2011/02/17

シカゴ育ち 【再読】

シカゴ育ち (白水Uブックス―海外小説の誘惑 (143))
スチュアート・ダイベック
白水社
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■スチュアート・ダイベック 翻訳;柴田元幸
まだ感動の初読みからそう経っておらず、だけれどもぜひちょっと落ち着いてもう一度読み返したく。そして前回は全体論しか書けなかったけれど今回は細部を熱く語りたく。
特に好きな数篇について以下。

「ファーウェル」
この話が何故そんなにも好きかというと、とにかく映像が美しいのだった。真っ白にふっくらと降り積もった雪、空は真っ暗な夜、まっすぐに伸びた視線のその先にぽっかりとあたたかく街頭が灯っているその光景がくっきりと脳裏に浮かぶ。どこか、お伽噺の入口のような――中学の頃読んだ、『ナルニア国物語』でたんすの奥からつながっていたナルニア国は雪の景色だったと思うが、それとリンクする。そして雪の中に住む老ロシア語教師の部屋は本で埋もれるようになっているのだ。壁にはオデッサの地図が貼ってあり、赤インクでチェックされているのはおいしいパン屋なのだ。うう。そしてそれらの夢のような景色はすべて主人公の記憶の中の、郷愁めいた想い出の中に存在するのだ。素晴らしい叙情ではないか。

「冬のショパン」
ピアノの音色が話題になっているお話だけれど、ピアノの音よりは、窓をすっかり曇らせてしまうおじいちゃんの足をあたためるためのバケツからたちのぼる湯気だとか、少年がテーブルで向かい合っている姿だとか、若い娘さんの揺るがない眼差しだとか、その母親の苦渋だとか――そういうごたごたした、美しくない生活のシーンがくっきりと描き出されている。幼い少年の視点で書かれているのが哀しさを際立たせている。

「荒廃地域」
どうしようもないティーンエイジの、もどかしさと、不器用さと、だけど未来の地点にいる「いま」から振り返ればあんなにも楽しくて毎日ほんのつまらないことでも興奮できた時代はなかった、というような、そういう感じがすごくリアルに伝わってくる。自分たちの暮らす町が「公認荒廃地域」に指定されたという一文から始まるこの短篇で描かれる日常はともすれば馬鹿みたいで、騒々しくて、そしてどこか――切ないくらい、哀しい。何故なら読み手はこれが「かつての思い出」だということを、いまはもうそこに「そのままの彼ら」はいないということを、いやおうなしに悟らされるからだ。
それは何の心配事もなく、ひたすら何かに恋い焦がれる日々だった。砂浜に寝そべってサングラスごしに世界を眺める以外、何一つすることもない日々だった。

『夜鷹』より「不眠症」
不眠症のひとびとが集う終夜営業の食堂、これは寝つきが悪い人間には何か、ぐっ、とくるものがある。ここに来るお客はみんな眠れない何かを抱えているひとで、たいていはひとりだ。中には夢遊病のひともいる。みんな起きているのだけれど、頭の中で想像するこの店の景色は夢の中のそれのようにどこか現実感が伴わない、紫煙に霞んでいるかのような少し薄暗い色の中に沈んでいる。カップやグラスが立てる音も、話し声もひそやかで、なんにんもひとがぽつんぽつんと座っているのは目に入るのに店内はとても静かなイメージだ。そしてそんな中をすべるように動いているウェイター(?)のレイ。その目立たないけれどすっきりとした存在感がなんだかとても頼もしい。

『熱い氷』
エディと、マニー(弟)とパンチョ(兄)、幼馴染の話。5つの連作。
これも、かつてはあったけれど、今はもういないひと(あるいは姿)とそれにまつわる諸々が書かれている。純粋すぎて、どこか世俗からはかけはなれてしまったような、だからきっと周囲からは馬鹿にされたり浮いたりしているパンチョという不思議な青年とその弟、そのふたりの友人のエディ(これが「私」的な視点)。「荒廃地域」と世界観がそのまま繋がっているような、不器用で、若くて、伝わらないことままならないことがいっぱいで、身のうちにあふれるエネルギーとなんに向けていいのかもわからない怒りみたいなものが渦巻いている感じ。そしてそういうやりきれなさはもはや今は過ぎ去ってしまっていて、いまはきっとずっと落ち着いた状態にあるのだろうけれどもその時代を振り返るとき懐かしさと切なさがふっとわきあがる。思い出はいつもどこか美しければ美しいほど哀しいのだ。

「ペット・ミルク」
くっきりとではないけれど、どこかもういつかくる「別れ」をその先に見てしまっているような、若い日の切ない恋のせわしなさ。ペット・ミルクがインスタント・コーヒーの中でゆっくりと回りながら円を描きマーブルが溶けてゆくさまを見つめる「いま」と、そこから思い出がするすると流れ出てたちのぼってくる。
僕らは隅っこの、「プラハの街頭音楽師たち」と題する絵の下のテーブルに座り、将来の計画を、まるで逃走経路でも相談するみたいに話しあうのだった。ヨーロッパの大学院に留学しようかな、と彼女は言った。平和部隊に入りたい、と僕は言った。そういう話をするとき、僕たちはよく笑った。たがいにとても親密な気持ちになった。でも、まさにそういう計画ゆえに、僕たちは一時的以上の関係には絶対になれない気もした。こうしてケイトと一緒にいるのに、僕はもう彼女がいなくなって寂しいような気分を味わっていた。


ライオンと魔女―ナルニア国ものがたり〈1〉 (岩波少年文庫)
C.S.ルイス
岩波書店
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