2012/11/30

沈黙博物館 【再読】

沈黙博物館
沈黙博物館
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小川 洋子
筑摩書房
売り上げランキング: 614132

■小川洋子
初読みは2004年3月。これは当時新刊で単行本入手出来た。第2刷だったけど。

「物語」だなあ~。としみじみ読みながら思った。
主人公の名前も、主要人物である少女の名前も出てこない、固有名詞一切無し、そして場所も日本では無さそうな、どこか異国めいた、でもじゃあどこの国かと考えてみてもなにもヒントは無い、いや、ひとつだけどうしても連想してしまった場所はあった、それは村上春樹の小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる「世界の終り」のほうである。冬が厳しいということと、一角獣とバイソンという違いはあるものの、その世界を象徴するような印象的な動物が出てくる点、主人公が専門的な技能を持つ職業人であること、そして何よりも作品を包む静かでかたくなな何かをはらんだ閉鎖的な雰囲気が。

優秀な博物館技師である主人公はある田舎町の大きな屋敷に採用面接を受けるためにやってきた。迎えに来たのはまだ少女といっていいほどの女性で、やがて彼女は依頼主である老女の養女であることがわかる。
気難しく、高圧的でわがままな変わり者である老女の希望は彼女が人生を通してずっと蒐集してきたあるものたちを収めた博物館を作ってほしい、というものだった。そのあるものとは、すべて村で亡くなったひとたちの遺品だった。それだけなら普通だが、実はそれらはすべて盗んで手に入れたものだった。そうでなければ、その死者に本当にふさわしい遺品など手に入らないから、というのが老婆の主張だった。

この物語には沈黙の伝道師というひとたちも登場する。彼らは修行のために自ら沈黙の中に身を置くのである。人の話を聞くことはするのだが、喋ったり、書いたりすらもしない。インプットだけでアウトプットはしないという修行。
主人公の技師がかかわることになった博物館の名前が何故「沈黙博物館」なのか、「遺品博物館」じゃないのか、と思わないこともないけれど、でもここに収められているのはいわゆる「遺品」とは少し違うようだし、なにしろこの物語をまったく伝えないだろう。

物語の中で、いくつか殺人事件が起こり、遺品盗難のために関連場所に行ったりしていた主人公は刑事たちに目を付けられるというミステリーみたいな展開もある。しかしこれはもちろんミステリーじゃなく、他でもない小川洋子の小説だから、犯人がわかっても、だからどうというのだ、という扱いなのだ。いやしかし、怖いと思うんだけどなー。

それにしてもこの作家の描写というのはところどころ嫌がらせかと思うくらい生々しいどろっとした描写があって、それが特徴なんだけど、でもやっぱりそういうの生理的にちょっと拒否反応が起こってしまいそうになるのであった。それを越えたところにある「何か」を知っているから読み続けるんだけど。

庭師が好きになれないなんて当たり前じゃないかと昔の感想を読んで思った。

2012/11/28

0能者ミナト <4>

0能者ミナト〈4〉 (メディアワークス文庫)
葉山 透
アスキーメディアワークス (2012-07-25)
売り上げランキング: 64988

■葉山透
シリーズ第4巻は長篇「船」。
出てくる怪異はずばりそのまんま、「船幽霊」。あー小学校高学年時に買ってもらってなんべんも読み込んでた偕成社『日本の伝説』全4巻(超名著!)に船ゆうれい出てきたなあ。なつかしい。

怪異対策として、豪華客船に乗ることになった湊と沙耶、ユウキの3人組。
最初の思惑としては、そうたいした怪異でもなさそうだし、豪華客船で旅行なんてふつうではなかなか出来ないから、さっさと怪異退治しちゃってあとはゆったり船旅を楽しんじゃおう、というノリだった。これは湊だけじゃなく、沙耶・ユウキも同様だった。

