2012/02/29

モーダルな事象 桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活 


■奥泉光
初・奥泉光だったりする、んである実は。
1998年に『グランド・ミステリー』が当時買い始めたばかりの「本の雑誌」で話題になっていたことは今も鮮明に覚えていて、ミステリ好きだからタイトルに「おっ」となったんだけどまだ文庫主流主義だったこともあって読まなかった。そんなこんなで今までなんとなくご縁が無かった。
先般、書店に行ったら『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』というピンク地に可愛らしいイラストの単行本が平積みされていて、「○○教授」シリーズというのは結構萌えなので「おっ」と思ってよく見たら著者がこの方だった。なんか、勝手に小難しいバリバリ硬派の作家というイメージを持っていたのでそのあまりにポップな表紙に「いまどきの流行に、編集者に圧されたか」とちょっと思ってしまった。
その後、徒然なるままにネットで検索などしてみるに、それには2005年に単行本・2008年に文庫落ちしているいわゆる「前作」があるらしいこと、「桑潟幸一」は「クワコー」という愛称があるらしいことなどがわかった。
というわけで、そのクワコー初登場作を読んでみることにした。

いきなり新聞記事切り抜き風のが出てきたり、本文を読み始めてみたら筒井康隆『文学部唯野教授』みたいな雰囲気で大学助教授がうだうだ自論を述べ立てていたりして、うーんなるほど芥川賞受賞作家(=純文畑のひと)が書いた小説っぽい。思いっきり近代国文学ネタだし。メインの事件が太宰治と生没年が同じでちょっと関わりもあった埋もれた童話作家の遺稿発見から始まるハナシだし。最初笑っちゃったのは解説が高橋源一郎なんだよね。そういう立ち位置かと。まあ唯野教授とはだいぶキャラが違うけど。キャラ的にはどっちかっていうと京極夏彦の関口さん寄りだよね……特に中盤以降悪夢に追われてちょっとラリってるみたいになっちゃってからは。

主人公の桑潟先生が探偵役なのかと思いきやそうではなくて、それは途中から出てくるジャズシンガー兼ライター北川アキとその元夫・諸橋倫敦が好奇心からどんどん首を突っ込んでいくことでその役割を果たすんだけど、この倫敦さん(というすごい名前が本名の編集者)の探偵ぶりは素人の初心者にしてはなかなかどうして鋭くて頭の回転が良いのであった。はじめはどうなることかと危ぶんだけれど何気に真相に肉薄してるし。つんけんしてたアキさんもだんだん己の得意技の直観力(第六感?)で大活躍するし。

しかしながらこの小説はただのミステリーではなくて、っていうか予想よりは主軸にそれがあったのだけど、同時にオカルトというのか衒学というのか「アトランチィスのコイン」とか「ロンギヌス」とか「新興宗教」とかが頻繁に出てくる。それもスパイス的に軽く、ではなくて結構最初から最後まで真顔で、ずうっとねっとり絡んでくる。アヤシ気ムード満載だ。太平洋戦争末期の混乱期の事件とかも絡んでくるし。マッドサイエンティストっていうか錬金術?と宗教が結びついた感じ。これがけっこうグロくて不気味なんだけど、だんだんわかってきたんだけど、著者がどうもノリノリのようなのである。
でも解決にオカルトの力持ってくるなんていう個人的にはちゃぶ台がっしゃーんな手法はほぼ無くて、ちょっとワキで「ん?」っていう浦島論法とかはあったんだけどまあそれくらいは許容範囲で、なかなか本格としてきっちり楽しめて、おまけに最後のほうで子どもたちの件に良い意味でどんでん返しを(書かなくても成立するのにあえて)書いてくれてあって、なんだかとてもほっとした。あいまいな純文学的灰色解決に持ち込むんじゃあるまいなとひそかに危惧していたので、そうじゃなくて望外のヨロコビ。

いろいろ個性的なキャラも出てきて、主人公が霞むかというとそういうことも無くて、最後の転身には「おいおい続篇どうすんだ」と目を剥いたが、当時は続篇のことは全然考えてなかったんだろうな。

それにしてもここ最近なんだか妙に太宰と縁がある。うーむ、卒業してから全然読んでないんだけど、これはなんかそういう「時期」なんだろうか。

2012/02/23

ねたあとに

ねたあとに (朝日文庫)
ねたあとに (朝日文庫)
posted with amazlet at 12.02.22
長嶋 有
朝日新聞出版
売り上げランキング: 31253

