2012/06/28

カフーを待ちわびて

カフーを待ちわびて (宝島社文庫)
原田 マハ
宝島社
売り上げランキング: 20688

■原田マハ
『楽園のカンヴァス』の著者のデビュー作ということで読んでみた。
第1回「日本ラブストーリー大賞」大賞受賞作品だそうだ。
大人の恋愛を濃厚に描いた小説なんかは守備範囲外なのだが、これはなんだかライトな感じっぽくてさわやかそうだから大丈夫だろう、と踏んだ。実際読んでみると、純真で純粋な純愛小説で、非常に読みやすかった。特に感動とかはしなかったけど、主人公を応援したい気持ちに自然になれた。

都会の恋愛とかじゃなくて舞台が沖縄の小さな島で、沖縄の風景とか海とか会話とか風習とかが書かれていたのがすごくほっとした。小説全体の空気がほんわかとあったかいのも良い。芸人さんのスリムクラブが、沖縄ではユタという巫女さんにいろんなことを占ってもらうのが普通、と以前テレビで話していて、それがこの小説でも書かれていて、主人公の家の裏のお婆さんがユタさんなんだけど、このひとがまた良い味出してて素晴らしい。

現実的かといわれたらどうかな~と思うけど、「沖縄だもん、あるかもー」と思わせる沖縄マジックが効いている。せっかくの「恋愛小説」だもん、「現実」より「夢」「理想」を書いてくれてそれでいーのだ。
でも絵馬に「嫁に来ませんか」とか書いてあって、それで来ちゃう女の人ってどうよ~とか流石に頭の冷静な部分でつっこんでいたら、それについてもちゃんと納得のいく出来すぎの言い訳が用意してあって、安心なのだった(ご都合主義では?というもっともなツッコミは恋愛小説のドリームの前には無用の長物となるとしておこう)。

それにしても俊一は最低な人間だなあ!イケメンで、いくら仕事が出来ようともひととして最悪。たまたま、ほんとに偶然彼のもくろみ通りに事が運ばなかっただけの話で、彼がしようとしたことには変わりないでしょう?しかも謝ってすらいないのだ。なんで主人公は彼と縁を切らないのか、小さい頃からの人格形成上そうならざるを得ないのか、うーむ。

とりあえず、『楽園』『カフー』を読んで、この著者の作品は決して悪くないけど、でもわたしの読みたい物を書いてくれる作家さんでは無い、ということがはっきりしたのでちょっと残念だった。とか言いつつ『旅屋おかえり』は気になるので文庫化したら読んでみようかと思う。まだ新人さんの範疇だもん、今後どう化けるのか、楽しみだ。

2012/06/26

最果てアーケード

最果てアーケード
最果てアーケード
posted with amazlet at 12.06.25
小川 洋子
講談社
売り上げランキング: 1039

■小川洋子
そこは世界で一番小さなアーケード。風変わりな品々を扱う店主と、理由あってそこに集まる客たちのささやかで不思議な物語。
新刊案内に書いてあった紹介文である。
なんと著者らしい面白そうな設定かと読む前からわくわくした。
しかも、挿画が酒井駒子ときた!
アーケードというのはどこか懐かしい響きをもつ言葉だ。いまもあるけれど、「流行の最先端」ではない、昔なじみの、地元密着、という感じ。「物」に対する執着やひたむきな想いを表現することで独特の世界を描き出す著者にはぴったりの設定ではないか。

実際読んでみると、やっぱり設定云々も好きだけど、この作家の文章は一言一句が丁寧で、しっとりと馴染む湿気があって、紡ぎ出される空気がとっても素敵で心地よいなあ~とじっくり堪能した。
アーケードの管理人兼配達人である娘さんが語り手で、そこにあるいろんなちょっと変わったお店とその店主さんやお客さん、商売がらみのいろんなひとたちをめぐる物語が連作短篇の形で書かれている。

新品じゃなく、もちろん機械編みじゃなく、誰かが手で丁寧に編み、使われた古いレースのみを扱うレース屋、人間以外の目ならなんでも揃っている義眼屋、丸くてきつね色の1種類だけのそれを売るドーナツ屋、いろんな葉書や便せん、外国の古い葉書を扱う紙屋、いろんな材質・形のドアノブだけが整然と売られているドアノブ屋、表彰式が大好きだったご主人なきあと未亡人が店番をしている勲章屋…。
全編を順番に読んでいくことで次第に明らかになっていく語り手とその父親と母親の話などもあるから、順番に読まれることをおすすめする。

