2018/01/10

千の扉

千の扉 (単行本)
千の扉 (単行本)
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柴崎 友香
中央公論新社
売り上げランキング: 28,066
■柴崎友香
初出は「アンデル」2016年2月号~2017年1月号に加筆修正したもの。
2017年10月5日単行本刊。
装画:北澤平祐 装幀:大久保伸子
これも団地の話というので「ひとつの部屋」絡みかなと思って興味を引かれて読んだ。
実際、団地という場所と、そこに関わる積み重なった人々の想いと歴史の物語だった。

しかし何故か物語に入り込みにくい話だったので、冒頭のプロローグっぽいところの次「1」は2回読んだ。家事の合間に読んだので中断したりするとまた話の中に馴染むのに一拍かかる感じ。最後まで読んでもう一回最初からしばらく読み返した。難しいわけじゃないんだけど、過去と現在とが入り混じって、同じ人物の若いときのエピソードなどが同じトーンで突然出てくるから一瞬戸惑う、というのが何回かあるからかなあ。

団地。
それはわたしにとっては一種の異界である。
コンクリートの大きな同じようなでっかい塊が幾つもそびえ立つ迫力。3千戸もある巨大団地群の中に7千人を越えるひとが何十年も生活し続けてきている、と想像しようとしただけで想像を絶する。
そもそも団地に馴染みが無いのだ。
子どもの頃住んでたり、友達に団地の子がいたり、そういうのがない。マンションですら、高校生になるくらいまで学区内に無かった。団地や公団は大人になって大阪に勤めるようになって視界に入るようになった。お呼ばれして中に入ったことは1回だけだ。

この話の舞台は東京の新宿区で、巨大な大学がそばにあるだとか駅名も具体的で、実際にある団地かなあと思いながら読んだ。読了後ネットでみたら戸山団地という場所をモデルにしてあるらしく、数回見に行った程度らしいが、団地の中に小山があるのとか、同じだ。
団地があるということは人口が多いということでイコール都会だと思うが、でもちょっと「昭和感」が漂うというか「懐かしい」イメージがある。都会っぽくない。独特の空気感。
著者自身は子ども時代に大阪市営団地に暮らしていたことがあるらしく、そこはこの話の語り手・千歳の設定と重なる。

この話の語り手は永尾千歳(39歳)で一番登場率も高いしまあ主人公だとは思うのだけれども、途中から「この小説は勝男さんの話でもあるなあ、いまだけじゃない、継続していることに意味がある長いスパンの物語なのだ」と感じながら読んだ。
勝男さんの少年時代から、80歳近くになる現在までの時間軸。それは日本の昭和の戦前戦中戦後がそのまま、平成の今も地続きであることをリアルに感じさせる。団地のいまは埋められたトンネルやかつてあった軍の施設の話などが語られ、頭の中で3千戸を擁する巨大なコンクリートの建造物と、そこを流れた歴史の重さがどどーんと掛け算で膨れ上がり、ものすごい圧迫感を持って迫ってくる感じ。

その「どーん」に、出会ってわずか4回でほぼ交際らしいものもせず結婚した千歳と一俊夫婦のちょっと変わった関係(会話が、会話の終わり方がぎこちなくない?こんなもの?)を気にしながら、勝男が千歳に頼んだ「団地の高層棟に住む(かどうか不明、健在かどうかも不明)高橋さん探し」の話、団地の中の喫茶店を中心にした、一俊の子ども時代からの団地仲間・枝里の、兄との「いろいろあった」らしい、どうやら複雑な家庭の事情を慮ったりしながら読んでいく。
最初失業中だった千歳は途中から会社勤めと、喫茶店のバイトをするようになり、でもそんなに「仕事に追われる」感じもなく、むしろ一俊の帰宅時間が遅くて大変そうだ。さらに人探しのために団地内を探索するうちに平日の昼間などによく顔を見る中学生らしきピンクの服を着た少女(不登校?)も放っておいていいのか微妙に気になる……。

