2012/04/28

私の部屋のポプリ

私の部屋のポプリ (河出文庫)
熊井 明子
河出書房新社
売り上げランキング: 341693

■熊井明子
著者のことは知らなかったのだが、ワレラがナッキーこと梨木香歩が解説を書いてらっしゃるというので買って、しばらく本棚で寝かせてあった。というのは、ちらりと見ると本書がごく短い散文が集まって出来ていることがわかったのだが、そのひとつひとつに控えめながら愛らしい丁寧な挿し絵があったりして、一束一束がなにかきらきらしたもの、純粋な乙女の詩心で詰まっている花束というかまさにタイトルのとおり上質のポプリのようなもののようだな、ということがかなり強い確信をもって予想できたからである。
こういうのは、おざなりに読んでは、いけない。――と思うと同時に、いささかの危惧もあった。この種の本はかなり「読者を選ぶ」ことが多いのだ。が、ありがたいことにそれは杞憂だった。
最初はひとつの文章が短いので継続読書が出来ずややとまどったが、しばらく読むうちに著者の考え方や生活の指針に共感(というのもおこがましいが)したり、尊敬の念が生じたりしてきて、面白くなっていった。

著者は1940年生まれ、ポプリを日本に広めた立役者で、かつシェイクスピア研究でも有名な方だそうだ。本書は1976年に上梓され、2006年に復刊されたものの文庫化。それなのに内容があんまり古くないのがすごい、「新しい女」的肩肘張ったスタンスじゃ全然無いのに、さらりと女性の尊厳や自立を支えてくれるような。それでいて女性ならではの楽しみや優しさにあふれている。身の回りのドキッとするような恋愛打ち明け話もたまに出てくるのだがそういう内容をこういうトーンで書いてしまえる(踏み込まず、さりとて突き放しもせず、まさに見守り、我が身にも引き寄せて考えてみる姿勢)のがすごいなあ。
なお、本書には数カ所を旅した際の「感傷日記」も収められている、「感傷」といっても全然湿気てなくて、今風に云うなら「ちょっとヲトメゴコロにひたってみた」くらいのノリ。尾崎翠とか『薔薇は生きてる』とか時代を超えて乙女のバイブルだなあ。あ、あと片山廣子も頻出する、ポイントがなんだかなるほどなあって感じ。

2012/04/26

戸村飯店 青春100連発

戸村飯店 青春100連発 (文春文庫)
瀬尾 まいこ
文藝春秋 (2012-01-04)
売り上げランキング: 35489

■瀬尾まいこ
新幹線に片道4時間も乗ることになり、手持ちの文庫1冊では心もとなかったので駅の中の本屋さんであわてて読めそうなものを探した。どれも引かれない。気持ちが焦る。という状況で目に飛び込んできた、瀬尾さんのこれ。出版されたのはしばらく前(1月)だけどインパクトのある表紙が印象に残っていた。瀬尾さんの本はオールオッケーというわけではないが、そう間違いもあるまい、と購入決定。

結局本書は新幹線では読めずにいつもの通勤で読むことになったのだが、読み始めるや、ぐいぐい引き込まれた。なんなのこの巧さ!面白さ! ええっ、瀬尾まいこってこんな作家だったっけ!?
大阪の、おっちゃんおばちゃんとの付き合いがコテコテで濃厚な町にある戸村飯店、そこの高校生兄弟ヘイスケとコウスケの一人称の章が交互に書かれるんだけど、ベースが関西弁、しかも基本お笑いなのでおかしいのおかしくないのって。

高校生の年の近い兄弟なので、弟からしたら兄に対して複雑な感情があったり、進路のことや女の子のことで悩んだりもあるんだけど、そういうのを全部ほっこり包み込んでなんだかしらんけど笑ってしまうそういう空気がずっとあって、とってもあったかい。読んでいると、「しやわせ(幸せ)やなあ~」という気持ちになれる。しかも出てくる料理についての書き方も絶妙。戸村飯店のごはん食べたいっ、と何度思ったか。