非現実的というほどでもないけれど、儚く美しい物への憧憬がストレートに表現されているような物語。語り手そのものも、謎めいている。

本書は、漫画の原作として書き下ろされたものでもあるという。調べてみたら、有永イネという新人さんが描かれていて、既刊2巻。
可愛らしい優しい感じの絵で、すっと馴染めた。
小説と主な材料は同じだけど、細かい設定とかストーリーとか展開が異なることによって主題までもが変わっているものがいくつかある。
小説は小川洋子ならではの文字1つ1つが形作っていく想像の世界でまず完璧なんだけど、漫画は絵でイメージを固定されることを逆に利用して読者をうまくだましてくれてあったり、「ああこういう解釈でこうアレンジしたのか」と興味深く感じたりする変更があったりして両方で2倍以上の広がりになっているように思うのだ。

漫画の2巻のあとがきにどういう流れでこれらの作品が描かれたかが簡単に紹介してあり、なるほどなーと思った。小説が完結してから漫画化されるのとは違って双方に影響が反映されたりしたぽくって、面白い。
イネさんのほかの作品も読んでみようかな。

最果てアーケード(1) (KCデラックス)
有永 イネ
講談社 (2012-02-13)


最果てアーケード(2) (KCデラックス)
有永 イネ
講談社 (2012-04-13)


2012/06/25

困ってるひと

困ってるひと (ポプラ文庫)
大野更紗
ポプラ社
売り上げランキング: 284

■大野更紗
もう文庫化したのかこれー。と書店で目を留めた、しょこたんが帯に推薦文書いてる。
単行本出版時から読書界でけっこうな話題になっていたので意識の隅っこで気にはなっていたが、「なんか病気になったひとが書いた本?表紙の感じからして陰々滅々調じゃなくてライトでポップな感じに書いたところがウケたんだろうなあ。最近増えてる鬱病とかそっち系かな?」くらいに思っていた。前半は合っていたが、後半が間違っていた。精神のほうじゃなくて、身体の病気で、原因不明の難病。しかも今現在も治っていない。難病なので、そもそも「治る」ということは無いとか書いてある……おわぁ。

本書は、1984年生まれの大野更紗さんが、上智大学院生時代の2008年、いきなり難病を発症し、最初はあちこちのお医者から首を傾げられ、東京のエライ大学病院の先生には「福島(故郷)にお帰りになったらいかがですか」と切り捨てられ、一時は自殺を考えたものの、もう1ヶ所だけお願いしてみようと縋ったハーバード出身のお医者さんの病院に入院出来ることになって、そしてそこからの検査地獄と入院生活の苦難などの顛末と、社会とか国とかのシステムの不合理さ等に対する疑問…などを可能な限り一般人に興味がもてる書き方で、明るく、を心掛けて綴ったブログを書籍化したもの。

想像を絶する凄い症状とか凄まじい痛みとかがずーーーっと書かれているので、あまりリアルに想像しては耐えられないというか、想像を超えているのでまず無理というか。
病名が確定する以前に、検査でイヤになって自暴自棄になりかねない、というレベルなのによく耐えたなあこのひと。

ちょっと変わってるなと思ったのが、立場的にお医者さんとか看護師さんとか病院のスタッフさんとか、両親とか友人知人とか、その他いろんなひとに助けてもらう度が健常者よりも高くなるのはどうしようもなく、実際、本書に書かれているだけでもめちゃくちゃたくさんのひとにお世話になっている、それにしては、あんまりそのことに対する罪悪感とか感謝の言葉が書かれていないことで、まあお礼は「あとがき」とかで書いてあるんで、感謝はしているんだろうけど、やってもらっていることのウェイトからするとちょっと違和感が無くはない。それどころか医師への批判とかもバンバン書いてある。
あと基本的に「わたしがいかに困ったか」「わたしがいかに痛みに耐えているか」「わたしがいかにアメイジングな存在か」というスタンスで書かれているので、客観的に見たらどうこう~という視点がほぼ無いので、アマゾンの感想など散見するにそのへんの自意識の強さに辟易とされる方もいるようだ。20代女子の最大関心事はいつだって自分、ということかなあ。あと、英語とかフランス語とか得意っぽいから、日本の文化ではむしろ省略が多い「わたしは」をけっこう省略せずに書いてあるからそう感じるのかな、とも。
プロの作家の書いた本では無いので、順番とかがもたついたりブログだから重複したりとかはあったし、だいたいタイトルからして「困ってるひと」じゃないわけで、でもそういう細かいことはふっとばすだけの面白さ、というと不謹慎なのかもしれないが、内容の興味深さがある。

本書を読まなければこんな病状で苦しんでいるひとがいることをはじめ、入院とか福祉関係の手続きがいかに面妖なことになっているかなど知る由もなかった。健康ってやっぱり、有難い。
これでクマ先生の視点からの解説があれば言うことなかったんだけどなあ。