この「千歳」という名前も考えてみれば「どーん」に拍車をかけるというか象徴的ではあるなあ。

千歳と一俊はこのままこういうまったりした同僚夫婦みたいな距離感なのかなと興味深く読んでいたら途中で結構な地雷があって、うわー。やっぱり理由があったんだ。そらあかんで一俊さん。「その事実」が駄目なんじゃなく、その事実を「黙ったまま結婚する」というのがかなりなんというか、人としてどうよ、という。充分離婚理由になり得るだろうし。このふたりどうするのかな、と息を詰めて見守るように読んだ。

中村枝里兄も、父親のモラハラというか、長男だからと背負わされた子どもの頃からの圧迫がすごかったようで、親の思うとおりに進まなかったからということか、父親の
「最初からやり直したい。まっ白な直人がもう一度生まれてくれば、正しい家族になれるのに」】という発言は強烈過ぎてギョッとして思わず三度見。
なにこの人でなし。
親の問題なのだけど、兄妹の軋轢に繋がっていて、これは主人公から少し離れた関係だから描写の踏込は浅いけれども、想像するだけでしんどい。

さらに勝男と圭子の実は血が繋がっていない理由、圭子の母親と勝男の事情、勝男の最初の恋と結婚やらの事情もさらっと書かれているが、家の事情で結婚反対とか、時代のせいもあるのでどうしようもなかったのかもしれないが当人の心情は察するに余りある、これだけでひとつの話になってしまうくらいのドラマチックさがあって、飄々とした80歳の勝男の横顔しか描かれていないんだけど――昔のひとって「昔のこと」で凄い重いことをさらっと話されることあるよなあ、とか思ったり。

比較的身近な時事問題が複数絡まっていて、さっきから「どーん」とか若干ふざけた表現をしているが、読書中の感触や読後感が暗いかというと、不思議と全然そうではないのは何故だろうと考えるに、それは主人公の性格付けとか語り口とかにスタンスによるものが大きいのではないかと思う。
全然、くよくよしていない。みんな。感情的にわめいたり、八つ当たりしたりしないし、淡々としている。昔の話だからとか第三者だからとかではなく、夫婦の問題が起こった時の千歳とかも家出はするんだけど、そのときでさえ相手に怒ったりなじったりしない。書かれていないだけじゃなくて。
彼らがすごく理性的というわけでもなく、まあ静かにショックを受けて、どうしたらいいかわからなくてとりあえずでも一緒にはいられないよな、そうだよな、という感じ。リアリティが無いとは思わない。

千歳の親は結婚云々のときにちらっと触れられた程度だった気がする。
喫茶店でロハス系の食事会・講習会みたいなのがあったときに主人公が、講師の「バブルの昔は物質的に豊かだったけど、いまは精神的に豊かなほうが大事ってことに気付いた」的な発言に反論というか持論を述べるシーンがあるんだけど、こういう空気のときにそういう発言するのっていろいろ難しいしうまく言えないし後で後悔したりとかいろいろありそうだなあとか、後で著者のインタビュー記事を読んで世代的にもう若者に対して責任があるということかなと考えたり。

千歳がひったくりに遭って、警察に、「鞄を拾ったという連絡があったときに一人で取りに行って二次被害に遭うケースがあるから必ず警察に連絡するように」というのが非常に怖くて勉強になった。こわー。

主な登場人物。
永尾千歳(39歳)主人公。既婚。
永尾一俊(35歳)千歳の夫。再婚。仕事の関係で会って4回目で千歳にプロポーズした。
日野勝男 一俊の母方の祖父。
永尾圭子 一俊の母。勝男の娘。
中村直人 一俊の同級生。昔団地に住んでいた。現在は仕事で外国にいる。
中村枝里 直人の妹。今も団地に母親の面倒をみつつ住んでいる。
あゆみ  団地内にある喫茶店「カトレア」を営む。
高橋さん 勝男が昔、物を預けた相手で、千歳が勝男から探すように言われた人物。団地の高層階に住んでいる?
メイ  団地内に住む中学生の少女。