瀬尾さんって正直得意じゃないと思ってずっと読んでなかったんだけど、これは認識を改めねば。なお、この装丁は池田進吾(67)、なるほどな~って感じ。

2012/04/24

いらつく二人

いらつく二人 (幻冬舎文庫)
三谷 幸喜 清水 ミチコ
幻冬舎
売り上げランキング: 12497

■三谷幸喜 清水ミチコ
『むかつく二人』の続き、内容というか、読んでタメになるとかそういうのはほぼ無いんだけれど、面白い。吹き出してしまう。
それにしても会話中に何度か奥さん(小林聡美さん)のことが出てくるんだけど、まさか、こうなるとは放送時(2005年~2006年くらい)には想像もしていなかったんだろうなあ。お似合いのご夫婦と思っていただけにつくづく、残念。

ところで中に出てきた「成分分析」というのをわたしもやってみました。

53%は度胸で出来ています
35%は柳の樹皮で出来ています
7%は気の迷いで出来ています
5%はミスリルで出来ています

「度胸」かあ……53%もあるかなあ? ミスリルって何?と思ったらこういうのだそうです。ちなみに本名でやっても結果はイマイチ(笑)

2012/04/20

とにかくうちに帰ります

とにかくうちに帰ります
津村 記久子
新潮社
売り上げランキング: 11161

■津村記久子
ひさしぶりに津村さんを読む。
目次を開けると3つの話があって、1つめの話は4つの話で出来ているというふうに見えたが、実際に読んでみると1つめと2つめは両方同じ職場の同じ登場人物主観のお話で、それがなかなか面白かったから表題作である3篇目もそうかと思ったらこれだけ違って、しかもどうでもいい枝葉部分にわたしの嫌いな設定が仕込んであって、なんだか非常に不愉快だったので出来るだけさっさと読み終えてしまった。最後まで読んで、あの枝葉さえ無かったら特に文句は無かったのに、と思った。

目次は以下の通り。
「職場の作法」
 ブラックボックス
 ハラスメント、ネグレクト
 ブラックホール
 小規模なパンデミック
「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」
「とにかくうちに帰ります」

津村さんは芥川賞受賞後仕事の予定が数年先まで埋まってしまったとどこかの新聞で受賞後インタビューで語っていらして、純文学作家にしてはコンスタントに作品を書かれ、順調に出版されているようだが、働く人間を書き続けていくために会社勤めは辞めないとたびたびおっしゃっていて、今回読んだ話も確かにいま・リアルタイムで働いている三十代の女性ならではの視点や考え方が日常レベルで細やかに描かれているとしみじみ思った。おんなじシチュエーションや似たタイプが職場に実際にいるというわけではない。だが、「分かる」。こういうの、有る。こういうひと、居そう。そう頷かせるだけのリアリティがあるのだ。

「職場の作法」がわたし的にはベストかな。
「小規模なパンデミック」は何年か前のインフルエンザ騒動でマスクが売り切れ続出でマスコミが煽るだけ煽って大騒ぎになった、あのときに書かれた、のかな? と思って巻末の初出を調べたらおお、「職場の作法」は日経の電子版に2010年10月4日から23日に連載されたそうだ。へええええ。
「バリローチェ」(2011年1月号)「とにかく」(2009年3月号)は「新潮」。ふーん。
「とにかく」は集中豪雨かなんかで電車やバスが止まったりして帰宅するのに非常に大変な目に遭う男女の姿をその背景も書き込みつつ交互に描いていくというもので、ついこないだ強風で帰宅するのに通常ルートが使えず大回りで帰った日のことなど思い出した。

この本は装丁に使われる紙にいろいろ凝っているようで、表紙の紙もよく見ると細かーい線の入った面白いやつだし、開いてすぐの白い紙はちょっと表面にコーティングのあるつるつるの紙で、中表紙は思い切ってざらざらしたちょっと透け感のある変わった紙だ。コーティングのあるつるつるの紙はなんだか薬を入れる袋っぽいし、ざらざらのほうはマスクに使われるガーゼを連想させる。大変興味深い。しばらく文庫派に流れていたけれども、こういう仕事を見せられるとやっぱ単行本素晴らしいなと思う。電子書籍に乗り換えるのはわたしには向かなさそうだ。

2012/04/19

我が家の問題

我が家の問題
我が家の問題
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奥田 英朗
集英社
売り上げランキング: 44285

■奥田英朗
2011年7月刊。『家日和を文庫で読んだから、表紙の雰囲気からして同じくくりっぽいこの本も文庫になるまで待つつもりだった。だけど『家日和』まあまあ良かったし、このあいだ読んだ伊良部シリーズが良かったし、なんか良いのはやっぱ単行本で読んどかなきゃだよな、という気持ちになっていることもあって、購入。