2012/06/23

探偵・日暮旅人の探し物

探偵・日暮旅人の探し物 (メディアワークス文庫)
山口 幸三郎
アスキーメディアワークス (2010-09-25)
売り上げランキング: 11784

■山口幸三郎
表紙買い&表題買い。
イラストは煙楽さんという方だそうだ。

「栞子さん」シリーズもそうだったけど、メディアワークスの本って中表紙の次にカラーイラストページがある。角川文庫の「ハルヒ」もそうだった。しかし「ハルヒ」は挿し絵があったけど「栞子さん」や「日暮さん」にはそれが無い。
ラノベをアイするウェンディさんに「いまラノベ読んでるんだよ~ん」と書籍タイトルを伝えたら「それは正確にはラノベじゃなくってよ。メディアワークスでしょ」との回答。詳しく聞いてみると、ラノベを読んできた世代が少しお兄さんお姉さんになったのをターゲットにしているのが同文庫の諸作品という位置付けなんだそうだ。へえー。

探偵、とあるけど殺人とかは起こらない。
北村薫免許皆伝(?)の日常のミステリーものに分類されるのかな?という感じだ。
そもそもこの主人公が全然「探偵」っぽくない。
いや、現実の探偵さんを知っているわけではないし実際はこっちのが近いのかも知れないけどでも少なくとも小説に出てくる探偵としてはかなり異質だ。
視覚以外の五感(聴覚、触覚、味覚、嗅覚)が無いという設定で、でも彼は普通にひとと会話できる。それは彼の目にはひとが喋る音が「視えている」からだと。同じように臭いや温度なんかも目で見て判断していると。
「空気を読む」って言うけれど、彼・日暮旅人には文字通り、空気が見えているのだ。
この特殊な能力を使って探し物を見つけたりする「探偵」をやっているとこういうわけで、たしかに類い希な特殊能力だから、さぞやそれを活かして大活躍……!
かと思いきや思いっきり活動をセーブしてる。これは本人の意志とかではなく周囲の友人たちが彼を大事にしたいという気遣いの気持ちからに他ならない。彼に残されたのは視覚だけでありこれを喪わせるわけにはいかない。ちょっと使うと非常に疲れる能力であり、酷使して彼がどうにかなってしまったら取り返しがつかない、というわけだ。

このシリーズは他に3冊出ていて、1巻を最後まで読んだらその終盤に主人公についての大きな謎が提示されている(そもそも視覚以外云々が生まれつきではなく誰かのせいらしく、どうも日暮さんはその犯人を捜し出し復讐をしたいようだ、って名探偵コ○ンかよ!)。だからシリーズ全体を通したらミステリーなのかもしれないが、1巻だけ見たら連作短篇集で、そのエピソードの1つ1つは「ミステリー」という感じがあんまりしない。

日暮旅人は結婚しておらず、両親もおらず、でも血のつながらない苗字の違う「娘」がいる。この保育園に通う百代灯衣(ももしろ・てい)ちゃん(お人形さんのような美少女、大人びたクールな物言いが特徴)が可愛い。ひょんなことからこの親子に個人的に関わることになった保育園の先生(山川陽子)がいちばん一般的なキャラかなー。っていうか山川先生だけ妙にシンプルすぎる名前なのは逆になんなんだろうかと思っちゃうな。日暮さんの友人も雪路雅彦でちゃんと(?)変わった苗字なのに。

読んでいくうえでちょっとわかりにくい書き方があったりした(池のそばでサッカーボールを見つけて拾い上げて固定するのとか、後々分かるんだけど、別に何の伏線にもなっていないのにその時系列では書かないやりかたとか意味がわからん)が、まあ「視覚以外が不自由」で「それらを視覚が補っている」という特殊能力の設定は面白かった。次も読むかは保留。

2012/06/21

ナイフ投げ師

ナイフ投げ師 (白水Uブックス179)
スティーヴン ミルハウザー
白水社
売り上げランキング: 142181

■スティーヴン・ミルハウザー 翻訳;柴田元幸
単行本時迷っていたのがUブックスになったので読んだ。短篇12本収録。既刊アンソロジーに収録済みのもの2作品を含む。以下ざっくり感想。

「ナイフ投げ師」★★★★
ブラックな短篇。あんまりミルハウザーっぽく無いと思ったのは筋だけでサスペンスがあって偏執狂的な妄執が目立たないからかな? 読みながら、ちょっとスリリングだった。わたしなら“しるし”なんぞに惹かれないけどなあ。場の空気、磁力が生む怖さもあるかも。

「ある訪問」★★★
語り手が旧友からの招きを受けて山奥を訪れる。坂田靖子の漫画にこういう出だしの雰囲気のあったなあなどと思い、そのようなミステリアスな展開になるのかと思いきや、友人から妻を紹介されてみるとそれがなんと○○で……。
友人はその妻についてなんの疑問も持っていないけれど主人公(や我々読者)からは異常としか思えない、というお話は誰か他の作家も書いていたと思うが思い出せない。どこかで破綻するわけでなくあくまで友人は長閑で幸せそうなのがなんとも奇妙な読後感を残す。