■長嶋有
面白かった……!
読みはじめるとすーっと肌に馴染んで、「あ、これは」と思って一字一句、雰囲気行間大事に読み、流すことなく適度に伏せて中断し適度な休憩を取って常に万全の態勢で没頭する。それでも面白いもんだからページはどんどん進んでしまう。(そんなことは有り得ないが)どうか終わってくれるな、と思う。

『ジャージの二人』と同じ山荘が舞台、持ち主が著者自身がモデルと思わせる中年作家(これがまた、におわせるどころかジャンジャンバリバリに読めばわかるように書いてあるアッピール度の高さが「長嶋有じゃのう」とにやにやしてしまう)とその父親というのも同じだが視点が久呂子さんという作家とほぼ同世代の女性でしかも恋人でも元妻でも無く純粋なごくライトな友人関係だというのが(そして彼女がものすごい黒子的というか狂言回し的存在であるというのが)新しい(?)ような気がする(彼女の名前、ひとの名前としてクロコはあんまりだから自分の頭の中でヒロコさんと読んでいたんだけど、やっぱ前者が意図からして正しいのかな~)。とりあえず今回は「浮気している妻とそれを知っていて別れるわけでもなく内心煩悶嫉妬している夫」という設定がどこにも無い。なんか安心。

なんにも起こらない映画というのがわたしは好きで、そんな映画はほとんど無いので観るものが限られてくるんだけど、これはなんにも起こらない小説、だった。日々の生活のようでいて、あんまりリアルには踏み込んでないし。だいたい男性色とか女性色とかほぼ無いのだ。もちろん恋愛も無し。なんとなく、保坂和志『カンバセイション・ピース』を連想しちゃったけど、ああいういかにも純文学的崇高的な空気でも無くて。
ずっとイイトシした大人が手作りゲームをわいわいやってる。時にのほほんと、時に真剣にまなじりを決して。
それだけのことが、なぜ、こんなにも面白いのかわからないが、間違いなく、めちゃくちゃ面白かった。ゲームの内容とか実際にやってみたいとかそういう”熱さ”で読ませるわけでもない。

しかし同著者のやはり何も起こらなかった『ぼくは落ち着きがない』が面白いと思えなかったので、ちょっと謎だ。読み手(=わたし)の受信状態の問題か。いや~『ぼくは』単行本で読んだけど文庫の解説堺雅人さんだっていうし、買いなおして読みなおそうかなあ(邪念)。

この初出は朝日新聞夕刊に連載され、挿絵は高野文子だったそうだ。おおおおお。
だから表紙は高野さま。
単行本の時は随分シンプルだったけど、文庫化でいろんなシーンのが見られて嬉しい。
解説はなんと! ヤツオさん、じゃなくて、長嶋康郎さん。

2012/02/20

寺田寅彦随筆集 第一巻

寺田寅彦随筆集 (第1巻) (岩波文庫)
寺田 寅彦
岩波書店
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■寺田寅彦 /小宮豊隆編
わたしの純文学好きを知って、先日『先生と僕 ―夏目漱石を囲む人々―』なる漫画を二巻ばかり貸してくれるひとがあり、面白く読んだ。中身は少女漫画タッチで描かれた漱石とその門人のエピソードを4コマ漫画でうまくまとめた作品集だったが、まあみんな毒気抜かれて可愛く描かれていること。漱石ってもっと気難しいおじさんだと思ってたけどなー。

そんな中で漱石にもっとも愛された弟子として登場するのが寺田先生なんである。高校時代に『柿の種』を読んでシブい理系の文系もできちゃうおじさん、と認識していたのがこの漫画上では飄々としていてかなりすっトボけた青年である。あら、このひとこんなユニークなキャラだったかしらんと思って随筆集を取り寄せて読んでみた。ちなみに編者・小宮豊隆もくだんの4コマに頻出し、なかなかお坊ちゃん然としたちょっとチャラいキャラを担っている。このひとは「三四郎」のモデルでもあったそうだ。そして寺田先生は「猫」の寒月君、「三四郎」の野々宮君のモデルだということも有名だそうだ(なんかどっかでむかーし聞いたことがある気がするが関心が無かったので速攻忘れていた)。なんていうか、両方ともノーブルで秀才で女の人にモテるちょっと格上のキャラだよね~。