タイトルがハインラインのSF小説『夏への扉』を連想させるし、装画もちょっと不思議な空気を演出している。この話はSFではないが、最後の方で少しだけ、ある少女の告白でSF?みたいな部分があるのは著者の茶目っ気なのかなあ。

2018/01/07

高架線

高架線
高架線
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講談社 (2017-10-27)
売り上げランキング: 54,138
■滝口悠生
本書初出は「群像」2017年3月号。
2017年9月27日単行本刊。
装画:サヌキナオヤ 装幀:大島依提亜
死んでいない者」で2016年に芥川賞を受賞した作家の【初めての長篇小説】。

死んでいない者
死んでいない者
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滝口 悠生
文藝春秋
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「本の雑誌」1月号で知り、古アパートの一室の住人たちの物語、ということで、そういう設定小説は大好物なので大きめの書店で買い求めてきた。
装画の色合いが良い。

長篇で、章分けはないのだけれど、ひとまとまり(章より短い「節」くらい)ごとにアスタリスクで区切られている。変わっているのは、その節ごとに語り手が氏名を冒頭で名乗る(そのときだけ「ですます調」で、ほかは「だである調」)。

最初からずっと「新井田千一です。」が続いたのでこの小説はこのひとの一人称小説で、主人公は彼(毎回名乗るとかちょっと偏執っぽいなあ)と思っていたら、56ページでいきなり「七見歩です。」になって、あれ、語り手は一人じゃないパターンなのかと。
その後も語り手は順次変わっていく。全然関係のないひとが突然とかじゃなくて、いままでの話の中に出てきた誰かが引き継いでいく形。

まあでもそのみんなが話が冗長というかおんなじような話の持っていき方をするので書き分けとか個性とかどうなんだろうと思わないでもなかったが。
終盤まで読むと「自称・小説家」が出てきて、読み進むとこれまでの話はどうやら登場人物たちが彼に喋った内容らしくて、この話の中で彼がこの小説を書くとかそういう描写はないのだが(第一、彼は「小説家ではない」のであったし)、つまり聞き書きみたいな形で、だからこういう文章だったのかなあ(素人のトークなんてこんなものという実感から書かれたのかな?)……と少し整合性がとれた感じではある。

アパートの一部屋が舞台で、そこの住人がいろいろ変っていくのを描いた小説といえば、長嶋有『三の隣は五号室』だが、あれとはまた違う独特の世界が構築されていて、興味深く読んだ(いま見たら装丁は同じ大島さん!)。
「かたばみ壮」は不動産業者を通さずに、住人が次の住人を連れてくるという仕組みで、なんだか人の縁をつなげる昔風のやり方でいいなあ、なんて思いながら読んだけどこの話みたいに失踪者が出たりすると厄介だ。また、この方式にはちゃんと理由があった(最後のほうで明かされる)。

少し持って回ったというか、全然要領がよくない話し方をするひとで始まり、その後も「何の話?」「落ちは特にないのね」みたいな話が続くので、引きとかサスペンスはほぼ無く、退屈といえばまあそうかもしれないのだが、何故かわりと面白くて、それは大きな流れとして「このひと(たち)はどうなるんだろう」という興味と「この小説はどこに向かっているんだろう」という興味、あと、古いアパートの描写が地味に好きというのもあって。
地名や駅名は東京にも関東にも土地勘がないので路線とかエリアを云われてもまったくピンとこなかったがまあそれはわからなくても特に支障はなかった。
終盤に映画「蒲田行進曲」の筋を延々喋られるシーンはものすごく退屈だったので何故、と思ったが、まあその後の本篇と関わりがあるから、なのだったが、いやでももうちょっとなんとかならなかったのかなあ。