「夜の姉妹団」
 夜中にティーンエイジャーの少女たちがこっそり家を抜け出して三々五々集まってくる。その実態は知れず、歯がゆく思う大人たち、そしてセンセーショナルな噂や真偽の程が定かではない証言がいくつか出てくるが……。アンソロジー『夜の姉妹団』で既読だったはずだが「良さがわからんかった」というほかまったく記憶に残っていなかった。改めて読んだがやっぱり感想は変わらなかった。

「出口」★★
誠実な恋愛をすることが出来ない男がなりゆきで人妻と関係を持ったところ現場に相手の夫が帰ってくる。そこでなにごともなく帰ることが出来るのがミルハウザー。そしてその後代理人みたいなのが2人来てそこからお話がどんどん悪夢的に墜ちていくところがオソロシイ。カフカみたいな不条理の怖さ。

「空飛ぶ絨毯」★★★★★
 アンソロジー『紙の空から』で既読だったがこれはやっぱり好きだなあ。空飛ぶ絨毯が普通にそこらで買える世界。幼い少年が最初はそろそろと、そしてある日大冒険にうって出る。グーグルマップの高度をぐんぐん上げたり、下げたりしているのの実態版を生身で読書によってかなりリアルに味わえる。

「新自動人形劇場」★★★★
このひと自動人形好きねえ。そしてその職人も好きねえ。名人が絶賛され、どんどん職人技を磨いていき、やがてある到達点に達するがそれが高度過ぎてシロウトには「わかんね」のレベルまで行っちゃう。中島敦「名人伝」と相通ずるものがある。
「訳者あとがき」によれば『ペニー・アーケード』に収録の同じく自動人形モノとは近い時期に書かれたが、あえて収録時期をずらしたものだとか。ミルハウザーがそんな普通の作家っぽい気配りするんだとびっくりした(いやだってこのひと自身が職人っぽいし読者どうこうより自分の書きたい世界貫いてる感じだもんで)。

「月の光」★★
眠れなくなった15歳の少年が家を抜け出し月光の中町をさまよう。最後のシーンがとてつもなくきれい。

「協会の夢」★★★★★
百貨店を「協会」が買い取り、従来の物を売る商売という概念から抜け出したさまざまなアイディアがこれでもかこれでもかこれでもかああああ。と繰り広げられる。どんどこエスカレートする。楽しくて面白い。オチがちょっと教訓めいてるのも興味深し。

「気球飛行、一八七〇」★★★
戦時中、プロイセン軍に包囲されたパリから気球で飛び立つ主人公。眼前に広がる景色の描写の細やかさはさすが。途中で技師殺害の妄想を抱くあたりが妙にリアリティあるなあ。

「パラダイス・パーク」★★★★
ありそうで無い新しい遊園地の着想をお話にしてこれでもかこれでもか(前に同じ)。と繰り広げる。地上の遊園地から地下に拡張され、更に地下に広がり、そのまた下の下の……というエスカレート型。面白いと思うけど実現はだんだん不可能な域になっていくし、正直途中でだんだん飽きてきた。

「カスパー・ハウザーは語る」
生まれてから16年間牢獄に閉じ込められていた孤児・カスパー・ハウザーを題材にした話。自虐的に喋りまくる様子が安部公房っぽかった。 

「私たちの町の地下室の下」★★★★★
地面の下に地下通路がある町の話。地下道は常に増えたり減ったりして進化し続けるのでけっして全貌を知ることは無い。そこでは点灯夫がいまもガス灯を灯して回る職業に従事しているのだ(点灯夫といえば『星の王子さま』のそれを連想する)。この町に住むひとにとって地下道はアイデンティティみたいなものらしく、そのへんに対する他からの批判、考察などが細かく書き込んであるところが面白い。ミルハウザーは地下が好きなんだなあ。

2012/06/15

田村はまだか

田村はまだか (光文社文庫)
朝倉 かすみ
光文社 (2010-11-11)
売り上げランキング: 145533

■朝倉かすみ
単行本が出たときに詳しいことは忘れたが「本の雑誌」の書評で誉められていたんだけど、未知の作家さんだし、「田村」っていうのが仕事関係にいてそのイメージで読んじゃいそうだなーと思ってひとまず保留となっていた作品。2010年11月に文庫化したときも「あー」とは思ったんだけどそう読みたいという欲求が怒らなかった。
なんとなく、ほかに読むものも無くて、これそう悪くなさそうだからと今頃手に取ってみた。