というわけで様々の雑念でもってひらいた随筆集、最初の「どんぐり」は最後らへんの子どもの台詞で昔読んだ記憶が蘇った。っていうか奥さんこんな若くして亡くしてたの。とあわててウィキペディアぐぐったらなんと2回も死別してて、都合3度結婚してるのだった。ひえー。
次の「竜舌蘭」は子ども時代の回想。八犬伝好きだったのか寺田少年。渋いな。
そのあとは小宮さんには悪いけど、順番に読まずに興味のわいた順にアトランダムに読んでしまった。
入院しているときの朝方の音を順番に刻々と書いているのや、当時の丸善と三越に買い物に行ったある休日の話とか、油絵を描き始めてそれで自分の顔を描くんだけれども描くたんびに違う顔になってちっとも似ない話や、写生に行ったら目に映るすべての景色が美しく生き生きと見えた話なんかが特に好きである。あと、田舎と都会では後者が良いという意見にはなかなか共感するところがあったし、蓑虫と蜘蛛の話はその探究心というか調べ方が少年と科学者が同居した著者の頭の中を想像させて、面白い。総じて男のひとのわりに草木、庭木、花々に関心が深かった方だなあという気がした。これは当時のひとにはふつうだったのかも知れないが。

先生と僕① (―夏目漱石を囲む人々―)
香日ゆら
メディアファクトリー (2010-11-22)


2012/02/16

おもたせ暦

おもたせ暦 (新潮文庫)
平松 洋子
新潮社
売り上げランキング: 191448

■平松洋子
平松さんを知っているひとならば、この方の食いしん坊ぶり、美味しいものへのこだわりの強さ、そしてそのちゃきちゃきっとした小気味良い社交っぷりをその文章から伺い知ったことのあるひとならば、その「おもたせ」セレクトが如何にセンスが良いものか、読む前から想像がつくというものだろう。

「おもたせ」というのは本来は持っていく側の言葉じゃなくて、いただいた側が遣う言葉だけれども、本書ではあえて贈る側の立場で書いてある。正しい意味なんて平松さんは千万ご承知なんだけど、「おもたせ」という言葉が好きだから、ということらしい。あと、本書ではお土産として持って行って、そちらのお宅で一緒にいただく、というシチュエーションが多くて、そのせいもあるようだ。ほんとだったら「手みやげ暦」だよね。
平松さんが、どういうときにどういう気持ちで手土産を選んでいるか、そしてそのときの相手の反応は。みたいな内容で、日記風に日付も書いてある。日によって周囲の人間模様とか、ちょっとしたドラマとか、あと社交勉強みたいなのも出てきて、とっても面白くて勉強にもなる。
そして何より嬉しいのが! 写真満載! カメラマンはいつものあの方じゃなくて小泉佳春さんという方らしいんだけど(あとがき参照)、ほぼほとんどの「おもたせ」の写真がカラーで美しくも鮮やかにたっぷりと載っている。
文章を読みながら、口絵写真を確認し、読み終えてもう一度眺めたり、うーん、見れば見るほどス・テ・キ。

なお本書には「文庫版あとがき」もあるんだけど、それが最初から最後まで庄野潤三讃歌になっていたからなんだか面白かった。こんなあとがきもあるのね、平松さん、ほんとにこれ誰かに薦めたくて薦めたくて仕方なかったんだろうなあ。そうそう、庄野先生の御本には生活のヨロコビといただきものがあふれているよなあ確かに。うんうん。

2012/02/11

街道をゆく 1 長州路ほか

街道をゆく (1) (朝日文芸文庫)
司馬 遼太郎
朝日新聞社
売り上げランキング: 89998

■司馬遼太郎
司馬先生の傑作でありライフワークともいえるシリーズはそもそもここから始まった。
第1巻は「週刊朝日」1971年(昭和46年)1月号から同年7月号まで掲載されたもの。
何パターンかの新装版が出ているが、わたしはこれの1978年(昭和53年)10月に出た文庫の初版を近所の本がうず高く積み重なって店主の姿がレジの真ん前に立つまで見えなかった小さな古本屋で買い求めた。当時の定価は300円。カバー装画は染色工芸家の芹沢介。文庫だけど、凹凸のある和紙っぽい紙。
 調べてみると、司馬遼太郎が生まれたのは1923年だから、1971年というと47,8歳のころか。「街道をゆく」という勇ましいタイトルだから徒歩でずんずん行く、というイメージを抱きがちだが読んでいると最初のほうからけっこう自転車や徒歩よりも乗用車による移動を望んでいてちょっとがっかりなのだが、まぁ年齢的にそんなものなのかも知れないな。