短篇6つ。
『家日和』同様、いろんな家庭内の問題(ささやかなものから結構深刻かなと思うものまで)が描かれるんだけど、共通しているのはトーンが暗くならないことだ。それは、お話の終わり方がハッピーエンド、までいかない話もあるけれど、とにかくそれぞれの登場人物が前向きにポジティブに考えるという方向で閉じていくからだと思う。『家日和』より随分良かったように思うのは読み手の興味の置き所が変わったこともあるのかも知れないが、うーんどうだろうやっぱ巧さが増してるんじゃないかな。とりあえず結構極端な設定が多かった気はする一方で、世の中そんなにうまくばっかりは行かないよ、という気もした。しかしいずれの夫婦もお互いを想いあっているふたりばかりで、なんだかしあわせな感じだ。奥田さん独身なんだよなあ……?
日常が舞台なので、スリルやサスペンスは無いけれど、著者の視線のあたたかさがふんわり心地よい。次も次もと読んでしまう面白さがある。

「甘い生活?」
独身生活が長かった男のひとが甲斐甲斐しい奥さんをもらってかえってそれがストレスになってしまうという話。結婚しても読書くらいなんぼでも出来るけどなあ。俺様も旦那様も読みまくってるけどなあ。それにしてもこの奥さん、夫に相談もせずさっさと専業主婦になってしまったり、人生思い出づくりに執着してたりブランド志向だったり正直好きじゃないなあと思ってしまったが最後まで読むと彼女にも同情できる。人間、一方だけ見てたらわからんね。

「ハズバンド」
どうやら夫が仕事が出来ない社員だと知ってしまった奥さんの悩み。このひとも専業主婦。妊婦さんでもある。さっきの奥さんより随分センスが良い。このひとの作るお弁当がめっちゃ美味しそう。しかし仕事が出来る出来ないってなんなんだろうなあ。もしかしたら旦那さん、転職して自分に合う仕事を探したほうが良いのかも知れないしね。

「絵里のエイプリル」
両親が実は不仲で離婚ぎりぎりだということを偶然知ってしまった女子高生の話。こどもの前ではひた隠しにしているもんなんだなあ。まだ十代のこどもにとっちゃ親の問題は深刻だよね……。それにしても奥田さん、女子高生の一人称も出来るどころかなんて上手いんだ。驚愕してしまったぞ。ちなみにこのお母さんも専業主婦だ。

「夫とUFO」
この話が一番好き。夫が突然UFOを見たと言い、いろいろ宇宙人のこととか真面目に語りだして、どうなってしまったんだ夫は、どうすれば良いんだという話。別に発狂したわけではないらしい。普段は普通に仕事に行くし、常識も忘れていない。だけど調べていくうちに原因らしきものが見えてきて……。この奥さんの対処の仕方が素晴らしかった。きっぱりしていて、超格好いい。ここまで割り切って大事なものがわかっているひとってめっちゃ賢いよなあ。で、彼女も専業主婦。ちょっと割合高過ぎやしないか。わたしの周りには働く奥さんいっぱいいるぞ。

「里帰り」
名古屋出身の妻と北海道出身の夫、ともに東京でバリバリ仕事をしている。お盆やお正月ともなると双方の実家に顔を出すべきだが……という話。世間の夫婦はそうなってるのか、大変だなあとひたすら同情しながら読んだが終わってみればふたりともなんだか楽しそうでしあわせそうなんである。やれやれ。

「妻とマラソン」
これは『家日和』に出てきた作家とその妻がまた出てきてくれて、おおっ、あの夫妻かとなんだか嬉しく感じた。この話読むと走るのって気持ちよさそうだなあとすごく思ってしまうがうーん、わたしも「そのうちね」のクチかなあ。歩くのは得意なんだが……。


家日和 (集英社文庫)
家日和 (集英社文庫)
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奥田 英朗
集英社
売り上げランキング: 7025


2012/04/17

文・堺雅人

文・堺雅人
文・堺雅人
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堺雅人
産経新聞出版
売り上げランキング: 7549

■堺雅人
平成21年9月に出た本を今頃買って読んだ。ちなみに手元にやってきたのは平成22年9月第11刷のぶんである。
本書は俳優・堺雅人さんが「テレビナビ」という月刊誌に4年にわたって書かれたエッセイをまとめたものである。