表紙の感じとか、スカしたようなタイトルから、今風の、軽いノリで読めるエンタメと思って読み始めたらそのとおりの雰囲気で、同窓会の3次会でスナック・バーになだれこんだ40歳の5人の男女のそれぞれの周辺事項とか事情とかが連作短編形式で描かれる。共通しているのは皆、同窓会に遅れてしまい、いままさにこっちに向かっている同級生の田村を待っている、ということだけだ。それも別に切迫した理由とかじゃなくて、小学校のときの思い出とか印象とかで、なんか、「会いたいなあ~」くらいのノリだ。重さはちょっとずつ違うけど、みんな要は田村が好きなのだということはわかった。いてくれると、ほっとする感じとか、なんか希望がわく感じとか、そういう曖昧な期待感。

わたしは幸運なことにこの小説に感動とか衝撃の結末とかいっさい期待していなかったからなんの落差も感じなかったのだけれど、読後、文庫裏を何気なくみたら「ラストには怒涛の感動が待ち受ける」とか書いてあって、うーむ。これはそういう類の小説じゃないと思うんだけどな。思いっきりベタなラストだし。十代の頃に悟った「帯と表紙裏の文句は無視したほうが良い」はやっぱ真理だったんだとあらためて頷いた次第。

40歳にもなったらそりゃ、ひとそれぞれいろいろ、ある。恋愛も家族も仕事も人間関係も、いろいろ煮詰められて濃ゆくなっているころだ。
だってもう、若くはないから。
だけどまだ、枯れるには早すぎるから。
人生を、人情の機微を、ひとの裏表を、まったく知らないわけでもなく、知ってガムシャラになる青さもなく、そこそこに受け入れて、自分の中で調整できる、だけど、まだどこかで「これからだぜ!」と思っている節もある。
――そういう世代のつぶやきのヒトコマを、からっと、しゃらっと過去を絡めてちょっとスカしておしゃれっぽく描いたもの。掘ろうと思えばいくらでも掘り下げられるようなネタもあえて、浅めに切り取ることで厚ぼったく野暮ったくなることを避け、ユーモラスな空気を保つようにしてある。
これは、そういう作品だし、だからこそ解説にあるように、吉川英治文学新人賞の審査員たちが「自分なら、この素材をどう書くか?」と盛り上がったのだろう。
リアルか?と問われたら、「いや、わたしとは人種が違うひとばっかりだからわからん」としか言えないんだけど。当然、共感とかも抱けなかったけど。
なんか、何人も出てきたわりには似たようなタイプのひとしか書いてないような気がちょっとする。

文庫には短篇「おまえ、井上鏡子だろう」も収録されている。こちらもひとをおちょくったようなタイトルどおりの空気感の小説だ。

2012/06/14

楽園のカンヴァス

楽園のカンヴァス
楽園のカンヴァス
posted with amazlet at 12.06.13
原田 マハ
新潮社
売り上げランキング: 448

■原田マハ
初・原田マハ。
二十代の一時期読んだ原田宗典(真面目な小説より大笑いできるエッセイのファンだった)の実妹ということで、デビュー時からその筆名だけは(非常に印象的な名前なこともあり)チェックしていたが帯などの文句から恋愛小説を主に書かれる作家と察し、「守備範囲外だなあ」と手に取らないままだった。

何ヶ月か前、新聞の書評欄で斎藤美奈子女史がこの小説を「構想25年らしい」と紹介し、誉めていらした。ちょっとだけ頭の隅に引っかかった。その後、ちょっと調べてみると著者は小説家になる前はキュレーターだったということがわかり、「専門家が専門分野で小説書いたのか、それは面白そうだな」と思ったが初めての作家でよく知らないのにいきなり単行本読むのもなあと躊躇していた。そうこうするうちに本作で山本周五郎賞を受賞したりして、やっぱり良い小説なんだなと裏打ちされた気がしたが、しかしみんなが良いと思うものがそのまま自分に合うかどうかはやっぱりわからないので、もうしばらく迷った。結局これだけ気になるのだからと読んでみることにした。

結論から言うと、たしかになかなか面白い小説で、読みはじめたらついつい真相を知りたくなるストーリーは引力があり、最後にはちょっとしたミステリーの種明かしみたいなのもあるので悪くないと思う。
ただ、事前に他の感想など散見して期待し過ぎた面があり、それによる肩すかし感がまったく無かったかといえば嘘になる。