依頼した副船長は怪異など信じないタイプだったが、クルーが見たといい、妙な噂が広まると客離れにつながってしまうので仕方なく、という流れ。

豪華客船の客層は年配の金銭に余裕がある方々がほとんどらしいが、湊がいいオトナのくせにTPOもわきまえないでいつもどおりの超無礼をいかなる相手・場面でも貫くので、たとえば人柄の良さそうな老夫婦相手ならちょっとは礼儀正しくしてほしいんだけどなー、と思ってしまった。「相手によって態度を変える」というと良くないイメージだが、そうではなくて、最低限の礼儀をいついかなる場合も払えない、というのは、要するに礼儀を知らないとしか言えないわけであり、つまりはガキなんである。キライじゃないけど。このシリーズの売りのひとつみたいだし。ただ、もうちょっとなんとなからんのかな、と思うだけ。
そういう意味ではユウキは場にそった猫をかぶる技をちゃんと身に付けており、立派である。いつも礼儀正しくきちんとしている沙耶ちゃんが素晴らしいこと、偉いことは言うまでもない。

豪華客船クルーズについてはそれほど詳しく出てこなかったが知らない世界だったので興味深かったし、船ゆうれいをめぐる謎とサスペンスはスリルがあったし、謎解きに科学もひとつひとつ順を追って説明していくのとか非常に明快でとっても面白かった。

このシリーズはしかし、ものすごく科学的にいろんなことを解明していくので、この調子ですべてを説明しちゃうのではと思わせつつも根本的なところはやっぱり「怪異」である、というのがなんだか不思議な感じだなあ。でも“最新科学を理解して利用する怪異”とか……もうどっからツッコんだらいいのか状態。ていうかツッコむくらいならこのシリーズは読んでいられないんであるが。うーむ。
カタいこと言わずに楽しめ! ってことなんだろうな。
なんのかんの言ってるけど4巻はいままでで一番面白かったかも知れない。ま、1巻の第1話読んだ時の衝撃(あれこそ「なんじゃこりゃああ!」だったよ)には負けるけど。

でもなんとなく、京極夏彦の著作と比較しちゃいたくなるのも事実なのであった。

2012/11/26

0能者ミナト <2>

0能者ミナト〈2〉 (メディアワークス文庫)
葉山 透
アスキーメディアワークス (2011-06-25)
売り上げランキング: 13817

■葉山透
2巻目は長篇。
江戸時代に村人すべてを殺戮したという怪異「鏖(みなごろし)」。それの封印が解けてしまって、総本山(このシリーズではこの表現でしか出てこなく、いったいどの宗派の総本山なのかとかの説明が一切無いんだけど、まあ、寺系のいちばんエライところ、って言いたいんだろうなあ)も、御蔭神道(こっちは具体的な架空固有名詞が付いてる)も、その精鋭とか手練れとかが犠牲になっているというおっそろしーい状態。
お手上げざんす、となって双方がそれぞれ別々にミナトに「なんとかしてくれ」と依頼してきたわけだが何故か彼は「興味が無い」とそれを放り投げていた……。

このシリーズはミステリーではないのだが、謎みたいなのがあって、それを解明して怪異を解決するのは主人公の湊、という構成になっているから、その「解明」に触れるとネタバレになってしまう。そこがわからないからこそ読んでいくんだし、最初っからわかってしまってはおじゃんである。

今回の「種明かし」はなんと○○だったんだけど、正直、ちょっと拍子抜けしてしまった。だって、あれだけ残虐な殺戮シーンこれでもかと続いて、その途中では「一番怖いのは人間だ」みたいな事実も判明して、で、正体があれか。いや、理屈は合ってるんだけど……でも、それじゃあ、この感情の持っていき場が無いじゃない! みたいな。まあ、面白かったけどね、途中でやめらんないからずーっと読んじゃった。不気味になる鈴のエピソードも怖かったし、いろいろミステリアスで、引っ張られるのだ。終盤のあのシーンは壮絶な美しさだったなあ。