連載されているというのをちらっと見かけたとき「おお」と思って、さわりだけ読んでみたら物凄く真面目に真剣に文章を吟味されて綴られている、というのがすっごく伝わってきて、さすが堺さん、何事にもお仕事となるときっちり取り組まれるんだなあという感想を抱いた。というわけで、実際に本書が刊行されたとき、わたしはこれを「出た」から「即買う」というふうに動けなかった。
意味不明かも知れないが、まあ前段階として、わたしはドラマ「新選組!」で山南敬助を演じる堺さんにずきゅーんとなったんだけど、そんでその後いろいろ出演作DVDとか買って観たんだけど、なんかもう、ダメなんである。これ以上踏み込むとヤバイんである。
だって素敵なひとなんだもん!
近づくとヤケドしちゃうんだもん!(バカと呼んでください)

堺さんが真面目に文章を書かれたのであるならば、わたくしはせめて「堺さんが書いてるのが出たー、へーい読むわーん」というミーハーな気持ちで読むまい、と思ったのである。あと、きっと本書を読んだら堺さんへの好感度がいや増してしまうことはもうなんだか必至、という予感がぎゅんぎゅんしたので、恐れた、というのもある。
とかなんとかアホなことを考えて逡巡しているうちに新刊書店というのは回転が早いから店頭で目につくことが無くなってしまった。
先日、なにげなーく入ったヴィレッジ・ヴァンガードでこれが置いてあった。
……あ、忘れてた。と、わたしは思った(いっぺん逝ってこい)。

俳優さんが書いたエッセイというと、日常雑記の中にテレビや映画や舞台の仕事や人間関係の出来事がちらほらまじったほっこり系のそれを想定したりもしたのだが、堺さんのそれはどっちかというと「堺さんの思考の軌跡」だった。そのとき演じている役柄のことをきっかけに考えたこと、作品の内容や対象人物について考察したこと、が真面目に、かつナチュラルに力まず書いてある。そのスタンスがずっと、継続して続けられている。
素晴らしい。

本書を読むのは堺さんのファンが多いだろうが、堺さんにまったく興味の無いひと、堺さんを知らないひとがこれを読んでもそれなりに納得出来る面白さがあると思う。
縦長の、ちょっと変わった大きさの本で、文字のレイアウトというか行間が妙に詰まっている感じで、そのへんはどうなんだろう、と思う。
エッセイごとの、堺さんの日常のスナップ写真、「写真を撮るための格好をして撮られた」モデルっぽいカラー写真のページなどがあって、やっぱり素敵なひとだなあ、とまじまじ眺めてしまった。

映像文化に馴染まない人間なのであんまりドラマとかは観ないけど、堺さんの本がまた出たら今度は早めに読もうと思う。

2012/04/15

涼宮ハルヒの憂鬱

涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)
谷川 流
角川書店
売り上げランキング: 4535

■谷川流
イラスト;いとうのいぢ
ラノベをこよなく愛するウェンディさん(仮名)の本棚を見せていただく機会があり、その壁一面の本棚にわたしは吸いつけられた。基本、本で埋まった壁面というものが好きなのである。いやあ、読書守備範囲が違うとこうも知らない作家の本ばかりなものかね、と感心するほかなかった。そんな中で見つけたのがこれ。読んだことは無くてもその存在と「めっちゃ売れた」という事実は知っている。
自分で贖うほどの興味はないが、何がそこまでひとを惹きつけるのか一読してみたく、借り受けることにした。習性で奥付を何気なく確認して絶句、平成十五年六月十日初版発行 の次の行が無い。
うおお、ハルヒの初版本かいっ!!
……流石ですわ、素晴らしくってよウェンディさん(何故高飛車)。

本作は第8回スニーカー大賞の大賞受賞作にして谷川流デビュー作だそうだ。
語り手は男子高校生キョン。驚いたのだがどこをどう読んでも苗字とか名前の類は出てこない。由来もよくわからないニックネームだけである。
その少年キョン君が高校生になって最初のクラスの自己紹介で後ろの席にいた美少女・涼宮ハルヒちゃんと出会い、その荒唐無稽な言動に振り回されつつも振り回され、徐々に振り回されていくというお話だ。と思っていたらそうではなくて、いやそれも主軸ではあるのだが、要するに本書はSFなんであった。