というか、キュレーターなるほぼ未知の職業にわたしが勝手に幻想を抱いていたのかも知れないが、しかし、いままで他の作家の作品で出てくる美術に関する専門家はもっと一般の鑑賞者とは違った次元で絵画を見たり冷静に判断したりしていたので、今回も当然そのような知的でクールな絵画をめぐる謎めいたストーリーを想定していたのだ。
実際読みはじめてみれば主要人物はあのMoMAことニューヨーク近代美術館に勤める人物(有能でスマートで世渡りが巧い上司がいるせいで実際の地位はいまひとつなものの、ルソーに対する情熱は並々ならぬ真の実力者という設定)と、若くして優秀な論文を次々発表し美術界のホープ的な存在となっているパリ在住の日本人女性である。
そのふたりがある人物に1枚の絵画の真贋を見極めるべく呼び寄せられる。現代の専門家なんだから、最新鋭の機器を使ったり様々な知識に依ったりして判断をさせるのかと思いきや、依頼人の方針はある物語を毎日1章ずつ読んでいって、最後の7章まで読んだ時点でそれをもとに問題の絵画について講評をし、より良いと思われた方(勝者)にその絵画を委ねる、というものだった。

なんじゃそりゃー。絵を判断するのに絵をじっくり調べるとかじゃなくて文章を読んで、ってなんで? っていうか本当に真贋を知りたければ個人じゃなく組織に頼めばいいんじゃないか、ってそれは依頼人はこの絵画の存在をおおっぴらにしたくないからか、いやでもそれにしてもこの文章にどこにそんなに信頼できる根拠があるというのだろう?

頭の中にそのような疑問は常にあったわけだが、それは物語の終盤で明らかになる。
にしても「理系」を想定していたら思いっきり「文系」だったっていうのが意外だなあぁ。直感至上主義、情緒と情熱で絵を見るってシロウトの鑑賞と基本はおんなじで、真贋の判定も結局はそこに重点が置かれているというのが驚きだった。

最初と最後に出てくる高校生の娘さんの反抗と歩み寄りとか、まあ書いておきたかったんだろうなという感じだが唐突といえば唐突、物語の大半を占める美術真贋をめぐるドラマにそれなりに感動はしたがそれとこれを合わせてなんとなく誤魔化されたような気がしないでもない。だって歩み寄りのために何をしたってわけでも無いんだもん。お母さんって大変だなとは思うけど。読後感が悪くないほうが嬉しくはあるんだけど。

読み終わってから、著者のことをちょっとググってみた。ウィキペディアで読んでからご自身のホームページにあったプロフィール(読むのに5分から10分かかると書いてある。その通り)に目を通してびっくり、波瀾万丈というか、運と度胸と努力の半生で、まるで小説みたいに面白いじゃないか! 
これは是非、書いていただきたいものだ。

2012/06/12

どくとるマンボウ青春記 【再読】

どくとるマンボウ青春記 (新潮文庫)
北 杜夫
新潮社
売り上げランキング: 42529

■北杜夫
以前に読んだのは中公文庫版で、おそらく北さんの本を手当たり次第に読んではぐふぐふ笑って喜んでいた高校生の頃かと思う。北さんの著作は真面目な純文学と、ユーモアあふれるエッセイ・大衆小説に大きく二分されるが、『どくとるマンボウ~』で始まるタイトルのエッセイにしてはこの「青春記」は比較的真面目なほうだと思う。太平洋戦争の終わりかけくらいのときの中学生時代から旧制高校(松本高校、現在の信州大学)を経て東北大学医学部に進み、在学中に父親(斎藤茂吉)の訃報を受ける……というくらいのまさに多感な十代の青春時代を当時の日記などをもとに実に鮮やかに描いている。

正直、昔読んだときは「航海記」ふうの「わかりやすいユーモラス」を期待していたから肩すかしを食った気がしたものだが、今回、ふと書店で気が向いて何気なしに新潮文庫版の同書を買い、昔のぼんやりした印象からそう期待せずに読みはじめたらこれが不思議に面白かったのでびっくりした。大笑いするとかいうたぐいの面白さでは無いのだが、文章が心地よくてずっと読んでいられるし、つづきを追いたくなる。
戦中戦後の時代が日常感覚で描かれていたり、旧制高校生のバンカラなオモテの顔と内面のナイーブな“厨二”っぷりがリアリティありまくりだったり、文学に傾倒しつつも偉大すぎる父の厳命で医学生になるも卓球や飲酒ばかりして全然医者になる気無しだけどいちおう落第だけは避ける程度には勉強するところなどが「普通」っぽくて共感しやすかったりして面白いのだ。

やっていることはハチャメチャというか、バンカラというか、青春マッシグラの恥ずかしさ満載だが基本的に育ちの良いお坊ちゃんなので品性があってちっとも不愉快じゃない。戦後なんてモノが無くてずっとお腹が空いていて、暗い時代だったんじゃないかと思うんだけど北さんの文章からは生き生きキラキラした目の青年たちの姿が浮かんできて、その屈託無く明るいバカ騒ぎを読んでいるとうらやましくなってくる。
またそれを不惑くらいの著者が書き起こしている、その視線がなんともいえない絶妙のスタンスで、美化することも卑下することも無くて、ご本人にしたら赤面の至りらしい当時の自意識・自我でまくりの日記の抜粋も他人からしたらそう抵抗なく読める。太宰治に傾倒していたときに書いた手紙の文体が太宰に影響受けまくっているというのはちょっと読んでいて(自分もその劣化版を新井素子や筒井康隆でやったことがあるのを思い出して)いたたまれなくなったがまあ、誰もが通る道ってことっスかねえ……。