このシリーズ、最後に必ず「閑」が付くのかな? 閑話休題、みたいなシーンなんだけど、この話の年長(といってもみんな30歳未満)3人組の喫茶店会談みたいな、腐れ縁の腐れシーンみたいな。高い車乗ってるんだなあ理彩子さん、お金持ちだなあー。

あとがきで、ファンレターで「0能力者」とか「零能力」とか間違われている例が多いと書いてあって、前回の感想をあわてて見直したらわたしも1ヶ所「0能力」と書いてしまっている場所があって、修正した(滝汗)。
いやー、だって中身読むと「法力も霊力もなんにも0」というのが強調されているもんだから、ついつい、間違っちゃうんだよなあ。失礼しますた。

0能者ミナト <3>

0能者ミナト〈3〉 (メディアワークス文庫)
葉山 透
アスキーメディアワークス (2011-12-22)
売り上げランキング: 37498

■葉山透
3巻は2つのお話収録。
どっちも面白かった。
「蘇」は死なない男の話。
これは妖怪とかそういうのじゃなくて……おっと、これ以上喋ったらネタバレだー。
単に「死なない」だけなら放っといてもいいんだけど、この男が残虐な殺人鬼のヒトデナシなもんで、死刑にならないといけないんだけど、死んでくれないから湊に依頼がきたというわけ。
ユウキくん大活躍。

「夢」は夢魔の話。
こっちは沙耶ちゃんが受難。でも頑張ったぞ。
沙耶ちゃんの夢のなかで湊が婚約者で出てきたのはうーんまあ、十代の少女って年上の男の人に弱いもんね、という感じ。不良っぽさにも憧れみたいなのが心のどっかにあるっていうか。
でもこれはセクハラだよね……。っていうか10歳にしてユウキ君、イロイロ知りすぎじゃないのっ!?

「贈」最後に大人組3人の駄弁りがあるのは同じ。クリスマスネタだった。20代でアルマーニのジャケットプレゼントとか……センス悪すぎじゃないの、どこのオッサンだよ!?って感じ。成金くさいー。

2012/11/24

0能者ミナト

0能者ミナト (メディアワークス文庫)
葉山 透
アスキーメディアワークス (2011-02-25)
売り上げランキング: 5480

■葉山透
しばらく前に書店で表紙をよく見かけたシリーズ。以前、ウェンディさんと小説の話をしていて経緯は忘れたが「あれ(なんとなく表紙の雰囲気が新本格ミステリぽかったから)気になったんだけど結局買うまでは至らなかった」とか言ったら、「実家に全部揃ってるわよ」ということで、じゃあまあ急がないので、機会があったら貸してくださいと頼んであった。のを、忘れていた(!)のだが今回持ってきてくださったので有難くお借りした。

この小説の主人公は九条湊という推定年齢25,6歳の青年。水商売が集まっている地域のボロいマンションの上の方の階に住んでいて(ってこの設定『日暮旅人』もそうだったなあ。ラノベ界では流行ってるのか?)、初登場時はあろうことか自宅でテキトーに不法栽培した大麻でバッド・トリップしていた。この小説の舞台は現代日本で、怪異モノなので、神道の巫女さんとか法力僧とかいわゆるそっち系の能力がある登場人物が出てくる。でもミナトはそういう能力一切無し。法力も念力も神通力もなんにも無い。そのテの力は1ミリも無いのだ。霊感すら無い。そういう意味で「0能者」なわけだ(霊能力者の駄洒落だよね……)。
でも、その彼が、そういうジャンルの人たちに解決できなかった怪異を見事に払ってみせたことが何回もあり、お寺系からも神道系からも煙たがられている、ということらしい。まあ、メンツ丸潰れだし、己の信念の拠って立つところ全部ひっくり返すような存在だもんなあ。