このお話は119ページからが面白い。
これ以上はネタバレになるから――まあ今更ネタバレしたところで興味のある向きはとっくの昔に既読であろうから誰も困らないのかもしれないのだけどいちおう――あんまり詳しく話すのはやめとくが、

時間というものは連続性のある流れのようなものではなく、その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねたものなんです
とか、
この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。それが、わたし
とか、
そういうことになってますね。ですが我々は一つの可能性として、世界が三年前から始まったという仮説を捨てきれないのですよ
とかいう台詞に反応したあなた。

一読して、損はない、……かも知れない。
けっこうしつこく襲い来るラノベ特有の「美少女&萌え属性てんこもり攻撃」に耐え、「なんでやねん!」「その言い回しはおかしいだろ」「っていうかこの主人公、なんでなにも知らないはずのことを地の文でべらべら喋ってんだよ!」とかツッコみつつも拒否ることなく読み進むことが可能であれば、だけど。

それにしても物語として結構綺麗にまとまっているので、これにいくつも続篇があるというのはどういうことなのかとウェンディさんに尋ねたところ、同様の疑問を感じている、との回答を得た、というのは余談か。

2012/04/14

舟を編む

舟を編む
舟を編む
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三浦 しをん
光文社
売り上げランキング: 1

■三浦しをん
久しぶりにしをんちゃんの新刊を読んだ。
極私的三浦しをんブームは数年前にあってなんとなく終わってしまっていたのだが、『舟を編む』はどうやら面白いらしい、辞書をつくるひとたちの話らしい、という噂はなんとなく目に入ってきていて、そのうちに本屋大賞の候補作になったりして、帯も最初のから「10万部突破」バージョンのあおりとイラストに第5刷からは変わっているとかのも何気にチェックしていて、なんとなくずっと気にはなっていた。
そうこうするうちにこのたび目出度く本屋大賞を受賞。
文庫まで待つか、とも考えていたがこの装丁(帯とか、中表紙のイラストが可愛い)は捨てがたく、流行の本を流行のやや遅めに買うのはなんでこう恥ずかしいかなとか思いつつレジでお金を払った。

うまい!そして面白すぎる!
読み始めるや、顔が笑うのを止められなかった。なんで迷ってたんだ俺さっさと読んどけよ俺、猛省すること甚だし。
もともと、このひとは語彙が豊富でそれでいて難解さのない非常に読みやすい美しい文章を綴ることでは若手の作家のなかで群を抜いていると思っていたが、その特徴は健在。
辞書作り、という一見地味でマニアックな題材にも肩肘張らずに取り組み、ユニークで個性的な登場人物が織りなすおっとりしたあたたかい雰囲気でお話全体を美しく優しく仕上げている。

この小説は三人称で書かれているのだが、最初に主観的に書かれるのが荒木さんというひとの辞書への情熱話で、彼がこの話の主人公かと思ったらそうではなくて、次に出てくる真面目、じゃなかった馬締さんという青年がどうやら主役のようなのだった。このひとがかなりの変人、でも結構好きなタイプで、彼主観でずっといくものと思っていたらなんとあっさり視点が西岡さんというチャラ男に代わるのである。別に第一部、第二部とかいうカタチじゃないのに。
で、えーわたし馬締さんが好きなのに西岡さん?って最初はちょっと不満に思ったんだけど西岡さんの内心描写とか読んでいくと彼は彼ですごくいろいろ考えてるんだってことが分かってきて、これまた興味深いんだね。
で、愛着がわいた頃にまた視点が変わる。あ、そうか、と今度はこちらも驚かずに対応出来る。新人の、岸辺みどりさん。読んでいくうちに、前章までと13年の開きがあることが分かってくる。おおお、なんか知らんけど凄いテクをあっさりすんなりこなしてまっせ、という感じ。
そして終盤はまた馬締さん視点に戻る。でも最初の彼とこの時点の彼は同じところもあるけれど随分変わったところもある。ううむ、と唸る。ナチュラルに上手いぜ。