いちばん面白いのはやっぱ旧制高校時代のいろんな行事とか寮の話かなあ。宣伝部のとか一歩間違えたら悪趣味なんだけど、若さゆえの純粋な明るさがまぶしいぜ。昔の学生さんはエネルギッシュでパワフルで創造性に満ちていたんだなあ。
解説は俵万智。

2012/06/07

ケンブリッジ・サーカス

ケンブリッジ・サーカス (SWITCH LIBRARY)
柴田 元幸
スイッチパブリッシング
売り上げランキング: 272491

■柴田元幸
スチュアート・ダイベックとの絡みがある著者初の旅エッセイ集というので出版時(2010年3月)から気にはなっていたのだが日本人が日本語で書いたエッセイにしては\1,890円という単価が高く思えて「文庫まで待とうかなあ」と躊躇っていたもの、今頃取り寄せて読む。

ざっと目次を確かめてもケンブリッジもサーカスも出てこないのでなんでこういう題なのかなあと頭の片隅で思いつつ読んだがやっぱり読んで良かった!しみじみと、確実に、面白かった(目次ではわからないが、第2章「僕とヒッチハイクと猿」の最後のエピソードにケンブリッジ・サーカスで二階建てバスから地元っ子よろしく颯爽と飛び降りたところ……というちょっと異次元SFみたいな(?)話が出てくる。ロンドンのウェストミンスター区にあるシャフツベリー・アベニューとチャリング・クロス・ロードの交差点をケンブリッジ・サーカスと呼ぶそうだ)。

「エッセイ」とあるけれど、読んでいると現実の世界の描写からそのまま同じトーンで先生の妄想(?)の世界になだれ込み、柴田エッセイではお馴染みの過去の「亡霊」や「柴田少年」がひょっこり顔を出すこともしばしばあり、創作との境界があえて曖昧にしてある。『短篇集バレンタイン』に既出のものが収録されていることでもそれはわかる(流れ的に、要るというのは納得出来るので重複だ損した、とかは思わない)。

だから帯に「旅エッセイ」としてあるけれど、旅行エッセイとは随分趣を異にしていて、どっちかというと現在のことより少年時代、青年時代の内容が多いから「回想記」を読んだという印象のほうが近い気がする。海外に出掛けてもそこで観光をするというよりはオースターに会ってそれぞれの子ども時代について喋ったり、米国籍を取得されたお兄さんのアメリカでの今までの思い出話をしたりが多くて紀行色無いし。
郷愁というほどセンチメンタルでもないんだけど、「昔」を旅しているのかな。

いささかミーハーではあるが、「ひー、ダイベックがうどん食べてる!」「おそば2回も食べたのかっ」とすこぶる楽しかった。オースター並にもっとガッツリ深い話をしてくれたらなお嬉しかったんだけど。

目次は以下の通り。
・六郷育ち――東京
・僕とヒッチハイクと猿――ロンドン・リバプール
・ポール・オースターの街――ニューヨーク
・少年の旅 ポール・オースターとの対話
・兄とスモールタウンへ――オレゴン
・スチュアート・ダイベックと京浜工業地帯を歩く――東京
・東大・本郷キャンパス迷走中――東京
・あとがき
・[特別付録]夜明け

特別付録の「夜明け」は小さい原稿用紙の挟み込みになっていて、柴田先生の自筆原稿になっている。最初に読んだんだけど、「東大・本郷キャンパス迷走中」を読んでから思わずチェックし直し、「おー、句読点がはっきりしている!ていうか句点が普通の何パーセントか確実にデカいなあ」と笑ってしまった。柴田先生は句読点をはっきり書かない学生には「人格を疑う!」とコメントするそうだ……面白いなあ。


シカゴ育ち (白水Uブックス―海外小説の誘惑 (143))
スチュアート・ダイベック
白水社
売り上げランキング: 51310


2012/06/05

都と京

都と京 (新潮文庫)
都と京 (新潮文庫)
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酒井 順子
新潮社
売り上げランキング: 133993