メディアワークスの作品だから主人公こそ成人だけど、他のメイン・キャラは16歳の女子高校生にして御蔭神道の巫女である山神沙耶と、10歳にして総本山で天才法力少年と名高い赤羽ユウキ。この3人が珍道中をやってる。図を思い浮かべるだけでなんだかへにょっ、となりそうだ。しかし湊がなかなか露悪的で、口の悪さはなかなかのものなので、それを読むのはけっこう面白かった。怪異には科学とは正反対の陰陽道的な力で対処するというのがセオリーなのだがそういう能力が無いミナトは理詰めで科学の力を使ったりして物の怪退治をする、というのがこのシリーズの肝らしい。

いや……科学の力が通用しない、人間の常識を超えたわけのわからない存在だから怪異なんであって、それが科学的に解決出来るってどういうこと??? と、ちょっとびっくりしたが、まあ、これは、そういうお話なんだからそういうルールの世界だっていうことだ。うむ。

十代の青臭い、いわゆる中二的言動が主にユウキから発せられるのに少々辟易したが、純情少女・沙耶はその真面目さや礼儀正しさが清々しくて好感が持てるし、ストーリーもなかなか面白かった。謎や問題があって、それを意外な方法で解決していく、というパターンはやはり面白い。

以下はネタバレを含むので畳んどきます。

この巻では「嫉」という事件と「呪」という事件が解決される。もうひとつの「告」は幕間的な話。
「嫉」は解決方法が絵的に素晴らしくグローバルで面白く、コロンブスの卵だと思った。ま、ウルトラマンが昔っからやってたことだけどね。うおお、そういうのアリかー!とびっくりした。
「呪」は事件そのものと登場人物が面白かった。華子とか。リアリティは全然無いし説得力も無いんだけど、漫画的に面白い。解決方法はあまりにも取って付けた感があるというか、いろいろな意味で医学にもそれを必要としている患者の方々に対して失礼過ぎると思った。なんにも考えてないんだろうな。ていうかあのじーさんはいったいなにを考えていたんだ。狂っていたっていうこと? あと、双子があんなに変なキャラだったのは特に説明は無いのか。このひとたち、シリーズのほかのところでまた出てきてそこで判明したりとかは……なさそうだよなあ。

2012/11/22

どくとるマンボウ医局記 【再読】

どくとるマンボウ医局記 (中公文庫)
北 杜夫
中央公論新社 (2012-06-23)
売り上げランキング: 106257

■北杜夫
北さんは作家だけど、最初になった職業は精神科の医師で、それから二足のわらじでいらっしゃった時期がけっこうあり、その後、作家業に専念なさるようになった。
本書は、昭和27年(1952年)春、東北大学医学部を卒業し、国家試験に合格したところから始まる回想エッセイで、同年から昭和36年(1961年)までの慶應義塾大学病院神経科助手時代を主に描いてある。この時代には山梨県立北病院出向時代のことも含まれるし、『どくとるマンボウ航海記』で描かれる船医時代、その航海先で出会った夫人とのなれ初め、結婚から新婚時代も含まれるようだ。また、話の流れで本書を執筆している「現在」(単行本は中央公論社から1993年に上梓されている)のこと(お孫さんのエピソードなど)もところどころ入ってくる。

文庫化が1995年の3月なので、わたしが初めて読んだのはその頃だろうが、たいへんに興味深く楽しんだ記憶がある。高校時代から北さんの著作は新潮文庫と中公文庫のほとんどすべてをコンプリートし、気に入ったものは繰り返し何度も読んでヨロコんでいたので、印象深いテーマのものやエピソードはいまだに覚えている。
今回、手元に本が残っていないので著者没後の改版を買い直して読んだわけだが、細かい描写や忘れていることも多かったが、強烈だった部分はやはりよく覚えていて、懐かしくなぞり直した。
面白く読んだが、昔はもっと面白く思ったように思う、気のせいかな。