わたしの手持ちの辞書は小型で、中学に上がった年に自分で町の本屋さんに買いにいった「新明解国語辞典第3版」だ。とても素晴らしい面白い辞書なので、暇なときはパラパラと辞書を開いてはあちこち読んだりしていたが『舟を編む』に出てくる人々の辞書(というか言葉)への情熱はとてもそんなものでは無い。しかし「理解できない」ということは無い。「辞書を作るひとというのは、そうであって欲しい」と理想に描くような、そういう素晴らしい編集者さんばかりなのである。
実際のところはどうか知らないが、三浦しをんという作家はそういう「夢」を描くことでも非常に長けたひとであったな、と再確認した次第。そしてそういう世界よりももうちょっと「ひっかかり」のある、もうちょっと違う世界に興味の中心が移ったから、わたしはこの作家からとりあえず距離を置くようになったのかな、とかいうことも考えたりした。

なお、本書の装丁は『大渡海』のそれをかなり忠実に実現してある、ということに読みながら静かに感動されたひとは少なくないのではないだろうか。
惜しむらくは、この本の薄さ。辞書編纂を描いた小説ならばもっとエピソードを入れて長くすることはいくらでも可能であったろう、こんなに面白いんだからもっと読んでいたかったし、装丁的にも分厚いほうがよりリアルに辞書っぽくなっただろうに。
いろいろ大人の事情があったのかなー。


後日、旅先の書店でこんなん見つけマシタ!!なにこれスゴい!!

2012/04/12

世界文学は面白い。 文芸漫談で地球一周

世界文学は面白い。 文芸漫談で地球一周
奥泉 光 いとう せいこう
集英社
売り上げランキング: 279976

■奥泉光・いとうせいこう
『文芸漫談 笑うブンガク入門』に続く文芸漫談シリーズ第2弾。

第1弾は全体的な話とかだったんだけど、第2弾は毎回1つの具体的な作品をテキストとして採り上げ、それについてちょっと深めに読み込んでいく、のを漫談でやっちゃってる、にしては結構高度な読みがばしばし頻出してて、面白い。っていうか学者である奥泉先生は当然として、いとうさんって随分文学に詳しいんだなあ。ほんと、「見仏記」のときよりインテリ度がめっちゃ濃い。評論とか対談とかで書評家がやってるレベルのをトークでやっちゃってるってのが……しかもこれ、聞いてたら絶対会場で爆笑してるだろうなあって思えるところがいくつもある。字で読んでると結構冷静だからニヤリ、程度なんだけどね、ライブでやられたら笑うだろうなあと。

ちなみにテキストにする基準のひとつに薄い本、というのがあるようだが基本的に文学史年表に乗るような、誰でも知ってる作家の有名な作品ばかり。
わたしは残念ながら全部は既読ではなかったが、知ってるか知らないかといったらだいたいの内容まで知ってるようなそういう有名なやつばかり。
ただ、全編通して読んでの結論なんだけど、本書の「読み方」はやっぱりあくまでも奥泉流、いとう流の解釈で、まあそれが文学的に主流なのかどうかまでは知らないけれど、たとえばなんにも染まってない高校生に先にこれを読んでほしくない、素直なピュアな自分なりの読み方でまずは原典にあたっていただいて、それなりの感想と解釈を持って、しかるのちにこういう文学玄人の読み方を「そういう見方もあるのか」くらいの認識で見てもらいたい。だってなー、これはオトナの「茶化し」入ってるもん。ある程度文学読みこなした大人の遊びだもん。

コンテンツは以下のとおり。
まえがき・・・いとうせいこう
①カフカの『変身』はベタなナンセンス・コント
②ゴーゴリの『外套・鼻』はいきなりハイパーモダン
③カミュの『異邦人』は意外にイイ人
④ポーの『モルグ街の殺人』は事件じゃなくて事故でした
⑤ガルシア=マルケスの『予告された殺人の記録』は臓物小説
⑥夏目漱石の『坊っちゃん』はちょっと淋しい童貞小説
⑦デュラスの『愛人』にはアナコンダは出てきません
⑧ドストエフスキーの『地下鉄の手記』の主人公は空気読みすぎ
⑨魯迅の『阿Q正伝』は文学史上もっともプライドが高い男の話
あとがき・・・奥泉光

既読だったのは①②③④⑥だけど、はあ、そういう読み方があるんだとなかなか勉強になりマシタ。未読のについてははあ、そういう小説だったんかとやはり勉強になりマシタ。
ガルシア=マルケスは『百年の孤独』が面白かったし、ちょっと読んでみたいかなー。
もし第3弾があるなら、日本の近代文学か、それか思い切って現代文学をやってほしい気がする。