■酒井順子
ここでいう「都」とは現在の首都・東京を指している。つまり本書は東京と京都のあれこれを比較する、というテーマで書かれている。ただし「比較」といえば続けて「文化論」とか言いたくなるし評論的な内容をイメージしがちであるが、酒井さんのはあくまで「エッセイ」。いちおう、巻末に参考文献などが載っているが基本的に酒井さん個人の体験や知人からの見聞をもとに「東京はこうだけど、京都はこうなんだよ、面白いね」とか「素敵ね」とかいう感じで気軽に書いてある。別に東京を卑下しているわけではなく、生まれ育った東京も好き、でも時々訪れる京都にとっても憧れてるの、という姿勢。

奈良で生まれ育ち、大阪で勤めているわたしにとって京都というのは十代の終り頃から寺社仏閣を中心にちょこちょこ観光に行って和んでくる場所。完全な余所者である。また、東京というのはちょこっと行ったことがあるだけでほぼ知らない土地と言っていい。両方の比較が書いてあるんだけど両方ともに詳しくないから読んでいても「あーそうなの?そうなのかなあ?」というユルイ反応しかできないこともしばしば。どっちかというと関西文化圏だから京都の感覚が近いのかと思いきや、お土産の贈答とか結婚式のご祝儀の渡し方とか完全に東京側(というか全国?)の習慣だし。京都、それも市内の昔っからのお家の風習って凄いなあ、わたしにはストレスだなあ、とも。
あと、やっぱ酒井姉さん、お金持ちっすー。出てくる旅館とかホテルとかお食事処のランクが何気にみんな高いっす。

全体として、「東京と京都の違いを書く」という結論ありきで書かれているためにやや強引な展開や論拠の軟弱さが散見されるのもちょっと気にはなった。

2012/06/01

女流阿呆列車

女流阿房列車 (新潮文庫)
酒井 順子
新潮社 (2012-04-27)
売り上げランキング: 6759

■酒井順子
初・酒井順子。
有名な方なのでその存在はもちろん、テレビのインタビューで見かけたためお顔まで存じ上げていたが、今回経歴をあらためて調べてみると博報堂に勤めてらしたんだねえ。高校在学中から雑誌に連載持ってらしたんだねえ。1966年生まれのバブル世代なんだなあ。

わたしは別に鉄道ファンではないが、内田百閒の『阿呆列車』を愛読しているのでテーマ的に気になるし、世間で売れっ子さんの彼女のことはどこかでいつも気になっていたので読んでみた。

最初は「ふーん」くらいのノリで、その妙に丁寧なというか、お育ちの良さそうな(実際お嬢様らしい)文章に「ああこれが“酒井節”なのか」とか思いつつ読んでいたが進むにつれて文章どうこうよりはその旅鉄企画の面白さに引き込まれていった。おおこれ、予想以上に楽しいぞ!
中にはあの有名な(未読だけど)漫画『鉄子の旅』とコラボしたため、何故かその漫画まで載っていたりする(同じ旅を一緒にして、酒井さんはエッセイに、菊池さんは漫画にしてある。その違いなどを読み比べるのも興味深い)。それによると酒井さんは「巻き込まれない女」なのだそうだ。成程。

それにしても酒井さんはこの企画より以前から個人的に鉄道ファンというか乗り鉄というか、そんながっつりじゃないけどゆるめのファンでいらしたみたいなのだが、それにしちゃあ車中で意識喪失(要するに熟睡)し過ぎぢゃないのかなあ…?とかちょっと思っちゃった。鉄ちゃんのひとって電車の中もずっと寝るドコロの騒ぎじゃないひとびとという認識だったので、たとえば沿線の絶景とか見逃すことがしばしばあり、それでも「もったいない」とか「惜しいことした」とかあんまり思っていないらしい酒井さんが不思議で。結局、鉄道の中でゆっくり一人の時間が持てる、休める、ってところがお好きなタイプで、世間でいう「鉄道マニア」とはどうも雰囲気が違うっぽい。

コンテンツは以下の通り。
・メトロな女 東京の地下鉄全線完乗16時間22分
・鈍行列車の女 24時間耐久1343.9km
・秘境駅の女 「鉄子の旅」同乗記
 [相互乗り入れ企画!?]
 「鉄子の旅プラス」菊池直恵 酒井順子さんと水のある風景を求めて
・膝栗毛な女 東海道五十三乗りつぎ
・トロッコ列車の女 紅葉独り占め京都「鉄学」の道
・9to5の女 根室本線 宮脇俊三さんに捧げる寝ずの旅
・廃線跡の女 日傘片手に北陸本線旧線を歩く
・こだま号の女 東京~博多10時間半
・スイッチバックの女 信越本線・篠ノ井線「スイッチバック銀座」
・旧国名駅の女 四国巡礼「お線路さん」の旅
・[おまけ]鉄と油の二泊三日 九州一周揚げ物紀行

・徐行列車のふたり 秋田周遊車窓対談 原武史×酒井順子

解説は本文の企画を立てた新潮社の田中さんによる。