めて思った。新聞掲載から書籍にまとめられるまでが早いなあ。これ、平均的なんだろうか。とりあえず単行本にするまえの校正というか加筆修正というか、そういうのをするための期間はほぼ無かったんだろうなあ。
でも、分かる気がする。
だって、読んだから。1篇1篇がどれだけ美しくすっきりと無駄なく仕上がっているエッセイ集だったか。
難しい言葉は無く、でも「選び抜かれたことば」がきっちり推敲されて、収まるべきところに収まっている。
――平松さんのエッセイを読んでいると、「ああこのひとは読書家だなあ」「美しい言葉をどれだけさりげなくもっともふさわしい形でつかう、ということに神経を配っておられるのだなあ」ということをしばしば感じる。日曜日に、毎週、おそらくは多くの読み手が休日にゆっくり自宅の居間で広げる紙面に載せるエッセイ。
平松さんの、場にふさわしい読み物をつむぐ「名ソムリエぶり」がいかんなく発揮されたとみた。

最初に平松さんの肩書を知ったときは「フードジャーナリスト」とか書かれていたのだが、ここ数年は「エッセイスト」のほうが多いようで、本書も特に食べ物や料理の話が多いことはなく、いわゆる身辺雑記、身の回りで見たこと聞いたことをもとに書かれている。

とっっっても美しい装丁の御本で、装幀はかのクラフト・エヴィング商會。ちょっとざらつきのある手触りの落ち着きのある白い表紙に黄緑のこれは、版画? 小さくアルファベットでkotori kuru hi hiramatsu yokoと書いてある。カバーをはずすと上品なグレイ。背表紙のラインが美麗である。見返しは直球の桃色。標題紙は少し透け感のあるきれいな紙で印字は淡い灰色。花布はごく淡い卵色で栞紐は萌黄色、帯は表紙と同じ紙でで縦縞がありカバーの緑の丸がうっすら透けて見える……。

本書のエッセイはどれも素晴らしかったが、特に好きだったのは「五月の素足」「猫の隊列が通る庭」「奈良うちわ、ゆらゆら」「なでしこの咲く朝」「ベトナムで帽子をかぶる」「こっそり甲羅干し」「昼下がりはご陽気に」「玉子屋のおばあさん」「いなり寿司通り」「ありがとう」「おとなの椅子取りゲーム」「レース編みのすきま」「女三人、酉の市」「記憶のなかに棲む家」「ひよこの隊列、ごきげんさん」「ストッキングの警戒警報」。
繰り返し楽しんでいきたい、大好きな本がまた増えた。

第28回講談社エッセイ賞 受賞第一作、と帯にあるから「どの作品でだろう」と確認したら野蛮な読書でだそうだ。

2013/02/18

ひとりで歩く女

ひとりで歩く女 (創元推理文庫)
ヘレン マクロイ
東京創元社
売り上げランキング: 22,644
■ヘレン・マクロイ 翻訳;宮脇孝雄
『小鬼の市本邦初訳に合わせて新カバーで復刊となったもの。
1948年に原書は刊行、日本では1998年に翻訳出版されていたが長らく絶版状態にあった。

一読、面白かった。見事なサスペンスで、なによりも大切なのは白紙状態で作品に臨むことだろう。事前情報があるとサスペンスは目減りしてしまう。

ウリサール警部もの。
西インド諸島から米国へ帰るサンタ・クリスティーナ号船上にて書かれた長い手記の冒頭にはこう記されていた「以下の文章は、わたしが変死した場合にのみ読まれるものとする……」
手記の書き手によると、自分は誰かによって殺されようとしているというのだ。

こういう形で始まっていくミステリーは決して珍しいものではない。例えばアガサ・クリスティーの作品でもいくつかこのパターンがあるだろう。身に危険を感じたり不安で仕方なくなったひとが私立探偵に依頼をする、犯人が誰かまでは特定できないけれど、というやつだ。

というわけで読みながら頭の片隅でいままで読んだそれらの記憶と考え合わせ、今度はどういう手で来るのかなと考えたりしていた。ずっと手記でいくのかと思ったらわりと早々に地の文に変わったのでおう、と楽しくなった。

意外性という意味では前代未聞とかそういうレベルではないが、サスペンスとして非常によく出来ていて、特に終盤の夜の一軒家のシーンなど読んでいるときも、最後まで読んで思い出したときも恐いしいろいろ「人間性」とかについて考えさせられてしまう説得力があって、すごい。