北さんは同じエピソードを話の流れで違うエッセイ上でも書かれるということがちょくちょくあり、記憶にある書かれ方と違うのもあったりして、そういうのは「ああ他も買い直して読み直したいところだなあ」と思ったりする、これはなんていうか、落語の聞き方とちょっと近い感覚があるなあ(意味不明かもしれないけど。つまり噺家さんというのは同じ話を何度もするから、例えば若いころの収録を最初に聞いて馴染んじゃうと後でもっと上手いはずの収録を聞くと違いがいちいち気になったりする、クラシックの指揮者による違いも同じかな)。

残念なのは、学生時代には読書日記などつけていなかったため、当時のわたしがどういう感想をもっていたかなどが記憶でしかないことだ。
というのは、今回読んでいて、ほんの数か所だけなのだが、「これは、とても正常な精神状態で書いたものとは思えない、躁状態が書かせた表現なのではないか」と思わざるを得ないところが気になったからで、「いや、それもユーモアなのだ。北杜夫の特徴なのだ」と自分でも考えたりしてみたが、しかし最近読みかえした『青春記』や何度も繰り返し読んでいる『航海記』でそんな困惑に陥ったことはまったく無いのだ。書かれた時期がだいぶ離れているので、作家とて人間だから、変化するのは当たり前なのだがこれはその範疇なのか…。昔読んだときはどう思ったのかなあ、と思ったので。

あと、精神科の治療についてまったくの素人なのでこれが少しでもわかっているひとなら「昔はこうだったのね」ともっと興味深く読めるだろうになあ、というのはあった。電気ショックとかが治療法として出てくるんだけど、これはちょっとググってみたらいまもあるらしい。しかし文中に出てくるさまざまな治療法は今はもうしないものや、変わっているものもたくさんあるようだ。いまの感覚で読むと、人間に対してそんな扱いは許されるのか、おそろしいことだ、というものが頻出するんだけど……。

『青春記』も本書も最近読み直したのは筆者が鬼籍に入って後の改版で、だからなにが一番「改められて」いるかというと、巻末の編集部の注釈だろう。
特にこの文庫のは興味深かったので引用しておこう。

  今日の人権意識に照らして、本文、または引用文中に不適切と思われる表現や言葉、そして、いまでは使用されなくなった病名などが多出いたしますが、著者が他界していることと、当時の時代背景や作品の文化的価値を鑑み、原文のまま掲載いたしました。
  なお、精神科疾患においては、現代では研究が進み、作品が書かれた当時とは、その治療方法も、医薬品も、そして治癒状況も飛躍的に向上していることを申し添えます。  (編集部)


解説は、インターン時代1年後輩にいたという作家の なだ いなだ。

2012/11/18

おぱらばん 【再読】

おぱらばん
おぱらばん
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堀江 敏幸
青土社
売り上げランキング: 510794

■堀江敏幸
前回読んだのは2006年3月。
創作なのかエッセーなのかその境界が曖昧なのが氏の、特に初期の作品に顕著に見られる特徴だが、今回読みかえしてみて、たぶん芯の部分は実体験、話の終盤は創作もありとかなのじゃないかなーと思ったけど、それはどんどん思考がエスカレートしていって、妄執みたいなのにぐるぐる取りつかれてジ・エンドという作品がいくつかあったからだ。

このひとの作品をまとめて初めて読んでいた時期も思っていたことだけど、本当に年齢のわりに落ち着いているというか淡々と知的な冷静さがあるというか、そしてわたしが読んでる作家の中でダントツにノーブルだなあぁと思う。いや別に家柄がどうとかそういうんじゃなくて、文章から受ける印象ただそれだけの次元なんだけどね。
お高くとまってるとかそういうんでもなくて。なんか、このひとの前に出てくだらないダジャレとか言うのにはものすごく勇気が要るだろうし、スベっても堀江先生はきっと上品に(その場を白けさせてはいけないという配慮から)小さく笑ってみせたりするんだろうなあ(という妄想)。