とにかく、紀行文ではありつつ景色や現在の描写よりも過去の歴史・過去の人物についての薀蓄が縷縷縷縷縷(るるるるる)~という感じで、場合によっては、小難しく感じてしまうこともあり、そういうところは何回か同じ個所をなぞったりもしたが、基本は「歴史オタクの元新聞記者で歴史小説でエンタメのプロ技みせてるおっちゃんが好きな場所にいって好きなゆえんを延々語りまくる」スタイルなんで、面白い。たまに同行編集者の心中を想像してみるとさらにおかしみが増す。「先生、紀行文なんですけど歴史の話しか出てませんけど」いやまあ、それこそが「街道をゆく」の醍醐味なんであり、その精神は最初の最初っから、そうだったんだなあ。としみじみするわけである。

司馬先生はいろんな時代の歴史がお好きみたいだけれど、その中でもやはり歴史上の人物に対する好悪の情は持っておられたようで、その筆の流れからそのへんがけっこうハッキリわかる、というのも面白い。家康あんまり好きじゃなかったんかなあ、とか、新選組書いてはるけど長州好きやったんやね、とか。っていうかこの熱の入れぶりはファンでしょう。
日本語研究でずっと言葉のこと考えてる英国人の話とか、徳川慶喜マニアのご婦人の話とかも印象深かった。

目次は以下のとおり。

「湖西のみち」
楽浪の志賀
湖西の安曇人
朽木渓谷
朽木の興聖寺
「竹内街道」
大和石上へ
布留の里
海柘榴市
三輪山
葛城山
竹内越
「甲州街道」
武蔵のくに
甲州街道
慶喜のこと
小仏峠
武州の辺彊

「葛城みち」
葛城みち
葛城の高丘
一言主神社
高鴨の地
「長州路」
長州路
壇之浦付近
海の道
三田尻その他
湯田
奇兵隊ランチ
瑠璃光寺など
津和野から益田へ
吉田稔麿の家
挿画は須田剋太。

2012/02/05

ビブリア古書堂の事件手帖2 ~栞子さんと謎めく日常

ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常 (メディアワークス文庫)
三上 延
アスキー・メディアワークス (2011-10-25)
売り上げランキング: 124

■三上延
鎌倉の小さな古本屋さん、ビブリア古書堂の店主篠川栞子嬢は若くて美人で抜群のプロポーションで頭も良い。しかも大人しくて赤面症で妙齢なのに世間ズレしていない。おっとりとした人見知りする性格が災いしてか、恋人とか彼氏もいなさそう。っていうか、異性の影がぜんぜん無い。
まさに絵に描いたような妄想の産物的女神様だ。
このシリーズの語り手・主人公の五浦大輔は高校時代にこのひとを見かけてあんまり自覚していなかったみたいだけどほぼ一目ぼれしている。そんでなんのかんので彼女の魅力ゆえにこの古書堂の店員になってしまった。自分は活字アレルギーで本が読めないのに、である。

シリーズ第2弾、第1弾と同じくかあるいはそれ以上に面白く、さくさく読めてしまった。主人公のあやふやな恋心と、だんだん他人に心を開いていく感じの栞子さんの微妙な関係がくすぐったくも微笑ましい。
また、基本が古本をめぐる日常ミステリー(ひとが誰も死なない。素晴らしい。)で、作品をめぐる薀蓄とかエピソードが丁寧に書かれていて、この小説を読むと読書欲がわしわしと湧いてくる。
前巻よりも無理がない感じの展開が多く、ひとの心の一面ではない複雑さの中にふっと温かい視線を混ぜてくれてあったりして、安心して読めた。
そんな中で、この温厚極まる栞子さんが実母に向ける厳しい表情がかなり気になるのも事実で……。
その要因の一端を思わせるエピソードが今巻で描かれていたが、どうやらまだまだ根は深そう。