2012/04/07

日本全国津々うりゃうりゃ

日本全国津々うりゃうりゃ
宮田 珠己
廣済堂出版
売り上げランキング: 6664

■宮田珠己
本書は、タイトルが示すとおり、タマキングことエンタメノンフの王たる宮田大兄(勝手にリスペクトしてそう呼んでいる)が日本の各地になんか面白そうなことを見ようと出掛けて行って「うりゃうりゃ」してるところのものである。
日本全国、というけれども出掛けていくのはたった12ヶ所で、そういう意味で「津々浦々」ではなく「津々うりゃうりゃ」というのはなんか正しい。「裏々」に近い気もちょっとするかな。
章は13あるのになんで1個少ないのかというと1ヶ所はどーんと宮田珠己宅の玄関から庭をぐるっと一周するだけの話だからで、それが大邸宅とかだったら嫌味なんだけどごくごくフツーの庶民宅で、それがひとたび宮田大兄の手にかかるやなんでか知らんけど妙に面白い立派な「旅」になってるんだから素晴らしい。

おしながきは以下のとおり。
名古屋 目からシャチホコが落ちる
またデカい大仏か。あとこういうお人形ネタはホンノンボの話と通じるところがあるなあ。好きねえ、宮田大兄。やっぱでも名古屋は変わってるね…。
秋山郷、十日町 国境の長いトンネルを抜けたんだからそこは外国
2011年の雪国も凄かったらしい。本の雑誌社の杉江さんが何故か同行している。宮田兄が同氏のことを「歩く口先、口だけが歩いていると言っても過言ではない」と評していてなかなか面白い。
東京 東京迷路機器行
これはパチンコの話だなあ。パチンコって、「海物語」ってそういうゲームだったのかあ。やったことないから興味深く読んだ。
日光東照宮にクラゲはいるか
いやだからいないって。
津軽 素晴らしすぎる石拾いの旅
仮にも文筆業で食べていて青森まで行って、金木まで行って、太宰のダの字もカスめず石ばっかり見て帰ってくるとは流石というか(絶句)。
でも石素敵。わたしも拾いに行きたくなった、けど青森は遠いなあ(遠い目)。
・妙義山 妻より怖かった、と杉江鳥は言った
なんか村上春樹っぽいタイトルだな。山といってもロッククライミング的なのはやっぱ運動神経と体力無いと無理っすよー。
・大陸 と言っても過言ではないうちの庭
なぜ大陸と言っても過言ではないのかは読めば納得!(?)木くらい植えたらいいじゃん。とちょっとだけ思った。
・天草 台風は悔い改めよ
こどもの反応が正直すぎて笑える。
・志賀島 海の危険生物に関する考察と警告
クラゲの話。
・神津島 東京で砂漠を見にいく
「……ってオイっっっ!!!」
最後の2行に思いっきりズッコけ、激しく突っ込んでしまうこと請け合い。
・しまなみ海道 海が山のように盛り上がる?
ジェットコ好きが海流に求めるものそれはスリルとサスペンス(後ろは違うか)。
富士急ハイランド ジェットコースターについて語るときに僕の語ること
もろ村上春樹。中身はもう何をか言わんや。ジェットコースター評論家やもんね……。
千里 ふるさとはニュータウン
千里ニュータウンという、宮田兄出身地に行く話。旅で行くところではナイんだけど、むかしの思い出話とか散りばめて懐かしむ感じに持っていきたいが(著者自身が)いまいち盛り上がらないこと甚だしいのであった。
あとがき
「そのうち日本経済を救おうと思う。」がんばってください。
・参考資料

全体に宮田兄自身によるイラストと、写真が多数あって、楽しい。絵に味があって、うまい。プロっぽくないけど、雰囲気に合ってる。にしてもこの日本地図はひどかないか。

2012/04/04

イン・ザ・プール【再読】→空中ブランコ→町長選挙

イン・ザ・プール (文春文庫)
奥田 英朗
文藝春秋
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空中ブランコ (文春文庫)
奥田 英朗
文藝春秋
売り上げランキング: 1409