15の話があるけれど、最後の1つだけアスタリスク(*)で離してあって、これは明らかにエッセーだからか、それとも舞台が他はフランスの話なのにこれだけ日本だからか。

それぞれの話についてメモ程度に。好きな話に★をつけた。まあ全部良いのだが。

おぱらばん ★
中国人の、自然に敬いたくなる「先生」の話。卓球をする話。パリでアジア人同胞を実感する話。
BLEU,BLUES,BLEUET
夜遅く、道に迷う話。惚れた女性に良い様に利用されるフランス人友人の話。虚しい哀しさ。
ドクトゥール・ウルサン ★
変わった造りの診療所の話。頭痛の話。
留守番電話の詩人 ★
2頭の河馬とそれを愛した文人作家、そのファン心理で絵はがきを探している話。
洋梨を盗んだ少女
洋梨を盗もうとした少女と、絵描きの話、絵の話。
貯水池のステンドグラス ★
なんともミステリアスだけど大変に「純文学」な冒頭の作品を書いた作家を目指す友人が命をかけた話。詩人とは、作家とはという話。
床屋嫌いのパンセ ★
床屋が嫌いだという話。こういう床屋の店主は味があるなあという話。『草枕』の床屋の亭主といい、『どくとるマンボウ』で紹介される友人の手紙に出てくるパリの床屋のプロフェッサーの話といい、うらびれた客足のとぎれがちな床屋のあるじというのは良い。
ボトルシップを燃やす ★
少年時代の空家の冒険。シベリアの探検記、映画への連想回顧。最後、瓶の中の船が燃え上がるシーンが壮絶に美しい。
音の環
幼いころの祖父の思い出。横たわって、耳に響くもの。『ビセートルの環』との連想。
黄色い部屋の謎 ★
すべての家具が黄色い部屋に届け物をすることになった話とそこにあった不釣り合いなベンチとそれで想起されたミステリーの話と少し偏屈な(?)芸術家・画家の話。
クウェートの夕暮れ ★
フランスの大臣にジャーナリストとして接したエピソード、その頃読んでいた小説とリンクするように空港までタクシーで物を受け取りに行く話、そして事故る話。
手数料なしで貸します
パリで貸家を探す話、それにまつわる映画の話。
 ★
メトロで人種差別を受ける話、移民の話、それらから想起される映画の話、民族の話。
珈琲と馬鈴薯 ★
ひなびたアーケードの八百屋と、馬鈴薯メインで珈琲も副業で売っている聾唖の店員の話。
*
のぼりとのスナフキン ★
登戸でおりる話。スズキコージ『やまのかいしゃ』の話。ムーミンシリーズ礼賛、スナフキン的生き方への憧れの話。

2012/11/09

貴婦人Aの蘇生 【再読】

貴婦人Aの蘇生
貴婦人Aの蘇生
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小川 洋子
朝日新聞社
売り上げランキング: 213983

■小川洋子
前回読んだのは2004年。『博士の愛した数式』に感動し、著者の著作を他も読みたい・全部読みたいと「wktk」していた頃だ(ああいま、安易な表現方法に逃げちゃったなあ。わくわくてかてか)。要はまだ「未知の世界」に対して、楽しみで、テンションが上がっていて、好奇心いっぱいに探検しようとしていた時期。気持ちの受け入れ体制がかなり前のめりの状態で読んだ、ということだ。

当時は著作のほとんどが絶版で、その多くはネットの古本屋でないと入手が難しかった(本書は2002年の刊行だったのでまだ新刊書店で求めることが出来た。そのすぐ後に第1回本屋大賞受賞でブレイクし、過去の著作も文庫で容易に入手可能になったのは喜ばしいことだ)。