サスペンスは初読みのときにしか味わえないだろうが、小説としてなかなか味わい深いものがある作品だと思うので、しばらく期間を開けてぜひ再読したい。誰がどういう役割かわかっていて読むとまた全然違う視線で楽しめそうだ。それにしても、「大金」は怖いねえ。

2013/02/14

巴里の空の下オムレツのにおいは流れる

巴里の空の下オムレツのにおいは流れる (河出文庫)
石井 好子
河出書房新社
売り上げランキング: 54,938

■石井好子
1963年(昭和38年)に暮しの手帖社から単行本として出版されて以来ずーっと売れ続けてきたロングセラーの名著。2011年7月、初めて文庫化した。

非常に有名な本なので、タイトルはもちろん聞いたことがあったが読んだことは無かった。2011年4月にちくま文庫から出たアンソロジー『玉子ふわふわ』に石井さんのエッセイも収録されておりそれは読んで、そのしばらくあとにこれが文庫化されたので「おお」とは思ったのだけれど、アンソロジーのときにそれほど感銘を受けなかったのでどうかなと保留していた。先日、去年の別冊本の雑誌『おすすめ文庫王国2012』(最新のじゃないやつ)を再読していたら浜田さんが本書を絶賛されていて、読んでみたくなった。

思ったよりも、ずっと良かった。
このひとの本業が作家でも料理研究家でもないことはなんとなく知っていたが、シャンソン歌手だったんだね。読んでいる途中で気になって検索したら1922年生まれ。大正11年である。

昭和38年くらいに書かれた本なのに、あんまり古いと感じないのは石井さんがパリに仕事がらみやなんやかやで滞在していたときの話なのでフランスの料理の話が多く、そのほかもドイツやイタリアやアメリカなど外国の話がほとんどなので、いま現在の日本で日常食となっているあちらの料理ネタなどが頻出するので違和感がないからだろう。出版当時にはかなりにハイカラ(古い言い回しだが本書を読んでいるとそう云いたくなる)だったんだろうなあ。

シチューとか、ポトフとか、ブイヤベースとか、そういう向こうの家庭料理の美味しさが、しみじみとした湯気とともに伝わってくる。作り方もすごく具体的で、少し料理が出来るひとにはこれで十分レシピになるだろう。レシピじゃなくエッセイなので、分量とかがこと細かく書いてあるわけじゃないけれど、でもこれを読んだら頭の中にとってもクリアに手順や調理の様子が浮かんでくる。解説の堀江(敏幸)先生も書かれているけど、石井さんご自身がお料理をきちんと日常なさっている方だからこそだろう。

さすがに昭和だなと感じるのは「天火」で、これはもう昨今ではあまり使われない言葉かと思うが自分では使わないが意味は知っているレベルだし、むしろ雰囲気があって良い。オーブンという言葉だって決して悪かないけど。全体に、言葉づかいがすごくきれいだなあと何度も感じた。教養があって、でも偉ぶらない感じがすごく素敵。
昭和38年というと今ほど海外旅行もさかんではなかっただろうし、石井さんのエッセイはきっととても憧れの内容だったんだろうなあ。いまは随分日本にも馴染んだものが「珍しい西洋のもの」として紹介されているのを読むのはなんだか少しくすぐったいような変な感じもする。

この本を読むと、オムレツや、その他の紹介されている料理を作りたくなる。ちょっと、カロリーオーバーなメニューばかりなのが少ぅし気にはなるが…。

おすすめ文庫王国2012 (本の雑誌増刊)

本の雑誌社
売り上げランキング: 351,434


2013/02/11

おべんとうの時間 2

おべんとうの時間 2 (翼の王国books)
阿部 了 阿部 直美
木楽舎
売り上げランキング: 11,713

■写真・阿部了/文・阿部直美
『1』を読む前は、「企画本だし、1だけで十分かな」と思っていたのだが、「1」が素晴らしく良くて、熟読・めっちゃ見て楽しかったことから、「『2』も読みたいずら!」となった。しかし、いちばん身近な通勤途中にある書店には置いておらず、近所の書店にも置いておらず、ネットで注文しようかなとカートに入れるまではしたものの、ついでに他も買う本が無いかと見ていたらなんだか最近デカい本屋でじっくり時間つぶしてないなあと思い至り、結局昨日、堂島のJ堂書店に出かけて行った。

