辻村 深月
講談社
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■辻村深月
2007年に
『冷たい校舎の時は止まる』を読んで以来の辻村深月。
辻村深月といえば、大森(望)さんが『凍りのくじら』を読んでその面白さに驚いた的なことを昔書評誌に書かれていて、ずっと本作が気にはなっていたのだが、これは辻村さんの第3作であり、1作目2作目を順に読んでからでないとこれを読んでも面白くないという思い込みが何故かあって、そして2作目にどうもそそられないので結果的にこれにもたどりつかないまま年月だけがいたずらに流れた(大袈裟)。おそらく、当時新進のノベルス作家を複数追っかけて読んでいて、それらの作品はなまじ同時代で執筆順に読めるから、そう読むのが正しいみたいなこだわりが自分の中にあったからだろう。
先日ふらりと入った品揃えの乏しい町の書店でこれが棚にささっていて、あ、と思って手に取った。文庫裏のあらすじに目を走らせる。「藤子・F・不二雄」の文字、目次を開くと「どこでもドア」にはじまる「ドラえもん」の道具の名前――。
これ、ドラえもんが関係してるの!?
読んでみたくてたまらなく、なった。
それにしてもこれほど共感しにくい、どころか現実味の薄い主人公も久々だ。ラノベのキャラのような意味ではない。性格が、内面が、ものっっっすごく細やかに丁寧に書き込まれているくどいほどのモノローグは別に嫌悪も好意も抱かせない、するすると読み込んでいけるのだが、そして頭で理解は出来るのだが、――でも同時に常に考えてしまう、「こんなひとっているの?」。
主人公、芦沢理帆子が成人し、プロの写真家としてある程度成功を収めている時点を導入部とし、そして物語は彼女が高校生だったときに遡る。本編は彼女の高校時代の数ヶ月であり、これは彼女がいかにして「光」を撮るようになったかの「いきさつ」の話なのである。ジャンル分けするなら広い意味で「ミステリー」ではあるんだろうけどそれこそ「すこし・不思議」な「SF」でもある話だし、十代の少女がいろんなひとと会っていろんなことを経験していく「成長もの」でもあるだろう。
彼女は傲慢だ。そしてそれを自覚している。
だだし彼女の本当の傲慢さが100だったとして、彼女自身が彼女を傲慢だと自虐的に冷静に分析している、その値が50か60くらいなのが問題、というか、この年代だとふつうは20か30くらいしか分析出来なくても仕方ないんだけど、そういう意味では彼女は「賢い」。だけどその年齢不相応な「賢さ」がこの物語で描かれる「モンスター」を呼んでしまう、引き寄せてしまう、そして同時に「100」自覚していないことでいろいろややこしい状況にどんどん追い込んで行ってしまうのだ、自分も、モンスターも、周囲のか弱い存在をも。
リアリティという意味ではこの小説に出てくるモンスター=若尾はかなり痛い・ヤバいキャラクターなのだが昨今のめちゃくちゃな事件をニュースで次々に目にしていると本当そこらにいくらでもいるのかもなと暗然としてしまう。男のストーカーは自尊心が原因、というくだりは深く納得。
別所あきらの正体についてはちょっとびっくりしたけど、彼がそういう存在であるということは比較的フェアに書いてくれてあったので、突飛な感じはしなかった。病院であのそつのない松永さんがああいう行動だったところで確信が持てた。
本書には「ドラえもん」の道具や話についてが細かく、丁寧に書かれてあって、まあ全巻読破はしていないが十代のころに借りてそこそこ読み込み、映画の原作本も繰り返し読み、そしてもちろん毎週アニメを観ていた世代なので、懐かしく、楽しかった。そしてこの物語に出てくる「ドラえもん」の、藤子・F・不二雄さんの精神は彼らの人生の根幹にものすごく濃密に絡みついている。
主人公・理帆子が語る「ドラえもん」は面白く、そしていつもどこかものすごく切ない。彼女がいかにその世界を深く理解し、愛しているかがわかる。これは著者の想いでもあるのだろうか。
「もしもボックス」は欲しいけどやっぱり怖い。「タイムマシン」も重大な失敗をして歴史変えちゃったらイヤだからやめとくのがいいだろう。「タケコプター」で空を自由に飛びたい気もするが、下から狙撃されやしないか、途中でバッテリーが切れやしないかと危ぶんでしまう。「どこでもドア」でうっかり「宇宙」に出てしまったらどうなるんだ。
……こんな心配ばかりしてしまう平々凡々たるわたしに、理帆子の若さと傲慢さと賢さはとてもまぶしかった。彼女にしあわせになってほしかった。おかあさんにもっと甘えてもいいのに、とずっと思っていた。おかあさんの編集した写真集を読むくだりは外で読んだので泣いたりするのはぐっと踏みとどまったがかなり揺さぶられた。理性を総動員しなければならなかった。最後のテキオー灯のくだりも巧かったけど巧すぎるのが逆にわたしを泣かせなくて助かった、みたいな。
共感はしにくいし、変なひとが出てくるし、でもものすごく面白くて、ぐいぐい引き寄せられる不思議な世界があって、しかもなんだかこちらの精神状態にけっこうダイレクトに響いてくる巧さがあって、息を詰めるようにして読んだ。どうなるんだこの話、と読まずにはいられなかった。
理帆子が自分はひとりじゃないと気付けて良かった。彼女を包む大きな大きな存在と、周りのひとの優しさを知ることができてよかった。
それにしてもこの物語を読むと、「ドラえもん」を全力で読み返したくなる。困ったな。
藤子・F・不二雄
小学館
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