小川洋子はわたしの中で「好きな作家」の最上位グループに属し続けている。文章、文体、世界観への信頼感。
今回久しぶりに読んで、漠然とした記憶と印象よりもずいぶん「気持ち悪い」描写が故意に細かくねちっこく書き込まれてある作品だったのだなあと思った。まあこの作家はずっと昔からそうだし、今も変わらないのだが。

この物語の語り手は女子大学生だが、ほとんど無色透明な存在で、黒子に徹している。彼女の母親の年の離れた兄(主人公から見ると伯父)と彼が壮年期に結婚したロシア人の年上の妻、つまり伯母のことを書いた小説である。

伯父は本書の冒頭時点で故人になっているが、彼の趣味に動物の剥製の蒐集があり、それらが物語の中で大きな存在感をはなつ主軸になっている。
もうひとつのテーマは皇女アナスタシア(伝説)。ユーリ伯母は実は歴史的惨殺を逃れたロシアのロマノフ王朝の生き残りの王女では、という説が物語の途中ある人物から発信され、主人公の視点から読んでいると「んなわけない」というスタンスなのだが、それなのにずっとずっと読んでいるとそのへんの境界がおそらくわざとだろうが究極に曖昧にされていくのである。肯定は最初っからされていないのだが、「でも完全に、絶対的に否定することもできないのでは?」という空気、そもそもそういう「旗印」ってこういう、周囲の認識で「作られていく」ものじゃないか、本物との違いってなんなんだろうと考えさせられるような。

主要人物として登場するのは「私」と「ユーリ伯母」と私のボーイフレンドの「ニコ」、剥製マニアのフリーライター「オハラ」。そのほかに多くの剥製たち。

オハラというのは日本人の小原という胡散臭い男なのだが、最初の登場のときに名乗り、地の文でしばらく「男」と表現されたあと、突然「オハラ」と表記され(あまりにも人物にそぐわないハイカラさで思わずびっくりして前後を見直してしまった)、そしてそのあとはずっとそのままである。オハラといえばスカーレット・オハラを連想してしまうが、この男と『風と共に去りぬ』を関連付けるものは(たぶん)無いと思うのだが……。
小原が書く文章上の彼と、「私」視点の彼があまりに違う、そのギャップも興味深かった。

2012/11/07

午後は女王陛下の紅茶を 【愛蔵書】

午後は女王陛下の紅茶を (中公文庫)
出口 保夫 出口 雄大
中央公論社
売り上げランキング: 264662

■出口保夫・文 出口雄大・イラスト
これは文庫なんだけど、著者の息子さんが描いたとっても素敵なイラスト(色鉛筆画)がたくさん載っていてすごくキレイで楽しい本。
中身はエッセイだけど、紅茶のハウ・ツー本といったほうが近い。
紅茶にまつわる茶器とかお茶っ葉のこととか薀蓄が書いてある。それも、日本の、というよりはイギリスの話が多くて、とりあえずこの著者は紅茶も好きだけど英国が大好きなんだなあ、ということがよく伝わってくる。英国通、紅茶通を以って自任している、という感じだ。だから独断と偏見、ではあると思うので、異論のある向きもあるかもしれない。
たとえば出口先生曰く、紅茶は受け皿の付いたティーカップで飲んでこそ、のもので、それは「優雅さ」を大切にしたいからだと。コーヒーカップに注ぐなどはダメだそうだ。
家で気軽に紅茶に親しむのに一番最適なのはマグカップだと思うんだけど、おそらく出口先生はそういう飲み方はされていないだろう。
どっちが良いということじゃない。いろんな楽しみ方、親しみ方があってイイのだ。だって日常品だもん。嗜好品だもん。

それにしても、マグカップでしか飲まないとわかっているのに、この本を久しぶりに読みかえすとボーンチャイナの超素敵だけど高っかい茶器とか欲しくなってくるのがね~。あと茶器以外にもいろいろグッズがまた良くてね~。物欲が刺激されまくる。