登場人物をメモがてら書き出してみる。
内容に触れますので、白紙で読みたい方は以下はスルーしてください。

新井田千一。語り手1。学生時代から4年半「かたばみ壮」の2階手前の部屋に住んでいた。現在は違うところに住んでいる会社員。
成瀬文香。新井田の高校時代の文通相手。
万田敏郎・レイ子夫妻。「かたばみ壮」の大家。
片川三郎。「かたばみ壮」の新井田の次の住人。インディーズのバンドをやっていたが、就職した後、失踪する。
田村光雄。三郎のバンド仲間。ゲイ。
七見歩。語り手2。三郎の幼馴染みで、お金を貸してやったり探しに行ったりする。
七見奈緒子。歩の結婚予定の相手。語り手3。
加治さん。秩父のうどん屋の店主。
峠茶太郎(仮名)。語り手4。美術の勉強中のフリーター。ヤクザの情婦と割りない中になって東京に逃げてきた。「かたばみ壮」の三郎の次の住人。
佐々木柚子子。茶太郎のガールフレンド。震災後、反原発活動に参加する。
木下目見(まみ)。喫茶店の雇われ店主。語り手5。茶太郎と柚子子を知っている。
松林千波。「かたばみ壮」2階の奥の住人。ヤクザ?だけど人はいいらしい。
日暮純一。喫茶店で話しかけてきた人。自称小説家(嘘)。語り手6。
日暮皆実。純一の結婚予定の相手。語り手7。

後半に出てくるひとの「実は…」なことが終盤に明かされるが、別にどんでん返しでもこの話の肝でもなんでもない。ああそういうつながりなのね、ふーん、くらい。
最後、かたばみ壮は老朽化で壊されるんだけど、そこでちょっとしたサプライズというか「だからそうなってたのか」と判明することはある。

純文学なので、最後の終わり方はそれらしいもので、そこでタイトルにつながるワード「高架」が出てきた。わりと「沿線」にこだわった描写が散見された小説だった気もする。

あの頃映画 「蒲田行進曲」 [DVD]
SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D) (2012-01-25)
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2018/01/01

英子の森

英子の森
英子の森
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河出書房新社 (2014-02-28)
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■松田青子
2014年2月18日に初版発行された単行本を、(今頃。でも素敵な装丁のきれいな本だしまだ初版だし――装画は牡丹靖佳さん。装丁はまたも名久井直子さん!)11月の末に茶屋町で購入してあった、のを元日ののんびりした空気の中で寝転んで読みはじめたら予想よりも面白くて、のめり込んで堪能。

いま調べたら、12月の上旬に文庫化したらしい。1週間差かあ。イイんだ、単行本が欲しかったんだから。カバーのアリスっぽい、英国食器っぽい絵もいいけど、それをはがしたときの濃い緑と、崩れていくような狼たちと、そして本の背の真っ直ぐさとその手前の溝の美しさに惚れ惚れ。
文庫も可愛い装丁だなあ。よりアリスっぽくなった。

表題作は、中篇? それと、短篇5つが収録されている。

目次】と初出と、感想など。
英子の森
「文藝」2013年秋号(2013年7月/河出書房新社)
わたしは英語が苦手なので、「英語が出来る」「英語をつかった仕事をしている」と云われたら、この話に出てくる「一般のひと」のように反射的に「すごーい」と言ってしまいそうだ。だけどよくよく読めば、言われてみれば、そうか……、そうだな……と。
他のいろんなこと、好きなこと、得意なことだけで稼ぎ、食べていけているひとなんて各分野そんなにいない、というか、結構難しい、ジャンルによるけれども、というのと、「英語」だって同じこと。
正規の社員に成り難い時代がずっと続いている。「英語が得意」「英語が出来る」ひとはどんどん増えているだろうし。
これって松田さんや周囲のリアルな体験談も混ざっているのかなあ、などと考えながら読んだ。
「グローバル」というあだ名の男性が出てきて、そう、こういうユーモア(?)切り込み方、出来る主人公なんだけどなあ、などと思いつつ。
母親と娘の関係性も、出てくる。
「森」ってなんだろう。
この話の登場人物はみんな「森」を持ってそこに住んでいるのかと思ったらそうではないらしい。
「森」の中の家や家具、階段の手すりの描写など細かいところまですんごくセンスが良くて頭の中で映像化して身悶えしてしまいそう、あー自分で文章書くひとってこういう、こういうことなんだよね、すべて、細部まで神経はらうってこういうことだよね、才能って素晴らしい、とかしみじみ味わった。
母親の関わるところすべて「小花模様」なのは……これは、このお話においては、批判の象徴的な柄になっていて、終盤にこの小花たちがある効果を果たすシーンではおおっ、そう使うんだ、と思った。が、それはそれとして、小花模様、決して嫌いじゃない、そう、こういうキャラの、センスの持ち主とともすれば同化する危険性を孕んでいることは百も承知の上で。
三人称が「娘」だったり、「英子」だったり、後の方で一人称「わたし」になったときは「おおっ」と思った。
読みどころが満載なので、またじっくり再読したい。
大好きな話がまた増えたよ。