町長選挙 (文春文庫)
町長選挙 (文春文庫)
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奥田 英朗
文藝春秋
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■奥田英朗
精神科医・伊良部シリーズまとめ読み。
『イン・ザ・プール』 の単行本は2002年5月刊で第127回直木賞候補作。『空中ブランコ』の単行本は2004年4月刊で本作でめでたく第131回直木賞を受賞された。『町長選挙』単行本は2006年4月。
ちなみに『イン・ザ・プール』は単行本で既読、今回は再読だが伊良部のキャラがキョーレツ、という記憶以外はほぼ忘れていた。というか「あれ?看護婦が1人しかいない……」とか思っちゃって、どうやら当時読んだ別の作家の別のシリーズ(近藤史恵の整体師合田力シリーズ、こちらの先生もかなりの奇人)とごっちゃになっていたらしい。
今回読んだのはいずれも文春文庫版で、文庫だけれども解説・あとがきの類は一切無し。

すべて短篇集で、伊良部というトンデモぶっとび医師のところにやってくるクランケ側が語り手というスタイル。
『町長選挙』は実在の人物をモデルにしている話(ナベツネとホリエモンと黒木瞳さん)3つと、実際の自治体をモデルにしていると思われる話1つで、前2作とは少々異質。
爆笑まではいかないかも知れないが、基本、ギャグ、お笑い系のスタンスで書かれている。とはいえ精神疾患を笑い飛ばしているわけではないので、誤解しないでいただきたい。奥田さんの読者ならご承知だろうが、この作者は読者に対するサービス精神にあふれているのだ。だから面白い展開や表現に情熱をそそぐのであって、例えばある種のお笑いテレビ番組のように誰かを貶めることでそれを笑いとするような下等なことはしない。
どれもハッピーエンドだし、最後まで読むとちょっと感動したり、ココロがほっこりする話も少なくない。
伊良部みたいなのが例えば職場の上司や同僚だったらマジメなこっちは迷惑もかけられるだろうし場合によっては卒倒しそうになるだろうと思うが、外野で見ている分にはかなりユカイである意味ちょっとかわいくないこともない(キモカワイイ、っていうのとはちょっと違うんだけど)。患者として接することは……どうなんだろう、名医なのか迷医なのかよくわからないけど注射嫌いだしなあ、やっぱ御免蒙りたいかなあ。こういうひとと話をしたら自分の硬い皮を気持ちよく破ってもらえそうな気がして、興味はあるけど。

とりあえず面白くて、さくさく読めて、次も次もと読みたくなる。
それはネタが面白いだけじゃなくて、基本的に上手くて、文章とか、設定とか、根本的なところでの人物描写の確かさが地盤にあって、そこに視線のあたたかさや、ユーモラスな著者の気持ちが加わっているからだと思う。
予定調和がイヤだとか、奇想天外なラストじゃないと不満という読者には向かないが、気楽に余暇にエンタメで、という向きには全力でおすすめする。特に1冊というならやはり『空中ブランコ』かな?

2012/04/01

忙しい日でも、おなかは空く。

忙しい日でも、おなかは空く。 (文春文庫)
平松 洋子
文藝春秋 (2012-02-10)
売り上げランキング: 32209

■平松洋子
忙しい日でも、おなかは空く。
まったくもってその通りである。そんでもって、この本はそういうときでも気を楽に、ポイントを置いてごはんを作ればだいじょうぶよ、というスタンスで書かれている。レシピ本ではなくエッセイだが、具体的なお料理の紹介もしてある。
まあ、外食や店屋物という手もあるしそれも良いのだが、そういうのにも味が濃いとかそういうので疲れちゃうことだってあるだろう。そういうときに、例えば具だくさんのお味噌汁少し多めに作ってあると結構良いよ、とかそういう――まあ主婦やってたら自然にその程度のことはわかってるだろうけれども、じゃあそういう所帯じみた手法伝授本かというと全然そういうカラーでもナイ、ってところがポイントで。

食べるものの、ありがたさ、パワー、ちょっと梅干し落としたお茶一杯でわく温もりっていうのがあって、その大切さを平松さんは丁寧かつナチュラルにすくいあげる。

夜中に衝動のままトマト焼いてスパゲティにからめてチーズたっぷりで食べちゃったり(カロリーとか体重とかイロイロまずかありませんか)、ごはんにレモンかけちゃったり、豆腐にオリーブオイルかけちゃったり、ちょっとびっくりのネタもあるけれど、基本は、一緒。そいでもって、ライト。

写真もたくさん載ってて、楽しいぞ。