16年前に書いた感想文(恥)はこちら
この本を読んでそれまでコーヒー派だったんだけど、そしてティーバックくらいでしか紅茶を淹れなかったんだけど、ちゃんと茶葉で淹れる派になったのだった。コーヒー派なのはそのままだけどね。

2012/11/05

わが職業は死 【再読】

わが職業は死 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
P.D. ジェイムズ
早川書房
売り上げランキング: 86573

■P・D・ジェイムズ 翻訳;青木久恵
ダルグリッシュもの。
こちらは『皮膚の下の…』のような長い描写はあまり無くて、淡々と事件と事実が積み重ねられていくイメージだ。
やはり内容をすっかり忘れきっていたのだが、この話、近親相姦スレスレの感情を妹に対して抱く男がいたり、権力をカサにきて部下を追い詰める男がいたり、女性の同性愛同棲者がいたり、次から次へ男性に手を出すタイプの毒婦がいたり、だいぶ精神的に不安定な思春期の少女がいたり、アル中の女がいたりして、それらのことは通常だったら日常生活のなかに紛れ込んでいることなんだけれども、殺人をきっかけにしていろいろ穿り返されていく。みんな自分の身を守りたいから嘘をついたりして、殺人事件の方にも影響を与えていく。文中のどこかにあったが、「殺人事件」というのは「周囲を汚染する」のだそうだ。うーむ。

殺人犯というのはみんなそうなんだろうけど、この犯人も静かに少しずつ頭のどこかが狂っていて、それが大きくなっていったのに、表面上はまともな社会人として通用していて、もちろん本人も自分はまともだと信じ切っていたのだった。それが描かれるところを読んでいるとじわあっと恐ろしさが込み上げてくる。突然、なにかで爆発するのも怖いけど、そうじゃなくて、日常の中で気づかれないうちに歪が広がり腐っていくのだ。

2012/11/02

皮膚の下の頭蓋骨 【再読】

皮膚の下の頭蓋骨 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 129‐2))
P・D・ジェイムズ
早川書房
売り上げランキング: 118855

■P・D・ジェイムズ 翻訳;小泉喜美子
『女には向かない職業』で有名なコーデリア・グレイもの。

前に一度読んだことがあり、良かったという感触だけは覚えているのだが例によってほとんどのことを覚えておらず、それどころか終盤になっても誰が犯人だったか思い出さない我が頭蓋骨の中身を疑いたくなることしばしだったが、それはともかく、この小説は殺人犯人が判明したときにもはやそれは大した罪では無いとさえ感じてしまうより邪悪な人間が出てくるのであった。凄い話だ。

読了後、「凄い!なんだこの小説は!前回わたしはいったいどんな感想を書いたんだ!」と思って見てみたら存外にクールなようで、うーんどうだったんだろう6年前の心境は。

冗長とも言われかねない情景描写や心理描写がこれでもかと書き連ねられるが不思議と煩く感じず、むしろそのことによって各人の人柄・それぞれが抱える葛藤・問題・事情が明らかにされ、表層に出ていることとの対比が読者には見え、ミステリーとしてだけでなく小説としての面白さにつながっているのである。

若く、控えめで知的なコーデリアは男性読者はもちろん女性読者にもファンが多いだろう。
屈強なマッチョではないが、かといってか弱きお姫様でもない。コーデリアはまっすぐ芯の通った強さを持ち、感情的にならず、公平で、優しいこころの持ち主である。
彼女の若さ(というか幼さ)は、たとえばサイモンが17歳らしい自己中心的考え方から自己弁護のあまりしつこく己の望む回答を引き出そうとするのに対して「爆発」してしまうところなどで、これは読んでいて微笑ましかった。
優しさは、特に印象的だったのは終盤の砂浜のシーン。自分に対しても誰に対しても攻撃的なローマが手紙を受け取って衝撃を受けたのを知ったときの対応で、コーデリアを尊敬した。