*写真はイメージです
「WB」vol.027_2013_winter(2013年2月/早稲田文学編集室)
アスタリスク*も含めてタイトル。何故か詩のように上下余白部分を広く取った組み方になっている。これは散文詩ではないと思うんだけど改行も無いし、ちょっとそういうふうに読むのもありなのかな。

おにいさんがこわい
「群像」2011年4月号(2011年3月/講談社)
「おにいさん」というのはNHKの教育テレビ番組などに出てくる、あの「おにいさん」っぽい。
子どもたちが次々に「おにいさんってなに? こわーい」などと泣き出して、シュール。
と思っていたら最後のオチは……なんか、何故か、落語を連想してしまった。

スカートの上のABC
「mille」2013-2014 Autumn/winter no.0(2013年11月/PHP研究所)*加筆修正
会社のOLたちの、スカートの模様についての会話など。
素敵なスカートだな、ちょっと欲しい、などと思ってしまったがこういうのはなにか深い意味を象徴しているのでしょうか。
スカートのOL、減りましたね。
これも上下余白部分を広く取った組み方になっている。

博士と助手
「WB」vol.025_2012_spring(2012年5月/早稲田文学編集室)
これはSNS批判というかSNSのつぶやきどうよ? みたいな話なのかなあ。
あるあるー、夜中にポエム書いちゃうみたいなノリとかー、とすぐに天に向かって何とやらの世界なので、結構精神的に「構えて」読んだ。
【あの大手通販店の商品の感想を書くあのページでみる「気軽に見れておすすめです」「すぐ読み終えられるのでおすすめです」】に続くコメントとか出てきて苦笑。まあでも世の中には「短くて、最後まで簡単に読めそう」という、文庫本の薄さで本を選ぶ方々もそう珍しくないみたいだし。
作家の方には、いろいろ思うところ、おありでしょうな。
これも上下余白部分を広く取った組み方になっている。

わたしはお医者さま?
「NHKラジオで読む村上春樹」2013年11月号(2013年10月/NHK出版)
職業当てゲームみたいなのをやっている。そのうちにひとりの発言から架空の、ホントにあればなりたかったな、っていう夢の職業を挙げるゲームに変わっていく。いままでの流れから、いつ怖い展開になるのかと恐れながら、どきどきしながら読んでしまった。


文庫版はこちら。
英子の森 (河出文庫)
英子の森 (河出文庫)
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松田 青子
河出書房新社
売り上げランキング: 1,683

対岸のヴェネツィア

対岸のヴェネツィア
対岸のヴェネツィア
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内田 洋子
集英社
売り上げランキング: 20,534
■内田洋子
本書は、文芸WEBサイト「レンザブロー」2016年8月~2017年3月に掲載の「ヴェネツィア暮らし」を、加筆修正の上、改題したもの。
2017年11月7日刊。
11月下旬に茶屋町のジュンク堂で買い求めてあったものを、大晦日、掃除の仕上げとおせち(風の、正月用つくおき料理)作りの合間に読みはじめ、元日の午前中に読み終えた。
装画は後藤美月さん。
装丁はまたもや!の名久井直子さん。
帯の推薦文が小川洋子に池澤夏樹となかなか豪華である。