本作でとりあげられた作品。
坂口三千代『クラクラ日記』(文藝春秋)
アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』(ハヤカワNV文庫)
福田定一『名言随筆 サラリーマン』(六月社)
足塚不二雄『UTOPIA 最後の世界大戦』(鶴書房)

福田定一というのはあの超有名な歴史小説家の本名で、足塚不二雄というのはあの超有名な漫画家のごくごく初期のペンネームだそうだ。ひえー。

二流小説家

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
デイヴィッド・ゴードン
早川書房
売り上げランキング: 4429

■デイヴィッド・ゴードン 翻訳;青木千鶴
1年ぶりに買った「本の雑誌」1月号(2011年ベスト特大号)で編集松村さんがオススメの中の1冊に上げ、池上冬樹がベスト2位に上げて褒め上げ、さらに田口俊樹がベスト1位としてその面白さを綴っていた本書。なかなか信頼のおけるメンバーだ。
というわけで読んでみることにした。
帯には「このミス・海外編」「週刊文春ミステリー海外部門」「ミステリが読みたい!海外篇」のそれぞれ第1位にランクされたとの文字が躍っている。史上初、だそうだ。

結論から云うと、この小説は中盤以降が面白かった。
いや、前半も別に悪くはないんだけど。個性的なキャラが出てくるし、何より主人公の性格設定行動原理が非常に理解しやすくて、たとえばハードボイルドの探偵役にしばしばあるように「なんでそこでカッコつけんねん」「いやいや、逃げたほうがいいでしょう」「好奇心は猫をも殺すってことわざ知らないの」的なツッコミをしたくなるような、危険に自ら身を投じていくような行動が、この「二流小説家」(原題は"The Serfalist"で「連載小説作家」くらいの意味らしいが)たる主人公ハリー・ブロック氏には本当に無くて、「うんそうだよな」「そこはそうするよな」と頷きながら読めたので。

ところが中盤にある出来事が起こり、読んでいてひっくり返りそうになったんである。ええっ、そうくるの!?
いきなり激しい奔流に巻き込まれる感じ、ゆるゆると川の流れに身をまかせてそれなりに楽しんでいたのがこのあとどこに流されていくのかわからなくなるエキサイティングな感覚。うおおおお、面白くなってきたぜぇ。

ミステリの評価は結末によって大きく左右されるものだが、そういう意味でこの小説はなかなか素晴らしかった。っていうか、畳み方がひっじょーに、美しかった。
畳んで、畳んで。
うんなかなか綺麗に畳んだなあ、なるほどなあ、と思いつつまだページが結構残っている。なんだろう、といぶかりつつ読んでいったらなんとまた更に、畳む! んである。

いいかぁオマエら、ミステリーっていうのはここまできっちりぴしいっ、とノリかけてアイロンかけて角のカーブも美しく畳み上げて、それで初めて「完成」なんだよっ。
――というデイヴィッド・ゴードン氏の見得を切る様子が目に浮かぶよう、いやー仕事キッチリやわあ。

そもそもこのゴードン氏は映画や出版界やファッション業界、さらにはポルノ産業まで経験してきたツワモノらしいが、読んでいると「このひとは物語とかお話読んだり考えたりするのが大好きなんだな」「ミステリー大好きなひとなんだな」というのがひしひしと伝わってくる。主人公は口に糊するためにお色気SF小説書いたり、お色気ヴァンパイア小説書いたり、お色気ハードボイルド書いたり、さらにはストレートにポルノ雑誌に記事を書いたりしていて、それが作中作としてちょこちょこ差し挟まれるんだけどユニークな発想でなかなか面白いし、登場人物がミステリー談義をするシーンがあって、古今東西の名探偵物を分類しておちょくったりするんだけど、これはミステリ―ファンなら誰もがニヤニヤしてしまうだろう。


恋人には去られ、生活のために自分が好きでもない二流小説を書き散らし、お金のために金持ちの高校生のレポートの代筆というアルバイトをするまでしていたハリーのもとにニューヨークを震撼とさせた猟奇的連続殺人犯から告白本の執筆依頼が舞い込むところから物語はスタートする。

最後の最後まで目を離せない、愛すべきハリーの怒涛の数日間だ。