『2』もやはり良くて、雰囲気とか変わってなくて、熟読した。まず1巡目はざあっと写真を見て行って、でも時々やっぱり職業とかお弁当とかに気を取られて文章も読んだりして進んでいく。2巡目は頭から、ひとの写真を見て、お弁当の写真じっと見て、ページをめくって職業を確かめては「おお、そう来たか」とか思いつつ文章を熟読、前のページにもどってお弁当の写真やなんやらを確かめる。そんな感じでゆっくりじっくり楽しむ。
ところどころ、著者のコラムがあって、それがけっこう「かゆいところに手が届く」感じの気になるところを書いてくれてあるからこれまた興味深い。

今回のお弁当たちも美味しそうなのばっかりだった。「卵焼き」といってもひとによって全部違うのが面白い。そういうもんだよなあと思う。この本を読むと「いろんな職業があるなあ。いろんな生き方があるんだなあ」としみじみと感心する。
それにしても「雑誌におべんとうの写真を載せる」となるとやはり奥さんの気合が入るみたいで、お家によってはお重を出してきてだんなさんが「それはだめだろ」とたしなめて普段のにしたとか、ハートマークがお弁当にあしらわれていると人に見られる前にあわてて食べちゃうとかのエピソードが微笑ましいね。

※本書にはレシピは載っていません。

2013/02/10

用もないのに 【再読】

用もないのに (文春文庫)
用もないのに (文春文庫)
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奥田 英朗
文藝春秋 (2012-01-04)
売り上げランキング: 55,036

■奥田英朗
奥田英朗エッセイ再読3冊目。
最初は、”野球篇”だけにしておこうかと思っていたのだが”遠足篇”も読んだ。
気楽に読める。
価値観とか生き方とか世代とか性別とか金銭感覚とかいろいろ違うので、共感しまくり、というわけではないのだが、「ふーん、なるほどこういう考え方のひといるよなあ」とか思いつつ読んでいくのである。
「アット・ニューヨーク」は前回読んだときはスタイルとかにちょっと違和感を感じて楽しめないところが無きにしもあらずだったのだが、今回読み直してみたらあれあれ、これ面白いじゃんという感じ。これとフジロックの話が光っているなと思った。当方、ニューヨークにもフジロックにも縁が無いのだが、文章が、内容が楽しい。奥田さんが楽しんでるノリノリ感が伝わってくるのが良いのかな。

詳しい感想は初読み時に書いたので省略。

2013/02/08

港町食堂 【再々読】

港町食堂 (新潮文庫)
港町食堂 (新潮文庫)
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奥田 英朗
新潮社
売り上げランキング: 206,443

■奥田英朗
2005年11月新潮社単行本刊、2008年4月文庫化したもの。
初出は雑誌「旅」。

雑誌「旅」の、さまざまな港町を船で訪れる企画。行先は土佐清水、五島列島、牡鹿半島、佐渡島、釜山。
「船で上陸」というシバリがあるがために、東京からわざわざ新幹線で名古屋に行き、そこから船に乗って仙台に向かうなんてルートを取ったりするのが面白い。
5カ所のどこも行ったことないし、港町の食堂にも縁がない。何回読んでも面白いなあと思うがいかんせん本書を読んでそのまま行動に移すほどのバイタリティも暇も無い。船旅は日数かかるもん、会社員には難しいのだ。
それにしてもこのエッセイを読んでると妙にお腹が空くというか、食欲がシゲキされるんだよなあ。新鮮な海産物が食べたいよー。

泳いで帰れ 【再読】

泳いで帰れ (光文社文庫)
奥田 英朗
光文社
売り上げランキング: 129,354

■奥田英朗
奥田さんを続けて読む。
本書は2004年のアテネ・オリンピックを観戦しに行った偏屈(?)作家の自由な感想。
軽いノリなので、楽しく気軽に。
飾らない作家、奥田さん。
しかし随所にみえるスポーツへの視線には断固としたこだわりがあり、やはり『野球の国』のひとだなあと思う。

ただ、これランチ食べながら再読したんだけど(行儀悪くてすまん)、ちょっと不向きな描写が繰り返しあるので、そこだけ注意。まあ、ごはん食べながら読むひとはたぶんそんなにいないから大丈夫か。

初読時感想

2013/02/03

小鬼の市

小鬼の市 (創元推理文庫)
ヘレン・マクロイ
東京創元社
売り上げランキング: 4,179

■ヘレン・マクロイ 翻訳;駒月雅子
本邦初訳なので、うっかりすると最近の作品と思いそうになるが、この原書"THE GOBLIN MARKET"は第二次世界大戦中の1943年に上梓されたものだ。そして内容を読んでみると「灯火管制」が頻繁に出てきたりして、ああ戦時なんだなあと思い知らされる。