幻都をめぐる一二章】。
最近の内田さんの本ではミラノ在住だけど「ヴェネツィア」がキイというか、よく出てくるなあ、と思っていたら本書である。
ついに、ヴェネツィア在住、に。
しかも本島ではなく「対岸の」ジュデッカ島なる風の島である。

読み終えてから、地図をググる。
本文に書かれていたけれども本当に東西に細長い島だ。そして水に接している。陸と水が地続きだなあ。路地が細い! すごくきれいでおしゃれ。
グーグルで下り立って見る街はカラカラに乾いているけれど、本書を読む限りそれってとっても貴重な短い時期のような。
文中のヴェネツィアはいつも湿気と、冠水、塩気と、寒さ。そして最後の風。
割と常に住みにくそうな街だ。

観光の街、という感じなのに、しばらく腰を据えて住んでみよう、住んでみたい、と内田さんは引き寄せられた。最初2月に突発的に住む家を探しに行って断念し、そこで得た伝手を辿って3月に再訪。最初は本島で探していたが、結論は勧められたジュデッカ島に住むことになった。ここへは連絡船で渡らなくてはならない。借りた部屋の窓からは対岸にヴェネツィアが見えるという素晴らしい借景――。

いつものごとく、エッセイなのだけれども登場する人々のドラマチックな人生の横顔・妖艶な輝きに加え、街の、建物の、庭の、目を見張らんばかりの美しさに圧倒されて、1章読み終わるごとに感嘆のため息をつくことが何度もあった。ひとつ、「このひとはどうなの?」っていう批判的な目を向けた読んでもあんまり楽しくない章もあったけれども。

それぞれのエッセイは独立しているが、内容的に時系列順になっていて繋がっているので、順番に長篇の章ような感じで読むのがおすすめ。

目次】と、簡単なメモ。
雨に降られて、美術館
思い立って訪れたヴェネツィアで冷たい雨の洗礼を受ける。ひとの親切が身に沁みる。
所詮、ジュデッカ
家を探して決まるまで。「所詮」って言っちゃうんだなあ?
コンサートに誘われて
同じ家の上階の住人の御縁でコンサートに行こうとして迷って入った店での最初の不慣れな感じ。
セレニッシマ 穏やかな、そして穏やかな
セレーナみたいな内容のない話を延々とするひとには困るというのはわかるんですが何故書いた。
陸に上がった船乗り
犬絡みで知り合った元船乗りの現・執事さんの話。ありきたりなんだろうけど、この最後の展開はやっぱり妖艶ねー。
エデンの園 ★★★★★
植物を愛す、人としては付きあい難い、ティナ。彼女が遊びに来た関係で見つかったヴェネツィアの中の緑の庭、鬱蒼と生い茂った緑と花々の濃厚さにうっとり! この話、すんごく好き!
土の抱えるもの ★★★★
ジュデッカ島、著者の住まいと軒先を並べて岸壁沿いにある青果店の女店主、三人姉妹の話。島に別荘をもった名士の家に偶然招かれる話。いろんな野菜、地産地消。野菜の濃厚な美味しさがぐっと迫る感じで凄い。これも好き!
紙の海
知らずに行き当たった「国立公文書館」は電子化の真っ最中。書物を通じての過去から未来へつなぐ<タイム・マシン>。一方で市立図書館に勤める女性。近くの修道院に本を定期的に届ける。紙、というものへの著者の思い。
読むために生まれてきた
市立図書館の司書たちの、保育園の園児たちへの読み聞かせは、問題の多い家庭の子ども達に「文字」「読むこと」を伝える草の根活動だった。
揺れる眼差し
仮面作り職人サンドロと知り合う。仮面の目が生きる、語る…。
女であるということ
凄まじい季節風の中で洗濯物をどう干すか。生活の知恵、女たちの生き方。ハイヒールを履くように、職業的に専門学校で指定するとはね!
ゴンドラ
ゴンドラをあやつる船頭たちは、基本、男性しかなれない。女性としてゴンドラに惚れ込み、船頭を目指して闘い続けるアレックスの話。
あとがきにかえて 両岸を行ったり来たり