※これから本書を読むという方は以下スルー推奨。

帯には「ウィリング博士とウリサール署長、夢の競演」とあり、ウィリング博士はわかるけど『ひとりで歩く女』のウリサール警部といわれても読んだことないもんなあ、と思いつつ最後まで読んで解説に目を通したら「こちらは本書の刊行に合わせて新カバーで重版される」という記述があり、朗報である。しかしその前に同氏が「サスペンスを削ぐことになるが(やむを得ないので)」と断ってウリサール警部が他作品にも登場していることに触れているのがね、いやいやそれ以前に帯とかカバー裏とか出版社の新刊PR文とかで思いっきり触れ回りまくられてるっス、おかげで確かにサスペンス度がいっこ減ったっス、という感じだ。ちなみに『ひとりで歩く女』の原書刊行は1948年。ただ日本ではこっちが既に1998年に邦訳出版されているからこういうことになっちゃったんだなあ。

カリブ海の島国サンタ・テレサが舞台。事故により急死した通信社記者の後任として働くことになったスターク。だが、いろいろ不審な点が出てきて……。

ゴブリン・マーケット。なんだか魑魅魍魎っぽい、いろんなものが暗躍している感じの印象的なタイトルだが、中身は正直それほどでも、だったなあ。サスペンスなんだけど、この主人公スタークのキャラクターが希薄で、なに考えてるのかとかよくわからない、正体もわからない、浮浪者みたいな感じで登場したのでそういう感じかと思っていたら読んでいくと妙に芯が通っていたり、読み進んでいくといろいろ経験と知識が豊富で世慣れていることがわかったりするが、こっちは相変わらず共感できないし同情もできず、一瞬これが犯人ということは有り得ないかと疑ったりもしたくらいなので、こいつが死のうが別に困らないという感じで、結果的に全然サスペンスにならなかったのだ。
ヘレン・マクロイの話がいままで読んだのは全部良かったし、これもまあ翻訳が悪くないのでずっと読んだけど、中盤くらいまではつまらなさ一歩手前だった。だんだんそれなりに面白くなっていくんだけど。最後、ちょっとびっくりした。ああそれで、とは思うけどなんか釈然とせんなーという感じ無きにしも非ず。

以下ネタバレ白文字ウィリング博士がいつ登場するのかと待って」いたらまさかそういう話とはね!

熊の敷石 【再々読】

熊の敷石 (講談社文庫)
熊の敷石 (講談社文庫)
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堀江 敏幸
講談社
売り上げランキング: 51,409

■堀江敏幸
『熊の敷石』には「熊の敷石」という中篇と「砂売りが通る」「城址にて」の2つの短篇が収録されているが、今回再読したのは「熊の敷石」のみで。というのは、この話がすごく好きで、今回読みかえしてハアやっぱり良いなあと思ったんだけど、次の話は舞台とかテーマが全然違うからその読後の余韻をそのままにしておきたかったからだ。

フランスのパリから電車で2時間くらいのカン、友人が住んでいる町の近くにあるアヴランシュあたりがこのお話の舞台。アヴランシュからはモン・サン・ミシェルがはるか遠くに見えるらしい。

久しぶりに会うことになったユダヤ人の友人の話、フランス語の辞書を作ったリトレの話、友人の大家さんとその盲目の幼い坊やの話。淡々としつつも粘り気があるというか、堀江敏幸独特の語り口が読んでいてとても心地よい。

  彼の言いたいことは、それこそ「なんとなく」わかるような気がした。私は他人と交わるとき、その人物と「なんとなく」という感覚に基づく相互の理解が得られるか否かを判断し、呼吸があわなかった場合には、おそらくは自分にとって本当に必要な人間ではないとして、徐々に遠ざけてしまうのがつねだった。ながくつきあっている連中と共有しているのは、社会的な地位や利害関係とは縁のない、ちょうど宮澤賢治のホモイが取り逃した貝の火みたいな、それじたい触れることのできない距離を要請するかすかな炎みたいなもので、国籍や年齢や性別には収まらないそうした理解の火はふいに現われ、持続するときは持続し、消えるときは消える。不幸にして消えたあとも、しばらくはそのぬくもりが残る。

解説は川上弘美。